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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営山口県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 雨宮 正佳
2019年1月31日

1.はじめに

日本銀行の雨宮でございます。本日は、山口県の行政および金融・経済界を代表する皆様との懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より、私どもの下関支店の様々な業務運営にご協力頂いております。この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます。

日本銀行は、先週開催された政策委員会・金融政策決定会合において、2020年度までの経済・物価見通しを「展望レポート」として取り纏め、公表いたしました。本日は、その内容をご紹介しながら、わが国の経済・物価に対する日本銀行の見方と最近の金融政策運営について、ご説明します。

2.金融経済情勢

今年は、年明けから、株式市場や為替市場が大きく変動して始まりました。日経平均株価は、昨年10月に27年ぶりの高値を付けましたが、その後は、年末年始を挟んで大幅な値下がりとなりました。為替市場では、昨年後半を通じて、110円台前半の比較的落ち着いた動きが続いていましたが、1月3日の早朝、市場の取引が薄い中、瞬間的に104円台まで円高が進みました。その後、1月中旬にかけて、株価は2万円台を回復し、為替も109円台まで戻りましたが、内外の金融市場は、なお不安定な動きを続けています(図表1)。もっとも、後ほどご説明しますように、これまでのところ、わが国および米欧ともに、実体経済は総じてみれば着実な回復を続けており、企業収益の見通しも引き続きしっかりしています。その意味で、この間の市場の動きは、先行きの不確実性の高まりに対してやや過敏に反応している面があるのかもしれないと考えています。しかし同時に、金融市場は実体経済を映す鏡とも言われます。金融市場の発するシグナルも念頭におきながら、経済情勢を慎重に点検することは大事です。以下では、最初にわが国経済の現状と先行きについてご説明し、その後、海外経済の動向を中心とする先行きのリスクを点検したいと思います。

初めに、わが国の経済情勢です。景気は、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、緩やかに拡大しています。景気の全体像をみるために、まず、経済全体の需要と供給のバランスを示す「需給ギャップ」という指標を確認したいと思います(図表2)。需給ギャップのプラスは需要超過、マイナスは供給超過を示しますが、この2年間は、はっきりとしたプラスで推移しています。こうした中、2012年12月に始まった今回の景気回復局面は、既に約6年の長期にわたって継続しており、戦後最長記録をうかがう息の長いものとなっています。

さらに、経済主体別の動向をご説明しますと、企業部門では、輸出や生産が増加基調を維持しています(図表3)。昨年7~9月には、相次ぐ自然災害によって輸出・生産に下押し圧力がかかりましたが、その影響は一時的なものにとどまり、10月以降は、増加に転じています。こうしたもとで、企業収益は高水準で推移し、設備投資は増加傾向を続けています(図表4)。業種別の設備投資をみますと、製造業では、能力増強投資に加え、自動運転や人工知能など最先端分野の研究開発投資の増加も目立っています。非製造業でも、都市再開発に伴うオフィスビル投資やインバウンド需要向け宿泊施設の建設など、幅広い分野の投資が増加しています。最近の人手不足に対応した効率化・省力化投資も、全国的に高い伸びを続けています。こうした企業部門の改善は、家計部門にも好影響を及ぼしています。労働市場では、有効求人倍率が、高度成長期以来の高い水準で推移しており、失業率も、バブル期並みの2%台半ばまで低下しています(図表5)。一人当たりの名目賃金も、緩やかながら着実に上昇しています。雇用・所得環境の改善を背景に、個人消費も、振れを伴いながらも、緩やかに増加しています。

先行きのわが国経済も、拡大基調を続ける可能性が高いと考えています。日本銀行では、2020年度までの見通し期間を通じて、毎年1%程度の成長が続くと予想しています。日本銀行では、わが国の経済が長い目でみて実現できる成長率、いわゆる潜在成長率を1%弱とみていますが、これと概ね同じ伸び率です。日本経済は、当面、その実力どおりの堅調な伸びを続けるというのが、私どもが想定しているメインシナリオです(図表6)。

