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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営大阪経済4団体共催懇談会における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2018年9月25日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店の様々な業務運営にご協力頂いています。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

本日は、最近の経済・物価情勢に対する日本銀行の見方をお話しした後、金融政策運営の考え方についてご説明したいと思います。

2.経済情勢

初めに、経済情勢についてお話しします。わが国の景気は、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きな循環メカニズムが持続するもとで、緩やかに拡大しています。実質GDP成長率をみますと、8四半期連続のプラス成長を続けた後、1~3月期は天候不順などから一時的にマイナス成長となりましたが、4~6月期は年率+3.0%と、再び、しっかりとした伸びとなりました(図表1)。

このように、わが国の景気が息の長い回復を続けている背景については、外需と内需がバランスよく増加していることが大きいと考えています。まず、外需についてですが、輸出は、わが国が比較優位をもつ資本財や情報関連を中心に、リーマン・ショック前の既往ピークを超えて増加基調を続けています(図表2)。背後にある海外経済の動向を少し詳しくみてみますと、米国では、4~6月の成長率が年率4%を記録するなど、しっかりとした景気拡大が続いています。企業の景況感は、製造業・非製造業ともに改善が続いており、良好な雇用・所得環境を背景に、個人消費にも勢いがあります。一方、欧州経済は、域内の設備投資や個人消費が増加基調を辿っており、全体として回復を続けていますが、ユーロ高の影響などから、このところ輸出が幾分減速しています。新興国経済についてみると、中国は、インフラ投資の伸びがやや鈍化しているものの、それ以外の民間投資や消費は堅調に推移しており、総じて安定した成長を続けています。その他の新興国については、アジア諸国を中心に輸出の増加や各国の景気刺激策の効果などから、緩やかに回復しています。このように、国や地域によって景気回復の強さには多少のばらつきがありますが、海外経済は、総じてみれば着実な成長が続いていると評価しています。

国内に目を転じますと、まず、企業部門では、売上高経常利益率が過去最高水準で推移するなど、好調な収益環境が維持されています(図表3)。こうしたもとで、6月に実施した私どもの短観によれば、2018年度の企業の設備投資計画は、この時期としては統計開始以来の高い伸びとなりました。製造業では、堅調な内外需要を背景とした能力増強投資だけではなく、自動運転技術や大容量電池など、次世代技術の開発に向けた研究開発投資の増加も目立っています。非製造業では、最近の人手不足に対応した効率化・省力化投資が高い伸びを続けています。こうした企業部門の改善は、家計部門にも、好影響を及ぼしています。労働市場では、有効求人倍率が、足もと1.63倍と、高度成長期以来の高い水準となっているほか、失業率も、バブル期並みの2%台半ばまで低下しています(図表4)。雇用者数は前年比2%程度の伸びとなり、一人当たりの名目賃金も、パートを中心に、緩やかながら着実に上昇しています。こうした雇用・所得環境の改善を背景に、個人消費は、振れを伴いながらも、緩やかに増加しています。

経済成長への寄与という点では、最近の外国人観光客によるインバウンド需要の増加も無視できません。全国百貨店における本年前半の免税売上高は、前年比5割近い増加を記録し、シティホテルの客室稼働率は、ここ数年8割近い高水準を維持しています。この点、当地では、来年、ラグビーW杯やG20サミットなどの大型イベントが予定されており、ホテルの新設や建替えの動きが相次いでいると伺っています。先日の台風の被害の影響については、日本銀行としてもしっかりと把握していきたいと考えていますが、官民力を合わせてこれを乗り越え、さらに強靭で魅力的な地域づくりが進むことを期待しています。

