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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策山梨県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 木内 登英
2017年2月23日

目次

1.はじめに

この度は、山梨県の各界を代表する皆様と懇談をさせて頂く機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から、日本銀行甲府支店の様々な業務運営に対し、ご支援を頂いております。この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。

本日は、まず、私から、わが国の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策につきまして、私の考えを中心にお話させて頂きます。その後、皆様方から、当地の実情に関するお話や日本銀行の政策運営に対するご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.経済・物価情勢

(1)経済・物価の現状と中心的な見通し

日本銀行は、金融政策決定会合毎に公表する「対外公表文」と、四半期に1回公表する「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)において、わが国の経済・物価の現状と中心的な見通しを説明しています。以下では、直近の展望レポート(本年1月)で、それらを概観してみたいと思います(図表1、2)。

わが国の景気は、緩やかな回復基調を続けています。先行きについては、海外経済の成長率が緩やかに高まるもとで、きわめて緩和的な金融環境と政府の大型経済対策の効果を背景に、2018年度までの見通し期間を通じて、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられます。今回の見通しを従来の見通しと比べると、GDP統計の基準改定に伴うGDPの上方修正に加え、海外経済の上振れや為替相場の円安方向への動きなどを背景に、幾分上振れています。

消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、0%程度となっています。先行きについては、エネルギー価格の動きを反映して0%程度から小幅のプラスに転じたあと、マクロ的な需給バランスが改善し、中長期的な予想物価上昇率も高まるにつれて、2%に向けて上昇率を高めていくと考えられます。今回の見通しを従来の見通しと比べると、概ね不変です。2%程度に達する時期は、見通し期間の終盤(2018年度頃)になる可能性が高いと考えられます。

(2)私の見通し

一方、私は、現在の成長率および物価上昇率は、わが国経済の実力に照らして概ね安定した状態にあり、展望レポートの見通し期間中、そのような安定した状態が続く蓋然性が高いと考えています。しかし、こうした私の見通しは、従来と同様、中心的な見通しと比べると相応に慎重と言えます。

その背景には、第1に、景気回復期間が長期化するなか、需給ギャップは既に概ね解消されており、潜在成長率を持続的にはっきりと上回るような成長をもたらす牽引役は、金融緩和の効果を含めて、見当たらないため、概ね「0%台半ば程度」と推計される潜在成長率並みの成長が続くとみられること、第2に、このため、需給ギャップは概ね中立的な水準を維持すると考えられることから、短期的な変動要因(生鮮食品価格やエネルギー価格、為替相場の変化による輸入品価格の変動等)を除いた基調的な物価上昇率が先行き顕著に高まるのを期待することは難しく、わが国経済の実力に見合った物価環境が続くとみていること、があります(図表3、4)。

(イ)経済見通しの留意点

私は、わが国経済は、2018年度までの見通し期間を通じて、概ね潜在成長率並みの成長を続けると考えていますが、見通し期間の終盤を中心に下振れリスクの方が大きいとみています。以下では、経済の先行きに対するリスクとして特に留意している点について述べたいと思います。

海外経済と輸出

海外経済に関する留意点としては、第1に、米国の財政政策とその世界的な影響、第2に、世界的に保護主義的な政策が広がる可能性、第3に、中国での過剰債務・過剰設備など構造問題への対応の遅れ、第4に、欧州における銀行部門の脆弱性、などが挙げられます。

このうち、米国の財政政策とその世界的な影響に特に注目しています。昨年秋以降、金融市場は米国での相応な規模の財政政策実施の可能性を織り込み、そのことが世界的な景況感の改善に寄与してきた側面があるとみています。しかし、米国での財政政策の内容や規模については依然不透明であり、それらが明らかになるまでには相応の時間を要する可能性があります。また、米国の財政政策が世界経済に与える影響は、新興国の成長などを背景とした米国経済のプレゼンス低下を映じて、金融市場が想定しているよりも低下している可能性があります。一方、米国の長期金利上昇に端を発した世界的な長期金利の上昇によって、米国の財政政策に伴うクラウディング・アウト効果が世界規模で生じたと解釈することも可能です。最終的に、世界的な長期金利上昇による各国経済への下押しや、米ドル高を受けた新興国市場からの資金流出に伴う金融市場の不安定化といったマイナス効果が、米国の財政政策がもたらす各国経済へのプラス効果を上回れば、世界経済に対して全体ではマイナスとなる可能性も考えられます。

