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【挨拶】

わが国の経済・物価情勢と金融政策

鹿児島県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 木内 登英
2016年2月25日

目次

1.はじめに

この度は、鹿児島県の各界における皆様と懇談をさせて頂く機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から、日本銀行鹿児島支店の様々な業務運営に対し、ご支援を頂いております。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

本日は、まず、私から、日本の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策につきまして、日本銀行ならびに私の考えをお話させて頂きます。その後、皆様方から、当地の実情に関するお話や日本銀行の政策運営に対するご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.経済・物価情勢

(1)足もとの経済・物価情勢

日本の景気は、緩やかな回復を続けています。海外経済は、新興国が減速しているものの、先進国を中心とした緩やかな成長が続いています。そうしたもとで、輸出は、一部に鈍さを残しつつも、持ち直しており、鉱工業生産は、横ばい圏内の動きとなっています。国内需要面では、設備投資は、企業収益が明確な改善を続けるなかで、緩やかな増加基調にあるほか、個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、底堅く推移しています。こうしたなか、2015年10〜12月の実質GDP成長率(一次速報値)は、前期比年率▲1.4%となりました(図表1)。この間、物価については、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、0%程度となっています(図表2)。

(2)経済・物価見通し

このような経済・物価情勢のもとで、日本銀行は、2016年1月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)において、2015年度から2017年度までの経済・物価見通しを改定しました(図表3、4)。

今回の政策委員の中心的な見通しを前回(2015年10月時点)と比較すると、実質GDP成長率については、概ね不変です。すなわち、日本経済は、2016年度にかけて潜在成長率を上回るペースでの成長を続けたあと、2017年度にかけては、消費税率引き上げの影響などから減速しつつも、プラス成長を維持すると予想しています。

また、消費者物価(除く生鮮食品)については、2016年度は、原油価格の想定下振れから、大きめの下方修正となったものの(2015年10月時点+1.4%→2016年1月時点+0.8%)、2017年度は+1.8%と概ね不変です。すなわち、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、エネルギー価格下落の影響から、当面0%程度で推移するとみられますが、原油価格が緩やかに上昇していくとの前提のもとで、次第に伸び率を高めていく姿を見込んでいます。

3.経済・物価見通しに関する留意点

(1)政策委員の中心的な見通しと私の見通し

私は、「量的・質的金融緩和」の効果などによって、国内経済は、その実力に見合った安定した状態を既に取り戻したとみています。この点、生産設備と労働力の稼働状況を示す需給ギャップが、「量的・質的金融緩和」導入当初の大幅なマイナス状態から、2013年末頃に概ね中立的な水準を回復し、その後も同程度の水準を維持していることに表れていると考えています(図表5)。また、基調的な物価についても、国内経済の実力と整合的な安定した状態を既に取り戻したとみています。先行きについても、展望レポートの見通し期間である2017年度にかけて、このような安定した経済・物価状況が続くことを標準シナリオと考えています。

もっとも、私の見通しを数値に置き換えてみると、展望レポートで示された政策委員の中心的な経済・物価見通しと比べて、より慎重と言えます。このように私が相対的に慎重な見方をしている背景には、(1)供給面から日本経済の実力に見合った成長ペースを示す潜在成長率が、現時点で「0%台前半ないし半ば程度」と依然低い水準にあると推計されるなか、先行きもその改善ペースは緩やかなものに止まると考えていること(図表6)、(2)潜在成長率を大きく上回るような成長率を一時的にでも実現させ、需給ギャップをはっきりと改善させるような需要面からの強い牽引役が、金融緩和の追加的な効果も含めて、見当たらないと考えていること、です。

以下では、こうした私の見方に基づいて、経済・物価見通しに関する留意点を幾つか申し述べたいと思います。

(2)企業収益と設備投資

企業収益は、高水準で推移しており、これが国内の設備投資や賃金の引き上げに積極的に活用されることで、所得から支出への前向きの循環メカニズムが強まることが期待されてきました。しかし、現状では、国内の設備投資や賃金は期待されたほど高まっていないと私自身はみています。

これには、足もとの収益の改善が一時的な要因に支えられている部分も大きい一方、企業の間で、国内市場に対する見方が改善していないことが背景にあると考えています。例えば、製造業大企業の経常利益をみると、足もとの改善は、円安や原油安といった必ずしも持続的とは言えない要因によってもたらされている面が強い一方、国内の売上数量増加による寄与は限定的です。また、潜在成長率は依然として低水準にあり、先行きもその改善ペースは緩やかなものに止まることが見込まれています。こうした環境のもとでは、企業は、売上や収益の増加期待が高い海外では、収益を積極的に活用する一方、国内では、今後も支出に慎重な姿勢を大きく崩さないことも考えられます。

