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【講演】進化する金融政策:日本銀行の経験米国ニューヨーク連邦準備銀行主催セントラルバンキングセミナーにおける講演の邦訳

日本銀行副総裁 中曽 宏
2017年10月18日

1.はじめに

本年は、グローバル金融危機の発火点となった2008年のリーマン・ショックから9年、その前触れともいうべきサブプライム・ローン問題が顕在化した2007年から数えると10年という節目の年にあたります。国際金融資本市場の著しい混乱と世界経済の大幅な落ち込みをもたらしたグローバル金融危機は、2010年代の欧州債務問題を含め、今日に至るまで、世界経済に様々な影響を及ぼしてきました。各国の中央銀行も、この10年間、数多くの試練に直面しました。その過程では、短期政策金利の引き下げといった伝統的な政策にとどまらず、「非伝統的金融政策」とよばれる、それまでにはなかった新しい政策を積極的に取り入れてきました。それは、各国の中央銀行が、短期金利のゼロ金利制約を乗り越えるため、それぞれの経済が置かれた状況に応じて、個別に進化してきた結果といえます。しかし同時に、各国の取り組みには共通の要素が数多く含まれており、同じような政策を採用しているケースも少なくありません。もちろん、こうした進化の同質性については、グローバル金融危機という世界規模のショックを受けて、各国が同じ時期に、同じ政策課題に直面してきたという客観的な外部環境が大きく影響しています。しかし、より重要な点として、この間、中央銀行コミュニティが結束を強化し、互いに学び合う関係を築いてきたことが、多くの国の金融政策が同時期に、同じ方向に進化する原動力になったと感じています。

本日は、これまでの日本銀行の経験を振り返りつつ、金融政策の進化について私なりの見方を述べたうえで、中央銀行同士の協調の重要性などについて、お話ししたいと思います。なお、日本経済や日本銀行の金融政策運営についてご存じない方もおられると思いますので、お配りした参考図表「日本経済と日本銀行の金融政策」に、1985年以降の主要なイベントをまとめております。適宜ご参照頂ければと思います。

2.金融危機以前の日本の金融政策

グローバル金融危機以降、世界の中央銀行が直面した金融政策上の課題を一言で表現すれば、「いかにしてゼロ金利制約を乗り越えるか」ということだと思います。危機以前において、「ゼロ金利制約」の議論は、アカデミックな世界で取り上げられることはあっても、現実の政策課題として広く意識されることはなかったように思います。

しかし、日本だけは、例外的な状況に置かれていました。時計の針を、1990年代まで巻き戻します。既にこの頃から、日本では、バブル経済崩壊の負の影響や少子高齢化の進展などから潜在成長率が低下し始めていました(図表1)。1990年代初めに4%程度であった潜在成長率は、1990年代末には1%程度まで低下しています。それとともに、景気に中立的な実質金利である「自然利子率」も低下しました。言うまでもなく、金融緩和の基本的なメカニズムは、自然利子率よりも実質金利を低位に引き下げ、景気を刺激することです。日本銀行も、自然利子率が低下する中、金融緩和効果を追及すべく、政策金利を段階的に引き下げていきました。その到達点が、1999年の「ゼロ金利政策」です(図表2)。同年2月、日本銀行は、所要準備を上回る資金を市場に供給することにより、無担保コールレート・オーバーナイト物を「できるだけ低め」に、すなわち事実上ゼロ%で推移するよう促すことを決定しました。そのうえで、この「ゼロ金利政策」を「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」継続することを、対外的にコミットしました。当時、我々はこれを「時間軸効果」と呼んでいましたが、先行きの政策金利のパスを示して金融緩和効果を強めるという意味で、現在のいわゆる「フォワード・ガイダンス」と同じ発想に基づくものです。

その後、景気の回復傾向が明確になってきたため、翌2000年に「ゼロ金利政策」はいったん解除されましたが、その年の年末には、米国のITバブル崩壊の影響が日本に波及したこともあり、日本経済は再び減速し始めました。このため、2001年3月、日本銀行は、金融政策の操作目標を日本銀行の当座預金残高とする「量的緩和政策」を導入しました(図表3)。この政策は、当座預金という中央銀行の負債サイドに着目している点でユニークではありますが、金融政策の操作対象を「金利」ではなく「量」としている点で、後に多くの国が採用した大規模な資産買入れや、後ほどご説明するわが国の「量的・質的金融緩和」に繋がるものです。また、このとき、日本銀行は、「消費者物価の前年比が安定的にゼロ%以上となるまで」量的緩和政策を継続することをコミットしました。これは、コミットメントの条件を消費者物価の実績に紐づけ、より強い金融緩和効果を追求する点で、「ゼロ金利政策」におけるコミットメントをより進化させたものです。

