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金融政策決定会合議事要旨

(1998年 7月28日開催分)*

  • 本議事要旨は98年 9月 9日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1998年 9月14日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
98年7月28日(9:00〜12:40)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 経済企画庁 河出英治 調整局長

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事松島正之
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長村上 堯
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局早川英男
  • 企画室参事(企画第1課長)山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役 飛田正太郎
  • 企画室調査役門間一夫

I.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(6月25日)の議事要旨が全員一致で承認され、7月31日に公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融調節の運営実績

 金融調節については、前回会合(7月16日)で決定された方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す)に従って運営した。

 具体的にみると、前回会合以降は、金融システム不安の再燃懸念が底流する中で、9月中間期末が徐々に意識され始めてきたことなどから、出し手・取り手双方の資金繰り運営が慎重化した。このため、ユーロ円3か月物などのターム物レートが強含んで推移したほか、オーバーナイト・レートにも上昇圧力がかかりやすい地合いが続いた。

 こうした状況に対して、市場調節面では、朝方の積み上げ幅を拡大して、連日厚めの資金供給に努めた。この結果、オーバーナイト・レートは概ね0.4%台前半と総じて安定的に推移し、今積み期間中(7月16日〜8月15日)の加重平均は、昨日(7月27日)までで0.42%となっている。このほか、ターム物レートの上昇を抑制すべく、9月中間期末を越える長めの資金供給を拡大した。また、9月中間期末に向けて企業のCP発行が増加してきているため、企業金融の円滑化に資することを視野に入れながら、CPオペを増額した。

 当面は、海外格付け機関による日本国債の格下げ検討や、金融再生トータルプランを巡り銀行株が不安定な地合いにあることなど、短期金融市場での不安材料には事欠かない情勢が続くと見込まれる。これを踏まえて、引き続きオーバーナイト・レートの安定確保を図りながら、ターム物レートの上昇回避にも、できる限り注力していく方針である。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対米ドル相場をみると、参議院議員選挙(7月12日)における自民党の議席減少が、不良債権の抜本処理や恒久減税の実現につながるとの思惑等から、一旦は堅調な動きとなった。もっとも、その後は、海外格付け機関による日本国債の格下げ検討などもあって、円に対する売り圧力が強まり、直近は142円台まで軟化している。

 この間、ドイツマルクの対米ドル相場は、IMF等からの対ロシア金融支援策が決定したことなどを受けて、やや上昇した。

 なお、東アジア通貨の対米ドル相場は、韓国ウォンが強含む一方、他の通貨は、各国の国内情勢等を反映しつつ、総じて軟化した。

(2)海外金融経済情勢

 米国経済の動向をみると、内需は家計支出を中心に引き続き堅調に推移しているが、アジアの経済調整等を背景に貿易赤字が拡大、また大手自動車メーカーのストの影響もあって、6月の生産は減少した。こうした米国の経済情勢について、FRBのグリーンスパン議長は、労働市場が非常にタイトであるためインフレが加速するリスクがあるとしつつも、アジアの経済調整の影響が当面続くのではないかとの見通しも示した。こうしたこともあって、米国の金融市場では目先の金融引き締め予想が幾分後退しており、30年物国債利回りは弱含みとなっている。また、株価は、史上最高値をつけた後、グリーンスパン議長が調整不可避との考えを示唆したことや、一部企業の業績悪化見通しなどを背景に、反落した。

 欧州では、ドイツ、フランスで、緩やかな景気の回復が続いている。英国は内需に減速の兆しがみられるが、労働市場は依然としてタイトな状況にある。東アジアでは、経済調整が続いており、中国でも輸出の鈍化と個人消費の伸び悩みがみられている。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降に発表された経済指標の動きとしては、(1)輸入が大幅に減少していること、(2)景気動向指数が急ピッチの低下を続けていること、(3)日経連ベース夏季賞与の伸びが大幅に鈍化したこと、などが挙げられる。これらは、経済情勢が悪化していることを改めて確認するものと言える。

