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【講演】最近の金融経済情勢と2%の実現に向けて

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内外情勢調査会における講演

日本銀行総裁 黒田 東彦
2014年8月1日

目次

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、内外情勢調査会でお話しする機会を賜り、誠に光栄に存じます。

昨年4月、日本銀行は、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に2%の「物価安定の目標」を実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。前回、当調査会でお話しさせて頂いたのはちょうど1年前でしたが、私はその場で、「量的・質的金融緩和」の導入後、3つの好転がみられているとお話しました。金融の好転、期待の好転、経済・物価の好転です。その後も、「量的・質的金融緩和」が所期の効果を着実に発揮する中で、これら3つの好転は着実に続いており、日本経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調にたどっています。

本日は、まず、経済・物価の現状と先行きに対する見方について、7月の金融政策決定会合で行った展望レポートの中間評価の見通し計数にも触れながら、やや詳しくお話します。そのうえで、2%の「物価安定の目標」を巡る幾つかの論点についてご説明します。

2.日本経済の現状と先行き

はじめに、日本経済の現状と先行きについてお話します。現在の日本経済は、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動はみられていますが、生産・所得・支出という前向きな循環はしっかりと働き続けており、基調的には緩やかな回復を続けていると判断しています。先行き3年程度の見通しを申し上げますと、消費税率引き上げによる駆け込み需要とその反動の影響は受けますが、日本経済は基調として潜在成長率を上回る成長を続けると予想しています。具体的に、7月の金融政策決定会合における展望レポートの中間評価の見通し計数で申し上げると、2014年度は+1.0%、2015年度は+1.5%、2016年度は+1.3%です(図表1)。こうした見通しを実現するための原動力は、大きく2つあると思っています。一つは、消費税率の引き上げにもかかわらず、雇用・所得環境の改善を背景に、個人消費が底堅い動きとなっていることです。もう一つは、企業部門の前向きな動きがさらに明確になってきていることです。以下では、この2点についてご説明したいと思います。

雇用・所得環境の改善と個人消費

それでは、雇用・所得環境と個人消費の動きについてご説明します。労働市場の需給については、最近、外食産業や建設業などを中心に、人手が足りないといった声を聞く機会が多くなっています。こうした事例に端的に現われているように、労働需給は着実にタイト化が進んでいます。実際、有効求人倍率をみると、仕事を探している人よりも求人の方が多くなっており、直近の6月には1.10倍と、リーマン・ショック前のピークを上回り、92年6月以来の水準となっています(図表2)。完全失業率も3.7%まで低下し、3%台半ばとみられる構造的失業率とほぼ同じ水準にあります。また、常用労働者数は前年比1%台半ばの伸び率で増加しています(図表3)。

こうした労働需給のタイト化は、賃金を押し上げる方向で働いています(図表4)。すなわち、この春の賃金改定交渉では、近年ではみられなかったベースアップが多くの企業で実施されました。その効果は、所定内給与に徐々に現れ始めています。また、人手不足の中でアルバイトの時給上昇が度々報道されているように、パート労働者の時間当たり賃金はプラス幅を拡大してきています。この結果、労働者一人当たりの名目賃金は、徐々にプラス幅を拡大しています。さらに、各種のアンケート調査では夏のボーナスも前年を上回るとの予想であり、これも名目賃金の押し上げに働くとみています。

雇用者所得の総額は、名目賃金に雇用者数を掛けることによって求められますが、こうした雇用・賃金動向を反映して、このところ前年比2%程度の伸びで増加しています。先行きについても、景気が緩やかに回復する中で労働需給の改善が続くことから、雇用者所得は緩やかに伸び率を高めていくとみています。

こうした雇用・所得環境の改善は、個人消費の下支えに着実に働いています。消費税率引き上げの影響については、駆け込み需要が大きかった自動車など耐久財を中心にこのところ反動がみられていますが、百貨店や食品スーパー、外食などの企業からは、「反動は想定の範囲内であり、またその減少幅が徐々に縮まってくるなど、消費の基調的な底堅さは維持されている」との声が多く聞かれています。消費者マインドを示す消費者態度指数も、4月を底に2ヶ月連続で改善しています。こうした中、今後は夏のボーナスの増加が見込まれることもあって、反動の影響は夏場から減衰してくるとみられます。その先の個人消費は、消費税率引き上げの反動の影響が減衰する中、雇用者所得の増加が下支えする形で、底堅く推移するものとみています。もっとも、消費税率の引き上げに伴う実質所得の押し下げが徐々に影響を与える可能性もありますので、引き続き注意深く点検していきたいと思います。

