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【挨拶】 人口動態の変動と金融セクターの課題 パリ・ユーロプラス主催フィナンシャル・フォーラムにおける挨拶の邦訳

日本銀行総裁 黒田 東彦
2018年11月19日

1.はじめに

本年も、パリ・ユーロプラス主催フィナンシャル・フォーラムでお話しする機会をいただき、誠に光栄に存じます。

例年、このフォーラムに参加させていただいておりますが、過去2年間は、金融イノベーションについてお話ししました。本年は、同じく多くの先進国が直面している長期的な問題の一つ、人口動態の変動について、お話ししたいと思います。

フランスは、先進国の中でも人口減少問題への取り組みが進んでおり、出生率が緩やかに上昇していますが、他の先進国と同様、高齢化は進展しています。日本では、出生率が2を大きく下回り1、人口減少と高齢化が同時進行するという逆風に直面しています。本日は、人口動態の変動、とりわけ人口減少と高齢化が、金融セクターにどのような影響をもたらしているのかについて、お話ししたいと思います。

  1. 日本の合計特殊出生率は、2016年に1.44となっており、人口が増加も減少もしない均衡水準である2.1程度を大きく下回っている。なお、フランスの2016年の合計特殊出生率は、1.9であった。

2.人口動態の変動と経済成長、利子率

初めに、人口減少と高齢化が、経済成長に与える影響について考えてみたいと思います。人口減少と高齢化が同時に進行すると、働き手である生産年齢人口は減少します。生産年齢人口の減少は、労働投入量の減少を意味しますので、それ自体は、経済成長率を低下させる要因になります。また、仮に総人口が増加していても、高齢化が進行し、生産年齢人口の割合が低下すれば、人口一人当たりでみたGDPの成長率は低下します。

もっとも、労働を代替する機械の活用やイノベーションの促進により、人口減少や高齢化の逆風を和らげることは可能です。実際、最近の日本における動きをみると、人手不足を背景に、生産ラインの自動化や新たなIT技術の導入による効率化をはじめ、投資活動が活発化しています。

次に、利子率への影響について考えてみます。人口動態の利子率への影響を考えるうえでは、貯蓄と投資のバランスを考察する必要があります。人口減少・高齢化には、貯蓄に対してプラスに作用する側面と、マイナスに作用する側面があります。まず、人口が減る中で高齢者が増えることは、貯蓄に対してマイナスに作用します。退職した高齢者は、勤労時代に蓄えた貯蓄を取り崩しながら生活するケースが多く見られます。この場合、高齢者比率の高まりは、国全体の貯蓄を減らし、利子率の押し上げに作用します。他方、高齢化が同時に長寿化も意味するのであれば、それは貯蓄に対してプラスに作用します。第二次世界大戦後、先進国では、医療技術の進歩によって、長寿化が進んでいます。親や祖父母の世代に比べて、私たちは、長生きをする可能性が高まっています。そうなりますと、たとえ高齢者が増えたとしても、貯蓄の取り崩しを以前よりも抑制する、あるいは、高齢者になっても働いて所得を稼ぐ可能性が高まります。これらはいずれも、貯蓄の減少を抑制し、あるいは、貯蓄を増やすことに寄与することで、利子率を押し下げる方向に作用します。

それでは、投資についてはどうでしょうか。将来の経済見通しや技術進歩などによっても大きく変わってきますが、やはり、人口減少・高齢化は、投資を増やす要因と減らす要因のどちらにもなりうると考えられます。生産年齢人口の減少に伴う労働投入量の減少は、労働者一人当たりでみた資本ストックの水準を高め、資本投入量を相対的に過剰にします2。このことは、追加的な投資の必要性を減らします。また、先行き人口減少が進むとの予想から、将来の生産量を抑制する必要があると判断されますと、現在の投資を減らそうという力が働きます。これらはいずれも、利子率を押し下げる方向に働きます。他方で、労働力不足を補うために、技術進歩や労働代替的な投資が促進される場合には、利子率を押し上げる方向に作用します。

このように、人口減少・高齢化は、利子率を押し上げる方向、押し下げる方向のどちらにも作用しうると考えられます。最近の様々な研究によりますと、中長期的な均衡実質金利は、先進国では低下傾向にあり、それには人口減少・高齢化が相応に寄与していることが示唆されます3。このことと先ほどの議論を合わせて考えますと、人口減少・高齢化は、少なくとも当面は、貯蓄を増やす影響か、投資を減らす影響、あるいはその両方の影響が大きいと言えそうです。

  1. 2労働者一人当たりでみた資本ストックの水準が高まる状況は、「資本深化(capital deepening)」と呼ばれる。
  2. 3例えば、須藤・瀧塚(2018)の分析によると、日本で過去50 年間に生じた実質金利の低下幅640 ベーシスポイントのうち、270 ベーシスポイント程度が、人口動態の変化に起因するとの結果が得られている。
    須藤直・瀧塚寧孝、「人口動態の変化と実質金利の趨勢的な関係─世代重複モデルに基づく分析─」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、No. 18-J-4、2018年6月

