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物価に関する研究会・議事要旨(第2回)

2001年 6月28日
日本銀行企画室

目次

はじめに

日本銀行は、2000年10月に公表した報告書(「物価の安定」についての考え方)において、物価を巡る諸問題について継続的に検討を深める方針を明らかにしている。そうした検討活動の一環として、2001年6月8日、「物価の下落と経済活動」をテーマに、上記研究会の第2回会合を開催した(参加者は参考1)。

会合では、3つのセッションに分けて報告と討議が行われた(プログラムは参考2)。以下は、それらの報告と討議の模様を日本銀行企画室の責任で取り纏めたものである。なお、各セッションに提出された報告論文は、会合における討議等を踏まえて修正のうえ、最終稿となり次第、日本銀行のホームページで公表する予定である。

また、会合では、これらのセッションに加えて、サミット株式会社代表取締役社長荒井伸也氏が、「流通の現場から物価問題を考える——小売業の価格設定行動を中心に——」と題する講演を行った。その講演録 (PDFファイル、55KB) については別途取り纏め、日本銀行のホームページに掲載している。

第1セッション「物価と景気変動に関する歴史的考察」

(1)報告の概要

北村(一橋大学経済研究所助教授)より、提出論文に沿って報告が行われた。その概要は、以下のとおりである。

  • 超長期的には、景気と物価は相互依存関係にあるといわれている。長期の景気循環論として、よく、コンドラチェフの波が取り上げられるが、コンドラチェフは、物価指数の動きに50年毎の大きな波があるという観察に基づいて、50年周期の景気変動を論じた。イギリスの消費者物価指数を13世紀から20世紀までの超長期でみると、16世紀以前は大きな変化がなかったが、16世紀半ばから18世紀半ばに多少上昇し、その後19世紀前半にかけて急速に上昇したあとは、19世紀中は物価が安定ないし、むしろ低下している局面もある。そして20世紀は、第1次世界大戦中に物価が上がった後、戦間期は下落し、また戦後になって上昇するといった循環パターンが生じた。こうした動きに対しては、戦争などの外的ショック、金の生産・保有量、農作物価格の変動などで説明がなされている。
  • こうした物価変動の歴史で興味深い点を指摘しておくと、まず、第2次世界大戦以降、物価や賃金は恒常的に上昇したが、それ以前については、上昇と下落を頻繁に繰り返していた。物価や賃金に下方硬直性はなく、デフレは珍しいことではなかった。
  • また、19世紀のイギリスには、物価が安定していた「ビクトリア均衡」と呼ばれる時期があるが、これをどう考えればよいかが論点のひとつである。
  • 次に、19世紀後半、1873年から1895年にかけての大不況期に約20年間に亘る物価下落局面がある。この時期は、今日の日本経済にとって非常にインプリケーションがある。物価が下がり、景気が悪くなって失業者も増えると同時に、第2次産業革命が世界中で進行していた。アメリカやドイツが、イギリスやフランスを追い上げるかたちで、鉄道や電気、通信などの新産業が勃興するとともに、グローバル化が進んだ。また、ロンドンが世界の金融市場の中心になってきた。この間に、物価は下がったが、金利は相対的に安定、ないし、むしろ上昇していた。
  • こうした状況に正面から取り組んだ学者にウィクセルがいる。今の経済を考えるうえで、ウィクセル経済学の枠組みが適切であるという議論が台頭してきている。これは、今日の経済へのインプリケーションが、19世紀後半のこの時期から得られるという議論と重なるものである。
  • デフレスパイラルというと、多くの人がイメージするのは戦間期の大不況であろう。19世紀以降のGDPとGDPデフレーターの動きを日本、イギリス、アメリカ、ドイツおよびイタリアについてみると、各国とも戦間期において際立って大きな変動が生じている。これを正しく理解するためには、1929年におけるウォール街の株価暴落が出発点であると考えてはならない。因果関係は1914年の第1次大戦から始まっている。第1次大戦の主戦場はヨーロッパであったため、その他の戦場にならなかった国々にとっては絶好の商機であった。特に農産物価格が大きく上昇したため、借金をしてでも農産物生産の拡大を図るという、いわば世界的なバブルが生じた。第1次大戦が終結してヨーロッパが農業生産を再開すると、農産物の供給過剰になって市況が暴落し、不良債権が世界規模で発生した。また、敗戦国ドイツでは過酷な賠償金を要求された結果、ハイパーインフレが起きた。その間、イギリスをはじめとする各国が、金本位制に戻りさえすれば経済の安定を回復できるという幻想を持っていたため、第1次大戦後に金本位制復帰という誤った政策判断を行った。本来は拡張的な金融財政政策をとるべきところを、間違った政策判断のもとで、激しく緊縮的な金融財政政策を採ったことが大不況に結び付いた。
  • こうした誤った政策判断について、ケインズは、金本位制復帰、ドイツの賠償問題、緊縮的な金融政策のいずれにも反対していたが、その主張が受入れられたのは1930年代後半以降であった。両大戦間期は、世界的な政策判断の過誤の連続という意味で異常な時期であり、この時期を参考にして現在を考えるのは適切でないかもしれない。
  • 次に、理論面から、物価と景気のメカニズムについて考える。古典的二分法は、物価はマネタリーな現象であって実体経済とは独立と考えるが、現実にはなかなか妥当しない。実体経済と金融の関係を、最初に指摘したのはウィクセルである。ウィクセルは、実体経済に対応した自然利子率と、金融市場で得られる名目利子率との差から期待インフレ率を導いたうえで、物価は貨幣的現象として決まるのではなく、実体経済の要因などによっても変化すると考えた。
  • 物価と実体経済の関係をみるために、超長期の時系列統計を使い、横軸に経済成長率を、縦軸にインフレ率をとった散布図をプロットしてみた。アメリカについてみると、両大戦後に大きな変動があるが、他の時期は概ね経済成長率、インフレ率ともにプラスの領域にある。イギリスについては、第1次大戦後と1975年に大きなインフレを経験しているが、それ以外は比較的穏やかに推移している。なお、日本、ドイツ、イタリアは、ハイパーインフレの時期が異常値となって、散布図から情報を読み取るのが困難である。
  • こうした動きを理論的にどのように捉えるかが学問上のフロンティアであるが、現在のところ数理モデルで表現する方法はないため、まず実際の動きをよく観察して、それから適切なモデルを考えるということになろう。近年は、複雑系の研究が進んでおり、現実のデータの動きからその裏にある非線形の運動方程式を考えるというのも一つの方法であろう。
  • さて、実際のデータの動きをみると、インフレ率や経済成長率が大変動を起こすことは稀であって、通常は穏やかな変動をしている。大変動は50年に1回程度しかおきない。スペクトル分析によると、GDPは比較的短い周期で変動するが、デフレーターの周期は極めて長い。歴史を学ぶ目的は、大局的に物事を捉える点にある。世界的な環境が変化しているときに何を教訓として政策提言していくのかが大事と思う。
  • 最後に、歴史的な経験から学ぶ際、歴史と現在の環境の異同を踏まえないと、誤った結論を導く惧れがある。例えば、現在、わが国は、デフレ状態を脱するため、為替相場を切り下げるべきだという主張がある。金本位制や固定相場制のもとでは一国が為替相場を変えても、他の国が為替相場を変えなければ、為替切り下げは可能であり、インフレを起こすこともできるかもしれない。しかし現在は変動相場制であるから、為替切り下げは、外国からの反発、外国資本の引き揚げ、株式市場への悪影響などを招くだろう。為替切り下げというのは、それを各国に合意してもらって初めてできることだが、これは非常に難しい。為替切り下げによって問題を解決するという戦前からのインプリケーションを今に単純に適用するのは危うい。

(2)指定討論者のコメント

以上の報告に対し、指定討論者である作間(専修大学経済学部教授)より、以下のようなコメントがあった。

  • ブローデルは「歴史は持続の研究である」と定義した。我々が伝統や常識と思っていることが案外短い歴史しか持っていないことはよくある。報告論文によれば、インフレが恒常的であった歴史は短い。持続があれば逆に断絶がある。持続と断絶に気づくことに歴史を研究する意味があり、そこから政策を構想するヒントが得られる。
  • イギリスでは、14世紀以降、19世紀のある時期まで、実質賃金と物価は負の相関が持続していた。我々が物価と景気という二つの変数で局面把握をするようになったのは、この持続が断絶した後の時代であって、それまでは物価と実質賃金による局面把握をしていたと思う。
  • 報告論文の中で出てきたビクトリア均衡は、1820年から1896年くらいまでといわれているが、途中、1870年頃から物価が大きく下落する一方で実質賃金は大幅に上昇した。この時代を一括して捉えてよいか疑問だ。
  • ビクトリア期の後は、実質賃金が一定、ないし、物価と連動するという想定のもとで、実質賃金という分配変数を無視することができるようになった。物価下落と実質賃金上昇が共存する状況が生じた場合、中央銀行はどのような政策判断を下すべきか、興味深い問題である。
  • ブローデルは「世界時間」の概念を提唱した。物価は世界で同時に動くというのがアナール派史学の物価史研究の重要な成果である。ブローデルは「イギリスだけが自国の物価を作りだすのでもなく、また、自国の商業の上下動を続ける潮の干満も、自国の貨幣の流通も、その国だけで作りだすのでもなかった」と書いている。報告論文では、世界時間についてどう考えているのか。
  • ブローデルによれば世界経済の中心は物価が高かった。ビクトリア期のイギリスはどうだったのか。
  • 報告論文には、技術革新は好況時に生じるのか、不況時に生じるのか、という問題について記述がみられるが、不況トリガー説は産業レベルについてみるとどうか、歴史統計から何か分かるか。

