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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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京都府金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 石田 浩二
2015年7月30日

目次

I.はじめに

本日は、京都府の行政および経済界を代表される皆様に、ご多用中のところお出ましいただきありがとうございます。また、日頃より、日本銀行京都支店の業務運営に多大なご協力をいただいておりまして、この場をお借りして御礼申し上げます。

金融経済懇談会は、日本銀行の政策委員が、金融経済情勢や金融政策についてご説明申し上げるとともに、各地の経済・金融の現状や日本銀行の政策に対するご意見などを拝聴させていただく機会として開催しております。

本日は、経済・物価情勢と日本銀行の金融政策についてお話させていただき、その後、皆様から当地の実情に即したお話やご意見などを拝聴させていただきたいと思っております。

II.経済・物価情勢

1.海外経済の動向

まず海外経済の動向ですが、現状については、「一部になお緩慢さを残しつつも、先進国を中心に回復している」と判断しています。わが国の通関輸出ウエイトで加重平均した主要国・地域合計の実質成長率をみると、今年1〜3月の成長率は、米国や中国の減速などから2%台半ばまで減速しました(図表1)。昨年夏以降の原油安による消費の押上げ効果が期待されていたにもかかわらず、四半期ベースの成長率はこのところ減速しており、ややぱっとしない状況となっています。

先行きについては、今月公表されたIMFの世界経済見通しをみると、今年の成長率は幾分下方修正されているものの、2016年にかけて成長率が高まっていく姿には変わりありません(図表2)。当面、加速感に乏しい状況が続く可能性はありますが、日本銀行としては、先進国が堅調な回復を続け、その好影響が新興国にも徐々に波及する中で、海外経済は緩やかな回復が続くとみています。

主要地域別にみると、まず米国については、寒波などが影響した冬場の落ち込みを脱し、回復しているとみています。6月の雇用統計でも、失業率が低下し、雇用者数もしっかりと増加しており、消費者コンフィデンスも改善しています(図表3)。先行きは、原油安やドル高の影響に留意する必要がありますが、良好な雇用・所得環境に支えられた堅調な家計支出を起点に、民間需要を中心とした成長を続けるとみています。

ユーロ圏経済については、ギリシャ債務問題による金融市場での緊張はありましたが、実体経済面は緩やかな回復を続けているとみています。個人消費は労働市場の改善などに支えられて増加しているほか、企業マインドや生産活動も緩やかに回復しています(図表4)。先行きも、ユーロ安や金融緩和の効果が浸透していくことなどから、景気は緩やかな回復を続けるとみていますが、引き続きギリシャ情勢を含めた欧州債務問題などのリスク要因について注視していく必要があると考えています。

中国については、4〜6月の実質GDP成長率が前年比+7.0%となり、総じて安定した成長を維持しています。ただし、不動産をはじめとする固定資産投資の減速や製造業の在庫調整の継続を背景に、成長のモメンタムの鈍化が続いているほか、株価も不安定な動きとなっています(図表5)。先行きは、当局による財政・金融両面からの景気下支え策により、成長ペースを幾分切り下げながらも、概ね安定した成長経路を辿るとみていますが、名目成長率が切り下がってきており、ディスインフレ傾向の強まりや過剰債務問題には引き続き注意を要すると考えています。

新興国については、やや弱含んでいます。アジアでは、引き続き先進国経済や金融緩和の効果が下支えしていますが、中国経済の鈍化などが下押し圧力となっており、最近はIT関連財の輸出・生産に弱さがみられます。また、ロシアやブラジルなど構造問題や政情面の不安を抱える国では、厳しい情勢が続いています。先行きは、全体としてみれば、成長率を徐々に高めていくとみていますが、各種構造問題を抱える国が相応にあるため、そのペースは不確実性が高いとみています。

2.わが国の経済・物価情勢

(1)現状

次に、国内の経済・物価情勢についてお話します。

わが国の景気については、「緩やかな回復を続けている」と判断しています。企業部門をみると、今月初に公表された6月短観の業況判断DIは、大企業では製造業、非製造業とも改善し、昨年の消費税率引き上げ前の水準近くまで回復しました。中小企業は全体では横ばいとなりましたが、引き続き高めの水準が維持されています(図表6)。また、設備投資も、収益が過去最高水準まで増加しているもとで今年度の計画が上方修正されるなど、前向きな投資スタンスが維持されています。家計部門については、天候不順の影響はあるものの、有効求人倍率が改善を続けるなど雇用・所得環境の着実な改善が続くもとで、個人消費は底堅く推移しているとみております。また、住宅投資も持ち直しつつあります(図表7)。こうしたことから、企業部門・家計部門ともに、所得から支出への前向きな循環メカニズムはしっかりと作用し続けていくとみています。