3.銀行ビジネスへの影響

先進国では、国によって多少の違いはあるものの、インフレ予想は小幅のプラスの領域で変動しています。このため、均衡実質金利の趨勢的な低下は、名目金利の趨勢的な低下に反映されることになります。こうした趨勢的な名目金利の低下を伴う人口減少・高齢化は、金融セクターにどのような影響をもたらしているのでしょうか。まずは、銀行ビジネスへの影響について考えてみたいと思います。

貸出にかかる名目金利の低下が趨勢的に続く一方、預金金利がゼロ%以下には下がらないという状況のもとでは、預貸利鞘の縮小を通じ、銀行収益が下押しされます。さらに、人口減少やそれに伴う成長率低下によって、貸出需要が趨勢的に弱まる場合には、ボリューム面からも、銀行収益に下押し圧力が加わります。とりわけ、人口減少が著しい地域では、企業や家計の数の減少率が大きい分、資金需要への下押し圧力も大きくなると考えられます。こうした地域で、縮小した資金需要を巡る銀行間の競争が激化しますと、さらに利鞘が縮小し、収益の下押しにつながります。

もとより、人口や企業数の減少が、直ちに金融サービスへの需要の先細りを意味する訳ではありません。例えば、家計には、高齢化、長寿化に対応した資産形成ニーズや相続ニーズがあります。高齢者世帯が増加しますと、仕事や家族の有無、健康状態、資産状況などの個人差が大きい分、それに応じた肌理の細かいサービスが従来以上に求められることになるでしょう。また、地域ないし国全体の人口減少に直面する企業は、それを乗り越えていくための新たな事業展開や技術開発、商圏の拡大、海外進出などのニーズがあり、それらを可能とするM&Aやコンサルティングサービスへの需要は高まると考えられます。さらに、現在進行中のデジタライゼーションは、様々な形で銀行業務のフロンティアを広げていくと考えられます。

他方、銀行が、今述べたような家計・企業のニーズの変化や技術革新に適切に対応していくことができなければ、人口減少は収益機会の減少に直結していくこととなります。銀行は、支店網やITシステムの維持などに多くの固定費がかかるという点で、一種の装置産業です。従って、仮に人口減少によって収益機会が縮小することになれば、経費率(Over Head Ratio、OHR)は上昇し、生き残りのために、費用の削減、さらにいえばコンソリデーションを視野に入れることまで必要となってくるかもしれません。

いずれにせよ、人口減少や高齢化は、20年、30年という時間軸で進んでいく事象であるだけに、金融産業全体として、それへの適応も徐々に進行していくはずです。このため、新たなサービスの展開、技術革新の成果の活用、コンソリデーションの進展などの様々な角度から、金融システムへの影響をみていく必要があるように思います。

金融システムの安定との関係では、低金利環境が恒常化する中で、銀行のリスクアペタイト・リスクプロファイルにどのような変化が生じるのかは、中央銀行にとっても非常に関心を持っているテーマです。十分に長い時間軸で捉えれば、低金利環境の下でも、新たな金融サービスの提供などを通じて収益源を拡充できるかどうか、技術革新の影響、さらには非銀行部門や事業会社との連携を含めた金融産業のコンソリデーションの進み方などによって、銀行部門が将来にわたって収益力を確保できるかどうかが決まってくると思われます。

一方、もう少し短い時間軸でみますと、収益に減少圧力が働く下で、リスクテイクが過度に積極化する可能性には注意が必要です。一般に、充実した資本基盤を備えた銀行がリスクテイクを積極化することは、企業の生産活動を資金面から下支えし、景気の改善にも寄与すると考えられます。しかしながら、収益減少が続く下で十分な資本蓄積が進まず、適切なリスク管理も行われていない場合には、ひとたび景気悪化につながるような大きな外生的ショックが発生しますと、これに伴って信用コストが急激に上昇し、金融システムが不安定化する可能性も考えられます。

日本銀行では、半年に一度、金融システムの安定性を評価する金融システムレポートを公表しています。この中では、マクロプルーデンスの視点に基づいて、様々な角度から分析を行っています。10月に公表した最新の金融システムレポートでは、金融機関は、リーマンショックのようなテールイベントの発生に対して、資本と流動性の両面で相応の耐性を備えており、全体として、わが国の金融システムは安定性を維持していると判断しています。もっとも、人口や企業数の継続的な減少や低金利環境の長期化に伴って、地域金融機関では、基礎的収益力の低下が続いており、自己資本比率も緩やかな低下傾向にあります。ストレスが発生した際、自己資本比率が大きく下振れたり、当期純利益の赤字が継続したりする場合には、金融機関のリスクテイク姿勢が慎重化する傾向があるだけに、金融面から実体経済に及ぼす影響も含め、注意していく必要があります。