もっとも、こうしたメインシナリオに対しては、海外経済の動向を中心に、下振れリスクが強まっていることに十分な注意が必要です。海外経済については、総じてみれば着実な成長が続くというのが現時点での基本的な見方です。ただ、昨年前半までの「世界同時成長」という姿と比べれば、地域間の成長率にばらつきが生じているほか、先行きに対する不透明感も強まっています。国際機関や主要な中央銀行も、同様の見方を示しています。今月公表されたIMF(国際通貨基金)の最新の見通しでは、2019年、2020年の世界経済の成長率は、それぞれ前年比3%台半ばの高めの伸びが見込まれていますが、昨年10月の前回見通しからは、幾分下方修正されています(図表7)。また、IMFは、米中貿易摩擦の影響などから、世界経済がダウンサイドリスクに直面しているとも指摘しています。

米中の貿易問題については、新年入り後も両国間で協議が行われていますが、先行きの展望が描きづらい状態が続いています。今後、各国の貿易活動に対する直接的な影響のみならず、企業の投資マインドや国際金融市場におけるリスクセンチメントの悪化などを通じて、その影響が拡大する可能性もあります。また、中国経済については、貿易摩擦の影響だけでなく、当局が進めてきた信用面の過熱抑制策の影響などから、このところ、景気の減速を示唆する材料が増えてきています。機動的な財政・金融政策により、中国経済の成長ペースが大きく鈍化するリスクは小さいとみていますが、当地を含め、わが国は中国との経済的な結びつきが強いだけに、その動向を丁寧にみていきたいと考えています。このほかにも、海外に起因するリスクには様々なものがあります。トルコやアルゼンチンなど、一頃懸念された一部新興国からの資本流出が、最近落ち着きをみせていることは明るい材料ですが、英国のEU離脱交渉の展開はなお不透明です。こうした海外経済を巡る不確実性の高まりを背景に、金融市場で不安定な動きが続いているのは、冒頭申し上げたとおりです。日本銀行としては、企業や家計のマインドに与える影響を含め、内外市場の動向についても、引き続き、目を凝らしてみていきたいと考えています。

3.物価情勢

次に、物価情勢についてお話しします。わが国の消費者物価は、1990年代末以降15年間にわたり、例外的な一時期を除いて、マイナス圏から抜け出すことができませんでした(図表8)。こうした状況を打開すべく、2013年4月、日本銀行は「量的・質的金融緩和」を導入し、かつてない強力な金融緩和に踏み切りました。その後、わが国の景気は大幅に改善し、物価面でも、エネルギーと生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は約5年間にわたってプラス基調を続けています。わが国は、既に、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなっています。

こうした傾向は、企業の価格・賃金設定行動からもうかがえます。私どもの短観調査では、最近、販売価格が「上昇している」と答える企業の割合が「下落している」と答える企業の割合を上回る状態が定着してきました。これは、バブル期以来、約30年ぶりの出来事です(図表9)。賃金面でも、デフレのもとで失われていたベースアップの慣行が2014年に復活し、以後、再び定着してきています。賃上げの動きは、大企業だけでなく、地方の中小企業にも着実に拡がっています。この点に関し、日本銀行は、各支店のヒアリング調査結果を、12月に公表した「地域経済報告」、別名「さくらレポート」の別冊として取り纏めており、当地の企業についても、「人材確保のために賃上げを進める先が目立つ」といった声を紹介しています。このように、企業の賃金・価格設定スタンスは積極化してきており、こうした動きが今後も続いていけば、わが国の消費者物価の前年比は、「物価安定の目標」である2%に向けて、上昇率を高めていくと考えています(図表6)。

もっとも、こうした賃金・物価の改善ペースは、想定していたよりも緩やかなものにとどまっています。消費者物価の前年比は、プラスで推移していますが、なお0%台後半であり、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べて弱めの動きが続いています。この要因は、大きく2つあると考えています(図表10)。

第1に、景気が拡大し、需要超過の状態が実現しても、物価がスムーズに反応しないことです。理論的には、需要が供給を上回れば、人やモノが不足し、賃金や物価は上昇します。実際、先ほどご説明したように、賃金を中心に、こうした動きが表れてきてはいるのですが、景気の改善テンポに比べれば、その動きは緩慢です。特に正規雇用者の所定内給与の上昇率は伸び悩んでおり、本格的な賃金上昇に時間を要しています。また、労働需給の変動に敏感なパート労働者の時給は、年率2%台半ばの高めの伸びを続けていますが、パートへの依存度が高いサービス業の価格もはっきりとは上昇していません。労働コストの高まりにもかかわらず、企業が値上げを回避することを可能としている背景として、わが国の場合、非製造業を中心に、省力化投資などを通じて労働生産性を引き上げ、賃金コストの上昇を吸収する余地が大きいことが指摘されています。デジタル化などの近年の技術進歩が、企業の生産性向上の取り組みを後押ししている面もあります。このように、景気が拡大する中にあっても、賃金や物価を上がりにくくする様々な要因が存在し、それらが複合的に作用しています。その解消には時間がかかっており、先行き、こうした価格押し下げ圧力が予想以上に長く作用する可能性もあります。

