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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営名古屋での経済界代表者との懇談における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2019年11月5日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、中部経済界を代表する皆様方とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より、私どもの名古屋支店の様々な業務運営にご協力頂いております。この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。

日本銀行は、先週開催された金融政策決定会合で、2021年度までの経済・物価見通しを取り纏めました。特に、今回は、海外経済の減速の動きが続き、その下振れリスクが高まりつつあることに、より注意を払いながら、経済・物価動向を点検しました。本日は、その内容をご紹介しながら、わが国の経済・物価に対する日本銀行の見方と最近の金融政策運営の考え方について、ご説明したいと思います。

2.経済情勢

それでは、経済情勢からお話しします。先週の会合では、先行きのわが国経済について、2021年度までの見通し期間を通じて、景気の拡大基調が続くと判断しました。この「拡大基調が続く」という総括判断はこれまでと変わっていません。海外経済の持ち直し時期が後ずれし、外需の回復が遅れると見込まれる一方で、国内需要については、その波及が限定的にとどまり、底堅く推移すると予想しています。以下、順番にご説明します。

はじめに、海外経済の動向です(図表1)。グローバルな製造業の業況感は、今年に入ってから、改善・悪化の境目である50を下回った水準での推移が続いています。米中貿易摩擦は、先月半ばの部分合意まで、追加関税の段階的な引き上げが続き、世界的な貿易活動に負の影響を及ぼしています。また、中国における経済政策の効果発現に時間を要していることもあり、新興国経済は減速の動きが続いています。これらを背景に、海外経済の持ち直しは遅れており、その時期は、これまでの想定より半年程度後ずれすると考えています。IMFの世界経済見通しも、7月時点から幾分下方修正されており、同様の見方をしています。

ただし、この先、海外経済が一段と減速するとはみていません。IMFの見通しでも、来年は成長率が高まる姿が維持されています。その理由ですが、今年に入り、多数の新興国に加えて、FRBやECBでも金融緩和が実施されています。これまで製造業が弱いもとでも、家計部門や非製造業は堅調に推移してきましたが、先行きも緩和的な金融環境が各国の内需を支えることが期待されます。また、これまでグローバルな製造業の弱さの一因であったIT関連財は、徐々に調整が進んでいます(図表2)。世界の半導体出荷額は、前期比マイナスが続いていましたが、直近は横ばいとなっています。IT関連財の調整による下押し圧力は今後減衰していくと考えられます。こうしたもとで、海外経済は、先行き成長率を高め、総じてみれば緩やかに成長していくとみています。もっとも、これは、貿易摩擦がさらに高まらないといった前提のうえでの見通しです。後ほど述べるように、海外経済の下振れリスクに警戒が必要な状況は、これまでと変わりがありません。

このように、海外経済の持ち直し時期は遅れているものの、先ほどお話ししたように、わが国経済が大きく下振れることはないと考えています。その理由は、海外経済の動向を受けて外需は下振れるとみられる一方、内需は底堅さを維持することが予想されるためです。わが国経済は、過去、外需主導で景気変動が生じる場合が多くみられました。しかし、今回の局面では、少なくともこれまでのところ、設備投資などの堅調さを背景に、外需の弱さが内需にまでは及んでいません。また、消費税率引き上げの影響も、過去の経験から、慎重にみてきましたが、これまでのデータをみる限り、2014年の引き上げ時と比べると、影響は小幅にとどまっています。以下では、こうしたわが国経済の動向について、外需、内需の順にさらに詳しくご説明します。

まず、外需は、中国などの設備投資に減速感がみられることから、資本財を中心に弱めの動きを続けています(図表3)。外需やそれに関連する生産の弱さから、9月短観における製造業の業況感は、はっきりと慎重化しています。先行きも、海外経済の持ち直し時期の遅れにより、外需は、当面、弱めの動きが続くとみられます。

一方で、内需は堅調さを維持しています。9月短観でも、非製造業の業況感は、高めの水準を維持しました。内需のうち設備投資は、増加傾向を続けています(図表4)。9月短観の設備投資計画は、過去の9月調査の平均を上回るしっかりとした内容でした。機械投資は、海外経済の減速の影響から、製造業では弱めですが、非製造業は堅調さを維持しています。非製造業では、省力化・効率化ニーズの強さを反映して、機械投資に加えて、ソフトウェア投資も増勢を強めています。研究開発投資は、輸出関連を含めた幅広い業種で、増勢を維持する計画となっています。建設投資も、都市開発のほかeコマース普及に伴う物流施設の建設などを背景に、増加傾向を続けています。先行き、設備投資は、海外経済の減速の影響から製造業を中心にいったん増勢が鈍化するものの、緩和的な金融環境のもとで、都市開発投資、省力化投資、成長分野への研究開発投資といった海外需要の変化の影響を相対的に受けにくい投資を中心に、緩やかな増加を続けると予想しています。こうした設備投資の底堅さには、数年にわたって日本経済の緩やかな拡大基調が続き、物価も持続的に下落する状況ではなくなったことで、企業行動が、将来のビジネスチャンスや長期的な課題への対応を見据えた前向きなものへと、変化してきていることも影響しているように見受けられます。