(3)自由討議

討議参加者からは、以下のようなコメントが寄せられた。

  • 物価と景気変動に関して何百年もみると、貨幣供給のメカニズムが大きく違っており、物価の決定要因の一番大きなところが異なる。何百年もの超長期データからわかることはあまり多くないのではないか。
  • ビクトリア期に貨幣供給に影響力のあった政策、すなわち金融政策の担い手は、何を目標にし、どのような情報をもとにしていたのだろうか。
  • GDPとインフレ率の散布図では、日本、ドイツ、イタリアは明らかに異常値があるのでそれらを除いたグラフも描いてみた方がよい。報告者の言うとおり、歴史的に重要なのは異常期なのか通常期なのか、という点が一つの論点であろうが、経済の本質をみるうえで通常の時期も非常に重要だと思う。このグラフが興味深いところは、総需要と総供給の単純なモデルを考えたときに、総需要がシフトすれば、物価とGDPは同じ方向に動くが、総供給が変化すると逆の方向に動く。需要が支配的な経済では第1象限・第3象限方向に点が集まり、供給が支配的な経済では第2象限・第4象限方向に点が集まるだろう。アメリカのグラフをみると第1象限・第3象限方向に点が集まっているようだし、イギリスは水平に近い。日本、ドイツ、イタリアについても、異常値を除いてグラフを描けば、同じような分析ができるのでないだろうか。
  • 物価と景気に関しては中央銀行の役割が大きい。イギリスのデータでイングランド銀行が設立された前後で標準偏差が大きく変化しているかどうかという点も興味がある。
  • 報告者は超長期のデータを非線形動学で説明することも将来試みられていいと言ったが、歴史的態度に反しているのではないか。むしろ大きな物価変動の原因は簡単に特定できる。イギリスで16世紀から上昇しているのはペルーの銀山の発見が大きい。19世紀の上昇はカルフォルニアの金鉱の発見である。19世紀以降のハイパーインフレは戦争、革命、クーデターで起きていることは間違いない。こうした歴史的事実をみる方が有益である。
  • 実体経済と物価を数十年のスパンでみるには、物価を可変価格と固定価格に分けて考える二部門分析が有用であろう。
  • 20世紀の実体経済は、第2次世界大戦を画期として、その後は大局的にみて安定しているが、その背景にケインズ政策の安全網の存在があるという説が有力だ。ケインズ政策が実際に発動されなくても、不確実性を低下させる政府の役割が安全網として実体経済を安定させた。裏返せば、不確実性が経済に非常に悪い影響を与えるというわけで、雇用不安とか社会保障制度の将来不安とかを考えれば分かるように、1990年代の日本経済を考えるうえでも有益な視点を提供している。
  • 19世紀後半のイギリスを中心とした大不況は、現在の日本経済を考えるうえで非常に有用であるという点については、報告者と同様の認識であり、以前に自著に書いたことがある。当時の大不況の原因を巡り今も続いている論争があって、一つは供給サイドを原因とする説、もう一つは需要サイドを原因とする説だ。需要サイドの説は、イギリスの投資が低迷した背景として、アメリカやドイツに輸出市場を奪われて有効需要が落ちたというように、技術を重視しながらもその背後にある需要の役割が非常に大きかったと考える。この点の、報告者の認識を聞きたい。
  • 物価の変動に需要面の要因が大きく影響していることは当然であるが、最近は、主要国の中央銀行でも供給面からくるインフレ率の低下傾向について問題意識が高まっている。19世紀のイギリスは、穀物法の廃止で自由貿易が進み、船舶による輸送技術が発達するなど、グローバル化が進んでいた時期であり、グローバル化が物価動向にどのようなインプリケーションを有しているのかは、興味があるところである。
  • 超長期的には、通貨供給のレジームが変化するから、観察しても意義が乏しいという意見もあろうが、大きな歴史のダイナミックスの中で考えれば通貨供給のレジームが内生的に決まっている側面もあると思う。
  • 指定討論者は、イギリスにおける実質賃金と物価の関係が19世紀に変化したことを取り上げていたが、1825年あたりの近代的な経済変動が始まった時期から、労働力や土地が市場で売買されるようになり、両者の関係が変わったのではないだろうか。当時、豚肉などに価格循環や在庫循環がみられた背景には、情報不足があったという面がある。情報の伝達度がひとつのポイントと考えられる。
  • 19世紀後半に中央銀行制度が確立するまでは、好況になると通貨供給量が無秩序に増えて、天井に突き当たってやがて不況を迎えるという形で、経済変動が大きくなっていたと思われる。
  • 大きな価格変動は戦争によるものだと報告者は言うが、戦間期の大不況を終わらせた要因は戦争なのか他の要因なのか。
  • 統計学の観点からは、信頼性に確証を持てない超長期のデータを扱うのは勇気がいることだが、物価を過去に溯ると殆ど農作物になるため、直感的な印象よりもかなり正確であると思われる。超長期に物価をみるのは一概に無駄とは言えず、個別価格についていえば十分に注意していけば利用する価値のあるデータだと思う。例えば小麦価格の超長期データについて、スペクトル分析をすると11年周期が検出され、これは太陽黒点のサイクルと見事に一致する。
  • 技術進歩はそれ自体としては物価を下げる要因となる。産業レベルでみても、生産が伸びている産業では価格が下がっており、フィリップス曲線は存在しないと主張する学者もいる。しかし、戦後の日本をみると、技術進歩のペースが圧倒的に高かったのは高度成長期であったが、当時はむしろ緩やかなインフレであり、この点をどう考えるかが問題となる。
  • 報告論文に「現在の政治体制は、財政赤字をコントロールできないほど脆弱である」と読める箇所があるが、そういう理解でよいか確認したい。また、報告論文では、日本が為替切り下げ政策を採った場合、外国の政治的な反発を招いたり、外国資本が引き揚げられたりすると、かなり断定的に書いてあるが、疑問である。
  • 流通革新によって、デフレがどう調整されるかという点も重要である。19世紀の後半には百貨店やチェーンストアが価格破壊をもたらしたが、それは需要を拡大するという側面も持っていた。1930年代以降、アメリカの大恐慌期にスーパーマーケットという小売形態が現れ、価格下落をもたらすと同時に、食品その他の需要を大きく拡大する要因となった。報告論文において、19世紀後半以降の物価変動に対して、流通業の革新がどう影響したかという点についても言及してはどうか。
  • 19世紀のイギリスは非常に興味深い。特にサプライサイドの観点から考えると、輸入関連のデータなどグローバリゼーションの深度について分析をする価値があろう。穀物法廃止などで市場開放が進み、その影響は深い構造変化を伴って、暫く後の19世紀後半になって非常に大きい世界経済との繋がりの中で物価を下落させたのではないか。現在の日本についても、プラザ合意によって経済構造が大きく変化し、10年以上経ってから、安い財・サービスが輸入されるようになった。土地のサービスなど本来は非貿易財である財・サービスも安い価格で間接的に輸入されており、ヘクシャー・オリーンの定理が、時間を相当経過した現在になって実現している。こうした状況を19世紀イギリスに投影するならば、物価データを貿易財と非貿易財に分解すると具体的なインプリケーションが得られると思う。

(4)報告者からの応答

以上のコメントに対し、報告者から以下のような応答があった。

  • 指定討論者が指摘した、物価とともに実質賃金もみるべきという意見に同意する。実質賃金で測った生活水準によると、ビクトリア期を一括りにすることはできない。通説は、ビクトリア期を1850年以前、1850年から1870年まで、1870年以降の3期に分けて考える。この区分を無視するビクトリア均衡の概念はあまりにも大雑把である。なお、19世紀後半の大不況では、実質賃金は上昇していたが、これと同時に失業が非常に増えていた。賃金データには失業者のデータは入っていない。実質賃金で全体の生活水準を測るのには留意が必要だ。
  • 19世紀当時のイングランド銀行は、金融界・シティーの代表という側面が強く、金融市場をみていただろうが、賃金や物価などのマクロ経済面を考慮して政策を立案していたとは思えない。この時代までに中央銀行が果たしていた役割については、今後の課題としたい。
  • 世界時間という観点では、19世紀後半に多くの国で採用された金本位制の影響が大きい。イギリスが他国と比べて物価が高かったかどうかは、今のところデータがないので分からない。
  • 超長期データをみるのは、様々な局面を観察して、参考になる局面を発見することに意義があるので、無意味とは考えていない。ただ、今回の報告で、金利や通貨供給が抜け落ちている欠点があるのは確かであり、今後の課題としたい。
  • 超長期の景気と物価のデータを、総需要と総供給のモデルで解釈するという指摘は興味深い。数量調整か価格調整か、時期によって変化していると思うので、丹念にデータを観察する必要があろう。
  • 超長期のデータを複雑系などでモデル化しても一般性の高いものを作れるとは考えていないが、エクササイズとして試みる価値はあるのではないか。
  • 供給サイドに由来する物価下落をどう考えればいいかというコメントがあったが、報告論文はまず問題の所在を発見することを目的としたものであり、供給サイドの影響については、今後、さらに深く研究する必要がある。
  • イギリスに景気循環がみられるようになったのは1850年以降であるが、その頃に初めて労働者が賃金労働者になったり、また、1870年以降シティーが機能し始めたりした。これら資本主義経済の枠組みが次第に整ってきたことが、景気循環の発生と何らかの関係があると考えられる。なお、この時代に、情報不足が原因となって、価格や数量の調整に遅れが生じ、クモの巣理論のようなことが起こっていた可能性はある。
  • 戦間期の大不況が終了するために戦争が必要であったかどうかは分からないが、戦争に突入するしかなくなるぐらい、政策的ミスを繰り返していたということは確かだ。ナチス政権以前のドイツは極端なデフレ的政策により、失業者が増加しており、結果としてナチス政権の出現を招き、戦争に結び付いてしまったといえる。
  • 歴史的な経験からして、ハイパーインフレのときは必ず政治的不安定性があった。政治的な不安定性からハイパーインフレに行き着くというような事態にならないことを期待したい。為替切り下げに対して外国の反発が出るというのは一般論であって、必ずしもそうなるとは限らない。ただ、プラザ合意の逆のような合意が各国にあれば為替切り下げは成功すると思うが、そういう合意を現実に作るのは難しいだろう。
  • 流通形態の進化が経済・物価に与えた影響については今後の課題としたい。また、グローバリゼーションの影響も非常に重要なトピックである。輸入物価のデータが取れるので研究を進めたい。

第2セッション「GDPギャップと物価変動」

(1)報告の概要

宮尾(神戸大学経済経営研究所助教授)より、提出論文に沿って報告が行われた。その概要は、以下のとおりである。

本報告の問題意識と目的

  • バブル期の金融政策については、これまでも様々な検証や事後点検が行われてきたが、未だ十分議論の尽くされていない論点の1つに、「何故、日本銀行は1988年後半に利上げを行わなかったのか」という点がある。
  • 1988年後半の日本経済を取り巻く情勢を振り返ってみると、株や土地等の資産価格が上昇し、信用量やマネーも膨張を続けていたうえ、実質GDPの成長率も6%を上回っていた。また、1988年半ばには、米国やドイツが金融引き締めに転じていた。こうした状況下、日本銀行が金利を引き上げなかったことに対しては、相反する2つの見方があるように思われる。ひとつめの見方は、「日本銀行は1988年後半には利上げすべきであった。利上げをしなかったのは誤りである」というものである。もうひとつの見方は、当時のCPI上昇率が非常に安定し、若干の低下傾向さえ示していたことに着目して、「生産性の上昇により潜在GDPも上昇したため、実質GDPが示すほど景気は過熱しておらず、インフレ圧力もそれほど高くなかった。当時は利上げに転じる状況ではなかった」と判断するものである。
  • 本報告では、こうした2つの見方についてその妥当性を検証していく。具体的には、まず、最近のGDPギャップ推計に関する議論を踏まえて、いくつかのGDPギャップを推計する。そのうえで、それらを1988年後半の経済情勢判断に応用し、当時の需給逼迫、インフレ圧力の程度や、その背後にある生産性の上昇を考察する。