こうした海外経済の動向に加えて、わが国経済は昨年後半から輸出の持ち直しを背景にモメンタムを高めてきた点を踏まえると、輸出環境がわが国経済にとって最大の下振れリスクであると考えています(図表5)。この点に関連して、昨年9月の「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的金融緩和」導入後、潜在的に円相場のボラティリティが双方向に高まった可能性があると考えており、それが輸出環境に与える影響にも留意したいと思います。

設備投資

設備投資に関する留意点としては、第1に、為替相場の変動が挙げられます。具体的には、海外経済の動向などから、世界的にリスク回避姿勢が強まり、為替相場で円高が進行する場合、企業収益が悪化し、設備投資に抑制的な影響を及ぼす可能性があります。

第2に、女性や高齢者の労働参加の推進や、政府の成長戦略や民間の成長力強化に向けた取り組みなどの動向次第では、国内経済の中長期的な成長期待については期待したほど高まらない可能性があります(図表6)。

個人消費

個人消費に関する留意点としては、第1に、物価の動向が挙げられます。すなわち、名目賃金が引き続き緩やかな伸びに止まるなか、生鮮食品価格の高騰やエネルギー価格の上昇、為替円安による輸入品価格の上昇などが生じる場合、家計の実質賃金の見通しが悪化し、個人消費に抑制的な影響を及ぼす可能性があります(図表7、8)。

第2に、為替相場での円高進行に伴う企業収益の悪化や、潜在成長率や企業の国内成長期待の下振れが生じる場合、企業の賃上げ姿勢が一段と慎重化し、個人消費を抑制する可能性があります。

(ロ)物価見通しの背景にある考え方

消費者物価(除く生鮮食品)の上昇率について、中心的な見通しでは、見通し期間の終盤(2018年度頃)に2%程度に達する可能性が高いと考えられています。一方、私の見通しは、中心的な見通しと比べてかなり慎重であり、消費者物価(除く生鮮食品)の上昇率は、2018年度までの見通し期間を通じて、2%を大きく下回り続けると考えています。このため、毎回の金融政策決定会合では、対外公表文や展望レポートの物価見通しに関する記述に反対し、修正案を提出しています(図表9、10)。

こうした両者の見通しの違いの背景については、第1に、需給ギャップの見通しの違いが考えられます。中心的な見通しでは、需給ギャップが先行き改善傾向をたどり、需給面から物価押し上げ効果が相応に発揮されることが見込まれています。しかし、既に述べたとおり、潜在成長率をはっきりと上回るような成長は容易に持続可能でなく、需給ギャップの顕著な改善は生じにくいと私は考えています。

第2に、中長期的な予想物価上昇率の見通しの違いが考えられます。中心的な見通しでは、中長期的な予想物価上昇率は上昇傾向をたどり、2%程度に向けて次第に収斂していくとみられています。しかし、物価上昇率は依然として低水準にあり、それが今春の労使交渉で賃金引き上げ率を抑制する要因となる可能性が高いことなどを踏まえると、中長期的な予想物価上昇率は、当面は現状程度の水準で横ばい圏内の動きに止まると私は考えています。

第3に、サービス価格の見通しの違いが考えられます。すなわち、公共料金や一部サービス価格は、需給の変化に対する価格感応度が低いとみられ、労働需給が引き締まるなかでも依然鈍い動きを続けています。特に、家賃は足もと下落幅を緩やかに拡大しており、先行きの物価上昇率を抑制する可能性があると私は考えています。

第4に、為替円安の影響に対する見方の違いが考えられます。中心的な見通しでは、このところの為替相場の円安方向への動きの影響もあって、現実の物価上昇率は高まっていくと予想されています。この点、2013年以降の経験に照らすと、国内電気製品に使われる部品の輸入比率の高まりなどの構造変化を背景に、為替相場が輸入物価を通じて物価に与える影響は強まっているとみられるものの、その影響は比較的短い期間に止まり、基調的な物価上昇率に与える影響は限定的であると私は考えています。

