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【講演】金融政策分岐と国際金融システムの安定性─安全資産需給の視点から─国際銀行協会主催講演会における講演の邦訳

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日本銀行副総裁 中曽 宏
2017年1月20日

目次

1. はじめに

2008年2月に、Financial Times紙は日本銀行を“Fortress Japan”と形容する記事を掲載した。その趣旨は、日本銀行は、米国サブプライム問題を発端とする国際金融危機の混乱から国内の金融システムを護る「日本の砦」である、というものだった。金融システムの安定を図ることは、物価の安定と並ぶ日本銀行の目的である。この目的を達成するには、個々の金融機関が抱えるリスクを把握し、経営の改善を促していくミクロ・プルーデンスの視点とともに、金融システムを全体として捉えてリスクの所在を分析・評価するマクロ・プルーデンスの視点も踏まえた対応が重要である。

国際金融危機後、米欧の銀行はバランスシートを縮小させる一方、投資ファンド等のノンバンクがプレゼンスを高めるなど、国際金融システムは変容してきている。また、金融政策の面では、日欧において低金利環境が長く続く一方、米国は利上げを進めるという、政策分岐(monetary policy divergence)の状況にある。このように国際金融環境が変化するもとで、金融システムの安定性を維持していくには、金融機関の国際資金仲介活動に潜在的な脆弱性がないかどうか、ミクロ・プルーデンス、マクロ・プルーデンス双方の視点から検証していくことが欠かせない。今日の講演では、この点に関して、主に「安全資産の需給と金融機関の資金調達」という切り口から、私の考えを説明したい。

2. 銀行の国際資金仲介に関する3つの事実

最初に、銀行の国際資金仲介に関する3つの事実を示し、私の問題意識を明らかにしておきたい。

一つ目は、銀行の対外与信の変動と世界経済の変動との間には密接な関係があることである。世界の銀行の対外債権残高を仕向け地別にみると、信用循環の波が地域を変えながら転々と押し寄せている(図表1)。1980年代前半の中南米を中心とする累積債務問題、1980年代後半の日本のバブル、1990年代後半のアジア通貨危機、2000年代入り後の米欧の信用バブル、そして、近年のアジア新興国の債務拡大など、これらいずれの経済変動とも軌を一にして銀行による対外与信の大きな変動が観察される。

二つ目は、ドル建て対外与信を供給する銀行を国籍別にみると、米系銀行よりも非米系銀行の方が圧倒的に大きなシェアを有していることである(図表2)。銀行の対外与信を通貨建て別にみると、ユーロ建てが欧州域内で増えてはいるが、グローバルにみれば依然としてドル建ての割合が多い――残念ながら、円建ての割合は低いままである――1。貿易取引や金融取引など世界の経済活動の多くがドル建てで行われる中、非米系銀行は自国企業を中心とする様々な対外活動を金融面でサポートしていることなどが背景にある。

そして、三つ目は、非米系銀行のドル調達において為替スワップへの依存度が傾向的に高まっていることである(前掲図表2)。非米系銀行はドル建て与信を行うためにドル調達を行うが、オンバランス上は与信額が調達額を上回っていることが多い。この調達ギャップは、一般には、自国通貨とドルを交換する為替スワップによってカバーされる。為替スワップとは、受け渡し日の異なる同額の通貨の売りと買いを同時に約定する取引であり、例えば、直物でのドル買い/円売り、先渡しでのドル売り/円買いを行うことによって、邦銀は、実質的に円を担保にドルを調達することができる。為替スワップへの依存度はドルの調達ギャップを対外与信残高で割った比率で近似することができ、同比率は長期的にみると上昇トレンドにあるが、ストレス時に急低下する傾向もみられる。

これらの事実を踏まえると、世界経済や国際金融システムの安定性・脆弱性を評価していくうえで、非米系銀行におけるドル調達環境を注意深くみていくことが重要であることがわかる。また、非米系銀行の対外与信について、銀行の国籍別にみると、国際金融危機後、欧州系銀行がデレバレッジを進める一方、邦銀がバランスシートの拡大を進めている(図表3)。この点も、私が邦銀の国際資金仲介の動きを注視している大きな理由である。

  1. 通貨建て別にみた銀行与信の動向については、以下の論文を参照。Avdjiev, S. and E. Takáts, “Monetary Policy Spillovers and Currency Networks in Cross-border Bank Lending,” BIS Working Papers, No.549, March 2016.