ここまで、外需と内需にバランスよく牽引される形で、わが国の景気が改善していることをご説明してきました。先行きについても、わが国の景気は、緩やかな拡大を続けるとみています。もっとも、こうした中心的な見通しには様々なリスクがあり、特に、海外経済の不確実性には注意が必要です。例えば、米中間の貿易摩擦など、最近の保護主義的な動きが、今後、貿易や企業の投資活動にどこまで影響を及ぼしていくのか、しっかりと点検していく必要があります。この問題を巡っては、G20やG7を始め、私が参加している国際会議でも活発な議論が行われています。国際通貨基金(IMF)も、先日、この問題が世界経済に及ぼす影響について、試算を公表しました。それによると、貿易活動の停滞を通じて世界経済を下押す効果自体は、5年間で最大0.1%ポイントとの試算ですが、保護主義的な動きが、国際金融市場の動揺や企業マインドの悪化をもたらすことになれば、世界経済を最大0.5%ポイントほど下押すことになるとみています。各国の経済は、近年のグローバル化の進展や情報通信技術の進歩に伴い、かつてないほど相互依存関係を深めています。そうした中にあって、保護主義的な政策は、当事国であろうとなかろうと、誰にとってもメリットがないことは明らかです。このため、行き過ぎた動きにはいずれブレーキがかかると考えていますが、それを確かなものとし、この問題が金融市場や企業マインドの不安定化に繋がらないようにするためにも、引き続き、各国間で真摯に議論を重ねていくことが不可欠と考えています。

このほか、米国の利上げなど、金融政策の正常化に向けた動きが、国際資本フローや新興国経済に及ぼす影響にも注意が必要です。実際、トルコやアルゼンチンなど、双子の赤字や高インフレといった経済面での脆弱性を抱える一部の新興国では、ドルを元手に流入していた資本が反転流出し、自国通貨の大幅な下落に見舞われています。もっとも、アジア諸国を始め、他の多くの新興国経済のファンダメンタルズはしっかりしていますし、FRBも、グローバルな金融市場や経済の動向を踏まえて慎重に政策を運営しているように窺われます。このため、現時点で、この問題が広く波及する可能性は小さいとみていますが、市場は突然変化する可能性もあるだけに、国際金融市場や新興国経済の動向を注意深く点検していきたいと考えています。

3.物価情勢

続いて、物価情勢についてお話しします。わが国の物価は、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べて、なお弱めの動きを続けており、生鮮食品やエネルギー価格を除いた消費者物価の前年比は0%台前半で推移しています(図表5)。この5年間で、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなっていますが、日本銀行が目標とする前年比2%の物価上昇率は達成できていません。このため、日本銀行では、7月末に、こうした物価の伸び悩みの背景について集中的に分析し、先行きの経済・物価見通しとともに、「展望レポート」として取り纏めました。本日は、その内容についてポイントを絞ってご説明します。

第1のポイントは、経済が着実に改善しているにもかかわらず、なぜ物価が伸び悩んでいるのか、という点です。これについては、基本的に、長期にわたる低成長やデフレの経験が大きく影響していると考えています。金融危機を始め、1990年代後半以降の長く厳しい調整局面は、わが国の経済活動や資産価格の低迷をもたらし、そのもとで、企業の賃金・価格設定スタンスや値上げに対する家計の見方も慎重化していきました。日本銀行は、2013年に「量的・質的金融緩和」を導入し、一貫して強力な金融緩和を推進していますが、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行は、時間をかけて日本経済に組み込まれてきたものであるだけに、それを転換することについても、時間を要しています。

こうした基本的な要因に加え、わが国では、非製造業を中心に生産性を引き上げる余地が大きいことや、デジタル化といった近年の技術進歩などが、労働コストの高まりにもかかわらず、企業が値上げに慎重なスタンスを維持することを可能としています。例えば、宿泊業や飲食業では、インターネットでの予約受付や注文用タッチパネルの導入などにより、人件費の上昇をカバーしている企業が少なくありません。このほか、ここ数年、女性や高齢者の労働参加が一段と高まっていることも、人手不足の状況を一部緩和し、賃金の上昇ペースを緩める要因となっています。こうした動きは、長い目で見れば、経済全体の成長力強化や企業や家計の支出活動の積極化に繋がり、物価の押し上げに寄与すると考えられますが、少なくとも短期的には、先ほど述べた理由から、賃金や物価の上昇圧力を弱める方向に作用します。

