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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策静岡県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 櫻井 眞
2019年5月30日

1.はじめに

日本銀行の櫻井でございます。本日は、静岡県の各界を代表する皆さまとの懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆さまには、日ごろより日本銀行静岡支店の業務運営に際して様々なご支援を頂いております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

本日は、皆さまから、当地経済に関するお話や、私どもの政策・業務運営についての忌憚のないご意見を承りたく存じます。まず、私から、国内外の経済動向や日本銀行の政策運営等について、私なりの見方も交えながらお話しさせて頂きます。

2.内外経済の現状と先行き

海外経済

まず、海外経済の動向からお話しします。世界貿易量は、2016年初めに前年比+1%を下回る水準まで低下した後、2016年後半から拡大に転じ、2017年後半には前年比+5%を上回る高い伸びとなりました。世界貿易量が拡大する中、世界経済の成長率も2017年には前年比+4%近くまで上昇しました(図表1)。こうした貿易拡大を伴う経済成長は、先進国と新興国が並行して拡大するバランスのとれたものでした。しかし、2018年後半以降、世界経済には減速の動きがみられています。直接的な要因は、中国における既往の債務削減(デレバレッジ)政策の影響、米中間の貿易問題、欧州経済の減速、などが挙げられます。世界貿易量の成長率は、2018年前半の+4%台から、2018年末には+1%台にまで低下しており、IMFによる2019年の世界経済の見通しも幾分下方修正されています。

こうした中、年明け以降、米国、欧州、中国それぞれにおいて、経済の減速に対応した政策が打ち出されています。米国、欧州では、利上げに慎重な姿勢を示しているほか、中国でも、景気への対応を優先した政策姿勢に転じています。

改めて中国の経済動向を簡単に振り返ると、2018年入り後、既往のデレバレッジ政策の効果や、ITサイクルの調整局面入りなどから、緩やかに経済が減速しており、早い段階から景気対策が検討され始めていました。そうした中で2018年後半に米中間の貿易問題が深刻化したこともあって、2019年入り後に景気刺激策が打ち出された、というのが実情です。景気対策は、金融政策面では企業の資金調達支援策が段階的に導入されているほか、財政政策についても、2兆元規模の減税を含む大規模なものとなっています。

足もと、海外経済に減速の動きはみられますが、こうした景気刺激策の効果が次第に顕在化してくることやグローバルなIT関連財の調整の進捗などから、緩やかな成長を続けると見込んでいます。成長率も、2019年後半には上昇に転じる可能性が高いと考えられます。もちろん、貿易問題や政治・社会問題など、先行きの世界経済を巡る不確実性は高く、当面は経済動向を慎重に点検していくことが重要です。

国内経済の現状

次に、国内経済の動向です。わが国経済は、海外経済、特に中国経済の減速の影響から、足もとでは、輸出と生産に弱めの動きがみられています(図表2)。一方、内需は外需と比較して堅調であり、民間設備投資は増加傾向を続けています。雇用・所得環境が着実に改善する中、個人消費も緩やかに増加しており、所得から支出への前向きな循環メカニズムも引続き作用しています。

わが国経済は、2016年度の後半から2018年度初めにかけて、0%台後半とみられる潜在成長率を概ね上回る成長を維持してきました。2016年度は世界経済の回復・拡大による外需主導の成長でしたが、2017年度頃からは内需拡大を伴う成長へと姿を変え、2018年度にかけて緩やかな成長が地方へも拡がっていきました。2018年度後半以降は、自然災害や海外経済の減速もあって、成長率は幾分水準を切り下げつつも、潜在成長率に近い成長を続けています。また、労働や資本の稼働率を示す需給ギャップもプラス幅が緩やかな拡大を続けており、需要・供給のバランスがとれた成長を続けているといえます(図表3)。

次に、国内経済の現状を、家計部門、企業部門に分けて整理してみます。家計部門については、過去6年半に亘って雇用の拡大が継続しています。労働需給面をみると、失業率が2%台前半と低水準で推移し、有効求人倍率も1倍を大きく上回る状況が続いています(図表4)。こうした労働市場の需給ひっ迫を受けて、女性や高齢者を中心に労働参加率が上昇し、雇用者所得も増加しており、これが個人消費の緩やかな増加を支えています(図表5)。

