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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策岐阜県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行政策委員会審議委員 原田 泰
2017年6月1日

はじめに

おはようございます。日本銀行の原田です。

本日はお忙しい中、岐阜県を代表する皆様にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。皆様の前でお話しできるのを大変光栄に思います。また、皆様には、日頃から私どもの名古屋支店をはじめ、日本銀行各部署の業務運営に多大なご協力を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

日本銀行は2%のインフレ目標達成を目指して2013年4月から量的・質的金融緩和政策を行い、さらにマイナス金利、イールドカーブコントロール政策などと様々な政策を導入しています。

その結果、経済は好転しています。内閣府の景気基準日付によれば、景気の改善は、2012年11月の景気の谷以来、この6月まで連続55か月続いています。また、日本銀行は、2017年4月には、景気判断を一歩進め、「緩やかな拡大に転じつつある」としています。景気が良くなっていると言っても実感がないとおっしゃる方がおられるのは分かりますが、雇用を見ても改善しているのは確かです。

本日は、日本銀行が行っている金融政策について説明し、それがどのような成果を上げているのか、また、巷間言われている大胆な金融政策の危険と言われている議論をどう考えたらよいのかについてお話ししたいと思います。

1.金融緩和の手段

2013年になってから、日本銀行がどのような金融政策を行ってきたかを表1で整理しています。

このような政策を行った結果、金融関連の指標がどのように動いたかを、2つのグラフで見てみたいと思います。図1に見ますように、日本銀行が直接コントロールできるマネーであるマネタリーベースと日銀当座預金残高の量は2013年4月から急激に増加し、それに応じて、マネーストックも貸出も伸びています1

次に、図2に見ますように名目金利の低下と予想物価上昇率の上昇によって実質金利(名目金利-予想物価上昇率)は大きく低下しています。

実質金利が低下したことで、投資が刺激され、株価が上がり、為替が減価しました。株価の上昇は、さらに投資を引き上げ、豊かになった家計は消費支出を拡大します。つまり、これらのチャネルを通じて実体経済が好転しているのです。

しかし、残念ながら、このような金融政策は危険という声があります。すなわち、いくら金融緩和をしても何も起きないのだが、ある時急にハイパーインフレになる、金利が暴騰する、円が暴落する、などという議論があります。また、低金利が銀行経営を圧迫し、かえって銀行の金融仲介機能を阻害し、金融緩和効果を阻害する、または利益減少に直面した銀行がかえって過大なリスクを取ることになって、金融システムの安定を脅かすことになるという議論があります。しかし、そもそも、何か行動を起こせば、必ずリスクはあるものです。リスクがあるとしても何か行動を起こすのは、それによって何らかの成果が得られるからです。そして、成果はありました。リスクについては、後に詳しく検討するとして、まず成果を見てみましょう。

  1. 2013年4月の量的・質的金融緩和政策開始の前後約4年間(2009年3月~2013年3月と2013年3月~2017年4月の比較)で、量的・質的金融緩和以前はマネーストック、貸出はそれぞれ年率で+2.8%とマイナス0.3%だったが、以後は+3.7%と+2.5%だった。塩路悦朗「第2章 ゼロ金利下における日本の信用創造」『現代経済学の潮流2016』(東洋経済新報社、2016年)は、量的・質的金融緩和のマネーストックや貸出の増加に対する数量的効果は小さいが確かにあったとしている。

2.大胆な金融緩和政策の成果

図3は雇用と失業率の動きを示したものです。雇用のうち、増えるのは非正規ばかりだと言われていましたが、2017年から、パート雇用比率(パート雇用者数/全雇用者数)が頭打ちになっています2

また、失業率が大きく低下しました。図に見るように、1990年代の末には失業率が5%となり、2000年代になると日本の構造失業率は3%台半ばだと言われるようになりました3。日本の構造失業率3.5%という数字は、失業率をそれからさらに下げるような金融政策を行ったら、インフレになる、バブルになるなどのことが起きるから、そのようなことをしてはいけないという文脈で一部には理解されていました4。ところが、今や失業率は2.8%です。インフレにもなっていませんし、バブルも起こっていません。構造失業率が3%台半ばだという議論は、構造失業率を下回ったところでインフレになると理解したら、誤りだったということです5

