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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営長崎県金融経済懇談会における挨拶

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日本銀行副総裁  岩田 規久男
2016年12月7日

目次

1.はじめに

日本銀行の岩田でございます。本日はお忙しい中、長崎県の行政および金融経済界を代表する皆さまとの懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆さまには、日頃から日本銀行長崎支店の業務運営に様々なご協力を頂いております。この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます。

本日は、皆さまから、当地経済の実情に関するお話や、私どもの政策・業務運営についての忌憚のないご意見を承りたく存じます。

議論の皮切りとして、まず私から内外の経済情勢について簡単にご説明した後、金融政策運営を巡る話題についてお話ししたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

2.日本経済の現状と先行き

まず、わが国経済の先行きですが、海外経済の回復に加えて、きわめて緩和的な金融環境と政府の大型経済対策の効果を背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、緩やかに拡大していくとみています(図表1)。実質GDPについては、2018年度までの見通し期間を通じて、潜在成長率を上回る1%前後の成長を続けると予想しています。また、物価の先行きについては、エネルギー価格下落の影響などから、当面小幅のマイナスないし0%程度で推移するとみられますが、その後は、失業率がさらに低下するなどマクロ的な需給バランスが改善し、中長期的な予想物価上昇率も高まるにつれて、見通し期間の後半にかけて、2%に向けて上昇率を高めていくとみています。以下、その背景となる考え方と、先行きの留意点をご説明します。

(1)輸出と海外経済の動向

まず、海外経済については、新興国経済は幾分減速していますが、米国はじめ先進国中心に緩やかな成長が続いています。先行きについては、先進国の着実な成長が続き、新興国経済についても、その好影響の波及や各国の政策効果から、徐々に成長率を高めていくとみています(図表2)。こうしたもとで、輸出の先行きについては、当面は、海外経済の減速や既往の円高が下押しに作用し、横ばい圏内の動きを続けるとみられますが、2017年度入り後は、海外経済の減速や円高の影響が徐々に和らぐなかで、緩やかに増加していくと予想しています。

なお、米国の新政権のもとでの経済政策については、市場では、積極的な財政運営によって景気が押し上げられるとの見方が多いように窺われます。米国の経済政策は、米国経済はもとより、世界経済や国際金融市場にも大きな影響を及ぼすため、新政権の政策運営の方向性やその影響についても、よくみていきたいと考えています。また、海外経済の動向をみるうえでは、中国をはじめとする新興国・資源国経済の動向、英国のEU離脱問題の帰趨やその影響などについても注視していく必要があります。

(2)企業部門の動向

こうしたなか企業収益をみますと、海外経済の減速や為替円高が製造業大企業の下押し要因となっているものの、全産業全規模ベースでは、過去最高に近い水準で推移しています(図表3)。そうしたもとで、業況感も総じて良好であり、設備投資も緩やかな増加基調にあります。9月短観をみると、2016年度の設備投資計画は、想定為替レートの円高化により収益計画がひと頃に比べ悪化した製造業大企業を含めて、総じてしっかりとした計画が維持されています。こうした背景には、(1)東京オリンピックを見据えた成長分野への投資や、(2)人手不足等に対応した効率化・省力化投資など、比較的長めの観点からの設備投資の動きが見込まれることが挙げられます。

(3)家計部門の動向

次に、家計部門ですが、雇用・所得環境をみますと、労働需給は着実に改善しており、雇用者所得も緩やかに増加しています(図表4)。雇用面をみると、短観の雇用人員判断DIでみた人手不足感は強まっており、1991年~92年頃と同程度の引き締まりを示しています。また、失業率は3%程度で推移しており、ほぼ「完全雇用」に近い状態にあるといえます。賃金についても、労働需給の引き締まりを背景に、振れを伴いつつも緩やかに上昇しており、労働需給の状況に感応的なパートの時給は前年比1%台後半から2%程度の高めの伸びとなっています。また、一般労働者の夏季賞与も非製造業中心にはっきり増加しました。

