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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策兵庫県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 櫻井 眞
2019年11月27日

1.はじめに

日本銀行の櫻井でございます。本日は、兵庫県の各界を代表する皆さまとの懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆さまには、日ごろより日本銀行神戸支店の業務運営に際して様々なご支援を頂いております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

本日は、皆さまから、当地経済に関するお話や、私どもの政策・業務運営についての忌憚のないご意見を承りたく存じます。まず、私から、国内外の経済動向や日本銀行の政策運営等について、私なりの見方も交えながらお話しさせて頂きます。

2.内外経済の現状と先行き

海外経済

まず、海外経済の動向からお話しします。世界経済は、緩やかな成長を維持していますが、2019年に入ってからは成長ペースの減速が続いています。IMFの世界経済見通しでも、世界経済の成長率は2019年が+3.0%となっており、2017年の+3.8%、2018年の+3.6%から鈍化しています(図表1)。成長率の減速が続く主因は、米中貿易問題の深刻化が、世界貿易量の急減速と停滞を引き起こしたことです。これがグローバルなサプライチェーンの中核の一つである中国経済の下押し要因となり、その影響はわが国経済を含む世界経済全体に波及しています。

地域別にみると、米国では、やや減速しつつも緩やかに拡大しています。失業率が歴史的に低水準なもとで堅調な消費が持続しており、金利低下などによる住宅投資の拡大もあって、経済のファンダメンタルズに大きな問題はないとみられます。欧州では、英国におけるEU離脱問題の混迷に加え、ユーロ圏でも、中国の減速の影響もあって低成長となっています。新興国経済にはバラツキもみられますが、中国との経済関係が強いアジア諸国では、貿易を通じた影響が生産に波及する形で成長の下押し要因となっています。米中貿易問題に加え、地政学リスクの高い状態も続いており、世界経済の先行き不透明感が早期に払拭される見通しは立っていません。

各国は、世界経済への懸念が高まる中で、政策対応を進めています。米欧では金融緩和措置が既に実施されたほか、中国でも各種の景気対策を進めています。こうした政策対応により、景気を下支えする一定の効果は出ていると考えられますが、米中貿易問題は、当初想定していたよりもその規模は拡大しているほか、期間も長引いており、政策対応ではカバーしきれていないのが現状です。

海外経済の先行き

米中貿易問題の拡大・長期化の影響により、今後一段と減速が進む懸念は残りますが、上方リスクも考えられます。例えば、既往の景気対策の効果が、2020年前半に想定以上に出てくる可能性があるほか、米中貿易問題を受けたサプライチェーンの再構築の動きが加速することも考えられます。いずれにしても、今回の世界的な成長減速は、世界貿易量の急減速が主因であり、製造業を中心に生産・輸出の減速が続く一方、非製造業は緩やかな成長の拡大を維持していることも特徴です。ウエイトが高い非製造業の底堅さは、世界経済の成長を下支えする一定の役割を果たしていると思われます。

国内経済の現状

次に、国内経済の動向です。わが国経済は、海外、特に中国経済の減速の影響から、製造業を中心に輸出と生産面で弱めの動きが続いています(図表2)。一方で、内需は緩やかに拡大を続けています。設備投資が非製造業を中心に堅調な拡大を続けていることに加え、個人消費も雇用・所得環境が改善するもとで緩やかに増加しています。さらに、足もとでは公共投資も拡大に転じつつあります。2018年末以降のわが国経済は、外需の弱めの動きを堅調な内需が補う形が続いており、実質GDPは4期連続のプラス成長となっています(図表3)。需給ギャップもプラスを続けており、所得から支出への好循環メカニズムは引き続き作用していると評価できます。もっとも、世界経済のわが国経済への影響や、消費税率引上げの影響については、当面は慎重に点検することが必要です。

わが国経済の現状を、需要面と供給面に分けて整理します。まず需要面ですが、海外経済の減速が当面続くと見込まれることから、輸出の急速な回復は期待できません。一方、内需は、個人消費や民間設備投資、公共投資などが底堅く、緩やかな伸びが持続可能と思われます。