こうしたなか、企業がキャッシュ・フロー対比でみて設備投資をより積極化させていくためには、企業の国内市場に対する成長期待の高まりが不可欠であると考えられます(図表7)。もっとも、人口減少や少子高齢化という強い逆風が吹くもとで、各種施策などを通じて国内経済の実力を高め、企業の国内市場に対する中長期的な成長期待を高めていくためには、なお相応の時間を要すると私自身は考えています。

(3)実質所得と個人消費

個人消費は、雇用・所得環境の改善や緩和的な金融環境といった好環境のもとで底堅さを維持していますが、総じて勢いを欠く状態が続いていると私は思っています。そうした背景には、天候要因などの一時的な要因に加えて、消費者によるインフレ実感の高まりや賃金上昇期待の低さなどがあると考えています。特に、昨年春頃から食料品や日用品の価格引き上げが広くみられている一方で、賃金の伸びが緩やかなものに止まっており、これらが消費者心理に相応の悪影響を及ぼしている可能性があるとみています。

こうした状況について、金融緩和の効果からみると、「量的・質的金融緩和」の導入当初は、政策効果から実質金利が低下を続ける一方、実質所得の見通しに大きな変化が生じなかったため、将来の消費を前借りする効果が生じたものと考えられます。しかし、現在は、実質金利の低下テンポが総じて鈍るなか、消費者の間で、賃金上昇率が物価上昇率に直ぐには追いつかないとの見方が強まっているようにみられることから、実質所得の見通しが悪化し、消費行動が保守的になっている可能性があります。

これに関連して、日本銀行の「生活意識に関するアンケート調査(2015年12月調査)」をみると、回答者数が限られることから幅をもってみる必要はあるものの、物価上昇は「どちらかと言えば、困ったことだ」とする回答比率が82.4%(2015年9月調査では82.5%)であるのに対し、物価下落は「どちらかと言えば、好ましいことだ」との回答比率が52.4%(2015年9月調査では23.8%)に上っています。この結果は、消費者が物価上昇による実質所得の低下を危惧している可能性を示唆しているように思います。今後、エネルギー価格下落による実質所得の押し上げ効果が一巡していく場合、消費行動が一段と保守的になる可能性も考えられます。また、年金生活者を含む高齢者世帯や低所得者については、足もとエネルギー価格の下落を受けてマインド面に改善がみられることも踏まえると、そうした傾向がより顕著に表れる可能性があると考えています。

(4)海外経済と輸出

輸出については、持ち直しの動きがみられています。実質輸出をみると、2015年10〜12月は、自動車やIT関連を中心に、前期比+2.8%と2四半期連続の前期比増加となりました(図表8)。もっとも、輸出は、新車投入効果の一巡や新型スマートフォン関連の需要下振れから、2016年1〜3月以降、伸びが鈍化し、それに伴って、鉱工業生産は、4〜6月以降、増加ペースが明確に低下する可能性があると私自身はみています。

この間、輸出を取り巻く環境をみると、海外経済は、引き続き楽観視できない状況が続くと予想しています(図表9)。米国経済は、良好な所得環境や金融環境に支えられて個人消費の堅調さが維持されているものの、新興国向け輸出の弱さやエネルギー関連企業の資本財需要の鈍化などを背景に、製造業部門では、在庫調整を伴いつつ、生産活動は低迷しています。また、過去と単純に比較することはできないものの、米国の景気回復期間が過去の平均的な長さと比べて既に長期に亘っているという事実も、今後の回復の持続性という観点からはやや気掛かりな点です。

中国を含む新興国での過剰設備と過剰債務の問題については、世界経済全体の下振れリスクとして見逃せないと考えています。世界的な金融危機以降、中国、トルコ、ブラジルなどでは、企業債務が大きく増加しました。その内訳をみると、過大な成長期待を背景とした資源・エネルギー関連の債務が相応の規模を占めているほか、外貨建て債務比率が高い先も少なくありません。新興国の成長鈍化は、債務の削減圧力を徐々に高め、それが経済の下振れ傾向を相乗的に強める可能性も否定できません。また、資源価格の下落や米国の金融経済情勢の変化を起点とする国際的な資金フローの変化が、新興国での通貨安や長期金利の上昇を通じて、債務の削減圧力を急速に高めるリスクにも十分留意しておきたいと思います。

