公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 2017年 > 【講演】黒田総裁「『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』:導入後半年を経て」(ロイター・ニュースメーカー)

【講演】「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」:導入後半年を経て「ロイター・ニュースメーカー」における講演

日本銀行総裁 黒田 東彦
2017年3月24日

目次

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、日本銀行の金融政策運営についてご説明する機会を賜り、厚く御礼申し上げます。

日本銀行が、昨年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入してから半年が経ちました。これまでのところ、この新たな枠組みは円滑に機能しています。本日は、やや長い目でみて、一昨年以降の世界経済や国際金融市場の動向を振り返ったうえで、私どもが、マイナス金利の導入を経て、今回の新しい枠組みを採用した経緯や、その基本的な考え方をご説明したいと思います。そのうえで、わが国経済の現状および先行きと、今後の金融政策運営のスタンスについてお話しします。

2.「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」:採用の経緯と考え方

(1)国際金融市場の不安定化とマイナス金利の導入

国際金融市場の不安定化

まず、2015年夏以降の国際金融市場の展開をみますと、当時、中国をはじめとする新興国経済の減速や先行き不透明感を背景に、投資家のリスクセンチメントが悪化し始めました。特に、2016年入り後は、上海の株式相場が大幅に下落したことをきっかけに新興国経済に対する懸念が高まったことに加えて、原油価格をはじめとするコモディティ価格の下落なども相俟って、国際金融市場は急速に不安定化しました(図表1)。こうしたもとで、「長期停滞論」に代表されるように、世界経済の先行きに対する悲観的な見方が拡がりました。「低成長・低インフレ・低金利」にどのように対応していくのかが主要国に共通した政策課題となり、G20などの国際会議においても盛んに議論されました。

こうした世界経済の逆風は、わが国経済にも大きな影響を及ぼしました。金融市場では、円高と株安が進行しました。物価面でも、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比は、2014年夏以降の原油価格下落の影響もあって、2016年は3年振りにマイナス圏となりました。2%の「物価安定の目標」を達成するうえでカギとなる予想物価上昇率をみると、原油価格の大幅な下落の中でも何とか横ばいを保ってきましたが、今ご説明したような世界経済の逆風の中で、弱含みに転じました(図表2)。

マイナス金利の導入とその影響

「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」は、こうした強い逆風に対処し、2%の「物価安定の目標」を実現するために、2016年1月に導入したものです。

予想物価上昇率が弱含む中で、実質金利を引き下げるには、名目金利を一段と引き下げる必要があります。マイナス金利は、イールドカーブの起点を引き下げ、国債買入れと組み合わせることによって、長短金利水準のさらなる低下を狙いとするものです。

マイナス金利の導入は、名目金利の押し下げという面で、大きな効果を発揮しました。国債金利は、イールドカーブ全体にわたって大幅に低下しました(図表3)。その結果、貸出金利やCP・社債の発行金利もしっかりと低下しました。この間、金融機関は、貸出態度をさらに積極化させました。このように、マイナス金利の導入は、金融環境を一段と緩和的なものとしましたが、このことは、世界経済の逆風の中にあって、わが国の企業や家計の経済活動をサポートしたと考えています。

一方で、イールドカーブのフラット化が想定以上に進んだため、広い意味での金融仲介機能への影響に留意する必要が出てきました。すなわち、銀行は、「短期調達・長期運用」を収益の基本構造としており、かつ、調達の主な手段である預金金利は低下の余地が乏しいという状況にありました。このため、イールドカーブが低い水準でフラット化する場合には、預貸金利鞘の縮小をもたらし、収益を圧迫することになります。こうした状態が長期間続けば、累積的に銀行の経営体力に影響をもたらし、金融仲介機能に悪影響を与える可能性があります。このほか、金利水準、特に長期・超長期金利が過度に低下すれば、保険や年金などの運用に影響し、マインド面などを通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性も考えられます。

(2)「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の考え方

以上のような認識を踏まえ、日本銀行は、昨年9月、「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向および政策効果についての総括的な検証を行いました。その検証結果を踏まえ、従来の政策枠組みを発展・強化する形で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました。この枠組みは2つの要素から成り立っています(図表4)。