需要項目別にみると、個人消費については、天候要因などもあって上下に変動しつつも、女性や高齢者を中心とする労働参加が続くもとで、堅調な雇用者所得に支えられる形で、緩やかな伸びが続いています(図表4)。設備投資については、緩やかながらもGDPが潜在成長率を上回る伸びを続けていることや、急速に拡大するインバウンド需要への対応などから、省力化目的のソフトウェア投資だけでなく、能力増強投資や、将来を見据えた研究開発投資も増加しています(図表5)。設備投資の産業別内訳をみると、非製造業のウエイトは足もと約7割に達しています。底堅い内需関連の設備投資に下支えされることで、海外経済の減速がわが国の設備投資に与える悪影響は限定的となる可能性が相応にあります。また、公共投資については、災害復旧・復興関連工事や国土強靱化に向けた投資が本格化しつつあり、オリンピック関連の建設需要がピークアウトした分を補うことが期待されます(図表6)。

次に供給面です。継続的に拡大している設備投資は、需要面だけでなく、生産能力の拡大という供給面の効果もあることは重要です。特に人手不足に直面する業種では、労働生産性上昇のための設備投資が活発に行われており、一人当たりの資本である資本装備率が上昇しています。こうした動きは、わが国の潜在成長率の上昇を通じて物価を上昇させる効果がある一方、生産性の向上は賃金上昇圧力を緩和させることを通じて物価上昇圧力を抑制する要因ともなっているようです。この点は後ほど改めて説明します。

国内経済の先行き

当面のわが国経済を展望すると、消費税率引上げの影響は前回対比で相対的に小さいとみられるものの、短期的には影響が見込まれることや、世界経済の緩やかな回復への転換が2020年半ば頃までは想定し難いことから、今後の約半年間は慎重に情勢を点検すべき時期と考えています。

こうしたもとで、わが国経済の緩やかな成長が、今後短期的に減速する可能性は否定できませんが、中長期的に減速が続くこともまた考え難いと思います。なぜなら、過去7年に亘る金融緩和の継続により、大きく雇用の改善が進み、人手不足が続いたことで企業行動の変化を促し、設備投資を通じた経済の好循環メカニズムが働いているからです。さらに、ウエイトの高い非製造業の設備投資が堅調な中で、海外経済の減速という外部ショックに対するわが国経済の頑健性は着実に強まっています。当面は、世界経済の動向とそのわが国への影響を慎重に点検していくことが重要ですが、先行きを過度に悲観するべきではありません。当面は、生産年齢人口の減少ペースが総人口の減少ペースを上回ることを踏まえると、労働市場が逼迫した状況が続く可能性が高く、堅調な個人消費、さらには人手不足対応を中心とする設備投資の拡大が持続する可能性は相応に高いと思われます(図表7)。

2019年10月の「展望レポート」における政策委員の実質GDP成長率の見通しの中央値をみると、2019年度が+0.6%となった後、2020年度、2021年度はそれぞれ+0.7%、+1.0%となっています(図表8)。

3.物価の現状と先行き

現状の物価動向とその背景

続いて物価動向についてお話しします。わが国の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、+0%台前半での緩やかな伸びが続いています(図表9)。既に前年比プラスが3年間も続いており、「再びデフレに逆戻りしない」という意味での頑健性が強まっていることが窺われます。しかしながら、物価上昇率が一段と加速し、物価安定の目標に近づく状況には至っていません。こうした「デフレではないものの物価が加速しない状況」の背景には、物価変動のメカニズムが近年徐々に変化してきていることがあると考えられます。

現状のわが国の物価変動メカニズムは、1つの物価上昇要因と2つの物価抑制要因が重なっていると整理できます。すなわち、物価上昇要因としての「プラスの需給ギャップの継続」、そして物価抑制要因としての「長引くデフレマインド」、「労働生産性の向上が物価上昇圧力を抑制する効果」です。

まず、物価上昇圧力としての需給ギャップは、2016年第4四半期以降一貫してプラスを維持しています。実際、物価上昇率と需給ギャップは一定のラグを伴いつつ連動して動いており、「プラスの需給ギャップ」は物価上昇圧力として作用していることが示唆されます。

一方の物価抑制要因です。まず、「長引くデフレマインド」ですが、過去のデフレの経験を踏まえた消費者の節約志向は根深く、これが引き続き企業の慎重な価格設定に影響しています。わが国の予想物価上昇率の形成プロセスをみると、今後の経済状況や政策の変化に基づく予想の側面よりも、過去に実現した物価上昇率に基づいて予想が形成される側面、すなわち適合的期待形成の側面が強く、これがデフレマインドの長期化に繋がっています。