3. 為替スワップ市場と金融政策分岐

それでは、国際金融市場の動向を把握する上で重要な為替スワップ市場の動きについてみていこう。金融の教科書には、「カバー付き金利裁定」が成立すると記されている。すなわち、為替スワップ市場でのドル調達金利と、米国の短期マネーマーケットでの調達金利(ドルLIBOR)は一致するということである。仮に前者が後者よりも高ければ、米国の短期市場で調達したドルを為替スワップ市場で放出すれば、確実に鞘が取れるので、そうした状態が解消されるまで裁定取引が続くということを教科書は前提としている。

為替スワップ市場のドル調達プレミアムの拡大

では、現実の世界はどうか。教科書の記述とは異なり、カバー付き金利裁定が成立しない――すなわち、為替スワップ市場でのドル調達コストが米国の短期マネーマーケットでの調達コストを上回る――時期がしばしばみられる(図表4)。これらの時期のうち、1990年代末の日本の銀行危機、2008年秋以降の国際金融危機や2011~12年の欧州債務危機においては、ドルを調達する銀行の信用度の劣化が、為替スワップ市場でのドル調達プレミアム(ドルLIBORへの上乗せ幅)の拡大の原因となった。より具体的にいうと、(1)信用度の劣化した銀行は、米国の短期マネーマーケットにおいて無担保でドルを調達することが困難なため、自国通貨を担保に為替スワップ市場でのドル調達圧力を強める、(2)しかしながら、ドルの出し手は、カウンターパーティ・クレジットリスクを懸念し――通貨を担保にとっても、取引相手が破綻すればポジションの再構築コストがかかるため――、ドルの放出を渋る、(3)この結果、為替スワップ市場の需給が逼迫し、非米系銀行のドル調達プレミアムが拡大する。

さて、ここで注目したいのは、為替スワップ市場における最近のドル調達プレミアムの拡大は、銀行の信用度の問題に関係なく発生していることである。実際、非米系金融機関の破綻確率は、足もとにおいて大きく上昇している訳ではない(前掲図表4)。過去のストレス時と現在とでは、ドル調達プレミアムの拡大の原因が異なると考えられる。以下では、この点について考えてみたい。

金融政策分岐と金融規制改革の影響

日欧の低金利が長く続く一方、米国ではテーパリングや利上げが進んでいる。こうした中銀間の金融政策スタンスの分岐は、金融機関や投資家の利回り追求行動に影響を与える。日欧と米国の間の政策分岐を背景に、ドル建ての金融資産のリターンが、円建てやユーロ建ての金融資産のリターンに比べ高まる中で、日欧の金融機関や投資家はドル建て金融資産への投資を増加させてきた(図表5)。銀行は、通常、資本賦課の大きい為替リスクを回避するために、外貨建て資産への投資の際にはヘッジを行う。為替リスクをヘッジしたドル建て資産への投資は、円やユーロを担保に為替スワップでドルを調達し、その資金でドル建て資産を購入する取引と経済的に等価である。生命保険会社の外債投資における為替リスクのヘッジ比率は、銀行に比べると一般に低いが、それでも、日本の生保の場合でいうと、ここ数年間は7割弱のヘッジ比率が続いているようである。したがって、日欧と米国の金融政策分岐が、日欧の金融機関のドル建て金融資産への投資を促し、このことが為替スワップ市場の需給逼迫の一因になっていると考えられる。

ところで、日米間の金融政策分岐については、2000年代半ばにもみられた。日本銀行が量的緩和政策を継続する一方で、Fedは緩やかに利上げを行っていった。この期間においても、日本の金融機関は、米国債やエージェンシー債の購入を増やしていったが、為替スワップ市場におけるドル調達プレミアムはほとんど拡大していない――カバー付き金利裁定が概ね成立していた(前掲図表4)――。日米間の金融政策分岐に対する為替スワップ市場の反応が、当時と現在で異なるのは何故だろうか。幾つか理由が考えられるが、国際金融取引を行う銀行に対する規制の影響は、そのうちの一つだ2