物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、原油安の影響などもあって年度末にかけて伸び率を縮小させてきており、足もとでは、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、0%程度で推移しています(図表8)。

(2)先行きの見通し

先行きについては、景気面では「緩やかな回復を続けていく」とみています。また、物価面では、消費者物価の前年比は、エネルギー価格下落の影響から当面0%程度推移するとみられますが、物価の基調が着実に高まり、原油価格下落の影響が剥落するに伴って、「物価安定の目標」である2%に向けて上昇率を高めていくと考えています。

見通しに対するリスク要因としては海外に起因するものが中心です。具体的には、新興国・資源国経済の動向、欧州における債務問題の展開や景気・物価のモメンタム、米国経済の回復ペースなどが挙げられます。

日本銀行では、四半期に一度、経済・物価情勢に関する政策委員の見通しを作成・公表しています(図表9)。今月公表した見通しの中央値をみると、実質GDP成長率は15年度1.7%、16年度1.5%、17年度0.2%となっています。また、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、15年度0.7%、16年度1.9%、17年度1.8%となっています。日本銀行としては、2%程度に達する時期は、原油価格が現状程度の水準から緩やかに上昇していくとの前提にたてば、2016年度前半頃になると予想しています。

(3)景気・物価面での注目点

次に、当面の経済・物価情勢をみていくうえでの注目点についてお話します。

(1)輸出・生産の動向

まず1点目は、輸出・生産動向です。実質輸出は、昨年7〜9月以降、3四半期連続で増加しましたが、4〜6月は年前半における海外経済の減速がややラグを伴って影響したことなどから-3.6%となりました(図表10)。また、鉱工業生産も、そうした輸出の動きに加え、国内における軽自動車の在庫調整や関連する素材産業の下振れなどから、足もとでは鈍さがみられています。

こうした輸出・生産のもたつきは、来月に公表される4〜6月の実質成長率を下押しする要因となるとみられますが、問題は、夏場以降、そうした踊り場的な状況を脱し、再び緩やかな増加傾向を辿っていくかという点です。今のところ、輸出・生産とも、米国経済のリバウンドや在庫調整の進捗などから、振れを伴いつつも緩やかに増加していくとみていますが、その一方で輸出面では、中国経済の下振れ懸念と新興国への波及、原油安に伴う世界的なエネルギー関連投資の落ち込みが下押しに作用する可能性があるほか、生産面でも、素材産業における在庫調整の進捗ペースにやや不確実性があります。いずれにしても、想定される下振れリスクに留意しつつ、今後の改善ペースをよくみていきたいと考えています。

(2)個人消費と実質所得の動向

2点目は、物価に大きな影響を与える個人消費と実質所得の動向です。個人消費については、足もとの指標は天候要因もありやや弱めのものがみられますが、今春のベアの反映や夏のボーナスの増加など所得面の下支えが期待されることから、当面は底堅く推移していくとみています。ただし、下期以降、物価の本格的な上昇が見込まれるなかで個人消費の底堅さが持続していくためには、実質賃金の改善が重要なポイントになってくると考えています(図表11)。

昨年度の経験を振り返ってみると、消費税率引き上げの影響もあって表面上の物価が大幅に上昇するもとで賃金の改善が追い付かず、実質賃金は大幅なマイナスの状態が続きました。それが消費者の家計防衛的な行動に繋がり、個人消費のもたつきをもたらすとともに、積極化しつつあった販売サイドの価格設定スタンスを弱気化させたとみております。

今年度入り後の物価動向をみると、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は0%程度で推移していますが、日用品や食料品を中心に構成される日経・東大日次物価指数は強めの動きとなっており、今のところ物価上昇トレンドが昨年のように腰折れる兆しはみられません(図表12)。このこと自体は、販売現場における価格設定スタンスの強さを示しており、消費が底堅いことの証左でもあるとみています。もっとも、消費の持続性に大きく影響する実質賃金は、足もと急速に改善しているとは言え、やっと水面付近に達したところです。今後、実質賃金がどのようなペースで改善していくか、注目していきたいと考えています。