第5に、賃金の見通しの違いが考えられます。すなわち、今春の労使交渉で賃金引き上げ率が顕著に高まるのを期待することは難しく、エネルギー関連や食料工業製品、電気製品といった価格変動の激しい品目の価格が為替円安の影響もあって一時的に上昇する場合、消費者心理の悪化を通じて、個人消費が下振れることにより、物価上昇率が抑制されるといった事態が再び繰り返される可能性も相応にあると私は考えています。

3.金融政策運営

日本銀行は、昨年9月、「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての「総括的な検証」を行い、その結果も踏まえ、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的金融緩和」という新たな金融政策の枠組みの導入を決定しました。

「イールドカーブ・コントロール」の導入には、イールドカーブが低水準でフラット化したことにより、銀行収益を過度に圧迫する可能性や、長期・超長期金利が大きく低下したことにより、年金や保険等の運用利回りが低下し、マインド面などを通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性といった「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」導入後に生じた諸問題への対応という側面が大きかったと私は考えています(図表11)。

また、「イールドカーブ・コントロール」の導入に当たり、金融市場調節の操作目標を長短金利に変更したことによって、国債買入れペースが変動しうる状態となったことから、この先、国債買入れペースが縮小して、国債買入れの持続性が高められる可能性も生じるなど、「イールドカーブ・コントロール」にはプラスの側面があると私は考えています。

しかし、以下で詳しく申し上げるとおり、「イールドカーブ・コントロール」にはマイナスの側面も多くあると私は考えており、プラス面、マイナス面双方を比較衡量したうえで、昨年9月の導入時点から直近1月の金融政策決定会合まで、「イールドカーブ・コントロール」に反対を続けています。

(1)「イールドカーブ・コントロール」に対する評価

(イ)長期金利操作の問題点

まず、長期金利を操作することの問題点としては、第1に、「イールドカーブ・コントロール」のもとで、先行き、国債買入れペースが国債買入れの持続性を高めるのに十分なペースで低下していくかは不確実であり、逆に国債買入れペースの一段の拡大を強いられるリスクがあると考えています。一般に、「量」と「金利」は一体的に決まるものであるため、両方に明示的な目標を設定しつつ安定的な金融調節を行うことは難しいと私は考えています。したがって、「金利」をコントロールしようとすれば、「量」のコントロールを失う可能性が生じます。この点にも配慮して、新たな枠組みでは、国債買入れ額は「めど」とし、長期金利の目標水準は「程度」とするなど、「量」にも「金利」にも緩やかな目標を設定しているとの説明もできます。しかし、それでは何れの目標の達成も難しくなる可能性が十分にあると思います。こうした可能性は、国債市場に外的なショックが生じる場合に顕現化しやすく、昨年11月以降の米国長期金利上昇に伴うわが国長期金利への押し上げ圧力が長期金利操作への最初の試練になっていると私は考えています。

第2に、国債買入れペースの調整を通じて、直接的に影響を与えることができるのは、名目長期金利を構成する要素のうちタームプレミアムの部分に限られると考えられます。しかし、既往の国債買入れによってタームプレミアムは相当程度押し下げられており、追加的な低下余地は限られている可能性が考えられます。そうしたもとで国債買入れペースの大幅な振幅を避けつつ名目長期金利を円滑にコントロールしていくためには、短期金利の見通しに関する情報発信(フォワード・ガイダンス)を活用することも展望されます。しかし、長い期間の金利になるほど、フォワード・ガイダンスの信頼性は低下しやすく、金利のコントロールは難しくなると私は考えています。

第3に、長期金利を一定の水準にコントロールすることは、金利の変動を通じた経済の自動安定化装置機能を損ねてしまうことになり、長期金利をコントロールしない場合と比べて経済の振幅を増幅し、経済を不安定化させてしまう可能性が考えられます。例えば、経済にマイナスのショックが生じて予想物価上昇率が下振れる場合、名目長期金利が下振れないようなオペレーションを行えば、実質長期金利がその分上昇して景気抑制効果が生じます。逆に経済にプラスのショックが生じて予想物価上昇率が上振れる場合、名目長期金利が上振れないようなオペレーションを行えば、実質長期金利がその分低下して過度の景気浮揚効果が生じる可能性があります。この点、日本銀行の金融政策運営については、経済・物価・金融情勢を踏まえ、必要な政策の調整を行うことができる枠組みとなっていますが、長期金利の目標水準の変更は現実には容易でないと私は考えています。すなわち、目標水準を頻繁に見直すと、目標に対する信認の低下を招き、市場を不安定化させてしまうリスクがあります。また、日本銀行は、短期金利だけでなく、長期金利についても、2%の「物価安定の目標」を安定的に実現するために操作を行っていることを踏まえれば、依然として物価上昇率が低位で推移するもとで、近い将来に長期金利の目標水準を引き上げることには大きな問題があると思います。