わが国の物価を巡る第2のポイントは、そのペースは緩慢であるとはいえ、物価が上昇するメカニズム自体は失われていないという点です。最近では、人件費や原材料・部材価格の上昇を受け、幅広い企業で販売価格を引き上げる動きがみられています。短観の結果をみても、ほぼ10年ぶりに、販売価格が上昇していると答えた企業数が、下落していると答えた企業数を上回り始めました(図表6)。先行きも、人手不足感が益々強まる中、パートの賃金上昇が続いていけば、中小企業や若年層を中心に、正規雇用者の賃金にも波及していくと考えられます。実際、今年の春闘では、大企業よりも中小企業で、ベースアップ率の上昇が目立っていたほか、この夏のボーナス支給は、昨年よりも大きく増加しています。こうした動きは、消費者の節約指向の緩和につながり、その分、企業による値上げはより受け入れやすくなると考えられます。

このように、労働や資本が高水準で稼働する状態、すなわちマクロ的な需給ギャップが改善した状況が持続すれば、企業の慎重な賃金・価格設定スタンスや値上げに対する家計の慎重な見方といった、これまで物価上昇を遅らせてきた要因の多くは次第に解消していく可能性が高いとみています。これにより、実際に価格引き上げの動きが拡がっていけば、人々の中長期的な予想物価上昇率も徐々に高まってくると考えられます。この結果、消費者物価の前年比は、これまでの想定よりも時間はかかるものの、目標の2%に向けて、徐々に上昇率を高めていくと考えています。7月の「展望レポート」では、2018年度から2020年度にかけての消費者物価の前年比を、それぞれ+1.1%、+1.5%、+1.6%と予想しています。2020年度までに2%を実現することは難しい状況ですが、それでも、今申し上げたように、物価上昇の原動力であるプラスの需給ギャップが長く持続し、実際の物価と予想物価上昇率をしっかりと押し上げていくことが、2%の実現に向けた最も確実なルートであると考えています。

4.日本銀行の金融政策運営

最後に、日本銀行の金融政策運営の考え方についてお話しします。

現在、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という枠組みのもと、強力な金融緩和を推進しています(図表7)。「長短金利操作」という点については、日本銀行は、2%の実現のために最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促すよう、短期政策金利を「マイナス0.1%」、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」とする金融市場調節方針を掲げ、国債の買入れを実施しています。こうしたもとで、国債金利のみならず、企業向け貸出金利や社債の発行金利はきわめて低い水準で推移しており、銀行の貸出残高も増加しています。このほか、日本銀行は、株式市場におけるリスク・プレミアムに働きかけ、経済・物価にプラスの影響を及ぼしていく観点から、年間「約6兆円」の増加ペースで、ETF(指数連動型上場投資信託)の買入れを実施しています。

先ほどお話ししたように、2%の実現には、これまでの想定よりも時間がかかると見込まれます。その一方で、需給ギャップの改善を起点とした物価の上昇メカニズムは、引き続き作動しています。こうした状況を踏まえ、日本銀行は、今後とも、強力な金融緩和を粘り強く続けていくことが重要と判断し、7月の金融政策決定会合において、次のとおり、現在の政策の枠組みを強化することを決定しました(図表8)。

第1に、先行きの政策金利について、「フォワードガイダンス」という手法を取り入れました。具体的には、「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する」ことを、対外的に約束しました。これは、2%の実現までに時間がかかるなか、単に「金融緩和を粘り強く続ける」と言うだけでは、金融政策に対する信認を十分に確保できないと考えたためです。これにより、「物価安定の目標」の実現に向けた日本銀行の政策スタンスに揺るぎがないことを、お分かり頂ければと思います。

なお、この「フォワードガイダンス」については、「当分の間」が、どのくらいの期間を想定しているのか分かりにくいとのご指摘を受けることがあります。まず、文字通り、特定の期間を念頭に置いたものではありません。日本語では分かりにくいのですが、この部分の英訳は、「for an extended period of time」となっています。これは、かつて外国の中央銀行もよく使っていたフレーズであり、相応に長い期間のイメージであろうかと思います。最近、米欧の中央銀行が金融政策の正常化を進めていることもあり、わが国でも、市場の一部で早期の利上げ観測が燻っていました。しかしながら、物価目標との関係で、米欧とわが国の置かれている状況は大きく異なります。この点を明確にするためにも、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持するという約束は、非常に重要であると考えています。

