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物価に関する研究会・議事要旨(第1回)

2001年 5月 9日
日本銀行企画室

目次

はじめに

日本銀行は、2000年10月に公表した報告書(「物価の安定」についての考え方)において、物価を巡る諸問題について継続的に検討を深める方針を明らかにしている。そうした検討活動の一環として、2001年4月19日、「物価指数を巡る諸問題」をテーマに、上記研究会の第1回会合を開催した(参加者は参考1)。

会合の冒頭、日本銀行の増渕理事より、「物価と金融政策:中央銀行の視点から」と題するスピーチがあり、その後、4つのセッションに分けて報告と討議が行われた(タイムテーブルは参考2)。以下は、それらの報告と討議の模様を日本銀行企画室の責任で取り纏めたものである。

なお、提出された報告論文は、会合における討議等を踏まえて修正のうえ、最終稿となり次第、日本銀行のホームページで公表する予定である。

第1セッション「物価指数を巡る概念的諸問題」

(1)報告の概要

早川(日本銀行調査統計局長)より、提出論文に沿って報告が行われた。その概要は、以下のとおりである。

  • 物価指数や物価安定を巡る従来の議論に関しては、「土俵がやや狭い」という印象を常々持っている。報告論文は、その土俵をいったん広げたうえで議論したいという気持ちから、敢えてprovocative(挑戦的)、polemical(論争的)な書き方をしてある。物価指数に関しては、ラスパイレス指数のバイアスや安売り店が十分カバーされていないことに伴うバイアスといった「技術的」な問題以外に、より多くの本質的な問題を抱えていることを指摘したい。
  • 伝統的物価指数論では、実質所得の概念が効用の増減と整合的になるように物価指数を定義している。しかし、物価指数を作る実務家の立場からみて、伝統的物価指数論に違和感を覚えるのは、各時点において各財の価格がはっきりしている(=t時点におけるi財の価格pi(t)が正確に把握できる)という前提に対してである。現実には、このpi(t)をどう捉えるのかということが物価指数を作るうえで最大の問題となっている。ここでは、この点について、品質調整とNonlinear pricing(非線形価格設定)の2つの問題を取り上げたい。
  • 品質調整に関して、経済学者の間では、ヘドニック法が普遍的に有効であるかのようなイメージが持たれがちである。確かに、ヘドニック法は有効であるし、現在の日本の物価指数についてはもっと使うべき余地があると思うが、決して万能なわけではない。ヘドニック法が有効なのは、財を構成する特性が時間を通して不変である場合——例えば商品のマイナー・チェンジ——などであり、商品に新しい特性が加わるような場合にはヘドニック法の有効性には限界がある。また、サービスの品質調整はたいへん難しい。例えば、コンビニエンス・ストアで売られている商品の価格は、スーパーで売られている同じ商品の価格に比べて一般に高い。しかし、コンビニエンス・ストアの普及は、24時間営業等により「買い物の便利さ」を大きく改善させた。これは、明らかに消費者の効用水準を高めており、伝統的物価指数論の考え方に立てば、この分は価格低下として認識されなければならないことになる。問題は、そうした便利さの向上という効用の増大は、計量化が著しく困難だということである。そのほか、とくにWPI(卸売物価指数)で深刻な問題として、オーダーメイドの部品や製造装置の品質調整も、非常に難しい。日本では、資本財の多くが一般的な仕様の存在しないオーダーメイド財となってきており、こうした産業機械などの分野では、特性に関するデータ収集は困難であり、ヘドニック法は適用不能である。
  • Nonlinear pricingに関しては、寿司屋が常連客を優遇するといった伝統的なものだけでなく、近年は、航空料金におけるマイレージカードや百貨店におけるポイントカードのように、新しいタイプのNonlinear pricingが広がりをみせている。これは、pi(t)が人によって異なることを意味し、物価指数、とりわけCPI(消費者物価指数)の作成を困難にする一因となっている。
  • このように、物価指数の作成にはさまざまな問題があり、伝統的物価指数論からみた理想的な物価指数と比較すると、現在の物価指数の上方バイアスは通常言われているよりずっと大きいかもしれない。しかし、仮に、そうしたバイアスを完全に調整でき、理想的な物価指数が作成できたとして、同指数の安定が本当に「物価の安定」を意味するのであろうか。例えば、パンとパソコンだけで構成される経済があって、2つの財のウエイトは等しく、それぞれの名目価格は一定としよう。パソコンの性能が毎年2倍になるとすると、パソコンの価格は実質50%下落しているので、物価指数全体では25%の下落ということになるが、これは物価の安定という観点から問題なのだろうか。逆に、2つの財の名目価格が25%ずつ上昇すれば、物価指数は横這いとなるが、これが達成すべき物価の安定なのだろうか。これらの問に対する解答は自明ではないだろう。さらに極端な例を挙げると、財のバラエティが増加すれば、伝統的物価指数論の立場では、効用が増すのでその分物価は下落していると考えられることになるが、その場合、名目価格を一斉に引き上げることを物価の安定と呼ぶのだろうか。ここで挙げた問題への解答についてコンセンサスを得ることが難しいのは、結局のところ、経済学で価格変動のコストが明確に定義されていないことによる面が大きい。
  • このように、物価指数の作成や物価安定の捉え方の難しさを強調すると、物価指数の作成自体に対し非常に後ろ向きな印象を与えるかもしれないが、それは本意ではない。理論的な観点からみて理想的な物価指数を作成するのはほとんど不可能に近いかもしれないが、統計メーカーとしては、限られた人員と予算の中で、「よりましな」物価指数を作ることが重要であり、日本銀行はそうした努力を払っているつもりである。ただ、物価指数が抱える問題は、ラスパイレス指数や安売り店の問題のように実務家だけで対応できるものばかりではなく、学者の方々に考えていただく価値あるテーマが数多く存在する。統計メーカーだけでは、基礎的な研究まで手が回らない面もあり、この分野での学者の方々による貢献を是非期待したい。

(2)指定討論者のコメント

以上の報告に対し、指定討論者である有賀(京都大学経済研究所教授)より、以下のようなコメントがあった。

  • 統計作成当局は、ユニバーサルな意味で最善な物価指数の作成にこだわる必要はない。報告ではpi(t)は自明ではないという説明があったが、全ての情報を集めるのは不可能である以上、「一定の情報を集めたもとでのpi(t)の条件付き確率分布」を出していくのが物価指数作成の使命と考えるべきであろう。条件をうまく特定し、そのうえで期待値をとったものが物価指数の元データとなる。期待値算出のための条件にはさまざまなものが考えられるので、特定の目的に対する望ましい物価指数は存在するだろうし、目的によって調整の仕方も違うだろう。例えば、名目価格が変らずに、財の多様性が増加する状況を考えた場合、生計費の観点とマクロ経済政策の観点では、あるべき物価指数は異なってこよう。生計費の考え方に依拠すれば、財の多様性の増加は消費者の効用増加をもたらすので、その影響を物価指数に反映しなければならない(=物価指数は低下しなければならない)。現在のCPIはこうした要素を無視しているが、何の影響もないとして扱うことも特定の理論的な立場に依拠しているので、作成メーカーである総務省はその立場にはっきりコミットしておくことが重要である。一方で、マクロ経済政策の観点からみると、財の多様性の影響は無視して、物価上昇率はゼロと判断してよいのではないか。なぜなら、名目価格が一定なので、価格を変化させるための費用や問題は存在していないからである。このように考えてみると、唯一最善の物価指数にこだわるのではなく、同一財貨の同一取引に対しても、目的に応じて複数の指数が提供される方が望ましいのではないか。
  • データ収集の改善については、明日にでもできることがたくさんあるので、早急に取り組んで欲しい。物価指数を作成する際、統計作成当局には不規則性を除去したいという願望があるように思えるが、これは理解できない。仮に安定性が求められているとしても、最後の段階で誰にでもわかるような方法を使ってフィルター処理をすれば良いのであって、データ収集時点で過度なフィルタリングを行うのは適当ではない。例えば、スーパーマーケットで売られているカレーの価格の日次データに対して、水・木・金曜日のみを調査対象とするCPIと同じ方法で作成した時系列と、土日の特売日を含む売上数量で加重平均した購入平均価格とでは、動きが全く異なる。前者は概ね一定であるのに対して、後者は下方トレンドを持つことが判明した。特売の頻度やその下げ幅は、限界的な需給調整に利用されており、この情報を指数から削ぎ落としてしまうことは、価格調整の根本部分を無視することにほかならず、これは非常に重大な問題と言わざるを得ない。
  • 賃金データを分析している立場からいうと、報告論文で取り上げている殆どの問題は、賃金データをできる限り労働サービスの限界価格に近づけようとする際にもおこる。賃金には定量困難な品質の違いが含まれており、その影響を調整することはきわめて難しく、最良の調整方法など存在しない。物価指数も賃金データもその第一義的な機能は正確で迅速な情報提供にあり、品質調整が十分でないからといって、分析において本質的な困難はない。