第4に、現在のペースで国債買入れを続けると、国債市場の流動性が大きく低下し、流動性プレミアムの上昇から長期金利が上昇して、国債買入れペースの一段の拡大の必要が生じるといったスパイラル的な状況に陥る惧れがあると私は考えています。

第5に、指値による国債買入れオペや長期固定金利資金供給オペの実施は、金利のコントローラビリティを高めることに資する可能性がある一方、国債市場の機能を著しく損ねて国債市場を不安定化させることや、金融市場全体の価格体系を歪めかねないと私は考えており、実際のところ、これらの手段の導入に反対しました。

(ロ)マイナスの短期政策金利の副作用

次に、短期政策金利をマイナスにすることの副作用としては、金融機関の収益悪化を通じて金融仲介機能が低下するリスクが挙げられます(図表12)。現在は、こうした問題は顕現化していませんが、先行き、マイナスの短期政策金利を長期間続けていく場合のリスクとして、私は懸念しています。

具体的には、銀行は、収益環境の悪化に伴い、収益拡大を企図して過剰にリスクを取る可能性がある一方、将来的には、金融経済情勢の悪化などから損失が発生することなどによって、過度にリスク回避姿勢を強める可能性があります。その場合、企業や家計の借り入れ制約の強まりや、銀行による資産の投げ売りなどによって、実体経済や金融市場に悪影響が及ぶリスクも考えられます。

また、より長い目でみると、銀行の健全性の低下は、経済の効率性や生産性にも悪影響を及ぼす可能性があります。例えば、収益力の低下が続くもとで、損失吸収力が低下した銀行は、問題先の適切な処理を先送りすることも考えられます。その場合、資本と労働が非効率な企業に固定化され、経済全体でみると、全要素生産性の上昇率を長期に亘って押し下げることに繋がりかねません。

こうした点を踏まえると、金融政策は、通常、経済の需要面に影響を及ぼすと考えられますが、金融システムの安定を損ねてしまう場合には、生産性上昇率や潜在成長率といった経済の供給側にも悪影響を及ぼし、社会厚生上の大きな損失をもたらす惧れがあると考えています。

(2)国債買入れの安定性・持続性強化に向けた提案

私は、金融市場調節の操作目標を資産買入れ額としたうえで、資産買入れ方針に関して、長期国債保有残高が年間約45兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行うなどを内容とする議案を提出しています。以下では、私がこうした提案を行っている趣旨を説明したいと思います。

日本銀行は、「量的・質的金融緩和」のもとで大規模な国債買入れを続けており、日本銀行の国債保有比率は既に国債発行残高の4割程度に達しています(図表13)。一方、国内金融機関は、様々な理由から、国債を保有する必要があります。例えば、銀行は、担保需要や金融規制対応から、一定規模の国債を保有する必要があるほか、年金は、適切なポートフォリオの構築という観点から、運用資産の一定比率は安全性の高い国債で保有する必要があります。また、生保は、生命保険商品という非常に長期の負債を持つことから、ALM(資産・負債の総合管理)や会計要件充足のため、超長期国債を中心に、相当額の国債を保有する必要があります。

したがって、日本銀行が発行済みの国債を全て保有することができる訳ではなく、現在の買入れペースを続けていけば、国債買入れが困難な状態に近づくことは必至であると私は考えています。また、国債買入れの困難度が増すにつれて、先行きの金融政策に対する不確実性の高まりや国債市場の流動性の過度の低下などから、金利が大きく変動しやすくなり、金融市場や実体経済に深刻な影響を及ぼす惧れがあります。こうした事態の発生を未然に防ぐため、私は、2015年4月の金融政策決定会合以降、国債買入れペースを年間約80兆円から年間約45兆円へと減額する提案を行っています。

