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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策島根県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 布野 幸利
2019年10月3日

1.はじめに

日本銀行の布野でございます。島根県出身の私にとりましては、本日このように島根県の各界を代表する皆様との懇談の機会を賜りましたこと、大変光栄に存じます。また、昨年は私どもの松江支店が開設100年という重要な節目を迎えましたが、皆様方には、日頃から松江支店の業務運営に多大なご支援を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

本日は、まず私から、経済・物価情勢、金融政策などをご説明させて頂き、島根県経済についても触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様からの率直なお話を承りたく存じます。どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の経済・物価情勢

(1)海外情勢

まず、海外経済は、減速の動きが続いているものの、総じてみれば緩やかに成長しています。先行きについては、当面は減速の動きが続くものの、その後は幾分成長率を高め、総じてみれば緩やかに成長していくと考えています。7月に公表されたIMF(国際通貨基金)による世界全体の成長率見通しも、2019年は3.2%、2020年は3.5%となっています(図表1)。ただし、世界経済を巡る下振れリスクは高まりつつあるとみられ、世界経済の持ち直す時期やそのペースについて、注意深くみていくことが必要です。

主要地域別にみますと、米国経済は、製造業部門に弱めの動きがみられますが、緩やかに拡大しています。欧州経済は減速した状態が続いています。中国経済は、総じて安定した成長を続けているものの、製造業部門では引き続き弱さもみられています。その他の新興国・資源国経済については、全体としては内需が堅調であることから、景気の回復基調を維持しています。先行き、米国経済は緩やかな拡大を続け、欧州経済は次第に減速した状態から脱していくと予想しています。中国経済は、当局が財政・金融政策を段階的に実施するもとで、概ね安定した成長経路をたどると考えられます。その他の新興国・資源国経済については、各国の景気刺激策の効果などから、全体として成長率が高まっていくと予想しています。

今後を見通すにあたって、米国のマクロ政策運営やそれが国際金融市場に及ぼす影響、米中通商問題に見られるような保護主義的な動きの帰趨とその影響、新興国・資源国経済の動向、IT関連財のグローバルな調整の進捗状況、英国のEU離脱交渉の展開やその影響、地政学的リスクなど、先行きのリスク要素は多岐にわたり、大きいとみられます。特に、保護主義的な動きによる影響の不確実性は高まっています。海外経済は不安定な状況にあるといえますので、わが国の企業や家計のマインドに与える影響も含めて、このようなリスクに気を配ることが必要です。

(2)日本経済・物価情勢

経済情勢

次に、日本経済についてですが、輸出と生産、企業マインド面に海外経済の減速の影響がみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大しています。本年4~6月の実質GDPは、前期比年率+1.3%と3四半期連続のプラス成長となりました。純輸出がマイナス寄与となる中で、国内需要がプラス寄与となりました(図表2)。先日公表された9月短観をみても、引き続き海外経済減速などの影響がみられるものの、全産業全規模ベースの業況感はプラスを維持しています。

先行きのわが国経済は、当面、海外経済の減速の影響を受けるほか、消費増税の個人消費に対する影響は注視が必要ですが、均してみれば緩やかな拡大基調が続くとみられます。これを数字で表しますと、日本銀行が7月に発表した展望レポートにおける政策委員の成長率見通しの中央値は、2019年度+0.7%、2020年度+0.9%、2021年度+1.1%となっています(図表3)。日本銀行は、わが国の経済が長い目でみて実現できる成長率、いわゆる潜在成長率を0%台後半とみていますので、先行き、その実力に見合った伸びを続けるとみています。

需要項目別にみますと、輸出は、当面は弱めの動きが続くものの、その後は海外経済の成長率の高まりに伴い、緩やかな増加基調に復していくとみています。国内需要は、緩やかな増加基調をたどると考えています。すなわち、設備投資は、きわめて緩和的な金融環境のもと、緩やかに増加していくとみています。個人消費も、基調としては、雇用・所得環境が着実な改善を続けるもとで、緩やかな増加を続けるとみています。ただし、消費増税が個人消費に及ぼす影響については、注意深くみていく必要があります。