こうして振り返ると、当時の政策的なアプローチは、現在でも十分に通用するものであり、皆さまからみても、さして違和感を持たれないでしょう。それでも、当時は、政策の目的や効果についてなかなか理解されず、ともすれば、特殊な経済における特殊な処方箋であり、他国へのインプリケーションは乏しいとみられていたように記憶しています。実際、金融政策のフロントランナーであったが故に、信頼できる先行事例や教科書もなく、まさに海図なき航海といった状況でした。結果的に、当初意図していたとおりの政策効果を発揮できたかどうかについては、議論の余地があることは承知しています。しかしながら、厳しい経済・物価情勢に直面する中、政策当局者としての強い責任感が新たな政策手法の開発につながったこと、そしてそれが、理論・実践の両面で、その後の各国の金融政策に大きな影響を与えたことは事実であると、密かに自負しています。

3.金融危機以降の金融政策の進化

時計の針を、再び2008年に進めます。この年のリーマン・ショックをきっかけに、厳しい景気後退に見舞われた主要国の中央銀行は、相次いで「非伝統的金融政策」の採用に踏み切り始めました。初めのうちは、「ゼロ金利政策」や「量的緩和政策」といった日本銀行の経験が俄かに注目を浴び、各国から随分と参考にされたことを記憶していますが、多くの国で景気後退が長期化し、各国が独自に経験を蓄積し始めるようになると、今度はそれを互いに学び合う関係に変容していったように思います。その過程で、ゼロ金利制約を乗り越えるための様々な創意工夫が重ねられ、金融政策の進化は加速していきました。進化の方向は、概ね、次の4つに整理できると思います。

第1に、金融政策の操作目標を、より長めの金利にシフトすることです。これは、短期金利がゼロ制約に直面する中、金利引き下げ余地が残る長めのゾーンを金融政策の対象とすることで、実質金利の低下効果を追及しようとするものです。長めの金利は、将来の短期金利のパスの平均値にターム・プレミアムを上乗せしたものですから、長めの金利を引き下げるためには、中央銀行による長めの貸出や長期国債の買入れによってターム・プレミアムを圧縮する方法と、将来の短期金利のパスを約束し、これを低位に維持することで、長期金利に影響を与える方法が考えられます。後者が、先ほど触れた「フォワード・ガイダンス」と呼ばれるアプローチです。グローバル金融危機以降、FRBやECBは、長めの金利に対する働きかけを強化するため、大規模な資産買入れを行うとともに、短期金利に関する「フォワード・ガイダンス」を導入するなど、複数の手法を組み合わせて対応しました。

進化の方向性の2番目は、国債を始めとするリスクフリー資産の金利低下余地が狭まる中、リスク性資産の買入れなどを通じて、リスク・プレミアムに働きかけることです。日本では「質的緩和」、米国では「信用緩和」と呼ばれるこの手法は、社債やCP、株式などのリスク・プレミアムの低下を促し、企業や家計が直面する資金調達コストを一段と引き下げることを目指しています。これも、ゼロ金利制約に伴う金融緩和効果の限界を打破しようとする創意工夫のひとつです。

第3の進化の方向性は、短期の名目金利にマイナス金利を適用することで、ゼロ金利制約そのものを取り払う方法です。これをグローバル金融危機後に最初に採用した北欧の中央銀行は、民間金融機関が中央銀行に保有する預金にマイナス金利を適用するという手法を編み出しました。その後、日本銀行を含む複数の中央銀行が、独自のアレンジを加えてこれを導入しています。しばしば指摘されるように、銀行券の存在を踏まえれば、マイナス金利の水準をいくらでも引き下げられる訳ではありません。また、金融機関の収益に与える影響を始め、各種のコストやリスクを考慮する必要もあります。しかしながら、「名目金利をマイナスにすることはできない」という従来の常識を覆し、現実の政策オプションにまで進化させた意義は大きいと考えています。

第4の進化は、名目金利の引き下げではなく、人々のインフレ期待に働きかけることを通じて、実質金利を引き下げるアプローチです。特に日本のように、長期間にわたってデフレが続き、人々の間にデフレマインドが深く根付いてしまった経済では、人々の期待に働きかけることを通じて、中長期的なインフレ期待をアンカーし直す必要があります。そのためには、物価目標に対する中央銀行の強いコミットメントと、明確で一貫した情報発信、そして、そうしたコミットメントを実現するための断固たる行動が求められます。