先に述べた通り、為替スワップ市場でのドル調達金利が、米国の短期マネーマーケットでの調達金利(ドルLIBOR)よりも高ければ、米国の短期市場で調達したドルを為替スワップ市場で放出することにより、確実に鞘が取れる。しかし、金融機関がそうした裁定取引を行うには、自己のバランスシートを拡大させる必要があり、バランスシートの拡大に伴う資本賦課を従来のリスク・ベースの自己資本比率規制よりも引き上げる効果を有するレバレッジ比率規制などの金融規制は、金融機関の裁定取引を抑制するよう作用していると考えられる。つまり、日米間の政策分岐によって為替スワップ市場の需給が逼迫しても、ドルの出し手である米銀等は、金融規制により裁定取引コストが高くなっているため、ドルの供給を増やそうとしない。このため、ドル調達プレミアムが発生する3。一方、2000年代半ばにかけての時期は、そうした規制による制約が現在に比べ緩く、銀行がバランスシートを拡大して裁定取引により鞘を抜くことが現在よりも容易であったため、為替スワップ市場でドル供給が十分になされ、ドル調達プレミアムも発生しなかったと考えられる。

  1. 2日本銀行のスタッフによる以下の資料は、金融政策分岐と金融規制改革が為替スワップ市場の需給に与える影響について、理論・実証の両面から分析している。Iida, T., T. Kimura and N. Sudo, “Regulatory Reforms and the Dollar Funding of Global Banks: Evidence from the Impact of Monetary Policy Divergence”, BOJ Working Paper Series, 16-E-14, August 2016.
  2. 3金融規制の影響は、四半期末のドル調達コストの跳ね上がりに典型的に表れている。すなわち、(1)2013年頃から、国際的にみて厳しい米国レバレッジ比率規制(要求水準が高いほか、資産の平残に対して比率が課される)等への対応もあって米銀が資産圧縮を進めてきた中、(2)2014年半ば以降には、欧州などの非米系銀行も、自国のレバレッジ比率規制(資産の末残に対して比率が課される)等への対応を進め、特に期末の資産圧縮傾向を強めており、(3)結果として、期末には、米銀が金融規制コストも反映した高いレートで資金を供給する傾向が強まっている。

4. 銀行債務と金融システムの安定性

近年の金融規制の強化は、ドルの出し手だけではなく、ドルの取り手の行動にも大きな影響を及ぼしている。以下では、グローバル銀行のドル調達に大きな影響を与えた米国のMMF改革について、主に邦銀の視点から整理する。

本邦金融機関の債務構成の変化

ドルを供給する銀行の裁定取引が抑制されても、邦銀などの非米系金融機関が、割高となった為替スワップによるドル調達から、米国短期マネーマーケットでの無担保調達へシフトできれば、為替スワップ市場におけるドル調達プレミアムは縮小すると考えられる。先に述べた通り、足もとでは、非米系銀行の信用度に大きな懸念が生じていないため、CPやCDによる無担保調達を増加させることができるはずである。しかし、邦銀を含むグローバル銀行が発行するCPやCDは、米国市場ではプライムMMFによって多く保有されてきたため、昨年10月から実施されたMMF改革により、CPやCDの発行は大幅な減少を余儀なくされた(図表6)。すなわち、プライムMMFに対しては、基準価額の変動制導入や解約手数料の賦課・解約制限の設定に関する米証券取引委員会の規則が施行されたため、プライムMMFから、米国債などで運用され規則が適用されないガバメントMMFへ資金が大幅にシフトし、グローバル銀行のドル調達が大きく影響を受けることになった。

こうしたMMF改革の影響は決して小さなものではなかったが、邦銀はドル建て資産を削減することなく、負債構造を大幅に変更させることで対応した(図表7)。大手行の外貨建てバランスシートをみると4、昨年10月末までの約半年の期間において、大手行は海外貸出を330億ドル増加させるなど資産規模をむしろ拡大させている。負債に関しては、CP・CDが620億ドル減少する一方、顧客性預金を670億ドル増やし安定調達基盤の確保に努めたほか、レポ調達も260億ドル増やしている。この間、大手行は、割高となった為替スワップによる調達の増加を回避している。

  1. 4邦銀の外貨建て資産と負債はともにドル建ての割合が圧倒的に大きいため、図表7はドル建てのバランスシートの特徴が反映されている。

銀行債務と安全資産

邦銀大手行は、なぜ、これだけ大幅な負債構造の変化を短期間のうちに成し遂げられたのだろうか。以下では、この点について、ドル建て金融資産に関するマクロ的な需給バランスの調整という視点から考察する。ここでのキーワードは「安全資産」である。

