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【講演】日本の金融経済情勢と金融政策在スイス日本国大使館主催セミナー(チューリッヒ)における講演の邦訳

日本銀行政策委員会審議委員 政井 貴子
2017年3月6日

目次

I.はじめに

本日は、在スイス日本国大使館主催セミナーにご招待頂き、スイスの経済界・金融界の皆様と懇談の機会を賜りまして、誠に光栄に存じます。

本席では、まず、日本の金融経済情勢についてお話しした後、日本銀行の金融政策についてご説明し、私の考えをお話させて頂きます。

II.日本の金融経済情勢

はじめに、日本の金融経済の現状を大まかにご理解頂くため、金融経済の概観について私の見方を述べます。そのうえで、日本銀行では、年4回、「経済・物価情勢の展望」、いわゆる「展望レポート」を公表し、経済・物価情勢の現状・見通しを点検していますので、直近の「展望レポート」(2017年1月)の内容をご紹介したいと思います。

1.金融経済概観

(1)家計部門

良好な雇用環境と家計のマインド

日本経済の現状を端的に表しているのは、労働需給の引き締まりかと思います。2016年平均の失業率は、3.1%まで低下し、いわゆる「完全雇用」に近い水準とみられます。2016年平均の有効求人倍率は約1.4倍まで上昇しました。これは、実に25年振りの高水準です。例えば、有効求人倍率は大都市だけでなく、全ての地域で上昇しています(図表1)。

こうした良好な雇用環境は、家計のマインドを間違いなく下支えしていると思います。企業業績が多少悪くなったとしても、給与は下がらないだろう、または、転職が出来そうだと思える環境は、個人に大きな安心感を与えます。こうした安心感は、労働市場の流動性が、他国と比べて相対的に低いと言われる日本ではなおさら重要です。このことは、例えば、消費者を対象に「今後1年間の暮らし向き」の見通しを調査した生活不安度指数の顕著な改善からも窺えます。昨年1年間をみると、年初からの国際金融市場の混乱や、国内においては、熊本地震、夏場の悪天候などが続きました。こうした中にあって、家計のマインドがよく踏み止った背景の1つには、労働需給の引き締まりがあったのではないかとみています(図表2)。

雇用者所得も緩やかに増加し、個人消費には持ち直しの動き

労働需給の引き締まりを背景に、雇用者所得は緩やかながら増加しています(図表3)。日本では、賃金表の改定により賃金水準を引き上げることを「ベースアップ」と呼んでいます。これは、昇格や年齢・勤続年数に応じた引上げ分とは別に、一律に賃金が引き上げられることです。高度成長期に取り入れられた慣行ですが、1990年代後半以降、企業は人件費の抑制スタンスを強めた結果、2000年代以降、ベースアップを行わない企業が殆どとなっていました。2014年以降の労使交渉では、これを実施する動きが十数年振りに拡がっています。こうした動きが顕れてから今年で4年目になりますが、足もと、消費者物価(除く生鮮食品)がエネルギー価格の下落を主因に上がらないもとで、今年は期待出来ないという声もあります。ただ、全体として、賃金の引下げではなく、賃金の引上げ幅が心配されているということは、これまでベースアップが殆ど話題にすらならなかった期間が20年近くあったことを思い起こせば、少なくとも良い方向に行っていると考えています。

家計のマインドが下支えされ、雇用者所得も増加する中にあって、個人消費はこのところ持ち直しの動きがみられています。このように、家計部門における所得から支出への前向きの循環は保たれているとみています。ただし、留意点として、(1)労働市場の引き締まりの割には、賃金の上昇が弱いこと、そして、(2)着実な雇用者所得の改善の割には、消費の盛り上がりが弱いことが挙げられます。すなわち、消費は持ち直しの動きがみられてきてはいるものの、力強さに欠けているため、所得から支出への循環メカニズムをもう少し確かなものにしていくことが必要だと考えています。

