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【挨拶】わが国の経済・金融情勢と金融政策

釧路市金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 佐藤 健裕
2016年6月2日

目次

1.はじめに

本日は、釧路・道東地域の政治・経済・金融界を代表する皆様方にお集まり頂き感謝する。皆様には日頃より日本銀行釧路支店や帯広事務所の様々な業務運営にご協力を頂いている。この場をお借りして、厚く御礼申し上げる。

本日の懇談会では、まず私から国内外の経済・金融情勢と最近の日本銀行の金融政策についてお話させて頂いたうえで、道東地域経済について若干触れさせて頂きたい。その後、皆様方から、当地実情に関するお話や、日本銀行の政策運営に対するご意見などをお伺いしたい。

2.内外経済・金融情勢

(1)国際金融資本市場と世界経済の動向

昨年12月のFRBによる利上げを契機に年明けから不安定となった国際金融資本市場は、2月下旬の上海G20を経て次第に安定に向かった。足許は産油国の減産協議が難航するなどの逆風でも原油価格は持ち直し、新興国・資源国の通貨・株式市場も総じて回復基調にある。世界経済の先行き不透明感を高めてきたドル高(及び人民元のつれ高)と原油安のスパイラル的な悪循環に取りあえず歯止めがかかった状態と言えよう。上海G20共同声明において、金融政策のみならず、あらゆる政策の総動員により経済の減速に対処する必要性が各国当局の共通認識となったほか、米国の利上げペースが緩やかなものにとどまるとの観測が拡がるにつれ、市場に次第に安心感が醸成されたようだ。

もっとも、懸念は残る。リーマン・ショックや欧州債務問題による国際金融資本市場の動揺と実体経済への波及は、金融仲介機能の低下といういわば急性疾患であっただけに、処方箋は明確であった。一方、足許は、中国をはじめとする新興国や資源国が米国の金融緩和期に積み上げたドル建債務が、FRBのリフトオフを契機に過剰債務問題となって改めて表面化しつつあるという点で、いわば慢性疾患である。治療には恐らく長い時間を要するであろう。

この間の世界経済の足取りを振り返ると、牽引役の米国経済はドル高や資源価格下落による鉱工業の不振や冬場の悪天候から1~3月は年率+0.8%の低成長にとどまった。4~6月は地区連銀のNowcastなどによれば成長率を幾分高めている模様である。もっとも、直近4月の雇用統計では、それまで堅調であった雇用の伸びが幾分減速した。

景気回復局面が8年目に近づき、景気循環が成熟段階に入りつつあるとみられるなか、年初には一部で景気後退懸念さえ聞かれた。さすがにそれは杞憂であったが、新興国・資源国の減速した状態が長引くなかで設備投資が力強さを欠き続け、生産性が伸び悩むことが先行きのリスクである。こうしたなかで、労働需給の逼迫から生産性の伸びに見合わない形で賃金上昇率が加速する場合、企業マージンの圧迫から雇用、ひいては所得・消費に影響するリスクに留意している。

一方、中国経済は輸出・生産面を中心に幾分減速しつつも、当局の景気下支え策の効果が出始めているとみられ、総じて安定を取り戻しつつある。昨年来の国際金融資本市場の不安定化のきっかけとなった人民元相場もこのところ安定的に推移し、株式市場も小康状態にある。人民元の実効レートが最近のドル高一服を受け、やや軟調となっていることが輸出・生産の先行き懸念を緩和しているとみられるほか、上海G20を経て、昨年夏場のような唐突な通貨制度の変更への懸念が後退したことも、市場の安心感醸成に繋がっているとみられる。

もっとも、製造業部門の過剰設備問題が底流にあるなか、固定資産投資の低めの伸びや在庫調整は当面続くとみられる。また、物価面でも、財を中心に需給の緩和した状態が続くもとで、当面ディスインフレ傾向が続く公算が大きい。

以上のように、世界経済は、中国をはじめとする新興国や資源国の減速に歯止めがかかりつつあるものの、牽引役の米国経済の回復が力強さを欠くことから、幾分減速した状態が当面続くとみられる。また、国際金融資本市場におけるドル高(人民元高)・原油安のスパイラルは一服しているものの、さまざまな金融規制の影響から市場の流動性が低下しているとみられ、またアルゴリズム取引や高頻度取引などの影響力が強まっているとみられるなか、米国経済の動向やそのもとでの金融政策運営などの影響から市場が再び不安定化する可能性は排除できず、それらがコンフィデンスなどに影響を及ぼす可能性に引き続き留意している。