金融仲介機関の重要な機能は、リスク資産への投融資を行いながら、安全債務を発行することである。政府が発行する国債とともに、民間金融仲介機関が発行する債務は、安全資産として経済に供給されている。銀行預金はその代表例である。近年の実証分析によって、安全資産に関する2つの特性が広く知られるようになった5。第一に、株式を含む全金融資産に占める安全資産の割合は、長期にわたってほぼ一定であること。つまり、経済全体の金融資産のポートフォリオにおいて、安全債務に対しては常に一定の需要がある。第二に、政府が発行する安全債務と、民間金融仲介機関が発行する安全債務は代替関係にあること。つまり、政府債務の残高や価格の変動は、全金融資産に占める安全資産の割合が一定に維持されるよう、民間仲介機関が発行する安全債務をクラウドインしたり、クラウドアウトする。

米国金融システムにおける安全資産の需給を評価するうえで、株式益回りと長期国債利回りの乖離として定義される「イールドスプレッド」の動きは示唆に富む(図表8)。1990年代初めから2000年代初め頃までは、株式益回りと長期国債利回りが概ね連動し、スプレッドはほぼゼロ近傍で推移していたが、その後は、スプレッドのプラス幅が大きく拡大した状態が続いている。このようなスプレッドの大きさは、企業利益の予想成長率や株式投資に伴うリスクプレミアムで説明できる範囲を超えている6。イールドスプレッドが拡大した状態は、リスク資産の需給に比べ、安全資産の需給が逼迫していることを示している。新興国当局の外貨準備運用や一定の安全資産の保有を事実上義務付ける規制への金融機関の対応などが、米国政府が発行する安全債務に対する需要を追加的に生み出していると考えられる。米国債に対する需要増加を背景に米国債価格が上昇(金利が低下)する中、国際金融危機後は、米国債と代替関係にある金融機関発行債務が米国投資家の安全資産の受け皿となってきた。具体的には、米系金融仲介機関の発行する高格付債が減少するもとで、カナダやオーストラリアなど非米系銀行が発行するドル建ての高格付債が米国投資家に選好されてきた7

こうした中、先に説明した米国のMMF改革は、米国債に対する需要をさらに強めるよう作用した8。CP・CD等に運用するプライムMMFからガバメントMMFに資金がシフトし、運用の受け皿となる米国債の利回りには低下圧力が加わった(図表9)。民間銀行の発行する債務利回りのベンチマークとなるLIBORに比べ、短期国債利回りが低下すると――すなわち、国債価格が相対的に高くなると――、代替関係にある民間銀行発行の安全債務に対する需要が増加する。つまり、プライムMMFの安全資産としての魅力が低下したことに伴って、米国債の供給が需要増加に見合う分だけ増えなければ、全金融資産に対して安全資産の割合が一定に維持されるよう、民間金融機関の発行する安全債務が増える。こうしたドル市場全体でみた金融資産ポートフォリオの調整メカニズムの中で、顧客性預金の増加を中心とする邦銀大手行の債務構成の変化が可能になったと考えられる。

  1. 5以下の論文を参照。Gorton, G., S. Lewellen and A. Metrick, 2012 “The Safe-Asset Share.” American Economic Review, 102(3): 101-06.
  2. 6以下の分析を参照。一上響、木村武、中村俊文、長谷部光、「安全資産の需給と国債の希少性プレミアム」、日銀レビュー、12-J-1, 2012年1月.
  3. 7以下の資料を参照。Bertaut,C., A. Tabova, and V. Wong, “The Replacement of Safe Assets: Evidence from the U.S. Bond Portfolio,” Board of Governors of the Federal Reserve System, International Finance Discussion Papers, No.1123, October 2014.
  4. 8以下の資料は、プライムMMFからガバメントMMFへの資金シフトについて、安全資産需給の観点から整理している。U.S. Securities and Exchange Commission, “Demand and Supply of Safe Assets in the Economy,” memo, March 2014.