今後、こうしたリスクの顕現化などから海外経済が下振れ、輸出が明確な減少基調に転じるようなことがあれば、国内の生産活動に下押しとなるほか、国内の設備投資や、雇用情勢の変化を通じて個人消費にも悪影響を及ぼしかねないと考えられます。さらに、2016年初めからのグローバルな金融市場の不安定な動きが、企業や家計の経済活動を慎重化させる可能性にも留意したいと思います。このため、私自身は、海外経済と金融情勢の先行きを、国内経済の主要な下振れリスクと位置付けています。

(5)物価情勢と物価見通し

消費者物価の基調的な動きについて、除く食料・エネルギーや除く生鮮食品・エネルギーの前年比をみると、2015年度前半に伸びをはっきりと高めたあと、10〜12月にはやや頭打ち感がみられています(図表10)。この間、物価変動の大きな品目を機械的に除外することで基調的な物価変動を捉えようとする「刈り込み平均値」に着目すると、このところ前年比0%台半ばで推移するなど、従来よりも高めの水準で比較的安定して推移しています。

先行きについては、(1)前年比でみた円安効果は一巡しつつあること、(2)川上に位置する原材料価格や企業物価が明確な下落基調にあること、(3)私自身は、需給面からの物価押し上げ効果が顕著に高まると想定していないこと、(4)中長期の予想物価上昇率の上昇に一服がみられること、などを踏まえると、これら指数の伸びが一段と高まる余地は然程大きくないと考えています。また、2015年初め頃には食料品や日用品の値上げ計画が多く聞かれたのに対し、今年はそのような計画があまり聞かれない印象をもっており、2016年4〜6月頃に、前年比でみると幾分下振れするリスクがあるとみています。

また、物価の先行きを考えるうえでは、物価と賃金との関係に注目することも重要です。賃金は、全体としてみると緩やかに上昇しています(図表11)。もっとも、労働需給が極めて逼迫した状況にあることを踏まえると、賃金の伸びが期待されたほどには高まっていないと思います。これには、企業が、設備投資と同様に、国内経済に対する成長期待が明確に高まらないもとで、固定費の増加に繋がる所定内給与の引き上げになお慎重なことが背景にあると考えられます。こうした企業の姿勢は、家計の中長期の所得(謂わば「恒常所得」)の増加期待を高まりにくくしている面もあると思います。また、実質所得の見通しの伸び悩みは、個人消費に抑制的な効果をもたらし、物価に下押し圧力となる可能性もあります。

これらを踏まえると、基調的な物価上昇率は、今後、伸びを低めつつも、当分の間、大幅に低下することなく、比較的安定した水準を維持すると私自身は考えています。こうした考えのもと、私は、2016年1月の展望レポートについて、「2%程度に達する時期は、2017年度前半頃になる」との表現に反対しましたが、現時点でも、消費者物価(除く生鮮食品)の上昇率は当面0%程度で推移したあと、かなり緩やかに上昇率を高めていくと考えており、展望レポートの見通し期間である2017年度まで視野に入れても、2%程度に達する可能性は低いとみています。

4.金融政策運営

(1)「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」と私の提案

「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」

日本銀行は、2013年4月、消費者物価上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭において、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」の導入を決定しました(図表12)。また、2014年10月には、マネタリーベースの年間増加ペースを約60〜70兆円から約80兆円へ、日本銀行長期国債保有残高の年間増加ペースを約50兆円から約80兆円へと変更するなどの拡大措置を実施しました。さらに、2015年12月には、「量的・質的金融緩和」の円滑な遂行などを目的に、その補完措置として、「長期国債買入れの平均残存期間の長期化」、「新たなETF買入れ枠の設定」、「J−REITの銘柄別買入限度額の引き上げ」などを実施しました。

そのうえで、2016年1月、金融機関が保有する日本銀行当座預金の一部に▲0.1%のマイナス金利を適用する、「マイナス金利」を導入しました。

私の提案

私は、2013年4月の「量的・質的金融緩和」の導入については、一定期間であれば効果が副作用を上回るぎりぎりの規模感と判断し、賛成しました(図表13)。ただし、時間の経過とともに副作用が効果を上回るようになると考え、「量的・質的金融緩和」導入時から2015年3月の金融政策決定会合まで、「『量的・質的金融緩和』を2年間程度の集中対応措置と位置付け、その後柔軟に見直すこととする」との提案を行ってきました。これは、私自身としては、2%の物価安定目標を短期間で達成するのは難しいと考えるなか、「量的・質的金融緩和」を2%の物価安定目標の達成に強く結びつけて運営すると、導入時の政策が予想以上に長期化あるいは強化され、副作用が累積的に高まることを心配したためです。

