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【挨拶】金融緩和の「総括的な検証」と「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」大阪経済4団体共催懇談会における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2016年9月26日

目次

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様とお話しする機会を頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、平素より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店が大変お世話になっており、厚くお礼申し上げます。

日本銀行は、先週の金融政策決定会合において、「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果について「総括的な検証」を実施しました。また、検証の結果を踏まえ、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するため、これまでの金融緩和の枠組みを強化する形で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入を決定しました。本日は、これらのポイントと考え方についてご説明し、日本銀行が、この新しい枠組みのもとで、どのように「物価安定の目標」を実現しようとしているのか、お話ししたいと思います。

2.「総括的な検証」と新たな政策枠組みの方向性

「総括的な検証」では、「量的・質的金融緩和」導入以降の3年間の経済・物価動向と政策効果について、事実と理論に基づいて客観的な分析を行いました。その内容は、本文、補論、図表あわせて60ページに及ぶ詳細なものですが、そのエッセンスは、概ね以下の4つのポイントにまとめられると思います。

第一のポイントは、「量的・質的金融緩和」導入以降の3年間で、わが国の経済・物価、金融情勢は大きく改善し、デフレではなくなったということです。図表1をご覧ください。企業収益は、売上高経常利益率でみて過去最高水準で推移しています。過度な円高は是正され、株価も大きく上昇しました。雇用情勢も大きく改善し、失業率は3%まで低下しました。20年近く途絶えていたベースアップも復活し、3年連続で実施されました。図表2をご覧ください。物価面をみると、生鮮食品とエネルギー価格を除いた消費者物価指数の前年比は、「量的・質的金融緩和」導入以前は、マイナスで推移していましたが、2013年の秋にはプラスに転じ、現在まで2年10か月にわたってプラスで推移しています。このように長期間にわたって物価の上昇が続くのは、1990年代後半に日本経済がデフレに陥って以来、初めてのことです。日本経済は、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなりました。

このように「量的・質的金融緩和」は、経済・物価の好転をもたらしましたが、メカニズムとしては、主として実質金利の低下を通じて効果を発揮したと考えられます。すなわち、第1に、2%の「物価安定の目標」の実現に強くコミットし大規模な緩和を行うことで、物価の先行きに対する人々の見方、すなわち「予想物価上昇率」を引き上げる、第2に、大規模な国債買入れによってイールドカーブ全体にわたって名目金利を引き下げる、第3に、これらによって実質金利を低下させ、経済を刺激し、物価を押し上げるというものです。「総括的な検証」では、「量的・質的金融緩和」が導入されていなければ日本経済はどのような状況になっていたのかについて、検証しました。図表3をご覧ください。効果の起点となる時期や株価・為替相場の変化をどの程度政策効果と考えるかなど、異なる前提に基づいて複数のケースを想定し、マクロ経済モデルを用いた仮想的なシミュレーションを行いましたが、多くのケースでは、現在までデフレが続いていたとの結果となりました。「量的・質的金融緩和」が、実質金利低下のメカニズムを通じて効果を発揮したことは、こうしたシミュレーションを含め、様々な分析結果から明らかだと思います。

第二のポイントは、こうした好転にもかかわらず、2%の「物価安定の目標」は実現できていないということです。その理由の鍵となるのが「予想物価上昇率」の動向です。わが国では、長年にわたるデフレのもとで、人々の間に「物価は上がらないものだ」という見方、いわゆるデフレマインドが定着してしまいました。そうしたもとでは、個々の経済主体にとっては、リスクテイクを行うより、現預金を抱えて現状維持とする方が合理的でした。その結果、日本経済は活力を失いました。この状況を打破するためには、人々の物価の見方を抜本的に転換する必要があります。すなわち、「物価は毎年2%くらい上がっていくものだ」という見方が人々の間で共有され、こうした物価観に基づいて、様々な商品やサービスの価格設定や、労使間の賃金交渉が行われるようになることが不可欠です。そのために、日本銀行は「物価安定の目標」を消費者物価上昇率で2%と定め、これをできるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。

