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平成16年度の考査の実施方針等について

2004年3月29日
日本銀行

(日本銀行から)

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1.平成15年度を振り返って

(1)考査実施状況

平成15年度においては、国内銀行50先、信用金庫69先、外国銀行・証券会社等21先の合計140先に対して考査を実施した。

考査実施先数の推移 (先)
  13年度 14年度 15年度
国内銀行 33 38 50
信用金庫 78 67 69
外国銀行・証券会社等 9 10 21
合計 120 115 140

(2)考査・モニタリングを通じて把握された金融システムの状況等

15年度の考査・モニタリングを通じて得られたわが国金融システムに関する知見、金融機関経営上の課題等は以下のとおりであった。

(総括)

日本銀行は、14年10月に「不良債権問題の基本的な考え方」を公表し、不良債権問題の克服と金融システムの機能改善に向け、(1)不良債権の経済価値の適切な把握とそれに基づく早期処理の促進、(2)企業・金融機関双方の収益力の改善などの基本原則を明らかにした。15年度の考査・モニタリングにおいては、概ねこれら基本原則に沿った展開が確認された。

不良債権処理については、大手銀行で、取組みの成果が着実に現れてきているほか、地域金融機関でも、進捗にばらつきはあるものの、総じてみれば処理が進展する方向にある。また、金融機関の収益力についても、信用コスト(不良債権の引当・償却)の減少等もあって、改善傾向にある。しかし、各種リスク管理の面ではなお課題が残り、安定的な収益力や十分な経営体力の確保の面でも、さらなる改善の余地があることが確認された。

主要なリスク・カテゴリー毎に特徴点等を整理すると次のとおりである。

(信用リスク)

信用リスク管理は全般に改善方向にある。自己査定の精度は次第に向上しており、その結果に基づいて償却・引当が行われるようになっている。また、大手銀行を中心に、ディスカウント・キャッシュ・フロー(以下DCF)法を用いて貸出債権の価値を測り、その上で必要な引当を行う体制も整備されてきている。もっとも一部の先では、(1)必要引当額の算出が合理的でない、(2)担保評価が実際の処分価格と乖離している、(3)DCF法を用いる際の将来のキャッシュ・フロー見積もりが妥当でない、といった問題のある事例も見受けられた。

企業再生に向けた取組みも拡がりをみせており、ほとんどの金融機関が専門部署を設置し、人員を増強している。その成果もあって、貸出先企業の債務者区分が改善する動きもみられている。しかし、(1)策定された経営改善計画の実現可能性の検証が不十分、(2)支援方針が曖昧、といった改善を要するケースが少なからず見受けられた。

金融機関では、内部格付け制度等の整備も進展している。考査においては、それらのデータを用いて与信ポートフォリオ全体のリスク特性を分析し、その結果に基づいてリスク管理体制、ポートフォリオ運営姿勢、先行きの信用コスト等を評価した。とくに大手銀行との間では、信用リスク計量手法の高度化について議論を重ねた。この面でも、全般的に改善が認められたが、データの蓄積・整備、手法の安定性、貸出金の金利設定への活用などの点で改善の余地が残るケースもあった。

(市場リスク)

市場リスクに関しては、長期金利が短期間に大きく振れる時期を経験し、改めて金利リスク管理の重要性が確認された。この点、大手銀行においては、VaR(統計的に算出された最大損失見込み額)などを使ってリスク量を計量し、予めリスク・リミットを設定する体制が定着している。とくに市場環境が急変した際のリスク量増大への対応に当っては、自己資本の状況なども踏まえ、経営レベルで適切な判断を行う必要がある。そうした判断の選択肢を拡げる上でも、統合的にリスクを管理する体制の整備と資本の効率活用を一層進める余地がある。

この間、大手銀行の保有株式は、日本銀行の株式買取制度の活用もあって、順調に減少し、全体としては中核資本(Tier I)を下回る水準となっている。これに伴い、銀行の直面する株価変動リスクは減少している。その結果、銀行にとっては、自己資本制約が緩和されたことになり、信用リスクや金利リスクなど他のリスクに自己資本を割当てる余地が拡がっている。

地域金融機関においては、貸出の低迷が続いていることから、総じて収益面で有価証券運用への依存度を高める傾向にあり、一部の先では、運用利回りを確保するため、デリバティブを用いた仕組債等への投資スタンスを積極化させている。それだけに市場リスク管理の重要性が増しているが、考査においてその体制を検証したところ、十分な整備ができていない先が少なからず見受けられた。

なお、大手銀行との間では、非上場優先株式など市場価格を利用できない資産の経済価値をどう計測するかという点についても議論を深めた。

(業務リスク等)