また、2014年10月の「量的・質的金融緩和」の拡大については、副作用が効果を上回る時点が前倒しになるとの判断から反対し、その後も、拡大後の方針に反対を続けています。

さらに、2015年4月以降は、マネタリーベースおよび日本銀行長期国債保有残高の増加額を、現行の年間約80兆円に相当するペースから、「量的・質的金融緩和」導入時を下回る年間約45兆円に相当するペースへと減額することなどを提案し、その後も直近2016年1月の金融政策決定会合まで、同様の提案を続けています。これは、「量的・質的金融緩和」導入から2年が経過したタイミングで、「量的・質的金融緩和」の効果と副作用の比較衡量を改めて慎重に行い、もはや長期国債の買入れペースなどについて、導入時の方針であっても、副作用が効果を上回ると判断したためです。

この間、2015年12月には、補完措置の実施について、自身の提案と整合的ではないとして、「長期国債買入れの平均残存期間の長期化」、「新たなETF買入れ枠の設定」、「J−REITの銘柄別買入限度額の引き上げ」、の3点に反対しました。

加えて、2016年1月、「マイナス金利」の導入について、国債買入れの安定性を低下させることなどから、危機時の対応策としてのみ妥当であるとして、反対しました。

私の提案の背景にある考え方

私の提案は、資産保有残高(ストック)を減額するものではなく、資産保有残高の増加ペース(フロー)の減額を意図するものです。日本銀行の長期国債保有残高を、「量的・質的金融緩和」導入時を下回る年間約45兆円に相当するペースで増加させる方針に修正すれば、国債市場への過度の圧力が相応に緩和されるほか、国債買入れが早期に限界に達するリスクが軽減されて、当面の国債買入れの持続性・安定性はむしろ高まると考えています。一方、マネタリーベースと長期国債保有残高の増加ペースを減額しても、残高の積み上がりとともに、今後も金融緩和は累積的に強化されていきます。また、超過準備が解消され長期国債保有残高が正常化する、「量的・質的金融緩和」の終了までには極めて長い時間を要することを踏まえて、慎重に政策運営を行う必要があるとも考えています。

以下では、私の提案の背景にある考え方について、政策の効果と副作用という観点を軸に、より詳細に述べたいと思います。

(2)政策効果と副作用

実質長期金利と政策効果

まず、「量的・質的金融緩和」の効果については、主に実質長期金利の低下を通じて、将来の実質個人消費を前借りすることなどによって、国内民間需要を増加させる点にあると考えています。この点、実質長期金利の押し下げなどを通じて、これまでに累積した効果は、既に経済にしっかりと定着しているとみています。特に、(1)需給ギャップが2013年末頃にほぼ解消され、その後も概ね中立的な状態が維持されていること、(2)企業や家計が経済活動の前提とする中長期の予想物価上昇率と実際の物価上昇率との間のギャップが縮小したことは、政策効果の表れと評価しています。

もっとも、実質長期金利の動きをみると、「量的・質的金融緩和」を導入してから一年程度の間、はっきりと低下したあと、2014年半ば頃からは、ごく足もとで「マイナス金利」の導入に伴い水準がやや切り下がったものの、低下テンポは総じて鈍っており、追加的な効果は逓減しているとみています(図表14)。また、各種調査や市場指標から中長期の予想物価上昇率をみても、2%の物価安定目標と整合的な水準まで依然として距離があるもとで、足もとでは一部に下振れ傾向もみられています(図表15)。

こうしたなか、私としては、今後も、日本銀行の政策のみで中長期の予想物価上昇率を押し上げていくことは困難であると考えています。また、日本銀行が国債保有残高を増やし続けても実質長期金利が下がりにくくなっており、追加的な効果が逓減しているとみられる点を踏まえると、国債買入れ額を減額することで失う追加的な効果は小さく、むしろ副作用の増加を抑制することで、効果と副作用のバランスを改善させることができると考えています。

