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物価に関する研究会・議事要旨(第3回)

2001年10月17日
日本銀行企画室

目次

はじめに

日本銀行は、2000年10月に公表した報告書(「物価の安定」についての考え方)において、物価を巡る諸問題について継続的に検討を深める方針を明らかにしている。そうした検討活動の一環として、2001年9月21日、「物価の安定を巡る不確実性と金融政策」をテーマに、上記研究会の第3回会合(最終回)を開催した(参加者は参考1)。

会合では、3つのセッションに分けて報告と討議が行われた(プログラムは参考2)。以下は、それらの報告と討議の模様を日本銀行企画室の責任で取り纏めたものである。

第1セッション「フィリップス曲線と価格粘着性—産業別データによる推計—」

(1)報告の概要

渡辺(一橋大学経済研究所助教授)より、提出論文に沿って報告が行われた。概要は以下のとおりである。

問題意識

  • 報告論文の主題は、ニューケインジアン型フィリップス曲線の推計を通じた、マクロおよび産業別の価格粘着性の計測である。
  • 問題意識のひとつは、相対価格の調整がいかにして行われるか、ということである。例えば、貿易財と非貿易財の相対価格を変動させるショックが発生した場合、どちらの価格がより大きく動く形で相対価格変動が実現されるのか。ここで重要なのが、各財の価格粘着性であり、粘着性の低い財の価格が相対的に大きく変化することによって、相対価格調整が行われると考えられる。
  • もうひとつの問題意識としては、金融政策が目標とすべき物価指標についてである。価格粘着性が高い財は、その価格変動によって様々な経済厚生上のコストが発生するため、なるべく動かさないようにするのがよい。したがって、金融政策が目標とすべき物価指標は、財ごとの粘着性でウェイト付けを行うのが望ましいが、こうして作られる物価指標と、通常定義されている生計費指数とが一致する必然性は全くない。
  • こうした考察を通じて、日本で進行しているデフレについて新しい視点を得ることも期待できる。近年における物価動向の特徴のひとつは、耐久消費財の価格が下落していることにある。すなわち、他財との相対価格の変化が、耐久消費財の価格が下落する形で実現している。仮に耐久消費財の価格粘着性が低いと言えれば、その価格下落がもたらす経済厚生上のコストは小さい。言いかえれば、粘着性でウェイト付けした物価指標でみれば、今は金融政策上問題にすべきデフレでないかもしれない。
  • なお、本報告の視点からは、財ごとの価格粘着性のばらつきが特に重要である。全体として価格粘着性が高くても、どの財も粘着性が同じであれば、金融政策が目標とする物価指標と通常の物価指数とが乖離するという問題は起きない。

推計に用いるモデルの設定

  • 価格粘着性の定式化は、カルボが1983年に発表した論文に依拠している。そのモデルでは、企業は独占的競争の状況の中で毎期望ましい価格を設定したいのだが、「神様」が許可しなければ価格を改訂することができないと想定する。価格改訂が許可されない確率をθ、許可される確率を1−θで表わすと、θは粘着度を示すパラメータと解釈することができる。また、そのとき、平均的な価格改訂の間隔は、1−θの逆数で示される。
  • カルボ型のモデルのほかに、調整コスト型のモデルで定式化することも考えられるが、結果として導出される理論式は数学的にカルボ型と同値であることが確認されている。したがって、θは調整コストの大きさを表わしていると解釈することもできる。
  • この推計に用いる理論式は、今期のインフレ率が、来期の期待インフレ率と今期の実質限界費用に依存して決まるというものであり、ニューケインジアン型のフィリップス曲線と呼ばれている。
  • 推計で用いる限界費用のデータとして、海外における先行研究の多くは、限界的な生産1単位当たりに要する労働費用で計測しようとしている。しかし、日本では労働投入の固定性が強いため、労働の平均費用と限界費用は乖離することが多い。そこで、本報告では、より固定的な部分が少なく、平均と限界の概念が一致しそうなものとして、中間投入費に着目した計測を行うという工夫を凝らした。具体的には、実質限界費用として、中間投入費の売上高比率を用いた。

推計結果

  • まず、マクロでの推計結果をみる。日本経済全体にとっての中間投入は輸入、生産物は「内需プラス輸出」と考えて、利用するデータを選択した。推計では様々な定式化を試した。定式化には大別して2つのタイプがある。理論式のまま推計したものと、理論式の階差をとって推計したものである。階差式をとった推計は、中間投入費比率などのデータがトレンドを含む可能性に配慮したものである。推計結果は、各種統計量などからみて、概ね良好であると判断することができる。
  • 次に産業別の推計についてみると、製造業のうち総じて素材系の業種はθが小さく、価格粘着性が低い。逆に、加工系はθが1に近く、粘着性が高い、という傾向がみられる。非製造業については、推計値の標準誤差がやや大きいが、とくにサービスの粘着性が高い。
  • 上記θの推計値は、産業毎に有意に異なる。ただ、価格粘着性が財ごとに異なることを考慮に入れた物価指標を作ろうとしたときに、上記程度のばらつきがどのくらい物価指標の違いとして現れるかという問題が残っている。報告論文では、この点に明確な回答を与えていないが、先行研究を手がかりとして、粘着性がセクター毎に異なる場合を前提にした経済厚生の損失を、WPI工業製品について試算した。その結果、θが産業間で同一であると仮定した場合の損失と、ばらつきのあるθの推計値を用いた場合の損失は、期間を通じて前者が後者の10倍程度と大幅な開きがあり、変動の山谷も一致しない。今回の推計で得られたθのばらつきがかなりの経済的な意味を持っている可能性を示唆している。
  • 価格粘着性が価格下落期と価格上昇期とで異なる可能性についても検証した。その結果、多くの産業で、価格上昇期に比べて価格下落期の粘着性がより高いことが確認できた。一方、粘着性のばらつき具合は、価格上昇期では比較的小さく、価格下落期においては拡大する。したがって、先ほどの推計における素材系と加工系の差は、主として価格下落期における企業の価格設定行動の差に起因するという解釈ができそうである。

