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【講演】 世界経済とグローバル金融システム ─新たな再生と変容の時代へ─ 国際金融協会春季総会における講演の邦訳

日本銀行総裁 黒田 東彦
2017年5月9日

1.はじめに:グローバル金融危機から10年を経て

本日は国際金融協会(IIF)の春季総会でお話しをする機会を頂き、誠に有難うございます。

今年はグローバル金融危機の発火点となった2008年のリーマンショックから9年、その前触れともいうべきサブプライムローンの証券化商品を巡る2007年の市場の混乱から数えると10年という節目に当たります。長い時間が経過したというのが私の偽らざる実感ですが、今回の金融危機以降、国際社会は金融システムの再生に向けて様々な取り組みを進めてきました。その成果もあって、世界の金融システムは危機前に比べると、格段に安定性を増すに至っています。

金融危機後の国際金融システム改革はバーゼル3の策定をはじめ、OTCデリバティブ市場の改革や中央清算機関(CCP)のリスク管理の強化、金融機関の破綻処理プロセスの改善など、かつてなく多岐に亘る内容を含んでいますが、なかでも銀行を対象とするバーゼル3は自己資本と流動性の両面において、それまでの規制体系に大きな変更を迫るものとなりました。足かけ7年超に及ぶ検討期間を経て、我々はその最終合意に近いところまで来ています。利害が対立する要素も少なからず含んでいたと思われる複雑なバーゼル3が合意間近まで漕ぎ着けたという事実は、1930年代の世界恐慌以来とも言われた今回のグローバル金融危機を経験した世界の金融機関と金融当局が、危機の再発防止に向けた強い意志を共有して作業に当たったことの証左であり、国際金融協力の歴史の上でも特筆すべきことであると思います。

言うまでもないことですが、金融規制は金融安定を実現するための手段であり、その金融の安定は経済の持続的成長を支える基本的条件となるべきものです。今回の危機を受けて合意された国際的なプルーデンス規制の中には、流動性カバレッジ比率やカウンターシクリカル資本バッファーなど、既に導入されているものもありますが、レバレッジ比率や総損失吸収力(TLAC)、安定調達比率(NSFR)など、今後、段階的に実施されていくものも少なくありません。

全体として大きなパッケージをなすこれらの規制が所期の効果を発揮するよう、国際的に合意された規制は着実に実施される必要がありますが、一方で規制へのコンプライアンスが金科玉条の如く自己目的化すると、ときに金融仲介機能に対して予期せぬ結果を及ぼすことにならないとも限りません。ギリシャ神話の故智に倣えば、金融規制は「プロクラステスの寝台(Procrustean bed)」1であってはならず、当局と金融機関は一連の規制がマクロ経済や金融市場などに及ぼす影響について、今後、幅広い視点から予断をもたずにしっかりとモニターしていく必要があります。

  1. プロクラステスは古代ギリシャ時代の盗賊。旅人を自分の家の寝台に縛り付け、寝台の長さに合うように旅人の足を切ったり引き伸ばしたりした。one-size-fits-allのリスクを寓喩したもの。

2.最近の世界経済:調整局面からの転換と潜在する脆弱性

世界経済の復調とペシミズムの後退

このように国際金融システムが全体として安定性を高める中で、昨年後半以降、世界経済の足取りもしっかりしたものになりつつあります。IMFは先月発表した世界経済見通し(WEO)で今年の世界経済の成長率を3.5%と予測していますが、先進国は日・米・欧ともに内需の堅調が見込まれているほか、中国経済も6%台半ばの成長ペースを維持する見通しにあります。また、主要国経済の回復とコモディティ価格の持ち直しを背景に途上国や資源国でも成長のモメンタムが上向きつつあり、「長期停滞論(secular stagnation)」や「低成長の罠(low growth trap)」といった言説に彩られてきたグローバル金融危機以降のペシミズムは、明らかに後退してきています。

こうした変化には、米国の新政権の経済政策運営に対する期待感が影響してきた部分もあると思いますが、よりファンダメンタルには、グローバル金融危機の発生から10年近くが経過する中、主要国の政策対応にも支えられながら、世界経済が調整局面を脱する自律的なモメンタムを獲得しつつあるということではないでしょうか。