安全資産と金融脆弱性

邦銀の債務構成の変化に関して、私が安全資産という概念をわざわざ持ち出して説明していることを不思議に思われるかもしれないが、金融システムの安定性や潜在的脆弱性を評価する上で、安全資産の需給調整は非常に重要な着眼点である。

思い起こしてみたい。イールドスプレッドが示すように、2000年代半ばにかけてドル建て安全資産の需給が逼迫していく中、運用利回りに敏感な米欧の投資家は、民間金融仲介機関が発行した高格付けの資産担保証券を、安全資産でありながら国債よりも幾分高めの利回りを獲得できる金融商品との認識のもとで大量に購入していった。こうした投資需要の増加に応えるべく、住宅ローン関連を中心に資産担保証券の発行が増加したが、米国のサブプライム住宅ローン問題の顕在化とそれに続く金融危機の発生によって、これらの資産担保証券が安全資産としてのステータスを失うことになったのは、周知のとおりである9。また、当時、資産担保証券などへの投資を積極化させていた欧州系銀行などから預金が流出し始めたのも、銀行預金の安全資産としての適格性が疑問視されるようになったことが一因になったと解釈できよう。さらに、2011年からの欧州債務危機時に、欧州系銀行が発行するCPへのエクスポージャーを米国MMFが削減したのも、同様の理由と考えられる10

要するに、民間金融仲介機関が発行する債務は、金融安定時には、国債と代替関係にある安全資産とみなされても、ストレス時には、安全資産のステータスを失うリスクがあることに注意しなければならない。日本銀行は、こうした問題意識のもと、邦銀の外貨流動性リスクに関するストレステストを行い、その結果を金融システムレポート(2016年10月号)で公表している。外貨調達市場にストレスが加わり、外貨調達プレミアムが拡大するだけでなく、外貨のアベイラビリティも制約される状況を想定しても、邦銀は一定のリスク耐性を備えていることを確認している。また、国際金融危機時のようなテールイベント・シナリオにおいても、邦銀の自己資本の十分性は維持され、銀行債務の安全性の前提が満たされることを確認している。個々の銀行においては、これで万全と思うことなく、自身の発行債務には多かれ少なかれ取り付けリスクがある(runnable)という認識をもって、流動性リスクの管理を一層強化していくことが重要である11

  1. 9住宅ローンを裏付けとする証券化商品(RMBS)のほか、LBO向け融資を裏付けとしたローン担保証券(CLO)、商業用不動産向け貸出を裏付けとしたCMBSの発行も大幅に増加した。また、RMBSなどの証券化商品を裏付けに新たな証券化商品を生み出す債務担保証券(ABS CDO)などの再証券化商品も普及した。これらの証券は、高格付けであっても、2007年半ば以降、価格が大幅に下落した。
  2. 10以下の論文を参照。Ivashina, V., D. S. Scharfstein, and J. C. Stein, 2015 “Dollar Funding and the Lending Behaviour of Global Banks,” Quarterly Journal of Economics, vol. 130, pp. 1241-1281.
  3. 11取り付けリスクがある債務については、以下の資料を参照。Bao, J., J. David, and S. Han, “The Runnables,” FEDS Notes, September 3, 2015.

5. 国際金融システムにおけるノンバンクのプレゼンス拡大の影響

ここまでは、銀行の国際資金仲介について整理してきたが、国際金融危機後、ノンバンク部門のプレゼンスがグローバルに高まっており12、以下では、その日本への影響とインプリケーションについて、再び為替スワップ市場に焦点をあてて整理したい。

  1. 12例えば、以下の資料を参照。Financial Stability Board, “Global Shadow Banking Monitoring Report,” 2015.

為替スワップの市場構造の変化

先にみた通り、比較的多様なドル調達手段を持つ邦銀大手行は、割高な為替スワップによるドル調達をこのところ抑制する傾向にある(前掲図表7)。しかし、本邦金融機関全体でみると、為替スワップによるドル調達額は大幅な増加が続いている(図表10)。これは、大手行に比べドル調達手段が限定されている銀行や保険会社などによるヘッジ需要の増加が背景にある。本邦金融機関の対外証券投資残高をみると、保険・年金基金や証券投資信託などのノンバンクが、銀行とほぼ同じペースで増加させている(図表11)。年金基金は、為替リスクを基本的にヘッジしていないとみられるが、生保は、ここ数年間、保有する外貨建て資産の7割弱についてのヘッジを行っているようである。投資信託においても、金融機関や家計など投資家の求めに応じて為替リスクがヘッジされているとみられる。