個人消費は、足もとでは、台風などの天候要因も受けつつも、横ばい圏内の動きとなっています(図表5)。個人消費関連のマインド指標は持ち直してきており、先行きの個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善が続くもとで、緩やかに増加していくとみています。

(4)物価動向

次に、物価の動向ですが、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、エネルギー価格下落の影響から、小幅のマイナスとなっています。もっとも、これはエネルギー価格の下落による部分が大きく、エネルギー価格も除いたベースでは、3年間にわたって前年比プラスで推移しています(図表6)。

ただ、このベースでみても、前年比のプラス幅は縮小してきています。その背景としては、昨年央以降の円高進行の影響に加え、今年前半の個人消費の弱さを受けて、昨年に比べて、企業が値上げに慎重になっていることなどが指摘できます。

先行きの消費者物価の前年比については、当面小幅のマイナスないし0%程度で推移するとみられますが、次第に2%に向けて上昇率を高めていくとみています。こうした見方の背景ですが、第一に、先行き消費者物価の前年比に対するエネルギー価格下落のマイナス寄与が剥落し、来年初にはほぼその影響がなくなること、第二に、個人消費が緩やかな回復に向かうにつれて企業の価格設定スタンスも再び積極化していくと考えられること、第三に、労働需給のタイト化が進むもとで、賃金の上昇圧力が一段と高まっていくと予想されること、などがあります。これらの要因から、実際の物価上昇率が高まっていけば、予想物価上昇率も再び高まっていくと考えられます。

こう申し上げたうえで、物価が基調的に上昇していく環境を整える観点からは、やはり賃金の上昇がきわめて重要です。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」を実現すべく金融緩和を推進していますが、その際には、企業収益の増加や雇用の拡大、賃金の上昇を伴いながら、物価が緩やかに上がるという好循環を目指しています。実際、物価と名目賃金の関係をみますと、消費者物価と時間当たり名目賃金の間には、長い目でみれば、概ねパラレルに変動するといった安定的な関係が確認できます。米欧では、賃金は数年間分の交渉を行うことが多く、その際に、中央銀行の「物価安定の目標」が賃金決定の重要な要素になっています。他方、わが国では、賃金のベースアップ率は、現実の物価動向、特に前年度の実績が勘案されて決定されています(図表7)。「物価は毎年2%くらい上がっていくものだ」という見方が人々の間で共有され、こうした物価観に基づいて、価格の設定や労使間の賃金交渉が行われるようになることは、2%の「物価安定の目標」を安定的に実現するうえで重要なことと考えています。

3.金融政策運営の考え方

続いて、日本銀行の金融政策運営についてご説明します。2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入して以降、わが国の経済・物価情勢は大きく好転し、デフレではない状態が実現しました。この政策が、デフレ脱却に向けて有効であったことに疑いの余地はありません。もっとも、世界に例をみない大規模な金融緩和にもかかわらず、残念ながら2%の「物価安定の目標」は未だ達成できていないのも事実です。

こうした認識に基づき、日本銀行は、9月の金融政策決定会合において、「量的・質的金融緩和」導入以降の3年間の経済・物価動向と政策効果について「総括的な検証」を行い、その検証結果を踏まえて、金融緩和強化のための新しい枠組みである「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました。以下、順にご説明します。

(1)総括的な検証

「総括的な検証」の内容は多岐にわたりますが、ここでは、私が特に重要だと考えるポイントを3点述べさせて頂きます。

第1に、「量的・質的金融緩和」の効果についてです。導入以降の3年あまりで、わが国の経済・物価は大きく好転し、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなりました。企業収益は過去最高水準となっており、失業率も3%まで低下するなど、ほぼ完全雇用に近い状態にあります。こうした労働需給の引き締まりを背景に、賃金も緩やかに増加しています。デフレのもとで、長年途絶えていたベースアップも復活し、3年連続で実施されました。金融市場では、過度の円高は是正され、株価は大きく上昇しました。日本銀行の金融緩和が景気回復に大きな効果をもたらしたことは確かだと思います。