企業部門をみると、足もと輸出と生産に弱めの動きがみられるものの、企業収益は引続き高水準です。これは、外需の影響が大きい製造業の収益低下が、内需の影響が大きい非製造業の収益で下支えされている状況といえます。短観の業況判断DIの動きをみても同様です(図表6)。2016年以降プラスの経済成長が続き、企業は先行きの需要拡大に対応するために設備投資に踏み切ったことで、当初は外需主導であったわが国経済の拡大が、より裾野の広い内需に波及し、長く持続したと考えられます。2019年度の設備投資計画をみても、2018年度対比でやや伸びは下がりますが、内需関連の投資に支えられるかたちで、過去平均を上回る高めのスタートとなっています(図表7)。

このように、2017年頃から、人手不足を受けた労働参加率の拡大や、設備投資を受けた生産能力の拡大を通じた供給サイドの変化がみられはじめました。これにより、わが国経済は、外需の変動にも耐えうる頑健性の高い構造へと変わり始めたのではないか、と考えています。この点については後ほど改めて説明します。

国内経済の先行き

このように、わが国経済は緩やかな拡大基調を維持していますが、先行きの不確実性は高い状況にあります。景気の先行きを左右する大きな要因は、海外、特に中国の経済動向、および2019年10月に実施される予定である消費税率引上げの影響の2点です。このうち消費増税については、既に経済への影響を緩和するための政策措置が打ち出されており、景気へのインパクトは限定的と思われますが、仮に10月時点で海外経済が減速を続けている場合、わが国経済を下押しする影響が大きくなる可能性はあります。こうした観点からも、貿易問題の帰趨など、海外経済の動向がわが国経済に及ぼす影響について、慎重に点検していく必要があります。

2019年4月に日本銀行が公表した「展望レポート」における政策委員の実質GDP成長率の見通しの中央値をみると、2019年度が+0.8%となった後、2020、2021年度はそれぞれ+0.9%、+1.2%となっています(図表8)。なお、見通しにあたっては、世界経済が2019年後半から緩やかな回復に転じること、消費税率引上げの影響が限定的と予想されること、さらにオリンピック関連需要の一巡後も国土強靱化政策などインフラ関連の公共投資が持続することを想定しています。

3.物価の現状と先行き

足もとの物価動向と物価変動メカニズムの整理

続いて物価情勢についてお話しします。わが国の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、+1%弱の緩やかな伸びが続いています(図表9)。一方、需給ギャップは、2016年第4四半期にプラスに転じた後、プラス幅が拡大し、昨年末の時点で+2%を超える高水準となっています。需給ギャップのプラス幅拡大は、本来は物価上昇圧力となるはずですが、物価上昇の兆しはみられません。

これは、わが国の物価の変動メカニズムに構造的な変化がみられ始めていることが原因と考えています。すなわち、緩やかな経済成長が続いたことで、2017年頃から、経済の供給サイド、すなわち労働・資本が変化し、物価上昇を抑制する影響を与え始めた、と考えています。

わが国の消費者物価の変動メカニズムを、2つの物価上昇要因と3つの物価抑制要因に分けて整理してみます。

まず物価上昇要因の1点目は、既に申し上げた「プラスの需給ギャップ」であり、プラス幅の拡大により、物価上昇圧力は強まっていると考えられます。次に2点目は、原材料価格など、コスト上昇を販売価格に転嫁する動きです。ただし、後ほど述べますように、家計部門の値上げ許容度が低い状況が続くなかで、販売価格への転嫁ができる商品は(消費者にとっての代替性が低い商品・サービスなど)一部に止まっているのが実情です。

一方、物価抑制要因として考えられるのは、第1に、過去の景気後退時に根付いた「デフレマインドに基づく物価下押し圧力」が挙げられます。バブル崩壊後の長引く需要低迷を受け、企業は人件費の抑制や設備投資の取止めによってコストを抑えることで、販売価格を引き下げました。こうした企業行動により、労働・資本両面で、マクロ的な供給能力、言い換えれば潜在成長力も低下しました。循環的な景気後退が供給面への影響を通じて長期的な成長力を低下させる履歴効果、すなわちヒステリシスが定着したことで、企業の価格設定スタンスの慎重化や家計の値上げ許容度の低下が生じ、結果として物価が上昇しない状況が続きました(図表10)。先ほど申し上げた「コスト上昇を販売価格に転嫁する動き」が一部に止まり、なかなか広範に拡がらないのも、こうしたデフレマインドに基づく物価下押し圧力が根強いことが背景にあると思います。