また、個人消費の動向をみていくうえでは、年金受給者の動向にも留意する必要があります。高齢化の進展ともに、年金受給者は4,000万人近くに達しており、個人消費全体に及ぼす影響も大きくなってきています(図表13)。年金受給者の消費を巡っては、やや長い目でみると、マクロ経済スライドなどによる実質の年金給付額の減少が消費を下押しする可能性もあり、これまで以上によくみていく必要があると考えています。

(3)設備投資の動向

最後3点目は、設備投資の動向です。設備投資については、昨年中は、駆け込み需要の反動や為替相場・原油価格の動向を巡る不確実性の高まりなどの影響もあって、収益水準や事業計画との対比でみて伸び悩む局面もみられましたが、今年1〜3月の実質GDPでははっきりと増加に転じました。その後も、6月短観では製造業・大企業を中心に強めの計画となっているほか、機械投資の先行指標である機械受注も増加しており、企業の投資スタンスは明確に改善してきているとみられます。

先行きの設備投資については、企業収益の改善や緩和的な金融環境、為替相場の動向を眺めた製造業による国内投資の積極化などを背景に、緩やかな増加を続けるとみています。しかしながら、このところの海外経済の下振れとそれに伴う輸出・生産のもたつきが、攻めに転じつつある企業の心理を弱気化させるリスクもあると考えています。景気が緩やかな回復を続けていくなかで、企業が内外需要の先行きに対し、どの程度の自信・確信を持てるかが、当面の設備投資の増加ペースを左右していくものとみています。

III.日本銀行の金融政策

1.現在の金融政策運営

以上、内外の経済・物価情勢について申し上げてきましたが、次に、日本銀行の金融政策についてお話します。最初に、現在実施している政策の内容について簡単にお話します。

(1)量的・質的金融緩和

現在日本銀行が実施している「量的・質的金融緩和」は、導入から今年で3年目に入っています。この間、昨年10月末には、原油価格の大幅な下落などによりデフレマインドの転換が遅延するリスクが顕現化することを未然に防ぐため、緩和規模の拡大を決定しました(図表14)。具体的には、日本銀行が供給するマネタリーベースの年間増加ペースをそれまでの約60〜70兆円という規模から約80兆円に拡大しました。また、長期国債の買入について、日本銀行の保有残高増加額を年間約50兆円から約80兆円に拡大するとともに、買入の平均残存期間をそれまでの7年程度から7〜10年程度に長期化・柔軟化しました。ETF、J-REITの買入れペースも3倍増とし、それぞれ年間約3兆円、約900億円に拡大しております。

(2)貸出支援基金等

このほか、日本銀行では、金融緩和の効果を一段と浸透させることを目的として、バランスシート上に「貸出支援基金」を設け、わが国経済の成長基盤強化および貸出増加に向けた民間金融機関の取り組みを支援しています。また、東日本大震災にかかる被災地の金融機関を支援するための資金供給オペも実施しています(図表15)。

「貸出支援基金」については、2010年の導入以降、融資枠の拡大や期限延長など制度の拡充を図ってきた結果、貸付残高は今月中旬時点で約29兆円に達しています。日本銀行としては、これらの政策を通じて、金融機関と企業・家計の前向きな行動を促すとともに、復興に向けた被災地金融機関の取り組みを支援していく方針です。

2.物価の基調的な動きについての見方

次に、政策判断の前提となる物価の動き、とくに昨年来のエネルギー価格の変動が物価全体に大きな影響を及ぼすもとで、基調的な物価の動きをどのようにみていくか、という点についてお話します。

物価の基調をみていく際、私自身としては、昨年来のエネルギー品目の変動が消費者物価全体に大きな影響を及ぼしている状況を踏まえると、当面はエネルギーを除いた総合指数もみていくことが適当と考えています(図表16)。類似の指標として、「食料およびエネルギー除く総合指数」があり、これをみていくべきだという意見もありますが、わが国は家計の消費支出に占める食料費の割合が全体の4分の1を占めており、先進諸国の中でも非常に大きくなっております。家計に与える影響度を考えると、食料品を除くことは適当ではないと考えています。