分析アプローチ

  • まず、潜在GDPの推計方法を整理すると、時系列モデルに基づく手法とマクロ生産関数に基づく手法に大別できる。前者は、GDP自体の情報をタイム・トレンドやHodrick‐Prescott(HP)フィルターで処理して計算されるため、推計が簡便である一方で、経済理論的裏付けに乏しいという欠点がある。逆に、後者は、労働、資本といった生産要素が完全稼動した場合に(もしくは平均的な稼動水準で)達成可能な産出水準と定義されるため、単純とはいえ経済学のアイデアに基づいており、政策当局の現場で利用されることが少なくない。そこで、本論文では、マクロ生産関数に基づいて推計された「従来型GDPギャップ」、「修正型GDPギャップ」を、分析の対象とする(定式化や推計の詳細は、『金融研究』2001年4月号の鎌田・増田論文を参照)。
  • マクロ生産関数に基づいて潜在GDPを推計する場合、ソロー残差とTFP(全要素生産性)の関係が問題となる。すなわち、マクロ生産関数をごく単純に考えると、変数に計測誤差がなければ、ソロー残差=TFPとみなせる。ただ、実際には様々な計測誤差が含まれているため、簡単にはソロー残差をTFPとみなすことはできない。また、非製造業の稼働率に関するデータが存在していないことも、問題である。多くの場合、便宜的に稼働率を100%と仮定してしまうが、それでは、ソロー残差に計測誤差が混入してしまうことになる。
  • こうした問題は、TFPの真の成長率が分からないという問題でもある。従来は、この問題を解決すべく、ソロー残差に線形トレンドを当てはめ、これを真のTFPとみなして、潜在GDPを推計してきた。本論文では、こうした方法で推計されたGDPギャップを「従来型GDPギャップ」と呼ぶ。この方法を用いる場合には、ソロー残差にどのようなトレンドを当てはめるかという点が重要になる。本論文では、85年9月以降の円高や86年の原油価格の下落といった生産性に影響を及ぼすであろう事象を勘案し、86年第1四半期を屈折点とする屈折トレンドを当てはめている。
  • 一方、鎌田・増田[2001]は、電力原単位(使用電力量/契約電力量)や設備判断BSIを用いて非製造業の資本稼働率を推計し、それを利用して計算したソロー残差をTFPとみなすことで、潜在GDPを計算する方法を提唱した。この方法により推計されたGDPギャップを「修正型GDPギャップ」(正確には「非製造業稼働率修正型GDPギャップ」)と呼ぶ。因みに、鎌田・増田や筆者の別の分析では、両者をインフレ率との関係の安定性やインフレ予測のパフォーマンスの観点から比較した結果、「修正型」の方が優位であるとの結論を得ている。

推計結果と評価

  • 以降、当時利用可能であったデータ(ただし確報値)を用いて推計を行い、リアルタイムに近い形での評価を試みる。まず、1988年第1四半期に利用可能であった1987年第4四半期までのデータを用いてGDPギャップを推計すると、「従来型」、「修正型」ともに、サンプル期間を通じたGDPギャップの平均値を約1%上回っている。続いて、サンプル期間を1四半期ずつ延長していくと、GDPギャップは1988年後半に2%を超える水準に達した後、1989年前半にかけてはあまり拡大していない。一方、CPIでみたインフレ率は、1988年後半にはやや低下傾向を示していたが、1989年前半になると上昇を始めている。この考察から、2つのインプリケーションが引き出せよう。第一に、いずれの推計値をみても、1988年後半には、GDPギャップが過去の平均値を2%程度上回っており、金融引き締めに転ずるべきタイミングであったことが示唆されている。第二に、1988年後半と1989年前半を比較すると、GDPギャップは目立って拡大しておらず、この間に景気が過熱の度を増したというわけではないということが分かる。
  • 次に、「従来型」における屈折トレンドと固定トレンドの違いを考える。生産性トレンドの上方シフトを容認しない固定トレンドを用いた場合、GDPギャップは、1988年前半には1%程度の上昇に止まっているが、1988年後半には3~4%に、さらに1989年前半には4~5%まで上昇しており、景気が大幅に過熱していた姿となっている。これは、固定トレンドが生産性のトレンドの上振れを容認していない分、潜在GDPの推計値が小さくなり、GDPギャップが嵩上げされるためである。
  • これらの結果をまとめると、次のとおりとなろう。すなわち、当時の石油価格の下落や製造業の技術革新、あるいは東京市場の国際金融センター化の進展などを考慮すれば、1980年代後半に日本経済の生産性が上昇していたことは否定し難い。また、CPIが安定していたことを勘案すれば、固定トレンドの推計値が示すように、景気が大幅な過熱状態であった可能性も低いだろう。しかしながら、当時、特に1988年後半以降のソロー残差の急上昇の中に、過度に行き過ぎた成長期待があったとすれば、「修正型」や屈折トレンドを用いた「従来型」の推計では、生産性の上昇が過大に評価されていた可能性もある。このため、固定トレンドを用いた推計値も参考としつつ、総合的に経済情勢判断を行うべきであったと言えるし、であるならば、1988年後半の利上げの妥当性はより高かったのではないだろうか。
  • なお、1988年後半にはCPI上昇率が低下しているが、これは石油製品の価格下落を反映したものである。一方、国内で生産された財・サービスの価格のみを反映するGDPデフレーターの動きをみると、同時期に既に上昇基調となっており、CPIのようなミスリーディングな動きはみられていない。こうした事例をみると、日本銀行はインフレ指標として、GDPデフレーターをもう少し重視してもよいのではないかと思う。

(2)指定討論者のコメント

以上の報告に対し、指定討論者である北坂(神戸大学大学院国際協力研究科助教授)より、以下のようなコメントがあった。

  • 宮尾論文は、「バブル期(1988年当時)の金融引き締めはなぜ遅れたのだろうか」との疑問に対し、GDPギャップを推計し、それをリアルタイムな経済情勢判断指標として用いることにより、回答を模索している。その結果は必ずしも明確ではないが、全体としては生産性の変化に注意すべきことが主張されている。
  • 本論文の評価すべき点としては、潜在GDPの推計に関する最近の研究を利用している点や、実際の金融政策運営を行う立場から、リアルタイムの計測に注意が払われている点が挙げられる。
  • しかしながら、バブル期の金融引き締めの遅れという問題に対し、GDPギャップに注目するのみでは、重要な論点を欠いているように思われる。すなわち、バブル期の金融政策の難しさは、インフレ率で観察されるような景気過熱がなかったとしても、資産価格が大きく上昇した場合に、中央銀行は金利を引き上げるべきか否かという点にあると考えられるからである。これに対しては、2つの考え方があろう。すなわち、第1の考え方は、資産価格にバブルが含まれるかどうかは客観的に判断できない。また、たとえバブルがあったとしても、バブルは金融政策で対応すべき問題ではなく、必要ならばプルーデンシャル政策で対応すればよいとの考え方である。第2の考え方は、資産価格のバブルはマクロ経済に悪影響を及ぼすため、物価が安定的に推移している時でも、資産価格を金融政策の目標の一つとして捉え、予防的な視点で金融政策を機動的に運営すべきであるとの考え方である。
  • バブル期の金融政策を考えるにあたっては、どちらの立場に立つかが重要な論点の一つであり、それを明らかにせずに、GDPギャップのみをみるというのは、重要な視点を見落としているような印象がある。
  • もちろん、後者の考え方に立った場合に、生産性の上昇で成長率が高まっているにもかかわらず、これを誤ってバブルと判断し、金融引き締めによって景気の腰を折るリスクはあろう。したがって、生産性上昇に関するリアルタイムの判断材料は必要であり、その意味で、宮尾論文が提供した潜在GDPの計測は重要であると言えるかもしれない。