それでは、今申し上げた、ゼロ金利制約を乗り越えるための4つの進化の方向性を意識しながら、金融危機後の日本銀行の金融政策についてご説明します(図表4)。2008年のリーマン・ショックを受けて、日本銀行は、他の中央銀行と同様、直ちに短期政策金利を引き下げました。その後も景気改善テンポが鈍化した状態が続いたため、2010年10月、「包括的な金融緩和政策」の導入を決定しました。具体的には、短期金利の誘導目標を0~0.1%まで引き下げると同時に、この実質的なゼロ金利水準を、「物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで」継続することを約束しました。さらに、「資産買入等の基金」を創設し、固定金利方式による長めの資金供給と、国債、社債、ETFなど、多様な金融資産の買入れを進めました。このように、日本銀行は、ゼロ金利制約を乗り越えるために、国債の買入れやフォワード・ガイダンスを通じて、長めの金利への働きかけを行ったほか、社債やETFの買入れにより、リスク・プレミアムの圧縮を開始しました。先ほどの整理に即していえば、4つの進化形のうち、第1と第2の手法を採用したことになります。

その後も、日本銀行は、「資産買入等の基金」の拡大やフォワード・ガイダンスの強化などにより、緩和的な金融環境を提供し続けましたが、結果として、経済・物価情勢を大きく改善させるには至りませんでした。そこで日本銀行は、2013年4月に「量的・質的金融緩和」というきわめて強力な政策パッケージを新たに導入しました。日本銀行は、金融政策の操作目標を金利からマネタリーベースに変更したほか、先ほど述べた進化した4つの手法を、すべて盛り込みました。第1に、「包括緩和」を遥かに上回る規模の長期国債を買入れることで、より強力に長期金利の低下を促しました。第2に、ETFなどの買入れ額を大幅に拡大し、リスク・プレミアムへの働きかけも大幅に強化しました。第3に、導入の時期は2016年1月と少し遅れましたが、欧州の中央銀行の取り組みを参考にしながら、日本銀行当座預金の一部に▲0.1%というマイナス金利を適用し、ゼロ金利制約そのものを取り払いました。そして第4に、2%の「物価安定の目標」を責任をもって実現することを強く明確にコミットすることで、人々の期待を抜本的に転換し、インフレ期待を引き上げることを目指しました。操作目標をマネタリーベースに転換し、大規模に拡大すると宣言したことも、こうしたコミットメントを具体的に裏打ちするものでした。

この「量的・質的金融緩和」は、目に見える効果を発揮しました。大規模な長期国債の買入れとインフレ期待の上昇により、日本銀行は、20年近くに及ぶ「ゼロ金利制約」との闘いの中で、初めて実質金利を自然利子率より有意に低い水準まで引き下げることに成功しました(図表5)。この結果、この4年半の間に、日本経済は大きく改善しました(図表6)。マクロ的な需給ギャップが着実に改善するもとで、企業収益は過去最高水準に達し、労働市場は、ほぼ完全雇用を実現しています。賃金も、緩やかながら着実に上昇しています。物価面では、エネルギーと生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は、約4年にわたってプラス基調を続けています。日本にとって、こうした状況は、1990年代末以降、初めてのことです。日本はようやく、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなりました。

4.金融政策のさらなる進化:長短金利操作付き量的・質的金融緩和

今述べたように、「量的・質的金融緩和」は、日本経済を着実に改善させるものでしたが、「物価安定の目標」である2%の達成には至りませんでした。その主な理由は、「量的・質的金融緩和」の導入によって一度は明確に上昇したインフレ期待が、その後再び低下し、弱含みの局面が続いたことにあります。日本の場合、米欧に比べ、インフレ期待は、現実の物価上昇率に応じて「バックワード・ルッキング」に形成される要素が強いとされています。そうした中、2014年夏以降の原油価格の大幅下落や、2015年から2016年にかけての新興国経済の減速と、それに伴う国際金融市場の不安定化などにより、現実の物価上昇率が低下し、それに引きずられてインフレ期待も低下しました。日本銀行は、人々の間に定着したデフレマインドを抜本的に転換し、インフレ期待を2%にアンカーすることを目指していますが、これはなかなか困難を伴う作業です。