2%の「物価安定の目標」を安定的に実現するためには、デフレマインドを抜本的に転換し、予想物価上昇率──すなわち、物価の先行きに対する人々の見方──を2%に引き上げていく必要があります。この点、「量的・質的金融緩和」は、予想物価上昇率の引き上げに有効であったと考えています。今回の検証で示した通り、予想物価上昇率は、2013年4月の「量的・質的金融緩和」の導入後、2014年の夏にかけて大きく上昇しました。さらに、2014年10月の「量的・質的金融緩和」の拡大は、予想物価上昇率の下支えに効果を発揮しました(図表8)。これらの事実は、「量的・質的金融緩和」のもとでのマネタリーベースの拡大と「物価安定の目標」に対するコミットメントが、金融政策レジームの変化をもたらすことによって、人々の物価観に作用し、予想物価上昇率の引き上げに効果をもたらしたことを示しています。

第2に、こうした経済・物価情勢の好転にもかかわらず、2%の「物価安定の目標」が達成できていない主な理由は、金融政策レジームの変化によって一旦は大幅に上昇した予想物価上昇率が再び低下してしまったためだということです。「量的・質的金融緩和」導入後、2014年4月には消費者物価指数の前年比は+1.5%まで達し、予想物価上昇率も着実に上昇していましたが、その後、消費税率引き上げ後の需要の弱さ、原油価格の下落、世界経済の減速と国際金融市場の混乱等により、実際の物価上昇率が低下する中で、予想物価上昇率も横ばいから低下に転じてしまいました。長年にわたるデフレにより、わが国の予想物価上昇率の形成には、過去の物価上昇率に引きずられる「適合的」な傾向が強くあります。先行き、2%の「物価安定の目標」を実現するためには、より強力な方法で予想物価上昇率をもう一度引き上げる必要があります。

第3に、長期国債の大量買い入れとマイナス金利の組み合わせにより、中央銀行がイールドカーブ全般に強い下押し圧力を加えることができると分かったことです。従来、短期の政策金利が「ゼロ金利制約」に直面した後の金融政策については、中央銀行が多額の国債買入れを行うことによって長期金利に直接働き掛けることが最も有効な手段と考えられてきました。日本銀行の「量的・質的金融緩和」において、国債買入れを主たる緩和手段としているのも、こうした考え方に基づくものです。その後、2014年に欧州中央銀行がマイナス金利政策を導入し、スイス、スウェーデンなどの中央銀行もこれに続きました。こうした対応は、「ゼロ金利制約」を乗り越えて、金融政策の可能性を追求する取り組みと理解することができます。このような欧州諸国の経験も踏まえつつ、日本銀行は、本年1月、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入しました。その後の経験から、マイナス金利と国債買入れの組み合わせが、イールドカーブ全体に影響を与えるうえで有効であることが明らかになりました。

一方、長短金利の水準が過去に例のない水準まで低下したことで、これに伴うコストも明らかになってきました。ひとつは、金融機関の収益に与える影響です。金融緩和に伴う貸出金利の低下は、金融機関の利鞘を縮小する形で実現しているためです。もうひとつは、特に、長期・超長期金利の過度な低下は、年金や保険などの運用利回りの低下をもたらすため、広い意味での金融機能の持続性に対する不安感をもたらし、マインド面などを通じて経済活動やひいては予想物価上昇率に悪影響を及ぼす可能性があるという点です。こうした点を踏まえると、金融緩和を推進していくにあたっては、経済・物価・金融情勢を踏まえ、2%の「物価安定の目標」の実現のために最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促していく必要があると考えられます。

(2)長短金利操作付き量的・質的金融緩和政策

以上のような検証結果を踏まえて導入したのが、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」です。新たな政策枠組みは、2つの要素から成り立っています。