物価上昇が緩慢であることの第2の要因は、予想物価上昇率がなかなか高まってこないことです。予想物価上昇率とは、企業や家計が経済活動を行う際に前提とする先行きの物価見通しです。人々の物価観と言い換えることもできると思います。この予想物価上昇率と実際の物価上昇率は、相互に影響し合います。例えば、現在の物価が上昇すれば、それをみた企業は、そうした物価上昇が将来も続くと予想し、自らが生産・販売する財やサービスの価格を引き上げることを検討します。家計も、先行きの物価上昇を予想すれば、それに見合う賃金の引き上げを求めると考えられます。このように、2%の「物価安定の目標」の実現には、長期にわたるデフレのもとで定着した「物価は上がりにくいもの」との人々の物価観の転換が必要です。しかし、これまでのところ、緩やかな物価上昇にもかかわらず、予想物価上昇率は横ばい圏内にとどまっており、物価観の転換、言い換えればデフレマインドの払拭に時間がかかっています。

物価について、最後に1点、付け加えます。来年度以降の物価見通しを展望するに当たっては、10月に予定されている消費税率引き上げや教育無償化政策など、消費者物価に少なからず影響を与える制度的な要因がいくつか想定されています。先々想定される携帯電話通信料の引き下げも、物価に影響を与えることが見込まれます。この問題について、金融政策運営の観点からは、2つの視点が重要です。第1に、重視すべきは、一時的な物価変動ではなく、物価の基調的な動きであるということです。この点、先ほど挙げたいくつかの要因は、一時的なショックという性格を有しており、その限りでは、物価の基調や金融政策運営に対する影響は小さいと評価できます。第2のポイントは、そうはいっても、状況次第では、こうしたショックが一時的なものにとどまらない可能性もあることです。先ほど述べたように、物価が変動すると、それに連れて人々の予想物価上昇率が上下に変化し、これが物価の基調に影響を与える可能性があります。日本銀行としては、これらの点を十分に考慮しながら先行きの物価動向を評価するとともに、こうした特殊要因の動向についても適切に情報発信していく考えです。

4.日本銀行の金融政策運営

続いて、日本銀行の金融政策運営についてご説明します。これまで述べてきたとおり、景気の拡大に比べて物価は弱めの動きを続けており、予想物価上昇率の高まりにも想定以上の時間を要しています。長期にわたる低成長やデフレのもとで形成された人々の物価観が変わっていくには、それなりの時間が必要なのだと実感しています。しかも、これまで以上に、金融緩和に伴う副作用の蓄積にも留意しなければならない状況です。こうした金融経済情勢のもとで、「物価安定の目標」を実現していくには、現在の強力な金融緩和を粘り強く続け、物価上昇の原動力であるプラスの需給ギャップをできるだけ長く持続させることが大事であると考えています。

このような考え方に基づき、日本銀行は、昨年7月の金融政策決定会合において、主に2つの政策決定を行いました。まず、現在の強力な金融緩和を粘り強く続ける姿勢を明確にするため、「政策金利のフォワードガイダンス」を導入しました(図表11)。これは、将来の政策金利の水準をあらかじめ約束することで、金融緩和の持続に対する市場の信認や期待を高める政策手法です。具体的には、「消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する」という方針を明らかにしました。次に、政策の持久力を強化するための措置を講じました。現在の強力な金融緩和を粘り強く続けていくためには、それに伴う負の影響、いわゆる副作用を抑制していくことが必要となります。昨年前半、国債市場では、日本銀行による大規模な国債買入れのもとで、金利形成が硬直的になるなど、市場機能の低下を懸念する声が増えました。こうした状況を踏まえ、7月の決定会合では、金融市場調節や資産買入れをより弾力的に運営することを決定しました。長期国債の買入れに当たっては、「ゼロ%程度」という長期金利の操作目標を維持したうえで、実際の金利については、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうることとしました。また、ETF(指数連動型上場投資信託受益権)の買入れについても、年間「約6兆円」という残高増加目標を維持しつつ、市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうることを明らかにしました。