(3)自由討議

討議参加者からは、以下のようなコメントが寄せられた。

  • 物価指数に関する議論として、財の多様性を物価指数に反映させるべきか否かといった「概念的困難」と、品質調整などの「実務的困難」は分けて議論すべきである。
  • 日本銀行が金融政策当局として物価の安定を論じる際には、CPIにフォーカスを当てるべきで、オーダーメイド等WPI関連の問題はあまり重要な論点にはならないと思う。
  • 財がパソコンだけから構成される経済において、パソコンの性能が確率的に一定の率で向上するような状況を想定した場合、名目価格が一定に保たれている状況は、物価安定とは呼べない。物価安定とは、名目物価が品質向上と同率で上昇した状況であり(=品質調整後の物価指数は一定)、中央銀行はそれを達成するように政策運営すべきだ。物価安定の捉え方については、人によって概念的な相違があるようなので、そうした相違を論文でも明確にして欲しい。
  • 物価の安定が何故必要なのかという理由を考えることにより、消費者物価の安定をどう定義すべきかみえてくる部分もある。例えば、マクロ経済の安定上、名目賃金の下方硬直性が問題ならば、その問題を最小化するために必要な物価変動率はどういうレベルか、自ずと答えが出るだろう。
  • 物価指数に関する基礎的な研究を学者に期待したいという話があったが、それならば、日本銀行で学者やPh.Dをもっと雇えばよいのではないか。
  • 物価を単一の物価指数でみることが難しくなってきているので、ディスアグリゲート(分解)した物価指数を利用していくことが望ましい。理論的には、Sonennschein-Debreu-Mantelの議論のように、個々の経済主体の選好にごく一般的な仮定を置いただけでは、均衡解について経済分析上望ましい性質が得られないという問題が出てくるので、消費者の選好について同質性(homogeneity)を仮定したうえで考える必要がある。その場合の物価指数と、マクロ的にみた場合の物価指数をどう考えるか、理論的なモデルに基づき、検討していく必要がある。
  • ヘドニック法は、Lancasterの消費者理論から生まれたわけだが、同じLancasterの理論から出発したもうひとつの理論的展開として、Senの潜在能力論がある。Lancaster理論は財・サービスの「特性」を重視するが、潜在能力論は、特性から「機能」に一歩進めた点が特徴だ。特性は財・サービスの物理的属性であるが、機能は人間の消費能力までも問題とする。例えば、パソコンの機能がどんなに向上しても使いこなせない消費者もいる。機能というのは、社会の中で相互主観性によって意味付けられるものであり、例えば、時代に取り残されないために人々が最新のパソコンを購入していることを考えると、時代に取り残されないためのコストはかなり高いとみなければならない。消費者の異質性(heterogeneity)の問題というのは、こうした問題のことであろう。Senのこうした指摘は、現在の経済学に根強い厚生主義(welfarism)——実証的経済学と規範的経済学の両面で効用概念一つで全てを賄おうという安易な立場——に対する厳しい批判に基づくものである。Senは、厚生主義を「合理的な愚か者」という言葉を使って批判したが、現在の物価指数を巡る経済理論の大半は、この「合理的愚か者」の混同をやっている。物価の安定を論じる際には、財・サービスの特性のみから規定される「効用」を不変とする物価指数ではなく、需要サイドの能力や相互主観性まで含めたSenの言う「評価」を不変とする物価指数が必要なはずである。そうしたことを考えると、物価指数の理論は根本から考え直す必要がある。
  • 物価指数の構築という普遍的な問題と、経済環境に依存する物価の安定の問題は一緒に議論すべきでない。マクロ経済あるいは金融政策の観点からみて物価の安定が問題となるのは、ハイパーインフレやデフレといった事象が発生しているときであり、それは名目価格の硬直性や貨幣賃金の下方硬直性、もしくは、誤った期待のもとでの価格形成といった関係で問題となってくる。そのようなマクロ政策上の問題と、物価指数の作成上のさまざまな問題を関連付けて議論すると、かえって混乱することになる。
  • そもそもいかなる物価指数も完全ではあり得ない。しかし、現実には、物価指数に基づいてさまざまな契約が取り交わされている。金融政策ルールを物価指数に基づく中央銀行と国民の間のある種の契約とみなすと、物価指数が完全でないから契約を行わないという態度は非生産的だ。むしろ、物価指数が不完全であるということを考慮して、契約条項に工夫を凝らすことで契約に柔軟性を持たせる方が望ましいスタンスといえよう。
  • 本報告で指摘されたような問題は、物価指数に限った話ではなく、経済統計全般に当てはまる議論である。政策当局は不完全ではあっても経済統計を基に経済政策を運営していかざるを得ない以上、政策論議と統計改善の議論を結び付けると議論が混乱するだけだ。
  • 人間の健康状態を計る際に、体温でみたり、脈拍でみたり、血圧でみたりするのと同様に、物価について目的に応じてさまざまな指数があって良いのではないか。
  • 現在のCPIは決して良いものではないが、既にそれに基づいて社会が動いている以上、統計作成サイドで統計を改善する努力と同時に、ユーザーサイドで微調整をしながら使っていく努力も必要だろう。
  • pi(t)を把握するのが難しいという報告があったが、われわれの主たる関心は、pi(t)というレベルそのものではなく、pi(t)からpi(t+1)への変化である。為替レートについて絶対的購買力平価説は難しいが、相対的購買力平価説はある程度有用であるという議論と同様のアナロジーが物価指数についても当てはまるのではないか。つまり、オーバーナイトで急激な変化がそうそう起こるわけではないことを考えると、同じようにバイアスを持った指数の2時点間の変化は、一定の情報を与えるのではないだろうか。
  • 報告論文で、ヘドニック法に関するNordhausの事例をみた際、一定の明るさを得るための費用という基準で物価を定義すると、現在の物価が1800年の3/1000になっているという結果には、何か馬鹿げた印象を持った。ろうそくが出てきた当初、消費者が得られる効用はかなり大きかったと考えられるが、線形回帰では限界効用が逓減していることが無視されているのだろう。パソコンについても同様で、その1000倍の性能を使いこなせるのはごく一部の人しかいないとすると、性能が1000倍になったから価格も1000倍というのは現実的ではない。Nordhausの例は品質調整を使うことに対する重要な警鐘であるが、関数形や変数の選び方で個別に工夫していけばある程度こうした馬鹿げた回帰分析を回避できるというメッセージも持っているように思う。
  • マクロ的な観点からみて物価の安定をどう考えるかという問題は、中央銀行が安定化すべき物価指数とは何か、どのような財を物価指数に含めるべきかという問題に置き換えることができる。個人的には、パソコンのような価格変動の大きな財を物価指数に含めるべきでないと思っている。理由は2点ある。第1に、刈り込み平均などによって価格変動の激しい品目を除去したコア・インフレを使うという考え方があり、刈り込み指標の方がフィリップス曲線のフィットが良いといったことが指摘されている。第2に、金融政策に関する理論から導出される論点として、一般に、GDPの安定化とインフレ率の安定化のトレードオフの問題がある。しかし、価格硬直財と価格伸縮財からなる2部門モデルにおいて、金融政策がコア・インフレ(硬直財価格)だけの安定をターゲットとすれば、GDPギャップとの間のトレードオフは解消できるという研究がある。この点を踏まえると、硬直財価格を安定化させることが、資源配分の歪みを解消することになると考えられるのではないか。
  • 何のための物価かという点を考えることが重要だ。中央銀行にとっては、景気判断に用いる物価という観点が大事になるだろう。そう考えると、透明性や説得性という点から、「効用に基づく物価指数」よりは「モノやサービスの素朴な価格」を重視するスタンスの方が望ましいのではないか。その理由の一つには、人々が持つ効用の固有性(idiosyncrasy)が相当に強いのに対し、モノの価格のばらつきが相対的に小さいことが挙げられる。また、中央銀行が物価を問題とする際には、代表的家計(representative agent)の効用の増減を問題としているわけではない。指数作成の改善努力も必要だろうが、従来の物価指数でもマクロ経済分析においてそれなりに機能してきたことを考えると、品質や効用をベースとした計測に凝るよりは、素朴な価格を計測するという考え方に与する。
  • 伝統的物価指数論は理論的には面白いが、経済学でも統計学でも実際に応用することは難しく、実務家にこれを本気にされては困る。人によって効用が違うから、山ほど指数を作れば良いという見方もあろうが、指数によってP(価格)とQ(数量)の分解が大きく異ならない範囲であれば、ほとんどの人にとって納得できる指数を作ることができよう。
  • 経済統計を使う際には、収集・加工・推計・集計といった手順を知らなければ、正しい分析はできない。20~30年前に比べると経済統計に対する知識水準は確実に上がってきているが、統計の収集・加工について知る機会を与えられていないこともあって、いまだに、経済学者の統計に関する無知・誤解は存在する。そうした点では、日本銀行が近年、物価統計作成について情報開示を徹底している姿勢は評価できる。
  • 概念的な問題として、ベンチマークとしての生計費インデックスは何かという問いに対する答えを出しておく必要がある。消費者の動学的な支出行動を考えた場合、生計費を測る物価指標には、現時点の財・サービス価格だけでなく、将来における財・サービス価格も含まれるべきであろう。こうした考え方に立脚すれば、一定の経済厚生を得るために必要な異時点間にわたる生計費の変動を捕捉する「異時点間生計費指数」が有用であろう。
  • 物価の安定については、概念的な議論から直接有用な結論を導き出すのは難しい。したがって、現実的な対応としては、「よりましな」統計を作るというアプローチをとることになるが、その際重要なのは、価格と数量という2つの側面をみるということだ。品質調整の如何は、価格のみならず数量にも影響を与えるので、物価の安定について考えていく際には、価格に加えて数量をみていくことも重要である。
  • 日本の統計作成局は、物価指数の安定性を重視し過ぎる印象がある。物価指数の安定性を重視する結果、実質GDPを始めとする実質変数が大きくブレている可能性に留意が必要だ。価格調整がスムーズに行われる結果として、物価指数がブレる分には、なんら問題は発生しないはずである。
  • 指数作成においては、一国の時系列という観点だけではなく、国際比較の容易さという観点も重要である。
  • CPIの作成手法に関して、ユーザーにわからないことが多過ぎるという印象があるので、引き続き透明性向上の努力をお願いしたい。
  • Nonlinear pricingについては、CPIでも、公共料金などの品目で可能な限り対応している。電話通話料や航空運賃など、さらに取り組む余地があるのも事実であり、そのための努力を続けているが、データや人手によるコスト制約が問題となっている。ポイントカードへの対応は非常に難しく、ユーロ圏のHICP(Harmonized Index of Consumer Prices)でもポイントカードは排除している。
  • 特売については、WPIでも対象としていない面があるのではないか。価格データを集める際には、取引量一定のもとで卸売価格がいくらかという情報を集めているはずで、特売の場合、大量に仕入れる代わりに安い値段で卸すという対応がとられていることを考えると、こうした情報はWPIの対象から外されることになるのではないか。
  • 生計費の概念に基づく物価指数が、国際的にみて一般的であるとは必ずしも言えない。生計費の概念を唱えている米国でも本当に生計費インデックスの作成を目指しているのかどうか怪しいという印象を持っている。固定バスケットの購入費用を追いかけるというのが実際的であり、各国の実状でもある。なお、固定バスケット=ラスパイレス指数、と誤解されることがあるが、固定バスケット方式は基準時固定の意味ではない。
  • 金融政策はCPIだけを見ていればよいという指摘があったが、経済活動全体の物価動向を把握するのが筋ではないか。CPIで捉えているのは消費者が購入している部分だけであり、企業間取引価格を無視して、金融政策運営を行うということでよいとは思えない。
  • 報告論文が唱えるヘドニック法の有用性について、条件を一つ追加すべきだ。すなわち、統計的手法全般に言えることだが、良いデータを使わなければ良い結果は得られないという点である。例えば、テレビの品質調整について、カタログ価格に基づくヘドニック関数では価格下落をうまく捉えることができないが、POS価格に基づくヘドニック関数では格段にうまくいったという研究報告がある。また、報告論文ではパソコンのヘドニック関数の不安定性が指摘されているが、ヘドニック関数のパラメータの安定性についても、良いデータを使うことによって向上することが確認されている。
  • 物価指数には問題点が多いので、指数を改善していくことも重要だが、一方で主観的なデータをもう少し重視していくことも政策判断には必要だ。短観、消費動向調査、景気ウォッチャー調査などで人々が物価動向をどうみているかといった情報を、客観的な指数情報とバランス良く使っていくのが望ましいのではないか。
  • 物価の安定を議論する際、資産価格、特に地価まで含めた安定を考えるのか、という点も重要な論点である。
  • 報告論文の第1のメッセージは、同じ財でも評価される時間・空間が違えば違う財とみなせるということであろう(70年代以降のnamed goodの議論)。第2のメッセージは、Nonlinear pricingの存在についてであろうが、その背景にはMirrleesの最適課税(optimal tax)と同様の議論がある。そこでは、最適な税率を設定する際に需要の価格弾力性をみることの必要性が指摘されている。これらの論点から得られる示唆としては、価格を見るだけでよいか、効用が一定となるように調整するかといった議論よりも、需要サイドの情報をどう集めるかということの方が重要であるという点である。
  • 統計当局は、マーケットで形成されている価格をもう少し信頼してもよいのではないか。マーケットの価格一つ一つには消費者が求める効用や品質が反映されているはずであり、統計作成上の論理を尊重するよりも市場価格を重視して柔軟な対応をしていった方がよい。報告では、コンビニエンス・ストアで売られている商品の価格には利便性に伴うプレミアムが付加されているとの話があったが、そうしたプレミアムも市場の環境の中で決まっている。例えば、最近では百円ショップのようなものが台頭してきていることもあって、コンビニ商品もかなり低価格になってきている。
  • 特売の扱いについては、全く一時的な特売と、もはや人々が特売でしか購入しなくなっているような状況とでは、区別して考える必要があるだろう。
  • サービスの品質調整については、モノと比べて難しい点が多いのも事実であるが、積極的な対応を期待したい。サービスについても合理的な価格形成がされているはずであり、実際、回転寿司や10分床屋のような比較的新しいサービスをみてもリーズナブルな価格設定がされているようにみえる。
  • 新製品が出てきたときに他の財の価格が不変であることは、物価の安定と考えて良いと思う。例えば、旧社会主義国が自国市場を開放して外国と貿易を始めた場合を考えて欲しい。自国製品の価格は不変で、輸入品の流入により品揃えだけが一気に増えたとき、人々の厚生は上がると予想されるが、物価は安定している状態にあると言えると思う。
  • パソコンのみで構成される経済において、パソコンの能力が向上したときにパソコンの名目価格を上げるよう政策運営すべきだという指摘の是非については、判断が難しい。ただ、全ての品目が同じペースで品質向上し、実質的な価格が下がっていくという設定はあまり現実的でない。実際には、ある品目の価格が上昇する一方で別な品目の価格が下落するというまだら模様になっているわけで、耐久消費財のようにある特定の財だけが継続的に品質向上して価格が低下していく中で、マクロとしての物価の安定をどう考えるべきかというより本質的な問題を見据えておく必要がある。
  • 中央銀行にとっての物価安定とは何かを考える場合、物価変動のどういった動きが経済主体の行動に影響を与えるのかという点が重要だ。例えば、パソコンとパンだけの経済で、パソコン価格は50%下落、パンの価格は50%上昇、平均の物価変動率がゼロという状態で、パソコンを作っている人とパンを作っている人が、それぞれどの物価をみて行動を決定するのか、一般物価の指標性をどう考えるのかがポイントとなってくる。インフレーション・ターゲティングは、特定の物価指標にコミットすることによって人々の期待を収斂させる効果を狙っているが、その期待と人々が実際に何を見て行動をとるかは必ずしも整合的にならない可能性がある。