このほか、「量的・質的金融緩和」は、かつてないほど強力なものであるだけに、先行き生じ得る副作用にも留意する必要が出てきました。強力な金融緩和のもとで、イールドカーブの過度な低下やフラット化が長期化すれば、金融機関収益の下押しを通じて、金融仲介が停滞したり、金融システムが不安定化するリスクも無視できなくなります。こうしたリスクが顕在化すれば、金融緩和の波及経路が阻害され、却って、物価の安定や持続的な経済成長の実現が遠ざかってしまいます。日本銀行としては、このような副作用をできるだけ小さくしながら、最適な金利水準を実現していく必要があります。

これらの課題を念頭に置きながら、日本銀行は、昨年9月に、新たな政策枠組みである「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました。「量的・質的金融緩和」をさらに進化させたものであり、大きく2つの要素から構成されています(図表7)。第1に、金融仲介機能に与える影響をも踏まえつつ、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するために最も適切と考えられる金利水準の組み合わせを実現するため、「イールドカーブ・コントロール」を導入しました。この枠組みのもとで、この1年間、日本のイールドカーブは、短期政策金利を「▲0.1%」、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」とする「金融市場調節方針」と整合的な形で円滑に形成されています。第2に、一旦低下したインフレ期待を、2%にアンカーさせるため、「オーバーシュート型コミットメント」を導入しました。これは、「消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」という一段と強力な約束です。消費者物価上昇率の「見通し」ではなく、「実績値」に基づいたコミットメントであることがポイントです。バックワード・ルッキングな期待形成が強い日本では、2%を上回る期間が実際にある程度続かなければ、人々の物価観を変えることはできないと考えたからです。

「イールドカーブ・コントロール」の斬新さは、10年物国債金利を金融政策の操作目標としたうえで、より直接的に長期金利に働きかける点にあります。先ほどの進化の類型でいえば、第1の手法をさらに強化したものです。また、「オーバーシュート型コミットメント」は、人々のインフレ期待にさらに強力に働きかけるという点で、第4の手法を一段と押し進めたものといえます。いずれも、前例のない革新的な取り組みであり、日本銀行は、再び海図なき航海に乗り出し始めました。実際、この1年間、イールドカーブ・コントロールの具体的な運用を含め、多くの方からご質問を頂きました。そこで本日は、この場を利用して、しばしば頂く主なご質問にお答えしたいと思います。

第1の問いは、日本銀行の現在の操作目標は、「量」なのか「金利」なのかという点です。先ほど述べたように、現在の政策は、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するために最も適切なイールドカーブの形成を促すことを目指していますので、その意味で、答えは「金利」です。国債買入れ額を操作目標として固定する方法では、最適なイールドカーブを形成することはできません。同じ金額の買入れであっても、金利をどの程度押し下げるかは、その時々の経済・物価情勢や国債市場の状況によって異なるからです。これに対し、「イールドカーブ・コントロール」のもとでは、長短金利の操作方針を実現するために必要な量の国債を、柔軟かつ効果的に買入れることが可能となります。その結果として、国債買入れ額は内生的に決まることになります。なお、仮に将来、買入対象となる国債が品薄となれば、他の状況を一定とした場合、一単位の国債買入れによる金利押し下げ効果はより大きくなるはずです。つまり、より少額の国債買入れによって、同じ金利水準を実現できることになります。このように、イールドカーブ・コントロールは、経済・物価・金融情勢に応じて最適な金利水準を実現できる、柔軟で持続性の高いスキームです。

第2の問いは、操作目標は金利であるとして、そもそも長期金利のコントロールは実務的に可能なのかという点です。この1年間の実績をみれば明らかですが、答えは「可能」です(図表8)。マネタリーベースの価格ともいえる短期金利については、中央銀行が独占的な価格決定力を有しているのに対し、長期金利は、短期金利の先行きに対する市場参加者の見方や様々なリスク・プレミアムによって決定されます。このため、伝統的には、「中央銀行は、短期金利の操作はできるが、長期金利の操作はできない」という見方が一般的でした。しかしながら、先ほど述べたように、各国の中央銀行は、ゼロ金利制約を乗り越えるために、より長い金利に働きかける努力を続けてきました。イールドカーブ・コントロールは、働きかける対象となる金利の長さや、コントロールの緻密さにおいて、その最たるものといえます。確かに、長期金利を含めた金利の操作はチャレンジングな試みではあります。しかしながら、日本銀行は、国債市場において相当の市場プレゼンスを有していますし、過去数年にわたって大規模な国債買入れの経験を積み上げてきています。日本銀行は、イールドカーブ全般にわたって、様々な期間別の国債買入れを行ってきたほか、特定の金利水準で無制限に国債を買い入れる「指値オペ」という強力な補完的ツールも備えています。このため、短期金利ほど精緻にコントロールできる訳ではありませんが、この先も、2%の「物価安定の目標」の実現のために、最も適切なイールドカーブの形成を促していくことは十分可能だと考えています。そのうえで、スムーズな金利形成を実現するためには、市場参加者とのきめ細かなコミュニケーションが必要であることも強調しておきたいと思います。この点を含め、私はフロント部署のオペレーション運営能力に全幅の信頼を置いています。