量的・質的金融緩和は2013年4月からはじめた訳ですが、もっと前からはじめていたら、日本の失業率はずっと3%以下を維持できたに違いありません。1990年代半ばから2012年までの失業率の平均はおおよそ4%台半ばですから、2%弱の差があったということになります。すなわち、労働者の2%弱が職を得ることができなかったのですから、GDPのレベルは平均的に2%弱低かったということです。GDPの低下幅は、さらに大きかった可能性があります。と言いますのは、失業率の1%の上昇は、GDPを1%以上、引き下げるからです。なぜなら、不況になって生産が減少すると、企業は生産の減少ほどには雇用を減らさず、維持しようとするからです。また、不況になると就業意欲が低下して、求職する人が減って、失業者が減少し、雇用が減ったほどには失業率が高まらないからです6

しかも、この間の雇用情勢の悪化は、後の長期に亘る停滞をもたらした可能性があります。前掲図3にあるように、失業率の上昇は若年層において顕著でした。新卒時に良好な職を得られないと十分な職業訓練を得ることができず、人的資本が低下して、その後の成長率を低めてしまう可能性があります7

こう考えると、緩和的な金融政策によって、過去の過ちを正すことができるかもしれません。労働需給が逼迫すれば、職を得ていなかった人が職を得られるとともに、不本意に非正規の職に就いていた人々も正規の職に就くことができ、そこで十分な職業訓練や機会を与えられて、労働の質が高まり、生産性が上昇する可能性があります。つまり、労働需給の逼迫状態を長期に続けることによって、労働参加率が高まり、人的資本への投資が活発になり、生産性が上昇し、実質GDPの成長率も加速する可能性があるということです8

特に日本の場合、就職氷河期に就職した若者たちの問題があります。就職氷河期がいつかということについては、確たる共通認識がある訳ではありませんが、1990年代央から2000年代央9、それに加えて、リーマンショック後の数年間をいう場合もあるようです。この時代は不況で、新卒の若者の就職状況が悪化しており、正規社員になれず、やむなくアルバイトや派遣などの非正規になった人が多いのです。

この人々が正規社員になれれば賃金も生産性も社会保険料を含めた税収も上がるでしょう。本人のみならず、日本全体にとって望ましいことです。

もちろん、金融緩和で労働需給の逼迫状態を続けるべきという高圧経済論を信じすぎれば、インフレの兆候があるのに引締めが遅れ、許容できない高いインフレを招いてしまうかもしれません。私は、高圧経済論が正しいのではないかと思っていますが、実際の金融政策運営においては、2%のインフレ目標を優先して、さらなる雇用の改善や成長率の高まりは、できたら望ましいもの程度に考えて行うべきものと考えています。

加えて、財政状況も改善しています。図4は、一般政府の財政収支を名目GDPで割ったものです。図に見るように、2008年のリーマンショック後、財政収支赤字はGDPの8%と大きく悪化しましたが、その後横ばいとなり、2013年以降、6%ポイントも改善して対GDP比2%程度となっています。これはもちろん2014年の消費税増税のおかげもありますが、その改善分は8兆円10でGDPの1.5%に過ぎませんから、残りの4.5%の改善は量的・質的金融緩和を含む経済政策などで景気が拡大していることによります。

また、政府債務残高の対名目GDPを見ると、図に見るように、2014年以降、頭打ち、低下となっています。財政状況の改善も、かなりの部分は量的・質的金融緩和を含む経済対策により、経済状況が改善したことのおかげです。