振り返ってみると、この数年間、世界経済はとりわけ企業の設備投資が低調で、「経営者はアニマル・スピリットを失った」とも指摘されてきました。設備投資の落ち込みにグローバル金融危機という大規模な負の需要ショックが影響したことは言うまでもありませんが、他方で、こうしたショックを起点として拡がったペシミズムが自己実現的な形で経済の自律回復を遅らせる一因になってきたことも、また否定できないように思われます。「認識が現実を作り出す(Perception creates reality)」というのは認知心理学の有名なテーゼですが、負の需要ショックというネガティブな要因が過度に意識されることで設備投資や新規雇用が抑制され、それによって潜在成長率の低下がもたらされたのだとすれば、これはマクロ経済学で言う「ヒステレシス(履歴)現象」の一つの姿と考えられなくもありません。

幸い各種の指標でみた企業や消費者のマインドは世界的に改善方向にあり、ペシミズムの連鎖とも言うべき状況はほぼ解消されています。また、米国の新政権発足を機に、景気浮揚に向けたポリシーミックスのあり方や経済政策の新たな形を巡る議論が国際的にも活発化しており、こうしたことが企業や家計のセンチメントにも何がしかポジティブな影響を与えているとすれば、そのこと自体には率直に評価してよい面もあるのではないかと思います。

国際金融システムの留意点:オフショア・ドルの円環性

ただ、改善傾向にある世界経済ですが、依然として看過できない脆弱性を抱えていることも事実で、そうした問題の一つに、国際決済銀行(BIS)などがたびたび警鐘を鳴らしてきた新興国のドル建て債務の問題があります。グローバル金融危機以降の世界的な金融緩和環境の下、新興国は企業を中心にドル建て債務を積み上げてきましたが、米国が金利政策の正常化に着手しつつある中、我々は金利負担の増大と為替レートの減価という2つの側面から、新興国のdebt dynamicsに注意を払っておく必要があります。

新興国のドル建て債務で思い出されるのは、1980年代前半の世界経済を揺るがせた南米の累積債務危機ですが、実はIIFはこの南米の債務問題に対処するために設立されたという経緯があります。1970年代に急増した産油国の余剰ドル資金は、欧米の金融機関を経由する形で南米諸国にリサイクルされましたが、1981年に発足したレーガン政権下での米国の金融引き締めとドル高を契機に、南米諸国の債務負担が急速に悪化し、これが対外的な支払い危機へと繋がりました。

1990年代のアジア通貨・銀行危機の経験なども踏まえ、現在では多くの新興国が変動相場制を採用し、銀行のリスク管理や外貨準備などの防御策も強化されているため、新興国の危機耐性は全体としては高まっていると考えられます。しかし、国際資本移動の規模が格段に増加し、地政学リスクなども複雑化している中、新興国企業のドル債務や通貨ミスマッチの問題は、引き続き注意が怠れない論点であろうと思います。

なお、若干付言しますと、こうした通貨ミスマッチの問題は主要国の金融機関にとっても、他人事ではない重要なテーマとなっています。例えばこの数年間、国際業務の拡大を進めてきた日本の金融機関はドル資金の安定調達に腐心してきましたが、そうした中でも為替スワップを通じたドル調達への依存度は、引き続き相応の水準にあります。市場構造などの詳細が十分に把握し難かったこともあって、「国際金融市場のブラックボックス」と呼ばれてきた為替スワップ市場ですが2、米国の金利上昇は為替スワップのドル調達コストを高める要因となるほか、自国通貨の買い支えを企図した新興国が為替スワップ市場でのドル準備資金の運用を抑制すれば、各国の金融機関にとってはアベイラビリティの面からもドルの調達環境はタイト化することになります3

ドル建て債務の返済という新興国企業の問題と、ドル資金の円滑な調達という各国金融機関の問題は、ドルという別格の基軸通貨がもつ円環性・再帰性(circularity/recursivity)をコインの両面から見たものとも言えますが、オフショア市場におけるドル需給の変動の大きさに鑑みるとき、「ドルは我々の通貨だが、あなた方の問題だ(The dollar is our currency but your problem)」と語った、かつての米国の財務長官の警句4が思い出されるところです。