(4)報告者からの応答

以上のコメントに対し、報告者から以下のような応答があった。

  • 統計作成者は、現実の世界におけるさまざまな制約の中で生きていかなくてはならないという指摘はそのとおりである。われわれとしても、物価指数が完全でないから物価指数を見ても仕方がないとか、インフレーション・ターゲッティングは採用できないということを主張しているわけではない。本日の報告は、議論の土俵を広げるという問題意識で行ったものであり、物価指数を巡る問題については、実務的な問題も、また概念的な論点も数多くあるという認識を共有することが重要だと思う。物価安定の定義は自明ではなく、価格変動のコストをどう捉えるかによって達成されるべき物価の安定も異なってくるので、そうしたところから議論を始めることが重要であろう。
  • 統計メーカーがディスアグリゲートした価格情報を提供し、ユーザーが目的に応じてそれをアグリゲートして使うというのは、今後、検討していくべき一つの方向性かもしれない。ただ、現在、物価指数に基づいてさまざまな経済活動が営まれているという事実を考えると、ただちにCPIやWPIの平均値の公表を取り止めるのは難しい。現在でも、平均値と同時にディスアグリゲートした数字も公表している。
  • 概念的な問題以前に、実務的な面で対応すべき課題がたくさんあるとの意見があったが、WPIとCSPI(企業向けサービス価格指数)についてもやるべきことはまだまだあると思っている。統計作成当局が物価指数の安定を重視し、滑らかに作り過ぎているとの指摘があったが、ノイズ的な動きを拾って指数が大きく変動してしまうコストと、そうした情報を一切見ないことによるコストを秤にかけて、前者が後者よりも小さいようであれば、それはそれとして作成公表してもよいかもしれない。また、ヘドニック法については、多くの指摘があったように、回帰式のパラメータが不安定であるとか、説明力も十分とは言い切れないなど、さまざまな限界があることは事実である。要は、それでも全く品質調整を行わないよりはましではないかという判断の問題であろう。
  • 統計作成当局が経済学者やPh.Dをもっと雇うべきではないかとの指摘については、そのとおりかもしれない。米国BLS(労働統計局)では故Griliches教授(Harvard Univ.)の教え子を多く雇っていて、その人たちが研究論文を作成しつつ、統計の改善を進めていると聞いている。
  • Nordhausの光の価格の例について効用の測り方がおかしいとの疑問が出されたが、筆者も、Lancasterが定義した「特性」が光1ルクスというような測り方でよいのかという疑問を持っている。また、パソコンの機能向上について、利用者側がその機能を使いこなせないのであればまるまる効用の増大につながるわけではないというのも、指摘されたとおりであろう。これは需要サイドの異質性の問題とも絡む重要な論点だと思う。
  • サービスの品質調整についても、さまざまな機能やサービスの質が価格に反映されているはずという点は指摘されたとおりであり、例えば、ヘドニック法を使える分野もいくつかあるように思う。
  • 効用に基づく物価指数の安定と、マクロ政策として目指すべき物価の安定が、概念として一致していないのではないかという重要な論点が多くの方から指摘された。素朴なモノの値段をとればよいという意見も出されたが、物価指数には、名目価値を実質価値に変換するデフレータとしての意味合いもある。技術進歩による経済の拡大は実質産出量の増加として捉えるべきであることを考えると、技術進歩を調整しない素朴な価格の寄せ集めではデフレータとして不適切である。伝統的物価指数論は、ミクロ経済学的にみてわかりやすくてすっきりしていると思う。むしろ、マクロ政策として目指すべき物価の安定がきちんと定義されていないことに問題があるのではないか。物価変動のコストとは何か、名目賃金の硬直性が問題なのか、そもそも名目価格を変化させること自体に何らかのコストがかかると考えるのかについて、議論の出発となるモデルを明らかにする必要がある。また、資産価格を入れてダイナミックに考えるといった点を考えていくと、問題はさらに難しくなっていくが、これらの点は、本研究会を通しての大きなテーマになっていくだろう。
  • 効用の固有性の問題については、代表的家計の存在を仮定できれば容易に解決できるが、それには、論文でも指摘したとおりGormanの条件が満たされる必要がある。しかし、これは現実的ではない。この点を踏まえると、ディスアグリゲートした価格情報を開示していくかたちで対応していくほかないように思う。

第2セッション「物価指数の品質調整を巡って」

(1)報告の概要

鵜飼(日本銀行調査統計局物価統計課長)より、提出論文に沿って報告が行われた。その概要は、以下のとおりである。

  • 本報告の目的は、WPIとCSPIを材料に、物価指数の品質調整について、物価統計作成の現場からみて調整時に直面する問題とその対処法を紹介するとともに、品質調整の効果を初めて数量的に示すことにある。
品質調整の難しさ
  • 品質調整の際には、まず、商品の品質を構成する「特性」を明確にする必要があるが、実務的に問題となるのは、経済学的にいう「特性」とデータとして利用可能な品目分類——例えば、工業統計表にある商品の原材料、材質、形、機能等による分類——とが一致していないという点である。品質調整は同一品目内で行うものであり、品目範囲の定義に制約がある以上、品質調整もその枠を超えて行うことはできない。最近では、経済構造の変化に伴って取引される商品が品目分類をまたがったり、あるいはオーダーメイドやデジタル革命等により取引の個別性が強まり、品目分類よりも細かい単位で区別される商品が増えているといった問題が、品質調整をより一層困難にしている。
  • また、品質調整に関しては、特性を把握すること自体が難しいという問題がある。さらに、情報収集の困難さも問題となる。品質調整をできる限り正確に行うためには、情報を十分に収集しなければならないが、それは報告者に過度な負担を強いることになり限界がある。現在、主として商品の売り手側から情報収集を行っているが、買い手側から情報を集めようとすると、一品目について多数の報告者から情報収集を行わなければならず、同時に主要な買い手からは何百項目もの情報を集めなければならないため、報告者・統計作成者いずれの負担も増すことになる。
品質調整手法の特徴
  • 品質調整の手法には、直接比較法、単価比較法以外に、オーバーラップ法、ヘドニック法、コスト評価法、インピュート法(除外法)がある。現在、WPIとCSPIでは、インピュート法を除く全ての手法を利用している。
  • オーバーラップ法とは、新旧商品が一定期間並行販売され、その間に両者の価格比が一定の値で安定していた場合、両者の価格の違いを品質差によるものと判断する手法である。新旧商品の価値の差が観察可能な市場価格差に反映される場合には、商品全体の品質比較を漏れなく行うことができるので、同手法の有効性は高い。しかし、技術革新の激しい品目に関しては、新商品が市場に登場した途端、旧商品が市場から消えることが多く、新旧商品が一定期間並行して安定的な数量で取引されるという条件が満たされにくい。このため、同手法が適用できるケースは限られている。
  • ヘドニック法とは、商品の品質がいくつかの機能や性能(どちらも特性の一部)の集合体で構成されるという前提に立ったうえで、その特性情報から新旧商品の理論価格を計算し、その価格差を品質差と判断する手法である。同手法は、主観的な判断や恣意性を排除し、機能や性能を表わす客観的なデータと統計的手法に判断を求めることから、客観性や透明性に優れている。しかし、技術革新に伴いこれまで想定されていない特性が新たに登場した場合には、ヘドニック法は適用が難しい。
  • コスト評価法とは、新旧商品の品質差が、その差を生み出すことにかかったコストの差に等しいと判断する手法である。同手法には、個別の価格調査先からデータが得られればすぐに対応できるため適用可能な範囲が広いというメリットがある。ただし、同手法は、生産者からみたコスト変化をそのまま品質変化としてみなすわけで、コストで十分に捉えられない特性の評価ができない。
  • インピュート法とは、新旧商品の品質比較ができない場合に、品質差による価格差を、他の類似商品の価格情報を転用することによって指数に反映させる手法である。インピュート法を適用している物価指数としては、米国BLSによるCPIがあるが、わが国では、現在のところ利用されていない。
海外における品質調整に関する議論
  • 品質調整に関する国際的な議論の流れは、(1)直接的に品質調整を行う手法を重視しつつ、国別の事情に応じてさまざまな手法を駆使しながら品質調整を積極的に行うことによって物価指数の精度向上を目指そうという方向と、(2)国際比較の観点を重視し、市場価格を利用した間接的手法によって統一的な品質調整を行っていこうという方向、の2つに分けられる。現時点では、これらの2方向のうちどちらが好ましいかについて国際的なコンセンサスが得られているわけではない。日本銀行は、国際的に統一された手法では各国固有の事情に対応できないことや、間接的手法の技術的な限界を踏まえ、適当な品質調整手法を個別案件ごとに選択する方がより価格の実勢に近づくという考えに立ち、前者(1)に近いスタンスで品質調整に取り組んでいる。今後も、ヘドニック法の適用範囲を徐々に拡げていくなど、品質調整に積極的に取り組んでいくことを展望している。
品質調整の効果
  • 物価指数はさまざまな要因によって動くが、その中で、生産性上昇による総供給曲線の下方シフトは、表面価格の下落と、物価指数の品質調整による下落によって実現される。ここでは後者を取り出す試みとして、WPIとCSPIについて、品質調整前のいわば「表面ベース」の価格指数を算出し、品質調整によって物価指数の変化率がどの程度低下しているかを試算した。品質調整の精度を巡る問題は残るが、そうした中にあっても、日本では製造業と非製造業の生産性上昇率格差が大きいので、品質調整効果は、国内WPIの方がCSPIよりも大きく出ると予想される。試算結果をみると、90年代の国内WPIは、品質調整による低下幅が年平均0.3~0.4%で安定的に推移していることが判明した。90年代の国内WPIが年平均で0.7%低下した事実を踏まえると、この試算結果は国内WPIの低下のうち、表面価格の低下寄与と品質調整の寄与がほぼ半分ずつであったことを示している。
  • また、WPIの品質調整効果の内訳をみると、最終財、特に耐久消費財において品質調整による価格低下幅が大きくなっている。WPI消費財でみれば、品質調整によって国内品では0.8%、輸入品も含めると0.6%低下している。ただ、品目ウエイトをCPIの商品に合わせると、品質調整効果の大きいパソコンや携帯電話が含まれないために、品質調整による価格低下幅は縮小する。
  • 一方、CSPIに関しては、WPIとは異なり、品質調整前後で変化率に大きな差がないとの結果が得られた。ただし、この点については、最近における流通合理化の動きのように、生産性向上の影響が、品質調整ではなく表面価格の低下に大きく表れている可能性に留意しなければならない。例えば、リースを例にとると、電気機器や一般機器等の生産性向上がリース物件の価格を下げるかたちで指数を引き下げている。また通信・放送等では、規制緩和が技術革新と同時に進行し、規制緩和によるレントの剥落と技術革新による品質向上が並行して発生しているために、品質調整の効果だけから品質向上による価格低下をみるのは難しい。
結び
  • 日本銀行は、WPIとCSPIについて、個別案件ごとに適当と判断される品質調整手法を用いて物価指数の精度を向上させるべく品質調整を施してきた。しかし、物価指数の推移を現実の物価の実勢により近づけるためには、品質調整手法に関して概念上も実務上もまだまだ研究・改善する余地が大きい。さらに、日本経済がこれからも変貌を続け、それが新たな課題を物価指数に突き付けることも十分予想される。今後、物価指数の品質調整に関する研究が内外で深まることを期待したい。