(2)企業部門

企業の収益は過去最高水準ながら、先行きには慎重な姿勢

日本企業の収益は、2013年度から15年度と過去最高を更新し、その後も高水準で推移しています。こうしたもと、設備投資も緩やかな増加傾向にあり、企業部門でも所得から支出への前向きの循環は保たれているとみています。ただし、収益の増加の割には、設備投資が伸びていないのも事実です。この背景として、今回の景気回復局面における企業収益の拡大には、交易条件の改善が大きく寄与していた一方で、期待成長率の高まりに繋がりやすい売上数量の改善が鈍かったことから、設備投資の押し上げ効果が高まり難かったことが指摘されています1。もっとも、交易条件の改善であっても、その定着が確認されていくことで設備投資にプラスの影響を及ぼすと考えられることも指摘されています。また、きわめて緩和的な金融環境が、企業の前向きな投資を促しています。今後とも、家計部門同様、前向きの循環メカニズムを一層強化すべく、成長期待を高めていくことが重要です。この点は、後ほど詳しく述べたいと思います。

  1. 企業が、過去最高水準にある収益との対比でみて、慎重な設備投資行動を続けてきた背景については、日銀レビュー「企業収益と設備投資 ― 企業はなぜ設備投資に慎重なのか? ―」(2016-J-4)を参照。
エネルギー価格の安定化は日本経済にも好影響。為替レートのボラティリティの高さが続く場合には、企業マインドへの影響が懸念される

企業部門に関しては、さらに2点指摘したいと思います。

第1は、昨年後半以降、原油価格をはじめエネルギー価格が安定的な動きを続ける見通しが強まったことは、世界経済ひいては日本経済にも好影響を及ぼすと考えています。これを受けて、私自身は、日本経済の下振れリスクは昨年後半と比べて低下しているとみています。

第2は、為替レートについてです。昨年1年間のドル円レートのボラティリティはやや高めとなり、レートの水準も、年前半は円高方向へ、年後半は円安方向へと大きめに変動しました。振り返ってみると、ドル円相場の年間平均レート近辺の取引期間が短かった1年となりました。この点、日本同様、為替レートの変動に悩まされがちなスイスの経済界・金融界の皆様には、容易に想像頂けることかと思いますが、為替水準が比較的短期間に上下に大きく変動する状況は、経営の舵取りを難しくさせたものと思います。このような状況が仮に続く場合、それが企業マインドに及ぼす悪影響が懸念されるところです。

さて、以上、日本経済を大まかに俯瞰しました。一言で言えば、雇用者所得、企業収益ともに増加してきており、家計・企業ともに所得から支出への前向きの循環は維持されているものの、それを確実なものとするにはもう一歩のところだと、纏められるかと思います。それでは、次に、直近の「展望レポート」の内容に沿って、少し丁寧に、日本経済の現状と見通しをお話します。

2.現状と見通し

(1)現状

日本の景気については、「緩やかな回復基調を続けている」と判断しています。国内需要の面では、設備投資は、企業収益が高水準で推移し、業況感も幾分改善するなかで、緩やかな増加基調にあります。また、個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、底堅く推移しているほか、住宅投資も持ち直しを続けています。輸出は、足もとではグローバルな製造業の景況感が改善する中で、情報関連需要の堅調さや新興国の在庫・設備調整の進捗などを背景に、増加品目の裾野は着実に拡がっており、輸出の増勢は徐々に持続力を増してきていると判断されます。こうした内外需要を映じて、また、在庫調整にも進捗がみられる中、鉱工業生産は持ち直しています。

物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、既往の原油価格の動きを反映したエネルギー価格のマイナス寄与と、エネルギー価格以外のプラス寄与が概ね相殺し、全体では0%程度となっています。

(2)先行きの見通し

先行きについては、2018年度までの見通し期間中、景気面では「緩やかな拡大に転じていく」と予想しています。国内需要は、きわめて緩和的な金融環境や政府の大型経済対策による財政支出などを背景に、増加基調をたどると考えられます。この間、海外経済の改善を背景に、輸出も、基調として緩やかに増加するとみられます。以上のもとで、見通し期間を通じて、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられます。1月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値をみると、実質GDP成長率は16年度+1.4%、17年度+1.5%、18年度+1.1%となっています(図表4)。