(3)自由討議

討議参加者からは、以下のようなコメントが寄せられた。

  • 実務家の立場からみると、GDPギャップについては、屈折トレンドの当てはめや稼働率の問題以外にも、労働時間のトレンドや基礎データの信頼性といった問題もあり、一つの推計を中心に政策判断を行っていくことは難しいという印象を持っている。例えば、稼働率の問題は、本論文で指摘されている非製造業だけでなく、製造業にも存在している。すなわち、通常利用される経済産業省の稼働率指数は、「生産指数/生産能力指数」で算出しているため、実は資本のみの稼働率でなく、労働投入量の変化も含んだ全体の稼働率である。従って、これに資本ストックをかけても正確な資本投入量は得られないという問題がある。本論文では、非製造業の稼働率の問題に対して、BSIや電力原単位を利用し、解決の方向性を示しており、前進だと思うが、現実の政策判断に際しては、資本面のみならず、雇用面の諸指標や産業技術に関するヒアリング情報などを幅広く勘案して資源の稼動状況を総合的に判断していくことが重要ではないか。
  • GDPギャップの推計には様々な問題があるが、他方で、GDPギャップの推計に対する需要が大きいことも事実である。したがって、GDPギャップの推計値を公表する際には、その問題点やデメリットを明示しておくことが重要である。また、政策当局がGDPギャップの推計を公表する場合には、手法の継続性の観点も重視せざるを得ない。
  • 過去の政策判断を議論するには、その時点で利用可能であった数字をベースに議論すべきであり、その点でリアルタイムデータを使うべきであるという指摘は重要である。ただ、実際には、データベースが存在していないことや、データ格納の共通様式や検索ソフトがないこともあって、分析は必ずしも進んでいない。条件整備が必要である。
  • GDPギャップについては、個人的に推計してみたことがあるが、本論文同様、やはりよく分からないというのが印象である。したがって、実際に政策運営を行っていく上で、GDPギャップを算出し、テーラールールでコールレートを求めるという手法で本当にいいのか、悩ましい問題である。これは、現状のように金利がゼロ近辺にある場合には、より深刻である。しかしながら、それでもGDPギャップの研究を行うことは重要である。また、GDPギャップの推計値の不確実性が大きい場合、どのような政策ルールをとればよいかという視点からの研究も、有益であると思われる。
  • GDPギャップからみて経済が過熱していたという推計結果が正しいとしても、80年代後半に利上げが遅れたのが間違いであったかについては、はっきりとした答えが出せないのではないか。すなわち、インフレ率の安定性という面からみると、CPI上昇率は91年の3%程度が最大であり、80年代後半から90年代半ばにかけて、大きな問題は発生していないと言える。それでも、80年代後半の金融政策が間違いであったとの議論をするためには、バブルの生成・崩壊が金融システムの安定性、その後の実体経済の混乱に影響を及ぼしたことを議論する必要があろう。しかし、これらを議論する際には、むしろ90年代の緩和のペースが適当であったかという論点も関係してくるし、より大きな問題としては、数年後のインフレ予想の平均値をターゲットにして金融政策を行うことが望ましいかという点も、議論する必要がある。
  • 将来のインフレ率を予測するためには、GDPギャップを推計し、それをフィリップス曲線に当てはめるというオーソドックスな方法と、特定の理論に依拠しない方法がある。前者は、経済学的アプローチとしてはわかりやすいが、予測成績があまりよくない。この原因としては、フィリップス曲線自体の安定性に様々な問題があることや、どのGDPギャップの推計値が望ましいかを決めるのは難しいことなどが挙げられる。
  • 報告論文では、リアルタイムデータとは言ってもGDP等の確報値を用いているが、実際にリアルタイムデータで判断を行う際には速報値を用いるわけであり、そうすると速報値と確報値のぶれが大きいことも問題となる。例えば、88年の成長率は、確報値では6%台であるが、速報値の段階では5%台前半であった。
  • 1988年頃を振り返ってみると、成長率が予想を上回る一方、インフレ率は予想を下回る状況が続いており、正の生産性ショックが起こっているのではないかとの議論が行われていた。当然、こうした生産性ショックが発生していれば、資産価格の上昇がバブルではないかもしれないと考えることになる。当時は、「生産性が上がっており、資産価格の上昇はバブルではない」可能性が高いと考えていたが、後になって実はそうではなかったと判明した。こうした議論を行う際、成長率が1%違うだけで、その結論に大きな影響が及んでしまう。この点で、潜在成長率やGDPギャップの議論と資産価格の議論は密接な関係にあると言えよう。
  • 確かに、GDPギャップと資産価格の議論の間には、関係があるとみるべきであろう。成長率のトレンドが上方屈折したと想定すれば、当時の資産価格の上昇はバブルではなく、ファンダメンタルズを反映したものということになる。しかし、一方、固定トレンドを想定すれば、需給ギャップが拡大していると考えることになると同時に、当時の資産価格をバブルと判断すべきことになる。
  • リアルタイムの判断というのは、利用可能なデータに基づく判断だけでなく、その当時の状況において何が判断できたかを考えないと、政策に対するインプリケーションを導き出すのが難しい。実際問題として、当時の成長を正の生産性ショックによるものではなかったと事後的に評価することはできるが、それをリアルタイムで判断するのは難しかったであろう。
  • 本論文では、リアルタイムデータで当時の状況を分析しているが、トレンドが屈折したと思われる時点から、たった2、3年分のデータが追加された1988年頃に、屈折トレンドを引くことは難しかったのではないか。そう考えると、「従来型」については、固定トレンドで議論を進めた方が良いような気がする。
  • 本論文では、ソロー残差をTFPとみなすうえでの問題点として、計測誤差の存在に着目している。もっとも、伝統的には、このほかに規模の経済、産業間の外部効果、labor hoardingなどにより技術進歩と無関係にソロー残差が変動することが、問題点として指摘されている。本論文では、これらの要因を計測期間中一定であると仮定しているが、GDPギャップが変化すれば規模の経済の程度も変化するので、これらを一定とする仮定が妥当なのかを、きちんと議論した方がよいのではないか。
  • 本論文では、非製造業の稼働率の代理変数として、景気予測調査のBSIを利用しているが、短観のDIなど他の指標を用いた場合のパフォーマンスはどうなのか。
  • 1988年当時、石油製品価格の下落を反映して、CPI上昇率が低下したと指摘しているが、米国のようにCPI除く食品・エネルギーをコアインフレの指標とするならば、この問題は回避できるはずである。それなのに、何故日本ではCPI除く生鮮食品を指標としているのか疑問である。なお、GDPデフレーターについては、輸入品を控除項目としているため、原油価格が急騰・急落した場合、GDPデフレーターが短期的に石油価格と逆方向に振れることがある点には、注意しなければならない。
  • GDPデフレーターをもう少し重視すべきという本論文の指摘点には、賛意を示したい。すなわち、どの指標をインフレ指標とすべきかを考えると、消費者が直面する価格が問題となる際には、CPIを用いるべきである。しかし、生産者が直面する価格を問題とする場合には、投入と産出の両面を考える必要がある。それらを総合する指標としては、付加価値デフレーターであるGDPデフレーターを利用することが適当であろう。
  • 技術革新の程度を計測するためには、産業別TFPをリアルタイムで算出することが理想的である。価格面からのアプローチが可能になるよう、IOPI(製造業部門別投入・産出物価指数)の信頼性がもう少し向上することが望まれる。
  • GDPギャップの信頼性が低いといっても、当初はかなり粗っぽいものから始まり、次第に改善されてきたものであるし、信頼性が100%でなくても有用なものは有用であって、不完全だから使えないということにはならない。
  • GDPギャップの水準をそのまま用いることについては問題があるとしても、その変化に注目し、生産の伸びと生産性の伸びの相対関係を把握することは、有用なアプローチである。その意味で、本論文は、GDPギャップの水準に注目しているが、むしろインフレの予測とGDPギャップの変化の関係を検証するといった用途の方が有用なのではないか。
  • 1988年当時の状況を振り返ってみると、日本銀行においても1987年頃から利上げすべきとの議論が高まっていた。結果的には1989年まで利上げは行なわれなかったが、これはブラックマンデーにより、インフレ心理が一時的にせよ鎮静化したのではないかとみられたことが大きい。また、CPIが安定しているもとでも利上げすべきかどうかという観点から、どのような指標に注目していたかというと、GDPギャップというより、成長率、金融機関の貸出、地価などであった。翻って、現在ならGDPギャップがもっと注目され、判断材料とされるのか考えてみると、恐らくGDPギャップのみで金融政策が決定されることはないであろうと思っている。
  • GDPギャップの誤差というのは悩ましいもので、誤差があるからと言って利用しないと、判断のメルクマールがなくなってしまうというジレンマがある。例えば、景気の拡大が続いている状況の下で雇用の逼迫度合いをみる場合、時短によってGDPギャップの推計に誤差が生じるからといって、雇用判断DIのみをみていればいいかと言うと、それだけではどこに供給の天井があるのかが掴めない。また、GDPギャップの水準の誤差が大きいとは言っても、物価が下がってくる状況では、物価変化率が安定している状況と対比して、GDPギャップがどの辺りにあるのかを大まかにでも掴みたい。実際に景気・物価判断を行う際には、GDPギャップを何種類も作ってみて、さらに関連する指標を全てチェックし総合判断することになるが、その際には、GDPギャップ推計値の問題点を認識し、これのみでは判断を下せないとの留保条件をつけたうえで、やはりGDPギャップを参考にすべきだと思う。

(4)報告者からの応答

以上のコメントに対し、報告者から以下のような応答があった。

  • 資産価格と実体経済との関係については、例えば、資産価格の上昇は実物投資の増加を促すといったパスも考えられるので、両者の間に相関関係があるとの立場から、検証を行いたいと考えている。仮に生産だけをみれば景気過熱と思われる状況でも、これらを生産性の伸びと照らし合わせて、GDPギャップがどの程度であるかを確認することには意味があると思う。ただし、資産価格から実体経済に波及する影響には、すぐに生じるものとラグを伴うものがあり、分析をする際には注意が必要であろう。
  • GDPギャップの推計値の信頼性については、確かに問題があると思う。しかし、例えば生産性の上昇を議論する時に、何らかの判断材料として使うことには意味があると思われる。そもそもGDPギャップの研究を始めたのは、GDPギャップへの需要が大きい一方で、先行研究が少ないため、これについて研究を進めることは重要であると考えたからである。
  • インフレーション・ターゲティングについては難しい問題であるが、ご指摘のとおり、資産価格の変動は、将来のインフレやデフレだけではなく、金融システムや実体経済にどのような影響を及ぼすのか考える必要があり、単純に足許の物価動向やインフレ予測だけをみていても不十分であるとの印象を持っている。
  • GDPギャップと資産価格の関係について、生産性が上昇していれば資産価格の上昇を正当化できるのではないかとのご指摘は、まさにそのとおりである。例えば、1988年後半期のソロー残差の動きをみて、生産性トレンドのもう一段の上昇とみるか、単に過度の成長期待(生産性上昇なし)と解釈するかによって、GDPギャップの大きさや資産価格に対する評価も大きく異なってくる。このように、ソロー残差に対して様々なトレンドを想定することによって生産性に関して色々なシナリオを考え、当時の資産価格がバブルであったかを検証していくことには、意味があるのではないか。
  • GDPギャップの有用性については、慎重に考える必要があり、この推計結果で全てが分かったという気は毛頭ない。ソロー残差については、計測誤差、規模の経済、不完全競争、外部性、labor hoardingなどの問題があるため、留保条件をつけることは重要である。そのうえで、GDPギャップが一つの判断材料として利用されることが望ましい。
  • ソロー残差の誤差の研究にあたっては、セクター別の生産性が用いられているが、これを作成する際に用いる数量データには速報性の問題がある。これを克服すべく、慶応大学の中島教授が価格データを利用した産業別TFPの作成を試みられているようであるが、集計されたマクロベースの推計結果には直観と異なるケースもみられ、なかなか一筋縄ではいかないようである。
  • ソロー残差のトレンドが屈折したとみられる時点から2、3年分のデータを追加しただけで、屈折トレンドを引くのは難しいのではないかとのご指摘があったが、こうした場合でも、もし実際に生産性の上昇が正当化できるときには、ソロー残差にトレンドを当てはめない「修正型GDPギャップ」を判断材料として用いることが、一つの方法なのでないかと考えている。
  • 短観の設備判断DIを用いた分析については、一橋大学の深尾教授の研究もあり、今後拡張していきたい。