次に2点目は、「賃金上昇圧力の弱さ」です。すなわち、賃金は前年比プラスを維持していますが、伸び率が加速する状況にはなく、「企業が労働コストの上昇分を販売価格に転嫁することで物価が上昇する」、というメカニズムは必ずしも働いていません。この背景には、人手不足が深刻化するもとでも、女性や高齢者の労働参加に伴う非正規雇用の増加が、労働市場のスラック、すなわち需給緩和要因として作用していることが考えられます。実際、労働参加率の上昇を伴う就業者数の拡大が続いているほか、相対的に低賃金である非正規雇用の構成比が緩やかに上昇を続けていることが確認できます(図表11)。

3点目は、2017年頃からみられている「労働生産性の向上による物価抑制効果」です。企業部門は、深刻化する人手不足に迫られる形で、IoTやAIを活用した省力化投資や能力増強投資を進めています。かつては労働集約的な産業であった建設業や宿泊・飲食サービス業など非製造業の一部の業種で、足もとソフトウェア投資が拡大していることも、省力化投資の進展を示唆しています(図表12)。省力化投資は、労働者1人当たりの資本を表す資本装備率の上昇を通じて、労働生産性の上昇に繋がります。家計の値上げ許容度が低いもとで、企業は、人手不足による労働コストの上昇圧力に対し、販売価格を引き上げることによりシェアを失うのを恐れ、労働生産性を高めることで販売価格に転嫁せずに乗り切ろうとしています。すなわち、労働生産性の向上は物価抑制要因となっているのです。

これら3つの物価抑制要因が複合的に作用することによって、プラスの需給ギャップが続くもとでも物価の上昇は遅れていると考えられます。

なお、これらのうち、2点目の「賃金上昇圧力の弱さ」と、3点目の「労働生産性の向上による物価抑制効果」は、2つ合わせて「実質賃金ギャップ」の概念で捉えることが可能です1。実質賃金ギャップは、実質賃金の労働生産性からの乖離率として定義されます。すなわち、プラスの実質賃金ギャップは、実質賃金の変化率が労働生産性の変化率を上回ることを意味します。その場合、労働コストの増加をカバーするために、企業は販売価格を引き上げる必要があるため、マクロの物価上昇に繋がります。足もと実質賃金ギャップは引続きマイナス圏で推移しており、今のところ賃金上昇圧力を労働生産性の向上でカバーできていることで、物価上昇圧力が高くなりにくいことが示唆されます(図表13)。

  1. 詳細は、木村武・古賀麻衣子(2005)「経済変動と3つのギャップ――GDPギャップ、実質金利ギャップ、実質賃金ギャップ――」日銀レビュー2005-J-3を参照。

物価の先行き

こうした複雑な物価変動メカニズムのもとでの先行き予測は、以前よりも難しくなっています。例えば、労働需給のひっ迫が今後も続き、労働市場の需給緩和要因として作用してきた非正規での就業希望者が減少していけば、賃金上昇率が加速し、販売価格への転嫁を通じて物価上昇に繋がることが見込まれます(図表14)。一方、賃金上昇が生産性の上昇で吸収され、販売価格への転嫁が遅れれば、物価上昇にはさらに時間を要することになる可能性もあります。

生産性向上の余地は無限ではないので、賃金上昇が物価押上げ要因として充分に作用するようになるまで、プラスの需給ギャップを今後も維持し、緩やかな成長を持続させられれば、最終的には「物価安定の目標」の達成に繋がると考えています。

4.金融政策

現行の金融緩和政策とその枠組み

現行の金融緩和政策は、2016年9月に導入した「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が基本的な枠組みです。これは、「物価安定の目標」を目指して「長短金利の操作(=イールドカーブ・コントロール)」により、短期政策金利を-0.1%、10年物国債金利の操作目標をゼロ%程度と設定し、これと整合的な長短金利の形成を促すように国債買入を行うものです。