(2)指定討論者のコメント

以上の報告に対し、指定討論者である西村(東京大学大学院経済学研究科教授)より、以下のようなコメントがあった。

  • WPIの今後の展望について、価格と数量の問題から3点、評価の問題から3点意見を述べたい。
価格と数量
  • 一物多価が企業間取引でほぼ常態化しており、この趨勢は企業間取引に占める相対取引の割合が大きくなるにつれますます強まってきている。このような状況下で物価指数はどのように作成すべきであろうか。現在、WPIは、工業統計表のウエイトを用いているが、一物多価が常態化したもとでは、実際の取引数量で各価格をウエイト付けして指数を作成することが望ましい。現在の作成方法のままでは、工業統計表にあるウエイトが実際の取引数量に応じたウエイトに一致しない限り、WPIは真の卸売物価水準から乖離する可能性があり、さらにその誤りが拡大する懸念がある。
  • 方向性としては、ヘドニック法の採用品目をより増やしていくべきであろう。ただし、ヘドニック関数において一定と仮定している消費者の効用関数が実際は不安定なため、関数の可変性を考慮したフレームワークの構築が必要だ。
  • 現在、WPIは価格情報を商品の売り手側から入手しているが、その価格が取引価格の実勢を正確に捉えているのかどうか疑問だ。取引価格の実勢を捉えるには、本来買い手側から情報収集する方が適切である。リベート等の要因で、売り手側か買い手側かによって得られる価格情報が乖離してしまう場合、買い手側から価格と数量の情報を入手しなければ、物価指数は実勢を反映しなくなる。
評価
  • 価格変動の実勢を捉えるには、価格に関する企業の主観的評価についても情報収集すべきではないか。特にサービス価格に関しては、企業の主観的評価の情報価値は高いと思う。
  • 精度はともかくさまざまな手法で品質調整を「大胆に行った指数」と、「過去との連続性をきちんと守った紛れのない指数」とを並行して作成することが必要ではないか。その際には、指数の複数化について国民の理解が得られるよう統計作成当局としての説明責任を果たさなければならない。また、「大胆な指数」の信頼性への批判を受けないためには、統計作成部局は政策当局から分離独立すべきである。
  • 国内で用いる統計と国際比較用の統計を区別して考えてもよいのではないか。

(3)自由討議

討議参加者からは、以下のようなコメントが寄せられた。

  • 市場情報を利用できるインピュート法を、もっと積極的に活用すべきではないか。品質等の問題から計測困難な商品であっても、それと高い代替関係にある商品が存在するならば、その価格情報が参考になる。素朴な価格にも有用性があるのだとすると、インピュート法の利用は検討に値しよう。インピュート法が指数の精度を低下させる可能性について、あまり懐疑的、悲観的になる必要はない。
  • 本報告で示されている品質調整効果(WPIで0.3~0.4%)が大きいか小さいかのレベル感を評価する一つの方法として、バイアスが存在していると考えられている通常の指数と、バイアスをある程度除去できると考えられている連鎖指数とを比較して、そこから得られるバイアスの幅はどのくらいかを試算してみてはどうか。
  • WPIはリベートの変化を十分反映しておらず、取引価格の実勢を捉えているかどうか疑問だ。仮に需給調整の影響が表面価格ではなく主としてリベートに反映されているのであれば——おそらくその可能性は高いが——、リベートが捕捉できていないことは非常に重要な価格情報を無視していることになる。
  • WPIの調査目的をもっと明確にすべきだ。目的に応じて、「限界価格」と「平均価格」の使い分けも必要であろう。また、価格情報を売り手側から入手すべきか、それとも買い手側から入手すべきかという点も重要である。さらに、一物多価の場合にはどの価格でどれだけ売られているという数量情報を把握しないと物価の実勢が見えてこないのではないか。
  • 統計作成をどの組織が担うべきか議論する必要がある。例えば、統計の作成者と利用者が同一でよいのであろうか。また、統計作成は作成能力において優位性のある組織が行えばよいと考えることも可能だが、日本銀行にはWPIやCSPIを作成するうえでそうした優位性がどの程度あるのか。
  • 品質調整とは、ある時点のある品質を持った商品が存在しないので、その価格をどのように評価すべきかという、欠測値(missing observations)の処理問題として捉えることができる。統計調査では、穴のある調査票をもっともらしい値で穴埋めする作業をインピュートといい、ヘドニック法はリグレッション・インピュテーション、インピュート法はレシオ・インピュテーションと呼ぶことができる。その意味で、ヘドニック法とインピュート法は実はほとんど同じ枠組みで考えることができる。本報告では、インピュートという言葉を非常に狭義に解釈している印象がある。本来、インピュート法はより広い意味で使われており、解釈によっては本報告で紹介されている方法は全てインピュート法であるということもできる。なお、インピュート法の訳として「除外法」という言葉が使われているが、これが「インピュート」という言葉の本質を表しているのかは疑問だ。
  • 品質調整に際しては、当該商品を利用するサイドの条件を考慮しなければならない。企業を対象としたWPIと、消費者を対象としたCPIとでは、品質調整のスタンスが異なってもよいのではないか。例えば、パソコンの性能がいくら上昇しても、「一台は一台」と考える主体数は、企業と消費者では異なろう。
  • 日本銀行はWPIとCSPI以外にIOPI(製造業部門別投入・産出物価指数)を作成しているが、残念ながら、IOPIは使用に耐えないというのが率直な印象だ。日本銀行にIOPIをきちんと整備する方針はあるのか。
  • 本報告では、企業のコスト負担を考慮すると情報収集には限界があると言及している。しかし、企業にコスト負担を強いることになったとしても、物価指数は公共財であり、必要な情報はむしろ積極的に報告してもらい、それによって適切な政策が採られれば企業にとって有益であることをもっと説明すべきだ。価格破壊を仕掛けて利潤を稼いでいる企業の中には、経済統計調査に全く応じない企業がいると言われているが、それでは物価の実勢を捉えることはできない。また、そのような指数に基づいて政策判断がなされること自体きわめて問題である。ただ、各種経済統計調査の間で調査項目が重複しているために報告者が負担に感じることがあるのも事実であろう。今後、統計作成当局間で調整を行ってもらいたい。
  • 第1セッションで物価指数の不完全性や限界を前提としながらも、物価指数を金融政策上の契約に利用していくという割り切りが必要だ、という意見が出されたが、その考え方には賛同できる。ただし、どのような契約を行うにせよ、物価指数というものがどのようにして作られ、どのような性格を持っているのかということを理解したうえでないと、最適な契約の内容を考えること自体が難しい。
  • 物価統計のさまざまな問題を聞くと、バイアスのオーダーがどの程度のものか見当がつきにくくなる。正確な定量的評価が困難であることはわかるが、金融政策について議論する際に、バイアスのオーダーに関する感覚の違いを感じることがしばしばある。例えば、消費者物価の目的が生計費の計測や年金の調整を行うための購買力の計測にあるのであれば、月々の変動は大した問題ではなく、ある程度の期間における大まかな動きさえ把握できればよい。しかし、金融政策に関しては、物価上昇率が0%近傍にあるときに、0.1~0.2%の上昇や下落をどのように解釈すべきか大きな問題となり、この場合、バイアスのオーダーやその信頼性は非常に大きな論点であると言わざるを得ない。
  • 統計作成当局の「ましな統計」を作る努力がコンスタントであるか否かに不確実性があると、ユーザーである政策当局者が指数の変動をどのように判断すればよいのかについても不確実性が伴うことになる。また、「ましな統計」を作る元々の理由である新製品の登場や技術革新のテンポもコンスタントではないので、そうした外生的な要因と「ましな統計」を作る努力の積として現れる現実の物価指数をどう解釈すればよいのか大きな悩みを感じる。そうした意味では、品質調整をしない統計と調整をした統計、といった複数の統計をみていくことにはメリットがあると思う。
  • 物価はミクロの価格を積み上げていくことで把握されるが、全く発想を変えてマクロから接近するというアプローチもあり得る。例えば、物価インデックス債による期待インフレ率の計測である。物価指数を計測する最終的な目的が期待インフレ率を測ることにあるとすれば、マクロ・アプローチが決定打にはなり得ないとしても、今後わが国でも検討すべきテーマではないか。
  • 統計学上のバイアスとは「真値」と観測値の誤差である。CPIには経済学の消費者理論に基づく真値が存在するため、バイアスを定義することができる。一方WPIは、理論的基礎を持たないために真値の概念がなく、バイアスの存在を議論することはできない。したがって、WPIで連鎖指数を作ってバイアスの改善を議論することには意味がない。むしろ、WPIに関しては、部門別・業種別の個別情報が重要であろう。
  • さまざまな情報を利用して品質調整を行いながら、実際に統計を作成している現場からみると、物価下落のうち、供給サイドの寄与と、需要サイドの寄与について、ある程度識別ができるのではないか。
  • 複数の指数を出したらよいのではないかという点については、目的を明確にしないままで、無造作に指数を複数公表しても、単に混乱を招くだけではないか。
  • 報告論文には、技術革新のみがWPIの長期下方トレンドを作り出しているといった誤解を招く部分がある。需要サイドの要因も影響している点に言及すべきではないか。
  • これまでの物価指数の動きは、金融市場参加者からみたマクロ経済に対する認識と概ね一致しており、まずまずのパフォーマンスを有していると思う。それにもかかわらず、統計作成上の細かい技術的要因ばかり取り上げることは、景気以外のさまざまな要因がディスインフレ傾向を助長しているといった「言い訳」のように聞こえてしまう印象が否めない。景気悪化によりインフレ率が低下しているという基本的な評価を誤るのではないかと懸念している。