主要な項目別にみると、設備投資は、当面は、既往の新興国経済の減速や円高がややラグを伴って製造業を中心に下押しに作用するものの、見通し期間を通してみれば、緩やかな増加基調を続けると予想しています。これは、低金利や緩和的な貸出スタンスといったきわめて投資刺激的な金融環境が維持されるもと、財政投融資や投資減税などの財政政策の効果、そして期待成長率の緩やかな改善などが効いてくるためです。さらに、企業収益は改善が見込まれますが、多少下振れしたとしても、(1)東京オリンピックを見据えた再開発投資、(2)成長分野への研究・開発(R&D)、(3)人手不足等に対応した効率化・省力化投資、(4)設備の老朽化に対応した維持・更新投資などを中心に、設備投資を下支えする姿を想定しています。個人消費は、雇用者所得の着実な改善に加え、株価上昇による資産効果や経済対策の効果もあり、緩やかに増加していくと見込まれるほか、住宅投資は、持ち直しを続けると予想されます。輸出は、新興国の減速の影響が和らぐ中で、当面は基調として持ち直しを続けた後、緩やかに増加していくと見込まれます。これは、海外経済の成長率の高まりを背景に世界貿易量が次第に伸びを高めるとともに、それに占める日本の輸出シェアも世界的な資本財セクターの回復などを受けて緩やかに上昇すると予想されるためです。鉱工業生産は、新興国経済の減速の影響が和らぎ、経済対策の効果も顕在化するもとで、内外需要の増加を映じて緩やかに増加していくと見込んでいます。

また、物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、エネルギー価格のマイナス寄与剥落を主因に、0%程度から小幅のプラスに転じた後、マクロ的な需給バランスが改善し、予想物価上昇率も高まるにつれて、2%に向けて上昇率を高めていくと考えています。1月の展望レポートにおける生鮮食品を除く消費者物価の前年比について、政策委員見通しの中央値は、16年度-0.2%、17年度+1.5%、18年度+1.7%となっています(前掲図表4)。

III.日本銀行の金融政策

次に、日本銀行の金融政策についてお話します。はじめに、日本銀行が過去20年近くもの間、様々な形で非伝統的な金融政策を続けていることを簡単に振り返っておきたいと思います。

1.デフレ下における日本銀行の金融政策

日本では1990年代の後半から15年以上にわたり消費者物価の前年比がゼロないし僅かなマイナスが続くデフレの状態が続いてきました。もちろん、この間、日本銀行も手をこまねいていた訳ではありません。日本の場合、1998年の時点で、政策金利(オーバーナイト物の無担保コールレート)は既に0.25%とゼロ近傍に達していました。それでも経済・物価が改善しない状況を踏まえ、日本銀行は、1999年2月に「ゼロ金利政策」を導入し、同年4月には、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまでゼロ金利政策を続ける」という、今で言うところのフォワードガイダンスを導入します。その後も、操作目標を日本銀行の当座預金残高とする「量的緩和政策」(2001年3月に開始。ちなみに、このときはCPIの実績値に紐付けるフォワードガイダンスを導入しています)や、CP、社債、ETF、J-REITも買い入れる「包括緩和政策」などを行ってきました(「包括緩和政策」の導入は2010年10月。なお、これらの資産買入れは現在も続けています。また、ETF及びJ-REITについては、2013年以降、買入れを大幅に拡大しています)。この間、成長基盤強化を支援するための資金供給や貸出増加を支援するための資金供給の枠組みも導入し、現在も続けています。このように、日本銀行は様々な方法を駆使して、金融緩和を進めていました。この結果、緩和的な金融環境が実現されており、例えば、2000年代以降の長期金利をみると、大体1%台という低水準で推移し、2013年の「量的・質的金融緩和」を始める前の1年間をみると平均0.8%程度でした。このような金融環境の実現は、経済の下支えとなってきましたし、また、局面によっては、日本銀行の大規模の資金供給が金融システムの安定維持や、デフレスパイラルに陥ることの防止に貢献したと思われます。もっとも、この間、マイルドなデフレの状態が続いていたことは事実です。そこで、日本銀行は15年近く続いていたデフレから脱却するという強く明確なコミットメントとそれを裏付ける大規模な金融緩和を開始しました。これが今に続く「量的・質的金融緩和」です。

2.2%の「物価安定の目標」と「量的・質的金融緩和」の導入

日本銀行は2013年1月、「物価安定の目標」を導入し、その目標を消費者物価上昇率で2%としました。それまでは、「中長期的な物価安定の目途」として、「消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域、当面は1%を目途」としていたものです。さらに、このとき、政府と日本銀行は政策連携を強化し、共同で声明を公表していますが、これは、両者が一体となってデフレ脱却と持続的な経済成長の実現に取り組む決意を示したもので、きわめて重要なものであると思います。その後、日本銀行は、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入しました。翌年には買入れをさらに拡大した後、2016年1月にはマイナス金利政策を採用し、同年9月には、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました。