(2)自由討議

討議参加者からは、以下のようなコメントが寄せられた。

  • 価格粘着性の定式化において、カルボのモデルは調整コストのモデルと数学上同値であると報告者は述べたが、カルボ・モデルにおけるパラメータθは、調整コスト・モデルの構造パラメータを複数組み合わせないと記述できないはずである。その意味で、θを一つの構造パラメータとみなして30年もの長期にわたって一定と仮定して推計することには問題がある。
  • 価格粘着性には、報告者が強調した産業別のばらつき以外に、例えば流通段階別にもばらつきが存在するのではないか。
  • 報告論文は、輸入がマクロの中間投入であると解釈しているが、輸入には最終消費財が含まれている。近年、輸入に占める最終消費財の割合が上昇し続けている点に留意すべきである。
  • 効用をベースにした生計費指数の考え方には、物価変動に伴う効用のロスという概念が存在しない。したがって、なぜ物価の安定が重要かを考察するためには、物価変動のコストとは何かを考える必要がある。今回の報告は、その点を意識した場合にどのような物価指標を考えればよいかについての重要な第一歩として評価したい。
  • 日本における固定性の強い雇用形態を考えると、報告論文の指摘するとおり、人件費で限界コストを捉えることは難しい。ただし、中間投入に注目することにはデメリットもある。中間投入のウェイト自体が、企業の価格設定行動に影響する可能性である。素材系の産業は価格粘着性が低いという推計結果は、単に同産業の中間投入のウェイトが大きいことの反映にすぎないかもしれない。
  • 本報告では、物価変動のコストの一部だけが取り上げられている。仮に、物価変動のコストを価格の粘着性に伴うものだけに絞ったとしても、ここで想定されているのは、企業(売り手)サイドのコストのみであろう。価格改定が頻繁になった時、価格の分散も拡大するのであれば、消費者(買い手)サイドではむしろサーチ・コストが増える可能性もあり、本来は、その両方を考慮する必要がある。
  • 価格粘着性がサンプル期間を通じて一定という仮定が妥当であるかどうか、期間を分割して推計し、頑健性を確認したほうがよい。仮に一定でないならば、フルサンプルではなく90年代のサンプルだけで推計した粘着性をみる方が、政策的インプリケーションが大きいであろう。
  • 価格粘着性をもたらす要因は、一般には、(1)コストが余り変化しない、(2)寡占的市場である、(3)その他(メニューコスト要因など)が考えられるが、本論文で計測しているのは(2)と(3)の部分と考えてよいか。
  • 1回当りの価格改訂幅が大きい産業は、小幅な改訂が延期されていることを示唆するので、価格は粘着的であると言える。そうした観点から、ミクロ情報等に基づいて価格改訂幅の分析を行うのがよいのではないか。
  • 報告者は粘着性のばらつきに注目する分析を行ったが、粘着性が全般的に高ければ、たとえ産業ごとのばらつきが小さくても、相対価格の調整の遅れを通じてマクロ的なコストをもたらすのではないか。また、粘着性を勘案した物価指標を金融政策の目標にすべきということであればそれはやや行き過ぎであり、あくまでも補助的な位置付けにとどめるべきであろう。
  • 報告論文の方法論にもとづいて物価上昇圧力指標が計測できるのであれば、それと受注残や稼働率など伝統的な不均衡の指標を比較してみることも興味深い。
  • 報告論文は、生産要素間の代替弾力性の逆数であるパラメータγを1に固定している。しかし、生産関数の先行研究をみると、産業別のγは1よりも有意に大きい。また、企業の主観的割引率βを1に固定している点にも疑問が残る。
  • 生産者の価格状況は、当然、産業別に捉えられるべきであるから、報告論文が価格粘着性を産業別に推計してそのばらつきを調べたのは非常に興味深い。最近、GDPデフレータが大幅に下落しているのは、鉱物性燃料・同製品を中心とした輸入デフレータの上昇によるものである。こうした観点からも産業別の価格状況を把握することは重要であろう。また、産業別に金融政策の効果を考えるときには、金融機関貸出と各産業の関係についてもみるべきではないか。
  • 報告論文ではSNAの中間投入のデータを用いていないが、これは年次データしかなくてデータ数が少ないためか。
  • 70年代の石油危機の際は、インフレ期待が高かったことが、石油以外の産業でも価格を引き上げやすかった背景であったと思う。すなわち、価格粘着性は、一般物価のインフレ期待の程度によっても変化しうると考えられる。
  • 報告論文の推計ではサービス業の価格粘着性が非常に高いということだが、これは規制の影響ではないか。また、過去の実証研究では、粘着性は市場の寡占度や集中度と関係があるとされている。その点はどう評価したらよいか。
  • 報告論文は労働市場の観点が抜けている。賃金の粘着性は非常に高いと考えられるため、これを考慮しないと物価変動が引き起こす社会的ロスを過小推計してしまうことになる。さらに、物価変動のコストには名目値で固定された資産・負債のストックの存在も考慮する必要がある。
  • マクロの計測結果と産業別の計測結果の差異が大きいという印象を受ける。計測期間の違いによるものか。
  • 報告論文は中間投入費比率でマークアップを計測しているが、マークアップの先行研究は数多くあるので、それらを参考にすることも有益であろう。
  • 報告論文は、供給ショックに対する価格粘着性を推計しており、需要ショックに対する粘着性は捉えていないという理解でよいか。

(3)報告論文執筆者からの応答

以上のコメントに対し、報告論文執筆者から以下のような応答があった。

  • カルボのモデルは構造モデルではないという指摘があった。厳密には指摘のとおりであろうが、今の段階では、このモデルを用いるのが最も有望な方法であると考えている。調整コストなどでモデルを組み立てると、金融政策へのインプリケーションを考えることが難しくなる。
  • 価格粘着性は時間によって変化するのではないかという指摘はもっともである。ただ、それ以上に重要だと考えられるのは、粘着性が状態に依存する可能性である。報告論文ではインフレ率の正負によって粘着性が異なるケースを推計したが、このほかにも、インフレ率の高低や石油危機の局面など、様々な状態の違いを考慮に入れた推計を試みることには意味があろう。
  • 流通段階別の価格粘着性の違いについての指摘があったが、報告論文の中で「小売」と呼ばれている産業が流通段階を捉えているものと考えている。流通段階の粘着性がとくに高いということは我々の推計からは確認できなかった。
  • 輸入に最終消費財が含まれているのは確かであるが、最終消費財の輸入についても、流通産業にとっての中間投入であるとの解釈が可能であろう。ただ、最終消費財の輸入がトレンド的に増えている点については留意すべきであり、報告論文ではトレンドへの対応として階差式の推計により頑健性をチェックしている。
  • 中間投入の価格を所与として産出物価格がどのように設定されるかという点のみを議論している、という指摘はもっともである。その意味では、報告論文で行ったのは、いわば部分均衡分析である。最終的には複雑な産業連関を考える必要があろうが、現段階ではそこまでは分析できていない。
  • 各産業における中間投入のウェイトの違いが推計結果に大きな影響を及ぼすのではないかという指摘があったが、限界費用は概念上どの生産要素で計測しても同一の値になる性質があり、推計結果は生産要素のウェイトに依存しないと考えられる。
  • 価格改訂幅が小さいことによる価格粘着性は、確かにカルボのモデルに基づく分析では分析の対象外になってしまう。日本の場合は改訂幅に粘着性があるという議論があることも事実であり、この点は今後の検討課題である。
  • 価格粘着性にばらつきがなくても相対価格の調整が遅れるというコストが存在し得るとの指摘は、そのとおりである。
  • 価格粘着性でウェイト付けした物価指標を潜在的物価圧力と関連付けて考えてはどうかとの意見があったが、この物価指標は経済厚生の観点からウェイトの適正化を試みた物価指標であって、潜在的な物価圧力を求めようとしたものではない。
  • 生産要素間の代替弾力性のパラメータγを産業別の推計で1に固定したことに対して批判があった。γを1に固定した理由のひとつはデータの制約である。γを推計するためには中間投入を価格と数量に分解する必要があるが、これを産業別に高い精度で行うことは難しいと判断した。ただ、先行研究の計測例を利用することは可能かも知れない。
  • SNAの中間投入のデータについては、ご指摘のとおり年次データであってサンプルが少ないため用いなかった。また、先行研究をみると価格改訂の間隔が1年前後であるため、年次データで推計するには、データ頻度が粗すぎると判断した。
  • サービスの粘着性の推計結果には規制の影響があるのではないかという指摘があったが、報告論文における「サービス」は個人サービスであって、価格規制の影響は大きくないと考えている。このほかの産業についても、価格規制の影響がある電力や通信などは意識的に除外している。
  • 報告論文の問題意識は、与えられた粘着性や寡占度のもとで、金融政策で達成すべき物価の安定をどう考えるかという点にある。粘着性や寡占度そのものをどうすべきかについては、金融政策とは別の政策の課題である。
  • 物価変動のコストを考えるときに名目賃金の硬直性や固定的な債務の存在が重要であるとの指摘は、そのとおりであるが、あらゆることを一度に分析することは難しい。今回の報告論文は、物価変動がもたらすコストのうち、価格粘着性の高い部門の相対価格に歪みが生じるコストに問題意識を絞った。
  • マクロの推計結果と産業別の推計結果の違いが大きい理由について質問があった。ブランシャールは個別企業の小さな粘着性が積もり積もってマクロの大きな粘着性を生じる現象を論じており、産業別の粘着性に比べてマクロの粘着性が高くなる、というのはありうることだと思う。
  • マークアップの先行研究を参考にすべきという指摘は、そのとおりである。なお、マークアップの分析を行う場合は、投入が固定的でない生産要素をデータとして選択することが重要であると理解しており、今回の分析もその点は意識している。
  • 報告論文のモデルは需要ショックに対する価格粘着性を分析の対象にしていないのではないかとの質問があった。しかし、推計式に含まれている実質限界費用は産出ギャップに依存して決まることから、ここを通じて需要ショックの影響を捉えることができていると解釈している。ただ、理論式は近似式として導出されており、その過程で需要要因を一部無視しているので、需要ショックを完全に捉えてはいないであろう。