一方、為替スワップ市場におけるドルの出し手に関しては、米銀などが金融規制で裁定取引を抑制する中、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)や新興国の外貨準備、民間投資ファンドなど海外ノンバンクのプレゼンスが相対的に高まっている。為替スワップ市場におけるドル調達プレミアムの存在は、ドルの出し手が円を非常に低利で調達できることを意味する。このため、ドルを保有する海外ノンバンクは、低利で調達した円を日本国債へ投資することによって――その表面的な利回りがゼロやマイナスであっても――、為替リスクをとらずに、米国債並み、あるいはそれ以上の利回りを確保し得る。為替スワップの取引高が、日本への対内債券投資の動きと正相関を持つのは、海外ノンバンクが為替ヘッジ付きの日本国債投資を行っていることを反映している(図表12)。こうしたヘッジ付き日本国債は、ドル建て安全資産の需給が逼迫する中で、米国債と代替的な安全資産として投資家に受け入れられているとみられる。

為替スワップ市場を経由した国際資金仲介の順循環性の増幅メカニズム

しかし、注意しておきたいのは、ヘッジ付き日本国債も、銀行債務と同じように、米国債との代替関係が必ずしも安定的ではないことである。裏返せば、海外ノンバンクは、為替スワップ市場において安定したドルの供給者ではないということである。実際、日本への対内債券投資は、市場のストレス時に急激に減少する傾向がみられる(前掲図表12)。すなわち、海外ノンバンクがヘッジ付き日本国債投資をストレス時に削減する――為替スワップ市場でドル放出を抑制する――形跡が窺われる。例えば、2015年央の中国の株価急落を発端とする新興国通貨の下落局面では、外準当局が通貨防衛ニーズの高まりから、為替スワップ市場におけるターム物のドル放出を抑制し、より流動性の高いドル建て資産(米国短期証券など)にシフトさせたとの指摘が市場関係者から聞かれた13。同様の指摘は、2016年11月の米国大統領選挙後に進んだ新興国通貨下落の局面においても聞かれる。金融安定時には、ヘッジ付き日本国債は米国債の代替財としてみなされても、ストレス時には、そうした代替関係が崩れやすいことを示している。

また、産油国のSWFについても、原油価格の下落に伴って自国の財政状況が悪化すると、資産運用可能額の減少から為替スワップへのドル放出を減少させる傾向があるという指摘を市場参加者からしばしば聞く。日本銀行のスタッフによる分析でも、原油価格の変動と為替スワップの取引高には正の相関があることが確認されている14

こうした海外ノンバンクの為替スワップ市場でのドル供給スタンスは、国際資金仲介の順循環性を増幅する可能性がある(図表13)。例えば、新興国経済が好調な時には、資源需要の増加から原油価格の上昇や新興国通貨の増価を招こう。産油国のSWFは運用資産の増加の一部を為替スワップ市場で運用し、また、新興国外準当局も自国通貨高の抑制のためにドル買い介入を行い、その運用資金の一部が為替スワップ市場に流入する。その結果、為替スワップ市場ではドル調達プレミアムが縮小し、非米系金融機関のドル建て与信の増加が促進される。新興国への資本流入により投資が促進されれば、景気はさらに後押しされる。しかし、何らかのきっかけで新興国経済の景気が後退すれば、新興国通貨の減価や資源需要の減少による資源価格の低下につながり、今述べたメカニズムが逆回転し始める。新興国外準当局や産油国SWFが為替スワップ市場でドル供給を削減し、ドル調達プレミアムが上昇すれば、非米系金融機関は新興国への貸出や証券投資を抑制するため、新興国経済への負の影響が強まることになる。米国の利上げが、新興国市場から急速かつ大規模な資本流出を誘発する場合には、こうした資金仲介の順循環性をさらに増幅させる可能性も考えられる。

  1. 13例えば、以下の資料を参照。荒井史彦、眞壁祥史、大河原康典、長野哲平、「グローバルな為替スワップ市場の動向について」、日銀レビュー、16-J-11, 2016年7月.
  2. 14脚注2のIida et al.(2016)を参照。