潜在的な副作用への配慮

次に、「量的・質的金融緩和」の副作用については、潜在的な要素が強いことから、現時点で必ずしも明確になっている訳ではありません。しかし、将来どこかの時点で顕現化すれば、上手く対応することが難しく、手遅れになってしまうリスクには十分注意する必要があります。こうした特性を踏まえて、私は、日本銀行が国債を大量に購入し保有することによって、国債市場を過度に歪めることから派生する様々な問題を特に注視しています。

具体的には、「国債市場の流動性や価格発見機能といった市場機能の低下や金融機関の収益悪化が、金融システムの不安定化に繋がりうるリスク」、「金融政策の正常化の過程での金利上昇リスク」、「国債価格の大幅な変動によって、広く金融・資産価格の見直しが生じ、金融・経済に深刻な影響を及ぼすリスク」などです。また、日本銀行による国債の大量購入に伴い、「中央銀行による財政ファイナンスとの認識が一段と高まる可能性」や「国債市場の安定が今後も保たれるとの過度な期待から、金利による財政規律メカニズムが損なわれるリスク」についても留意する必要があると考えています。

国債買入れの持続性と金利の安定性

以上の点に加えて、日本銀行の国債買入れに関わる副作用という観点からは、国債買入れの持続性と金利の安定性について言及したいと思います。

「量的・質的金融緩和」のもとで、日本銀行による国債保有比率は上昇を続けており、2015年9月末時点で国債発行残高の約3割を保有するまでに至っています(図表16)。一方、国内金融機関は、担保需要、ALM(資産・負債の総合管理)、金融規制対応などの目的で、一定の国債を保有する必要があります。このため、日本銀行が発行済みの国債を全て保有することはできません。中央銀行の国債保有割合をみると、2016年中に、日本銀行は、イングランド銀行のピーク時を超えて、主要国の中では未踏の領域に入ります。また、日本では、短期売買目的で国債を保有する傾向の強い海外の国債保有比率が低い一方、満期保有目的で国債を保有する傾向が強い生保や年金の国債保有比率が高い点を踏まえると、国債買入れの潜在的な困難度合いは、他国よりも高いと考えられます。

現在のところ、日本銀行による国債買入れオペは円滑に行われており、技術的な問題は表面化していません。しかし、海外での金融不安などを受けて、国内金融機関がリスク回避姿勢を強め、国債保有の選好度合いを高めれば、国債需給の逼迫度が高まり、日本銀行による国債買入れが俄かに困難となる事態も考えられます。こうした潜在的なリスクは、日本銀行による大規模な国債買入れの進展とともに、着実に高まっていると私自身は考えています。

今後、経済・物価環境の改善に伴い、中長期の予想物価上昇率や成長率見通しの引き上げから名目長期金利が上昇する場合、実体経済や金融市場への影響は必ずしも大きくないと考えられます。一方、日本銀行の国債買入れの持続性に対する不安など、その他の要因から予想物価上昇率と短期金利の見通し以外で決まる「タームプレミアム」が上昇することで名目長期金利が上昇する場合、その影響が深刻なものになる可能性も考えられます。したがって、タームプレミアムの大幅な上昇を回避することが重要です。

タームプレミアムは、「国債買入れ策のもとでは、現時点の日本銀行の国債保有残高に加えて、将来の日本銀行の国債保有残高の見通しによっても決まる」との考え方に立つと、日本銀行の国債買入れの限界が市場で突然意識された場合、日本銀行による国債買入れの継続期間や国債保有残高維持の期間が予想よりも短くなる、あるいは日本銀行の国債保有残高のピーク水準が予想よりも低くなるなどの見通し修正が生じ、タームプレミアムの大幅な上昇に繋がる可能性が考えられます。

この点に付随して、国債買入れの限界がみえるまで買入れを続ければよいという考え方は妥当でないと考えています。既に述べたように、国内金融機関は担保目的などから一定の国債を保有し続ける必要があることを鑑みれば、金利が低下しても国内金融機関が国債を手放さなくなる局面がいずれ訪れます。こうした状況のもとでは、国債需要の金利感応度が極端に低くなるため、金利が大きく変動しやすくなり、金融市場や実体経済に深刻な影響を及ぼす可能性があります。また、こうした局面に至ると、将来、金融市場の安定を維持しながら、日本銀行が国債保有残高を削減することにも支障が生じ、「量的・質的金融緩和」の正常化が困難になることも予想されます。さらに、政府の国債発行政策やその見通しによって金利が大きく変動し、財政リスクが高まる可能性もあります。