第2セッション「物価の安定を巡る論点整理」

(1)報告の概要

門間(日本銀行企画室政策調査課長)より、提出論文に沿って報告が行われた。概要は以下のとおりである。

  • 報告論文は、物価の安定を巡るさまざまな論点について、これまでに当研究会で議論してきた点も含め、包括的に整理したものである。問題の所在について認識を揃えることを目的としたものであり、新しい分析や主張を示すものではない。
  • この報告では、論文を総括する形で、(1)物価指数の限界、(2)持続的な供給要因による物価の下落圧力、(3)物価が安定した下でのバブル発生のリスク、の3つについて、金融政策で目指すべき物価の安定という観点からどう考えるか、という論点を示したい。

物価指数の限界

  • 理論としての物価指数は消費者の効用をベースにして作成すべきであるが、現実の物価指数をその理念どおりに作成することは難しい。品質調整も完璧に行うことはできない。したがって、物価指数にはどうしてもバイアスが伴う。バイアスの問題以外にも、(1)いろいろな物価指数がある中で具体的にどの物価指数を重視すべきか、(2)基調的な物価変動であるコア・インフレをどのように捉えるか、(3)物価指数を正確に作ろうとする結果、かえって景気との関係が見にくくなる可能性をどう考えるか、といった論点が存在する。
  • これらの問題を踏まえると、金融政策において「物価の安定」の意味内容を考えるときには、物価指数そのものに過度に縛られない多面的な判断が必要といえる。バイアスの問題についても、バイアスの分だけプラスのインフレ率を目指すということを強調するよりも、正確には計測しえない物価指数だけで物価情勢を判断することには危険が伴うという点により注意を払うべきと考えられる。

持続的な供給要因による物価の下落圧力

  • 物価の変動要因は、(1)需要要因、(2)期待インフレ率要因、(3)供給要因に分類できるが、このうち(3)の供給要因は、一時的な性格の強いものと持続的な性格の強いものとに区分することが重要である。生鮮食品価格の不規則変動に代表される一時的な供給要因は、金融政策で対応すべきでないという点について議論の余地がないと思われる。金融政策で対応すべきかどうかが問題になるのは、中長期的な期待インフレ率に影響を及ぼしうるような供給要因である。原油価格や為替相場の変動には、月あるいは四半期単位でみた振れのような一時的な要因と、永続的なシフトやトレンド的な円高のような持続的な動きが混在している。
  • 持続的性格の強い供給要因の発生源としては、(1)輸入物価や為替相場の大幅な変動、(2)規制緩和等の競争促進策、(3)技術革新、(4)経済のグローバル化、がある。このうち、規制緩和やグローバル化の影響は、近年の日本においては、CPIという特定の物価指数にとくに強く出ている可能性がある。内外価格差がなお存在すると言われていることや、かつては非効率と言われた流通など非製造業を中心に構造変化がなお進行中であることなどを踏まえると、CPIを中心に、供給面から価格下落圧力が今後も続く可能性が高い。問題は、そういう性格の価格下落圧力が、全体としてのインフレ率の低下につながってもよいと考えるかどうかである。要は、経済の健全な発展と整合的かどうかで判断するということになるが、その判断が多くの場合難しいのは次の3つの理由による。
  1. (1)物価と景気のトレードオフがありうること
    今後の日本経済が構造改革のもとで数年間のうちに立ち直ると考えた場合、景気が明確に上向いたとしても物価は全体としてなおマイナス、あるいは非常に小さいプラスにとどまるという状況は可能性として念頭に置いておくべきであろう。
  2. (2)中長期的な期待インフレ率に与える影響の評価が難しいこと
    当初の物価の下落が需要の弱さとは無関係な供給要因によるものであったとしても、それがある程度まとまった期間にわたって続くと、そのこと自体が中期的な期待インフレ率を低下させ、実質金利を上げてしまう可能性がある。この側面を強調するのであれば、いかなる物価下落圧力も、持続的な性格の強いものである限り放置することは許されない、ということになる。ただし、次の論点が非常に重要である。
  3. (3)経済の構造変化が潜在成長率や総需要に及ぼす影響を見きわめ難いこと
    持続的な性格の強い供給要因が働いているときには、往々にして経済構造も大きく変わっている。その場合、先行きの需要見通しといったキー・ファクターも含め、経済情勢に関する不確実性が増している可能性が高い。例えば、持続的な性格の強い物価下落圧力の結果、期待インフレ率が低下しているとしても、一方で、恒常所得や期待潜在成長率が上がっている場合には、実質金利はむしろ上昇してよいはずである。むしろ、無理に実質金利を下げるような金融緩和を行うと、景気過熱のリスクを高めてしまう。このように先行きの総需要等を含めて不確実性が大きい場合に、「緩やかな物価の下落でも絶対に許容すべきでない」と結論づけてよいのか、議論の余地がある。

物価が安定した下でのバブル発生のリスク

  • 物価が安定した下でのバブル発生のリスクについては、次のセッションでも議論するので、簡単に1点だけ述べておきたい。バブルは、まさに先ほど述べたような、経済構造の変化に伴って不確実性が高まっている一方、物価は差し当たって安定しているというときに最も発生しやすいと思われる。このことは、経済の健全な発展と長い間にわたって整合的であり続けるインフレ率の具体的な定義を難しくしている重要な要因のひとつである。