個人消費も、緩やかに増加しています(図表5)。消費税率引き上げの影響については、家計のネット負担増加が小幅なものにとどまることや、各種の需要平準化策が実施されていることなどから、2014年の引き上げ時と比べると小さいと考えています。個人消費が緩やかに増加している背景には、雇用・所得環境の改善があります(図表6)。有効求人倍率はバブル期のピークを越えた水準を維持し、失業率は2%台前半まで低下するなど、労働需給は引き締まっており、雇用者所得は増加を続けています。先行き、個人消費は、消費税率引き上げの影響からいったん下押しされるものの、雇用・所得環境の改善が続くもとで、緩やかな増加傾向をたどると考えられます。この間、政府支出は、災害復旧・復興関連工事やオリンピック関連支出、国土強靱化に伴う公共投資の増加などを背景に、先行きの景気を下支えすると考えられます。

このように、わが国経済の先行きは、当面、海外経済の減速の影響が続くものの、国内需要への波及は限定的となり、2021年度までの見通し期間を通じて、景気の拡大基調が続くと考えています(図表7)。「展望レポート」における成長率見通しの中央値は、2019年度+0.6%、2020年度+0.7%、2021年度は+1.0%となっています。

以上が経済の見通しですが、海外経済の動向を中心に下振れリスクが大きい状況は変わっていません。米中貿易摩擦に関しては、先月の部分合意は前向きな動きですが、今後の展開は引き続き不透明です。英国のEU離脱についても、10月末の合意なき離脱という事態は回避されましたが、12月に総選挙が予定されるなど、なお不確実な状況です。また、新興国経済の動向や地政学的リスクなどの不確実性もあります。さらに、これらのリスクに対して、国際金融市場が反応しやすくなっている点にも留意が必要です。仮に、そうした下振れリスクが顕在化した場合には、前向きさを維持している企業行動も慎重化する可能性があります。海外経済を巡るリスク以外では、消費税率引き上げの影響には、引き続き注意が必要です。既にご説明したように、今のところ、その影響は小さい模様ですが、消費者マインドへの影響も含めて、引き続き、慎重に確認していきたいと考えています。

3.物価情勢

続いて、物価情勢です。日本銀行は、9月の金融政策決定会合で、海外経済の減速が続き、その下振れリスクが高まりつつあるもとで、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに、より注意が必要な情勢になりつつあると判断しました。そうした情勢にあることを念頭に置きながら、先週の会合では、物価動向を点検し、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを評価しました。評価にあたっては、経済活動の強さを表すマクロの需給ギャップと、人々の物価観を示す予想物価上昇率の動向、の2つが、特に重要と考えています。

まず、需給ギャップです(図表8)。結論から申し上げると、需給ギャップは、いったんプラス幅を縮小するものの、均してみれば現状程度のプラスを維持すると考えています。つまり、マクロでみた需要が平均的な供給力を上回る状況がさらに続くとみています。先ほど、経済情勢でご説明したように、わが国経済は、海外経済の減速と消費税率引き上げの影響を受けて、いったん潜在成長率を幾分下回る成長となり、需給ギャップのプラス幅は縮小すると見込まれます。しかし、見通し期間を通じてみると、国内需要については、海外経済の減速の波及は限定的にとどまり、増加基調を続けると考えられます。また、海外経済もいずれ持ち直すと見込まれることから、わが国の景気は拡大基調が続くと考えています。そうしたもとで、需給ギャップは、均してみれば、現状程度のプラスを維持すると予想しています。

次に、予想物価上昇率の動向です(図表9)。サーベイデータなどからみた予想物価上昇率は、一部に弱めの動きがみられる一方、上昇を示す指標もあるなど、指標ごとに幾分動きが異なっていますが、総じてみれば、横ばい圏内で推移しています。人々の予想物価上昇率の動向を把握するためには、家計や企業の物価に対するスタンスの変化をみることも重要です。生活意識に関するアンケート調査における「物価上昇についての感想」を家計の値上げ許容度を表す指標と捉えると、2017年以降は、過去の平均を上回る許容度を維持しています。また、消費と関係の深い企業の価格設定スタンスを、消費関連業種の販売価格判断DIでみると、「上昇している」と答える企業の割合が「下落している」と答える企業の割合を上回る状態が続いており、その幅が緩やかながら拡大しています。先行き、プラスの需給ギャップが維持されるもとで、雇用・所得環境の改善が続いていけば、家計の値上げ許容度は徐々に高まり、企業も価格設定を次第に積極化していくことが見込まれます。それに伴って、企業や家計の予想物価上昇率も徐々に高まっていくと考えられます。

