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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

山口県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 原田 泰
2016年4月13日

目次

1.はじめに

おはようございます。日本銀行の原田です。

本日はお忙しい中、山口県を代表する皆様にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。皆様の前でお話しできるのを大変光栄に思います。また、皆様には、日頃から私どもの下関支店による山口県経済の調査活動のほか、日本銀行各部署の業務運営に多大にご協力頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

日本銀行が、2013年4月に量的・質的金融緩和(QQE)政策を導入してから3年たっています。さらに、2016年1月には、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策」を導入いたしました。金融政策は、経済界の方に大きな関心を持たれますが、一般の方々のご関心はそれほど大きくないというのが通常と思います。ところが、マイナス金利という言葉にインパクトがあったのか、かなり幅広い層からの関心が多く寄せられたと思います。

本日は、「わが国の経済・物価情勢と金融政策」と題しまして、私なりに、この金融緩和政策についてご説明させていただきます。最後に山口県経済について、触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、当地経済の実情に関するお話や、忌憚のないご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策の考え方

すでに、2013年4月から量的・質的金融緩和を行い、2014年10月には、量的・質的金融緩和を拡大いたしました。マイナス金利付き量的・質的金融緩和は、これらの政策の延長線上にあるものです。

やや理論的な話になりますが、自然利子率という概念があります。これは経済を不況にも過熱にもしない、丁度良い利子率があるという考え方です。金融政策の目的は、現実の利子率をこの自然利子率との関係で適切な水準にコントロールすることで、経済を丁度良い状態にしておくことになります。具体的に申し上げれば、消費者物価上昇率を長期的に2%程度にしておくということです。この2%の物価上昇率の下で、失業率も低下し、成長率もそれなりに高く、景気が良好という状態を保てると考えています。

しかし、長いデフレと経済停滞が続いて、金利はほとんどゼロになってしまいました。名目金利だけを考えていたのでは、金利をこれ以上下げることには限界があり、経済を丁度良い状態にすることができなくなってしまいました。そこで行ったのが、2013年4月の量的・質的金融緩和です1。これは、マネタリーベースを拡大し、予想物価上昇率を引き上げ、実質金利すなわち名目金利マイナス予想物価上昇率を引き下げて、経済を良い方向に持っていこうというものです。2014年10月には、消費税増税後の日本経済の停滞に対応して、マネタリーベースの増加ペースをさらに拡大しました。2016年1月には、年初来の世界的な金融市場の変調から、わが国の企業のコンフィデンスあるいは人々のデフレマインドの転換に影響が出てくるリスクが高まっていると見られました。また実体経済の悪化を示す指標もありました。こうしたリスクの顕現化を未然に防ごうということで、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」に踏み込みました。これは名目金利をマイナスにするわけですから、実質金利も当然に低下します。実質金利を下げて、経済を良い状態にするという意味では、同じです。

  1. 2001年から2006年に行われた量的緩和政策も同じような試みと考えられますが、そこには2%という明確な物価目標も予想物価上昇率に働きかけるという考えもありませんでした。

自然利子率を高めるべきか

ここで実体経済を良くするために、なんとか金利を下げようという発想で考えていますが、そもそも自然利子率が低すぎるのが問題で、それを正さなければならないという議論もあり得ます。日本経済の効率を高めて成長率を高くすることができれば、自然利子率も高まりますから、金融政策でなんとかして金利を下げなくても良くなります。そのためには成長戦略が大事だという議論です。

議論としては分かりますが、ではどうやって、どのくらい成長率を高めることができるのかという具体論はあまり活発ではないように思います。そもそも、先進国の中で、日本の実質経済成長率は低いですが、人口当たりでは中くらい、経済活動人口(15~64歳人口)当たりでは高い国になっています。1970年代までの中国、80年代までのインドのように、極めて非効率な統制経済を自由化すれば容易に成長率を高めることができますが、かなり自由な経済をもっと自由な経済にして一挙に成長率を高めることは難しいのです。もちろん、念のために申し上げますが、私は自然利子率を引き上げることのできる正しい成長戦略の実行には大賛成です。金融政策で実質利子率を引き下げることと両方すればなお良いと申し上げておきます。

また、金利をなんとか下げようという発想に対して、金利を下げれば債券市場の機能が低下するから、金利を下げるべきではないという議論もあります。しかし、そのような議論は、債券市場が、金利が実体経済を良好な状態にもっていけるだけ金利を低下させることができないという機能不全を起こしているということを忘れているのです。

以下、マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策の概略を説明した後、金融緩和政策の結果、何が起き、どういう問題があるのかについてご説明したいと思います。