(2)自由討議

以上の報告に対し、討議参加者からは以下のようなコメントが寄せられた。

  • 報告論文には、GDPデフレータについて、物価指数とは異なるという旨の記述があるが、本来、GDPデフレータこそ物価指数として重視すべきではないか。アンケート調査などをみると、現時点において消費者にはインフレ期待もデフレ期待も発生していないようにみえる。デフレについては、生産者が直面する価格状況をどう捉えるかという視点が重要である。GDPデフレータは、産業別の付加価値デフレータを経済全体についてまとめたものであるから、マクロの物価指数として適切なものと言えるであろう。
  • これまで3回の研究会を通じた感想として、日銀は金融政策の目標としてマクロの物価指標を一つ持っていたいという意識が強すぎるという印象を受けた。しかし、産業毎の付加価値デフレータ(あるいは交易条件データ)や各種生産性指標などもよくみて政策判断していくのが望ましいと思う。
  • 金融政策で目標にする消費者物価指数として、生計費指数が必ずしも適当でないという意見が多いようである。そもそも金融政策に限らず消費者物価指数が生計費指数であるべきだという考え方が主流とは思えない。ボスキン・レポートは生計費指数の立場から消費者物価指数におけるバイアスの推計を行っているが、推計方法には問題や疑問が多い。例えば、バイアスの推計値の大きな部分を占めている品質バイアスには、いわゆる新製品バイアスに相当する推計がかなり含まれており、出回りの季節が限定されていた食品が一年中出回るようになったことや、ケーブルテレビが登場したことによって効用が増大したとみなして見積もっているが、米国BLS(労働統計局)が反論しているように推計の根拠が怪しいし、新製品バイアスという考え方の妥当性にも疑問がある。報告論文でもCD−ROMドライブ内蔵パソコンが最初に発売されたケースなどを例に挙げているが、ソフトがまだそれ程無い時期にCD−ROMドライブに大きな効用があったとは考え難い。パソコンについてPOS情報を用いてヘドニック分析しているが、新機能をヘドニックモデルに取り入れるタイミングが半年程度遅れても、これまでのところ、指数に大した違いは生まれない結果になっている。あまり概念だけを膨らませるのは健全とは言えない。
  • 前回会合の論文で指摘があったGDPデフレータの遡及改訂の理由としては、前回挙げた理由のほかに、設備投資デフレータが速報段階では商品構成の情報を使っていないことがあると考えられる。供給側の情報を速報に使うことにより、この問題はある程度解消されると思われる。
  • 名目賃金などの下方硬直性を勘案すると、一般物価が下落するとやはり相当の非効率が発生すると考えられる。
  • 報告論文では主観的なデータの利用について触れられていないが、金融政策を立案する際には、消費動向調査(内閣府)の「物価の上がり方に関する意識指標」や日銀短観の価格判断D.I.なども重要だと思う。こうした情報は、大雑把ではあるが、人々が頭の中で品質調整を行ったうえで出されたものとみなすこともできるし、物価に対する人々の期待そのものも政策的に重視すべきではないか。
  • 金融政策において資産価格を参考指標と位置づけるという報告論文のスタンスに異論はないが、実際に採られてきた日本銀行の金融政策は、株価等の資産価格に反応して決められてきた面が大きいように思う。例えばBernanke and Gertler[1999]は、日銀の金融政策は資産価格に直接反応しているという実証結果を報告している。日銀の過去のステートメントをみても、株価に関連したものが多いと思う。
  • 経済主体間の異質性を考慮すると、一つの物価指数で政策判断を行うことには問題が多い。むしろ、部門別の物価指数や消費者のカテゴリー別の物価指数など、多様な指標の作成を検討すべきであろう。資産価格についても、資産価格の変動によって大きな影響を受ける経済主体の物価指数には、それを反映させる方がよいのではないか。
  • コア・インフレと同様に、コア・アウトプットを考える必要もある。GDP統計には、帰属家賃などさまざまな非市場部門の数字が大胆な推計によって算入されており、これがアウトプットの動きや、それに基づく景気判断を歪める可能性がある。非市場部門などを除外したコアとなるアウトプットを、コア・インフレと対応させて考えることも重要であろう。
  • 物価指数そのものに過度に縛られない多面的な判断が必要であるという報告論文の主張に異論はないが、政策の透明性を高めるには、何らかの数値にこだわることも重要である。インフレーション・ターゲティングは、そういう観点から中央銀行と国民が交わす契約として捉えることができる。ただし、その契約の際に、一本の物価指数に絞り切れるかどうかは明確でない。
  • 多様な物価指数をみるのは良いが、統計作成機関には、それら指数間の整合性を高めることを望みたい。例えば、CPIとWPIとで品質調整の扱いが異なり過ぎないよう、互いに整合性を図る余地があろう。
  • 供給要因が一時的な性格のものか持続的な性格のものかを事前に判断するのは難しい。例えば、プラザ合意以降の為替レートの変動が永続的なシフトであったということも事後的にわかったに過ぎない。急激に為替レートが変動したが、それが一時的な性格のものか持続的な性格のものかわからない、というような状況が、金融政策の直面するより本質的な問題であろう。
  • 報告論文では、物価変動と経済の健全な発展との整合性を見きわめることが難しい理由の一つとして「物価と景気の間のトレードオフ」を挙げていた。しかし、物価と失業率という二つの政策目標を、金融政策という一つの手段で同時に達成することはできないということであれば、1940年代のTinbergenのときから議論されてきたことである。それとも、他にもっと深い意味があるのか。トレードオフに関して、「物価の安定だけを厳格に追求して金融緩和を続けると、ユーフォリアをもたらしてしまうリスクがある」という点をとくに強く主張したいようにも読めるが、そうしたリスクは、単純な総需要曲線と総供給曲線のモデルからは出てこない。どのようなモデルに基づいた主張なのだろうか。
  • 論文では、「インフレであれデフレであれ一般物価の変動が大きくなれば、相対価格の変動も大きくなる傾向が存在する」と指摘しているが、たとえそうであるとしても、ちょうどゼロインフレのときに相対価格変動が最小になるとは限らないのではないか。TobinやAkerlofの議論のように、必要となる相対価格調整のしやすさという点で2%程度の正のインフレ率が望ましいという議論も成り立ちうる。
  • 物価変動のコストに関しては、債権者と債務者の間の所得移転も無視できない。とくに現在の日本では、政府債務が666兆円と巨額に膨れ上がっていることを念頭に置く必要がある。物価が2%下落すると、実質債務は年間12兆円増加し、消費税収入がまるまる吹き飛んでしまう計算になる。デフレを止めないと財政再建は難しい。
  • 「物価指数そのものに過度に縛られるべきではない」という主張に異論はないが、物価指数はいくら不完全であっても、統計として政策決定に重要な情報を提供していると捉え、もっと大胆に扱うことが必要である。日本の政策決定機関は、怪しい数字は使わないという無謬主義的なスタンスが強過ぎるような気がする。
  • 金融政策の遂行に際しては、様々な情報をみなくてはならないとか、いろいろ難しい問題があるということは、この研究会の参加者の間では共有されていると思う。しかし、日銀が国民に説明するときに、そうした問題をことさら強調することはあまり生産的でない。日銀が国民への説明を重視するという視点を持つこと自体が、金融政策の効果を高めるという側面があるので、どうすれば物価の安定についてわかりやすく説明できるのかという点に、もっと注意が払われるべきであると思う。
  • グローバル化による物価下落圧力が消費者物価により強く現われているというのは、興味深い論点である。しかし、輸入浸透度が上昇すれば、製造業にも様々な変化が生じるはずであるので、グローバル化の圧力のもとで今後CPI/WPI比率が傾向的に低下していくかどうかは、必ずしも明らかではないように思う。
  • 報告論文からは、現在のデフレが資産価格の下落(バブル崩壊)の影響を強く受けたものであるという印象を受けたが、バブルの生成・崩壊と現在のデフレの因果関係は、必ずしも明確ではないと思う。
  • 購買力平価説によれば、インフレ率の低い国の通貨が増価するということになるが、報告論文におけるフィリップス曲線のシフトに関する分析などをみると、明らかに円高がインフレ率を低下させている。つまり、日本の場合は、長い目でみても、「為替相場→物価」という因果関係が無視できない。そうしたもとで、日銀に通貨の対外価値に関する権限が与えられていないことは、日銀が物価安定を達成することを困難にしているように思う。
  • 物価動向を分析するうえでは、消費者態度指数などの主観的な判断指標をより有効に活用する余地があるのではないか。消費者態度指数における物価の見方は、実際にインフレ率に対して先行性があり、しかも相関が高い。インフレ期待などを分析する際にも役立とう。
  • 主観的な判断指標は、これまでも日銀の経済分析に多く用いられているが、ある閾値を超えると判断が急に変わるという問題もある。インフレ期待の分析という意味では、むしろ物価インデックス債の発行の方が重要だと思う。
  • 完全な物価指数は作れないため、物価指数の精度を改善する努力は永遠に終わらない。ただ、情報技術革新を背景に世の中の変化が速くなっているときには、統計作成当局が今までと同じテンポの努力しかしていない場合、統計の精度は相対的に低下してしまうリスクがある。
  • この研究会では、(1)物価の安定がなぜ中央銀行にとって重要なのか、(2)仮に理想的な物価指数が存在するとして何パーセントのインフレ率が最適なのか、(3)理想的な物価指数がないとするとその代替物は何に求めればよいのか、(4)物価の安定を追及するだけで金融政策は役目を果たしたことになるのか、といった問題を念頭に置きながら議論してきた。経済学はこれらの問題に対する多くのヒントを提供しているが、きちんとした回答を与えることは難しいということが改めてわかったように思う。
  • 物価変動のコストという観点から最適なインフレ率を評価すると、例えば2桁のインフレがよくないということは明確だが、−3%でも+3%でも、その程度の範囲内であれば実感としては大差ないようにも思う。そうであるならば、仮にインフレーション・ターゲティングを行う場合には、むしろ他の観点、すなわち名目金利のゼロ制約や名目賃金の下方硬直性を勘案して、若干プラス、例えば+2%といった目標値を設定することが望ましいのではないか。
  • 物価安定の定義として、「経済主体が意思決定を行う際に、一般物価水準の変動を意識しないですむ状態」というFRBの首脳がよく使う表現がある。この基準に照らすと、デフレに関する議論が活発な現在の日本は、一般国民が一般物価の下落を意識せざるを得ない状態になりつつあるという意味で、物価安定が保たれていると言えるかどうかぎりぎりのところに到達しつつある。しかし、だからと言って今の時点でインフレーション・ターゲティングを採用することが望ましいとも言えない。インフレ率の目標値を若干のプラスとした場合に、それをリーズナブルな期間内に高い確率で達成する手段が基本的に存在しないからである。よく言われるヘリコプターマネーというのは、日銀が国債を買うだけではなく、政府がその資金を使って大幅な支出拡大なり減税なりを行うという財政政策を伴わなくては実現できない。
  • 一般論として、インフレ目標値を日銀がアナウンスすることは、アカウンタビリティの向上や、インフレ期待の安定化という面でメリットがあろう。とくに、こうしたメリットは、債券市場を中心とする資産市場や、労働市場において享受されよう。しかし、金融政策の手段が限られている現局面でインフレ目標値をアナウンスしても、インフレ期待の安定化というメリットを得ることは難しい。また、インフレ期待というのは誰のインフレ期待かによって動きが異なりうることに注意する必要がある。英蘭銀行(Bank of England)が97年5月に独立性の高いフレームワークに移行した際、債券市場ではすぐにインフレ期待が低下して利回りが低下した一方、一般国民のインフレ期待は足許の物価動向の方を重視してむしろ上がり続けた。