企業の前向きなスタンスと設備投資

もう一つの日本経済回復の原動力は、企業部門の前向きな動きが続いており、ここにきてさらに明確になってきたことです。

企業マインドをみると、消費税率引き上げによる反動の影響にもかかわらず、高水準を維持しています。すなわち、企業マインドの動きを短観の業況判断DIでみると、消費税率引き上げ前の3月短観では+12と、91年11月調査以来の高い水準にまで改善していました(図表5)。もとよりこうした改善には消費税率引き上げ前の駆け込み需要が寄与しており、先行き判断DIはその反動で+1まで大幅に落ち込むとの予想でした。しかし、6月短観の結果をみると、消費税率引き上げに伴って悪化はしましたが、3月時点の見通しを大きく上回る+7となりました。この水準は、リーマン・ショック前の2007年6月と同じ水準ですから、良好な水準にあります。このように、消費税率引き上げ後も企業マインドは高めの水準となっており、前向きなスタンスが維持されていることが分かります。加えて、企業収益も改善を続けています。短観で収益計画を確認すると、昨年度に引き続き高めの水準を維持しており、6月短観では上方修正されました。企業も消費税率引き上げ後の収益に自信を持ち始めているように思います。

こうした企業の前向きなスタンスと高水準の企業収益は、設備投資に好影響を与えています。すなわち、GDP統計ベースの実質設備投資は昨年4〜6月以降4四半期連続で増加しており、特にこの1〜3月は前期比+7.6%と大幅な増加となりました(図表6)。これには、一部ソフトウェアのサポート期限切れに伴う更新需要や排ガス規制強化前の建設機械の駆け込み需要なども寄与していますが、そうした一時的な要因を除いてみても設備投資の足取りがしっかりしてきたように思います。これまで相対的に出遅れていた製造業の設備投資も、漸く回復が明確になってきました。先行きについても、企業収益が改善傾向を続ける中で、設備投資は振れを伴いつつも増加基調を続けるとみています。実際、6月短観で2014年度の設備投資計画をみると、大企業で例年を上回る増加計画を立てているなど、全産業全規模ベースでも増加する計画となっています(図表7)。企業マインドや収益の改善に加えて、現在は設備投資が増加しやすい環境がいくつかあります。ここでは以下の3点を指摘しておきたいと思います。

まず、第1に、長年にわたるデフレが続く中で企業が設備投資を抑制してきたことから、資本ストックが積み上がっておらず、循環面から設備投資が増加しやすい状況にあることです。この点、短観の生産・営業用設備判断DIをみると、その過剰超幅は着実に縮小してきており、全産業全規模ベースではほぼ過剰感が解消されています(図表8)。加えて、これまでの設備投資抑制の結果、設備の老朽化が進んでおり、生産水準が上昇する局面で円滑な生産に支障を来たす事例が出てきていることも、更新投資を中心に設備投資を後押しするとみています。

第2に、先ほど申し上げたとおり、労働需給のタイト化により労働者を確保しにくくなってきたうえに、賃金が上昇してきていることが挙げられます。一方で、設備投資を行う際の資金調達金利は低水準にあり、金融機関の貸出態度も緩和していますので、新たに労働者を雇うよりも省力化設備などの設備投資を行う方が、相対的に有利な環境になりつつあるように思います。こうした設備投資は、労働需給がタイト化する中で労働力をより効率的に活用し、ひいては労働生産性を向上させることにも繋がると考えられます。

第3に、円高が修正されて1年以上が経ち、企業が内外の拠点展開の見直しを進めていることです。リーマン・ショック後の円高局面で企業の海外投資のウェイトが上昇してきましたが、その流れは円高水準が修正される中でもしばらくは残りました。内外の投資の意思決定を行い、それを実行するにはある程度の期間が必要だからです。ここへきて、ようやく設備投資計画に占める国内のウェイトが高まる兆しがみられます。例えば、日本を戦略的に重要な製品の製造や研究開発、生産工程改善などの拠点として位置付け、そうした分野での国内投資が行われたり、計画されたりしています。