(2)国内経済の動向

国内経済は、昨年10~12月に前期比年率-1.1%とマイナス成長の後、本年1~3月は同+1.7%とプラス成長に復したが、閏年要因を除けばゼロ%近い低成長であった。足許も個人消費が冬場の天候要因剥落後も引き続き精彩を欠く。また、中国をはじめとする新興国や資源国の減速や一部製鉄所事故などの影響からこのところ横ばい圏内~弱含みで推移していた生産活動は、熊本県を中心とした地震被害によりサプライチェーンが影響を受けた輸送機器などを中心に一部に弱さがみられる。こうした生産活動については、わが国製造業のBCPの底力から一部は既に挽回生産の局面に移行している。また、今般の補正予算による復旧・復興事業や復興需要も見込まれることから、中期的なシナリオ変更には至らないであろう。ただし、短期的な景気動向に先行する景気ウォッチャー調査の各DIは、熊本地震の影響もあって、季節調整後のベースで2014年の消費税率引き上げ直後以来の低水準となっている。

中期的なシナリオについてだが、資本ストックの蓄積の鈍さもあって、潜在成長率が0%台前半で低迷を続けるなか、前述のように世界経済が勢いを欠くため、私は日本銀行が4月の展望レポートで描く見通し対比、先行きを幾分慎重にみている。実際、このところの実質GDP成長率はプラス成長とマイナス成長がほぼ拮抗する形となっている。このように低成長が続くことで、潜在成長率が高まりにくくなる面もあろう。

実質GDP低迷の割に実質GNI、GDIでみるマクロの所得形成はこれまで堅調さを維持してきた。また、マクロの所得形成の好調さを根拠に、日本経済は海外経済の減速などへのショック耐性があるとみられた。もっとも、年初来の円相場上昇で海外からの所得の受取の円換算額の目減りが見込まれるうえに、これまで交易条件の改善に寄与してきた資源価格も概ね下げ止まりつつある。円高は交易条件改善に資するので資源価格の下げ止まりを相殺する効果がある。それでも、支出統計対比でマクロの所得形成の相対的な堅調さを強調することは先行きやや難しくなってくる可能性はある。

一方、日本銀行調査統計局が販売・供給側統計をベースに試算した消費活動指数に示されるように、個人消費の実勢は、家計調査などの需要側統計も取り入れたGDP統計速報ベース対比で安定的に推移している可能性がある。需要側統計がサンプル要因などにより、実勢より弱めに出ている場合、GDP統計確報における個人消費の水準は速報ベースから上方修正される可能性が高いので、足許の消費動向に対する見方も確報の出る1年半後には修正されるかもしれない。

もっとも、先に挙げた理由からマクロの所得形成の相対的に好調なモメンタムがやや低下する可能性があるなか、所得から支出へという経済の好循環メカニズムが先行き力強さを増していくとのシナリオの説得力はさほど強まってきていないように思われる。企業は過去最高水準の利益をあげるなかでも、そうした利益が円安や交易条件改善による一時的なwindfallであるとの見方から、賃金のベースアップや国内での設備投資にこれまで慎重であった。最近の国際金融資本市場の動向によりそうした傾向が強まる可能性がある。

結局、ゼロ%近い潜在成長率のもと、天候など些細な外的要因でもマイナス成長に陥りやすい脆弱な経済だけに、先行きも国際金融資本市場や海外経済の動向に振らされやすい低空飛行となる可能性は高いとみている。ただし、雇用や設備投資面で相対的に堅調さを維持する非製造業が製造業の脆弱さのバッファーとなることから、景気後退入りは避けられると希望的に見ている。

(3)物価面の動向

消費者物価について、先般の展望レポートにおける私の見通しは、先に挙げた内外のさまざまな下押し要因から、現時点では0%近い潜在成長率が明確に上向き、所得の伸びと整合的に物価が上昇する姿を描ききれないため、政策委員見通しの中央値を引き続き下回る。見通し期間中に2%の「物価安定の目標」に到達しない予測だが、私は、無理に2%を達成する必要はないと考える。人々も、所得の上昇を伴わない物価上昇は望んでいない。物価上昇が先行すると実質所得の低下からマインドの悪化を招き、消費に悪影響が及ぶことを我々は経験から学んでいる。以前に同様の場で紹介したSRI一橋大学消費者購買単価指数の前年比伸び率は、直近こそ急低下しているものの、昨年は年間を通じて概ね+2%前後であった。要は、製品の容量変化や新製品へのマイナーチェンジの影響も反映した、いわば人々の体感物価により近い物価指数は、総務省の消費者物価統計以上に上昇していたのである。