(3)報告論文執筆者からの応答

以上のコメントに対し、報告者および共同執筆者である白川(日本銀行企画室審議役)から以下のような応答があった。

  • GDPデフレータを重視すべきとの指摘があったが、論文ではGDPデフレータを重視すべきでないという強い主張を行っているつもりはなく、ただ、他の物価指数とは性格が異なるという点などを指摘したつもりである。
  • ボスキン・レポートでもバイアスを必ずしも正しく計測できていない、という指摘はそのとおりであろう。報告論文でも、バイアスの推計があてにならないという点を強調したつもりである。
  • 金融政策運営において一つの物価指標にこだわるべきでないという指摘があったが、それはまさにわれわれが主張している点である。物価指数には、(1)効用をベースとする真の物価指数、(2)統計としての物価指数、(3)金融政策が安定を目指すべき何らかの物価指標、の3つが存在するという整理の仕方が可能だと思われるが、これらが相互に異なるというのがわれわれの問題意識である。どこがどう異なっていて、したがって最終的にどういう考え方で物価の安定を目指すべきか、ということを本研究会では議論してきたつもりである。むしろ問題は、一つの指標にこだわるべきでないという指摘がある一方で、数字にこだわるべきであるとか、金融政策としての契約の明確性を保つべきであるといった指摘もあるという点である。どのように両者のバランスをとるべきかというのがわれわれの悩みである。なお、明確な目標値を示すことの難しさという点では、物価指数が不完全であるということよりも、経済の健全な発展との整合性の方が、より大きな問題であると思う。
  • 何らかの価格硬直性が存在するから物価の下落は好ましくないという指摘は、そのとおりである。論文でも、物価変動のコストが上下対称ではないという観点から、「物価の下落に特有のコスト」をまとめて論じている箇所がある。そうしたコストとしては、賃金の下方硬直性よりも、名目金利のゼロ制約の方が問題として大きいと考えている。
  • 日銀の金融政策が資産価格に反応してきたようにみえるとの指摘があったが、資産価格そのものは直接のターゲットにしないという考え方は、日銀の一貫したスタンスであると思う。ただ、景気と資産価格は相関を持つことが多いために、事後的には金融政策が資産価格に反応しているようにみえる面があるのかもしれない。
  • コア・アウトプットを考えるべきという指摘は興味深い示唆を含んでいるように思う。コア・インフレとは、政策判断に有効な情報となりうる基調的な物価変動であり、人々の中長期的な期待インフレ率に密接に関連する概念である。したがって、その期待インフレ率に対応する生産活動の範囲は何か、という点はもっと考えてみるべきかもしれない。
  • 物価と景気のトレードオフについて質問があったが、GDPギャップの均衡値からの乖離の2乗とインフレ率の目標値からの乖離の2乗の加重和で表されるオーソドックスな中央銀行の損失関数を念頭に置いている。ただ、そうしたモデルでユーフォリアの問題を明示的に議論できないことは指摘のとおりである。理論的な定式化は難しいが、GDPギャップが均衡値から上方に乖離している局面では、先行きの経済が持続可能でないレベルにまで高まってしまうリスクがどこかで非線形的に上昇していく、という問題がありうると思う。
  • 供給要因が一時的な性格のものか持続的な性格のものかを事前に判断するのは難しいとの指摘があったが、まさにその点が政策当局の情勢判断に課された役割である。その時々に利用可能な情報から、供給要因の性格を見きわめる努力を最大限に行っていく、ということしかないように思う。
  • インフレによる所得移転の問題については、報告論文の中では「将来に関するリスク・プレミアムの上昇」というかたちで論じている。物価が不安定で意図せざる所得移転の可能性を人々が意識せざるをえない場合にリスク・プレミアムが高まる、という整理が可能だからである。
  • 今の日本の状況で他の条件を一定にして物価が低下すれば、その分財政再建が困難になるというのは、そのとおりであろう。しかし、まさに他の条件が重要なのであって、とりわけリアルの景気動向が最も重要である。物価が若干下がり続けていても、景気が良くなれば税収は回復する。
  • 不完全な統計でももう少し大胆に扱ってよい、との指摘があったが、特定の統計を用いて何らかの政策的なコミットメントを行う場合に、そのコミットメントがクレディブルなものになるかどうかは統計の精度と無関係ではない。
  • 消費者態度指数などマインド調査で利用可能なデータは、3か月から6か月先における物価の変化の仕方に関するものであり、金融政策上の関心が高い中長期的な期待インフレ率の計測という観点ではあまり有用ではない。その意味では物価インデックス債の方が有力かもしれないが、それでも米国などの例をみると、通常の国債と物価インデックス債の利回り格差には、両者の流動性格差が大きく反映されてしまって、期待インフレ率の動きは必ずしも読みとりやすくはないようである。
  • 財政の役割をどう整理しておくかは、インフレーション・ターゲティングの制度設計において重要なポイントだと思う。とくに金融政策手段が限られている現在の日本のような状況では、物価目標だけを掲げても、それを誰が——中央銀行と政府がどのような分担で——何をどこまでやってよいのかを決めておかないと、責任の所在が明確にならない。そうすると、政策の透明性向上にもつながらない。英国等実際にインフレーション・ターゲティングを採用している国々は、中央銀行が金利さえ動かせば物価の安定が達成できるという基本的な環境を財政当局の方でまず作っているからこそ、金融政策の責任範囲が明確になり、政策の透明性が確保されている、ということだと思う。
  • インフレーション・ターゲティングを議論する際には、(1)物価をコントロールする手段が現時点においてあるか、(2)望ましい物価上昇率とは何か、という2つの論点が重要である。本研究会の趣旨は物価の安定を巡る考察を深めるということであって、具体的な金融政策運営そのものを考えることではないので、今回の報告では(1)は議論の対象にしなかった。
  • 金融政策でみるべき物価指標を一つに絞るべきでない、という意見と、一つで表わすことにこだわるべき、という2種類の意見があった。インフレーション・ターゲティングが可能かどうかの一つのポイントは、金融政策の運営に当たり物価指標、それも1本の物価指標に絞った判断や説明が可能かどうかである。物価変動が一時的か持続的か事前にはわからない、との指摘もあったが、そのように不確実性に満ちた現実の経済において、一つの物価指標で物価の安定を評価してよいのかという問題がある。
  • 内外における歴史上のバブルをみると、バブルは、物価の安定が続いた後に起きているケースが多い。これは、何らかの理由によって人々が強気になっているときに、物価が安定していると金融が緩和された状態が続き、強気の期待に基づく経済活動が容易にファイナンスされる、というメカニズムと関係していると考えられる。ユーフォリアはそう滅多に起こるものではないが、起きた場合にはそれに伴うダメージは大きい。物価の安定が必ずユーフォリアをもたらすわけではないが、物価の安定にこだわり過ぎることでユーフォリアが起こるリスクを高める結果になってしまうという面も否定できない。
  • 先日の米国テロ事件の直後、各国が金融緩和を行った。これを物価の安定というフレームワークで考えると、「先々経済活動の低下→インフレ率の低下→金融緩和」、という整理になるが、実際には必ずしもそうした整理では捉え切れない面がある。つまり、物価について判断する以前に、金融緩和を行うことにより、金融市場の機能を維持し、それによって持続的な経済成長を確保するという感覚の方が、実感に近い。LTCM(Long-Term Capital Management)の問題が顕現化したときも同様であったように思う。
  • デフレ下では財政再建が難しいという指摘があったが、物価から財政への因果関係だけでなく、財政から物価への因果関係も重要な論点であると思う。例えば、欧州ではマーストリヒト条約で財政運営に関する基準を設けている。理論的にも、「物価水準の財政理論(Fiscal Theory of the Price Level)」に基づく議論が近年活発化してきている。わが国においても、物価の安定を確保するための財政当局の行動ルール等について、もっと多面的に議論されるべきだと思う。