一つは、「オーバーシュート型コミットメント」です。具体的には、「消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」ことを約束しました。ポイントは、消費者物価上昇率の「見通し」ではなく、「実績値」に基づいたコミットメントであるという点です。もとより、「物価安定の目標」は景気の変動を均して平均的に実現する必要がありますので、消費者物価上昇率が2%を超える局面があることは当然想定されています。しかし、金融政策が経済・物価に影響するまでには時間差があることを踏まえると、中央銀行が「実績値」をベースにここまで強いコミットメントを行うことは異例です。先行きの金融政策運営をあらかじめ明らかにするという方法は「フォワード・ガイダンス」と呼ばれており、リーマン・ショック後、米国のFRBをはじめいくつかの中央銀行が採用していますが、「見通し」をベースに制度設計を行うことが一般的です。もっとも、わが国では、長年にわたって実際の消費者物価上昇率が2%を下回っています。そのことを踏まえると、予想物価上昇率を2%程度に引き上げ、その水準でしっかりとアンカーするためには、人々が実際に2%を超える物価上昇率を経験し、「物価は毎年2%くらい上がっていくものだ」という物価観を定着させていく必要があります。そこで、日本銀行は、「オーバーシュート型コミットメント」によって、こうした姿が実現するまで、大規模な金融緩和を継続することを約束しました。

新しい政策枠組みのもう一つの要素は、「長短金利操作」、いわゆる「イールドカーブ・コントロール」です。この枠組みでは、従来のマネタリーベースの増加額や国債買入れ額に代えて、長短金利水準を「金融市場調節方針」の操作目標としています。日本銀行は、経済・物価・金融情勢を踏まえて、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促していきます。現在の「金融市場調節方針」は、短期政策金利が▲0.1%、10年物国債金利の操作目標が「ゼロ%程度」となっています。

「イールドカーブ・コントロール」では、国債買入れ額を固定する従来の方法に比べて、状況に応じた柔軟な対応が可能です。例えば、国債買入れの一単位あたりの金利押し下げ効果は、経済・物価情勢や国債市場の状況等によって異なります。このため、国債買入れの金額を操作目標とする従来の枠組みでは、日本銀行が望ましいと考えるイールドカーブと比べて、金利の押し下げに過不足が生じる可能性がありました。この点、「イールドカーブ・コントロール」では、長期金利の操作目標を明示することによって、目標の実現のために、柔軟かつ効果的に国債の買入れを進めることが可能となり、結果として、政策の持続性も高まるものと考えています。

この点について、しばしば指摘される「国債買入れの限界」について一言考え方を申し上げておきます。これまでのところ、国債の買入れは円滑に行われており、近い将来において問題が生じるとは考えていません。そのうえで申し上げると、仮に、将来いずれかの時点において、買入対象となる国債が品薄となり、国債の需給が逼迫するような状況になった場合、他の条件が一定であれば、一単位の国債買入れによる長期金利押し下げ効果は、より大きなものとなるはずです。すなわち、より少ない金額の国債買入れによって同じ程度の金利低下効果を実現できることになります。マーケットでは、「先行き日本銀行の国債買入れが困難となり、その結果として長期金利がコントロールできなくなる」といった見方もあるようですが、そういった事態は考えられません。このように、「イールドカーブ・コントロール」は、きわめて持続性が高いスキームです。

3.世界経済の好転と日本経済の現状・先行き

(1)景気の現状と先行き

次に、昨年後半以降の世界経済の動向と、そのもとでのわが国の経済・物価の現状および先行きについてご説明します。

金融市場では、昨年の秋頃まで、先行きの世界経済に対する悲観的な見方が支配的でしたが、振り返ってみますと、世界経済は、2016年前半がボトムであったと考えられます。昨年半ば以降、様々な経済指標が改善していますが、特に、先進国・新興国の双方において製造業や貿易面の改善が明確になってきている点が大きな特徴です(図表5)。リーマン・ショック以降の世界経済は、経済成長率との対比でみて貿易量が伸び悩む「スロー・トレード」(slow trade)と呼ばれる状況が続いてきましたが、ここに来て、そうしたトレンドに変化が生じつつあるように窺われます。さらに、米国大統領選挙後は、新政権による積極的な経済政策のもとで成長率が高まるという期待から、特に米国企業のコンフィデンスが大きく回復しています。このように、世界経済の成長のモメンタムは着実に高まってきています(図表6)。