第3セッション「望ましい金融政策の対応を巡って」

(1)報告の概要

木村(日本銀行企画室調査役)より、提出論文に沿って報告が行われた。その概要は、以下のとおりである。

  • 本報告の第1の目的は、経済に加わる様々なショックの性格の違いを明らかにしながら、各種ショックへの望ましい金融政策対応を考察することにある。具体的には、需要の弱さに起因するインフレ率の低下と供給構造の変化に伴うインフレ率の低下への政策対応の違いを、少なくとも理論的にはどのように考えればよいかについて論点整理することが一つの考察対象となる。第2の目的は、そうした理論的な整理ではなお解決できない金融政策運営上の論点について、とくに経済の供給構造の変化との関連を念頭におきながら明確にすることである。

金融政策分析の基本的フレームワーク

  • 本報告がベースとするモデルは、IS曲線、ニュー・ケインジアン型のフィリップス曲線、最適金融政策ルールの3本の方程式からなり、これらは、合理的かつフォワード・ルッキングな期待形成を行う経済主体を前提としている点に特徴がある。
  • IS曲線は恒常所得仮説に基づいたものであり、今期のGDPギャップは、実質金利や需要ショック(輸出や財政変動)の現在の値と先行きの予想の影響を受けて決まる。また、潜在GDPは生産性ショックによって外生的に決まるとしているので、生産性ショックが発生すれば潜在成長率によって規定される均衡実質金利も変化する。
  • インフレ率を決定するニュー・ケインジアン型のフィリップス曲線は、価格変更コストと価格変更タイミングのばらつきを前提とした個別企業の粘着的な価格設定行動をマクロ集計したものである。同曲線に基づくと、今期のインフレ率は、GDPギャップと価格ショックの現在の値と先行きの予想によって決まる。GDPギャップは、超過需要によるインフレ率の変動圧力を捉えたものであり、限界費用の代理変数として解釈することが可能である。また、価格ショックは、経済の供給構造の変化に伴って発生する物価の変動圧力を表したものである。例えば、名目賃金が粘着的なもとで生産性が上昇すれば、ユニット・レーバー・コストが低下し、これが価格ショックとしてインフレ率を低下させる。また、規制緩和や代替的な輸入品の流入増加など市場の競争環境の変化は、企業のマークアップ比率を低下させるため、限界費用が一定でも、製品価格の低下要因として作用する。このほか、農業や製造業の素材・中間財業種など価格伸縮性の高い産業の相対価格の変化は、一般物価の変動に対する価格ショックとして作用する。
  • 政策金利を決定する最適金融政策ルールは、以上のIS曲線とフィリップス曲線の制約のもとで中央銀行の損失関数を最小にする政策金利のパスとして定義できる。ここで、損失関数は、インフレ率の目標値からの乖離とGDPギャップの振れが小さくなるほど、中央銀行の損失が小さくなることを表現したものである。損失関数において、インフレ率とGDPギャップのどちらをより安定化させるかについて、中央銀行の選好を表したパラメータを「GDPギャップ安定指向度」と呼ぶ。同指向度が小さいほどインフレ率の安定性に対する選好が相対的に強く、逆に大きいほどGDPギャップの安定性に対する選好が相対的に強いことを意味する。

各種ショックへの理論上の政策対応

  • IS曲線、フィリップス曲線、最適金融政策ルールの3式からなるモデルを用いて、需要ショック、価格ショック、生産性ショックが発生した場合に、インフレ率やGDPギャップがどのような動学的パスを示すのかをシミュレーションによって考察する。
  • GDPギャップを低下させる負の需要ショックが発生した場合には、中央銀行が最適金融政策ルールに基づいて需要ショックの影響を完全に相殺するように政策金利を引き下げるため、インフレ率もGDPギャップも全く変化しない。これは、需要ショックが、インフレ率の安定とGDPギャップの安定のいずれを優先させるかについて、トレードオフを発生させないことから導かれる結論である。
  • インフレ率を低下させる負の価格ショックが発生した場合には、中央銀行は、インフレ率低下の影響を抑制するために、政策金利を引き下げてGDPギャップを上昇させる。しかし、価格ショックの場合には、需要ショックとは異なり、ショックがもたらすインフレ率の低下圧力を金融政策で完全に相殺してしまうことは適当ではない。むしろ、ある程度のインフレ率の低下はやむを得ないものとして受け容れることが望ましい。なぜなら、価格ショックは、インフレ率の安定とGDPギャップの安定との間にトレードオフをもたらすからである。価格ショックに対して、完全にインフレ率を安定化させようとすると、実体経済の安定性をかなり犠牲にしなければならない。
  • 潜在成長率を上昇させるような正の生産性ショックが発生した場合には、均衡実質金利が上昇する。このとき、中央銀行は、経済に対する金利水準の中立性を維持するために、均衡実質金利の上昇分だけ政策金利を引き上げることが望ましい。この結果、インフレ率もGDPギャップも不変に保たれる。これは需要ショックの場合と同様であるが、需要ショックと唯一違う点は、実質成長率が潜在成長率の上昇と同じ幅だけ変化する点である。

金融政策運営においてとくに問題となる論点

GDPギャップ安定指向度の設定問題
  • 以上で述べたモデル上の理想的な世界に比べ、現実の政策運営では何がとくに難しいのかを考えてみたい。最初の論点は、価格ショックがもたらすインフレ率の安定とGDPギャップの安定に関するトレードオフに対して、中央銀行は金融政策運営上、どのようなバランスをとるべきかという問題である。これは、結局のところ「物価安定のメリット」、言い換えれば「物価変動のコスト」として、どういう側面を重視するかという問題に帰着する。以下では、物価変動のコストとして、(1)価格の粘着性に起因したコストと、(2)物価変動の不確実性がもたらすコスト、の2つについて考察しよう。
  • 本来、同じ生産技術力を持っている企業であれば、均等な資源配分が達成されることが望ましいが、価格に粘着性がある場合には、何らかの物価変動圧力が発生すると、企業間の相対価格を変化させ、資源配分を歪めてしまうことになる。よって、中央銀行は目標インフレ率をゼロに設定することが望ましいということになる。この点を、プリンストン大学のウッドフォード教授は理論モデルを用いて厳密に証明している。さらに、ウッドフォード教授は、フィリップス曲線の傾きが小さいほど、GDPギャップ安定指向度の最適値も小さくなるとしている。
  • ただし、このようなウッドフォード教授の主張は、代表的家計を前提としたモデルから導かれたものであり、現実には異質の経済主体、例えば債権者と債務者が存在する。この場合、予期せざるインフレが発生すると、債権者から債務者への強制的な富の移転が発生することになる。このことは、物価変動の不確実性が、人々の貯蓄行動や投資行動を歪め、異時点間の資源配分に非効率性をもたらす可能性を意味している。こうした物価変動の不確実性のコストを考慮した場合には、望ましいGDPギャップ安定指向度も、先のウッドフォード教授の基準値とは異なってくると考えられよう。
  • 物価変動のコストをどう考えるかによって、安定させるべき物価指標も異なりうる。BOEの青木氏は、物価変動のコストとして、「価格の粘着性がもたらす資源配分の歪み」を念頭に置きながら、ウッドフォード教授の議論を価格伸縮部門と価格粘着部門の2部門モデルに拡張している。それにより、経済全体のインフレ率ではなく、価格粘着部門のインフレ率(=コアインフレ)を安定させることが、経済全体の資源配分を最適に保つうえで望ましいことを示している。もっとも、物価変動のコストとして、「価格の粘着性」ではなく「物価変動の不確実性」を重視した場合には、結論は変わりうるように思われる。例えば、家計が貯蓄行動において重視するのは生計費全体であって、一般物価の変動に関する不確実性が高まれば、異時点間の資源配分に歪みが発生するとも考えられるからである。
  • フィリップス曲線の傾きが緩やかになればなるほど、物価の安定を重視すべきというウッドフォード教授の主張も、フィリップス曲線の形状に関する不確実性を念頭におくと、答えが変わってくるかもしれない。フィリップス曲線の傾きが緩やかであるといっても、GDPギャップの絶対値がいくら大きくなっても、傾きが緩やかなままであるとは考えにくい。より大域的にみれば、フィリップス曲線が非線形で、両端がスティープである可能性が考えられよう。その場合、傾きがどこからスティープになるのかという臨界点に関する不確実性が大きいもとでは、経済がそうした臨界点になるべく接近しないように、金融政策運営はGDPギャップの安定に高いウェイトをおくべきだという議論が成り立ちうるのではないだろうか。
経済の供給構造が変化した下での頑健な政策運営
  • 次に、経済の供給構造が変化し不確実性が高い環境のもとでの政策対応について考察しよう。現実の経済では、需要ショックや価格ショック、生産性ショックは同時相関を持ちながら発生していると考えられるが、経済の供給構造が変化しているときには、これらショックの識別は非常に困難である。そうした場合には、ショックの識別の困難さや不確実性を前提としたうえで、大きな誤りだけは最大限回避するという「頑健」な金融政策運営を心がけておくことが重要である。
  • 政策の頑健性という観点では、経済の供給構造が変化している場合、GDPギャップの計測誤差は拡大する可能性があることに留意する必要がある。ちなみに、Hodrick‐Prescott(HP)フィルターを用いて推計した、わが国のGDPギャップの計測誤差は、標準偏差が1%強と非常に大きなものとなっている。そうした状況で大きな誤りを回避する一つの考え方は、GDPギャップという経済活動の水準ではなく、経済成長率という変化率に注目することであると思われる。とりわけ、名目成長率については、GDPデフレーターの遡及改訂の影響を大きく受ける実質成長率に比べると、統計として安定性が高いと考えられる。実際、潜在GDPに計測誤差がある場合に、GDPギャップをターゲットとした場合と、名目成長率をターゲットとした場合とで、その政策パフォーマンスを比較すると、後者の方が計測誤差に対して頑健な政策であるというシミュレーション結果が得られる。