  1. 2もっとも、最近は各国の外為市場委員会などの作業により、為替スワップ市場に関するデータの蓄積が進んでいる。
  2. 3この点については、中曽宏(2017)、「金融政策分岐と国際金融システムの安定性─安全資産需給の視点から─」が詳しい。
  3. 4コナリー米財務長官の発言(1971年)とされる。

3.金融機関を取り巻く状況:収益性とデジタル・イノベーション

金融機関の収益性

それではこうした状況の下で、主要国の金融機関を取り巻く環境はどのように変化しているのでしょうか。グローバル金融危機の影響を強く受けた欧米の金融機関は、この数年間、バランスシートの大幅な縮減や再構築を余儀なくされてきましたが、各国の金融機関が取り組むべき課題はこうした危機の後始末のみに限られるものではありません。もともと先進国の多くは潜在成長率の低迷や人口動態の変化、さらに最近では気候変動リスクの高まりといった長期・構造的な問題に直面しており、これらも金融機関のビジネスモデルに対して、戦略的な見直しを迫る要因となっています。

この点で日本の状況を一言しますと、邦銀はグローバル金融危機の直接的な影響が限られていたこともあり、これまでのところ欧米の銀行に比べると、ビジネスモデルの変化はマイルドなものに止まってきました。しかし、既に四半世紀の長きに及ぶ低金利環境と加速する少子高齢化の重圧は、国内における貸出利鞘の圧縮と預貸率の低下という二重の圧力となって、邦銀の基礎的収益力を下押しつつあります。このため、邦銀はこの数年、海外業務の拡大や外債・投資信託などリスク性資産へのアロケーション・シフト、非金利収入源の多角化など、収益力の底上げを企図した様々な取り組みに注力しています。

金融機関のビジネスモデルは多種多様であり、もとより収益改善に向けた単一の特効薬がある訳ではありません。大規模な資本市場を有する米国でインベストメント・バンキングが発達し、企業や家計の銀行依存度が高い欧州でユニバーサル・バンキングやバンカシュアランス5などが伝統的に選好されてきたことは、それぞれ合理的な理由の裏付けがあってのものです。ただ、国や地域による程度の差はあるものの、金融機関が収益力を持続的に高めていくうえでのハードル - 低金利の長期化、規制コストの上昇、競争環境の激化など - が高まっている中、環境変化に対する柔軟性を備えつつ、堅固な財務基盤に裏付けられた前向きなリスクテイクを可能とするビジネスモデルを如何にして構築するかという問題が、各国の金融機関にとって共通のチャレンジになっていることは間違いありません。

なお、収益力の強化は金融機関が自己資本を内生的に蓄積するための基盤ともなるだけに、当局としても金融機関の収益性の問題には、金融システムの頑健性という観点から強い関心を抱いています。同時に、収益力の向上を図る金融機関が過大なリスクテイクに傾斜するという、過熱方向のルートから金融システムの安定性が損なわれる可能性についても、金融機関のリスク管理体制の点検を通じた綿密なモニタリングが必要であると考えています。

  1. 5銀行が保険商品の開発や販売を行うビジネスモデル。1990年代以降、生命保険関連を中心に欧州(特にフランス、イタリア、スペインなど)で普及したが、最近はそのシナジー効果に対する疑問などから、見直しの機運も一部で浮上している。

FinTech:新たなITイノベーションの拡がり

こうした中、このところ世界的に台頭が著しいFinTechの動きは、金融機関が低収益の桎梏を乗り越え、新たなビジネス・フロンティアを切り拓くenablerとしての可能性を秘めたものとして注目されます。

現在の世界経済は、第4次産業革命やIoT(Internet of Things)といった言葉に象徴されるように、デジタル通信技術の躍進を背景に、情報やサービスを広範かつ瞬時に連結させるconnected businessが進展し、これが新たな収益機会を生み出す原動力になっています。各国で拡がりを見せるシェアリング・エコノミーはそうした一例ですが、FinTechも広い意味において同様の流れの中に位置付けることができるでしょう。

こうした状況の下では、イノベーションも従来のように個々のプロダクトに力点を置いたものより、サービスの提供に係る一連のプロセスやディストリビューション・チャネルを刷新する方向へと、軸足を移していくことが予想されます。こうした変化に対応する中で、顧客の行動特性を精緻に把握する(customer analytics)ことができれば、企業は個々の顧客の属性や選好に応じたサービスを肌理細かく、かつスピーディーに提供することが可能となります。