また、昨年9月の「イールドカーブ・コントロール」導入後、金融市場では、日本銀行が超長期国債の買入れペースを一時縮小したことなどを踏まえ、「日本銀行は、環境が許す限り、国債買入れペースの縮小を進めていくのではないか」との見方が相応に広まっていると私は考えています。しかし、それにも拘らず金融市場で大きな混乱が生じていない背景の一つには、金融市場が、「長期金利の押し下げとそれを通じた金融緩和効果は、中央銀行の国債買入れペース(フロー)ではなく国債保有残高(ストック)に依存する」というストックビューの考え方を一定程度受け入れていることがあると思います。

こうしたもとでは、国債買入れ額のコントローラビリティが不確実な「イールドカーブ・コントロール」ではなく、金融市場調節の操作目標を資産買入れ額に設定したうえで、当面は国債保有残高を一定とする状態まで国債買入れペースを段階的に縮小させていくような施策が、政策の持続性と市場の安定性を高めることに貢献すると考えています。また、これによって実質長期金利を安定的に低位に維持し、これまで積み上げてきた緩和効果をしっかりと確保していくことが最も重要であると私は考えています(図表14)。

(3)「物価安定の目標」の考え方と金融政策の役割

(イ)2%の「物価安定の目標」の柔軟化

私は、こうした金融調節方針の修正とともに、2%の「物価安定の目標」の達成期間を中長期に修正する提案も行っています。また、これら2つの修正を併せて実施することが適切であると考えています。以下では、この背景にある「物価安定の目標」についての考え方を説明したいと思います。

まず、私は、望ましい物価上昇率とは、家計や企業が物価動向に煩わされることなく安定した経済活動を行うことができる水準と考えています。また、そうした水準は、家計や企業の中長期の予想物価上昇率と概ね整合的であると思います。しかし、中長期の予想物価上昇率を示す様々な指標が長期に亘り2%を明らかに下回ってきたことなどを踏まえると、現時点では、物価上昇率が持続的に2%程度となる2%の「物価安定の目標」を短期間で目指すことは、その達成が難しいばかりではなく、家計や企業の経済活動にとってむしろマイナスとなってしまうため、望ましくないと考えています(図表15)。

(ロ) 経済構造と物価の基調

また、基調的な物価上昇率は、財・サービスの需給関係、労働市場の動向、現実の物価上昇率、中央銀行が掲げる物価目標の水準など、様々な要因によって規定されると考えられますが、やや長い目でみると、生産性上昇率や潜在成長率といった経済の構造的な要因によって決まる部分が大きいと私は考えています。

例えば、潜在成長率が低水準にあり、企業の国内成長期待が低い状況では、企業は将来収益を圧迫する基本給の引き上げなどに対して慎重になるのは自然であり、労働者はそうした企業の姿勢を認知するものと考えられます。こうしたもとでは、家計や企業の中長期の予想物価上昇率は低位に形成され、そのことが現実の物価上昇率を低位に抑えるという側面があると思います。また、このもとで仮に金融政策の影響などから物価上昇率が一時的に高まる場合、消費者は実質賃金の上昇率が低下してしまうとの懸念から支出を抑制し、その結果、物価上昇率が短期間で低下してしまうことも考えられます。

しかし、金融政策が前向きな経済構造の変化を直接もたらすことは難しく、そうした変化の実現のためには、イノベーション向上に向けた企業の努力と、それを最大限引き出すための規制緩和や人口対策などを含む、政府の構造改革の取り組みが必要です。そして、国民が持続的に生活の質を向上させるためには、生産性上昇率や潜在成長率の改善を通じて成長力を強化することが不可欠です。

(ハ) 今後の金融政策の役割

この先、前向きな経済構造の変化が進み、強い経済を実現することができれば、家計や企業の中長期の予想物価上昇率が2%程度の水準まで高まり、そのことが現実の物価上昇率が安定的に2%程度で推移していくことを支えることで、2%の「物価安定の目標」が妥当となる局面に至ることも期待できます。しかし、このような変化がどのような時間軸で生じるのかは予想が難しいため、2%の「物価安定の目標」は中長期的に目指す目標とし、2%の「物価安定の目標」と整合的な強い経済の実現を政府や企業とともに目指すための一種の象徴として位置付けることが良いと私は考えています。