図表4をご覧ください。当初「量的・質的金融緩和」は想定通りあるいは想定以上に大きな効果を発揮しました。消費者物価は2014年4月には1.5%まで上昇し、予想物価上昇率も明確に改善しました。しかしながら、その後、2014年夏からの原油価格の大幅な下落や、消費税率の引き上げ後の需要の弱さなどを背景に、実際の物価上昇率が低下しました。予想物価上昇率も、これに引きずられる形で伸び悩みはじめました。日本銀行は、デフレマインド転換のモメンタム(勢い)を維持するため、2014年10月に「量的・質的金融緩和」の拡大を行いました。それもあって、予想物価上昇率は逆風の中でも何とか横ばい圏内の動きを保ちました。ところが、2015年夏には、中国をはじめ新興国経済の減速から金融市場が世界的に不安定化し、今年の年初からは各国株価の下落や円高が進みました。そのもとで、予想物価上昇率は弱含みに転じ、現在に至っています。

この間の経験で分かったことは、わが国における予想物価上昇率の形成は、過去の実績に引きずられる傾向が強いということです。こうした状況を、予想形成において「適合的(adaptive)」な要素が強いと表現します。図表5でご覧いただけるとおり、この傾向は諸外国と比べて際立っています。その背景には、長年のデフレのもとで目標となる物価上昇率が実現できてこなかったことや、春闘などの賃金交渉において「前年度の物価上昇率」が勘案されるプラクティスがあることが考えられます。わが国の予想物価上昇率は、もともとこういう性質があったため、現実に物価上昇率が低下すると、弱含みに転じてしまったということです。これが、2%を実現できていない主因です。

「物価安定の目標」を実現するためには、「実際の物価上昇率は様々な要因で変化するが、やがては中央銀行が目標とする上昇率(2%)に収束する」という見方が人々の間にしっかりと根付いていく必要があります。先ほど述べた「適合的な予想形成」に対して、「フォワード・ルッキング(forward-looking)な予想形成」と呼ばれるものです。「適合的な予想形成」を通じた予想物価上昇率の押し上げの力が弱まっていることを考えると、この「フォワード・ルッキングな予想形成」を一段と強化し、予想物価上昇率の引き上げを図っていくことが必要です。これが新たな枠組みを考えるうえでのポイントのひとつになりました。

第三のポイントは、日本銀行は、「量的・質的金融緩和」のもとでの大規模な国債買入れと、本年1月に導入したマイナス金利政策の組み合わせによって、イールドカーブ全体にわたって金利水準を引き下げることができたということです。図表6をご覧ください。金利は「量的・質的金融緩和」導入以降低下してきましたが、マイナス金利導入後はさらに低下し、特に長めの年限の金利低下が顕著です。このマイナス金利と国債買入れを適切に組み合わせれば、2%の「物価安定の目標」の実現のために最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促していくことができると判断しました。このため、後で述べる「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」を導入し、枠組みの中心に位置づけることにしました。

第四のポイントは、金融緩和の金融仲介機能への影響です。今回の検証では、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」による貸出金利等への波及や金融機関収益への影響なども点検しました。マイナス金利導入時、金利が極めて低い状況にあっては、国債金利を引き下げても貸出や社債・CPの金利の低下につながらないのではないか、という懸念もありましたが、これまでのところ、過去の金利引き下げ局面と遜色ない波及の度合いになっています。一方で、預金金利も低下しましたが、その低下幅は貸出金利に比べて小さいものでした。このことは、貸出金利の低下が金融機関収益を圧縮する形で生じていることを示しています。したがって、今後どのように金利低下が波及していくかについては、金融機関収益への影響やそれを踏まえた金融機関の貸出スタンスに依拠する部分があります。図表7をご覧ください。貸出金利は、厳しい競争環境の中でトレンドとして低下してきましたが、マイナス金利の導入によって低下幅が大きくなっています。また、長期金利や超長期金利の過度な低下は、保険や年金などの運用利回りを低下させるほか、企業における退職給付債務の増加などにもつながっています。こうした現象が、直接的にマクロ経済に及ぼす影響はそれほど大きくないと考えられますが、将来における広い意味での金融機能の持続性に対する不安感をもたらし、マインド面などを通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性もあります。こうした諸点も、適切なイールドカーブの形成を促していく際には、勘案する必要があります。

3.「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のポイント

以上のような検討を踏まえ、日本銀行は、従来の「量的・質的金融緩和」、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を強化する形で、新たな金融緩和の枠組みである「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました。新たな枠組みは、第一に、日本銀行が長短金利の操作を行う「イールドカーブ・コントロール」、第二に、消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大方針を維持する「オーバーシュート型コミットメント」の2つの要素から成り立っています。以下、順にご説明します。