物価情勢

続いて、物価情勢です。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は+0%台半ばとなっています。エネルギー価格の影響を除いてみても+0%台半ばとなっており、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べると、弱めの動きが続いています(図表4)。

もっとも、景気の拡大基調が続くもとで、プラスの需給ギャップが原動力となって賃金や物価が緩やかに上昇するというメカニズムは働き続けていますので、企業の賃金・価格設定スタンスは次第に積極化し、中長期的な予想物価上昇率も徐々に高まっていくとみています。この結果、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、時間はかかるものの徐々に上昇率を高めていくと考えています。これを数字で表しますと、7月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値1は、2019年度+1.0%、2020年度+1.3%、2021年度+1.6%となっています(図表3)。

  1. 消費税率については、2019年10月に10%に引き上げられること(軽減税率については酒類と外食を除く飲食料品および新聞に適用されること)、教育無償化政策については、幼児教育無償化が2019年10月に、高等教育無償化等が2020年4月に導入されることを前提としている。

3.経済・物価見通しを巡る留意点

以下では、こうした経済・物価見通しが実現していくかどうかを見極めるうえで、私が注目している点をお話ししたいと思います。

(1)雇用・所得環境

まず、雇用・所得環境についてお話しします。わが国の景気が緩やかな拡大を続けるもとで、労働や設備の稼働状況を表すマクロ的な需給ギャップは、引き続きプラスとなっています(図表5)。労働力調査の雇用者数は振れを均してみれば増加を続け、有効求人倍率はバブル期のピークを超えた高水準で推移しているほか、失業率も引き続き低水準で推移しています(図表6)。

このように引き締まった労働需給のなか、一般労働者の所定内給与の前年比は、0%台後半から1%程度のプラスで推移しています。また、労働需給の状況に感応的なパートの時給は、前年比+2%程度の高めの伸びとなっています(図表7)。この結果、一人当たり名目賃金は、振れを伴いつつも緩やかに上昇していますが、近年の女性と高齢者を中心とした弾力的な労働供給などから、労働需給の引き締まりに比べると弱めの伸びにとどまっています。

先行き、景気の拡大基調が続くもとで、労働需給も引き締まった状態が続く可能性が高いことから、一人当たり名目賃金は伸び率を徐々に高めていくと考えています。もっとも、企業における賃金設定スタンスが慎重なものにとどまるリスクもあることから、今後の動きに注目しています。

(2)物価動向

続いて、雇用・所得環境を踏まえたうえで、物価動向についてお話しします。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は+0%台半ばにとどまっています(図表4)。

景気の拡大や労働需給の引き締まりと比べて弱めの動きをしている背景には、長期にわたる低成長やデフレの経験などから、賃金や物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が企業や家計に根強く残っていることがあります。企業や家計の考え方や慣行の変化は簡単なことではなく、その変化には相応の時間を要するものと思われます。また、企業は省力化投資の拡大やビジネス・プロセスの見直しなどを通じてコスト上昇圧力の吸収に努めており、ここしばらくの間、企業が値上げに慎重なスタンスを維持することが可能になっているという面もあります。

一方で、人件費や物流費などのコスト上昇分を販売価格に転嫁する動きがゆっくりと拡がっています。消費者物価(除く生鮮食品)を構成する各品目の前年比について、上昇品目の割合から下落品目の割合を引いた指標をみると、幅広い品目で、人件費や物流費の転嫁に伴う値上げの動きが続くもとで、このところ緩やかに上昇しています(図表8)。