(4)報告者からの応答

以上のコメントに対し、報告者および日本銀行調査統計局の他の参加者から、以下のような応答があった。

  • 「一物多価が常態化していき、また需要サイドの支出ウエイトが変動していく中でどうやって価格指数を捉えるべきか」という物価指数全般の問題に関連して、まず、ウエイトの問題については、工業統計表を用いた現在のWPIには限界があると言わざるを得ない。そこで、2002年に予定しているWPIの2000年基準改定に際しては、参考指標として、ウエイトを毎年見直す連鎖指数を補完的に導入することを検討している。
  • また、経済の実態が一物多価に向かっている中では、取引条件を厳密に固定していくと適切なサンプルを確保できなくなるという問題が生じるほか、表面価格よりもリベートの方が需給変動をビビッドに反映している、という面もあると認識している。こうした問題に対処するため、WPIの2000年基準改定では、品質は固定したままで、表面価格のほかにリベート調整も反映させた「平均価格」をある程度取り入れてはどうかということを検討している。品質条件までも緩めてしまうと物価指数としての節度を失うので、品質固定という必要条件を守りながら取引条件等の制約を若干緩めていくというかたちで対処するということではないかと考えている。さらに、多様化していく取引価格を把握するために、調査価格のサンプル数を、これまでの1品目当たり平均3~4銘柄よりも増やすつもりである。
  • 第1セッションで「WPIに特売価格(割引販売価格)が含まれていないのではないか」というコメントがあった。しかし、現在の作成方法は、取引額の最も大きい商品について価格情報を収集しているので、取引額が最大の商品価格が特売価格であるものについて、WPIは考慮していることになる。
  • 「買い手側から情報収集すべきではないか」という指摘に関しては、コストの問題を考えると、実務的には困難と言わざるを得ない。しかも、売り手から情報収集する際に、需要動向を併せてチェックするなどのかたちで内容精査を行っているので、実際にはこの問題は相当軽減されている。また、仮に買い手側から価格をとることにすると、コスト評価法による品質調整が情報不足によって行えなくなるので、かえって物価指数の精度を落とす可能性が高い。
  • 「除外法」というインピュート法の訳語については、データがない場合に当該品目を「除いて」計算した平均的な価格の変化率を、その品目の価格変化率とみなすという意味で、「除外」という名前が付いたのではないか。
  • 統計作成現場において、価格下落の要因(需要要因と供給要因)をどの程度識別できるかという点については、確たる回答を持ち合わせていない。ただし、少なくとも95~96年の景気回復局面における国内WPIの下落については、需要が急拡大していた電気機器の一部で大幅な価格低下がみられたことの影響が大きかったため、主として供給要因が作用していたと考えてよいと思う。
  • IOPIにサービス価格が含まれていないことが、一部からの「使用には耐えない」という批判につながっていることは承知している。WPIの財価格情報とCSPIのサービス価格情報が統合できれば理想的ではあるが、現在のCSPIではカバーできていない大きな領域が2つある。一つは卸・小売等の商業マージンの部分であり、もう一つは金融機関のマージンの部分である。現時点ではこの2つを物価指数として捉えるのに適当な手法がない。また、WPIは工業統計表をウエイト算定のベースにしている一方、CSPIは産業連関表をベースにしており、これらを統合するためには、基礎統計の違いを調整しなければならない。これらの問題を踏まえて日本銀行内部で議論した結果、現時点では、CSPIをIOPIに統合することは時期早尚との結論に至った。IOPIは、経済統計に精通した研究者向けの統計であり、その作成方法をできるだけ開示して透明性を高めることによって、研究者が自由に加工して頂くというのが、IOPIに関する当面ベストの選択だと考えている。

第3セッション「2000年基準消費者物価指数の特徴点」

(1)報告の概要

岡本(総務省統計局消費統計課長)より、提出資料(「消費者物価指数平成12年(2000年)基準改定について」、「消費者物価指数参考資料第17号」)に基づいて報告が行われた。その概要は、以下のとおりである。

  • CPIの基準年については、統計審議会答申に基づき、西暦年の末尾に0か5の付く年に改定することになっており、現在は95年基準から2000年基準への改定作業を行っている。基準年の変更にあたっては、情勢の変化をできる限り的確に指数に反映させる努力を行っており、今回の2000年基準改定では、家計調査の平成12年(2000年)の結果を基に、品目の改廃を行う。前回の基準改定以降、消費支出上の重要度の高まった71品目を追加する一方、逆に代表性が失われてきている55品目は廃止する。この結果、2000年基準指数に用いる品目数は現行の580品目から596品目に増加する。
  • 今回の基準改定で追加される品目の中で代表的なものは、外国パック旅行、移動電話(携帯電話)通信料、パソコン(デスクトップ型・ノート型)等である。このほか、規制緩和に伴い、セルフ販売と対面販売の価格変化に違いが生じる可能性がある理美容品(化粧クリーム・乳液・ファンデーション・口紅)については、それぞれ2品目に分割することにした(4品目→8品目)。
  • 外国パック旅行は、価格の把握が難しいこともあり、従来は、独立した品目とせず、パックを構成する航空運賃等にウエイトを配分する扱いとしていた。しかし、近年は、通常の国内の物価変化と異なるとみられる外国パック旅行の家計の支出全体に占めるウエイトが上昇していることから、独立した品目とすることが適当と判断した。
  • 移動電話通信料は、価格の変動を的確に指数に反映させるため、他の料金関係品目と同様、業務統計等を用いて所定のモデル式により価格指数を作成するという方法を採用する。こうした方法は、規制緩和等により料金制度や価格体系が多様化していることに対応するものであるが、実際に料金体系が変更された場合に、どのように指数系列を接続すればよいかについてはなかなか悩ましく、各国とも電話会社の協力が得にくいこともあって悩んでいる。料金体系が多様化している電話通信料については、海外では、セカンドベストな方法として、事業者に、例えば、事後的に1分当たりの平均単価がいくらとなったかを報告させることにより単価指数で代用している国もあるが、多くの国は必要なデータが電話会社から得られない状況にある。そこで、今回の改定では、通話時間が異なるいくつかの「代表的世帯」を想定し、各代表的世帯の行動パターンを予め決めておくことにより、価格指数を作成する予定である。具体的には、最も基本的な料金体系を選択する世帯と常に基本料金が一番安い料金体系を選択する世帯の比率をそれぞれ半々とする予定である。半々とする理由は、アンケート調査を実施したところ、約半数の世帯は最も基本的な料金体系を選択していたからである。これは、多くの世帯が、通話時間が月によって異なり、どの料金体系が割安か分からないか、料金についてそれほど気にしていないためではないかと思われる。同様の手法は、米国の航空運賃で採用されており、日本の航空運賃についてもこうした手法を採用する予定である。
  • パソコンについては、技術革新のテンポが速く製品サイクルが短いため、小売物価統計調査から得られる限られた機種の価格だけではオーバーラップ法による品質調整が難しいといった問題もあり、安定した価格指数を作成するのが困難である。このため、今回の品目追加にあたっては、POS情報から得られる全機種の販売価格・販売数量を用いて指数を作成しようとしている。指数算出にあたっては、マッチド・サンプル・メソッド(前月と今月で共通している販売機種の前月比を販売額ウエイトで加重平均して連鎖していく方式)とヘドニック法のいずれかを用いる予定である。POS情報を用いて算出したヘドニック指数は、マッチド・サンプル・メソッドによる指数の動きと概ね同じであり、かなり安定したものであることがわかっている。しかし、最近になって、マッチド・サンプル・メソッドによる価格指数とヘドニック指数とでは、後者の方がやや価格下落テンポが速くなっており、最終的にどちらの手法を用いるのかについては今少し検討を重ねていきたい。ちなみに、海外でも、パソコンにヘドニック法を適用した際のモデルの安定性について悩んでいるようで、主として主要国の消費者物価統計部局が集まった国際会議の場で先のPOS情報を用いた結果を紹介したところ、他国参加者には驚きがあったようである。
  • 次に品目改廃の迅速化について説明する。パソコンや携帯電話などIT関連品目が急速に普及したが、このようなことは今後も起きる可能性がある。こうした状況を踏まえ、急速なテンポで普及し一定のウエイトを占めるようになった品目については、次回の基準改定のタイミングを待たずに、柔軟に新規品目を追加していくことにした。ただし、基準年ウエイトを用いているにもかかわらずあまり多くの品目の追加を行っていくと無理が生じるので、見直しの対象となる品目の数についてはある程度限定していかねばならないだろう。
  • なお、第1、第2セッションの議論では、参加者の一部から「利用目的に応じて複数の指数を作成してはどうか」という提案があった。CPIについては、80年以降参考指数としてラスパイレス連鎖指数を作成している。95年基準指数を用いて、2000年時点のラスパイレス指数と同連鎖指数を比較してみると、指数水準の差は0.1ポイントに過ぎない。一般に、基準時から時間が経過するのに伴い、ラスパイレス連鎖指数はラスパイレス指数より低くなるように考えられているが、90年基準の95年時点のラスパイレス連鎖指数はラスパイレス指数よりむしろ高いなど、逆転現象も発生しており、総合レベルでもドリフトが起きる場合があることを示している。95年基準指数では、逆転現象は起きていないものの、ドリフトの要素が作用している可能性がある。ラスパイレス連鎖指数は、このようにラスパイレス指数と大きな差がない一方、利用者にとっては不便な面もあるため、公式の指数に用いることは必ずしも適切とはいえない。海外において、生計費指数の立場を支持していない人たちの間でも、作成できるものであればフィッシャー型指数等の最良指数(superlative index)がよいとの考え方が強くなってきていることを踏まえ、今回の基準改定では、最良指数の非常に良い近似を与える可能性が高く、しかも実用性の高い、「中間年バスケット指数」を参考指数として発表する。中間年バスケット方式は基準改定年の中間に位置する年のウエイトを用いている固定ウエイト方式であるが、最良指数の良い近似となっている可能性が高い。
  • このほか、ウエイトを算出する際に、2人以上世帯の支出だけでなく、単身世帯の支出も加味した「総世帯指数」についても、新たに参考指数として公表する予定である。試算値をみる限り、本系列と総世帯指数の間に大きな差は生じていない。

(2)指定討論者のコメント

以上の報告に対し、指定討論者である美添(青山学院大学経済学部長)より、以下のようなコメントがあった。

  • 基準改定については、昭和56年の統計審議会答申で必ず5年おきに行うこととされたが、これは、統計作成にかかる政策決定機関の恣意性を排除し、統計に客観性を確保するためにも重要なことである。この考えに沿って、95年に阪神大震災が発生した際にも、予定どおり95年基準に移行することとした。地震の影響で基準改定後の統計に不都合が生じるかどうかについては、事後的に検証すればよいと考えたわけである。
  • 報告者からの説明を若干補足すると、基準改定に伴う品目改廃では、家計調査で支出の重要度が高まった品目を新規に採用する際に、採用基準として「1万分の1以上のウエイト」を目処としており、この原則自体は客観基準として意味はある。しかしながら、単に客観基準にしたがって統計の設計・調査を行えば、精度の高い統計ができるという訳ではない。今回の品目改廃でも、「円滑な価格取集が可能で、価格変化を適格に把握できる品目」といった点が、同時に選定基準に含まれており、継続的に価格調査が可能かといった点にも配慮が加えられている。
  • ボスキン・レポートで報告されたCPIの「上方バイアス」の一部については、米国におけるデータの取り方による面が大きい。米国では、調査店舗および調査商品を選定する際に、その時点における売上額に比例した確率で選定しているため、たまたまその時に特売をしている店舗・商品が選定される確率が高くなる。そうすると、選定時点では価格が低かったのに、その後は自然体で価格が上がってしまうケースがどうしても多くなるため、指数に上方バイアスが発生してしまう。こうした理由に起因する上方バイアスは、小売物価統計調査を基にした日本のCPIにはあてはまらない。しかし、従来は統計作成機関の情報開示が不十分であったことから、世間ではこの種のバイアスまで存在しているとの誤解も多く見受けられた。
  • 最近、統計作成方法についての批判が多く聞かれることについては、統計に対する国民の関心が高まっているという面もある。統計作成機関は情報開示を積極的に行い、説明に努めていくことが重要であろう。こうした観点から今回の基準改定をみると、これまでなされてきた批判によく応えているように受け止めている。とくに「中間年バスケット指数」を参考指数として新たに公表する点については、高く評価している。なお、統計の目的・ニーズに応じて複数の指数系列を作成する必要性については、以前から指摘されており、70年代のオイルショック時から、世帯主・属性(年齢・職業)別指数が公表されている。
  • 物価指数作成においては、個々の品目の価格データだけでなく、それらを統合するウエイトを算出する際に正確な数量データが必要であることを強調したい。日本のCPIで用いている家計調査は、少なくともこうした点では質の高いデータである。こうした質の高いデータが存在するからこそ、「中間年バスケット指数」が実用に耐え得るものとして公表できると考えられる。発展途上国の中には米国の統計専門家の支援を得て統計作成を行っている国が少なくないが、数量データの質を無視してディビジア指数や最良指数といった高度な指数作成を試み、全く信頼性のない指数を作成してしまうというケースもみられるようである。統計作成にあたっては、徒に作成手法の高度化を図るだけではなく、データ特性を十分に把握して指数を作成しなければならない。こうした点において、日本のCPI、WPIは、リーズナブルな統計であると認識している。