もちろん、「当分の間」ですから、「いつまでも」という訳ではありません。そうであれば、コミットメントの実効性を確保するために、金利水準を維持する期間を、将来の特定の時期や具体的な物価指標に結び付けるべきとの考え方もあろうかと思います。しかしながら、先ほど申し上げたように、現在、わが国の経済・物価は様々な不確実性に直面している状況にあります。したがって、フォワードガイダンスの設計にあたっては、コミットメントの実効性確保だけでなく、先行きの政策運営の柔軟性を確保することも、バランスよく考慮することが必要です。この点は、他の中央銀行のフォワードガイダンスでも同様です。すなわち、導入当初の早い段階では、相対的に政策運営の柔軟性を重視し、わが国と同様、経済情勢やリスク評価といった定性的な条件を示しつつ、金利水準の維持などにコミットするのが一般的となっています。

「フォワードガイダンス」の導入に加え、7月の決定会合では、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の持続性を強化するための措置を決定しました。金融緩和を粘り強く続けるというからには、それに耐え得るだけの具体的な工夫が必要です。例えば、先ほど述べたとおり、現在、10年物国債金利の操作目標は「ゼロ%程度」ですが、そのもとで、金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうることを示し、金融市場調節をより弾力的に運営していくこととしました。「長短金利操作」、いわゆる「イールドカーブ・コントロール」は、わが国の金利を低位で安定させるために不可欠な手段ですが、一方で、その強力さゆえに、国債市場の金利形成が幾分硬直的になり、市場取引の減少も目立つ状況となっていました。今回の措置は、適切なイールドカーブの形成を促しつつ、こうした金融緩和に伴う副作用を軽減することにより、結果として、政策の持続性強化に繋がるものと考えています。また、同様の観点から、ETFの買入れについても、年間「約6兆円」という残高増加目標を維持しつつ、市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうることを明らかにしました。

こうした政策決定から2か月近くが経ちましたが、これまでのところ、株価や為替は総じて落ち着いており、私どもの政策意図は、市場参加者に誤解なく受け止められたと理解しています。この間、国債市場では、一頃よりも取引が活発化し、値動きも幾分増してきました(図表9)。8月に実施したアンケート調査によれば、約3年振りに、債券市場の機能度が「改善した」と答えた先の割合が、「低下した」と答えた先の割合を上回りました。もちろん、例年夏場は、市場取引が細りやすく、実勢を見極めにくい時期ですので、市場機能の回復度合いについては、これからも、しっかりと確認していきたいと考えています。

私は、毎年この時期に、皆さまの前でお話しする機会を頂いており、2013年4月の総裁就任以降、今回で6回目ということになります。6年前は、景気回復が緒に就いたばかりで、デフレ克服も見通せませんでした。そうした経済・物価情勢のもとでは、大規模な政策を思い切って実施する必要があり、取るべき政策とその考え方はシンプルで明確でした。そうしたもとで、この5年間、わが国は息の長い景気回復を続け、企業収益は過去最高となり、雇用環境も大幅に改善しました。賃金や物価も、持続的に下落する状況ではなくなり、上昇基調に転じています。もっとも、「物価安定の目標」である2%の実現には、想定よりも時間がかかっています。このように大きく改善しつつも、やや複雑な経済・物価の展開のもとでは、金融政策もまた、様々な情勢を総合的に勘案して運営していくことが適当であると考えられます。強力な金融緩和を続けていくうえで、効果と副作用の両方をバランスよく考慮していく必要がある状況になってきているということです。今回の政策対応は、まさに、こうした考え方に即したものですし、国民経済の健全な発展に資する観点から物価の安定を目指す日本銀行の姿勢は、全く変わりません。今後とも、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、中央銀行としてなし得る最大限の努力を続け、わが国の企業活動をしっかりとサポートしていく方針です。

ご清聴ありがとうございました。