(2)指定討論者のコメント

以上の報告に対し、指定討論者である渡辺(一橋大学経済研究所助教授)より、以下のようなコメントがあった。

金融政策のモデル化について

  • まず、金融政策の運営方法について、2つの基準から分類し、報告論文の位置付けを確認したい。1つめの基準は「公開型/非公開型」である。これは、中央銀行が自らの損失関数に関する情報(目標インフレ率やGDPギャップ安定指向度)を開示しているかどうかということである。中央銀行がどのような損失関数に基づいて政策対応しているのかを民間部門が認知できれば、金融政策の不確実性が小さくなるので、当然、公開型の方が望ましい。
  • 公開型はさらに「裁量型/コミットメント型」に分類される。裁量型とは、中央銀行が自らの政策対応について最適化を行う際に、それが民間部門の予想にどのような影響を与えるのかを考慮せずに政策対応することである。一方、コミットメント型とは、政策対応が民間の予想に与える影響を考慮して政策運営を行うことである。コミットメント型の政策運営の方が、それがクレディブルである限り、裁量型の運営よりも、経済厚生は改善される。
  • 2つめの基準は、操作変数が「金利/量」という分類軸である。
  • これらの基準をもとにすると、報告論文のモデルは、「公開・裁量型、金利」のカテゴリーに分類される。
  • 一方、日本銀行がこれまでに実際に採ってきた政策を、先の基準に基づいて分類すると、ゼロ金利政策が採られる前までの伝統的な政策運営スタイルは「非公開型、金利」に分類される。ゼロ金利政策は、「デフレ懸念が払拭されるまで」という形でゼロ金利を続ける期間をコミットしていたので、「公開・コミットメント型、金利」である。現在のリザーブ・ダーゲティングも「CPIが安定的に0%を上回るまで維持する」とコミットしており、これは「公開・コミットメント型、量」に分類される。つまり、日本銀行の実際の政策は、報告論文で扱った「公開・裁量型」をスキップして、「非公開型」から「公開・コミットメント型」に一気にジャンプしたのである。すなわち、報告論文では、実際に採られたことのない政策運営に分析の焦点をあてているため、実際の政策へのインプリケーションが限られてしまうのではないだろうか。

価格の粘着性について

  • 価格の粘着性は、企業の価格変更タイミングにバラツキを発生させる。バラツキが発生するということは、企業にとって、製品の相対価格がどうなるかが不確実であるということを意味する。報告論文では、価格の粘着性と不確実性をあえて分断したうえで、粘着性については議論し、不確実性については十分な議論をしていないように思われる。
  • 報告でも指摘しているが、粘着的な価格設定を念頭においた場合、金融政策が目標とすべき物価指標は、生計費指数ではない。むしろ、価格の粘着性の度合いでウエイト付けした価格指標の安定化を金融政策の目標とすべきである。また、前回第1回の研究会で話題となった、品質調整済みの物価指数をターゲットとすべきか、それとも表面価格をターゲットとすべきかどうかという点についていうと、粘着性があるのは品質調整済みの価格ではなく、表面価格であるので、金融政策がターゲットとすべき指数は表面価格と言える。問題は、どういったカテゴリーの価格が最も粘着的かという点であるが、報告では、この点について明確な記述がない。一般的には、(1)WPIよりもCPIの方が、(2)貿易財よりも非貿易財の方が、また、(3)商品よりもサービスの方が、粘着性が高いと考えられる。そうした点を踏まえて、もう少し、コアインフレの概念について考察することが必要であろう。
  • なお、CPI/WPI比率には上昇トレンドがあり、この背景には、貿易財部門と非貿易財部門間の生産性格差がある。このとき問題となるのは、非貿易財の相対価格の上昇を、非貿易財の絶対価格の上昇によって実現するのか、それとも貿易財の絶対価格の下落で実現させるのか、あるいはその両方なのかという選択である。1960年代の高度成長期には、固定相場であったため、非貿易財の価格を上昇させるしかなかった。一方、現在は変動相場制の下で円高を容認する形で貿易財の価格を下落させていると解釈できるが、そうした選択がベストかどうか、議論の余地があろう。
  • また、CPIサービスの商品に対する相対価格の上昇トレンドには、最近の物価下落の背景に関するヒントが隠されていると考えられる。仮に、価格ショックが物価下落の主因であれば、相対価格の上昇トレンドは勾配がより急になるはずである。なぜなら、価格ショックは主として商品(=貿易財)の価格低下をもたらすからである。しかし、サービス/商品の相対価格のトレンドをみると、90年代後半は、むしろ、上昇ピッチが緩やかになっている。つまり、この間、商品の価格は下落しているが、サービス価格の上昇率がそれ以上に鈍化しているということであろう。したがって、最近の物価下落は、価格ショックによるものとは言えないのではないか。報告論文で分析している「刈り込み指数」の動きは、物価下落が価格ショックによるものであるという仮説をどの程度正当化しているのであろうか。その点に関するより踏み込んだ考察が欲しかった。
  • このほか、価格の粘着性に関する議論に関しては、粘着性の度合いが時間を通して一定であるとは限らないことに注意が必要である。例えば、名目賃金をみても、その硬直性は時間とともに変化してきていると考えられる。そうした粘着性の変化を前提とした場合に、どのような政策運営を行ったらよいかという点についても考察が必要であろう。