日本銀行は「2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に」2%の「物価安定の目標」を実現するため、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入したが、既に導入から3年以上経過しており、このコミットメントの意味については再考を要する時期に来ていると思う。この点、特定の期限を区切り、特定の物価上昇率を目指すという考え方については、金融政策の効果発現のラグや不確実性を考え併せると、予てから違和感を持っている。新興国を含め世界的にディスインフレ傾向となるなか、なぜ日本だけが特定の期限を区切る必要があるのか、またそれは金融政策だけで実現可能なのか、といった疑問もある。

私としては、2%の「物価安定の目標」は中長期的目標とし、ローリング・ターゲット的に常に2年程度先を見据え、見通しベースで判断してゆけばよいとの考えを変えていない。4月の金融政策決定会合でも、以上の考え方に基づいた展望レポートの修文案を議案として提出させて頂いた。

ところで、最近の消費者物価を取り巻く環境としては、(1)実体経済の改善の鈍さから需給ギャップの改善の遅れが見込まれること、(2)今春の労使間交渉を受けた賃金の上昇ペースが昨年度対比で勢いを欠くと見込まれること、さらに、(3)年初来の円高により食料工業製品や耐久消費財の上昇が主導してきた物価の基調に影響する可能性など、さまざまな逆風がある。前述のSRI一橋大学の指数にみられるようにチェーンストアなどのPOSデータを用いた財の物価指数の前年比には既に頭打ち感がみられる。POSデータによる物価指数の消費者物価指数におけるカバレッジは2割程度と大きくないため、こうした傾向がただちに全体の物価動向に影響するとは限らない。消費者物価指数の中で相応のウェイトを占めるサービス価格は、最近の非正規雇用の時給上昇を受け、値上げのマグマを溜め込んでいるかもしれない。食料品や衣料品などと異なり、小規模・零細企業も多い個別のサービス価格の変化は、報道で採り上げられにくくフォローが難しいので、サービス全体の価格動向を探るには、結局、消費者物価統計を見るほかはない。

先行きは、POSデータが示唆するように食料工業製品や耐久消費財の前年比上昇率のピークアウトが見込まれるなか、値上げのマグマを溜め込んだ個別のサービス価格が、これをどの程度相殺できるのかがポイントであろう。もっとも、サービス価格の中でもウェイトの大きい家賃(及び帰属家賃)は、賃金との相関が高いが、今春の労使間交渉の経過を踏まえると、値上がりはあまり期待できないかもしれない。家賃(及び帰属家賃)については、経年変化に伴う品質調整がなされていないことなどから、消費者物価統計における下方バイアスの存在も予てから指摘されている。また、同様にウェイトの大きい公共サービスについては、値上げを制約するさまざまな要素がある。公共料金の値上げを容易に許容しない人々の物価についての「規範」(norm)もそうした要素の一つである。

このように考えると、財価格の前年比伸び率低下が見込まれるなかでサービス価格がそれを相殺し、全体として伸び率が高まる、あるいは現状程度の伸び率を維持することが可能かどうかは不確実性が高いとみざるを得ない。

なお、人々の予想物価上昇率は、中長期的な部分は相対的に安定しているものの、短期的な部分はエネルギー価格などを受けた足許の物価動向がバックワード・ルッキングに影響する形となっている。短観にみる企業の予想物価上昇率にそうした傾向が端的に表れている。また、景気ウォッチャー調査におけるウォッチャーのコメントには、マイナス金利政策により人々のマインドが慎重化している可能性が示唆される。こうしたマインドの慎重化は人々の先行きの需給見通し慎重化の反映であり、これも人々の予想物価上昇率に影響を及ぼしているとみている。

3.当面の金融政策運営

(1)「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入

「量的・質的金融緩和」の開始から3年余りが経過した。私の理解では、この政策は敢えて大胆な手法を採用することで人々の予想形成に訴えかける一種のショック療法で、当初2年程度の期間を念頭に置いていたことに示されるように、少なくとも私はあまり長く続けることを想定していなかった。それゆえ、2014年10月に「量的・質的金融緩和」を拡大し、更に本年1月にマイナス金利の採用まで至ったことには複雑な思いである。私は両者に反対票を投じているが、とりわけマイナス金利について反対の理由を予め申し上げると、まず、マネタリーベースの拡大とマイナス金利の採用は本質的に矛盾があり持続性に欠けると思う。また、マイナス金利政策は緩和効果をもたらすどころか、むしろ引締め的であるとも考える。さらに、マイナス金利政策は金融システムの安定性に影響を及ぼす可能性があるとも考える。