また、2017年頃からは「労働生産性の向上が物価上昇圧力を抑制する効果」がみられ始めています。労働市場は現在ほぼ完全雇用状態である一方、賃金上昇圧力は然程高まっていません。これは、人手不足が深刻化する過程で同時並行的に労働参加率の上昇がみられたことで賃上げを抑制する余地があったことも影響していますが、加えて、人手不足が長期化する見通しのもとで、企業が省力化投資に踏み切り、労働生産性の向上が進んだことも重要です。労働投入が節約されたことにより、需給ギャップの面からみると、プラス幅のさらなる拡大が回避されたことになります。こうした労働生産性の向上によって、人件費や原材料費等のコスト上昇圧力を販売価格に転嫁する動きは抑制されました(図表10)。民間設備投資の拡大を通じて、「労働生産性の向上が物価上昇圧力を抑制する効果」が作用した、と整理できます。

物価の先行き

物価変動メカニズムが複雑化する中で、物価の先行きを見通すことは容易ではありません。まず、適合的期待形成に基づく「長引くデフレマインド」を克服するためにプラスの物価上昇率が必要であり、そのために「プラスの需給ギャップ」を維持し続けることを前提にすると、残る「労働生産性の向上が物価上昇圧力を抑制する効果」の見通しが重要となります。先行き見通しの検討にあたっては、労働生産性の向上が経済構造を変化させる側面を考慮する必要があります。すなわち、供給側の変化は、物価抑制要因として作用することに加えて、潜在成長力の向上を促すという点です。

世界経済の先行きを巡る不確実性が高いもとで、わが国経済の当面の課題は、堅調な内需に支えられた緩やかな成長を何とか維持することで、「プラスの需給ギャップ」を持続させると同時に、進み始めた経済の構造変化を止めないことです。こうした当面の課題に適切に対応できれば、デフレではない状況を維持しつつ、いずれ労働参加率の上昇に歯止めがかかり、実質賃金上昇が生産性向上ペースに追いつけば、物価上昇率の緩やかな加速に繋がることが想定できます。

物価の先行きを巡るリスクにも警戒が必要です。海外経済の減速が想定を超えて継続し、需給ギャップがマイナスに逆戻りすれば、再びデフレに直面するおそれも出てきます。現時点では、堅調な内需のもとで「プラスの需給ギャップ」が維持されていることを踏まえると、慎重に海外経済やわが国経済の先行き動向を点検しつつ、さらなる政策対応が必要な場合に備えた準備は怠るべきではありません。万全の態勢で世界経済の回復を待つことが、物価上昇のモメンタムを維持していく上で重要です。

4.金融政策

現行の金融緩和政策とその枠組み

現行の金融緩和政策は、2016年9月に導入した「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が基本的な枠組みです。これは、「物価安定の目標」を目指して長短金利の操作、すなわち「イールドカーブ・コントロール」により、短期政策金利を-0.1%、10年物国債金利の操作目標をゼロ%程度と設定し、これと整合的な長短金利の形成を促すように国債買入を行うものです。その後、2018年7月にフォワードガイダンスを導入し、2019年4月には適格担保の拡充など政策の持続可能性を高めるための一連の措置を実施することを決めました。さらに、直近の2019年10月には、引き続き物価安定に向けたモメンタムの点検を続ける必要があることを明確に示す観点から、フォワードガイダンスを修正しました。

こうした一連の措置を講じつつ、日本銀行は大規模な金融緩和政策を継続しています。政策遂行にあたっては、実体経済や物価動向に加え、金融市場や金融システムの状況を含む広範な視点から点検し、政策効果と金融緩和政策の継続に伴う副作用のバランスを慎重に考慮しつつ、粘り強く金融緩和政策を続けていくことが肝要であると考えます。

今後の金融政策

日本銀行は、引き続き現在の強力な金融緩和を粘り強く続けていきます。今後の政策運営にあたって特に留意すべき点として、(1)世界経済の減速がわが国経済に与える影響、(2)金融緩和政策の継続による効果と副作用のバランス、(3)経済構造・物価変動メカニズムが変化するもとでの政策運営、の3点を挙げたいと思います。

1点目は、わが国の実体経済の先行きを占う上で、当面の大きな留意事項です。仮に、海外経済の減速が一段と強まり、わが国の実体経済への悪影響が顕在化した場合には、政策対応が必要となる可能性はあります。その際の重要な留意点は、悪影響の規模とその波及スピードを見極めた上で対応すべきということです。