(3)自由討議

討議参加者からは、以下のようなコメントが寄せられた。

  • 報告論文の最後に少しだけ記述があるが、このモデルでは金利のゼロ制約が全く考慮されていない。したがって、ゼロ金利制約を実際に受けている現在の日本経済において、金融政策をいかに運営すべきかという政策的含意が、この論文からは得られない。また、目標インフレ率はゼロが望ましいという議論に関しては、物価指数のバイアスやゼロ金利制約を考えた場合に、どの程度プラスの糊代を考えたらよいのか示して欲しい。
  • モデルでは金融構造が一定であると仮定しているが、これは現実的ではない。コールレートと貸出金利の関係をみると、80年代の貸出金利はコールレートとほぼ同水準にあったが、最近の貸出金利はコールレートに比べて2%位高い。つまり、金融政策が実体経済に与える影響という面では、金融構造に変化が発生しており、そうした不確実性を考えた場合に、どのような政策運営が望ましいのか考察すべきではないか。
  • 価格ショックと生産性ショックは、報告の具体例をみる限りいつも同時に起きている。一方、最適政策ルールを求めるときには、独立なショックであると仮定して計算しているが、この仮定の変更は分析結果にどういった影響を及ぼすのか。
  • 昨年来、「良いデフレと悪いデフレ」に関する議論が盛んに行われているが、一部には、「負の価格ショックに対しては、金融緩和を行わなくても良い」という見方があったように記憶している。ところが、報告の最適政策ルールでは、負の価格ショックに対しては金融緩和を行うべきだという結論になっており、どちらの見方が正しいのであろうか。
  • 価格の粘着性に上昇と下落で非対称性があった場合、例えば、公共料金や名目賃金のように、上がる方には柔軟性があるが、下がる方は硬直的である場合には、どのように政策対応すればよいのか。
  • 民間側の行動をIS曲線とフィリップス曲線で表現し、それを制約条件として損失関数の最小化を図るというアプローチは自然であり、その意味で、裁量型の最適政策ルールを考えるのは適当だと思われる。しかし、コミットメント型が要請される理由には、政策当局と民間側との間に相互依存関係がでてきたときに、政策当局が先に金利を固定して経済厚生を高めるという効果が期待できるためであろう。とくに昨今の金融政策でコミットメント型が採用されている背景には、そうした効果が念頭に置かれているのではないだろうか。
  • モデルでは、生産性ショックは外生的に扱われているが、本当に外生でよいのだろうか。報告のベースとなるモデルは、基本的には、経済成長と景気循環が完全に分離可能であって、経済は景気循環と無関係に成長するという世界を考えている。第2セッションで、ニュー・エコノミーを単なる景気の加熱と判断して政策運営すると、社会に大きな損失をもたらすのではないかという議論があったが、ニュー・エコノミーが完全に外生的に出現するのであれば、そうした損失は発生し得ない。もちろん、論文のようなモデルの枠組みはコンベンショナルなものであって、問題があると批判するつもりはないが、この事例は、一つの留意点として認識しておくべきポイントだと思う。
  • 価格の粘着性に関するモデルの設定如何で、論文の結論はどのような影響を受けるのであろうか。例えば、IS曲線には、部分調整が仮定されているが、フィリップス曲線にも、そうした部分調整を仮定すると、シミュレーション結果に影響を与えたりするのではないか。
  • 報告論文の重要なメッセージは、金融政策の意思決定には構造政策の効果に関する判断も重要であるということであろう。現在の日本経済においては、生産性ショックが発生する一方で、それがどの程度失業や企業倒産に結びつくものなのか、また、そうした痛みを最小にするための構造政策がどの程度うまくいくのか、ということを評価しないと、適切な金融政策のスタンスを打ち出し難いということではないだろうか。
  • GDP統計の速確乖離に関する議論があったが、内閣府は、速報値に、需要サイドの情報だけでなく、供給サイドの情報もできるだけ幅広く使う方向で検討している。また、GDPデフレーターの遡及改訂幅の背景には、(1)確確報までに2~3年のラグがあり、その間、基礎統計が基準改訂等により改訂されること、(2)パーシェ型指数なので、数量ウェートが遡及改訂される度にデフレーターも改訂されること、などが挙げられる。
  • 報告論文のモデルでは、マネーが一切出てこないが、マネーの位置付けをどのように理解すればよいのか。このモデルは、インフレやデフレは貨幣的な現象であるという考え方と整合的なのか。
  • 報告論文は、重要な論点を幅広く取り上げており、高く評価できる。ゼロ金利制約を分析の対象外としていることに批判もあるだろうが、こうした一般性のある分析の枠組みを用いて議論しておくことも非常に重要なことだと思う。もちろん、得られる結果は極めて常識的なものであり、(1)需要ショックに対しては完全相殺、(2)価格ショックに対しては部分相殺、(3)生産性ショックに対しては、ウィクセルの議論と同様に、自然利子率が上がった分だけ貨幣利子率を動かせばよい、という分かりやすい議論である。それにもかかわらず、違和感を覚えた人がいたとすれば、それは、価格ショックと生産性ショックが現実には同時発生しているにもかかわらず、報告では、分析の単純化から、両ショックが独立であると仮定しているためであろう。例えば、ユニクロ現象は、ユニクロ自身にとっては正の生産性ショックであっても、他の競合小売店やメーカーにとっては負の価格ショックと負の需要ショックをもたらす。したがって、マクロでユニクロ現象とは何かと問われれば、それは、生産性ショックや価格ショックなどの複合ショックであると理解すべきものだと思う。
  • 伝統的物価指数論に立脚すれば、物価指数は効用とデュアルに作るべきだが、金融政策で安定させるべき物価がそうした物価指数なのか否かという問題提起を前回の研究会で行った。それに対するフォローアップの議論が、今回の研究会で幾つか出てきたことは喜ばしい。例えば、報告で紹介されたウッドフォード教授や青木氏の主張に基づくと、粘着性をウェイトにして物価指数を作ったらどうかという議論があった。また、安定化させるべき物価指数が表面価格か、それとも品質調整済み指数かという議論も出た。マクロで考える物価の安定とは何かを問われたときに、インフレあるいはデフレのコストがどこから発生してくるのかということを特定しないと答えが出てこないという問題提起もあった。このような議論をもっと深めていく必要がある。
  • 負の生産性ショックが発生すれば、望ましい政策対応を行っても、実質産出量の将来にわたる成長経路が下振れる。しかし、そうした状況においても、金融政策によって実質産出量の将来経路の下振れを阻止すべきであるという意見も聞かれる。こうした考えは誤りであって、ショックの経済に及ぼす影響と正しい政策対応のあり方について、より認識を深めていくことが重要であると思う。また、報告で指摘があったように、インフレもデフレも金融政策で対処しなければならないのだが、政策対応の仕方はショックの源泉によって違うということを、正しく理解する必要があるように思う。
  • 指定討論者のコメントに、価格の粘着性を内生的に扱うべきだという話があったが、そのような扱いができるのは長期の話であって、短期のショックに対してどのような政策対応が望ましいのかを議論する際には、あまり重要な論点にはならないと思う。
  • 名目成長率ターゲティングが、計測誤差に対して頑健な政策運営であるということは理解できる。しかし、同ターゲティングは、インフレ率と実質成長率に対して、同じウェイトをかけて政策運営を行うわけであり、そうした1対1というウェイトを事前に制約として課すことが、政策パフォーマンスを劣化させることに繋がる可能性はないのか。
  • 価格ショックと生産性ショックの関係について、既に幾つかコメントがあったが、両者の違いは報告論文で明確に定義されている。価格ショックも生産性ショックも、フィリップス曲線上は、同じシフト変数であるが、その影響の持続性に違いがある。価格ショックは一時的なショックであり、したがって、フィリップス曲線に与える影響も一時的と言える。一方、生産性ショックは、潜在GDP(したがってGDPギャップ)を経てフィリップス曲線をシフトさせるものであるが、同ショックは、潜在GDPに対してパーマネントな変化を及ぼす。このため、生産性ショックは、他の条件が一定であれば、フィリップス曲線をパーマネントにシフトさせると言える。このように価格ショックと生産性ショックは質的に全く違うものであり、論文では、この点をもっと強調した方がよい。
  • 複合ショックについて、報告論文では石油価格の例を引き合いに出して議論しているが、為替レートの変動についても、石油価格と同じ様に議論することができる。例えば、円安は、輸出の増加という正の需要ショックをもたらす一方、輸入物価の上昇という正の価格ショックを引き起こす。さらに、円安による原材料価格の上昇は、負の生産性ショックを引き起こすと考えられる。こうした整理を行えば、円安の経済に及ぼす影響とそれに対する望ましい政策対応に関して、より適切な政策議論ができるようになると思われる。
  • HPフィルターによるGDPギャップの計測に関していうと、同フィルターによる計算は、いわば移動平均のようなものであり、サンプルの末端では片側の移動平均となる。それがサンプルを伸ばしていくと両側の移動平均になり、最初に行った計測値は必ず改訂される。この遡及改訂はメカニカルに必ず生じるもので、これを「計測誤差」と呼ぶのは、ミスリーディングではないか。
  • 先ほど、ユニクロ現象は、正の生産性ショックと負の価格ショックからなる複合ショックである、というコメントがあった。確かに、石油のような「原材料」価格の低下は、正の生産性ショックと負の価格ショックの複合ショックと言えようが、衣料のような「消費財」価格の低下は、国内生産に対して正の生産性ショックをもたらすことなく、純粋な負の価格ショックのみを発生させるのではないか。そうであれば、消費財価格の低下に対しては、金融を緩和する必要があって、ユニクロ現象を「良い物価下落」とは呼べないのではないか。
  • 輸入物価の下落の影響については、財が原材料か消費財かで異なる面があるのは事実であろう。しかし、技術革新を起こした企業にとっては、間違いなく正の生産性ショックが発生しているのだから、消費財の価格下落はすべからく「負の価格ショック」であると言い切ることは適当でないと思う。
  • 指定討論者は、現在の日本銀行の政策運営を、「公開・コミットメント型、量」に分類したが、マーケットでは、必ずしもそうした理解が浸透していない。とくに「金利か量か」という点に関しては、マーケットの中でコンセンサスができていない面がある。また、最も大きな問題点は、現在の金融政策のトランスミッション・メカニズムに関する不確実性が大きく——例えば、クレジット・チャネルを重視したものか、為替チャネルを重視したものかが不明であり——、政策効果に関するコンセンサスが得られていないということであろう。
  • 流通業界の動きをみると、規制緩和前の価格は、寡占的な状況の下で安定的かつ粘着的な性格をもっていたが、最近の規制緩和やユニクロの出現によって、価格の粘着性は非常に弱まった。具体的に言うと、量販店はカジュアル衣料で圧倒的な強さを誇っていたが、ユニクロの煽りを受けて、価格を下げざるを得なくなった。その影響が他の専門店や百貨店にまで及んだ。また、外食産業のマクドナルドの値下げは、それと競合するスーパーの調理食品の価格を引き下げ、規制緩和によって営業時間が延長されると、今度はスーパーとコンビニエンスストアが価格競争をするようになった。報告では、最終財価格が粘着的であると分類していたが、少なくとも流通業界に限って言えば、そうした粘着性はあまり当てはまらないように思われる。
  • モデルでは、フォワード・ルッキングなIS曲線を前提としているためか、正の生産性ショックが起こると、すぐに将来所得が増えるという予想が生まれ消費も増えることになっている。そして、生産性ショックによる均衡実質金利の上昇見合いで、政策金利を引き上げることが望ましいということになる。しかし、現実の経済では、潜在的な総供給の水準が高まっても、総需要はすぐに増えるとは限らず、むしろ総需要を潜在的な総供給の水準に見合うように金融緩和しないといけないのではないか。
  • 価格の粘着性に着目しコアインフレを定義するということは非常に重要である。価格の粘着性は、市場の独占力の影響を受けると考えられる。例えば、公共料金や寡占的な産業の価格であれば、企業に価格決定力があるのでなかなか動かない。しかし、市場の独占力は、規制緩和や企業の新規参入によって、どんどん変化するため、結果として、価格の粘着性も変化していくと思われる。先ほど、「価格の粘着性の変化は長期の問題であって、短期の政策対応を考える際には関係ない」というコメントがあったが、短期でも価格の粘着性は変わり得るという前提で、政策議論を行った方がよいのではないか。

(4)報告論文執筆者からの応答

以上のコメントに対し、報告論文執筆者から、以下のような応答があった。

公開型/非公開型、裁量型/コミットメント型の分類について

  • 指定討論者が提示した分類による報告論文の位置付けに関しては、やや違和感がある。論文で提示したモデルの設定では、中央銀行が目標インフレ率とGDPギャップ安定指向度を明示したうえで、最適な政策運営を行うことを民間に宣言することになっている。それに比べれば、本年3月19日以降の金融緩和措置も、その前のゼロ金利政策も、現在の金融調整の仕方を継続することにコミットしているが、目標インフレ率やGDPギャップ安定指向度を明確にしたものではない。その意味では、現在の日本銀行の政策は、モデルの理想的な環境設定に比べると、公開性が低いと位置付けられよう。実際の政策運営が、モデルの世界を一気に飛び越えてしまったわけではない。
  • 経済学で言う「コミットメント解」と「裁量解」に分類すると、本論文で提示した最適金融政策ルールは確かに「裁量解」に位置付けられる。しかし、この「裁量解」は、各種ショックに対して、システマティックに政策対応するルールであり、かつそのルールを公開しているものなので、通常「裁量政策」と言われるものに比べれば、はるかにコミットメントの度合いが高い。論文で裁量解に焦点を当てたのは、異なるショックに対する望ましい政策対応の違いを明らかにするうえでは、それで十分であると判断したためである。裁量解であってもコミットメント解であっても、需要ショックに対しては完全相殺、価格ショックに対しては部分相殺という原理原則は全く変わらない。もちろん、だからといって、現実の政策運営が「裁量解」で十分だということを意図するつもりはない。コメントがあったように、コミットメント解の方が、経済厚生上、望ましい性格を有することは事実であるが、今回の論文ではその点に焦点を当てなかった。
  • 論文の考察は、基本的には「裁量解」をベースにしたものであるが、実は、論文で紹介した名目成長率ターゲティングは、「コミットメント解」に非常に近い性質を持っている。「コミットメント解」の一階条件は、インフレ率と実質成長率の加重平均がゼロになるということであり、これは、名目成長率を一定に保つことを特殊ケースとして含んでいる。そのように考えると、名目成長率ターゲティングは、計測誤差に対する頑健性だけではなく、コミットメント解の望ましい性質も併せ持った政策ルールと言えよう。