(3)自由討議

討議参加者からは、以下のようなコメントが寄せられた。

  • 一つの指数で完璧な物価指数を作成するのは不可能であり、いろいろな統計を発表し、あとはユーザーが使い勝手に応じて選択するのが良いと考えている。また、質の高い価格統計を作成するには、企業からの自主的な情報開示が非常に重要であり、統計作成機関も、情報開示を促す働きかけを積極的に行っていくことが望ましい。
  • 総世帯指数が参考指数として公表されたことは評価できる。現在は、名目GDPから実質GDPを作成する際に、「2人以上の世帯」の支出から算出されたウエイトを用いてデフレートした結果となっている。本来は、「総世帯」の支出から算出されたウエイトでデフレートすべきであろう。
  • ラスパイレス連鎖指数などの参考指数は、より広く利用されることを想定するのであれば、年次データのみでなく、月次データについても公表する必要がある。95年基準指数のラスパイレス指数と同連鎖指数の差が2000年時点において小さいことは、総務省の指摘するとおりである。しかしこれは、あくまでもこの5年間が、物価上昇率が低く、相対価格の変動幅も大きくない局面であったためである。将来的には、仮に相対価格が大幅な変動を示す局面があれば、ラスパイレス指数のバイアスが拡大する惧れがあり、連鎖基準方式の正式採用をもっと前向きに検討していった方がよいのではないか。
  • パソコンに関するヘドニック法の推計結果が比較的安定しているとの報告があったが、これは、最新のインフォメーションセットを基に限られた数の属性で推計しているためではないか。実際に統計を作成して行くうえでは、回帰モデルに新しい属性をどんどん加えていかなければならないはずで、その場合には、推計結果が不安定になると思われる。過去のインフォメーションセットに、より最近の属性を加えていったときに、パラメータが安定的であるかどうかを検証すべきであろう。
  • 現在の価格調査は、原則として水・木・金に限定されているので、支出ウエイトの高い土曜日や日曜日についても、調査を行っていく必要がある。総務省では、水・木・金の価格は通常価格に近く、土・日の価格は特売価格であると主張しているが、首肯し難い。例えば、マクドナルドが実施した「平日半額セール」はCPIを0.1%程度押し下げているという推計もある。土・日を除外していることで指数が歪んでいる可能性が排除できないのであれば、予算対応をすればよい。
  • 東京地区のある量販店の例を挙げると、特売の種類は、週末セールのほか、平日セール、5・10・20といった日限定のセール、時間限定のセールなど、多様である。このほかにも、カード提示による割引、ポイントカードによる事後的なキャッシュバックもあり、通常価格を特定することはもはやほとんど不可能である。ちなみに、トイレットペーパーやティッシュペーパーについては、購入者のまとめ買いにより販売数量の実に97~98%が特売価格で販売されており、特売価格が事実上通常価格になっている。
  • POS情報を用いた価格指数作成については、パソコンだけでなく、価格動向の把握が難しいその他の品目にも適用すべきである。
  • 食品・家電など新製品が多いものは、基準時点で代表性があった指定銘柄がすぐに売れ筋でなくなってしまう。例えば、ラーメンは袋麺からカップ麺へ、ジュースは缶ジュースからペットボトルへ、チーズは箱入りチーズからスライスチーズへなど、顧客のニーズに応じて日々売れ筋が変化しているのが実態である。
  • リサイクル法の対象となった家電製品について廃棄コスト込みの価格指数は作成可能か。
  • マイカーの帰属サービスについてどのように認識しているのか。
  • 業態間の価格差については、全国物価統計調査や全国消費実態調査を利用した分析に基づき「購入先別支出割合の変化による平均購入価格の変化を単純に消費者物価指数の変化とみるべきではない」という見解が示された一方で、小売物価統計調査における実務上の対応については「廃業等による調査店舗の臨時交替の場合、商品については原則として直接比較」であるとされているが、そもそも業態間価格差の物価指数への反映のさせ方についてどう考えているのか。また、調査店舗の交替による価格の変化がそのまま指数に反映されるとすると、今後予定されている小売物価統計調査の価格調査地区の設定方法の見直し(一部の品目については郊外型大型店舗等の新規出店を考慮して価格調査地区を拡大)の消費者物価指数への影響についてどう考えているのか。
  • 統計の継続性に配慮すべきである一方、新規に店舗が出店され、調査地区で一定の代表性を有するようになった場合、こうした新店舗の価格情報も反映するべきと考えられるが、総務省のスタンスはどのようなものか。
  • 今回の基準改定で新たに採用される移動電話通信料については、品質調整をどのように行う予定か。移動電話通信料は、固定電話通信料より1分当たりの価格は高いが、固定電話と比べればどこでも電話できるという点で品質が向上しているとみられる。さらに、最近ではメールがわずか1円か2円で出来るようになるなど、付随サービスが拡充することでも、品質が向上しているとみられる。こうした品質向上を勘案すれば、移動電話通信料は格段に低下していると考えられるところである。

(4)報告者からの応答

以上のコメントに対し、報告者から以下のような応答があった。

  • ラスパイレス連鎖指数などの参考指数を月次で公表してはどうかとの意見があったが、現時点でそれは考えていない。理由は、(1)本系列に加えて参考指数についても月次で発表すれば混乱が生じる惧れがあること、(2)代替効果など指数算式による格差については、月次で急激に変化するとは考えられないこと、である。「中間年バスケット方式」については、公式指数として採用する場合、(1)中間年における固定バスケットの見直しに対応した生鮮食品の季節変動ウエイトの変更をどうするか、(2)地域別計数からの積み上げを行うにあたって問題はないか、など、実務的な面で詳細に検討すべきことが多いこと、現在進行しているILO(国際労働機構)のCPIマニュアルの改訂作業において作成できるものであれば最良指数が良いという記述がなされる可能性があることから、将来に向けた準備期間として当面参考指数として公表することとしたものである。
  • パソコンにヘドニック法を適用する際に、新しい属性をどんどん加えていくと推計結果が不安定になるのではないかという意見があったが、われわれのこれまでの試算ではパソコンの回帰モデルは比較的シンプルなものになっており、不安定という問題は特になかった。しかし、指摘されるような懸念がないとは言えないであろう。実務家としては、無難な方法を選択するのが鉄則であり、ヘドニック法とマッチド・サンプル・メソッドに特に差がない場合であれば、当然、マッチド・サンプル・メソッドを選ぶことになるだろう。しかし、最近の動きをみると、ヘドニック法とマッチド・サンプル・メソッドで差が生じてきており、新しい特性の取り込みがやや遅れたとしても、ヘドニック法を選択した方が無難である可能性があると考えている。また、パソコンの回帰モデルは比較的シンプルなものになっており、例えば、インストール済みのソフトやCD−ROMドライブの速度など、価格に反映されそうな属性が説明変数として必ずしも有意にならない。これは、ヘドニック法の完全さの問題になるかもしれないが、一方では、新しい特性が必ずしも回帰モデルに取り込まれるとは限らず、説明変数の変更を頻繁に行って不安定になるとは必ずしも言えないということにもなる。ヘドニック法を用いるとすれば、回帰モデルへの属性の取込みに多少問題があっても、他の方法よりはましという考え方で行うことになろう。
  • 現時点では、パソコン以外の品目についてPOSデータを利用する予定はない。これは、POSデータが大変高価なことや、POSデータの得られる店舗が家電製品であれば大型家電量販店、加工食品であればスーパーなどに限られること、といった理由による。パソコンの場合は、いわゆる系列店での購入が少ないとみられるが、通常の家電製品については、依然、系列店が一定のシェアを占めているとみられる。こうした事情から、今回の基準改定ではパソコンについてのみPOS情報の利用を行っていくこととしている。
  • 特売価格を指数に含めるべきとの意見があったが、これは木をみるか、森をみるかという問題になる。物価指数作成の目的は、特定の商品の価格を正確に把握することよりも、品目全体としての価格の動きを把握することである。配布資料にも示したように、POSデータによる商品別販売額シェアをみると、いわゆる売れ筋の少数の商品は特売の対象となることが多く、これらの商品のシェアが大きい一方で、個々はシェアの小さい商品が多数存在しており、インスタント・コーヒーのように特売の多い品目であっても、全体としてみると、少なくとも半分以上はいわゆる通常価格で購入されていることがわかる。したがって、特定の商品の特売価格が品目全体の価格変化を代表しているとは必ずしも言えないことになる。実際、限定された規模ではあるが、加工食品、日用品に関して、POS情報を基に価格指数の試算を行ってみたところ、特売価格を含めて指数を作成しても、指数の動きにはさほど大きな差が出ないという結果が得られている。特売価格を除外することの影響がどの程度出るのかについては、今後も引き続き検証していきたい。例えば、平成9年の全国物価統計調査から「特売価格調査」を実施している。この調査は、少なくとも大型店についてはほぼ悉皆的調査であり、次回の全国物価統計調査の結果が発表され2時点の情報が揃うと、POSデータのように特定の業態に偏ることなく、特売価格の影響について、かなり正確な分析が可能になると考えている。
  • 調査日に土日を含めるべきであるという意見が出されたが、全国物価統計調査による曜日ごとの平均価格をみると、平日にも特売はかなり行われており、土日の価格が平日に比べてそれほど低いわけではない。また、日本の場合、全国消費実態調査の曜日別支出金額や、社会生活基本調査の曜日別生活行動をみると、平日の買い物が土日に比べてそれほど少ないわけではないことがわかる。全国物価統計調査よると、頻繁に特売が行われる品目でも、平日と土日の販売価格の差は1%程度に過ぎない。平成6年と11年の全国消費実態調査の曜日別集計による曜日パターンの変化と、平成9年全国物価統計調査の曜日別平均価格の結果から試算すると、調査日を平日から土日に切り替えたところで、CPIに与える影響はどんなに大きく見積もっても総合レベルで年率0.01%以下とかなり小さいものである。
  • 家電製品の廃棄コスト込みの価格指数を作れないかとの質問があったが、今回の基準改定では、粗大ゴミ処理手数料を新規追加した。ただし、ここで実際に調査している手数料は、家電リサイクル法の対象となった家電製品の粗大ゴミ処理手数料とは異なる。したがって、リサイクル法の対象となった家電について廃棄コスト込みの価格指数を作成することは、現状は対応できないが、なるべく早期に対応したいと考えている。
  • 業態間の価格格差を指数にどう反映すべきかとの質問があったが、まず事実として、全国物価統計調査を用いて価格と店舗特性に関する回帰分析を行ってみると、例えばスーパーに比べてコンビニの値段は高いなど、業態間の価格差は確かに存在している。ボスキン・レポートでは、業態間の価格差については丁寧な記述がされており、基本的にはサービスの質の差を反映しているとしているが、業態間の価格差を全てサービスの質の差によるものとみてよいかどうかについては疑問があるとしている。日本の消費者物価指数でも、業態間の価格差を100%全てサービスの質の差を反映するものと考えるのは適当でないという立場を採っており、廃業・倒産等の理由から調査店舗が代表性を失い、同一調査区内で変更する場合には、旧調査店舗と新調査店舗の価格差はサービスの質の差を反映しているとはみなさない。したがって、品質調整においても、オーバーラップ法ではなく直接比較法を用いるようにしている。海外では、米国・カナダが調査店舗の交替時にオーバーラップ法を用いているが、現在のILOのCPIマニュアルの執筆者であるTurveyの個人的改訂マニュアルをみると、調査店舗の途中交替(forced replacement)の場合は、直接比較法を推奨している。彼の記述の仕方をみると、これは英国が採用している方法ではないかと思われる。なお、ボスキン・レポートにある店舗バイアスの上限の推計は、米国CPIにおいて調査店舗を交替したときの新旧店舗の価格差をみたものであり、店舗交替時にオーバーラップしていない日本のCPIでは、同じ議論が適用できるわけではない。
  • 移動電話通信料の品質調整について質問があったが、これをあくまで音声による通話の対価と捉える限り、料金体系によって品質に違いはないので、Nonlinear pricingの問題と言える。携帯電話と固定電話の通話料はサービスとして近い品目であるが、両者の品質差や、サービスとしての代替関係を特定することは難しく、別々の品目として考えていかざるを得ない。なお、携帯電話によるメールの利用も含め、インターネット・アクセス料金については、基準年となる昨年の料金体系などの変化が激しいため、今回は採用を見送ることにした。インターネット・アクセス料金の価格指数算定については、海外の研究例が徐々に報告されてきており、こうした事例を参考にしながら、中間年の品目見直しの際に追加品目として採用することも考えていきたい。