「サービスのパーソナライゼーション(personalization6」と呼ばれるこうした現象は、既に医療や創薬の世界では急速に進みつつありますが7、今後はFinTechを梃子にリテールの決済や送金、融資はもとより、トランザクション・バンキング8や富裕層の資産管理ビジネスなど、相対的に資本費消度が小さいとされる領域でも、同様の動きに弾みがつく可能性があります。ちなみに、医療と金融はともに厳格な公的規制に服しているという共通点がありますが、その両者が「サービスのパーソナライゼーション」という点でイノベーションの一つの方向感を共有しつつあるのは、なかなか興味深いことです。

また、収益力の向上を命題とする金融機関にとっては、経費効率の改善も避けて通れない課題ですが、ここでもFinTechが貢献できる余地は少なくありません。例えば、オンライン・バンキングが普及し、支店網の密度が総じて低いとされる北欧では、金融機関のROEが他国よりも有意に高いことが知られています。また、グローバル金融危機以降、金融機関にとっては各種の規制に係るコンプライアンス・コストが増大していますが、最近はこの分野でもIT技術の導入が試行されつつあり、これらはFinTechに倣ってRegTechと呼ばれています。RegTechの活用はまだ緒に就いたばかりですが、IIFがこの問題に関する報告書9をいち早く公表していることは、先見の明に富むものだと思います。

  1. 6「個別仕様化」などと訳されるが、提供されるサービスがよりミクロな次元で差別化されたものと解釈することができる。
  2. 7身近な例ではウエアラブル端末を活用した被検者の体調観察などを、より高次の医療分野では個人のDNA情報を勘案した遺伝子療法などを挙げることができる。
  3. 8キャッシュ・マネジメントや貿易金融、サプライチェーン・ファイナンスなど。
  4. 9IIF(2016),“RegTech in Financial Services: Technology Solutions for Compliance and Reporting”

金融機関の安全志向とイノベーション

もっとも、“too complex to succeed”と揶揄されたグローバル金融危機以前の状況に対する反省から、識者の中には「銀行はイノベーションから距離を置き、預金と貸出というシンプルな業務構造に戻るべき」という議論を唱える向きもあります。実際、例えば危機後の欧州などでは、貸出と資金調達の両面でリテール回帰とも言うべき現象が見られており、金融機関サイドに基本への立ち返りや安全志向の高まりが観察されることは事実でしょう。しかし、「銀行はイノベーションとは縁遠い平凡な存在でよい」という見方は、私には金融のもつ豊かなポテンシャル、例えば高度な情報集積力を無視した極端な意見のように思えてなりません。

仮に銀行が先端的なイノベーションから距離を置けば、銀行のビジネスモデルが影響を受ける可能性もあります。例えば、FinTechによってリテール預金の移動性が高まれば、相対的に粘着性が高いとされてきた預金に資金調達を依存してきた銀行の金融仲介行動にも、変化が及ぶことは避けられないでしょう。既に米・英ではFinTech企業に銀行免許や中銀システムへのアクセス権を付与することの是非が議論されていますが、こうした状況は、銀行とFinTech企業の間に新たな協業と競争の地平が拓かれつつあることを示しています。

かつて米国の経済学者ボーモルは「ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を演奏するのに必要な人数は、19世紀も今も4人のままだ」と述べて、「労働集約的なサービス産業では生産性の向上は期待し難い」という「ボーモル効果」を唱えました。しかし、交通や物流はもとより、教育やコミュニケーション、医療や介護といった幅広い分野で人工知能(AI)やロボティクスが多用されている現在、ボーモル的な見方はもはや過去のものとなりつつあります。

FinTechには利用者保護やセキュリティの観点などから検討を要する問題も残されていますが、金融機関にとっては自らの比較優位に応じたイノベーションをテストする、いわば「実験室」としての価値があることも一面の真理ではないでしょうか。「石器時代が終焉を迎えたのは、石が足りなくなったからではない」という事実は、我々に現状安住のリスクを戒めるものとして思い起こされるところです。