3.マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策の仕組み

マイナス金利という言葉が大きな反響を呼び、一般の方々には、通常の預金金利もマイナスになると誤解されたことがあったと思います。しかし、マイナスにするのは民間金融機関が日銀に預ける預金、日銀当座預金残高の一部の金利をマイナスにするということです。その仕組みは図表1の通りです。

当座預金を基礎残高、マクロ加算残高、政策金利残高に分けます。基礎残高とは昨年1年間の当座預金残高の平均で、ここから所要準備を差し引いた残高に対して、従来通りの0.1%を付利します。マクロ加算残高とは、従来から付利がゼロであった所要準備や、金融機関の積極的な貸出を促すための制度に沿って日本銀行から資金供給を受けた残高部分などであり、この部分にはゼロ金利を適用します。さらに、以上2つの部分を上回る残高、政策金利残高にはマイナス金利(-0.1%)を適用します。計数的には、2月積み期をみると、従来通りの0.1%を付利する部分が約210兆円、ゼロ金利部分が約20兆円強、マイナス部分が20兆円強です。その後、日本銀行が年間80兆円でマネタリーベースを供給していきますので、全体として当座預金は増加し、マイナス金利の適用部分が多くなっていきます。そこで、3か月ごとにゼロ金利が適用される部分を増加させ、マイナス金利が適用される部分がそれほど大きくならないようにします。

このように3階層の構造としたのは、金融機関収益への直接的な影響をできるだけ小さくなるようにするためです。当座預金残高を増やすのは、そのお金をより有利な運用先に充ててほしいからです。内外の貸出はもちろんですし、経済全体としてリスク性資産(株式、不動産など)への運用が増えるようにです。そのためには、当座預金にはわずか0.1%であれ付利しない方が、より効果があると考えられます。しかし、すでにその政策を実施し、それを前提として多くの金融機関が行動している中で、ここでいう基礎残高を含め、根こそぎ付利をゼロにしたり、マイナスにしたりすれば混乱が起きかねません。また、金融機関の収益状況を悪化させる可能性もあります。そこで、緩和効果を大きく、金融機関の収益への影響を小さくできる3層構造の仕組みを採用したわけです2

政策金利残高は10~30兆円程度に過ぎないわけですが、これで金利は明確に低下しました。図表2に見るようにすべての期間の国債金利が低下し、イールドカーブ全体を押し下げています。図表には2013年4月の量的・質的金融緩和、2014年10月の量的・質的金融緩和の拡大の前後に何が起きたかも分かるように書いてあります。図表に見るように、「量的・質的金融緩和」で10年物国債金利は0.3%ポイント、「量的・質的金融緩和の拡大」で0.2%ポイント、今回の「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」で0.3%ポイント低下しています。すなわち、「量的・質的金融緩和」以前と比べて、10年物の国債金利は0.9%ポイント低下しました。この間、予想物価上昇率が動いていなかったとしても実質金利を低下させ、これが経済を好転させるはずです。日本銀行の研究によれば、量的・質的金融緩和導入後の2年間で、試算により幅はありますが、実質金利を0.7~0.9%ポイント低下させ、GDPギャップを+1.1~3.0%ポイント縮小させたとしています3

  1.  2 実務面のより詳細な説明は「日本銀行当座預金のマイナス金利適用に関する実務面のQ&A(取引先金融機関等向け)」を参照。
  2.  3 「量的・質的金融緩和:2年間の効果の検証」日銀レビュー、2015-J-8。

金融仲介機能とデフレーション

ここでイールドカーブが寝ていることについて、金融機関の利益を損ない、ひいては金融緩和効果を却って阻害するものだという議論があります。確かに、金融機関とは資金を短期で調達して長期で運用するものですから、イールドカーブが立っていれば利益は大きくなります。しかし、これだけでは本来銀行が期待されている金融仲介機能として十分ではありません。

金融仲介機能とは、貯蓄超過部門である家計から貯蓄を集め、貯蓄不足部門である企業に、その投資プロジェクトの収益性を審査して貸し出すことです。ところが、現在、企業は貯蓄超過部門になっており、お金を借りてくれません。企業が利益をため込んでいるから、これを吐き出すようにと、政府が盛んに言っているのは、このためです。

企業が貯蓄をため込んで投資をしないのは、デフレが長期にわたって続き、投資意欲を減退させているからです。デフレが終われば、企業は投資意欲を取り戻し、銀行からの借入れ需要も増大するはずです。すなわち、銀行の貸出も増大し、銀行の利益も上がるはずです。