ただ、前向きな経済構造の変化を促す政府や企業の取り組みは、金融経済情勢が不安定な状態のもとでは進みにくいと考えられます。したがって、日本銀行が担うべき役割は、金融・経済の安定を確保することで、潜在成長率や生産性上昇率などで示される経済の実力が2%の物価上昇率と整合的になる水準まで高まるよう、政府や企業の取り組みを側面から粘り強く支援することにあると私は考えています。そのためには、無理に金融緩和の強化を図るよりも、実質長期金利を安定的に低位に維持し、既往の緩和効果をしっかりと確保することで、安定した金融経済環境を維持していくことが重要です。私が現在提案している金融調節方針の修正は、こうした考え方に基づいたものであり、2%の「物価安定の目標」の実現のためには、その方がむしろ近道であると考えています。

(ニ) 柔軟な金融政策運営の重要性

また、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を中長期的に目指す姿勢とするとともに、中長期的な経済・物価の安定確保の観点から、金融不均衡の形成などのリスクにも十分に目配りをして、柔軟に政策運営を行うことが重要です。

実際、日本銀行の金融政策は、「物価安定の目標」のもとで、2つの「柱」による経済・物価情勢の点検という枠組みに基づいて運営されています。すなわち、第1の柱では、先行き2年程度の経済・物価情勢について、最も蓋然性が高いと判断される見通しが、物価安定のもとでの持続的な成長の経路をたどっているかという観点から点検します。第2の柱では、より長期的な視点を踏まえつつ、物価安定のもとでの持続的な経済成長を実現するとの観点から、金融政策運営に当たって重視すべき様々なリスクを点検します。特に、発生の確率は必ずしも大きくないものの、発生した場合には経済・物価に大きな影響を与える可能性があるリスク要因として、金融面の不均衡について点検します。

こうした枠組みは、足もとの物価の安定に注意が向けられるなか、金融面の不均衡拡大への対応が遅れて、中長期的な経済の安定に資する政策が採られなかった1980年代後半のバブル期の反省に立って作られたものと言えると思います。このような2つの「柱」の点検という枠組みが作られた背景や考え方を、今一度思い起こしてみる必要があると私は感じています。

(ホ)日本銀行の責務

最後に、日本銀行は、物価安定目標の柔軟化と柔軟な政策運営のもとで、「量的・質的金融緩和」導入以降の異例の金融緩和策を、適切な時期に正常化へと向かわせるとともに、流動性低下に起因する国債市場の混乱や低金利下での金融仲介機能の低下、巨額のバランスシートのもとで生じうる短期金利引き上げ時の日本銀行の財務環境の悪化といった様々な金融緩和の副作用が顕現化して日本経済と国民生活に大きな悪影響を及ぼすことのないよう、これらの副作用の管理を確りと執り行い、金融経済情勢の安定維持に最大限努めるという重要な責務を負っていると私は考えています。

4.終わりに

結びに当たり、山梨県経済について申し上げたいと思います。

当地の産業構造は、豊富な水資源や首都圏からの近接性などの立地条件の良さを映じて、機械関連や食料品等の製造業のウエイトが高いという特徴があります。足もとでは、こうした先が内外の需要を取り込むかたちで生産を拡大し、県内景気をけん引しています。また、農業分野においても、農地集約やITの活用などが進み、異業種参入が増加するなかで、単位(10a)当たりの生産農業所得が全国で2番目の高さを誇っています。さらには、富士山をはじめとする豊かな自然を背景に、外国人観光客も着実に増加しています。ただし、中小規模の企業の割合が高いなかで、景気回復の実感に乏しいとの声も聞かれています。

中長期的な視点からは、少子高齢化が進むなかで、県の人口減少が進んでいることに対して、先行きへの不安も窺われています。この問題に対しては、特効薬は見当たりませんが、一つには、女性や高齢者が労働や地域奉仕活動に参加し、活躍できる機会を増やすことが重要です。ちなみに、山梨県は60歳以上の高齢者の労働参加率が全国で2番目に高いと聞いています。高齢者が仕事を通じて、社会との繋がりを保ち続けていることが、当県の全国トップの健康長寿に貢献している可能性があると思います。また、ITの活用や人材教育などにより、生産性の向上を図ることも大切であると考えられます。

今後とも、山梨県経済がその潜在能力を活かしながら、一層の発展を遂げていくことを心より願っております。

ご清聴ありがとうございました。