海外経済とわが国の輸出

一方、輸出については、円高修正にもかかわらず、横ばい圏内の動きが続いています(図表9)。その背景には、円高で加速した海外生産シフトや、これまで日本企業が強みを持っていた情報関連財などの競争力低下といった構造的な下押し要因が働いている可能性もありますが、基本的には、わが国経済との結びつきが強いASEAN諸国をはじめとした新興国経済のもたつきといった循環的な要因が大きいと考えられます。また、米国での異例の寒波、そして消費税率引き上げ前の駆け込み需要への対応から国内向け出荷を優先する動きなど、輸出を下押しする一時的な要因が減衰しながらも、春先頃まではなお残っていたことも考えられます。

先行きについて、輸出の前提となる海外経済は、先進国が牽引役となる形で緩やかな回復が続くとみています。この点は、IMFの世界経済見通しでも確認できます。すなわち、2013年に前年比+3.2%まで減速した後、2014年は+3.4%、2015年は+4.0%と次第に回復のテンポが高まっていく見通しです(図表10)。先行きの輸出は、こうした海外経済の回復などを背景に、緩やかに増加していくとみています。実際、6月短観で海外での製商品需給判断DIが改善したほか、機械受注の外需が増加基調にあることは、こうした見方を裏付けているように思います。

3.物価動向と2%の「物価安定の目標」実現への道筋

物価の現状と見通し

続いて、物価動向についてお話します。「量的・質的金融緩和」を導入した昨年4月の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は−0.4%と水面下にありましたが、その後プラスに転じ、この6月は+1.3%となっています(図表11)。先行きについては、景気回復に伴って需給ギャップが改善する一方、エネルギーを中心とした輸入物価の押し上げ効果が減衰していくことから、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、暫くの間、1%台前半で推移するとみています。その後は、本年度後半から再び上昇傾向をたどり、2016年度までの見通し期間の中盤頃、すなわち15年度を中心とする期間に、2%程度に達する可能性が高いと予想しています。さらにその先については、日本経済は、次第に2%の「物価安定の目標」を安定的に持続する成長経路へと移行していくと考えています。これを7月の金融政策決定会合における中間評価の見通し計数でみると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、2014年度は+1.3%、2015年度は+1.9%、2016年度は+2.1%とみています(前出図表1)。

「量的・質的金融緩和」を導入した当初、ここまで物価上昇率が高まってくるとは多くの方が予想していなかったと思いますが、日本銀行の物価見通しは、導入直後の昨年4月の見通しから、ほとんど変わっていません。「量的・質的金融緩和」が、所期の効果を発揮し、ほぼ見通しどおりに物価が上昇してきているということです。導入時に私どもが想定したメカニズムは次のようなものです。

第1に、2%の「物価安定の目標」を早期に実現するという強く明確なコミットメントと、それを裏打ちする大規模な金融緩和措置によって、人々のデフレマインドを払しょくし、予想物価上昇率を引き上げる。第2に、巨額の国債買入れによって、イールド・カーブ全体に低下圧力を加える。第3に、これらの結果、名目金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利を引き下げ、経済に強い刺激を与える。第4に、日本経済の回復に伴って、現実の物価が上昇し、これによって人々の予想物価上昇率がさらに上昇する。そして、これらのメカニズムが相乗的に働き続けることで現実の物価上昇率と予想物価上昇率を基調的に押し上げ、2%を安定的に達成する、というものです。

現状は、人手や設備の不足感の強まり(すなわち需給ギャップの改善)と予想物価上昇率の高まりを通じて、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は1%台前半まで高まっています。一方で、長期金利は10年国債利回りでみて0.5%台で推移し、新規の銀行貸出金利は平均で1%を切る歴史的な低水準となるなど、金融環境は緩和した状態にあります。こうしたもとで、先行きも、上記のメカニズムに沿って需給ギャップの改善と予想物価上昇率の高まりが続き、2%の「物価安定の目標」の実現に向かっていくと考えています。もちろん、仮に何らかのリスク要因によって、見通しが下振れ、2%を達成するために必要となれば、躊躇なく調整を行います。「量的・質的金融緩和」のメカニズムには、2%への強く明確なコミットメントの帰結として、「そのために必要な場合には調整する」という要素も含んでいることを強調しておきたいと思います。