その後、2018年7月には、これまで述べたように「物価安定の目標」の達成には時間がかかるとの認識を受け、枠組みの基本はそのままに、金融緩和の持続可能性を高めることを目的に、フォワード・ガイダンスの導入や、国債買入れ運営の弾力化など、一連の措置を追加的に導入しました。

さらに、2019年4月の金融政策決定会合では、海外経済の動向をはじめ、経済・物価の先行きを巡る不確実性が大きいことや、2021年度までの見通し期間中を通じてみても、「物価安定の目標」に届かない蓋然性が高いとの認識が政策委員の間で共有されました。こうした認識のもと、現行の緩和的な金融政策を粘り強く継続するとの政策運営方針に変わりがないことを、より明確に示すことが重要と判断しました。これを受けて、金融緩和政策の持続可能性に対する信認をより強化することを企図して、フォワード・ガイダンスを明確化したほか、適格担保の拡充など、円滑な資金供給や市場機能の確保に資する措置を講じることとしました。

こうした一連の措置を講じつつ、日本銀行は大規模な金融緩和政策を継続することとなります。政策遂行にあたって、実体経済や物価動向に加え、金融市場や金融システムの状況を含む広範な視点から点検し、政策効果と金融緩和政策の継続に伴う副作用のバランスを慎重に考慮しつつ、粘り強く金融緩和政策を続けていくことが肝要であると考えます。

今後の金融政策

日本銀行は、新たに明確化した「フォワード・ガイダンス」に沿って、現在の強力な金融緩和を粘り強く続けていきます。今後の政策運営にあたって特に留意すべき点は、(1)世界経済の減速がわが国経済に与える影響、(2)物価変動メカニズムの不確実性が高まるもとでの政策運営、(3)金融緩和政策の継続による効果と副作用のバランス、の3点を挙げたいと思います。

1点目は、わが国の実体経済の先行きを占う上で、当面の大きな留意事項です。中国の景気対策の効果の大きさや、それが顕在化するタイミングなどについて、慎重に点検していく必要があります。

2点目は、これまで述べた通り、生産性の向上が物価上昇を抑制するという点において、金融政策が物価に与える影響が複雑化してきており、今後も不確実性が高い状況にあると考えられます。生産性の向上自体はわが国経済にとって悪いことではない点を踏まえると、物価上昇の遅れだけをことさら問題視して追加緩和に踏み切ることは、金融緩和の副作用とのバランスからみても望ましくないと考えています。

3点目の副作用ですが、低金利環境が長期化するもとで金融機関の収益力が低下し、金融仲介機能の低下に繋がる、という金融システム面での副作用は、今後の金融政策運営において、極めて重要な留意点となっています。

副作用が顕在化する経路は、大きく2つに分けられます。1つは、金融緩和により金利が低下すると、預金金利の引下げには限界があるため貸出利鞘が縮小し、リスクテイクに見合った収益を確保できず、継続的に自己資本比率に下押し圧力がかかる、「悪影響がじりじりと顕在化する経路」です。もう1つは、貸出利鞘が縮小、有価証券利回りも低下するもとで、金融機関が期間収益を確保すべく投融資においてリスクテイクを拡大し、景気後退局面になってそれらが不良資産化し、信用コスト等の急増を通じて自己資本比率が急低下する、「悪影響が急激に顕在化する経路」が考えられます。わが国では1990年代後半以降、企業部門の資金余剰傾向が定着し、無借金企業が増加しています(図表15)。こうした中での貸出の増加は、競争激化による貸出利鞘の低下と、借入企業のレバレッジ比率の高まりの双方を示唆しており、注視が必要です。

現時点では、マクロで見た金融機関の自己資本比率の水準は規制対比で充分と考えられますが、自己資本比率が趨勢的に低下トレンドをたどっている点には留意が必要です。また、直近2019年4月の金融システムレポートをみると、全体としては1980年代後半のバブル期のような過熱感はみられないものの、様々な観点から金融システムの過熱・停滞を読み取るための指標である「金融活動指標」の一部に、「過熱」を示す指標も出てきています(図表16)。