日本銀行の財務の健全性

また、「量的・質的金融緩和」の長期化に伴い着実に高まる潜在的な副作用としては、正常化の過程で日銀当座預金に対する付利金利を引き上げる際に、日本銀行の収益およびバランスシートに与える影響にも注目しています(図表17)。

「量的・質的金融緩和」のもとで、日本銀行は大量の国債を買入れており、現時点で年間1兆円を上回る利子収入が発生しています。一方、国債の買入れ資金は、現時点では大部分が0.1%の付利金利の適用となる日銀当座預金と、殆どコストのかからない現金という低利の手段で調達されています。このため、「量的・質的金融緩和」の継続とともに、両者の差である純利子所得が増加し、日本銀行の収益は改善を続けています。この部分が、「量的・質的金融緩和」のもとでの通貨発行益(シニョレッジ)とみなすことができます。日本銀行の収益の相当部分は国庫納付金として政府の歳入となることから、これら通貨発行益は、民間の税負担を間接的に軽減する効果を持つこととなります。

しかし、将来、「量的・質的金融緩和」が正常化に向かう過程では、長期金利が上昇するなかにおいても、現行の日本銀行の会計ルール(償却原価法)のもとでは国債の利子収入は緩やかにしか増加しない一方、付利金利の引き上げの仕方次第では利払い負担が大きく増加し、両者の間で逆鞘が発生する可能性があります。その場合、日本銀行の収益悪化や自己資本の毀損に繋がり、国庫納付金の減少や滞りが発生して、政府の歳入を減少させることに繋がりえます。しかも、ここで重要なのは、「量的・質的金融緩和」が長期化し、日銀当座預金の水準が高まるほど、その影響が大きくなる見合いにあるということです。

長い目でみれば、長期金利の上昇を背景に、国債の利子収入が徐々に増加するとともに逆鞘が解消し、収益改善と自己資本の復元に繋がることが期待されます。その結果、「量的・質的金融緩和」がもたらす日本銀行の収益、ひいては政府の歳入への影響は、長期的にみると中立的になることも考えられます。もっとも、その道筋は具体的な金融政策手法や市場金利の動向に依存しており不確実性が高いうえ、相当の時間を要することが考えられます。

なお、ここでは、国債の利子収入と日銀当座預金への利払いの差から生じる日本銀行の収益悪化や自己資本の毀損の可能性に焦点を当てていますが、「量的・質的金融緩和」のもとで保有額が増加しているETFやJ−REITなどについても、価格が下落した場合、同様の問題が生じえる点にも留意する必要があります。

また、日本銀行による国庫納付金の減少および政府の歳入の減少については、それ以前はみえにくかった「量的・質的金融緩和」のコストが、国民に明確に認識されるきっかけとなりうる点も重要です。これは、日本銀行が「量的・質的金融緩和」を通じて政策的な所得配分に強く関わったことが、国民の間に広く認知されることでもあります。

こうした日本銀行の収益悪化や自己資本の毀損は、日本銀行の業務に直接支障を来すものではないとしても、通貨価値の安定に何がしかの悪影響を及ぼす可能性は否定できません。また、日本銀行は、財務の健全性を考慮しつつも、物価の安定のために必要な政策を講じると情報発信していますが、金融市場では、日本銀行が「自己資本比率について、10%程度となることを目途として、概ね上下2%の範囲となるよう運営する」としていることなどを踏まえて、経済・物価環境が改善する過程で、物価の安定よりも財務の健全性を優先し、付利金利を比較的低い水準に維持するなどの憶測が生まれる可能性もあります。

「マイナス金利」の副作用

さらに、「マイナス金利」の副作用については、貸出利鞘の縮小や金融資産の運用利回り低下などを通じて、金融機関の収益に追加的な悪影響を及ぼすことで、金融システムの安定を潜在的に低下させる可能性があります。また、金融機関は、収益の悪化を補うため、預金金利の引き下げに加えて、貸出金利の引き上げや手数料の引き上げなどを通じて、預金者や与信先にコストを転嫁する可能性があり、逆に金融引き締め効果に繋がる惧れもあります。