以下では、先行きの物価の基調を規定する2つの要因である需給ギャップと中長期的な予想物価上昇率について、やや詳しくお話します。

需給ギャップ改善による物価の押し上げ

まず、労働や設備の稼働状況を示す需給ギャップについてです。現在、個人消費や公共投資といった国内需要が景気を牽引し、非製造業を中心とした景気回復が続いています。非製造業は、製造業に比べて労働集約的であることから、労働需給は引き締まりやすくなっています。建設や小売、サービスなどの一部には人手不足によって事業展開が制約されるケースも散見されます。また、設備についても、さきほど申し上げたとおり、過剰感はほぼ解消されています。生産設備の稼働率が高まる中で、トラブルの発生もみられています。以上を合わせてみた「需給ギャップ」は、緩やかに改善して最近ではゼロ近傍になっており、この1〜3月は消費税率引き上げ前の駆け込み需要もあってプラスになりました(図表12)。先行きについては、潜在成長率を上回る成長が続く、すなわち需要の伸びが供給力の伸びを上回る中で、需給ギャップは徐々にプラス幅を拡大していくとみています。したがって、この面からの物価上昇圧力は着実に高まっていくと考えられます。

中長期的な予想物価上昇率の引き上げ

次に、人々の中長期的な予想物価上昇率は、全体として上昇してきているとみられます(図表13)。このことは、賃金や価格設定などの行動にも影響を与え始めています。例えば、春闘でもみられたように、労使間の賃金決定において、物価上昇率への意識は高まっています。また、企業の価格戦略をみても、デフレ下では消費者の低価格志向が強かったことから、コストカットを優先した低価格戦略が多くみられました。しかし、最近では、価格に見合う物であれば多少値段が高くても受け入れる消費者が増えており、品質や機能面などで付加価値を高めながら販売価格を上げるといった動きもみられています。短観の販売価格判断DIは、「下落している」と答えた企業の割合が「上昇している」と答えた企業の割合を上回ってきましたが、この6月調査ではゼロになりました(図表14)。このように、実際の物価上昇率の高まりが人々の物価見通しや行動に変化をもたらし、それがまた実際の物価上昇率を押し上げていくというメカニズムが働くもとで、人々の予想物価上昇率は上昇傾向をたどり、この面からも物価上昇圧力は高まっていくと考えられます。

4.2%の「物価安定の目標」を巡る論点

以上のとおり、これまでのところ日本経済は2%の「物価安定の目標」実現への道筋を順調にたどっていると考えています。しかし、生活者の立場からは、消費税率の引き上げによる物価の上昇もある中で、「なぜ2%の物価上昇を目指すのか」という声が聞かれます。また、人手不足などの供給面の制約が目立つ中、「成長率は低いままで物価だけ上昇するのは望ましくないのではないか」という疑問も聞かれます。そこで以下では、これらの点についてご説明したいと思います。

なぜ2%を目指すのか

先ほど、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、1%台前半で推移していると申し上げましたが、消費税込みのベースでみると、6月は+3.3%と1990年末と同程度の高い上昇率となっています。この点に注目して、これ以上物価上昇率を上げる必要はないのではないかという意見もあります。

この点まず、消費税率の引き上げが消費者物価に与える影響は引き上げ時の1回限りで、これが消費者物価の前年比を押し上げる効果は1年後には剥落します。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」を一時的に達成することを目指しているわけではありません。毎年、平均的にみて2%程度の物価上昇率が実現する、すなわち、人々が2%程度の物価上昇率を前提に活動を行う経済を実現することを目指しています。物価の基調を判断する際に、消費税率引き上げの影響を除いたベースで判断しているのはこのためです。