第3の問いは、長期金利の水準をコントロールすることが可能だとして、「望ましいイールドカーブ」の姿をどのように判断するのか、という点です。伝統的な金融政策においては、望ましい短期金利の水準を判断するための様々なベンチマークが考案されてきました。テイラー・ルールは、その中でも最も有名な基準の一つでしょう。しかし、日本銀行の場合、単一の短期金利ではなく、イールドカーブ全体に適用される新たな判断基準を構築しなければなりません。そうした取り組みの一環として、日本銀行では、均衡金利の概念を拡張して「均衡イールドカーブ」を計測し、過去の緩和局面と比較するなど、様々な角度から理論的・実証的な分析を進めています。なお研究途上の課題も少なくありませんが、こうした分析の成果も活用しながら、先行き、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、必要であればイールドカーブの形状についても調整を行っていく方針です。

5.金融政策の拡がり

金融政策と金融システム政策

本日はここまで、中央銀行の金融政策がどのようにしてゼロ金利制約を乗り越え、進化してきたかについてご説明してきました。そのうえで、我々の進化の方向性がこれだけではないことも、お話ししておきたいと思います。

グローバル金融危機に対処する中で、各国の中央銀行は、金融市場や金融システムの安定を維持するための新たな課題に直面しました。第1に、リーマン・ブラザーズの破綻が端的に示すように、銀行だけでなく、ノンバンクもシステミック・リスクの源泉になり得るということです。第2に、市場参加者の信用力に対する警戒感が極度に高まると、取引相手が市場からいなくなる「市場流動性の枯渇」という事態に陥ります。これが現実のものになったのが、2008年のリーマン・ショックです。このとき、市場流動性の枯渇は、インターバンク市場から、CPや社債市場などの企業の主要な資金調達市場にも波及しました。これらが機能不全に陥れば、企業の生産・投資活動が停滞し、経済全体に影響を及ぼすことが懸念されました。第3に、各国の中央銀行は、自国市場で活動する外国金融機関に対し、自国通貨の流動性だけでなく、外貨流動性、特にドルの流動性へのアクセスを確保する必要性に迫られるようになりました。これは、多くの金融機関が、複数通貨を用いたビジネスを行うようになっていることの反映でもあります。

このような新たな課題に効果的に対処するため、多くの中央銀行は、「最後の貸し手」機能につき、いわゆる「バジョット・ルール」による伝統的な規範を超えて、流動性供給に関する役割を拡充してきました(図表9)。具体的には、ノンバンクの経営悪化が金融市場を不安定化させるリスクへの対応として、ノンバンクに対し流動性支援を行いました。また、機能不全に陥った市場を回復させるため、多数の市場参加者のカウンターパーティーとなって資金供給オペレーションを行ったほか、金融機関に対し、自国通貨に加え、外貨流動性も迅速かつ大規模に供給するようになりました。

中央銀行の政策領域を「金融政策」と「金融システム政策」に分類した場合、こうしたグローバル金融危機以降の中央銀行の対応は、システミック・リスク対応という意味で金融システム政策に分類されるでしょう。一方で、金融資本市場は金融政策の効果の主な波及経路であることから、毀損した市場機能を修復することは、金融政策の一環として位置付けることも可能です。大事なことは、分類することではなく、それぞれの責務に沿って、中央銀行として何をすべきかということです。「金融政策」にせよ、「金融システム政策」にせよ、中央銀行の政策は、流動性の提供を介して実現します。それが可能なのは、中央銀行のみが流動性を無限に創出できる権能を有しているからです。だからこそ、どのような政策領域であれ、中央銀行としての役割をしっかりと果たすよう、進化し続けることが求められているのだと理解しています。

中央銀行の国際的協調

中央銀行にとって、国際的な連携・協調が大きく進んだことも、近年の大きな変化です。先ほど述べたように、グローバル金融危機の過程では、国際的に活動する金融機関が外貨不足に直面した場合、母国の中央銀行単独では流動性危機を防ぐことが難しくなっているという現実が認識されました。