日本銀行としては、金融システムレポートに加え、考査、オフサイト・モニタリングなど複数のチャネルを通じて、金融システムにおけるリスク状況を点検するとともに、必要に応じて、金融機関に対し、こうしたリスクへの対応を促していきたいと考えています。金融政策面でも、こうした金融面の不均衡が蓄積するリスクを含めた政策の効果と副作用を慎重に点検しつつ、適切に政策判断を行っていくことが重要と考えています。

5.わが国経済の変化と金融政策の運営について

以下では、やや長い目でみた日本経済の構造的な変化と、そのもとでの今後の金融政策のあり方について、改めて私なりの見方をお話しします。

わが国経済の構造変化とその特徴点

2013年から約6年間に亘る金融緩和政策によって、緩やかな需要拡大が持続したことで、2017年頃からは供給サイドの変化も明確にみられるようになってきました。以下では、この6年間のわが国経済の構造変化について、(1)外需主導の拡大と企業の海外投資の拡大、(2)企業の国内設備投資への波及、(3)人手不足の深刻化を受けた労働参加率の上昇、(4)これらの構造変化による経済の頑健性改善、の4つの段階に分けてお話しします。

(1)まず、「外需主導の拡大と企業の海外投資の拡大」です。現在まで続く今回の拡大局面を振り返ると、当初は輸出の伸びが主導する外需主導の拡大でした。この間、GDPに占める輸出のウエイトも上昇しました(図表17)。

この間、企業は海外経済の成長を取り込むべく、M&Aを含む対外直接投資による海外生産能力の増強を進めました。その結果、経常収支をみても、従来の貿易収支の寄与が縮小する一方で、対外直接投資や対外証券投資の果実が反映された所得収支の寄与が一貫して増大しています。

(2)次に、「企業の国内設備投資への波及」です。外需主導の拡大を受けて、企業の国内における設備投資が増加しました(図表18)。設備投資の意思決定においては、ミクロでみれば投資の将来キャッシュフローの現在価値、マクロでみれば先行きの経済成長率が重要な決定要素となります。2016年以降、わが国でプラスの経済成長が続き、企業の先行きの経済見通しが好転したことで、企業は長らく見送っていた国内設備投資の実行に踏み切りました。こうした動きは、2016年を境に設備年齢が減少に転じていることからも窺われます。

設備投資の内容は、企業が直面する外部環境に応じて多岐に亘ります。すなわち、設備の老朽化を受けた更新投資、深刻化する労働力不足に対応する省力化投資、インバウンド需要の拡大に対応するサービス業の投資などです。多様なインセンティブに基づいていること、さらには建設部門における人手不足の影響もあって一部の投資案件の実行が先送りされていたことなどを踏まえると、設備投資が今後短期間で腰折れする可能性は低いと思います。さらに、ヒステリシスの影響から企業が長らく設備投資を見送っていたことで、投資実行のタイミングでより生産性の高い最新設備に更新することも想定されるため、今後、生産能力増強効果や省力化効果が着実に顕在化する可能性が高いといえます。また、非製造業の設備投資が増加していることも注目点です。

(3)第三に、「人手不足の深刻化を受けた労働参加率の上昇」です。外需の拡大が内需へ波及し設備投資に繋がる前向きな構造変化は、労働需要の増加も生み出しました。先ほど述べた通り、労働需給がひっ迫する中で、女性と高齢者を中心とする労働参加率が向上する形で就業率の上昇が続きました。2016年後半以降、現在まで労働投入ギャップの改善が続いており、労働需給のひっ迫した状況は現在も続いています(前掲図表3)。

(4)最後に、「これらの構造変化による経済の頑健性改善」です。わが国経済においてこれらの構造変化が継続してきたことで、わが国経済のショックに対する頑健性も改善しました。海外投資の拡大を受けて企業の生産拠点の多様化が進んだことや、GDPに占める非製造業のウエイトが上昇したことは、わが国経済が外需の変動に対する頑健性を高めていることを示唆しているといえます。結果として、足もと海外経済に減速の動きがみられるもとでも、所得から支出への前向きな循環メカニズムが維持されている、と考えています。

今回の構造変化の特徴点は、「外需の高まり」や「人手不足の深刻化」という外部環境の変化が、緩和的な金融環境によるサポートと相まって、民間部門の設備投資を促す形で生じてきたことです。きっかけは受動的であっても、結果として構造変化が進み始めたこと自体は、前向きな動きとして評価できるものです。今後、政府の構造改革の動きが進展し、既にみられ始めている民間部門の構造変化との相乗効果により、さらなる生産性の向上や潜在成長率の上昇に繋がることを期待したいと思います。