以上、述べましたように、大胆な金融緩和政策は、素晴らしい成果を上げています。

  1. 2総務省「労働力調査」による非正規比率は2014年以降頭打ちとなっている。
  2. 3厚生労働省「労働経済の分析 2015年版」、内閣府「経済財政白書 2015年」、日本銀行「経済・物価情勢の展望」などは、UV分析という手法によって構造失業率が3%台前半から半ば程度だと試算していた。
  3. 4野口旭・白井さゆり「ヘリコプターマネーの正体 激突対談」『週刊エコノミスト』(2016年8月2日)において白井は「日本は需要不足ではない。失業率や資本稼働率を見ればスラック(余剰資源)はほぼない」と発言している。
  4. 5例えば、早川英男「金融政策の『誤解』 “壮大な実験”の成果と限界」(慶應義塾大学出版会、2016年)は、「実際、賃金上昇率はまだ低いが、失業率が3.5%に達したころから徐々に伸びを高めている。これは、構造失業率≒自然失業率≒3.5%という関係がおおむね成り立っていることを示唆する」と書いている。
  5. 6失業率が1%変化すると実質GDP成長率が何%変化するかという係数はオークン係数と呼ばれ、日本では3程度とされている(原田泰『日本を救ったリフレ派経済学』117-118頁、日本経済新聞出版社、2014年)。
  6. 7中野章洋・加藤涼「「長期停滞」論を巡る最近の議論:「履歴効果」を中心に」日銀レビュー 2017-J2、2017年3月。
  7. 8Yellen, Janet L., "Macroeconomic Research After the Crisis," at "The Elusive 'Great' Recovery: Causes and Implications for Future Business Cycle Dynamics," 60th annual economic conference sponsored by the Federal reserve Bank of Boston, Boston, Massachusetts, October 14, 2016.
  8. 9玄田有史(主査)ほか「就職氷河期世代の経済・社会への影響と対策に関する研究委員会報告書」(連合総合生活開発研究所、2016年10月)。
  9. 10財務省「日本の財政関係資料(平成29年4月)」、22ページ。

3.量的・質的金融緩和政策の危険とは何か

量的・質的金融緩和政策が成果を上げていることは確かなので、さすがに、金融政策に対する批判は、今は起きていないが、将来大変まずいことが起こるかもしれないから危険だという議論になってきました。私は、このような議論を岩石理論と呼んでいます。岩石理論とは、図5にありますように、坂に大きな岩があって道を邪魔している。しかし、岩を動かそうとすると、なかなか動かないのだが、いったん転がりだしたら止まらない。だから、岩を取り除かない方がよいのだという議論です。

金融政策に話を戻すと、いくら金融緩和をしても何も起きないのだが、ある時急にハイパーインフレになる、金利が暴騰する、円が暴落するから金融緩和はしない方がよいという議論です。私は、岩石論者が主張するような危険は生じないと考えています11

岩石論者による批判は、現在、金融緩和の出口の危険岩石理論に収斂してきたように思えます。これは、ハイパーインフレも円の暴落も起こりそうになく、批判しても世間に受けないと岩石論者が考え出したからだと私は思います。

出口とは、金融緩和の結果、物価上昇率2%の達成が見えるようになるので、金融緩和を止めて金利を引き上げ、マネタリーベースを縮小するということです。考えてみますと、出口の危険岩石理論とは、金融緩和の結果、物価が上がり、金融を引き締めなければならない状況になるということを前提としています。ですから、いくら金融緩和をしても何も起きないという議論ではないわけで、量的・質的金融緩和政策の成果を認めた議論です。私としては、成果を認めていただけただけ、歓迎すべき議論だと思います。

出口では金利を上げなければなりませんが、その方法として、現在日本銀行が行っているマイナス金利政策を取りやめて、超過準備に対する付利を引き上げる、または、日銀保有の国債を売却する、の2つの方法が考えられます。出口政策について、現時点で決まっていることは何もありませんが、この場の議論としては、付利の引き上げで考えたほうが分かりやすいと思いますので、これで説明いたします。出口の危険岩石論者によりますと、日本銀行が付利を引き上げていっても、過去、日銀が購入した国債の金利は低いままですから、日銀の収益が大変な赤字になるというのです。確かに、高い金利を払いながら、低い金利を受け取るのですから、赤字になる可能性があります。この結果、日銀の収益が赤字になれば、通貨の信認が失われ、ハイパーインフレ、円の暴落、金利の高騰が起きるというのです。