金融機関では、機械化等によって営業店などの事務効率化を進める動きが引続き進展しているが、一方で新しい金融サービスの提供が不断に求められている。このため、業務リスク管理の重要性は一段と高まっているが、事務の実態に合わせた規程・マニュアル、相互牽制体制の整備等が不十分であるなど、改善を要する事例がみられた。

大手銀行では、バーゼル銀行監督委員会の新しい自己資本規制の導入を控えて、業務リスクの計量化に向けた取組みを始めている。考査では、そのための体制や手法の整備、さらには計量結果をどう事務効率化やリスク削減の動機付けに活かしていくか、といった点について議論を深めた。

また、15年度においても、金融機関のコンピュータ・システムの大規模な障害が発生した。さらに、システムの統合・共同化の動きも引続き進展している。このため、考査・モニタリングでは、障害の再発防止・極小化のためのシステム構築・運行管理が適切に行われているかどうかを確認した。

さらに日本銀行は、15年7月、災害時等の業務継続に向けた体制整備の重要性を改めて対外的に表明した。考査・モニタリングにおいて現在の対応状況を確認したところ、バックアップ施設の確保、訓練の実施などの面でなお対応が不十分な先があり、金融機関は今後さらに努力を重ねていく必要がある。

なお、15年度においても一部金融機関の破綻を経験したが、システミック・リスクが顕現化するような事態には至らなかった。しかし、金融機関経営に絡む風評リスクについては、預金の流出に繋がる事例が発生し、改めて流動性管理の重要性が認識された。

  • 本稿では、事務リスクを含む業務運営全般に係るリスクを業務リスクと呼称。

2.平成16年度の考査の実施方針

(1)考査の視点

わが国の金融機関にとっては、平成17年4月のペイオフ全面解禁に向けて、早期に不良債権問題の克服に目処を付けること、今後も恒常的に発生し得る信用コストに十分対応できるよう収益力・経営体力を強化することが引続き重要な課題である。日本銀行としては、考査を通じて各金融機関の直面する経営課題を抽出・整理し、その解決に向け議論を深めていく。

さらにペイオフ全面解禁後をも展望すると、金融システム全体として、家計・企業が求める新しい金融サービスを効率的に提供し、今後の日本経済の活動を金融面からしっかりと支えていくものへと変革していくことが求められている。その意味で、わが国金融システムの課題は、その機能の立て直しから、機能の変革・強化へと移行しつつある。考査においては、この面での金融機関の取組みを支援していく。

以上のような問題意識の下で、16年度の考査においては、以下の4点を基本的視点とする。

(将来展望を重視した資産価値把握の検証)

金融機関にとって、保有資産価値の適切な把握は全ての経済活動の基礎である。金融機関の信用リスク管理は全般的に改善の方向にあるが、債務者の実態把握や自己査定、さらには企業再生にかかる経営改善計画の評価などが適切かどうか、考査において引続き厳正に検証する。

その際、金融機関が債務者や個別事業を評価するに当って、様々な不確実性を踏まえ、将来キャッシュ・フローを適切に見積もっているか検証したい。仮に、将来キャッシュ・フローの改善あるいは悪化が一定以上の確からしさで確認できるような場合には、現時点での財務履歴よりは、将来キャッシュ・フローの見通しを重視して、債務者の評価あるいは個別事業の再生可能性を検証していく。

さらに、企業再生の過程で取得した非上場優先株式など、市場価格が付かない資産についても、関連する将来キャッシュ・フローの見積もりを踏まえ、資産評価が適切であるか確認する。同時に、繰延税金資産についても、その資産価値や自己資本に及ぼす影響が金融機関自身の将来収益とその変動可能性によって大きく変化するものであるので、それらの見通しが合理的なものとなっているかどうか、より精緻に吟味し考査先と議論を深める。

(リスク管理の高度化の促進)

市場リスクに関しては、昨年央の展開を踏まえ、将来の金利変動に備えて、リスク・バッファーとしての資本配賦・活用を含めた金利リスク管理体制の整備について、一層の充実を促していく。また、デリバティブを用いた仕組債を保有している先については、内在するリスクを的確に認識しているか引続き確認したい。さらに、最適投資量の意思決定が、経営体力とのバランスを考慮し、定められた手続きに則りなされているかも検証する。

流動性リスク面では、日本銀行の金融緩和により、金融市場全体としてみれば、流動性が極めて潤沢に供給されている状況が長期間に亘り続いている。しかし、個々の金融機関にとっては、ペイオフ全面解禁を控えている上、情報化社会の下でのいわゆる風評リスクの大きさを考えると、流動性管理は以前にも増して重要となっている。考査においても、その管理の実態について念入りに検証していく。