第1に、「オーバーシュート型コミットメント」です。先程申し上げたように、予想物価上昇率は、「量的・質的金融緩和」導入後、大幅に上昇しましたが、内外経済の様々な逆風の中で、昨年夏以降、弱含みの局面が続いています。2%の「物価安定の目標」を実現するためには、予想物価上昇率をより強力な方法で高めていくことが必要です。先程申し上げたように、「総括的な検証」の結果、マネタリーベースの拡大と強力なコミットメントの組み合わせが予想物価上昇率の引き上げに有効であることが分かりました。こうした分析結果を踏まえ、消費者物価指数の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を続けるという、より強力なコミットメントの導入を決定しました。

2%の目標を実現するということは、景気変動などを均して平均的に2%を実現するということですから、2%をオーバーシュートする局面があることは、もともと想定されています。しかし、金融政策には効果が現れるまでに時間差があることを踏まえると、実際に2%を安定的に超えるまで金融緩和を続ける、というのは異例であり、きわめて強いコミットメントです。このように将来にわたるマネタリーベースの拡大に明確にコミットすることにより、人々の物価観により強力に働き掛けることができると考えています。

第2に、「長短金利操作」、いわゆる「イールドカーブ・コントロール」です。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現のために最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促していきます。具体的には、毎回の金融政策決定会合で決定する「金融市場調節方針」において、短期政策金利と10年物国債金利の誘導目標を示します。現在は、前者が-0.1%、後者が「ゼロ%程度」です。国債買入れについては、日銀が保有する国債残高の年間増加額を「めど」として示し、そのもとで、金利操作方針を実現するように運営していきます。現在は、約80兆円を「めど」としています。

この点、新しい政策枠組みのもとでも、マネタリーベースは将来にわたって拡大を続けることを改めて強調しておきたいと思います。「イールドカーブ・コントロール」のもとでの長期金利の操作は、日本銀行が多額の国債買入れを行うことではじめて実現できるものです。また、「オーバーシュート型コミットメント」では、消費者物価指数の前年比の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続することを約束しています。その意味では、新たな政策枠組みについて、一部にみられるように「政策の軸足を『量』から『金利』にシフトするものである」との理解は適切ではありません。日本銀行は、「量的・質的金融緩和」導入以降、一貫して「量」と「金利」の両面から強力な金融緩和を推進してきており、この点に全く変化はありません。

日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の早期実現を目指し、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで強力な金融緩和を進めていきます。今後とも、経済・物価・金融情勢を踏まえ、2%に向けたモメンタムを維持するために必要と判断すれば、躊躇なく、追加的な金融緩和をすべきと考えています。

4.おわりに

最後に長崎県の経済についてお話しさせて頂きます。長崎県は、出島に象徴されるように、古くから異文化の国々との交流拠点として発展してこられ、その歴史と文化は多彩で多様な地域です。また、造船など重工業を中心としたモノづくりの伝統と卓越した技能・技術のほか、離島や温泉、新鮮な農水産物や魅力溢れる食文化など、豊かな観光資源にも恵まれています。

こうした中、当地の基幹産業である造船業界では、世界市場での慢性的な船腹過剰と海運市況の低迷を背景とした厳しい受注環境に晒されています。足もと3年程度の手持ち受注残があり、当面の操業には影響ないようですが、地元造船会社等では、この間に事業体質の転換を図るべく動き出したと聞いています。観光面では、熊本地震の影響は夏場以降和らぎ、主要観光施設の入場者数なども持ち直していると伺っています。そして「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の世界文化遺産への推薦が決定されたほか、観光庁による「観光立国ショーケース」への選定、観光DMO設置の動きなど、将来に向けた布石も着々と打たれています。金融面でも、人口減少・高齢化社会を迎える中での地域活性化と地方創生に貢献するとの理念のもと、地域金融機関統合に向けた検討など、事業環境の変化のうねりが起きています。

長崎県内の経済・金融界におかれては、足もとをしっかりと固めつつ、来るべき変化・変革に対して適切かつ戦略的に挑戦していくことが求められていると感じます。日本銀行としても、皆様の果敢な取組みに期待し、今後とも、中央銀行としてできる限りの応援をして参りたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。