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【講演】少子・高齢化の視点から見た我が国の金融教育

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ADBI・OECD・日本 ハイレベル・グローバル・シンポジウムにおける特別講演の邦訳

日本銀行副総裁 岩田 規久男
2015年1月23日

目次

1.はじめに

日本銀行の岩田でございます。金融教育という重要な課題について、このようなシンポジウムが東京で開催できることを大変うれしく思っております。各国がこれまで蓄積してきた様々な知見を共有することは、参加各国にとって非常に有意義なことであり、参加者およびこのシンポジウムの開催にご尽力頂いた関係者の皆様に感謝したいと思います。

さて、私ども日本銀行は、我が国の金融教育を推進している金融広報中央委員会の事務局を担っており、私自身もこの委員会の委員をしております。こうした立場から感じますのは、どの国においても金融教育が重要性を増しているということであります。その大きな契機となったのは、リーマン・ショックであることは言うまでもありませんが、それ以外にも、各国における固有の事情、歴史的経緯に関わる面も少なからずあろうかと思います。本日、私からは、我が国で他国比早めに進展している「少子・高齢化」を例にとり、そうした視点から見た我が国の金融リテラシーの現状や課題などについてお話をさせて頂き、皆様の参考になればと存じます。

2.少子・高齢化の状況

少子・高齢化は、我が国の社会、経済の最大の課題の一つです。日本人の平均寿命は、男性80歳、女性86歳であり、日本は世界でもトップクラスの長寿国です。この60年間で男女ともに20歳以上寿命が延びており、このこと自体は大変良いことではありますが、20年以上延びた老後の生活をどのように維持していくかが非常に重要な問題となっています。また、日本では、高齢化に少子化の進展が加わり、65歳以上の高齢者の全人口に占める割合が2020年には3割近くまで上昇する見込みにありますので、現役世代の負担も考慮すると、我が国の公的年金等の社会保障の役割は相対的に小さくならざるを得ない状況にあります。

こうした中、人々が、自立した老後を送るためには、従来以上に「自助努力」が重要になってきます。自助努力のための対応の一つは、高齢者の労働参加の拡大でありますが、もうひとつ大切なのが金融リテラシーの向上です。若い頃から自らの生活設計をしっかり立て、老後のための適切な資産形成を行うことが重要です。

3.少子・高齢化の下での金融行動と課題

こうした認識は、国民に徐々に浸透しつつあるように思います。2013年度の金融広報中央委員会の調査では、「金融資産の保有目的」の首位が、それ以前の「病気や不時の災害への備え」から「老後の生活資金」に入れ替わりました。「老後の生活資金」がトップになったのは、60年前にこの調査を開始して以来、初めてのことであり、公的年金制度が早くから整備されてきた我が国では象徴的な出来事であるといえます。

また、こうした変化に伴い、国民の金融行動も変化してきており、金融資産1保有世帯の金融資産保有額は、リーマン・ショックを挟んだ最近10年間でも2割方の伸びを示しています。とくに、60歳以上の高齢者の金融資産は、足もと一世帯当たり2500万円と、同じ調査で把握している「自ら必要と考える目標額」とほぼ同じ水準にまで達しているなど、老後の生活の安定に向け金融資産が着実に積み増されてきています。

一方で、生活設計等の金融リテラシーに関する認識が希薄化していないかという点から、気になる動きも見られます。

例えば、金融資産保有世帯の金融資産保有額が増加傾向にある一方で、最近、金融資産を保有していない世帯が、高額所得層を含め幅広い所得層で増加傾向にある点です。こうした動きの背景には、様々な要因が考えられますが、生活設計の意識の希薄化など、金融リテラシー面の課題もその一因であると思われます。