こうした副作用に加えて、私は、「量的・質的金融緩和」の中核である国債買入れの持続性・安定性を損なう可能性を懸念しています。地銀を始め金融機関の多くは、一時的なキャピタルゲインよりも安定したインカムゲインを得ることを目的として国債を保有する傾向が強いと言われています。これら金融機関にとっては、現在保有する国債の利回りに対して付利金利の水準が低下すれば、あるいは再投資する場合の国債利回りが低下すれば、日本銀行に国債を売却するインセンティブは低下すると考えられます。また、株主への説明の難しさやレピュテーション・リスクなどの観点から、「マイナス金利」が適用される日銀当座預金を積み増すインセンティブは低下することも考えられます。このような影響も見越して、「マイナス金利」の導入に伴い、国債買入れが限界に達する時期が早まるリスクが市場で意識されれば、タームプレミアムが上昇するなど、金融市場は不安定化し、実体経済に悪影響を及ぼす可能性もあります。

これに関連して、ユーロ圏ではマイナス金利と資産買入れ策が現時点では両立しているため、日本でも両立可能との見方も聞かれます。しかし、(1)ユーロ圏での資産買入れ規模や実施期間は日本を大きく下回っている点や、(2)ユーロ圏では、付利金利の水準が国債売却のインセンティブに直接影響を及ぼさない、付利先以外の金融機関からの国債購入比率が高い点で、日本とは環境が随分異なることから、欧州の事例は必ずしも参考にならない面があります。

したがって、私は、「マイナス金利」の導入について、(1)国債買入れ額の減額措置で、国債買入れの持続性・安定性を予め高めておくことが必要であり、(2)そのうえで、金融経済情勢が著しく悪化するような危機的な状況においてのみ妥当な政策手段である、と考えました。しかし、2016年1月の金融政策決定会合では、この2つの条件を満たしていないため、「マイナス金利」の導入に反対しました。加えて、国内の経済・物価情勢は安定しており、金融市場の不安定な動きも危機的な状況ではないことから、「マイナス金利」の導入に限らず、追加緩和措置は必要なく、「マイナス金利」の導入は、将来に備えて温存しておくべき政策であったと私自身は考えました。

(3)今後の金融政策運営

政策修正と市場の安定

私は、これまで述べてきたように、長期国債保有残高の年間増加ペースを減額することを含む、金融市場調節・資産買入れ方針の修正提案をしています。こうした私の提案を受けて、実際に減額措置を実施した場合の特に金融市場への影響について、広く関心が持たれています。私としては、国債買入れの追加的な効果は既に逓減しており、国債買入れには限界があると考えるなか、国債買入れをさらに進めて限界に近づいてから減額を実施するよりも、市場と綿密に対話を取りながら、事前の段階から秩序立って減額を進めていく方が、金融市場の安定を損ねるリスクは小さいと考えています。

また、減額措置が、(1)近い将来、付利金利の引き上げや、これまでに累積された効果を減じうる国債保有残高の削減に向かうものではないこと、(2)当面の資産買入れの持続性・安定性をむしろ高めること、などを市場に丁寧に説明する(フォワード・ガイダンス)ことによって、金融市場の安定を損ねるリスクを軽減することができると考えています。

こうした考えのもと、私は、金融市場調節・資産買入れ方針の提案とともに、先行きの金融政策運営方針について、「資産買入れ策と実質的なゼロ金利政策をそれぞれ適切と考えられる時点まで継続する」という提案を行っています。

幅広い政策手段の検討

もっとも、私は、減額措置を提案しているからと言って、将来、金融経済環境が著しく悪化する場合、追加的な政策対応を行う術がないと考えている訳ではありません。

まず、資産買入れについては、正常化に着手しても、その過程を完了するまでに相当の期間を要する可能性が高いことを踏まえると、先行き相当期間に亘って生じうる副作用を十分に考慮する必要があり、金利政策と比べて格段にフォワード・ルッキングな政策運営を心掛けることが必要です。そのため、私は、短期的な環境変化に対して、資産買入れの拡大をもって対応するといった政策運営は妥当でないと考えています。

一方、金融政策は、様々な手段を適宜組み合わせながら、柔軟かつ総合的に運営するのが望ましいと考えています。経済・物価情勢や金融環境の安定が著しく損なわれ、金融政策面での対応がないと事態が加速的に悪化しうるような危機的な状況が発生した場合は、マネタリーベースの年間増加目標額に拘らず、一時的に潤沢な円資金・外貨資金を供給し、金融システムの安定に万全を期する措置など、資産買入れの拡大とは異なる対応を検討すべきであると私自身は考えています。

「物価安定の目標」の考え方

また、私は、金融市場調節・資産買入れ方針の修正とともに、2%の「物価安定の目標」の達成時期を2年程度と限定せず、「中長期」の目標と位置付けることを提案しています。また、これら2つの修正を併せて実施することが適切であると考えています。以下では、こうした考えの背景にある「物価安定の目標」についての考え方を説明したいと思います。