しかし、よく考えてみてください。そもそも、中央銀行の損益が赤字かどうかを気にしてお札を使う人がいるでしょうか。また、中央銀行は、市中の国債を購入する代わりにお金、マネタリーベースを供給しています。今は長期国債でも利回りは0%近傍ですが、1990年代の中ごろまでは3%でした。実質経済成長率が高く物価も少しは上がっていたからです。物価が上がればいずれ金利も上がります。ということは、より高い利回りの国債を買えることになります。もちろん、そうなるまで、低い金利の国債を持ちつつ、景気の過熱を抑えるために銀行に対して高い金利を支払わなければならないという局面があります。しかし、最終的には、ほとんどコストのかからない当座預金と現金とで高い金利を得られる国債を買うのですから、中央銀行は長期的にはかならず利益を得られます。日銀が長期的に損失を負うことによる危険など存在しません12

量的・質的金融緩和への批判として、銀行経営に与えるマイナスの影響を強調する見方もあります。大胆な金融緩和政策の結果、実質金利も名目金利も低下しました。低金利が長期の景気回復を支えているのですが、それに対して、低金利は銀行の経営を困難にして、かえって金融緩和の効果を妨げるという議論があります。確かに、銀行は預金金利と貸出金利の差で利益を得ているのですが、預金金利をマイナスにすることは難しいので、貸出金利がゼロに近づけば、利鞘は減ってしまいます。しかし、金利の低下は日本銀行の政策の故ばかりではありません。まず、実質金利の低下は日本経済の長期的成長力の低下、および資金需給の構造変化によるものです。資金需給の構造変化とは、企業が貯蓄超過主体になってお金を借りなくなってきたからです。名目金利の低下は、物価が低下してきたからです。物価が上昇すれば、やがて名目金利が上がります13。したがって、金利を上げるためにも、大胆な金融緩和を続けて、2%の物価目標を達成することが必要になります。

また、景気が良くなれば、お金を返すことができなくなる人も減って、お金を借りたい人も増え、貸出金利を引き上げることもできるようになります。

  1. 11原田泰・片岡剛士・吉松崇編『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』中央経済社、2017年。
  2. 12吉松崇「第9章 中央銀行の出口の危険とは何か」原田泰・片岡剛士・吉松崇前掲書。
  3. 13金融政策と金融環境の構造変化と金利の関係については原田泰「なぜ日本の金利は低いのか」『景気とサイクル』第62号、2016年11月、参照。

4.物価目標はなぜ達成できていないのか

以上述べましたように、金融緩和政策は効果を上げ、その危険と言われているものもほとんど意味のないものです。ここで、唯一一進一退の成果しか上げていないのが物価です。

まず、物価の動きを見て、次に、なぜ2%の物価目標を達成できていないのかについて考えたいと思います。

図6には、消費者物価の対前年同期比を見たものです。確かに、2%の物価目標の達成は道遠しの感があります。ただし、ここで消費者物価の基調をとらえるためには、除く生鮮・エネルギーの消費者物価上昇率で見る必要があります。エネルギー価格を含む除く生鮮の指数では、石油価格の一時的な変動の影響を受けてしまうからです。この指標で見て重要なことは、1990年代央以降、基調としてマイナスであった、除く生鮮・エネルギーの消費者物価上昇率が量的・質的金融緩和の導入以後、継続的にプラス基調の領域に転換したことです14

次に物価の動きを細かく見ていきましょう。まず、2013年4月の量的・質的金融緩和の導入直後、除く生鮮・エネルギーの消費者物価上昇率はマイナス0.5%程度から1%程度にまで上昇しました。その後、2014年4月の消費増税で上昇のモメンタムを失った後にも、量的・質的金融緩和の拡大でまた上昇に向かいました。しかし、2016年以降、再び低下してしまいました。ですが、後述するように、今後失業率の低下等とともにこれが再び上向くことが期待できると私は考えています。

