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「物価の安定」についての考え方

2000年10月13日
日本銀行

日本銀行から

 以下には、序文と要旨を掲載しています。全文は、こちら(k001013a.pdf 108KB)から入手できます。

序文

 「物価の安定」は、市場経済が円滑に機能するための不可欠の前提条件である。過去数十年間における内外の経験が示すように、ひとたび物価の安定が損なわれ、インフレやデフレが起こると、経済の持続的成長が阻害されてしまう。このような経験を背景に、「金融政策は物価の安定を達成することを通じて経済の持続的成長に貢献すべきである」という考え方が近年世界的に共有されるようになっている。1998年4月に施行された新しい日本銀行法においても、日本銀行の金融政策の理念は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」であることが謳われている。

このように、「物価の安定」が金融政策を運営する上で重要な位置を占めることが広く認識されるようになるにつれ、「物価の安定」とは何か、また、金融政策はどのようにしてこの目的を達成するのかを明らかにしていくことが、これまで以上に強く求められるようになっている。こうした状況の下、各国中央銀行とも、金融政策運営の透明性向上の観点から、上述のような要請に応えるための努力を重ねてきている。その具体的な方法は、金融政策を決定する会合の議事要旨や先行きの経済・金融情勢に関する判断の公表であったり、あるいは、いわゆる「インフレーション・ターゲティング」(インフレ目標値の公表)であったり、それぞれの中央銀行の置かれた経済的状況や歴史、制度の違いを反映してさまざまである。

日本銀行も、新しい日本銀行法の施行後、金融政策決定会合の議事要旨や経済および金融の情勢に関する「基本的見解」の公表をはじめ、金融政策運営の透明性の向上に精力的に取り組んできている。そうした中で、2000年3月8日の金融政策決定会合において、金融政策運営の透明性向上という幅広い観点から、「物価の安定」を巡る諸問題について検討を深めていくことが有益であると判断され、検討作業を開始することが合意された。この方針に沿って、日本銀行政策委員会のメンバーは、執行部スタッフによる新たな研究の成果も踏まえつつ、「物価の安定」に関する以下のような問題について検討を行ってきた。

  • 「国民経済の健全な発展」の前提となる「物価の安定」とは具体的にどのような状態を指すのか。こうした「物価の安定」を特定の物価指数の数値で表現できないか。できるとすれば、具体的な数値は幾らか。
  • 「物価の安定」が確保されているかどうかはどのようにして判断すべきか。
  • 金融政策はどのようにして「物価の安定」を達成するのか。そのプロセスにおいて金融政策運営の透明性の向上を図るためにはどのようにすべきか。

 本報告書は、上記のような問題に関する討議の結果をとりまとめたものとして、2000年10月13日の金融政策決定会合で決定されたものである。もとより、「物価の安定」を巡る問題は複雑かつ多岐にわたる。また、経済理論上も解決されていない論点や物価指数作成上の課題も多い。さらに、現在、経済の大きな構造変化が進行中であるだけに、上記の問題に対する答も、今後の経済環境の展開に応じて徐々に変化していくことが予想される。したがって日本銀行としては、この報告書を一つのステップとして、「物価の安定」を巡る諸問題について今後とも引き続き検討を深めていく方針である。

日本銀行総裁 速水 優

要旨

  1. 「物価の安定」は、国民生活の安定にとって重要であると同時に、経済の持続的な発展を確保するための不可欠の前提条件である。日本銀行の金融政策の理念も、日本銀行法により、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と定められている。
  2. 「物価の安定」を概念的に示すとすれば、それは、国民からみて「インフレでもデフレでもない状態」であると考えられる。これを言い換えると、「家計や企業等のさまざまな経済主体が、物価の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」と表現できる。
  3. 上記の概念的定義を前提に、日本銀行政策委員会のメンバーは、こうした「物価の安定」を具体的な数値で表現できないかという観点に立って、検討を行った。その検討の過程では、以下のような論点が提示された。
    • 物価指数にはバイアスが存在し、その幅について信頼し得る推定値を得ることは容易ではない。しかも、バイアスの幅が変動する可能性も存在する。
    • 名目金利はゼロを下回って低下し得ないことなどを考えると、金融政策は経済がデフレ・スパイラルに陥ることのないよう十分注意して運営されるべきである。この面からは、金融政策の運営上は物価指数の変化率でみて若干プラスの上昇率を目指すべきとの考え方は、検討に値する。
    • 物価の変動が需要サイドの要因によるものか、それとも供給サイドの要因によるものかによって、金融政策の対応のあり方も変わってくる可能性がある。
    • バブルの経験に照らすと、物価指数が安定していても、資産価格の変動が経済の大きな変動をもたらす可能性も存在する。
  4. 上記のような論点を念頭に置いた上で、現実の日本の物価情勢をどう評価するかについても検討が行われた。その結果、(1)90年代の日本の物価上昇率の落ち着きは、景気の低迷による需要の弱さを反映する面が大きかったこと、(2)しかし、最近ではこれに加えて、技術革新や規制緩和、国際競争の激化、流通革命などの供給サイドの要因が物価低下圧力として作用しているとみられること、などの点が確認された。
  5. 以上の検討を経て、数値化に関しては以下の結論に達した。
    1. (1)現在の日本の物価情勢を踏まえると、短期的な「経済の健全な発展と整合的な物価上昇率」は、長期的にみた「経済の健全な発展と整合的な物価上昇率」よりも低めとなっている可能性が高い。
    2. (2)「物価の安定」の定義を何らかの数値で示すのであれば、その数値は将来かなり長い期間にわたって妥当することが期待される。しかし、上述のような現在の物価情勢を考えると、経済の発展と整合的な「物価の安定」の定義を特定の数値で示すことは困難である。また、そうした中で仮に何らかの数値を公表しても、現実の金融政策運営に関する信頼に足る指針にはなり得ず、金融政策運営の透明性向上にも役立たない可能性が高い。したがって、「物価の安定」の定義を数値で表すことは適当でないと判断された。
    3. (3)日本銀行としては現実の経済の変化を踏まえつつ、「物価の安定」を数値で示すことができるかどうかという問題について、今後とも引き続き検討を行う。
  6. 日本銀行は、「物価の安定」の定義を数値で示すことは適当でないと判断したが、「物価の安定」を判断する際の視点を示すことは可能であり、かつ有益であると判断した。日本銀行が重要と考える視点は以下の3点である。
    • 多様な物価関連指標による物価変動の性格の点検
    • 物価安定の持続性
    • 経済の健全な発展との整合性
  7. 日本銀行は、金融政策運営の透明性向上の観点から、政策委員会としての「経済・物価の将来展望とリスク評価」を公表し、上記の視点を踏まえた物価情勢に関する評価を示すとともに、その中で、先行きの物価上昇率や経済成長率についての「政策委員の見通し」を公表していくこととした。