イールドカーブ・コントロール

マイナス金利導入後の経験で、マイナス金利と国債買入れの組み合わせがイールドカーブ全体に影響を与えるうえで、有効であることがわかりました。これに新しいオペレーション手段を加えることで、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」を導入することとしました。

図表8をご覧ください。具体的には、日本銀行当座預金の「政策金利残高」に適用する金利を短期の政策金利とします。今回は、これまでと同じ−0.1%です。長期金利は、10年金利の操作目標を示して、これを実現するように国債の買入れを行います。今回は、「概ね現状程度」すなわち「ゼロ%程度」としました。それ以外の年限については、こうした金利操作方針と整合的な形で、マーケットにおいて形成されていくものと考えていますが、概ね現状程度のイールドカーブをイメージしています。そのうえで、長短金利操作を円滑に行うために、日本銀行が指定する利回りによる国債買入れ、いわゆる指値オペなどの新たなオペレーション手段を導入しました。この指値オペは、いざという場合に長期金利のキャップとして機能することを想定しています。

これまでの政策枠組みとの違いについて説明します。従来は、長期国債の買入れ方針は、日本銀行の国債保有残高の増加額で示してきました。この方法は、実務的な運営方法が明確なこともあって、日本銀行だけでなく、米国のFRBや欧州中央銀行、イングランド銀行などでも、広く採用されてきました。ただ、この方法の場合、同じ金額の国債買入れであっても、それがどの程度の長期金利の引き下げにつながるかは、経済・物価情勢や金融市場の動向によっても異なります。このため、望ましいイールドカーブとの対比でみて、金利の引き下げが不十分なものに止まったり、逆に過度な引き下げをもたらす可能性があります。

「イールドカーブ・コントロール」においては、国債買入れは、その時々における金利操作方針を実現するために実施します。今回は、概ね現状程度の金利水準を操作目標とすることから、買入れ額も現状程度(年間約80兆円のペース)をめどとしますが、金利操作方針を実現するためにある程度上下に変動することは想定されています。仮に買入れ額が増減しても、政策的な意味合いを有するものではありません。

このように、イールドカーブ・コントロールのもとでは、日本銀行は、これまでに比べて国債買入れを柔軟かつ効果的に運営することができるようになります。その結果、様々な環境変化に応じた対応が可能となるほか、政策の持続性も高まるものと考えています。

オーバーシュート型コミットメント

次に、オーバーシュート型コミットメントについてご説明します。日本銀行は、「量的・質的金融緩和」の導入以来、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、金融緩和政策を継続するとコミットしています。

今回、この従来からのコミットメントに加えて、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大方針を維持することとしました。

まず誤解のないように申し上げますが、これは2%の「物価安定の目標」を引き上げたということではありません。“Secular stagnation”などと呼ばれる長期的な成長トレンドの低下への対応として、2%より高い物価目標が必要ではないかという議論は、国際的な学界や中央銀行間では盛んに語られていますが、現時点では主として中長期的な課題と位置づけられています。その問題意識は私も共有しますが、今回の対応は、あくまでも「2%目標」を前提としたものです。

ではどうして「2%を超える」という基準なのか、ということですが、2%の目標を実現するということの意味は、景気変動を均してみて、平均的に2%程度で推移するということです。したがって、消費者物価前年比の実績値が2%を上回って推移する局面があることは、もともと想定されているということです。

とはいえ、これは極めて強いコミットメントです。消費者物価上昇率の「見通し」ではなく、「実績値」に基づいて金融緩和の継続を約束しているからです。一般的に、金融政策が経済・物価に影響を及ぼすには相応の時間がかかることから、経済・物価の先行き見通しを踏まえつつ、フォワード・ルッキングに運営することが望ましいと考えられています。この点、実績値をベースとしたバックワード・ルッキングなコミットメントは、中央銀行として異例の対応と言えます。日本銀行は、2001年から5年間続いた「量的緩和」において、この実績値に基づくコミットメントを世界ではじめて行いましたが、そのときの基準は「消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで」というものでした。今回の「2%超」という基準がいかに強いものであるかご理解いただけるかと思います。先程申し上げた通り、わが国の場合、長年にわたるデフレの後遺症として、予想物価上昇率の形成において、適合的な要素が強く作用しています。こうしたもとで、予想物価上昇率を引き上げていくためには、敢えて実績値をベースとした強いコミットメントを行い、2%の実現に向けた日本銀行の姿勢を示す必要があると考えました。