また、量的・質的金融緩和の開始以来、銀行の利益は高い水準で安定しています。これは景気好転によって貸出先企業の経営が改善し、貸し倒れのコスト、信用コストが減少しているからです。

マイナス金利導入国の経験

今回の「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」以来、住宅ローン金利の低下から、借換えの動きがありますが、新規の住宅ローンの拡大はまだ見られないようです。マイナス金利政策を採用してから、まだ2か月余りしかたっていませんので、その効果を見るには無理があります。

そこで、マイナス金利を採用した欧州の国々の状況を見てみましょう。まず、マイナス金利に伴う金融混乱は起きていないようです。ここでいう混乱とは、金利の乱高下です。

次に、実体経済を含めてどうであったのかを図表3で見てみましょう。マイナス金利の採用と為替レートの関係は図表を見ただけでは明らかではありません。自国通貨の過度の増価圧力に対してマイナス金利政策を採用したので、マイナス金利とともに自国通貨が増価した国もありますし(スイス)、マイナス金利採用の結果、減価した国もあります(スウェーデン、ユーロ圏)。デンマークは、そもそも自国通貨をユーロにペッグしています。ペッグする一つの手段としてマイナス金利を採用したのでしょう。実体経済を見ると、どの国も日本よりも高くかつ安定的な成長率を達成しています。ただし、スウェーデンは4%成長と、先進国としては極めて高い成長を達成していますが、これには不動産バブルではないかとの批判もあり、今後の金融政策運営を巡り議論が活発なようです。総じていえば、マイナス金利政策で混乱は生じておらず、実体経済も悪くないと言えると思います。

4.量的・質的金融緩和後の経済

金融政策の大転換後の3年間をまとめて見ていきたいと思います。

金融機関はどう変わったか

まず、直接、金融機関経営に関連する指標を見てみたいと思います。

図表4は、銀行や信用金庫の当期純利益の推移を見たものです。「量的・質的金融緩和」以来、金融機関の利益がどの業態で見ても高水準にあることが分かります。これは先述のように、主として信用コストが低下したことによるものです。一時点の金利のイールドだけで得か損かを考えるのではなく、日本経済全体の回復が金融機関経営に大きな影響を与えることを考える必要があると思います。

金融機関が損失を被るから量的緩和やマイナス金利に反対だというのは、一部の業界が損失を被るからTPPに反対だというのと同じです。金融政策も通商政策も経済全体のことを考えて行わなければなりません。日本経済全体を強くすることで、銀行業も利益を受けるのです。また、銀行業も強くならなければなりません。

日本経済は良くなったか

次に、日本経済全体の動きを見てみましょう。「量的・質的金融緩和」を実施した後、現在まで3年について、消費、投資、輸出、生産、の動きを図表5で見ることにします。

消費は、2014年4月の消費税増税の負のショックの後、2015年央まではなんとか増大していたように見えますが、それ以降停滞しています。これについては後程詳しく見てみます。投資(資本財総供給)や輸出についても同様の動きが見られます。これらを反映して、生産も停滞しています。輸出と生産については、世界貿易量の足踏みが影を落としていると思います。

2015年末から、世界的に株価が動揺、下落していますが、ここには世界貿易の低迷が影響していると思います。すなわち、株価の弱さは、実体経済の弱さを反映したものだと思います。

雇用は堅調に伸びている

ただし、雇用は堅調に伸びています。図表6に見ますように、雇用指数はパートタイム、一般労働者とも継続的に上昇しています。失業率は順調に低下しています。労働力調査によりますと、「量的・質的金融緩和」の開始直前の2013年3月から2016年2月までで、雇用者数は5,485万人から5,684万人へ、うち正社員は3,255万人から3,333万人に、それぞれ199万人、78万人増加しています。

景気回復は大都市だけのもので地方には及んでいないという声がありましたが、雇用の改善は全国に波及しています。図表7のように、すべての地域で有効求人倍率が上昇しています。消費税増税後の中だるみはありましたが、もっとも低い北海道の有効求人倍率も2016年2月には1.01倍まで上昇しました。各県ごとに見ても、これまで1を超えたことのなかった多くの県で1を超えました(なお、山口県は1.33倍です)。

もちろん、全国でも上昇し、2016年2月には1.28倍となりました。これは1991年12月以来の高さです。

賃金も上昇している

雇用は伸びても賃金は上がらないと言われてきましたが、その議論で使われているのは一人当たりの月間の平均賃金です。しかし、景気回復の初期には、労働時間が短く、かつ賃金の低いパートが増大しますので、一人当たりの平均賃金は上昇しないものです。正社員の夫を持つ妻が、自分もパートで働きだせば、夫婦2人の平均賃金は低下しますが、家計の総所得は増加します。