こうした中、2007年末に、FRBが、ECBとスイス国民銀行を相手にスワップ契約を締結し、ドルを迅速に供給し得る仕組みが整備されました。リーマン・ショック直後には、スワップ契約の相手方がBOEや日本銀行などにも拡がり、ドルの流動性危機の拡大を防ぐ有効な防御装置(バックストップ)として、国際金融市場の安定に大いに貢献しました。欧州債務問題を巡る緊張感が高まった2011年には、6つの中央銀行が参加する多角的なスワップ網が構築され、6つの通貨を相互に供給し合える枠組みが導入されました。2013年には、こうしたスワップ網が常設のスキームに格上げされ、現在に至っています(図表10)。

こうした各国中央銀行の協調により、国際的な拡がりをもつ金融危機への対処は、格段の進歩を遂げました。しかし、同時に未解決の課題も認識されました。例えば、国際的な業務を行う銀行やノンバンクが資金繰りに窮した場合の関係中央銀行間の役割分担や担保の取り扱い、対外的な情報発信といった問題です。BISグローバル金融システム委員会(CGFS)議長でもあるダドリー・ニューヨーク連銀総裁とは、こうした点についても長らく議論を重ねてきました。その成果の一つが、彼のリーダーシップのもと、私がCGFS作業部会の議長として取り纏めた、「中央銀行による流動性支援の枠組みのデザイン」と題する報告書です(図表11)。そこには、グローバル金融危機の過程で各国中央銀行が直面した問題を詳しく分析したうえで、今後の実務面の課題を8つ提示しています。仮に次の金融危機が生じた場合、それは再び、国際的な拡がりを持つであろうことを前提とすれば、次代の中央銀行を担う皆さま方が、平時のうちに、こうした課題に取り組んでおくことを切に願います。

6.おわりに

そろそろ時間がなくなってきました。長年にわたって金融危機への対処とデフレの克服に力を注いできた経験を踏まえ、本日は、皆さまに、優れた「実務家」になることの重要性を強調して、私の話を終わりたいと思います。

この10年、中央銀行は様々な困難に直面し、金融政策の枠組みもダイナミックに変化してきました。厳しい挑戦の繰り返しでしたが、大規模な資産買入れにせよ、マイナス金利にせよ、前例のない新たな政策に踏み出す決め手になったのは、金融調節をはじめとする実務面のフィージビリティや、市場参加者との協力関係がきちんと確保されているかどうか、ということでした。セントラルバンカーとして最先端の理論を学び、分析能力を高める努力を尽くすことは当然です。しかし、それだけでは、現実に直面する問題に機動的に対処することはできません。政策に責任を持つ者は、理論的な裏付けが十分でないことをもって、目の前の課題から逃れることは許されないのです。セントラルバンカーは、中央銀行の責務を踏まえ、強い使命感を持って任務に当たることが求められます。その任務を実現するためには、政策の効果とコストを意識しながら、ベストのタイミングで様々な決定を行い、同時に説明責任を果たしていかなくてはなりません。そのためには、常日頃から、実務家として判断能力を磨き、市場参加者の声に耳を傾ける努力が大切です。

最後になりました。本日は「非伝統的金融政策」について、やや詳しくお話してきましたが、「伝統的」か「非伝統的」かは、相対的なものであり、また、おそらく事後的に評価されるべき性質のものです。そもそも、何が「伝統」かを説明できるほど、現代の金融政策は十分な歴史を蓄積していません。この10年の経験を、金融政策の進化の過程でどのように位置づけ、今後、どこに向かっていくのかを決めるのは、次世代を担う皆さまの仕事です。

中央銀行コミュニティは、共通の価値観や文化が存在する特殊な場です。それゆえ、「一度セントラルバンカーになったら、常にセントラルバンカーである」といわれることもあります。約40年に及ぶ私の中央銀行での経験を振り返ると、セントラルバンカーになったことを後悔する瞬間は一度たりともありませんでした。皆さまにとって、セントラルバンカー同士の連携と信頼関係は、何物にも代え難い大きな財産となります。今回のセミナーのように、同世代の同僚が直接顔を合わせ、ネットワークを広げていく機会を、是非大切にしてください。皆さまを中央銀行コミュニティに歓迎するとともに、中央銀行におけるこれからの生活が、引き続き、興味深くエキサイティングなものになることを願い、私のスピーチを終えたいと思います。