第3セッション「資産価格バブル、物価の安定と金融政策:日本の経験」

(1)報告の概要

翁(日本銀行金融研究所長)、白塚(日本銀行金融研究所調査役)より、提出論文に沿って報告が行われた。その概要は以下のとおりである。

本報告の問題意識

  • 報告論文の分析に際しては、有名なバーナンキ・ガートラーの論文(以下、B&G)を意識した。B&Gは、日本銀行がテイラー・ルールに沿って金融政策を運営していれば、資産価格をみていなくとも、バブル生成期に思い切った金融引き締めができた、と指摘している。しかし、当時、資産価格と一般物価の乖離に苦しんだわれわれからみると、この指摘は腑に落ちない。なぜB&Gがこのような結論に至ったのかを点検するところから出発して、バブルの生成・崩壊期の日本銀行の金融政策をテイラー・ルールに沿って再検討することを通じ、金融政策と資産価格の関係を、資産価格が金融システムに与える影響等も踏まえて論じたい。
  • 資産価格バブルの問題を考えるうえでは、合理的なバブルとユーフォリアを区別しておくことが重要である。合理的なバブルであれば、ファンダメンタルズに対する評価は不変であり、GDPギャップに対する判断からは中立的であると考えられる。しかしながら、ユーフォリアは、ファンダメンタルズ自体が上方シフトしたとの判断と不可分であり、GDPギャップの評価とも表裏一体のものとなる。

バブル生成期における金融政策に対する批判とその再検討

  • B&Gは、テイラー・ルールによる金融政策のシミュレーションを行い、88年に4%ポイントを超える大幅な金利の引き上げが必要であったとの結果を示し、そうしなかった日本銀行の政策を批判している。また、マッカラムは、やはりテイラー・ルールに基づく分析から、日本銀行の金融政策を批判している。
  • 同じテイラー・ルールを用いても両者の主張する最適金利は異なる。この違いは、テイラー・ルールの定式化の違いによるものである。マッカラムはバックワード・ルッキング型の定式化である。一方、B&Gでは、フォワード・ルッキング型の定式化で、しかもインフレ率をより重視したものになっている。この結果、B&Gでは、将来のインフレ率見通しが、政策金利に強い影響を及ぼす。
  • 両者の結果を再現してみると、フォワード・ルッキング型の定式化では、B&Gが主張する88年の4%ポイントを超える大幅な金利引き上げの必要性は、実は、消費税導入による物価上昇への反応であったことがわかる。他方、バックワード・ルッキング型では、消費税の影響を調整すれば、80年代後半から90年代初めにかけて、コール・レートは、テイラー・ルールに近い動きとなっている。
  • 以上の結果を踏まえると、バックワード・ルッキング型のテイラー・ルールからは、日本銀行の引き締めが遅れたとは判断しがたく、フォワード・ルッキング型で仮定するように、先行き1年間のインフレ率の完全予見が可能であった場合にのみ、日本銀行の引き締めへの転換は遅れていたことになる。その際、ポイントになるのは、GDPギャップ測定の精度ということになるが、好循環のもとで成長トレンドが上方シフトしたかにみえる状況では、循環的な要素と趨勢的な要素をリアルタイムで分解することは非常に困難であり、したがってGDPギャップの正確な把握も難しい。これは、裏を返せば、資産価格上昇をもたらしている新たなステージの経済発展への期待が、ユーフォリアかどうか見極めなければ、正しい潜在成長率のパスを推測できず、GDPギャップの的確な評価もできないこと、を意味している。
  • バブル拡大期における早期かつ大幅な金利引き上げに関する、もう一つの論点は、金融システムへの悪影響である。ラフな試算を行うと、B&Gが主張する金利引き上げ幅の半分にしか過ぎない2%の金利上昇でも、当時の金融機関の債券ポートフォリオからみて、10兆円のキャピタル・ロスが発生することになる。銀行部門の自己資本は20兆円程度であったので、B&Gが主張するような極めて急速な金利引き上げは、金融システムへの影響を考慮すると、現実的ではなかったと暫定的に結論できよう。

バブル崩壊後における金融政策への批判とその再検討

  • バブル崩壊期の問題を考えるうえで重要なのは、実体経済面と金融システム面で、影響の出方が異なることである。実体経済面では、金融システムへの負荷を抱えながらも、97年頃までは一時的な景気回復が起きている一方、不良債権は一貫して増加傾向にあった。これは、わが国の金融システムが、間接金融の比重が高いという歴史的特性を持っていたことが大きい。銀行中心の金融システムでは、金融仲介システムが短期的なショックに対するバッファーとしての役割を果たすが、銀行の健全性が失われるほど大きな自己資本毀損がもたらされると、平時のバッファー機能が一気に失われてしまう。このため、バブル崩壊に伴なう金融面の影響は、ある閾値を超えた段階で急激に顕現化し、それまでは目に見えない逆風として作用していたと考えられる。
  • この点を踏まえると、バブル崩壊期における金融政策を評価するに当たっては、(1)金融緩和効果が、金融システムの不安定化によりどの程度弱められたのか、(2)金融システムの不安定化やそれを通じるネガティブ・フィードバックを念頭においた早期かつ十分な金融緩和ができていたか、という2点が問題になる。
  • 第一の点について、量的金融指標の動きをみると、95年頃からマネタリーベースが急激なテンポで伸びているにもかかわらず、銀行貸出は低迷している。しかも、低収益環境にあった不動産業向けの貸出が98年頃まで一貫して増加し、これが貸出全体の数字を表面上下支えている形になっている。つまり、実質的な金融仲介機能は、貸出の表面的な計数が示す以上に低下していた可能性が高い。こうした動きは、金融システムの機能不全が、金融政策の有効性を阻害してきたことを強く示唆している。
  • 第二の点については、バックワード・ルッキング型のテイラー・ルールをみる限り、93年頃までは実際の金融緩和テンポが決して遅過ぎなかったという結果が示されている。したがって、ここからは、「93年以前に思い切った金利引き下げを試みるべきであった」との議論は出てこない。つまり、93年時点でテイラー・ルールに含まれているGDPギャップでは、金融システム面を含めたバブル崩壊の影響を捉え切れていなかったことになる。この経験からみると、バブル崩壊期には、GDPギャップを計算するもとになる潜在産出量自体について、どの程度の規模で持続的に下方シフトするのかを判断していくことが不可欠になろう。