4.非銀行部門への影響

次に、銀行以外の金融セクターについて考えてみたいと思います。非銀行部門の金融活動やそれがもたらすリスクについては、国や業種ごとにばらつきがあります。ただ、銀行部門を中心とした規制の強化、低金利環境の長期化、金融サービス需要の多様化などを背景に、非銀行部門による信用仲介が拡がる傾向にあることは、先進国で共通しています。例えば、いくつかの国では、高齢化が進むにつれて、健康や長期介護に関する保険商品への需要が顕著に高まることが期待されています。

もっとも、非銀行部門の活動領域が拡大しますと、それに付随してリスクのプロファイルも変化してくることになります。とりわけ、人口減少・高齢化を背景とした趨勢的な金利の低下がもたらすリスクには、注意する必要があります。低金利環境が長期化しますと、資金を運用する主体がより高い利回りを求める、いわゆる「利回り追求」の動きが活発化します。その過程で、よりリスクの高い貸出や金融商品への投資が行われることになります。そうした動きが広範化すれば、金融システムの安定を脅かすことにつながる可能性も出てきます。

近年では、保険や年金商品に対する需要の拡大とともに、資産運用会社を通じた金融仲介が拡大してきています。このことは、基本的には、金融仲介経路を多様化し、より効率的な資金配分に資するものと考えられますが、他方で、ストレス環境下におけるリスクの波及経路、あるいは危機管理のために求められる対応をより複雑にする面もあるように思います。例えば、資産運用会社は、往々にして、似たような運用戦略をとることがあります。その結果、何かしらの負のショックが生じた際に、多くの資産運用会社が一斉に投げ売りを行い、当該資産価格がファンダメンタルズを大きく下回る水準まで下落するリスクが考えられます。また、同様の理由から、流動性の枯渇が生じるリスクも考えられます。リーマンショック後の金融規制改革に伴って、銀行部門は資本、流動性の両面で強靭になってきています。ただ、グローバルな金融システムを、非銀行部門を含めた形でより強靭なものとしていく観点からは、取り組んでいくべき課題はなお大きいと考えています。

5.家計の金融サービスへのニーズ

低金利環境においては、家計も利回り追求の動きを活発化し、そうしたリスクテイク行動が、多様化した金融商品を通じて、金融システムに多面的な影響を及ぼす可能性があります。日本は、海外主要国と比べますと、家計の安全資産志向がきわめて強く、これだけ低金利環境が長期化してきた下でも、預金が金融資産の過半を占める状況に大きな変化はみられていません。ただ、高齢層は若年層と比べて多くの株式を保有しているほか4、中には退職後に株式投資を始める高齢者もみられます。今後さらに高齢化が続いていく下で、家計の資産選択にどのような変化が生じてくるのか注目していきたいと思います。

このほか、高齢者への金融サービスの提供にあたっては、肉体的な衰えや認知力の低下という問題も重要です。一般に、高齢者は金融詐欺などの被害に遭い易くなっている可能性があるほか、金融機関へのアクセスや金融取引の意思決定が困難になる高齢者の数も増加傾向にあります。現在、金融当局のほか、銀行部門・非銀行部門を含むあらゆる金融機関がこの問題に直面し、解決策を探っているところです。

  1. 4塩路ほか(2013)の分析によると、日本の高齢層が若年層よりも株式を比較的多く保有している理由として、高齢層の金融資産残高が相対的に高いことの影響が重要であり、年齢の影響自体は小さいことが示唆されている。
    塩路悦朗・平形尚久・藤木裕、「家計の危険資産保有の決定要因について:逐次クロスセクション・データを用いた分析」、『金融研究』第32巻第2号、日本銀行金融研究所、2013年4月、63~104頁

6.おわりに

本日は、人口減少と高齢化が金融セクターにもたらす影響についてお話をしてきました。多くの先進国や新興国の一部では、既に高齢化の波が押し寄せています。若年労働者の増加している新興国・途上国もありますが、これらの国々でもいずれは高齢化の問題に直面することになるでしょう。こうした人口動態の変化に対して、多くの国の金融当局や金融機関が知見を共有し、協力して対応することが重要になってくると思います。

例えば、先ほど述べた利回り追求の動きの一環として、高齢化が進む低金利国の金融機関が、比較的利回りの高い新興国などへの融資や証券投資を増やしています。こうした資本フローの動きは、高齢化による金融機関収益への負の影響を軽減する一方、グローバルな金融安定にとっての新たなリスクをもたらすかもしれません。そのようなリスクに対応するうえで、関係各国の金融当局間で対話を深めていくことは、大変有益と考えられます。

金融セクターに関しては、人口減少・高齢化を含めた様々な変化に対し、金融サービスのあり方や金融セクターのビジネスモデルを変革して行く必要がありますが、同時に、そうした変革がもたらす金融システムのリスクプロファイルの変化も考慮する必要があります。日本銀行もこうした変化に対応し、金融機関の健全性が維持されるように、また、そのもとで企業や家計がよりよい金融サービスを安定的に享受できるように、国際会議などの場を通じて様々な関係者と協力しつつ、貢献していきたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。