日本銀行が掲げる2%の「物価安定の目標」は、物価上昇率を一時的にではなく安定的に2%程度で持続させることを目指すものです。その実現には、2%の物価安定目標と整合的となるような、前向きな経済構造の変化が起こることが重要であると考えています。また、経済構造の変化が進む過程では、企業や家計が経済活動の前提とする中長期の予想物価上昇率が2%程度の水準で安定するようになり、そのことが実際の物価上昇率が安定的に2%程度で推移することを支えていくものと考えています。その際、企業や家計の中長期の予想物価上昇率は、日本銀行が掲げる物価目標の水準や、財・サービスおよび労働市場の需給関係、実際の物価上昇率の動向などの要因よりも、潜在成長率や生産性上昇率など供給側の要因、謂わば経済の実力とも言える成長力によって決まる部分が大きいと私自身は考えています。

この点に照らすと、2%という物価目標水準は、現時点では日本経済の実力をかなり上回っていると私は思っています。したがって、物価の基調を高めるような経済構造の変化が一段と進まない限り、金融政策のみで安定的に2%の物価安定目標を実現することは、現時点では難しいと考えています。こうしたなか、金融政策を通じて短期間で経済の実力以上に物価を押し上げようとすれば、経済・物価の安定をむしろ損ないかねないと懸念しています。

2013年1月の政府・日本銀行の共同声明では、「日本銀行は、今後、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取組の進展に伴い持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率が高まっていくと認識している。この認識に立って、日本銀行は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする」と謳われました。この声明について、私は、「政府や企業などの取り組みによって、2%の物価安定と整合的となるまで日本経済の成長力が高まることが、日本銀行が2%の物価安定目標を掲げる前提であるとの認識に基づいていた」と理解しています。

金融政策が今後担うべき新たな役割

日本経済の実力を高めるためには、企業の技術革新とそれを生産性向上に繋げる設備投資の積極化が必要となります。また、企業の国内での設備投資活動を積極化させ、資本ストックの蓄積を通じて潜在成長率の上昇に結びつけるためには、企業の中長期的な内需の成長率見通しを高めるような、政府による各種施策も必要となります。

既に述べたように、「量的・質的金融緩和」は相当の成果を挙げたと考えています。こうした現状のもと、経済政策全体の中で金融政策が担うべき新たな役割は、良好な金融環境の維持を通じて、潜在成長率や生産性上昇率などで示される経済の実力が2%の物価上昇率と整合的になる水準まで高まるよう、政府や企業の前向きな取り組みを側面から粘り強く支えることに移っていると私自身は考えています。そのためには、将来、金融市場の大きな混乱に繋がりうるような金融緩和の副作用を軽減し、先行きの不確実性の低下に最大限努めることで、景気が、経済の実力に見合ったペース(潜在成長率)で、緩やかながらも息の長い回復を続けていけるよう、政策運営を行うことが重要です。

現在私が提案している金融市場調節・資産買入れ方針の修正は、こうした考え方に基づいたものであり、2%の物価安定目標の実現のためには、この方がむしろ近道であると考えています。

5.終わりに 〜鹿児島県について〜

結びにあたり、鹿児島県について申し上げたいと思います。

当地は、「観光資源の宝庫」です。第一に、食文化です。牛や豚、鶏などの畜産品をはじめ、うなぎやブリなどの水産品、焼酎や野菜などは、全国トップクラスの生産量やブランド力を誇っています。第二に、豊かな自然です。世界自然遺産である屋久島のほか、奄美群島や桜島は世界的にも有名です。また、指宿や霧島は温泉地としても広く知られています。第三に、歴史・文化です。2015年7月に、「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に登録された旧集成館などに代表されるように、明治維新にまつわるダイナミックな歴史や、その際に活躍した人たちの物語はとても魅力的です。第四に、科学への貢献です。種子島は「はやぶさ」などを打ち上げた宇宙への玄関口です。

このように、当地は、多様な観光資源を有しています。近年は、2011年の九州新幹線全線開業、国際便の増便などもあって、国内外から多くの観光客が訪れています。現在は、2年後に迎える明治維新150周年に向けて、様々な取り組みが行われていると聞いています。それらが実を結び、当地の魅力が国内外で広く認知され、ひいては当地経済の発展に繋がることを期待しています。

ご清聴ありがとうございました。

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