資産価格の情報をどう活かすか

  • 以上を踏まえると、バブルの生成期や崩壊期における金融政策は、インフレ率やGDPギャップをみて行なうだけでは不十分であり、資産価格などその他の経済指標の動きやその影響についてもきちんと点検する必要がある。問題は、資産価格の情報が実際にどの程度有用かである。しかしながら、資産価格によるインフレ予測力のテストを行なってみると、資産価格はバブル生成期よりもバブル崩壊期における有用性が高いが、少なくともインフレ予測という観点からみる限り、他の情報変数に比べて有用性がとくに高いわけではないという結果が得られた。
  • 結局、テイラー・ルールに沿った柔軟なインフレーション・ターゲティングにも限界があるし、資産価格の情報にも限界がある。中央銀行は、資産価格を金融政策の直接的な目標にするのではなく、資産価格動向を含む金融・マクロ経済環境全体を点検して、持続的な物価安定を達成するように、最大限の努力をすべきということに尽きよう。

(2)自由討議

討議参加者からは、以下のようなコメントが寄せられた。

  • 金融システムに問題があるために金融緩和の有効性が大きく減殺されるとの主張は、そのとおりであると思う。しかし、だからといって能動的な金融緩和を行なわないということであるとすれば、それは問題である。中央銀行は、金融システムをまず直せと言ってデフレの進行を傍観しているというわけにはいかないだろう。
  • 情報変数の予測力を計測する際の計測期間が短すぎないか。
  • バブルには合理的バブルとユーフォリアの2種類がある。合理的バブルの場合は、利子率を引き上げるとかえって資産価格の上昇が加速してしまう。
  • そのときどきの政策判断に利用できるGDPのデータは2四半期前のものであるので、そうしたリアルタイムの情報に基づく政策ルールのシミュレーションも必要であろう。
  • 報告論文では、バブル当時における金融機関の債券ポートフォリオを所与として、金利のショックを外生的に与えた場合に、金融機関が被るキャピタル・ロスを試算している。ただ、そもそも銀行がどれだけ債券を持つかは、先行きどのような金融政策が採られるかについての金融機関の予想に基づく面も大きいことに注意が必要である。
  • 分析結果をみると、97年から98年の金融危機の局面では、テイラー・ルールに基づけば金利を引き上げるべきであったということになってしまうが、非常時の金融政策は金融システムの安定をも目的としており、通常時の金融政策ルールでは論じられないと考えるべきであろう。
  • 報告論文では、88年に金利を引き上げたとした場合に金融機関が被りえた損失を、やや過大に推計しているように思う。まず、88年頃における金融機関の債券ポートフォリオについて、デュレーションが5年という仮定は長すぎるように思う。また、当時は金利の上昇で債券価格が下落しても、株価の上昇や融資残高の増加は続いており、不良債権比率も低下していたので、信用リスクと金利リスクを含めた統合リスク管理の観点からは、金融機関経営面での影響は限定的であったと考えられる。この点、現在のように株価が下落し、融資残高も減少するという状況下では、金利が上がった場合の金融システムへの影響は大きな問題であろう。
  • 金融政策は資産価格を直接の目的にすべきではないが、資産価格なども十分勘案しなければならないという考え方は正しいと思う。ただ、それは当たり前と言えば当たり前の結論である。
  • テイラー・ルールは、インフレ率そのものとGDPギャップから構成されるシンプルさに魅力がある。こうしたシンプルな政策ルールは、常にそれに従うべきものというよりは、ベンチマークとしてそこから乖離する理由を説明するためにあるものと考えている。したがって、ルールよりも実際の金利が高いから引き締め過ぎ、低いから緩め過ぎということでは必ずしもなく、バブルの生成期でも崩壊期でも、ベンチマークを用いて政策がきちんと説明できればよいと考えている。
  • 資産価格は、金融政策の直接の目標にすべきではないとしても、相当に重視すべき変数であると考えている。とくに近年は、資産の蓄積が進み、市場による金融機関経営への監視が強まっていることなどから、以前に比べて資産価格の重要性は増していると思う。バブルかどうかを見極めるのは確かに難しい問題であるが、資産価格の変動によって資源配分に大きなロスが生じたという90年代の経験を虚心坦懐に反省し、現在の困難な状況の中で金融政策として何が出来るのかを考えなければならない。
  • バブルの崩壊過程においては、それがバブルの崩壊であることをある時点で認識できるので、テイラー・ルールから逸脱するような思い切った金融緩和を行おうと思えばできたのかもしれない。ただ、バブルの崩壊が先行き金融緩和効果をこれほど大きく減殺することを、最初から予想するのはやはり難しかったように思う。
  • バブルの生成過程では、それがバブルであると判断すること自体が非常に難しい。90年代の米国でも、最初はニューエコノミー論に懐疑的な見方も多かったが、予想より高い経済成長率と予想より低いインフレ率が実現するという事実が積み重ねられるにつれて、「潜在成長率が上方屈折しており、したがって高い株価もバブルではない」という議論が強くなっていったように思う。これは80年代後半における日本での議論の過程とよく似ている。FRBは、80年代の日本の経験を相当良く勉強し、グリーンスパンが再三にわたって市場に警鐘を鳴らしていた。それにもかかわらず、結局今となっては、ある程度のバブルが発生していたことは明らかである。バブルが発生しているかどうかをリアルタイムで判断するのは、それほど難しい。
  • 金融政策運営上、資産価格をもっと重視すべきとの意見があった。とくに日本では地価の変動が所得分配に与える影響が大きいことを考えると、資産価格が重要な変数であることは、そのとおりであろう。しかし、資産価格は要素価格の現在割引価値であるので、要素価格を安定化させるべきと主張できなければ、資産価格自体の安定を目指すべきとの主張もできないことになる。そして、そのときどきの要素価格の変動を許容すべきかどうかは、要素価格の変動が生産性の変動を反映したものと判断できるかどうかに依存するので、結局、資産価格がバブルかどうかを見きわめるという問題に帰着し、先ほど来の議論ではそれは難しいということであった。
  • そもそもバブルは金利の引き上げで終息させることができるのか、という論点も重要であると思う。日本では、89年半ばから金利が引き上げられたが、当時、不動産市場の参加者は、30%、40%といった期待収益率を持っていたため、利上げの影響は全く現れなかった。最終的には、貸出総量規制という直接統制が一番効力を発揮した。最近の米国でも、利上げの影響を受けやすい普通の企業が中心のニューヨーク・ダウは上昇が止まったが、金利上昇の影響を受けにくいと思われていた成長株中心のNASDAQ指数は、上昇が加速した後で急激に落ち込むという展開を辿った。
  • 報告論文もB&Gも、将来に関する人々の予想が大きな役割を果たすバブルという現象に対して、テイラー・ルールのような現在の情報に基づく政策ルールで議論しようとしている点に、不満足を覚える。金融政策のコミットメントの仕方など時間を超えた政策にまで、範囲を広げて議論するべきではないか。合理的なバブルかユーフォリアかを判断してから政策対応を考えるという方法では、その判断が難しければ政策は行き詰まってしまう。「ユーフォリアと判明した場合にはどのような政策対応を採るか」を予めコミットしておくことによって、人々の期待形成をよりうまくコントロールすることができるかどうか、というアプローチの分析を行ってみる価値があろう。
  • 金利を引き上げた場合の金融システムへの影響が心配、という点についてであるが、金融機関は、当然、金利リスクに対する備えを講じているのではないか。逆に、日本銀行が金融機関の金利リスクについてこれほど心配してくれるのであれば、金融機関は債券をさらに買ってリスクを取ろうとするという、モラルハザードに陥る危険があろう。
  • 金融機関はリスクヘッジを行っているが、個別行ベースでは金利リスクを逃れられても、マクロで考えれば誰かが損をするわけであり、どこかにリスクが残るという面はあろう。
  • 実際に発動された金融政策をテイラー・ルールと比べて評価するよりも、損失関数から求められる効用損失によって金融政策の巧拙を評価する方が、正確であると思う。