若干敷衍しよう。現行政策の枠組みでは、マネタリーベースの増加分の大宗を占める日銀当座預金の限界的な増分にマイナス金利という一種のペナルティを課す。しかし、ペナルティを課しつつマネタリーベースの増加目標を維持するのは論理矛盾である。私は、マネタリーベース目標及び資産買入れ目標を段階的に減額、すなわちテーパリングする際であれば、マイナス金利を導入することに意味があると考え、1月の金融政策決定会合でその旨を反対理由に挙げた。導入に際して設けた日銀当座預金における三層構造については、やや長い目でみて将来の出口政策に向け温存するのが望ましいと考え、3月の金融政策決定会合ではその旨の議案を提出した。

次にマイナス金利政策が引締め的であり、金融システムの安定性に影響するという点についてだが、1月会合後ほどなくして株式市場は銀行株を筆頭に急落し、為替市場は円高となった。またMMFや中期国債ファンドといった安全運用商品の募集停止・繰り上げ償還の動きが相次いだ。これらを受け、マインドも悪化した。預金の目減りへの不安感はもとより、マイナス金利という奇策を取らねばならないほど日本経済は悪化しているという誤った認識が浸透したことが要因と思われる。

金融機関はイールドカーブの極度のフラット化と長期ゾーンまでの利回りのマイナス化から限界的な資産の逆鞘リスクに直面している。逆鞘化はバランスシート拡張ではなく圧縮が合理的な経営判断となることを意味する。先行きは、潜在的な信用コストの高い貸出先への融資抑制、資金アクセスの乏しい企業への貸出金利引上げなどの動きが広がる可能性がある。さらに、収益・体力面に課題を抱える金融機関がリスク検証をおざなりにした投融資を行う危険性もある。わずかなプラスの利回りを求め、超長期国債の購入に向かう足許の動きには2003年のいわゆる「VaRショック」前のような危うさを感じる。

この間、短期金融市場の機能低下により、コール市場から銀行(とりわけ信託銀行)へ資金が集中する歪みが生じ、投信などリスクの担い手が短期金融商品での運用をあきらめるなど、市場参加者の多様性が失われつつある。こうした金融仲介機能の低下は、危機時の金融システムのショック耐性に影響しかねない。また、超長期ゾーンの過度の金利低下は、金融システムに不均衡蓄積のリスクを高め、これもシステムの脆弱性に影響する可能性がある。

日本銀行は物価の安定とともに金融システムの安定に責務を有しているので、2つのマンデートを果たすにあたり両者にconflictが見込まれる場合、それぞれのプロコンを考え、バランスの取れた政策を目指す必要があると思う。しかし、以上のように、マイナス金利はそうした微妙なバランスを崩す恐れがある。

(2)「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の経済効果

マイナス金利政策は、イールドカーブの起点を引き下げることで更なるカーブの押し下げを目指すという当初の狙い以上に、長めの金利に絶大な効果を発揮している。もっとも、こうした長期・超長期ゾーンの大幅な金利低下は、長期ゾーンまでマイナスの下で行き場を失った資金がsearch for yieldの結果として辛うじてプラスの金利が残っているゾーンに染み出したもので、当初の政策意図であるポートフォリオ・リバランスにはむしろ逆行していると思う。

マイナス金利政策の経済効果についても見方が分かれ、これも人々がこの政策に対し不安感を持つ要因の一つとなっている。この点、市場金利の低下を受け、住宅ローン金利や企業の調達金利の低下が既に生じていることは事実であるので、例えば、住宅ローン借り換えによるマクロの所得効果や企業の設備投資への刺激効果などを説得的に示していくことができれば、人々の拒否反応は和らぐかもしれない。

ただし、企業の設備投資は長らくキャッシュフローの範囲内にあり、また既に極めて低水準の貸出金利が市場金利と同等のマグニチュードで先行き低下することも見込めないので、私は後者について懐疑的である。むしろ、このような極度の低金利の継続を前提にようやく採算の見込める投資案件が出るとすれば、その方が問題である。

また、金利低下は長期・超長期ゾーンで著しいが、20~40年といった超長期の資金調達を行う、ないしはできる民間経済主体はほとんど存在しない。むしろ、こうしたゾーンの過度の金利低下が年金負債などの割引率低下を通じて、企業年金を含む広義の社会保障制度の持続性を脅かすほか、企業財務に相応のマイナス影響を及ぼし、人々のコンフィデンスを損なう可能性もある。