図表9をご覧ください。コミットメントの対象となるのは、マネタリーベースですが、現在の残高は約400兆円であり、名目GDPの約80%に達しています。米国やユーロエリアでは約20%です。先行き、現在の方針に沿ってマネタリーベースの拡大が続けば、あと1年強で、この比率は100%を超える計算になります。

皆様の中でただちに浮かぶであろう疑問は、これほど「大胆な」コミットメントをして、金融引き締めが後手にまわり、インフレが加速する危険はないのかということでしょう。私の答えのひとつは、誰もが「穏当」と思う約束では効果に乏しいということです。「量的・質的金融緩和」がマインドの転換と経済・物価の好転につながったのは、誰にとっても「これまでにない大胆なもの」と感じられたからでしょう。二つ目の答えは、現時点の見通しでは、先行きの物価上昇率は2%に向けて緩やかに高まっていくとみていることです。このケースでは、マネタリーベースの拡大と低いイールドカーブによる金融緩和を続けても、物価が2%から大きくかい離して戻れなくなるということはないと予想できます。最後に、三つ目の答えは、万一何らかの理由で急速に物価上昇率が高まるような場合には、長短金利の操作によって2%の「物価安定の目標」を安定的に実現することは十分可能であると考えています。三つ目の可能性はあくまで万一の場合ということであって、基本的には2%を安定的に超えるまで、大規模な金融緩和が続くと考えていただいて結構です。

イールドカーブの形成と追加緩和

以上が、金融政策の新たな枠組み、すなわち「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のポイントです。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するため、新たな枠組みのもとで金融緩和を強力に推進していきます。

具体的には、枠組みの中心である長短金利の操作によって、経済・物価・金融の情勢を踏まえ、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するために最も適切なイールドカーブの形成を促していきます。その際には、さきほど述べたとおり、金融仲介機能への影響なども、考慮します。ただ、同時に強調したいのは、基準はあくまでも日本経済全体だということです。そうした考慮を行うのは金融環境を通じて経済全体への影響があるためです。別の言い方をすれば、日本経済のために必要であると判断すれば、躊躇なく、調整を行います。

具体的な追加緩和の手段としては、マイナス金利の深掘りと長期金利操作目標の引き下げが中心的な手段になります。また、「質」の面、資産買入れの拡大も引き続き選択肢です。さらに、状況によっては、「量」の面、すなわちマネタリーベースの拡大ペースの加速も考えられます。その場合は、金利の大幅な低下を伴う可能性が高いとみられますが、経済・物価情勢や金融市場の状況などによって、そうした強力な金融緩和が必要な場面もあり得ます。目的達成のために必要と判断すれば、日本銀行は、あらゆる政策手段を活用します。

4.結びにかえて

本日は、「総括的な検証」の内容とそれを踏まえた金融政策の新たな枠組みについて、お話ししました。

率直に申し上げて、デフレからの脱却には想定以上に時間がかかっています。そうであるからこそ、私は、「二度とデフレに戻ることがないようにしなければならない」との思いを強くしています。「量的・質的金融緩和」導入以降の3年間、日本経済は、15年以上続いたデフレからの脱却に向けて着実に歩みを進めて来ました。今がデフレから完全に抜け出す絶好の機会です。金融政策の「限界」を論じるだけでは、問題の解決には全くつながりません。大切なことは、解決すべき課題に正面から向き合い、最善の対応策を追求し続けることです。「イールドカーブ・コントロール」や「オーバーシュート型コミットメント」は、これまで学界などで議論されてきたことをベースにしていますが、中央銀行の現実の政策手段としては、今回、日本銀行が世界に先駆けて導入します。

これまでも繰り返し申し上げている通り、金融政策に「限界」はありません。「政策のコストを最小に、ベネフィットを最大にする」、「そのための創意工夫を惜しまず、新しい挑戦をためらわない」、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するために、今後とも最大限の努力を続けてまいります。

ご清聴ありがとうございました。