すなわち、仮にリーマンショックのように金融システム崩壊の可能性を伴うような危機の場合には、信用収縮を通じた急速な景気後退となるため、果断な対応が必要となります。一方、貿易問題に起因する海外経済の減速が緩やかなものにとどまる場合には、わが国の経済に波及するそのスピードも緩やかなものとなり、経済指標の動向を見極めた上で政策対応を考える余地が出てきます。拙速な政策対応を控えるべきであることは、次の副作用の論点とも関連してきます。

2点目の副作用ですが、今後の金融政策運営にあたって、低金利政策の継続に伴う金融システム面での副作用に留意する必要性が一段と高まっています。企業の資金需要が限られるもとで、低金利環境の継続などから貸出利鞘の縮小が続いています(図表11)。金融機関は収益確保のためにリスクテイクを拡大していますが、世界的に緩和的な金融環境のもとでリスクに見合うリターンを確保できる投融資先が限られる中で、景気後退時にリスクが顕在化し、自己資本比率が急低下するリスクも高まっています。

現時点では、金融機関の自己資本比率はいずれの業態でも規制水準対比で十分高いと考えられますが、地域金融機関を中心に自己資本比率が低下トレンドをたどるもとで、時間の経過に伴い従来以上に細やかなモニタリングが必要な状況になってきています。日本銀行では、金融システムレポート、考査、オフサイト・モニタリングなど複数のチャネルを通じて、金融システムのリスク状況を点検するとともに、必要に応じて、こうしたリスクへの対応を促していくほか、金融高度化センターの活動など幅広い機会を捉えて、金融機関の課題解決に向けた対話を進める方針です。金融政策運営にあたっても、こうした金融システム面での副作用の状況を慎重に点検しつつ、適切に政策判断を行うことが重要と考えています。

最後の3点目ですが、省力化投資に伴う労働生産性の向上が物価上昇を抑制するなど、金融政策と物価の関係が複雑化しており、今後の不確実性も高い状況です。こうした、経済構造の変化とそのもとでの望ましい金融政策のあり方について、やや詳しく説明していきたいと思います。

5.わが国経済の構造変化と金融政策の役割

わが国経済の構造変化とその新たな注目点

過去7年間に亘る金融政策と財政政策のポリシーミックスに支えられて、わが国では静かながらも着実に経済構造の変化が起き始めています。こうした変化は、(1)グローバル化に伴う産業構造の変化、(2)人手不足の定着に伴う好循環プロセスの確立、の2つに大別できます。その結果、わが国では、(3)供給サイドの拡大に伴う潜在成長率の上昇期待、および(4)外部環境の変化に対する頑健性の向上、といった変化がみられ始めています。以下、それぞれ簡単に触れた上で、最後に(5)構造変化のもとでの望ましい政策のあり方について説明します。

(1)グローバル化に伴う産業構造の変化

ブレトンウッズ体制の崩壊以降、40年超に亘ってグローバル化のトレンドが続く中で、わが国では製造業の海外進出が進みました。結果として「国内」総生産であるGDPに占める非製造業のウエイトは約8割を占めています。わが国企業の対外直接投資は、1980年代後半から大幅な為替レート調整が進むもとで急速な拡大を続け、現在のグローバルなサプライチェーンが形成されました。

製造業による生産拠点の海外移転、という構造変化を受けて、わが国の経常収支において、海外投資の果実である所得収支の寄与は趨勢的に高まりました(図表12)。現在、わが国の経常収支黒字の対名目GDP比は約4%ですが、大部分は対外直接投資および証券投資による収益です。名目GDPに所得収支を加えた概念であるわが国の名目GNI(国民総所得)は、GDPよりも約4%大きくなっており、製造業は「海外生産で収益を上げる」構造へと着実に変化しています。

(2)人手不足の定着に伴う経済の好循環

次に、国内における経済構造の変化です。2017年頃から、恒常的な人手不足のもとで、緩やかな成長、プラスの需給ギャップ、デフレではない物価上昇、設備投資の拡大、といった特徴が継続的にみられています。これらが相互に影響を及ぼしつつ同時並行的に進んでいることが、わが国経済の好循環の持続に繋がっているといえます。

高齢者の増加と生産年齢人口の減少というトレンドにより、人手不足が続くもとで、政策面からの需要サイドの拡大も相まって、プラスの需給ギャップが続きました。これにより、企業部門では「わが国経済の緩やかな拡大と人手不足が中長期的にも続く可能性が高い」との期待が高まったと考えられます。その結果、ある程度時間を要する設備投資を断行しても、前向きな事業環境がある程度まで維持され、投資の費用対効果が見込めるとの判断に至り、省力化目的を中心とする設備投資の拡大に繋がりました。