したがって、正しくは、一般労働者とパートのそれぞれの時給と、働いている人すべての所得を合計した雇用者所得を見るべきです。一般労働者の時給のデータは公表されていませんが、私の推計によれば、図表8に見るように、実質の時給はほぼ横ばいです。パートの時給は実質で見ても上昇しています。2013年3月以来、名目で見れば、一般労働者は年率-0.5%と微減、パートは年率+1.4%増とまあ順調です。

雇用は拡大していますので、図表9に見るように、賃金×雇用の雇用者所得は上昇しています。2014年4月の消費税増税で実質雇用者所得はしばらくは上がりませんでしたが、増税したのですから当然です。消費税増税の影響が一巡した2015年4月以降、実質雇用者所得は上昇しています。2013年3月以来、雇用者所得は、実質では年率で+0.7%、名目では+1.9%で上昇しています。

雇用者所得と消費の乖離

ここでやや不思議なことが起きています。雇用は堅調ですので、雇用者所得は増えています。所得が増えているのですから、消費が増えて、さらに所得が増えるという好循環がもっと強く表れても良いはずです(利益も高水準なのですから、もっと設備投資が強くても良いはずですが、これについては、本日はお話いたしません)。所得が増えているのに、消費がせいぜい底堅い程度なのはなぜでしょうか。高齢化社会を迎え、将来が不安なので、貯蓄を増やしているのだというのは一つの考えで、それを裏付けるデータもあります。消費税増税の影響もあります。消費税は恒久的課税ですから、3%の税率引き上げは恒久的に実質所得を3%減らし、したがって実質消費を3%減らすことも考えられます。しかし、本当にそれだけなのか疑問もあります。

速報のGDP統計では、供給側の統計と需要側の統計を組み合わせて消費支出を推計します。それを月次にした消費総合指数という統計も内閣府から公表されています。これは前掲図表5で示したものです。需要側の統計は、家計調査を用いたものですが、それはこのところ大きく振れながら低下しています。しかし、供給側の統計を用いて簡便な試算を行った推計値4をみると、図表10のように、変動が大きいのですがほぼ横ばいまたは微減です。実は、GDP統計は2年後、すべての統計が入手できて確報にするときには家計調査を使いません。であるなら、供給側の統計から見た消費統計が消費の実態を表していると言えるのではないでしょうか。

すると、消費はほぼ横這いまたは微減となって、GDPはマイナスではなくわずかなプラスで継続的に上昇してきたのではないかと思います。私は、雇用者所得の動きから、これが実態ではないかと思います(雇用者所得についても、毎月勤労統計調査のサンプル換えの影響で、実態より悪くなっているのではないかという議論もありますが、今回は省略します5)。もちろん、回復が弱いことを否定している訳ではなく、だからこそ、量的・質的金融緩和の導入以後、その拡大、マイナス金利付き量的・質的金融緩和と、金融緩和を強化してきたわけです。

  1.  4 個人消費の実勢をみるうえで様々な指標、推計が考えられるが、本稿では、財は消費財総供給、サービスは第3次産業活動指数の広義対個人サービス(除く小売)を用いて加重平均を行った指標を示した。消費財総供給、広義対個人サービスともに、本来SNAの個人消費から除外されるべきインバウンド消費が含まれているほか、後者の一次統計の一部に需要側統計である家計調査が含まれている。こうした限界はあるが、簡便な試みとして上記の推計を行った。
  2.  5 「わが国の経済・物価情勢と金融政策――栃木県金融経済懇談会における挨拶要旨」(2015年11月11日)4頁、を参照。

物価が上がっていないのは原油価格下落のため

現在、経済は輸出・生産面に鈍さがみられますが、量的・質的金融緩和を強化した訳ですので、結果として景気は緩やかながら回復していくと思います。特に、雇用が継続的に改善しています。しかし、日本銀行が目標とした2%の消費者物価上昇率はまったく達成できていないではないかというご批判もあると思います。

確かに、図表11に見ますように、日本銀行が当面の目標としています消費者物価指数の生鮮食品を除く総合は、2016年2月には0.0%でしかなく、物価は上がっていないように見えます。しかし、それは世界的な原油価格下落によって、エネルギー価格が低下したことによるもので、エネルギーと生鮮を除いた物価を見ますと、2016年2月には+1.1%と着実に上昇しています。エネルギー価格は、いつまでも下落を続ける訳ではありませんので、この効果が剥落しますと、エネルギーを除かない「生鮮食品を除く総合」も上昇していくはずです。