このほか、原油価格や国際金融市場の動向も物価に影響します。原油価格は、春頃に比べると下落した水準にありますが、夏場以降は、振れを伴いつつも、横ばい圏内で推移しています。国際金融市場では、リスク回避的な動きが続いていましたが、最近は、ひと頃に比べると落ち着いています。

以上を踏まえて、先週の会合では、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、一段と高まる状況ではないと判断しました。そのうえで、先行き、消費者物価の前年比は、当面、原油価格の下落の影響などを受けつつも、需給ギャップがプラスの状態を続けることや予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくとみています(図表10)。「展望レポート」における生鮮食品を除く消費者物価の上昇率見通しは、2019年度+0.7%、2020年度+1.1%、2021年度は+1.5%となっています。

もっとも、こうした物価の見通しについては、下振れリスクの方が大きく、引き続き、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な情勢にあるとも考えています。特に、経済の下振れリスクが顕在化した場合に、需給ギャップが下押しされることなどを通じて、物価に波及するリスクを意識しておく必要があります。日本銀行としては、今後とも、経済・物価動向を丹念に点検し、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まらないか、しっかりと確認を続けていく方針です。

4.日本銀行の金融政策運営

ここからは、金融政策運営についてお話しします。

日本銀行では、従来から、金融政策運営に当たり、中心的な見通しとリスク分析という2つの柱による点検を行っています。現在のように経済・物価の下振れリスクが大きい局面では、リスク点検の重要性は一段と高まります(図表11)。7月の会合で「物価のモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる」と明示し、9月の会合で「『展望レポート』を公表する次回会合において、経済・物価動向を改めて点検していく」ことを強調したのは、こうした従来からの考え方をより明確にしたものです。同時に、経済・物価の下振れリスクが大きくなるもとで、緩和方向をより意識して政策運営を行うという基本的なスタンスを示す狙いもありました。

先週の会合では、点検の結果、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、一段と高まる状況ではないものの、海外経済を巡る下振れリスクが高まりつつあるとみられるもと、引き続き、注意が必要な情勢にあると判断しました。こうした経済・物価情勢に関する判断と、緩和方向をより意識した政策運営を行っているという、日本銀行の政策運営スタンスを明確にする観点から、先週の会合では、新たな「政策金利のフォワードガイダンス」を決定しました(図表12)。具体的には、政策金利については、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定しているというものです。ポイントは2つあります。1つ目は、フォワードガイダンスを、「物価安定の目標」に向けたモメンタムと、明確に関連付けたことです。2つ目は、緩和方向を意識して政策運営を行うというスタンスを、政策金利のフォワードガイダンスにも反映させたことです。政策金利について「下方バイアス」があることを明確にしました。ただし、このことは、追加緩和手段を政策金利の引き下げに限定したわけではないことも、付け加えておきます。追加緩和の手段としては、政策金利の引き下げに加えて、資産買入れの拡大やマネタリーベースの拡大ペースの加速など、その時々の経済・物価・金融情勢次第で様々な対応があり、これらの組み合わせや応用といったことも考えられることは、これまでと変わりません。

日本銀行は、今後も、様々なリスクを注意深く点検しつつ、経済・物価・金融情勢を踏まえ、予断を持つことなく、適切な政策運営を行っていく方針です。

5.おわりに

最後に、当地経済について一言触れて、私の話を終わりたいと思います。本年入り後、全国的に輸出や生産に海外経済の減速の影響がみられるなかでも、東海経済は底堅い状況が続いています。労働需給は引き締まった状態が続いており、1年以上にわたり、有効求人倍率は約2倍、失業率は2%以下です。また、所定内給与は全国を上回る伸びとなっています。企業部門では、高水準の企業収益を背景に、設備投資の増加が続いています。海外経済の減速が続くなか、不要不急の能力増強投資を見送る動きはみられますが、将来を見据えた研究開発投資や省人化・省力化投資は増加しています。海外需要の変化を相対的に受けにくいこうした投資が景気の拡大基調を下支えする姿は、全国的にみられますが、当地ではその傾向が特にはっきりとしています。

当地経済の底堅さの背景には、モノづくり能力の高さに加え、消費者ニーズをきめ細かく捉える分析力の高さもあると考えられます。例えば、自動車産業では、世界各地の需要動向をきめ細かく分析し、その結果を生産工程に機動的にフィードバックする仕組みが構築されてきました。市場分析から顧客に製品を届けるまでを一体として精緻に管理できることは、不透明感が高いなかで、臨機応変な経営の舵取りを可能にするものと感じています。

日本銀行としては、強力な金融緩和を粘り強く進めていくことで、皆さまの企業活動を最大限サポートしていくことをお約束して、本日のご挨拶とさせて頂きます。

ご清聴ありがとうございました。