物価動向には様々な要因が影響を与えますが、その基調は需給バランスによって規定されると考えています。需給ギャップのプラスの状態が今後も維持されることによって、賃金上昇率や家計の値上げ許容度が高まり、企業の価格設定スタンスもさらに積極化していけば、価格引き上げの動きが一段と拡がっていくと考えられます。そして、実際に賃金や物価が上昇していくことにより、賃金や物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行も次第に薄れていくことが予想されます。そうしたもとで、中長期的な予想物価上昇率も、徐々に高まるとみられます。このように2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムは引き続き維持されていると考えています。ただし、世界経済を巡る下振れリスクは大きく、こうしたモメンタムが損なわれる可能性には注意が必要です。

4.金融政策運営

次に、金融政策についてお話しします。

日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%を「物価安定の目標」として、これをできるだけ早期に実現することを目指して金融政策運営を行っています。そして、その実現に向けて、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を実施しています。現状では、イールドカーブ・コントロールとも呼ばれる長短金利操作として、金融市場調節方針において、短期政策金利を「▲0.1%」に設定するとともに、10年物国債金利が「ゼロ%」程度で推移するよう長期国債を買い入れることとしています(図表9)。また、資産価格のプレミアムに働きかける観点から、ETFなどの資産買入れも行っています。

こうした強力な金融緩和のもとでのきわめて緩和的な金融環境は企業や家計の経済活動を刺激し、需給ギャップがプラスになることに大きく貢献していると考えています。物価や予想物価上昇率がなかなか高まらない状況を踏まえると、十分に低い金利を長く維持することにより、需給ギャップのプラスの状態をできるだけ長く持続し、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持することが重要であると考えています。

また、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれることが予見される場合には、それを未然に防ぐことが必要であると考えています。7月の金融政策決定会合では、経済・物価の下振れリスクが大きい現下の情勢における日本銀行の金融政策運営方針を一段と明確化するため、「先行き、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる」ことを示しました。追加緩和の手段としては、短期政策金利の引き下げ、長期金利操作目標の引き下げ、資産買入れの拡大、マネタリーベースの拡大ペースの加速など、あらゆる可能性が存在します。このところ、海外経済の減速の動きが続き、その下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつあります。こうした情勢にあることを念頭に置きながら、次回の金融政策決定会合では、経済・物価動向を改めて点検していく考えです。

5.日本経済の課題

次に、私なりに、より長期的な視点から、日本経済が置かれている状況を考えてみたいと思います。

日本銀行の推計によると、潜在成長率は足もとにおいて0%台後半で推移しています(図表10)。2010年前後に比べれば上昇しているものの、足もとでは伸び悩んでいるともいえ、わが国は生産性向上に対する様々な課題を抱えているのも事実です。例えば、規模の拡大に伴って経済性が高まる、いわゆる規模の利益を享受するビジネスモデルをわが国では構築しにくいことが挙げられます。わが国の経済規模は、世界第3位とはいえ、米国や中国と比べると格段に小さく、欧州諸国についてもEUとの比較でみれば小さいと言えます。中国企業の台頭の背景には、中国の経済規模の急拡大があります。近年のわが国企業の生産性向上の伸び悩みには、わが国のこうした事情も影響しているのではないかと思います。

この点、最近のわが国企業による海外M&Aもこうした課題への1つの取り組みと言えるでしょう。しかし、海外企業の経営は多くの日本企業にとって新しい経験であり、経営人材の確保や異なる企業文化への適合など課題は多く、難易度は相応に高いとみられます。加えて、最近の保護主義的な動きは、ヒト・モノ・カネ・情報の自由な動きの障害となりえます。国内市場の小さいわが国企業の経営環境は、厳しさを増していると考えています。

しかし、私は、先行き、幅広い主体による構造改革や成長戦略の取り組みが進み、生産性の向上を通じて、潜在成長率は上昇していくと考えています。需給ギャップがプラスの状態を維持するもとで、企業は引き続きIT技術の活用などを通じた省力化投資を着実に行っています。また、人口動態や相応にタイトな労働需給を映じて、働き方改革に代表されるような取り組みも進展しており、女性や高齢者、外国人など多様な人材の活用は着実に進んでいます。また、業務効率化や生産性向上の必要性に対する経営者や労働者の認識も深まってきており、生産分野だけではなく事務分野などでもロボットによる事務プロセスの自動化を図るRPAを積極的に活用する企業も増えています。人材の活用方法や業務の効率化など、改善の余地は引き続き大きく、こうした取り組みを通じて一層の生産性向上が期待できると考えています。