第4セッション「地価情報と不動産市場」

(1)報告の概要

井出(成蹊大学経済学部教授)より、提出論文に沿って報告が行われた。概要は以下のとおりである。

  • 日本の地価情報に関する問題点は、(1)取引価格のデータサンプル数が不足していること、(2)必要以上に定点観測が重んじられていること、(3)品質調整を行っていない単純平均価格が用いられていること、(4)地価評価において不可欠な収益データが不足していること、の4点に整理される。地価情報の分析には、(1)、(2)の理由から主に鑑定価格が用いられているが、このことは、不動産市場の動向把握において重大な問題点であることを指摘したい。そのためにまず、鑑定価格の代表である公示地価について、ヘドニック法を用いた品質調整を試みることにする。対象は大阪市である。次に、取引価格として、大阪市の競売市場からデータを入手し、同様の品質調整を行う。これらを比較することにより2つのデータセットの質的違いを検証する。また、推定されたヘドニック関数は、価格下落のリスク評価にも利用可能である。最後に、物価との関係を考えていくうえで重要なのは地価そのものよりも土地収益データであるが、その関連で、CPIの「持家の帰属家賃」が抱えている問題点について取り上げることにする。
  • まず、大阪市の公示地価(95~2000年)についてヘドニック関数を適用した結果は、以下のとおりである。第1に、地積が増加すると単価が上昇するという傾向がある。こうした傾向は、鑑定価格が規模の経済性を重視していることを反映しているとみられる。第2に、説明変数のパラメータは時間を通じて変化しており、ヘドニック関数は安定的でない。この傾向は、とくに「地積」「容積率」「中心地からの所要時間」の3要因について顕著である。第3に、説明変数のパラメータには、規模を通じた違いもみられた。1千万円区切りで構造変化テストを行ったところ、住宅地では6千万円以上と未満のところで、商業地では1億9千万円以上と未満のところで、最も大きな差が検出された。第4に、単純平均価格の下落率は比較的滑らかに推移しているのに対し、品質調整を施した後の価格指数については、下落率が、96年に大幅となった後、いったん縮小し、99年以降は再びマイナス幅を拡大するという動きをしている。この点は、品質調整のなされていない地価データをそのまま用いると、不動産需給の実際の変動が平滑化され過ぎてしまう可能性を示唆している。
  • 次に、大阪市の競売データ(97~2000年)にヘドニック関数を適用したところ、公示地価の場合と大きくは異ならない分析結果が得られた。ただし、規模の影響に関しては、公示地価のケースとは逆に、地積が増加すると単価が下落するという結果になった。これは、現在のように金融機関の融資姿勢が慎重である状況では、大規模物件ほど流動性が低いためと考えられる。ちなみに、価格帯別落札率をみると、土地総額が高まるにつれて落札率も大幅に低下している。鑑定価格である公示地価は、こうした金融環境を背景にした大規模物件の流動性低下という現象を、十分に反映していない可能性がある。
  • 次に、地価分析におけるリスクの扱いについて論じる。地価分析で難しいのは、リスクプレミアムに関する前提である。一般に金融市場のデータは、サンプル数が豊富でヒストリカル・ボラティリティを計算することができる。しかし、地価の場合は、(1)多くが年次データでありサンプル期間も短いこと、(2)物件ごとの多様性が強いこと、(3)鑑定価格では真の価格変動を平滑化し過ぎている可能性があること、などの問題があってヒストリカル・ボラティリティが使えない。そこで、先ほど推計したヘドニック関数の予測誤差を、地価のボラティリティとして利用することを提唱したい。具体的に今回の分析では、ある一時点におけるヘドニック関数から地価を予測し、その予測値の分布で下方から1%に当たる値をVaR(バリュー・アット・リスク)とした。商業地は住宅地に比べ、リスクの大きさは2倍以上である。公示地価を用いたモデルによれば、住宅地は98年、商業地は99年をピークにしてリスクが減少傾向にあり、不動産市場は小康状態にあるとみられる。
  • 最後に、日本では不動産の収益データが整備されておらず、とくに住宅地についてはデータが乏しいことを指摘しておきたい。そうした事情から、住宅地の収益データとしては、CPIの「持家の帰属家賃」が一般に利用されている。もっとも、同指数については、住宅の規模や質が調整されていないなど、これまでも問題点が指摘されてきている。このため、CPIの「持家の帰属家賃」をもとに地価の現在価値を推定してみても推定誤差が大きく、長期的な安定関係を示す共和分関係さえ確認できない。
  • 先ほどの取引価格に基づく地価情報と併せて、不動産収益データの整備が進むよう、情報開示を期待したい。

(2)指定討論者のコメント

以上の報告に対し、指定討論者である山崎(上智大学経済学部教授)より、以下のようなコメントがあった。

  • 地価情報を分析することの重要性は近年とみに高まっている。例えば、国土交通省の研究会でも、既にヘドニック法による公共事業評価を行っているところである。また、バブルの反省を踏まえれば、金融政策面でも、地価等の資産価格をきちんとモニターすることは重要であるし、信用秩序の維持という観点からもそうである。なお、日本では、地価に対する関心がとりわけ高いが、これには、賃貸借市場の未整備から不動産の所有と利用が分離されておらず、他の先進国に比べ家計の持家指向が強いということも、影響している。
  • ヘドニック法を地価に適用した場合、推計結果がきわめて不安定であることが以前より指摘されている。ある研究では、同一のデータを用いても、モデルを変えて数百の推計を行った場合に、説明変数にかかるパラメータの大きさが3~5倍も違うことが指摘されている。このような状況では、いくらでも分析者に都合のよい結果を導けてしまうため、推計結果の信頼性を確保するうえで、使用データなど分析内容の情報開示が重要である。とくに、政策当局がヘドニック法を行う場合には、この点に十分注意する必要がある。
  • 競売市場に着目するという報告論文の試みは、非常に興味深い。ただし、分析結果を評価するにあたっては、競売市場が抵当権を実行する際に用いられる特殊な市場であることに注意しなくてはならない。現場の話を聞くと、抵当権の侵害に関するトラブルは少なくなく、抵当権を行使してもほとんど資金を回収できないということもあるようである。このように、競売市場はプロのための市場で、素人が参入しづらい市場である。競売市場から得られるデータを分析に用いる場合は、そうした特殊性がもたらすサンプル・バイアスをどうコントロールするかが一つのポイントである。
  • 報告論文の推計結果をみると、時間ないし景気循環を通じてパラメータが変化しているが、これは関数が不安定というよりは、むしろリーズナブルな結果が出ていると解釈できるのではないか。例えば、「中心地からの所要時間」という説明変数は通勤者の時間に関する機会費用と密接な関係を有しており、景気の好転に伴い同費用が高くなることが、同説明変数にかかるパラメータを上昇させるという面がある。また、「容積率」についても、オフィスに対する需要は景気に応じて変化するため、パラメータが時間とともに変化する一因となる。
  • 推計結果が時間とともに変化するという点は、地価がオーバーシュートしやすいということにも関係している。先に述べた抵当権侵害の問題は地価をオーバーシュートさせやすい。地価の上昇期には、企業倒産が減り、抵当権を実行するケースが減少するため、抵当権侵害の問題は深刻でなくなる。抵当権侵害の問題が深刻ではないとすれば、銀行の貸出姿勢が前向き化することを通じて、地価は一段と上昇する。一方、地価の下落期には逆のメカニズムが働く。また、税制も地価をオーバーシュートさせる要因となり得る。例えば、固定資産税の評価額見直しは3年に1度しか行われない。地価の上昇期には実効税率が低下することが、土地需要の増加を招いてさらに地価を押し上げる。相続税についても、同様の問題がある。