なお、賃金の上昇は期待ほどではなく、物価を押し上げる力は弱いのではないか、したがって物価目標も達成できないのではないかという議論があります。もちろん、賃金は上がった方が良いのですが、物価は一般労働者の賃金よりもパートの時給との関係が強くなっています。パートの時給がサービス業や小売業のコストを直接引き上げるからです6

  1.  6 日本銀行の「経済・物価情勢の展望(2016年1月)」のBOX3(「労働需給とパート賃金の動向」)を参照。

5.終わりに

マイナス金利付き量的・質的金融緩和とは、実質金利を低下させて経済を良い状態に移行させるという点で、これまでの量的・質的金融緩和の延長線にあるものです。

マイナス金利は、量的・質的金融緩和と合わせて、所期の効果を発揮しています。2014年4月の消費税増税のマイナスのショックが長引いていましたし、足元は、年初来の世界経済の変調の影響もあって輸出、生産が停滞気味になっていますが、雇用は継続的に回復しています。アベノミクスの恩恵は地方には来ないと言われていましたが、すべての地域で有効求人倍率が上がっています。雇用は伸びても賃金は上がらないと言われてきましたが、時給は上がっています。賃金と雇用者数を掛け合わせた雇用者所得で見れば、実質でも上昇しています。消費は弱いままですが、統計上の問題で、実態以上に弱く表れているのだと思います。今後、世界経済の変調が正されていく中で、日本経済も順調に回復していくと思います。

当初考えていたように物価は上がっていませんが、それは原油価格下落によるものです。原油価格が安定するとともに、物価は上がっていきます。また、物価だけ上がって雇用が増えていなかったら大失敗だと私は思います。経済全体の需給が締まり、失業率が低下してくる中で、いずれ物価も上がってきます。

ただし、中国経済を中心とした新興国経済の一層の減速、米国経済の動向やそのもとでの金融政策運営が国際金融資本市場に思わぬショックをもたらす可能性、欧州における債務問題の展開など、日本経済を失速させかねないリスクがあります。そうなると、所得から支出への循環が断ち切られてしまい、雇用が悪化し、物価を基調的に上昇させるメカニズムが危うくなります。そのようなリスクが顕在化すれば、躊躇なく追加の金融緩和を行うことが必要と私は考えています。特に、雇用が景気に遅れて変化する遅行指標であることにも注意する必要があると思います。

最後に、山口県経済について触れておきたいと思います。

山口県は、瀬戸内海沿岸を中心に、化学、自動車、鉄道車両、造船、機械、金属等の工場が多数立地する全国有数の工業県です。また、新幹線や複数の高速道路に加え、山口宇部空港や岩国錦帯橋空港という2つの空港と、下関港、徳山下松港の2つの国際拠点港湾を有するなど、交通インフラに恵まれた県でもあります。

昨年、当地では、大河ドラマ「花燃ゆ」の放送や「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録など、県内を活気づけるイベントが数多くありました。さらに今年以降も、2018年の明治維新150周年に向けて、県の観光促進キャンペーンである「やまぐち幕末ISHIN祭」の第2章がスタートしているほか、大型クルーズ船の招致などにも取り組まれていると伺っています。

山口県の景気の現状については、私どもでは、今月初めに下関支店から公表しているとおり、「緩やかに回復している」とみています。3月短観の業況判断DIをみると、企業の景況感は改善の動きに一服感がみられていますが、海外景気減速の影響は比較的少なく、なおしっかりとプラスを維持しています。個人消費は、雇用・賃金面の着実な改善に支えられて、全体として持ち直しが続いているほか、昨年度の設備投資は、全国同様、前年を1割程度上回ったとみられます。

もっとも、当地でも、全国平均を上回るペースで人口減少や少子高齢化が進行しているなど課題がないわけではありません。こうした課題に対し、県をはじめ各自治体では、「活力みなぎる山口県」の実現に向け、産業、観光、人口問題など各方面において様々な施策を策定し、実行されていると伺っています。また、産業界や金融界におきましても、創業支援や後継者不足の克服など、今後の成長に向けた具体的な取り組みを積極的に進めていると伺っています。今後、行政と産業界、金融界などがさらに連携を強め、当地経済がますます活性化していくことを期待しつつ、挨拶の言葉とさせていただきます。

最後に、あらためましてお礼申し上げます。ご清聴、ありがとうございました。