そのうえで、では「なぜ2%なのか」について、ご説明します。日本経済は、1998年度から15年間にわたりデフレに苦しみました。ただ、その間の消費者物価指数でみた物価の変化率は、年平均で−0.3%とほぼ0%でした。しかし、消費者物価指数には実際のインフレ率よりも高めになる「上方バイアス」があり、0%でも実際にはデフレなのです。また、デフレのもとでは金利水準もそれに見合って低くなるため、経済にマイナスのショックが加わった場合にゼロ金利に直面しやすく、短期金利面からの政策対応余地が限られてしまいます。こうした点を考慮して、0%よりは少し高い物価上昇率を目指した方が国民経済にとって望ましいというのが世界各国で共通する考え方になっています。そしてその水準は、米国、ユーロ圏、英国など先進国の多くでは2%程度とされており、これがグローバル・スタンダードになっています。

日本銀行は、昨年1月、「物価安定の目標」を2%と定め、公表しました。その後、この2%をできるだけ早期に実現し、それを安定的に持続するように、「量的・質的金融緩和」を推進しています。こうした揺るぎない中央銀行の決意と行動によって、企業や家計は2%の物価上昇率を前提に行動することが可能になります。そうした認識が定着すれば、経済に加わる様々なショックによって一時的に物価が上下に振れることがあっても、中長期的には物価は2%程度に戻ってくると信じられるようになります。このような状態を人々のインフレ期待(予想物価上昇率)がアンカーされていると言います。このことは、経済がデフレに陥ったり、インフレ率が2%を超えて大幅に上昇を続けたりしないための重要な要素です。今後とも、日本銀行は、2%を実現し、これにアンカーすることを目指して、金融政策を運営していきます。

2%の実現と成長力

次に、2%の「物価安定の目標」の実現と日本経済の成長力についてお話します。趨勢的な人口減少と高齢化、長年にわたるデフレのもとでの資本ストックの蓄積鈍化などによって、日本経済の中長期的な成長力である潜在成長率は低下してきました(図表15)。こうした中、最近では「人手不足などの供給制約によって成長率は上がらないのではないか」、また、「低成長のもとで、物価だけが上がるのは望ましくないのではないか」といった声が聞かれます。

この点は、短期的な経済の動きと中長期的な成長力の問題を区別して論じる必要があります。まず、短期的にみた場合、特定の業種・企業で供給面の問題から事業展開が制約されることはあり得ますが、経済全体としては、労働や資本の稼働率を上げたり、効率性を高めることによって、潜在成長率を上回る成長を実現することは可能です。さきほど申し上げた2016年度までの日本銀行の経済・物価見通しでも、そうした姿を想定しています。

一方で、中長期的には、経済の成長力は供給力に規定されますので、これを引き上げて行く努力が必要です。この点、政府は、「民間投資を喚起するための成長戦略」として「日本再興戦略」を策定し、この6月にその改訂を行ったところであり、その着実な実行とそのもとでの企業の積極的な取り組みを強く期待しています。日本銀行としては、我々の2%実現への取り組みと並行して、成長力強化の動きが着実に進展していくことが望ましいと考えています。ただし、潜在成長率がどのようなペースで上がるにせよ、2%の「物価安定の目標」はできるだけ早期に実現すべきだと考えています。これは「物価さえ上がれば良い」と思っているからではありません。2%の物価上昇を早期に実現し、そこにアンカーすることは、企業や家計の積極的な行動を促し、それ自体として、成長力を高めることに貢献すると考えるからです。すなわち、デフレ経済のもとでは、現金を持つことが相対的に有利になるため、企業が設備投資や研究開発などリスクを取ることに消極的になり、潜在成長率は低下しました。一方で、企業や家計の予想物価上昇率が2%にアンカーされれば、企業はリスクテイクにより前向きになり、設備投資による資本蓄積や研究開発による生産性の向上などを通じて、潜在成長率を引き上げることになります。このことは、昨年来物価情勢が好転する中で、企業に前向きな動きが拡がってきたことをみても明らかです。日本銀行としては、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現することで、企業や家計が前向きな経済活動に取り組みやすい環境を作りたいと考えています。そのもとで、日本経済が活力を取り戻し、再び力強く成長することを期待して、本日のお話を終わらせて頂きたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。