確かに、2%の消費者物価目標は達成できていません。また、景気が良くなっていると言っても所得の上昇はごくわずかで、実感がないというご意見も多いかと思います。日本銀行も、ただ物価が上がることがよいと思っている訳ではなく、経済が良くなった結果、物価が上がると考えています。つまり、デフレは経済を停滞させる悪いものだから、デフレから脱却して2%物価上昇率を達成すれば、経済も良くなると考えて政策を行っている訳です。

そこで、経済の回復がそれほどでもなかったのはなぜか。2%物価目標を達成できなかったのはなぜかについて考えてみたいと思います。この理由として、日本銀行は予想物価上昇率の低下の影響が大きく、その低下は、1)(1)原油価格の下落、(2)消費税率引き上げ後の需要の弱さ、(3)新興国経済の減速とそのもとでの国際金融市場の不安定な動きが発生し、実際の物価上昇率が低下したこと、2)その中でも、もともと適合的な期待形成の要素が強い予想物価上昇率が横ばいから弱含みに転じたことが大きいと分析していますが15、その中で、消費税増税と世界経済の停滞について私の考えを説明させていただきます。

図7は、消費税増税前後の実質消費の動きを示したものですが、消費税増税後、消費は日本銀行の作成している消費活動指数で見て2年以上にわたって停滞し、現在やっと回復の兆しが見られるという状況です。5%から8%への消費税の増税は消費者物価を2%引き上げる効果があります。すると、駆け込み消費とその反動を除くと、実質消費は2%低下して、それ以前のトレンドで成長していくはずと考えられます。図に、そのようなトレンドを書き込んでありますが、実際の消費の伸びはそのトレンド以下に大きく低下してしまい、特に2015年末から大きく落ち込んでしまいました。しかも、その間、雇用は一貫して改善していましたので、賃金の増加はそれほどでもないですが、賃金×雇用の雇用者所得(実質)は、消費税増税の影響を除くと、一貫して増加していました。そこで、実質所得が増加しているのに消費が増えないという状況が続いていました。

なぜ、消費が伸びないのでしょうか。消費税の8%への引き上げとその後のさらに10%への引き上げがセットで予定されていましたので、人々はもう10%までの5%分の引き上げに対応したのだという説もあります16。そうすると3.5%分実質消費が減ってもおかしくありません。しかし、そう考えたトレンドを引いても、2015年末以降の消費はさらに低迷しています。さらに、人々は、すでに10%の消費税に対応しているという説が正しいとすると、次回、消費税を10%にまで引き上げても、消費に対する影響はわずかということになりますが、これはちょっと信じられないという気がします。

いずれにしろ、実質消費が減れば需要が減って物価は下落圧力を受けることになります。それがどれほどの大きさかを示すのは困難ですが、圧力がかかるのは確かです。

もう一つの要因として挙げるべきは、世界経済の変調だと思います。図7に書き込みましたように、2015年からの世界貿易の停滞が輸出や株価の低迷等を通じて消費マインドを冷やし日本経済の回復を遅らせたのは確かだと思います。

しかし、前掲図3で見た失業率の低下に見られる労働需給の逼迫は、賃金を上げ、やがて物価を上げるはずです。すでにその兆しも見られます。失業率と消費者物価上昇率の関係を見たフィリップス・カーブというものがあります。縦軸に物価上昇率、横軸に失業率を書くと、右下がりの曲線がかけるというものです。図8は、フィリップス・カーブを示したものです。図にあるように、失業率が低下しても物価は徐々にしか上がりませんが、失業率が2%に近づくにつれて、物価は急速に上昇します。失業率は、すでに2.8%にまで低下しています。これが続き、さらに低下することで、いずれ物価が上がっていくことは間違いありません。

  1. 14物価がマイナスになり始めた1999年4月から2013年4月までの生鮮・エネルギーを除く消費者物価上昇率は年率マイナス0.5%でしたが、開始以後2017年4月までで+0.6%(消費税の影響分2%を除く)となった。
  2. 15「「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証」日本銀行、2016年9月21日。
  3. 16宇南山卓「経済教室 2014年消費増税の教訓」日本経済新聞2016年5月23日。