ノンバンクと銀行部門の相互連関性

冒頭指摘した通り、非米系銀行による対外与信の変動は、これまでも世界経済に大きな影響を及ぼしてきた(前掲図表1, 2)。そして、SWFや新興国外準などのノンバンクが、これら非米系銀行のドル調達と与信行動に影響を及ぼしてきた事例は過去にも多くみられる15。例えば、新興国当局は、1990年代末の通貨危機時の教訓を踏まえ、2000年代に入って外貨準備を増やしていったが、欧州系銀行のドル預金はその運用の受け皿の一つとなった。また、2008年夏までの原油高で潤った産油国のSWFの資金の一部も欧州系銀行のドル預金に流入した。その後、リーマン危機時や欧州債務危機時には、これらの預金が引き出され、欧州系銀行のドル建て資産のデレバレッジの一因となった16

ノンバンクと銀行部門の相互連関性には、姿形を変えて、国際資金仲介の順循環性を増幅してきた歴史がある。先に示した為替スワップ市場の動向は、海外ノンバンクと本邦金融機関の相互連関の一例にすぎず、国際金融システムの安定性を維持するには、金融当局は両者の相互連関性の全体像を常時的確に把握していくことが重要である。

  1. 151980年代前半の中南米の累積債務問題は、オイルマネーを起点とした国際資金仲介が深く関連している。すなわち、2度の石油ショックを経て産油国に多額の原油収入が入り、これらの資金が先進国の民間銀行を経由して、中南米諸国に貸し付けられた。また、1980年代後半の日本のバブル期には、邦銀がユーロ市場から資金調達を増やし、日本銀行の窓口指導の対象外であったインパクトローンが大幅に増加した。ユーロ市場での邦銀に対する主な貸し手の欧州系銀行は、中東から資金を多く調達しており、オイルマネーが当時の邦銀のインパクトローンを間接的に支えていた側面がある。
  2. 16詳しくは、以下の講演を参照。Nakaso, H., “Financial Crises and Central Banks’ Lender of Last Resort Function,” Remarks at the Executive Forum Hosted by the World Bank “Impact of the financial crises on central bank functions”, April 2013.

6. おわりに

非米系金融機関は、ドル建て中心の国際資金仲介において非常に重要な役割を担っている。米国と非米国との間の金融政策分岐は、非米系金融機関の対外与信の増加を促し、これら金融機関によるドル調達圧力の増加を招く。安全資産である米国債に対する超過需要が存在するもと、これと代替関係にある民間金融仲介機関の発行債務は、金融安定時には需要が増える傾向があるため、非米系金融機関のドル調達の増加も大きな困難を伴うことなく実現し得る。また、ドルを保有する投資家にとって、非米系金融機関と為替スワップ取引で得た通貨を原資に取得するヘッジ付きソブリン債も、米国債の代替財となる。このため、非米系金融機関は、ヘッジコストの増加を伴いながらも為替スワップによるドル調達を増やすことが可能である。しかし、歴史が示す通り、民間金融仲介機関の発行債務やヘッジ付きソブリン債は、ストレス時には米国債の代替財としてのステータスを失う可能性があり、このことが非米系金融機関のドルの資金流動性逼迫を招き得ることを忘れてはならない。非米系金融機関のドル調達が、SWFや新興国外準当局、投資ファンドなどノンバンクの運用スタンスから影響を受けることを考えると、銀行部門の動きとノンバンク部門の動きとが金融政策分岐のもとで共鳴し、国際資金仲介と実体経済の変動が増幅される可能性にも目配りが必要である。

この間、非米系金融機関のリスクテイク行動にも注視していく必要がある。金融政策分岐が続くもと、為替スワップによるドル調達プレミアムは上振れしやすい地合いが続くとみられる。そうした状況で、ドル建て資産投資において、資金調達コストの上振れを補うために、本邦金融機関が信用リスクと流動性リスクの両面において過度なリスクテイクに向うことがないか、引き続きモニタリングを行っていく。

米国と非米国間の金融政策分岐は、各国の中央銀行が物価安定のために行った政策対応の結果として生まれたものであるが、これが金融機関の行動を通して国際金融システムの不安定化を招くことがないようにするのも中央銀行の責務である。現状、わが国の金融システムは安定性を維持している。今後も日本銀行は、金融機関に対してリスク顕現化を防止する強い財務基盤と経営管理の確保を促していくとともに、国際金融システムの動向把握を強化していく。また、各国中央銀行と連携しつつ金融危機を制御するバックストップとして外貨流動性供給の仕組みを整えていく。日本銀行は日本銀行法の定めるところに従い、これまで同様、わが国の金融仲介機能を護る“Fortress Japan”としての使命を全うしていくことを約束して、私の話を締めくくりたい。