さらに、金融機関にとっては、信用リスク、市場リスク、業務リスク等、直面する様々なリスクを統合的に管理する重要性が増している。統合的にリスク量が把握できれば、個々の金融機関は、自らの自己資本の充実度をより適切に評価することができる。また、リスクに見合ったリターンが得られる分野により多くの自己資本や経営資源を割当て、それらを一層有効に活用することができる。このように金融機関による統合的なリスク管理が高度化すれば、収益力の向上に繋がるほか、金融システム全体としても、機能の向上が図れる。

考査では、統合的なリスク管理の前提となるデータの蓄積、計量手法の確立など、体制面での準備を必要に応じて促していく。とくに信用リスク、業務リスクに関しては、新しい自己資本規制への対応という観点も踏まえて、体制整備の動きを支援していく。

(多様な信用供与チャネルの創造に向けて)

ペイオフ全面解禁後も展望して、日本経済をしっかりと支えていく新しい金融システムを構築していくためには、金融機関以外の多様な投資家の資力の活用を前提とした、より効率的な信用供与の枠組み――多様な信用供与チャネルの創造――が不可欠である。このために金融機関に期待されることは、貸出の創出やその価値の適切な把握にとどまらず、貸出債権の加工、流動化に向けた積極的な取組みである。こうした取組みは、債権流動化市場や証券化市場といったクレジット関連市場の育成に繋がり、ひいては金融システム全体としての信用供与機能を高めていくものと考えられる。

一方、金融機関側からみると、このことは、自己資本の状況や個別債権のリスク・リターンを踏まえて、与信ポートフォリオが全体としてリスクに見合ったリターンをあげられるように積極的に個別債権を加工し、組替えていくこと――能動的な与信ポートフォリオの管理――を可能にし、ひいては自らの収益力向上に繋げていくことができる。考査においては、こうした多様な信用供与チャネルの創造と、金融機関自身の能動的な与信ポートフォリオ管理の定着に向けて、金融機関のより積極的な取組みを支援していく。

(円滑な決済の確保)

日本銀行は、金融市場における取引や決済の連鎖の実態と、それらを通じて波及する可能性のあるリスクの所在を常に的確に認識し、必要な場合は、流動性供給の面で迅速かつ適切な対応を図る方針である。考査においては、こうしたシステミック・リスクの顕現化を抑止する観点から、金融システムに内在する問題点を把握していく。

また、コンピュータ・システムのトラブル対応も含め、金融機関が通常の業務体制を維持できなくなるような緊急事態に備え、業務の継続に向けた体制の整備や、日本銀行との連携強化についても、考査の機会を通じ、議論を深めていく。

以上のような基本的視点に則して、リスク・カテゴリー毎に16年度考査における重点項目を敷衍すると、別表のようになる。

日本銀行としては、以上のような視点を踏まえ、16年度の考査・モニタリングを実施していきたいと考えている。このような考査・モニタリングによって得られる知見は、金融システム安定のための施策にはもちろん、金融政策運営全般にも反映させていきたいと考えており、それによって、わが国経済の一層の活性化に積極的に貢献していく方針である。

(2)考査運営面での対応

日本銀行としては、16年度の考査運営にあたり、考査結果が金融機関の適切な経営の推進に資するものとなるよう、経営陣と十分に議論し、認識の共有を図るよう努めたい。また、会計処理のあり方に関しては、今後も必要に応じ、監査法人も交え議論していきたい。

考査の実施に当っては、引続きそれぞれの金融機関が置かれた状況に応じ、その周期、期間、内容等を弾力的に設定していく方針である。また、特定のリスクに調査対象を絞った短期の考査も、臨機に活用していく。加えて、考査先の事務負担に配慮する観点から、提出資料の削減や日本銀行考査オンライン・システムを活用した関連資料授受の円滑化を図っていく。さらに、考査・モニタリングにかかる財務計数作成・授受の一層の効率化を目指し、大手銀行の一部との間で、新しいIT言語を用いたデータ伝送方式の試行実験を進めていく予定である。

以上

(別表)

16年度考査におけるリスク・カテゴリー毎の重点項目

(信用リスク)