こうした世界経済の好転の中で、わが国経済においても改善の動きがみられています。一つは、輸出・生産の持ち直しが明確になっていることです。輸出については、世界的なIT関連需要の堅調さや新興国の在庫・設備調整の進捗などを背景に、増加品目の裾野は着実に拡がってきており、輸出の増加は徐々に持続力を増してきています。生産についても、内外需要の緩やかな増加に加え、在庫調整が進捗していることもあって、持ち直しています。こうしたもとで、企業収益は改善しており、設備投資は緩やかな増加基調にあります。

もう一つは、個人消費が持ち直していることです。個人消費については、失業率が3%程度まで低下し、賃金も緩やかに増加するなど、雇用・所得環境の着実な改善にもかかわらず、昨年前半には、一部に弱めの動きがみられていました。その背景としては、株価の下落に伴うマイナスの資産効果などがマインド面に影響していたものと思われます。もっとも、このところ、株価の回復などもあって消費者マインドは着実に改善しており、日本銀行が各種の販売・供給統計を合成して作成している消費活動指数は、昨年夏以降、持ち直しています(図表7)。

このように、わが国の景気は、回復の足取りがよりしっかりとしたものになってきています。先行きについても、企業・家計の両部門で所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、潜在成長率を上回る成長を続けるとみています。

(2)物価の現状と先行き

次に、物価面の動向です。先ほど述べたとおり、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、原油価格の下落の影響もあって、2016年中はマイナス圏で推移し、直近では+0.1%となっています。ただし、生鮮食品とエネルギー価格を除くベースの消費者物価の前年比をみると、「量的・質的金融緩和」導入前は▲0.5%程度で推移していましたが、2013年秋にプラスに転じ、現在まで3年以上にわたってプラスで推移しています。こうした状況は、90年代後半に日本経済がデフレに陥って以来、初めてのことです。わが国は、既に「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなっています(図表8)。

もっとも、生鮮食品・エネルギー価格を除いたベースでみても、昨年初以降、プラス幅は縮小しており、足もとでは一進一退の動きとなっています。その背景としては、先ほど申し上げたような個人消費のもたつきを受けて、企業の価格改定の動きが鈍化したことや、昨年中の為替円高が耐久消費財などの価格に影響したことなどが挙げられます。

このように、足もとの物価は、やや勢いを欠いた状況が続いていますが、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムは維持されており、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、先行き2%に向けて上昇率を高めていくとみています。物価上昇率が高まっていくメカニズムとしては、第一に、労働需給の引き締まりにみられるように、マクロ的な需給バランスが改善しており、これが賃金の上昇などを通じて物価上昇率の高まりにつながっていくと考えられます。また、第二に、エネルギー価格が消費者物価に与える影響が押し上げ方向に転じるほか、既往の円高による下押し圧力が徐々に減衰することがあります。第三に、こうしたもとで、日本銀行の2%の「物価安定の目標」の実現に対する強力なコミットメントと相俟って、人々の中長期的な予想物価上昇率が高まっていくこと、が指摘できます。

労働需給の引き締まりは、賃金に上昇圧力をもたらしています。これまでも繰り返し申し上げている通り、日本銀行が目指しているのは、企業収益や賃金の上昇を伴いながら、消費者物価上昇率が緩やかに高まっていく姿です。このところ、雇用・所得環境が着実に改善するもとで、個人消費は持ち直していますが、先行きこうした状況が続けば、企業の価格設定スタンスも再び積極化していくものと見込まれます。

この間、エネルギー価格が消費者物価の前年比に与えるマイナスの影響は、ひと頃は▲1%強に達していましたが、次第に縮小してきており、足許では概ねニュートラルになっています。先行き、原油価格が、先物価格が示すように概ね横ばいで推移していくとすれば、エネルギー価格は、2017年度については、消費者物価の前年比に対して小幅のプラス寄与になるものと見込まれます。もっとも、こうした押し上げは、あくまで一時的であり、2018年度には再び剥落していく性格のものです。日本銀行は、エネルギー価格の上昇に依存する形で2%を実現しようと考えている訳ではありません。2%の「物価安定の目標」を持続的に実現するためには、エネルギー価格の影響も含め、実際の消費者物価の上昇が「適合的な期待形成」を通じて中長期的な予想物価上昇率の上昇をもたらすことなどによって、基調的な物価上昇率が高まっていくことが不可欠です。