また、基調評価に当たっては、わが国の消費者物価指数の構成品目の特性も勘案する必要があると考えています。たとえば、わが国の公共サービスや家賃の価格は粘着的であり、米国と比べて景気との連動性が低いという特性があります。それに加え、持ち家の帰属家賃については、家計の現実の支出との関連がなく、また、指数自体が住宅の質の劣化を反映していないことなどによるバイアスが存在するとの指摘もあります(図表17)。個々の物価統計が真の「物価」の姿を捉えることには限界があることを踏まえつつ、構成品目の特性や家計の現実の支出項目、インフレ実感などとの関係を意識しながら物価動向を総合的に評価していくことが政策運営上必要であると考えています。

3.金融政策の波及効果と金融システムの安定

金融政策に関するお話の最後として、「金融政策の波及効果と金融システムの安定」という点について、少しだけ触れておきたいと思います。

現在、日本銀行が実施している「量的・質的金融緩和」は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指して行っていますが、その過程では、当然のことながら、企業金融や金融市場、各種資産市場に諸々の波及効果を生じさせています。

金融機関は、国債の保有額を減少させる一方、外貨資産を含めた各種リスク資産を増やす、いわゆる「ポートフォリオ・リバランス」を進めています。また、強力な緩和効果により、長期金利は極めて低位に安定していますが、それによって金融機関の資金運用利回りは低下する一方、企業の資金調達コストが大きく低下しています。さらに、実体経済や企業収益の改善を通じて、株価が上昇しているほか、不動産取引も活発化してきています。

これらは、いずれも「量的・質的金融緩和」の導入時に想定していたメカニズムのもとで発現した効果であり、基本的には前向きに捉えることができると考えています。物価安定のもとでの持続的な成長を実現する観点からしっかりと点検すべき金融面の大きな不均衡や過熱感についても、今までのところみられていないと判断しています。

もっとも、「量的・質的金融緩和」のもとで金融システムの安定を図るという観点からは、これら金融活動の活発化や実体経済の活性化が行き過ぎることで、先行き金融システムにリスクが蓄積していくことはないか、より長期的な視点を踏まえつつ、予断を持たずしっかりとみていく必要があると考えています。

IV.おわりに ― 京都府経済について ―

最後に、京都府経済について、お話させていただきます。

京都府は、私が改めて申し上げるまでもありませんが、日本文化を色濃く残す歴史都市であると同時に、産業面では、日本の文化を支える伝統産業と、最先端技術を駆使するグローバルなIT関連産業が同居・集積する特徴のある地域です。それに、山地と盆地と海が織りなす美しい自然環境が加わることで、世界に誇る歴史・自然・文化都市として、国内外から圧倒的支持を受け、四季を問わず観光客を惹きつけています。

最近の京都府経済に関する話題としては、大きく2つのポイントがあると思っています。まず1つは、インバウンド効果です。私どもの京都支店が毎月公表している当地の経済概況でも触れていますが、外国人客の大幅な増加は、各種販売指標の押し上げに繋がっているほか、宿泊・飲食などの観光関連産業の改善・発展にも大きく寄与しています(図表18)。この点、為替円安などがインバウンド需要を押し上げている面もあるとは思いますが、当地の持つポテンシャルが発揮された面が大きいと思っています。現に、最近でも、世界的な影響力を持つ米国の大手旅行雑誌で、読者投票型の人気観光都市ランキングにおいて、京都市が2年連続で世界1位に選ばれたとのニュースもありました。

もう1つは、生産動向です。当地の景気については、「回復基調にある」とみていますが、その背景の一つとして、IT関連を中心とした当地の主力産業の生産拡大が挙げられます。電子部品・デバイスは、スマートフォン向けが新製品需要や中国における需要拡大を背景にフル稼働を継続しているほか、一般・精密機械も、自動車向けや半導体関連が好調な状態が続いています。現在の当地の生産を牽引している中国関連需要については、同国経済がディスインフレ傾向の強まりや過剰債務問題を抱えるなかで、先行きの動向に注意していく必要があると思いますが、当地企業が独自の技術を磨き、付加価値の高い製品を生み出し続けることで、持続的な成長を遂げることができると思っています。

今後も、伝統産業をしっかり継承しつつ、先端産業や観光産業の優位性を十分に活かすことで、さらなる発展を実現していくことを期待しています。

ご清聴ありがとうございました。