経済の変化を支える金融政策

日本銀行の政策運営の理念は、物価の安定と金融システムの安定を通じて、わが国経済の健全な発展に資することです。この理念のもとで金融緩和政策を継続したことで、実体経済の持続的な成長が実現しています。現時点では、政策効果の多くは、「わが国経済の健全な発展」という形で顕在化していると思います。物価面についても、インフレ率はプラスを維持しており、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではない状態にまで改善してはいますが、「物価安定の目標」の達成は遅れています。これは、既に述べた通り、物価変動メカニズムが複雑化してきたことにより、金融政策と物価の関係にも変化が出てきていることが原因と考えられます。

長期に亘る金融緩和政策の継続が、企業の前向きな行動変化に繋がったことで、結果的に「物価安定の目標」の実現が遅れていることは、重要な構造変化といえます。過去6年間で生じた経済の構造変化により、「物価安定の目標」と金融緩和政策との関係も変質しつつあります。新たに判明した「生産性向上による物価抑制」、という供給サイドの要因を考慮すれば、「物価安定の目標」に達しないことだけを問題視し、追加緩和によって無理して目標を達成しようとすることは、金融システム面での不均衡を高めるリスクもあることから、適切ではないと考えられます。

金融政策自体に経済構造を変化させる直接的な効果があるわけではありませんが、緩和的な金融環境を醸成することで、わが国経済の構造変化を側面から支えることは可能です。海外経済の動向や金融システム面での副作用の状況を慎重に点検しつつ、粘り強く金融緩和政策を続けることで、緩やかな成長とプラスの需給ギャップの双方を維持し、所得から支出への前向きな循環メカニズムが実現するもとでの「物価安定の目標」を達成することが、わが国の金融経済にとって重要です。

6.おわりに ―― 静岡県経済について ――

最後に、静岡県経済についてお話させて頂きます。静岡県経済は、2008年のグローバル金融危機以降、主力の製造業の海外生産シフトなどを受けて、製造品出荷額や事業所数等が大きく減少したほか、大都市圏に挟まれていることもあって、若年層や働く世代を中心に人口流出が続いています。また、足もとの景気動向をみると、海外経済の減速等を映じて、輸出や生産の増勢が鈍化しており、2019年3月短観の業況判断DIは製造業を中心に悪化しています。

ただし、現時点では、過度に悲観的な見方が目立っている状況にはありません。足もとの動向に一喜一憂することなく、将来の成長に向けた「攻め」の経営スタンスを継続する姿が様々な企業から確認されているほか、所得から支出への前向きな循環メカニズムも総じて維持されていると思います。

すなわち、県内企業では、中長期的にみて海外経済が成長していくという見通しの下、世界各地で需要の取込みに向けた挑戦を続けているほか、国内においても、高付加価値化や生産性向上に向けた研究開発が拡がっており、設備投資は高めの伸びを示しています。

また、行政・業界団体サイドでは、自動車、航空・宇宙、光、ロボット、観光といった様々な事業領域において次世代産業を育成する取り組みが活発化しています。さらに、地域金融機関サイドでも、地方創生や様々なコンサルティング活動などを通じて地域経済の活性化に積極的に取り組まれるなど、関係者が緊密に連携しながら各種取り組みを進めていると伺っており、こうした動きを大変心強く感じています。

静岡県には、全国有数の「ものづくり県」として培われた優れた技術力やノウハウに加え、世界文化遺産の構成資産である「富士山・三保松原」や「韮山反射炉」をはじめとする、豊かな地域資源が数多く存在しています。今後、国内外での販路拡大やブランド力向上、設備・研究開発・人材等戦略的投資、新分野への挑戦や技術革新などの取り組みが一層拡大し、静岡県経済が新たな発展を遂げていくことを祈念しています。

日本銀行としても、静岡支店を中心に、地域活性化に向けた取り組みに少しでも貢献できるよう努めて参りたいと考えています。静岡県経済のますますの発展を心より祈念し、挨拶の言葉とさせて頂きます。ご清聴、ありがとうございました。