4.今後の金融政策運営のスタンス

最後に、今後の金融政策運営のスタンスについてお話しします。

先ほどご説明した通り、「イールドカーブ・コントロール」は、経済・物価・金融情勢を踏まえて、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促すものです。今後の政策運営についても、こうした考え方に沿って判断していくことになります。

この点について、少し敷衍しておきたいと思います。「経済・物価情勢」の判断に当たっては、毎回の「展望レポート」で示しているように、先行きの経済・物価の見通しとリスク要因を考慮していくことになります。また、「金融情勢」の判断に当たっては、金利環境が金融仲介機能に与える影響について考慮します。

以上の枠組みに沿って、現在の状況を整理します。まず、「経済・物価情勢」は、ひと頃に比べて好転していますが、2%の「物価安定の目標」には、なお距離があります。1月末の「展望レポート」で示したように、2%に向けた物価上昇のモメンタムは維持されていますが、なお力強さに欠けています。リスク要因という点では、経済・物価のいずれについても下振れリスクの方が大きく、特に中長期的な予想物価上昇率の動向については注意が必要です。「展望レポート」の物価見通しは、民間の見通しに比べて高めではありますが、それでも、2%に達する時期は「2018年度頃」になるとみています。以上を踏まえると、「経済・物価情勢」という観点からは、現時点において、金融緩和度合いを緩める理由はありません。この点、日本銀行の金融政策は、あくまでも日本経済の状況に応じて、2%の「物価安定の目標」を実現する観点から決定すべきものであり、海外の長期金利の上昇に応じて、日本銀行が長期金利の操作目標を引き上げるということはありません。

次に、「金融情勢」、すなわち、金融仲介機能に対する影響についての判断です。この面からも、現時点において、長短金利の操作目標を引き上げる理由はないと考えています。超長期金利は、昨年9月に比べて上昇しており、保険や年金等の運用環境は、幾分改善しています(図表9)。銀行収益に大きな影響を及ぼす短中期ゾーンの金利は引き続きマイナスとなっており、預貸金利鞘の縮小傾向が続いていますが、銀行は積極的な貸出態度を維持しています(図表10)。銀行貸出は前年比2%台半ばから後半の伸びとなっています。このように、これまでのところ、経済活動を支える金融仲介機能が低下しているということはありません。もとより、低金利が金融仲介機能に与える影響は、時間の経過とともに累積的に現われてくると考えられます。日本銀行としては、今後とも、金融機関とよくコミュニケーションをとりながら、金融仲介機能に与える影響について、しっかりと点検していきます。

以上のように、現在は、経済・物価・金融情勢のいずれの観点からも、2%の「物価安定の目標」の早期実現に向けて、現状のイールドカーブを維持し、世界的な経済情勢の好転を活かしていくべき局面であると考えられます。

なお、この点について、一点付言したいと思います。「金融市場調節方針」は、以上のような考え方に沿って金融政策決定会合で決定されるものです。国債買入れなどのオペ運営は、この「金融市場調節方針」を実現するために実務的に決定されます。毎回の国債買入れの金額などは、金融市場の状況に応じて変化しますが、日々のオペ運営によって、先行きの政策スタンスを示すということはありません。

5.おわりに

日本銀行は、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入して以降、状況の変化に対応して、累次にわたって金融緩和の枠組みの見直しを行ってきました。しかしながら、「2%の『物価安定の目標』をできるだけ早期に実現する」という基本的な考え方には、いささかの変化もありません。「オーバーシュート型コミットメント」と「イールドカーブ・コントロール」の2つの柱からなる「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、わが国における予想物価上昇率の形成メカニズムや、金融緩和の波及経路、金融システムの状況などを踏まえたうえで、現時点で考え得る最善の枠組みであると考えています。日本銀行は、こうした枠組みのもとで最大限の金融緩和効果を実現していく考えです。

ご清聴ありがとうございました。