7月の政策決定から半年が経過し、副作用の軽減という所期の効果が実現しているとともに、金融市場の安定化にも一定の効果を発揮していることが確認できています。フォワードガイダンスの導入以前、市場参加者の間では、「日本銀行が、近い将来、政策金利を引き上げるのではないか」との見方も少なくなく、これが市場の不安定化に繋がることもありました。7月以降、そうした見方は急速に減少しており、強力な金融緩和を継続するという日本銀行の方針は、一段と浸透してきています。また、国債市場では取引が次第に活発化し、値動きが増してくるなど、市場の機能度は一頃よりも改善してきました。10 年物国債金利は、7月の決定以降、いったん上昇しましたが、その後はマイナスの領域まで低下し、最近では目標であるゼロ%の近傍で安定的に推移しています。ETFの買入れについては、昨年8月の買入れペースは、年率換算で約2兆円でしたが、市場が大きく変動した10月や12月は、年率10兆円程度のハイペースとなりました。こうしたメリハリのある柔軟な買入れは、この間の市場の不安定な動きを緩和する効果があったと考えています。

なお、強力な金融緩和がもたらす影響という点では、金融機関の収益や金融仲介機能との関係がよく議論になります。日本銀行も、低金利環境や金融機関間の厳しい競争環境が続くもとで、金融機関収益の下押しが長期化すると、金融仲介が停滞方向に向かうリスクや金融システムが不安定化するリスクがあることは、十分認識しています。現時点では、金融機関が充実した資本基盤を備えていることなどから、こうしたリスクは大きくないと判断していますが、今後とも、考査やモニタリングなどを通じて、最新の状況把握に努めるとともに、必要に応じ金融機関に具体的な対応を促していく方針です。

以上のように、日本銀行では、政策効果のベネフィットとコストの両方をよく吟味しながら、強力な金融緩和を推し進めていきます。その中で、経済・物価・金融情勢を踏まえ「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う方針です。

5.おわりに

最後に、山口県経済についてお話しします。

山口県の景気は、昨年の西日本豪雨等の影響が一時的にみられたものの、その後は、「緩やかながらも順調に回復している」と判断しています。山口県は、瀬戸内海沿岸を中心に製造業が集積しており、高付加価値品の需要が好調な化学や輸送用機械を中心に、生産・輸出が高水準で推移しています。こうした好調な生産動向等を背景に、設備投資も増加しています。また、観光面では、恵まれた自然景観等を活かした観光資源の知名度向上もあって、国内外からの観光客が増加基調にあります。

こうした中、有効求人倍率がバブル期並みの水準となるなど、当地でも、労働需給は一段と引き締まっており、下関支店のヒアリング調査では、業種を問わず幅広い企業から、人手不足を指摘する声が聞かれています。これを受けて、当地の行政機関や経済団体では、県外在住者の就職支援を始め、様々なプログラムを提供されていると伺っています。企業においても、省人化投資や働き手のニーズの多様化に応じた就業環境の見直しなどが進められています。こうした官民挙げての積極的な取り組みは、当地経済が人手不足という課題を乗り越え、持続的な経済成長を実現していくうえで、欠かせないものです。

江戸時代、長州藩の石高は36万9千石であり、石高だけをみると、必ずしもトップクラスではありませんでした。それにもかかわらず、長州藩が、明治維新という偉業の一角を担った背景には、傑出した人材を多数輩出したことに加え、石高を大幅に上回る強い経済力があったことはよく言われるところです。長州藩は、藩を挙げて、殖産興業を強力に推し進め、防長四白(ぼうちょうよんぱく)と呼ばれた米、紙、塩、蝋(ろう)などの特産品の生産強化に努めました。また、海上交通の要衝であった下関に「越荷方(こしにかた)」と呼ばれる藩営機関を設置し、当地の商人とともに、ここを通る船舶を相手に積極的に事業を展開しました。こうした様々な先駆的な取り組みが長州の経済力を大きく高め、明治維新の原動力となったわけです。その明治維新から150年という節目に当たる2018年以降、当地では、「産業維新」、「大交流維新」、「生活維新」の3つの維新への挑戦を通じて、「活力みなぎる山口県」の実現に向けた取り組みが進められていると伺っています。こうした官民一体となった前向きな取り組みが、既存企業の成長や働く場の創出に繋がり、当地経済がさらに成長していくことを祈念いたしまして、私からのご挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。