(3)供給サイドの拡大に伴う潜在成長率の上昇期待

設備投資は、GDPの需要項目の1つであり、短期的な需要を拡大させる面があることに加え、生産能力や生産性の向上を通じて供給を拡大させる中長期的な効果も持ちます。継続的な設備投資の拡大という構造変化に伴い、わが国で供給サイドの拡大が進んだことにより、今後一定の時間的ラグを伴って、わが国経済の潜在成長率の緩やかな上昇に繋がっていく可能性があります。

足もとの潜在成長率をみると、労働投入の寄与が縮小する一方、資本ストックおよび全要素生産性(TFP)の寄与が底打ちしつつあります(図表13)。過去3年間続いた設備投資の拡大は、供給サイドの構造変化をけん引し始めています。将来のイノベーションを見据えた研究開発投資の増加も相まって、今後潜在成長率が上昇すれば、自然利子率が上昇し、実質金利が自然利子率対比でより低位になることを通じて、同水準の政策金利であってもより金融緩和効果が増すこととなります。

(4)外需の変動に対する国内経済の頑健性の向上

外需の変動に対するわが国経済の頑健性の向上も、見逃せない構造変化です。グローバルなサプライチェーンの確立を経た、わが国製造業の内外生産施設の役割分担をみると、大きく分けて海外拠点は海外の現地市場および第三国への輸出向け、国内拠点は国内市場向け、という形の分業体制が構築されてきました。その結果、外需の減速が輸出の縮小を通じてわが国のGDPに与える悪影響が以前よりも弱まったと考えられます。

今回の米中貿易問題には地政学的な背景もあるだけに、今後の展開次第では既存の世界的なサプライチェーンが中国を中心に再編される可能性は否定できません。もっとも、こうしたサプライチェーンの再編は、日本企業の生産拠点の配置、すなわち国内か海外か、輸出か現地生産か、という意思決定には大きな影響を与えないと予想します。既に内外拠点の分業体制がある程度確立し、海外生産の第三国へのシフトは起こっても、国内設備投資が大きく減少することは考え難いからです。非製造業の投資が堅調であることや、中長期的な人手不足が継続する見込み等、その他の構造変化も加味して考えれば、国内における設備投資の拡大が持続する可能性は相応に高いと考えます。

(5)経済構造の変化を支える金融政策

金融政策の基本的な役割は、物価の安定を通じてマクロの健全な経済環境を実現し、それを維持していくことであり、金融政策が経済の構造変化に直接的な効果を持つことはありません。一方で、約7年に及ぶ大規模な金融緩和政策の継続に伴い、実体経済に関連する多くの指標が改善し、物価もデフレではない状況となりました。2019年入り後も、米中貿易問題の強まりから世界経済の減速が続いており、わが国経済にもその影響が一部にみられていますが、堅調な内需に支えられる形で、緩やかな拡大が維持されています。

世界経済の減速が進む中でも緩やかな成長が維持できている背景には、良好なマクロ経済状況が続いたことで、わが国の経済構造が変化し、外需の変動に対する経済の頑健性が強まったことがあります。まさに大規模な金融緩和政策を粘り強く続けてきたことが、実体経済の改善に繋がり、それが間接的に経済構造の変化を支えたと考えられます。

また、現在の金融緩和政策が効果を発揮できている背景には、マクロ経済政策の枠組み全体が安定していたことも重要です。この間、政府と日本銀行の間で、政策目的と役割分担に関する基本的な理解を明確に共有するもとで、金融政策と財政政策のポリシーミックスが実施されてきました。金融政策は、その直接的な目的が物価の安定を通じたマクロ経済の安定である一方、財政政策はマクロ経済全体に対する刺激だけでなく、予算配分等を通じた構造政策の側面も持ちます。マクロ経済政策における金融と財政のポリシーミックスが基本的に維持されたことが、ここ数年のマクロ経済を安定化させただけでなく、経済構造の変化をスムーズにしたと考えられます。