(3)自由討議

討議参加者からは、以下のようなコメントが寄せられた。

  • 土地市場の需給をみていくうえでは、多くの地点の地価を取り上げていくことが重要である。報告論文では、地価の品質調整を行うことの重要性を強調しているが、十分な物件数が確保できているのであれば、質的調整を行わない単純平均価格をみていくのも一つの方法であると考えられる。そうした意味では、取引価格情報にこだわらず、鑑定価格も積極的に取り込んでいった方が良いと考えられる。
  • 公示価格という鑑定価格が必ずしも実勢を反映しているとは限らないという主張には、肯ける部分がある。地価公示における東京圏のポイントごとの地価を、地積、容積率、最寄り駅からの距離などの属性で回帰してみると、たかだか5つの属性で5~6割の決定係数が得られる。現実の土地取引において考慮される属性が無限に多いことを踏まえると、こうした結果はやや不自然であり、公示地価の問題点を示唆しているように思われる。
  • 地積が増加すると単価が上昇するのか下落するのかということであるが、世間で言われる「近・新・大」(物件がロケーション、築年数、面積等の点で有利であること)の傾向ということでは、単価が上昇するというのが実感に合う。東京地区の公示地価について分析を行ったところでも、地積にかかる係数はプラスかつ有意であった。大阪の競売データを用いた場合、地積が増加すると単価が下落するという結果が得られているのは、大阪では土地取引に関わるトラブルが多いため、権利関係が複雑な大規模物件ほど嫌われる傾向があるためではないか。
  • 住宅地における「規模の効果」が1物件当たり6千万円以上と未満で大きく異なるのは、6千万円を超えると利便性や面積の点でマンション適地になるものが増えることを反映しているように思われる。
  • 土地はパソコンなどと異なり、いくつかの属性でなかなか規定し切れるものではない。したがって、地価にヘドニック関数を適用した場合に推計結果が不安定となるのは、むしろきわめて自然であろう。ヘドニック関数は、それを土地の品質調整に用いるというよりは、推計されたパラメータの変化から土地市場における価格形成の変化を読み取るといった利用の仕方の方が適当ではないか。
  • 経済状態を表わすマクロ変数として貸出約定平均金利を採用することはあまり一般的でなく、あくまで金利として捉えるべきであろう。そうであるとすると、金利と地価の間には現在の金利が上がれば現在価値としての地価は下がるという関係があるので、金利にかかるパラメータがプラスの符号をとるのは不自然である。
  • 推計結果をみると、理論とは逆に、金利にかかるパラメータがプラスになり、マーシャルのkにかかるパラメータがマイナスになっている。これは、オミッテッド・バリアブル(推計式から抜け落ちている重要な変数)が存在するからではないか。直感的には、GDP成長率などを説明変数に加えれば、問題は解消する可能性があるように思う。
  • 推計結果をみると、金利やマーシャルのkよりも、時間ダミーを用いた推計の方がパフォーマンスが良いようである。時間ダミーを用いれば、そのパラメータの大きさの変化を地価上昇率と解釈できるというメリットもあるので、こちらの方を採用すべきである。
  • 自分の経験では、首都圏中古マンションの取引価格データにヘドニック法を適用すると、パラメータは時間を通じて比較的安定したものが得られる。こうした良好な結果が得られたのは、大量のサンプル数を確保できたことが大きいように思われる。この推計結果を用いて月次の品質調整済み指数を作成すれば、不動産市場の潮目の変化を早期にかつ的確に把握できると考えている。
  • 競売データのサンプルは、セレクション・バイアス(標本が母集団を代表していないことからもたらされるバイアス)に関わる問題が深刻であると考えられる。
  • 報告論文の分析では、クロスセクション分析の推計誤差を用いており、時間を通じた変動を捉えている訳ではない。論文ではこうした問題点にも言及した上で、VaRとして割り切って利用しているが、やはりミスリーディングである。
  • 地価の変動を反映していないことをもって、CPIの家賃指数に問題があると結論づけることには無理がある。もともと農家で広い土地を所有していた地主などが、節税対策などでアパート経営するような場合が多いとすると、家賃に地価が反映されるとは限らない。CPIの木造の民営家賃指数と日本不動産研究所の木造建築費指数を比較すると、長い目でみれば、概ね一致している。この点は、家賃はそもそも地価とヴィヴィッドに連関しあうものではなく、主として建築コストの影響を受けて決まるものである可能性を示唆している。
  • 報告論文では、CPIの帰属家賃指数が実勢を反映していないと考えられる理由の一つとして、家計調査において民営家賃が支出総額に比べて低下しており、民営家賃が上級財でないことから、民営家賃を基に上級財である住宅サービスを推計していることを挙げているが、家計調査の支出総額には預金の預け入れなどグロスの金融取引も含んでいるので、適当な比較とは言えない。また、時系列の変化から判断しているが、これでは規制、制度や所得環境の変化などの影響を受けてしまう。全国消費実態調査の報告書に帰属家賃の推計結果が掲載されているが、所得階層別帰属家賃をみると、上級財になっている。
  • 報告論文では、借家家賃のデータから帰属家賃を推計する際の問題点として、規制の存在から借家家賃を調整する必要があるとしているが、帰属家賃は、仮に持家を借家として貸した場合に得られるであろう家賃のことを指しており、規制の有無が家賃に影響を与えているか否かにかかわらず、借家家賃のデータから帰属家賃を推計することは問題ないはずである。この点、機会費用アプローチの帰属家賃概念を問題にしているのか、帰属家賃の推計方法を問題にしているのか、はっきりしない。
  • 報告論文では、帰属家賃指数の推計にユーザーコスト・アプローチの考え方を採り入れることを勧めている。ユーザーコスト・アプローチ自体を否定するつもりはなく、むしろ興味深い提案と考えるが、住宅の購入費や維持費の価格変化をみるはずのユーザーコスト・アプローチには、土地の購入費は直接含まれないため、帰属家賃に地価の動向が反映されるべきであるとの主張とは相容れないのではないか。
  • 物価指数に含めるべき対象が家賃であって地価でないとは、必ずしも言い切れないのではないか。例えば、物価指数に生計費指数としての性格を求め、わが国の持家指向が強いとすれば、家賃ではなく地価をカウントすべきという議論も成り立ち得るのではないか。
  • 品質調整を巡って、物価の場合と地価の場合とでは、異なる考え方がとられているように思う。物そのものの品質や機能が変わらなくても、例えば携帯電話におけるネットワークの外部性のように、その物を使う環境が便利になったがために、使用価値が増加したケースを考えてみよう。この場合は、物価指数の作成においては、この点まで含めて品質調整をしようという考え方は一般的でないように思われる。ところが、地価については、地下鉄の開通によって便利になった土地の価格が上がった場合、報告論文でも試みられているように中心地からの所要時間を用いて品質調整すれば、地価は上昇していないのかもしれない。物価について外部環境に関する調整をしてみるべきなのか、調整しないとなると実質GDPを(効用の指標としては)過小評価することになるのではないか、といった問題をきちんと考えてみる必要があるのではないか。
  • 地価は、金融市場も含め、人々の期待形成に対して物価以上に影響度が大きい。また、国の格付けを考える場合にも、国富という概念の中で、地価はきわめて重要である。そうした中で、不動産市場がより高い機能を発揮していくことが期待されるわけであるが、そのためには、金融資産と同様に、不動産についてもリスクとリターンの関係を測るデータ(ボラティリティー等)を整備していくことが重要である。さらにそのためには、質の高い情報開示が重要であり、不動産に対する時価会計・減損会計がどうなるか、またそれが企業部門にどう影響するかに注目している。

(4)報告者からの応答

以上のように多くのコメントが寄せられたが、時間の制約のため、井出教授からは以下の点に絞って応答があった。

  • 品質調整を行わない単純平均地価と品質調整を施した地価指数のいずれが望ましいかという点については、これらの指標の整備を進めて、改めて判断しなければならない問題であろう。確かに、現状では、単純平均地価の方がサンプル数は多く確保できる。しかし、その多くが取引の行われていない物件を対象としたデータであり、市場動向をヴィヴィッドに反映しているとは考えにくいのも事実である。したがって、限られたデータについてであっても、品質調整を施した地価情報を抽出し、併せてみていくことが必要であると考えている。
  • 地価の下落リスクの評価にヘドニック関数を用いる場合に、クロスセクションではなく時系列方向の推計を用いるべきという指摘は、そのとおりであろう。しかし、現状ではデータの制約もあって、ヘドニック関数の時間方向の分析は難しい。今後検討したい。
  • 金利をマクロ経済の代理変数と解釈することの問題点について指摘があった。ただ、今回は、ヘドニック関数の予測誤差を求めるという分析目的があったため、時間ダミーを用いる手法ではなく、景気変動に伴って時間的に動くマクロ変数を用いた推計を採用した。そして、マクロ変数として結果的に当てはまりの良かったのが、金利とマーシャルのkだったということである。あくまでもデータの当てはまりという観点から採用したために、理論的に釈然としない面があるのは事実である。再考してみたい。短観の借入金利水準判断DIのような金利の先行き予想に置き換えると、多少異なる結果が得られる可能性があるように思う。

以上


(参考1)

第1回会合の参加者

日本銀行以外の参加者

  • 有賀 健:京都大学経済研究所教授
  • 井出 多加子:成蹊大学経済学部教授
  • 伊藤 元重:東京大学大学院経済学研究科教授
  • 大来 洋一:政策研究大学院大学教授
  • 北坂 真一:神戸大学大学院国際協力研究科助教授
  • 北村 行伸:一橋大学経済研究所助教授
  • 小山 周三:西武文理大学サービス経営学部教授
  • 西郷 浩:早稲田大学政治経済学部教授
  • 齊藤 誠:一橋大学大学院経済学研究科教授
  • 作間 逸雄:専修大学経済学部教授
  • 西村 清彦:東京大学大学院経済学研究科教授
  • 林 文夫:東京大学大学院経済学研究科教授
  • 細野 薫:名古屋市立大学経済学部助教授
  • 本多 佑三:大阪大学大学院経済学研究科教授
  • 宮尾 龍蔵:神戸大学経済経営研究所助教授
  • 山崎 福寿:上智大学経済学部教授
  • 吉川 洋:東京大学大学院経済学研究科教授
  • 美添 泰人:青山学院大学経済学部長
  • 渡辺 努:一橋大学経済研究所助教授
  • 河野 龍太郎:BNPパリバ証券会社東京支店経済調査部部長
  • 品川 昭:セゾン総合研究所事務局長
  • 高田 創:みずほ証券株式会社投資戦略部部長
  • 宅森 昭吉:さくら投信投資顧問チーフエコノミスト
  • 大守 隆:内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官
  • 岡本 政人:総務省統計局統計調査部消費統計課長
  • 森 信親:財務省大臣官房総合政策課政策調整室長
  • 永塚 誠一:経済産業省経済産業政策局調査課長

日本銀行からの参加者

  • 三木 利夫:審議委員
  • 中原 伸之:審議委員
  • 植田 和男:審議委員
  • 田谷 禎三:審議委員
  • 須田 美矢子:審議委員
  • 増渕 稔:理事
  • 永田 俊一:理事
  • 白川 方明:企画室審議役
  • 雨宮 正佳:企画室参事役
  • 門間 一夫:企画室政策調査課長
  • 山岡 浩巳:企画室調査役
  • 木村 武 :企画室調査役
  • 早川 英男:調査統計局長
  • 植村 修一:調査統計局参事役
  • 河野 圭志:調査統計局経済統計課長
  • 吉田 知生:調査統計局企画役
  • 鵜飼 博史:調査統計局物価統計課長
  • 前田 栄治:調査統計局調査役
  • 久田 高正:金融研究所研究第1課長
  • 白塚 重典:金融研究所調査役

(参考2)

第1回会合のタイムテーブル

テーマ

「物価指数を巡る諸問題」

開催日

4月19日(木)

場所

日本銀行本店

進行

9:30
開会
9:30- 9:50
日本銀行の問題意識に関するスピーチ
「物価と金融政策:中央銀行の視点から」
9:50-11:25
第1セッション「物価指数を巡る概念的諸問題」
 報告者:早川英男(日本銀行)
 指定討論者:有賀健(京都大学)
11:25-11:35
(休憩)
11:35-13:05
第2セッション「物価指数の品質調整を巡って」
報告者:鵜飼博史(日本銀行)
指定討論者:西村清彦(東京大学)
13:05-13:50
(昼食)
13:50-15:25
第3セッション「2000年基準消費者物価指数の特徴点」
報告者:岡本政人(総務省)
指定討論者:美添泰人(青山学院大学)
15:25-15:40
(休憩)
15:40-16:55
第4セッション「地価情報と不動産市場」
報告者:井出多加子(成蹊大学)
指定討論者:山崎福寿(上智大学)
16:55
閉会