(1)基本的なメカニズム

2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入して以降、金融緩和の基本的なメカニズム自体は変わっていません。すなわち、(1)日本銀行の大規模な国債買入れによって、イールドカーブ全体を押し下げること、そして(2)日本銀行が2%の「物価安定の目標」に強くコミットし、予想物価上昇率を押し上げることです。これらによって、実質金利を引き下げることで、経済・物価に好影響を及ぼすというメカニズムを想定しています(図表5)。

(2)量的・質的金融緩和の効果

日本銀行は昨年、「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果について「総括的な検証」を実施しました。その結論を申し上げると、先に述べたメカニズムがしっかりと作用し、実質金利は長期までマイナスで推移し、経済・物価情勢は大きく改善したということです。基調的な消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)が、プラスに転じ、2年半以上にわたってプラス圏で推移してきたことからも、きわめて緩和的な金融環境の実現を通じて、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではない状態まで来たと判断されます(図表6)。このことは、「量的・質的金融緩和」の成果だと言えます。

(3)「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の狙い

「量的・質的金融緩和」は、このように政策効果が認められたにもかかわらず、昨年、日本銀行が金融緩和の枠組みを強化する形で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入したのはなぜでしょうか。

これには2つ理由があったと理解しています。第1に、「量的・質的金融緩和」、が所期の効果をあげたとはいえ、2%の「物価安定の目標」は実現されておらず、より効果的な枠組みとする必要があったことです。

第2に、大規模な国債買入れとマイナス金利政策の組み合わせは、イールドカーブ全般に影響を及ぼすうえでの有効性が確認された一方、場合によっては、必要以上にイールドカーブを押し下げ得ることとなり、却って金融機能に悪影響を及ぼす可能性もあることが懸念されたことです。

この点を若干敷衍します。日本では、先ほど触れましたとおり、長期金利も含め、金利水準が低い状況が続いているうえ、預貸率は低下傾向を辿るなか、貸出競争も激しいため、金融機関の預貸利鞘は、90年代以降、趨勢的に縮小傾向となっており、その意味で、かねてより金融機関経営の課題でありました。ただ、マイナス金利の導入後、預金金利の低下幅は、貸出金利の低下幅と比べて小さいものでしたので、長期金利や超長期金利の過度な低下は、この傾向に拍車を掛けたことは否めません。これが長期化すると、金融機関収益に相応の影響が及び得ることが認識されました。また、長期金利や超長期金利の過度な低下は、保険や年金などの運用利回りを低下させることから、将来における広い意味での金融機能の持続性に対する不安感をもたらし、マインド面を通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性もあります。このような留意点を考慮し、柔軟な金融政策運営を可能とする枠組みにシフトすることが適当と考えられたのです。

(4)イールドカーブ・コントロール

この新しい枠組みの中心的な要素である「イールドカーブ・コントロール」では、直接長期金利を目標とすることにより、経済・物価・金融情勢に応じて効果的かつ柔軟な金融政策運営が可能になったと考えられます。どういうことかと言うと、大量の国債買入れを継続していくことは、これまでと何ら変わりありませんが、従来、操作目標は、マネタリーベースや国債保有残高の増加ペースであったのに対して、この枠組みでは、短期政策金利と10年金利の操作目標を示すこととなります。これまでの枠組みは、実務的な運営方法が明確なのですが、望ましいイールドカーブとの対比でみて、金利の引き下げが不十分なものに止まったり、逆に過度な引き下げをもたらす可能性がありました。この枠組みでは、金融機能に与える影響にも配慮しつつ、政策運営することが可能なものとなっています。

(5)オーバーシュート型コミットメント

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもう1つの要素は、「オーバーシュート型コミットメント」です。これは、日本銀行の強い決意を示すことにより、予想物価上昇率を高めていくことが狙いです。