価格の粘着性を巡る議論

  • 価格の粘着性に伴うコストと物価変動の不確実性に伴うコストで、何が違うのかきちんと議論されていないのではないかとの指摘があった。改めて整理すると、インフレのコストといった場合、まず常識的に思い浮かぶのは後者の不確実性のコストの方である。物価の予期せぬ変動が、異質な経済主体間の契約内容に不確実性をもたらし、異時点間の資源配分を歪めてしまうというコストである。一方、価格の粘着性に起因したコストとは、仮にそうした不確実性のコストがなく、人々が同質と仮定した場合であっても、なお相対価格の変化によって資源配分が歪むという形で生じるコストのことである。両者のコストの違いは、目標インフレ率の設定に対して異なるメッセージを与える。価格の粘着性に起因するコストを重視した場合、とにかく物価が動くこと自体が諸悪の根元という考え方になるので、論理的に目標インフレ率はゼロ%が望ましいことになる。一方、物価変動の不確実性のコストを重視した場合には、論理的なアプローチで目標インフレ率を決めることはできず、すぐれて実証的な問題になる。最近のある研究によると、CPIやGDPデフレーターではインフレ率が1%近傍のときに、また、WPIでは▲2~▲3%のときに、インフレの不確実性が最小になるという実証結果がある。しかし同時に、この最適値から数%のオーダーで離れても、不確実性のコストはあまり変化しないという実証結果になっており、「目標インフレ率が1%がよいのか、2%がよいのか」といった精度での議論は難しい。
  • 価格の粘着性があるのは、品質調整前の表面価格であるのだから、金融政策が安定化させるべき物価は、品質調整済価格ではなく、表面価格ではないかという指摘があった。これについて私見を述べたい。先ほど紹介したウッドフォード教授の議論は、経済主体の効用をベースにしたモデルを用いて、中央銀行の損失関数にミクロ的基礎付けを与えたものである。効用をベースにした議論であるということは、伝統的物価指数論と整合的なものであり、したがって、安定化させるべき物価は、品質調整済みの物価指数となろう。表面価格の安定を重視すべきという考え方の背景には、メニューコストがかかるのは表面価格の変更についてであるから、という認識があると思う。しかし、例えば、新製品のパソコンを売り出す場合には、「CPUが○○から××に変った」という風にどのみちメニューを書き換えるわけだから、メニューコストの有無は議論の決め手になりにくい。ウッドフォード教授の議論のポイントは、同じ品質のものなのに相対価格が変化すると資源配分が歪む、という点にあるのだから、経済厚生上、品質調整後の物価を安定化させることが望ましいということになるのではないか。
  • 商品とサービスを比較した場合、後者の価格の方が粘着性が高いという指摘があったが、価格の改定タイミング(価格変更の季節性)をみてみると、必ずしもそうとは言えない面がある。日本のサービス価格は、年に2回、4月と10月に価格改定時期が集中する傾向が強い。つまり、商品に比べると、サービス価格は、synchronized pricingが比較的浸透しており、相対価格の歪みをもたらしにくいとも解釈できる。したがって、サービス価格が、商品価格に比べコアインフレに近いとは必ずしも言えないのではないか。
  • 価格の粘着性とコアインフレに関する議論は、目標インフレ率をどう設定するかという視点からも、非常に重要な論点であるが、価格粘着部門と伸縮部門をはっきり分離することが困難であることをはじめとして、実践的には整理が難しい。今後、先生方にもご教示願いたい課題の一つと考えている。
  • 価格の粘着性の内生的変化に関しては、名目賃金の動きをみると、97年頃までは硬直性が観察されたが、その後98年以降は、硬直性が薄れたという研究がある。その意味で、価格の粘着性には、確かに内生的に変化する面があろう。

生産性ショックと価格ショックの関係について

  • 価格ショックと生産性ショックは、構造改革や流通革命など経済の供給構造の変化に際して同時に発生するものであり、そうした状況では、ショックの認識も含めて政策判断が非常に難しくなる。価格ショックについては、部門間の価格データをみることなどにより、ある程度推測がつく。しかし、生産性ショックに関しては、発生の事実そのものをはじめ、仮に発生しているとしてそのマグニチュードや持続性はどうかという点が、データからは判断しにくいことが多い。さらに、経済の一部門で技術革新が起こっていることが把握できたとしても、それがマクロ全体の生産性をどの程度押し上げるのかという問題も出てくる。論文では、様々なショックが独立に識別できると仮定して分析を行っているが、実際にはそうした仮定が当てはまらないところに難しさがある、というのが今回の報告で申しあげたかったポイントの一つである。
  • 日本銀行は、「経済の供給構造が変化している場合には、生産性の変化や需要の動向など様々な要因を併わせて考えなければならない」ということを言ってきており、「負の価格ショックに対しては、金融緩和をしなくてもよい」とは言っていない。
  • 生産性ショックが発生した場合に、総需要が総供給の増加見合いですぐに増えるのは、フォワード・ルッキング・モデルを想定しているからではないかという指摘があった。しかし、バックワード・ルッキング・モデルの場合でも、生産性ショックの発生に対して、中央銀行が均衡実質金利の上昇に応じて政策金利を引き上げれば、全く同じように、総需要は総供給の増加と同じ分だけ増加し、GDPギャップは変化しないという結果になる。
  • 流通革命や構造改革が発生している場合には、むしろ景気停滞をもたらす可能性があるのではないかという指摘があった。これは、本論文の分析の枠組みでは、「正の生産性ショックの一方で、負け組企業の発生など負の需要ショックも同時に発生する」ケースとして解釈できる。そうしたケースが起こりうる点については、論文でも書き込んである。

そのほかモデルに関連する議論

  • モデルにおけるマネーの位置付けであるが、確かに、このモデルでは政策のトランスミッション上、マネーは一切表れない。マネーはこのモデル体系の外側で決まる。しかし、このことはマネーの情報が政策運営において無意味であることを意味するわけではない。また、長期的には金融政策がリアルに影響を与えないというマネタリストの主張は、本モデルと整合的であるし、中長期的な目標インフレ率の実現にとって、マネーの量が重要になってくることは言うまでもない。
  • 価格の粘着性に関するモデリングによって、分析結果が変化するのか、—— つまり、本モデルにおけるニュー・ケインジアン型フィリップス曲線の仮定が、シミュレーションにどのような影響を与えているのか —— という点について説明したい。ニュー・ケインジアン型フィリップス曲線は、ミクロ的基礎付けがしっかりしていて理論的な面では優れているが、現実のデータの当てはまりという実証的な面では、伝統的なフィリップス曲線よりも劣る。そこで、多くの学者がこれまで採ってきたアプローチは、伝統的なフィリップス曲線とニュー・ケインジアン型フィリップス曲線の折衷モデルを使うということである。つまり、フィリップス曲線における期待インフレ率を、過去のインフレ率と先行きのインフレ予測値の加重平均に置き換えようという試みである。こうした折衷モデルを用いても、シミュレーション結果の基本的部分は全く影響を受けない。影響を受けるのは、「コミットメント解」の政策パフォーマンスである。コミットメント解というのは、民間部門の先行き予想に影響を与えて政策を運営することであるから、フォワード・ルッキングなニュー・ケインジアン型フィリップス曲線の要素が少なくなって、逆にバックワード・ルッキング型のフィリップス曲線の要素が強くなってくると、コミットメント解の政策パフォーマンスは急速に落ちていく。これは理論的にも実証的にも確認されている。
  • 名目成長率ターゲティングが、インフレ率と実質成長率に同じウェイトをかけたものであり、そのことが、政策パフォーマンスに歪みをもたらすのではないかという指摘は正しい。(1)名目成長率を不正確なPQ分解に基づいて、インフレ率と実質成長率に分離したうえでより望ましいウェイトをかけることがよいのか、それとも、(2)インフレ率と実質成長率に同じウェイトをかけて、不正確なPQ分解の計測誤差に伴う政策パフォーマンスの悪化を回避することがよいのか、これに関しては、実証的な問題も含め、より検討していく必要があると思う。
  • (1)金利のゼロ制約を考えた場合にどういう政策ルールが望ましいのかを考察すべき、(2)目標インフレ率のプラスの糊代をいくら持つべきか考察すべき、(3)貸出金利を含めたトランスミッション・メカニズムを適切に考慮した考察が必要、という点は全てご指摘のとおりだと思う。報告論文ではそこまで議論の対象を広げなかったが、それらは全て重要なテーマだと思う。

以上


(参考1)

第2回会合の参加者一覧

日本銀行以外の参加者

  • 有賀 健:京都大学経済研究所教授
  • 大来 洋一:政策研究大学院大学教授
  • 北坂 真一:神戸大学大学院国際協力研究科助教授
  • 北村 行伸:一橋大学経済研究所助教授
  • 小山 周三:西武文理大学サービス経営学部教授
  • 齊藤 誠:一橋大学大学院経済学研究科教授
  • 作間 逸雄:専修大学経済学部教授
  • 中北 徹:東洋大学経済学部国際経済学科長
  • 西村 清彦:東京大学大学院経済学研究科教授
  • 林 文夫:東京大学大学院経済学研究科教授
  • 深尾 光洋:慶應義塾大学商学部教授
  • 細野 薫:名古屋市立大学経済学部助教授
  • 本多 佑三:大阪大学大学院経済学研究科教授
  • 宮尾 龍蔵:神戸大学経済経営研究所助教授
  • 山崎 福寿:上智大学経済学部教授
  • 吉川 洋:東京大学大学院経済学研究科教授
  • 美添 泰人:青山学院大学経済学部長
  • 渡辺 努:一橋大学経済研究所助教授
  • 荒井 伸也:サミット株式会社代表取締役社長
  • 河野 龍太郎:BNPパリバ証券会社東京支店経済調査部部長
  • 品川 昭:セゾン総合研究所事務局長
  • 高田 創:みずほ証券株式会社投資戦略部部長
  • 宅森 昭吉:さくら投信投資顧問チーフエコノミスト
  • 大守 隆:内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官
  • 岡本 政人:総務省統計局統計調査部消費統計課長
  • 永塚 誠一:経済産業省経済産業政策局調査課長

(注)敬称略。

日本銀行からの参加者

  • 三木 利夫:審議委員
  • 中原 伸之:審議委員
  • 植田 和男:審議委員
  • 田谷 禎三:審議委員
  • 須田 美矢子:審議委員
  • 増渕 稔:理事
  • 永田 俊一:理事
  • 白川 方明:企画室審議役
  • 雨宮 正佳:企画室参事役
  • 門間 一夫:企画室政策調査課長
  • 山岡 浩巳:企画室調査役
  • 木村 武:企画室調査役
  • 山口 智之:企画室調査役
  • 早川 英男:調査統計局長
  • 寺尾 好正:調査統計局参事役
  • 植村 修一:調査統計局参事役
  • 河野 圭志:調査統計局経済統計課長
  • 吉田 知生:調査統計局企画役
  • 鵜飼 博史:調査統計局物価統計課長
  • 前田 栄治:調査統計局調査役
  • 翁 邦雄:金融研究所長
  • 久田 高正:金融研究所研究第1課長
  • 白塚 重典:金融研究所調査役

(参考2)

第2回プログラム

テーマ

「物価の下落と経済活動」

開催日

6月8日(金)

場所

日本銀行本店新館9階大会議室A

進行

10:40
開会
10:40-12:05
第1セッション鍵用「物価と景気変動に関する歴史的考察」
報告者:北村行伸(一橋大学)
指定討論者:作間逸雄(専修大学)
12:05-12:50
(昼食)
12:50-14:00
講演「流通の現場から物価問題を考える」
荒井伸也(サミット(株)代表取締役社長)
14:00-14:10
(休憩)
14:10-15:30
第2セッション「GDPギャップと物価変動」
報告者:宮尾龍蔵(神戸大学)
指定討論者:北坂真一(神戸大学)
15:30-15:45
(休憩)
15:45-17:20
第3セッション「望ましい金融政策の対応を巡って」
報告者:木村武(日本銀行)
指定討論者:渡辺努(一橋大学)
17:20
閉会