5.おわりに

以上述べましたように、金融政策は素晴らしい成果を上げ、物価も、少なくともデフレではない状況まで持っていくことができています。

最後に、人手不足が景気拡大を阻害するという議論が誤りだと申し上げておきたいと思います。この議論は、金融緩和政策によって生まれた人手不足が、かえって景気の足かせになるというのです。だから、金融緩和すべきではないということになります17。しかし、金融緩和政策によって雇用が増えたのですから、景気の拡張を引き起こしたのです。また、人手不足の結果、賃金が上昇します。高い賃金を払える企業は生産性の高い企業、低い賃金しか払えない企業は生産性の低い企業です。賃金が高くなれば、生産性の高い企業が残り、経済全体の労働生産性も上がります。つまり、人手不足で生まれる賃金上昇は、生産性の上昇を促進するのです。

一方、低金利が企業の新陳代謝を阻害するという議論もあります18。金利が低下した結果、金利負担が減って、退出すべき企業が退出せず、経済全体の生産性を低下させるというのです。しかし、その時、企業が退出して、失業者があふれたらどうなるでしょうか。働いている人一人当たりの生産性は高まるかもしれませんが、日本全体の生産は減ってしまいます。失業者があふれて社会不安が起きるというのは大げさでしょうが、問題が起きるのは避けられません。一方、人手不足による新陳代謝は、そのような問題を引き起こしません。

あなたは物価が下落した方がよいと考えるデフレ派かと言われてそうだと答える人は現在いないと思います。そういう意味では、いまや皆、物価を引き上げ、景気を良くすることを望むリフレ派です19。だからこそ、日本銀行は金融緩和政策を続けているのです。

最後に、岐阜県経済について触れておきたいと思います。

岐阜県は、豊かな水資源、良質な木材、土壌に恵まれ、関の刃物や美濃和紙、美濃焼といった伝統工業をはじめ、古くからモノづくりが盛んな地域です。そうしたDNAが、現在の主力産業である自動車部品や航空機部品といった輸送用機械、工作機械や金型といった一般機械、電子部品などにも、脈々と受け継がれています。

当県は、全国のほぼ中央に位置し、東海地域だけでなく、首都圏、関西圏へもアクセスしやすいほか、地盤が強固で津波リスクも低いという地理的な強みを有しています。これに加えて、東海環状自動車道の建設が積極的に進められており、主要経済圏との高速交通アクセスが一段と充実してきています。これらを背景に、2016年の工場立地件数が全国6位となるなど、当県を生産拠点とする企業が着実に増えています。

観光産業をみると、飛騨地方では、データに基づいた観光戦略の策定などの先駆的な取り組みが着実に実を結んできています。また、中部・北陸9県が広域で連携して取り組む「昇龍道プロジェクト」のPR活動や、県内金融機関による情報提供等を通じたサポートといった取り組みによって、外国人を中心に観光客の着実な増加に繋がっています。加えて、最近では、当県が舞台のひとつとなった映画のヒットを契機として、全国から沢山のファンが訪れています。

本年は、織田信長公が当地を「岐阜」と命名して450年目の節目の年となります。行政と産業界、金融界がさらに連携を強めつつ、当県経済が一層の発展を遂げられることを祈念しまして、挨拶の言葉とさせて頂きます。

最後に、あらためましてお礼申し上げます。ご清聴、ありがとうございました。

  1. 17例えば、毎日新聞は、短観の雇用判断DIの改善に触れて、「人手不足の深刻化も浮き彫りとなり、景気回復の足かせになる恐れも出ている」としている(2017年4月4日朝刊)。
  2. 18例えば、白川方明「セントラル・バンキング―危機前、危機の渦中、危機後―」(2012年3月24日、日本銀行)は、「低金利の継続が経済全体の生産性に影響を与え潜在成長率を下押しするリスクについても考慮する必要があるかもしれない」(6頁)と述べている。
  3. 19原田泰「我々は皆リフレ派である」『エコノミスト』2017年1月24日号。