さらに、グローバルな視点からの金融政策という面でも、ここ数年間は概ね安定的であることも重要です。現在、主要先進国の間で物価目標の水準に大きな差異はないほか、今年に入ってからは金融緩和方向にあるという面でも政策の方向性に大きな違いは見られません。さらに、リーマンショックから10年間を経て、主要先進国における各中銀間のバランスシート規模や通貨供給量の相対的な関係がかなり安定的になってきています(図表14)。主要国間での相対的な量的緩和度合いの変動幅が以前よりも小さくなったとも解釈できます。加えて、わが国がデフレではない状況が続く中、購買力平価の観点から長期的な名目為替レート調整圧力に影響を与える、主要国間のインフレ率の格差も大幅に縮小しています(図表15)。こうしたもとで、金融市場はニュースに反応して短期的には変動しても、長い目でみると一定のレンジ内で動いているようにみえます。グローバルな金融政策面の類似性が市場変動を抑制し、わが国経済の外需の変動に対する頑健性の向上と相まって、わが国経済の安定化に寄与しているとも解釈できます。

わが国の緩和的な金融政策は、国内では財政政策とのポリシーミックスの維持、グローバルには金融政策の方向性の類似性により、わが国経済の経済構造の変化を支えているほか、金融市場の変動を抑制するアンカーとしての役割を果たしています。

米中貿易問題を契機に、国際的な協力の枠組みが大きく後退し始めるなど、グローバルな貿易問題の先行きは懸念材料ではあります。もっとも、国内でのポリシーミックスとグローバルな金融緩和環境が維持されるもとで、当面は世界経済の減速に適切に対応し、世界経済の回復局面を辛抱強く待つことで、プラスの需給ギャップの持続と、変化し始めた経済構造を支えることが、わが国にとって重要な政策課題であると考えられます。

6.おわりに ―― 兵庫県経済について ――

最後に、兵庫県経済についてお話させて頂きます。

当地は、来年1月に、阪神・淡路大震災の発生から丸25年という節目を迎えます。震災後の皆さま方の官民一体となった並々ならぬご努力により、創造的復興が成し遂げられ、これが現在の兵庫県経済発展の礎となっております。足もとの兵庫県経済は、全国と同様に、輸出と生産面で海外経済の減速の影響がみられていますが、堅調な内需を背景に、基調としては緩やかに拡大しています。特に、設備投資は、神戸支店の短観調査結果をみると、成長分野向けの研究開発や能力増強投資などから高水準の計画となっています。

当地でも、他の地域と同様に、人口減少や少子高齢化の進展による人手不足などの課題に直面していますが、官民連携のもと、さらなる発展に向けた様々な取り組みが進められています。

まずは、成長産業の育成です。震災復興事業としてスタートした「神戸医療産業都市」は、人工島ポートアイランドを拠点に、日本最大級のバイオメディカルクラスターへと成長しています。また、ポートアイランドでは、現在、スーパーコンピュータ「京(けい)」の後継機である「富岳(ふがく)」の開発が進められており、神戸医療産業都市との相乗効果はもとより、わが国を取り巻く社会的・科学的課題の解決に貢献するとされています。このほか、当地では、航空機、ロボット、水素エネルギーといった成長産業の育成も着実に進められており、わが国産業の高度化を牽引していく拠点として、その存在感を一層高めていくことが期待されます。

次に、地域活性化に向けた動きです。北は日本海、南は瀬戸内海に面している兵庫県では、地域毎に気候・風土・歴史が異なっており、その地域性を活かして様々な産業が営まれています。また、みなとまち「神戸」、世界文化遺産「姫路城」、風情ある街並み「城崎温泉」など、多彩な観光資源を抱えていることもあって、兵庫県を訪れる外国人旅行者数は年々増加しています。先月まで、神戸市でもラグビーワールドカップ2019日本大会の試合が開催されましたが、こうしたイベントを捉え、官民が連携して、多くの外国人旅行者に、当地らしいおもてなし事業や観光コンテンツの提供がなされました。来年の東京オリンピック・パラリンピック以降、2025年の大阪・関西万博まで大規模な国際イベントが開催予定にありますが、兵庫の魅力を積極的にアピールすることで、交流人口の増加による地域経済のさらなる発展が期待されます。このほか、最近の取り組みとして、豊かな自然と歌舞伎などの伝統文化が脈々と息づく但馬地域では、「専門職大学」の創設を進めており、地域と大学が一体となって、多彩な観光資源を最適に組み合わせた地域づくりと舞台芸術活動による豊かな地域社会の実現を目指しています。地域金融機関においても、自治体や経済団体との連携を強化して、地域の産業やまちの活性化に資する様々な支援に取り組んでいると伺っています。

日本銀行としても、神戸支店を中心に、地域活性化に向けた取り組みに少しでも貢献できるよう努めて参りたいと考えています。兵庫県経済のますますの発展を祈念し、挨拶の言葉とさせて頂きます。ご清聴、ありがとうございました。