予想物価上昇率は、過去の実績に引きずられる要素(適合的な期待形成)と、「やがては中央銀行が目標とする上昇率に収束していくだろう」という要素(フォワード・ルッキングな期待形成)の2つで決まると考えられます。この点、日本においては、「適合的な」要素が諸外国と比べて際立って強いという特徴があります(図表7)。日本銀行は、「量的・質的金融緩和」を通じてフォワード・ルッキングな期待形成への転換を図ってきましたが、これが十分に強まる前に、原油価格の下落などから、現実の物価上昇率が低下した結果、人々の予想物価上昇率は適合的な期待形成を通じて、低下しました。このため、日本において、2%の「物価安定の目標」を実現するためには、予想物価上昇率を高め、フォワード・ルッキングな期待形成への転換を促していくことが何としても必要だと考えています。このコミットメントはそのための1つの手段です。

2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムは維持されているものの、力強さに欠ける状況が続いています。日本銀行は、今後とも、経済・物価・金融情勢を踏まえ、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行っていきます。

IV.前向きの循環メカニズムの強化に向けて

冒頭、日本経済の現状をお話する中で、家計・企業ともに、所得から支出への前向きの循環メカニズムを一層強化していくことが課題であるとの認識を述べました。

繰り返しになりますが、家計部門では、労働需給の引き締まり、雇用者所得の増加の割には消費が増えていないのが実情です。この背景として、株価下落や天候不順などの短期的な影響や、耐久財のストック調整の影響などが指摘されていますが、将来に対する漠然とした不安も挙げられるように思われます。高齢化が進む日本では、世帯主60歳以上の高齢者世帯の消費が、消費全体のおよそ半分を占めると推計されるため、この影響は大きなものがあります。

ここでやや脱線しますが、日本では老後に不安を感じる人の割合が他国と比べて高いというアンケート調査の結果を紹介したいと思います。内閣府が2015年に実施した高齢者の意識調査をみてみますと、日本では、「貯蓄や資産が老後の備えとして足りない」と考える高齢者の割合が6割近くに上ります(図表8)。これは、調査対象の他国と比べて最も多い結果となっています。一方で、同調査では、老後の経済生活の備えを50代まで「特に何もしていない」と答えた高齢者の割合も、日本では4割超であり、他国と比べて際立って高い水準です(図表9)。こうした不安の払拭には、年金、医療、その他の社会保障といった幅広い分野における制度の持続性を高めると同時に、国民の意識の改革や金融教育の充実もまた必要であるように思います。

また、企業部門において、所得から支出への前向きの循環メカニズムを後押しするのは、「成長期待」の高まりだろうと思います。この点、政府は、昨年6月、「日本再興戦略2016」の中で、官民で認識と戦略を共有し、新たな有望市場を創出するべく、「官民戦略プロジェクト10」を立ち上げています(図表10)。これをみると、日本経済の課題が総花的に列挙されている印象を持たれるかもしれませんが、現在、日本経済に必要なのは、まさにこうした数多くの課題に同時で取り組んでいくことではないかと思います。これらの課題は、それぞれが相互に密接に関連しており、1つの課題への取組みは別の課題への対応に不可欠なところも少なくありません。例えば、1点目の柱である「第4次産業革命の実現」は、IoT、ビッグデータ、人工知能を活用してイノベーションを起こしていくことが中心になると思いますが、当然ながら、サービス産業の生産性向上や中堅・中小企業、小規模事業者の変革の実現のためにも不可欠な要素かと思います。また、日本再興戦略のもとで推進されている「働き方改革」については、成長分野への人材の円滑な移動を促すことにも繋がる面がありますし、纏まった形で休暇を取りやすくすることで、国内の観光需要を喚起する観点からも重要だと思います。一見すると “a little bit of everything”(少しずつ全てをやること)のようにみえても、このような取組みを全方位でしっかりと推進し、日本経済の活力を高めていくことが必要です。そうしていくことで、成長期待ひいてはインフレ期待も高まってくるのだと考えています。

世界で3番目の規模である日本経済が、デフレから完全に脱却し、持続的な成長軌道に復することは、世界経済にとっても重要だと思います。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現に向けて、きわめて緩和的な金融環境を維持し、デフレからの脱却を確実に進めていきます。きわめて緩和的な金融環境は、官民のこうした取組みとも相俟って、企業の積極的な投資や生産性向上に向けた取組みを後押しし、また、デフレからの確実な脱却は、日本経済の活力を高めていくと考えています。

ご清聴ありがとうございました。