こうした構造改革や成長戦略の取り組みは、短期的には賃金に対して下押し圧力となる可能性がありますが、長期的には所得から支出への前向きの循環メカニズムを支えることにつながっていくとみています。すなわち、生産性向上が、循環メカニズムの起点の一つとなって、賃金の上昇や個人消費の増加を通じて、物価上昇を促していくと考えています。もっとも、生産性を向上させ、わが国の成長力を高めていくのは、時間のかかる取り組みでもあります。したがって、金融政策が総需要を喚起して、適度にタイトな需給環境が維持されることを通じて、活発な需要が様々な取り組みの進展を促す環境が長期にわたり持続されることが重要です。このため、日本銀行としては、「物価安定の目標」の実現や、それと整合的な「持続的な経済成長」の実現に向けて、強力な金融緩和を息長く続け、幅広い主体の取り組みを確りと支えるべきだと考えています。

6.おわりに ―― 島根県経済について ――

最後に、島根県経済について触れさせていただきたいと思います。

足もとの島根県経済は、緩やかな回復を続けています。雇用・所得環境が緩やかに改善するもとで個人消費は底堅く、設備投資も堅調に推移するなど、内需が当地の景気を支えています。もっとも、米中貿易摩擦や中国経済減速などの影響を受けて、鉄鋼、電子部品・デバイスなどの生産が減少しています。先行きについては、こうした海外経済減速が企業の設備投資等に与える影響や、消費税率引き上げが個人消費に与える影響も含めて、注意深くみていく必要があります。

中長期的には、島根県経済にとって、全国に先駆けて進展する少子高齢化・人口減少への対応が課題となります。県、市町村、企業など幅広い関係者によるこれまでの取り組みにより、よい動きもみられます。例えば雲南市や海士町では、若者がチャレンジする場を提供し、UIターン者を増やしているほか、出雲市では、外国人労働者が生産現場を担うようになっています。各企業でも、人手不足に対応して業務プロセスの見直しや設備投資による省力化で労働生産性の向上を図っています。

島根県には強みとなる点もあると思います。例えば観光面では、石見銀山、出雲大社、松江城などの歴史、茶の湯、庭園、神楽などの文化、中海・宍道湖、隠岐、三瓶山、奥出雲などの自然、豊かな食や温泉といった魅力的な観光資源を多く有しています。近年は、サイクリング、マラソン、アドベンチャーツーリズムなどの体験型観光や、「神話」、「縁結び」、「美肌県」といった当地ならではのテーマを打ち出した旅行プランなど魅力的なコンテンツも生まれています。幅広い関係者が広域で連携して観光資源をアピールし、受け入れ体制も充実させることで、インバウンド客も含めた誘客につなげており、今後も伸びしろは大きいと思います。

海外との間で裾野の広い交流を積極的に行っていることも心強いと感じます。例えば当県出身のインド哲学の世界的権威・中村元博士の記念館開設を機に2010年代前半に本格化したインドとの交流が継続的に行われ、行政、経済界、大学などが参加して交流内容も拡充されてきています。経済成長率の高い海外とのこうした交流は、新たな需要の掘り起こしや、優秀な人材の確保にもつながる取り組みであると思います。

最後になりますが、私の故郷でもある島根県の経済が、多くの前向きな取り組みの推進により、一層発展していくことを大いに期待しております。日本銀行といたしましても、松江支店を通じて金融経済の動向をきめ細かく把握・分析し、中央銀行として、地域経済のさらなる発展に貢献していきたいと考えています。ご清聴ありがとうございました。