  • 現時点の財務履歴よりは、将来キャッシュ・フローの見通しを重視して、債務者あるいは個別事業を評価。
  • 新しい自己資本規制の導入をも睨み、内部格付け手法の精度を検証。
  • 競売や任意売却の実績、担保の売却方針、担保物件の現地での調査結果等を踏まえ、担保の処分可能見込価額の適切性を検証。
  • 非期待損失(UL)の大きさを検証し、その面から貸出ポートフォリオ全体の信用リスクを評価。
  • 大口与信について、その信用リスクの変化が金融機関の経営全般に与える影響を定量的に算出した上で、適切な対応が講じられているかを検証。
  • 債務者の財務データを集合的に分析し、その結果に基づいてリスク管理体制、ポートフォリオ運営姿勢等を評価。
  • 金融機関が積極化している中小・零細企業向け定型ローンや個人ローンについて、集合的にリスクを管理し引当を行う体制の整備状況を検証。
  • 業況の悪化した債務者の再建可能性、再建可能な債務者に対する働き掛け方の適切性を確認。
  • 貸出金等の適切な金利・価格設定を促す観点から、債権流動化市場等のクレジット関連市場の活用について議論。
  • 金融技術(クレジット・デリバティブ)や市場機能(各種クレジット関連市場)を活用した能動的な信用リスク・コントロールへの取組状況を把握。
  • DIPファイナンスやコブナンツ付貸出等、新たな貸出慣行の定着に向けて議論。
  • 信用コストを適切に把握し、債権管理や、貸出金の金利設定、企業再生の過程で取得した非上場優先株式等の価格設定に活用しているかを検証。

(市場リスク)

  • 金利リスクの計量・管理の体制を検証するとともに、経営体力とのバランスを考慮し、テイクするリスクの大きさを客観的に認識した上で、定められた手続きに則り意思決定がなされているかを確認。
  • 大手銀行における保有株式にかかる価格変動リスクの削減に向けた取組みを引続き確認・検証。
  • 主に地域金融機関において、有価証券投資が抱えるリスクが正確に認識されているかどうかを検証するため、プライシング・モデルを利用して仕組債などの価値を評価。
  • 変動金利預金など金利リスク・コントロールに資する金融商品販売への取組みについて調査し、マクロ的に金利リスクを分散させるための方策について議論。
  • 金融機関の間の市場取引を介した金融ショックの増幅を防止する観点から、市場参加者の業務運営や市場取引慣行等に改善すべき点がないかどうか調査。

(決済・流動性リスク)

  • 円貨・外貨を含めた決済、流動性管理を検証。
  • 流動性逼迫時に想定している緊急対応の実効性を検証。
  • 風評リスクに備え、市場や預金者の信認を確保するための日常の対応(情報開示の充実等)や有事を想定した体制整備が万全かを確認。
  • 証券保管振替機構による一般債の新振替決済システム等、新たな民間決済システムの導入を控え、トラブル発生時の関係者の対応について、体制面を含め検証。
  • 拠点被災、広域災害に備えた業務継続に向けた体制や日本銀行との連携についての検討・対応状況を確認。
  • s資金・証券決済の状況を把握し、決済が滞った場合のマクロ的な影響について調査。

(業務リスク)

  • リストラの一環として、事務処理の集中化・アウトソーシング化、自店検査重視の動きが進展している状況下、適切なリスク管理が行われているかを検証。
  • 収益力の強化を狙った新たなビジネス(投信・保険など資産運用商品の販売、インターネット・バンキング)に関して、適切な業務運営やリスク管理ができているかを検証。
  • リスク管理の高度化に向けた取組みを把握し、データ整備や分析力の向上を必要に応じて要請。
  • 高度化している金融犯罪への対応状況を検証。

(コンピュータ・システム・リスク)

  • 決済関連システムの安定的な運行を確保する観点から、システムの安全性、安定性や、障害再発防止策等が適切に講じられているかを検証。
  • システム統合や、システム開発・運用のアウトソーシング、共同化プロジェクトが進展する中で、システム構築・運行の管理体制、障害発生時対応の適切性を引続き検証。
  • インターネット利用システムを活用する動きが拡がる中で、情報セキュリティー面で適切なリスク管理が行われているかを検証。

(経営体力・統合的リスク管理等)

  • 償却・引当が十分かどうか、ディスカウント・キャッシュ・フロー法による引当が適切に行われているか、繰延税金資産が適切に計上されているか等について検証。
  • 債務者区分の遷移や営業基盤の経済実態を踏まえ、先行きの信用コストを検証。さらに、様々な経済シナリオの下での収益予測を行った上で、金融機関の収益見通しを評価。
  • 金融機関自身の経営状況に応じて価値が変化し得る資産について、その価値を正確に把握した上で経営体力を評価。
  • 統合的リスク管理の高度化やそのための体制整備(データの蓄積、計量手法の整備、モデルの検証体制の確立等)を必要に応じて要請。
  • 統合的リスク管理の枠組みが、各部門に対する資本賦課・収益評価や、インセンティブの付与に適切に活用されているかを確認。
  • 内部監査機能の充実・高度化を支援する観点から、リスクの所在に応じた監査手法・監査計画の導入、被監査業務部署に対するモニタリング、経営陣の関与方法等、内部監査体制の充実に向け、引続き議論。
  • 新しい収益機会を創出する上で、自己資本が不足する場合の資本調達の可能性について議論。