(3)マネタリーベース目標と資産買入れ目標

前述のように、私は2%の「物価安定の目標」は中長期的目標とすることが望ましく、その実現への道のりは長期戦であると思うので、そのためには現在の短期決戦型の政策の枠組みを持久戦に適した枠組みに修正していくことが今後の課題と考える。そのためにまず着手すべきは、資産買入れの運営の柔軟化、ひいてはマネタリーベース目標の柔軟化である。

具体例を挙げよう。マイナス金利政策以降、日本銀行による資産買入れの入札価格に市場実勢とかけ離れた異常な高値がついたり、テールが流れる例が見受けられる。日本銀行が市場価格より高い値段を提示すれば売り手は必ず現れる、という状況が理論通り実現しているので、マイナス金利下でもマネタリーベースの積み上げは取りあえず進捗していると言えるかもしれない。しかし、見方を変えれば、日本銀行が市場価格より高い値段で買い入れ続けなければ入札が未達となり、マネタリーベースの積み上げに支障が生じる可能性が相応にあるということであろう。

日本銀行では、異常な札の足切りや応札制限、異常値のついた回号の対象銘柄からの除外などの対応がとられている。私としては、こうした手段を臨機応変、かつ柔軟に採用していくことで市場の価格形成を過度に歪めない配慮が適切と考える。結果的に、アセット・クラス毎の買入れ目標額、ひいては80兆円のマネタリーベース目標が若干未達になる可能性は生じるかもしれないが、現行政策の持続性を確保していくためには避けて通れないことであるとも考える。

こうした未達をテーパリングと誤解され、不測の反応を招くリスクには十分留意する必要がある。ただし、資産買入れによる各種の金利低下効果がこれだけ強力に発揮されている以上、買入れの際に市場実勢からかけ離れた異常な札を排除することで若干の未達が生じても全く問題ないと思うし、そうした認識が市場に徐々に浸透していくことがむしろ望ましいと考える。私は「量的・質的金融緩和」の拡大やマイナス金利の導入に反対したが、現にこれだけ大規模な資産買入れを続けるなかで、買入れの持続性について市場の懸念が高まり、不測の事態から政策効果が阻害されることもまた望ましくない。柔軟な「物価安定の目標」のもとで柔軟な政策運営がなされ、それについて市場の理解が進むことを切に願う次第である。

4.おわりに~道東地域経済の現状と課題~

最後に、道東地域の経済について話したい。

当地は、親潮が流れる太平洋に面した広大な土地に恵まれ、豊かな自然の中で農林水産業が盛んな、全国有数の食料供給基地である。このほか産業としては、乳製品や水産加工を中心とした食料品、公共事業や民間建設の担い手である土木・建設関連、長距離物流を支える運輸業などが大きなウェイトを占めている。また、十勝・釧路・根室がそれぞれ多様で世界的に貴重な観光資源を有している下で、観光産業も地元経済を支えている。

当地の景気動向をみると、漁業関連では主力のサケマス・サンマ漁が厳しい環境にあるほか、公共投資も減少しているものの、好調な企業収益を背景に設備投資が全体として増加しているほか、個人消費も底堅く推移している。農業所得の増加や燃料価格の安定なども当地にはプラスで、景気は着実に持ち直している。

こうした中、より長期的な成長の観点から、当地の強みを活かして生産性や付加価値を高め、地域内外との取引や交流を活発化していくような取り組みもみられる。例えば、物流では、道東自動車道が阿寒まで延伸されて物流網の整備と道東圏の一体化が進んでいるほか、国際バルク戦略港湾に指定された釧路港の拡張工事も本格化している。また、観光でも、広域観光周遊ルートや観光立国ショーケースとしての選定、フードバレー構想の進展など、皆様のこれまでの努力が実を結びつつある。

さらに、民間主導の動きとして、長芋やサンマなど農水産品の輸出や乳製品・畜産品の高付加価値化が進んでいるほか、ガーデン街道、ホエール・バードウォッチング、国立公園の利活用といった観光資源の掘り起こし、国内唯一の坑内堀り炭鉱を活用した火力発電所の建設など、地域の成長力を高める動きもある。地元金融機関も、こうした動きを資金面だけでなくアドバイザー機能の向上や販路の開拓支援などで後押ししていると伺っている。

今後も、こうした取り組みを続ける中で、後継者の育成、広域連携の強化などが進み、道東地域経済が一層活性化していくことを期待したい。