また、子どもたちについても、少子・高齢化やIT化の進展といった環境変化の中、彼らの金銭感覚を希薄化させかねない状況が見られる点は気になるところです。例えば、一人の子どもに、両親のほか両親それぞれの祖父母が合計6つの財布からお金を注ぐ「6ポケット」の問題や、電子マネーの普及に伴い、現金の場合に比べお金を払ったことの認識が希薄化する「見えないお金」の問題など、子どもたちにとって、「お金には限りがある」ことを体得できる機会が減少しているのではないか、という点です。

このようなライフスタイルや価値観の多様化、IT化の進展といった社会的変化は避けて通ることはできません。しかし、その中でも、ものやお金には限りがあることを理解し、これを前提に、日常の消費活動や金融取引、職業、生活設計等において適切な選択を行うことは必要であり、希少性の理解や生活設計といった金融リテラシーが一層重要となります。このような認識を金融教育を通じて広げていくのは簡単ではありませんが、粘り強く取り組んでいくべき課題であるように思います。

更に、足もと急増している高齢者を狙った金融詐欺にも留意する必要があります。こうした犯罪には大変心が痛むとともに、高齢者の金融リテラシー向上の必要性もみえてきます。詐欺の被害にあわれた方々は、ちょっとした心の隙を狙われたものともいえますが、もう少し金融リテラシーがあれば、騙されずに済んだかもしれません。金融広報中央委員会の調べでは、高齢者は他の年齢層に比べ、自己の金融リテラシーに自信を持っている一方、実際のリテラシーはあまり高くないという結果が出ています。このような自信と実際のリテラシーのギャップを埋めていくことが重要です。

まずは、普段から自己の生活設計に沿って計画的な資金管理を行い、契約締結上のチェックポイントを押えておくなど、金融リテラシーの底上げを図ることが、犯罪に対する「守り」のみならず、効果的な資産形成にもつながるように思います。

  1. 預貯金などの金融商品のうち運用の為または将来に備えて蓄えているもの(事業のために保有しているものや日常的な出し入れ、引き落としに備えたものは除く)

4.我が国における金融教育の取り組み

我が国では、リーマン・ショックを契機に、金融庁が、2013年、今後の金融教育に関する報告書をまとめました。この報告書は、金融リテラシーの行動面を重視するとともに、学習しやすいよう身に付けるべき金融リテラシーを最低限のものに絞りこむことを提言しています。金融広報中央委員会では、この報告書を踏まえ、年齢層別に教育内容を具体化した「金融リテラシー・マップ」を作成するとともに、金融業界団体等の関係団体と連携しながら、平易な教材、パンフレットやDVDなどの整備にも取り組んでいます。また、老後を現実問題として意識せざるを得ない中高年層に対して、平易なパンフレットを作成したほか、関係団体と連携し判断力の醸成に重点を置いた大学生向け講座を実施するなど、老後を見据えた現役世代を対象に、より効果的な金融教育の推進に注力しています。

また、学校における金融教育については、2005年度以降、金融広報中央委員会が、年齢層別の金融教育内容の策定や授業の実践例を含む様々な教材の提供を通じて重点的に推進してきています。

もとより、こうした活動をより効果的に推進していくためには、生活設計等に無関心な層に必要な情報を届け、自発的に適切な行動をとってもらえるような工夫も必要となります。こうしたことは、決して簡単なことではありませんが、金融リテラシーが人々の将来の生活上のリスクを軽減するものであることを分かり易く身近な形で伝えるとともに、行動経済学的な知見も活用しながら効果的な情報発信などを行っていくことが必要であると思います。

5.最後に

私ども日本銀行としては、今後とも、国民が少子・高齢化社会の下でも安定し豊かな暮らしを過ごせるよう、金融広報中央委員会の活動を通じ、金融庁、関係団体とも連携を密にしつつ、様々な課題に的確に対応していきたいと考えております。また、本日お集まりのOECDその他世界各国の金融教育関係者の皆様とも連携、協力を深め、出来る限りの貢献を果たしてまいりたいという点を申し上げて、私からのお話とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。