4.おわりに:グローバル化の変容と多国間協力

以上、世界経済や金融機関を巡る最近の状況についてお話してきましたが、最後にこのところ各方面で議論が喧しいグローバル化の功罪について、数年前までアジア開発銀行(ADB)という国際機関に身を置いた私自身の体験も踏まえつつ、若干思うところを申し上げてみたいと思います。

多極化する世界と不確実性の増大

この数年間、国際社会では「経済のグローバル化が所得格差を悪化させた」といった類いの、反グローバリズムの思潮が勢いを増してきました。しかし、中国や東アジア諸国の例を持ち出すまでもなく、経済のグローバル化によって世界の貧困状態が改善されつつあることは紛れもない事実ですし、最近ではモバイル・バンキングなどの普及により、途上国でも金融サービスに対するアクセスが大きく改善していることは周知のとおりです。こうした中、現在、反グローバリズムはむしろ先進国において先鋭化しているという皮肉な事態が生じていますが、グローバル化に背を向けた内向き志向の動きに明るい未来があるとは考えられません。

各国の経済は国境を越えたバリューチェーンの構築などを通じて相互連関を強めてきましたし、サイバー空間を舞台とするデジタル・イノベーションも、外部に開かれたオープンな位相を特徴としています。グローバルな相互依存関係から目を逸らすリングフェンス(閉域)的な発想は、リアル、バーチャルのいずれの点からみても、21世紀の現実とは相容れないものでしょう。

反グローバル化の動きに示されるように、現在の世界は価値観が多極化し、それに伴って政治や経済を取り巻く不確実性も著しく増大しています。適度なストレスが健康維持にとって欠かせないのと同様、不確実性には我々の行き過ぎた楽観論や慢心を牽制する一種のブレーキとしての役割があることは事実です。しかし、それもあくまで程度問題であり、昨今の金融市場のように「唯一確実なことは不確実であるということだけだ(The only certainty is uncertainty)」という声が満ち溢れている状況下では、経済主体の意思決定が一段と難しさを増しているであろうことは、想像に難くありません。

多国間協力の重要性

このように多極化と不確実性の増大が相乗的に作用する中、国際的な資本移動という現実を前にグローバルな金融システムの安定性を維持するためには、各国が自国の利害を超えた広い視野に立って協力・協調を行うことが必要です。このことは、いわゆる「金融のトリレンマ」10と呼ばれる問題を多国間協力によって幾許かでも軽減することを意味していますが、そのためにはIMFや国際開発金融機関(MDBs)、G20といった制度的な枠組みが円滑に機能することが前提となります。今回の国際金融規制の見直しもG20や金融安定理事会(FSB)、そしてIIFなどの場を通じた各国関係者の相互信頼の構築なくしては、実現に漕ぎ着けることは難しかったのではないでしょうか。

1980年代の前半に設立されてから今日までの間、IIFのメンバーシップは10倍以上に拡大し、その国籍も70か国超に及んでいますが、このことは金融機関がグローバル化の促進役であると同時に、その受益者でもあったことを示すものです。2008年に経験した未曾有の金融危機を踏まえ、主要国の中央銀行は多角的なスワップ網の共同構築などを通じて、金融機関が外貨流動性危機に直面した場合のディフェンスを強化してきました。こうしたセーフティネットの整備も、金融機関のオペレーションがクロスボーダーな次元で拡大・深化しているという現実を考慮したものであることは、改めて申すまでもありません。

過去30年の間、世界経済はグローバル化という強い収斂力を伴った奔流の中にありました。しかし、あらゆる潮流に変曲点(inflection point)があるように、多極化や分極化といった動きが進む現在、グローバル化も様々な意味で転機を迎えている可能性があります。私としては、国際金融界を代表してこの場にお集まりの皆様が、今後のグローバル経済の針路に示唆を与えるinspiratorとしての役割も果たされることを期待しつつ、結びの言葉とさせて頂く次第です。

ご清聴、有難うございました。

  1. 10金融の安定、金融の国際統合(自由な資本移動)、国家単位で完結する金融関連政策、の三者を同時に追求することの不可能性を指摘したもの。詳細はD. Schoenmaker(2011), “The Financial Trilemma,”Economic letters, 111, 57-59を参照。