(3)報告者からの応答

以上のコメントに対し、報告者から以下のような応答があった。

  • 金融政策について、有効性が低下しているから、追加的な政策対応が不要である、ということを主張している訳ではない。重要なのは、金融政策の有効性を高めようとすれば、金融システムの問題を解決することが不可欠である、という点である。
  • 日本の経験はユーフォリアであったと考えるが、合理的バブルであれば、指摘があったとおり、金利を引き上げればバブルの拡大は加速するが、金利引き上げに限らず、崩壊確率が高まるほど、バブルが持続する限りバブルの拡大は加速する。
  • リアルタイムで利用可能な変数で議論すべきという指摘があったが、その点に焦点を当てた調査統計局や前回の宮尾先生の分析があるため、今回は割愛した。
  • 金利引き上げが債券価格の下落を通じて金融機関に与えるキャピタル・ロスの試算は、指摘のあったとおり、既にある種のポートフォリオが選ばれた後で、その後の金融政策が金融機関にどのような影響を与えるかを論じたものである。1四半期で4%もの金利引き上げが現実的であったかどうかを議論するための一つの試算としてご理解頂けば、無理のない設定であると思う。また、金融政策運営のスタンスを大きく変更すれば、金融機関がポートフォリオを組み替える時間が必要となるため、そのことからも金利の引き上げは漸進的に行う方がよいと考えている。
  • 97年~98年のような金融危機の際の金融政策はテイラー・ルールで論じられないとの指摘は、そのとおりである。われわれの主張も、物価とGDPギャップだけからみれば、当時3%くらいまで金利を引き上げてもよい経済状況にあったが、金融システム問題の深刻化を考えれば、金融緩和を続けたのは適当であったというものである。金融システム問題や流動性危機が起こっているときに、金融政策がテイラー・ルールから乖離することは、当然であろう。
  • 情報変数の予測力の分析において計測期間が短過ぎるとの指摘があったが、過去40四半期のデータを用いてローリング推計しており、短過ぎるとは思わない。また、資産価格を含め情報変数の情報価値は、金融・経済環境に依存して変化するという面もあるため、サンプル期間を長くするほど予測力が高まると単純には言い切れない。実際、データを始期から用いたものとローリング推計を行ったものとを比較すると、後者の方が平方平均二乗予測誤差は縮小する。
  • 債券ポートフォリオのデュレーションについては、最近の主要行では5年から6年と聞いており、分析で用いたデュレーション5年という仮定は、80年代後半についても的はずれではないと考えている。ただデュレーションについては、統計的な裏付けが十分ないだけに、あまり自信のないところでもあるので、さらに情報が得られれば再検討したい。
  • 債券ポートフォリオだけではなく、金融機関全体のリスクを評価すべきとの指摘があったが、その点は、株式含み益の小さい現在の方が問題が大きいという指摘も含めて、そのとおりであろう。
  • テイラー・ルールはベンチマークとして考えるべきであって、そこから乖離していてもその場合の説明が大事だとのご指摘は、そのとおりである。ただ、B&Gらはテイラー・ルールを厳格に守ればよかったはず、という議論を展開しているので、その妥当性を検証した、ということである。報告論文では、テイラー・ルールをそうした検証のためのベンチマークとして用いており、結論としてはベンチマークからはずれる金融政策を行なうべきだったとの主張になっている。
  • 資産価格の金融政策における位置づけについては、Crockettが1998年の論文で示している「金融政策は、資産価格を直接的なかたちでターゲットにすべきではないが、一般物価の安定を達成することを目指すとともに、資産価格の不安定化にも頑健な金融システムの構築にも焦点を当てるべきである」という考え方が、われわれの立場に近い。すなわち、資産価格を直接見るというよりは、資産価格が変動した時に、その影響が日本銀行の使命である物価の安定と信用秩序の維持にどのように及ぶかという観点から、資産価格について考えるべき、ということである。
  • バブル崩壊期には、バブル生成期と異なり、早めの思い切った金融政策対応が可能であったのではないかとの指摘があった。しかし、バブル崩壊期でも、それがバブルの崩壊と分かるまでにはそれなりに時間がかかるため、判明した時点で思い切って対応すれば間に合ったと言えるのかどうかはよく分からない。90年代前半の政府の経済報告をみても、長い期間に亘って、経済は減速しているが水準は高いと判断しており、バブル崩壊期についても、それを早期に認識することはそれほど容易ではない。
  • 日本銀行が金融機関の抱える金利リスクを考慮し過ぎるとモラルハザードが発生する、という点については、そのとおりだと思うが、ある時点で政策を行うときには、過去の金融政策は所与であり、それを前提として行動せざるを得ない。
  • 金融政策のパフォーマンスは、テイラー・ルールからの乖離ではなく、損失関数で評価すべきとの指摘があったが、B&Gの分析では、テイラー・ルールに基づく金融政策が経済厚生上の損失を最小化することを、シミュレーション等によって確かめている。

以上


(参考1)

第3回会合の参加者一覧

日本銀行以外の参加者

  • 有賀 健:京都大学経済研究所教授
  • 伊藤 元重:東京大学大学院経済学研究科教授
  • 大来 洋一:政策研究大学院大学教授
  • 北坂 真一:神戸大学大学院国際協力研究科助教授
  • 作間 逸雄:専修大学経済学部教授
  • 中北 徹:東洋大学経済学部国際経済学科長
  • 西村 清彦:東京大学大学院経済学研究科教授
  • 林 文夫:東京大学大学院経済学研究科教授
  • 深尾 光洋:慶應義塾大学商学部教授
  • 細野 薫:名古屋市立大学経済学部助教授
  • 本多 佑三:大阪大学大学院経済学研究科教授
  • 渡辺 努:一橋大学経済研究所助教
  • 河野 龍太郎:BNPパリバ証券会社東京支店経済調査部部長
  • 品川 昭:セゾン総合研究所事務局長
  • 高田 創:みずほ証券株式会社投資戦略部部長
  • 宅森 昭吉:さくら投信投資顧問チーフエコノミスト
  • 大守 隆:内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官
  • 岡田 則之:財務省大臣官房総合政策課政策調整室長
  • 岡本 政人:総務省統計局統計調査部消費統計課長
  • 永塚 誠一:経済産業省経済産業政策局調査課長

(注)敬称略。

日本銀行からの参加者

  • 藤原 作弥:副総裁
  • 植田 和男:審議委員
  • 田谷 禎三:審議委員
  • 須田 美矢子:審議委員
  • 中原 眞:審議委員
  • 永田 俊一:理事
  • 白川 方明:企画室審議役
  • 門間 一夫:企画室政策調査課長
  • 木村 武:企画室調査役
  • 山口 智之:企画室調査役
  • 早川 英男:調査統計局長
  • 寺尾 好正:調査統計局参事役
  • 神津 多可思:調査統計局経済調査課長
  • 河野 圭志:調査統計局経済統計課長
  • 鵜飼 博史:調査統計局物価統計課長
  • 翁 邦雄:金融研究所長
  • 久田 高正:金融研究所研究第1課長
  • 白塚 重典:金融研究所調査役

(参考2)

第3回プログラム

テーマ

「物価の安定を巡る不確実性と金融政策」

開催日

9月21日(金)

場所

日本銀行本店新館9階大会議室A

進行

10:40
開会
10:40-12:15
第1セッション
「フィリップス曲線と価格粘着性——産業別データによる推計——」
ペーパー執筆者:渕仁志(日本銀行)
渡辺努(一橋大学)
12:15-13:10
(昼食)
13:10-14:30
第2セッション
「物価の安定を巡る論点整理」
ペーパー執筆者:白川方明・門間一夫(日本銀行)
14:30-14:45
(休憩)
14:45-16:10
第3セッション
「資産価格バブル、物価の安定と金融政策:日本の経験」
ペーパー執筆者:翁邦雄・白塚重典(日本銀行)
16:10-16:30
予備セッション
16:30
閉会