 こうした中で、当面は、金融再生トータルプランや、恒久減税を含む財政面の諸措置が、どのように具体化されていくかが注目される。また今後、総合経済対策の効果が徐々に顕在化してくるものとみられるが、その影響が、公共投資関連指標だけでなく、生産関連の指標(在庫調整の進捗状況)や商品市況などにどのように現れてくるかにも、注目する必要がある。

(2)金融情勢

 金融面をみると、株価や長期金利は、一頃は恒久減税等に対する期待が先行する形で上昇していたが、このところは新政権の政策運営に対する見極め姿勢が強まったことなどから、やや軟調に推移している。また、短期金融市場では、9月中間期末の流動性リスクに対する市場の警戒感が強まってきており、ターム物金利(ユーロ円3か月物など)が強含みで推移している。なお、海外格付け機関による日本国債の格下げ検討の動きは、これまでのところ金融市場にさほどのインパクトを与えていない。

 この間、マネーサプライをみると、M2+CDの前年比伸び率は、緩やかながらも引き続き鈍化傾向を辿っている。広義流動性の前年比伸び率も、月々の細かい動きを均してみれば、昨年央以降の鈍化傾向が続いているものとみられる。なお、低金利のもとで、銀行券の発行増加等を反映して、マネタリー・ベースの高い伸びが続いている。この結果、信用乗数(M2+CD/マネタリー・ベース)は、低下傾向が一段と強まっている。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 景気の現状については、経済情勢が悪化しているという前回会合(7月16日)での判断が、その後の追加材料によって改めて確認されたという点で、委員の認識は概ね一致していた。例えば、ある委員からは、6月の大口電力使用量が大きく減少したことなどからみて、生産活動は弱いとの指摘があった。こうした景気の現状をどう理解するかについて、中期的な視点を含め、様々な意見が述べられた。

 まず、企業部門の動向については、ある委員から、期待成長率の下方屈折によって、設備投資や雇用等の調整が深いものとなる可能性が指摘された。より具体的には、その委員は、今次下降局面で経済に生じたショック——すなわち緊縮財政への転換、アジア経済の悪化、金融システム不安——の大きさ自体は、90年代初めの「バブル崩壊」に比べれば小さいが、企業の期待成長率が当時の3%強という水準から最近は1〜2%まで大きく低下している可能性があり、それに合わせてコスト構造を是正する圧力が働いているとの見解であった。この点について、別の委員から、企業の期待成長率はもっと低下しているのではないかとの厳しい見方も示された。また、もう一人の委員からは、期待成長率の低下をもたらしている要因をどう考えればよいかとの問題が提起された。その委員からは、あり得る要因として、(1)家計や企業に必ずしも根拠のない不安心理が蔓延していること、(2)財政政策や金融システム対策を巡って民間経済主体の不信感が強まったこと、(3)技術進歩率が低下してきていること、などの可能性が挙げられ、仮にこのうち3番目の要因が期待成長率低下の基本的な背景になっているとすれば、需要サイドの政策のみで景気を好転させるのは難しいとのインプリケーションが述べられた。

 現在企業部門には、90年代初めのバブル崩壊期とは違ったより強い調整圧力が働いているとの見方も示された。すなわち、ある委員から、90年代初めとは異なる要素として、(1)グローバリゼーションが進展し、市場経済へ適応する必要が強まる中で、ROE・ROAや労働生産性の向上圧力が増していること、(2)資産価格の下落等によって企業の含み資産が底を尽きつつあること、の2点が指摘され、これらが資本ストックや雇用の調整長期化をもたらす可能性に言及がなされた。なお、上記(1)のグローバリゼーションの圧力に関連して、同じ委員から、会計制度の国際標準化(2000年3月から連結制が本格化の予定、2001年3月から金融商品を時価評価する方向で検討中)が企業経営のインパクトに及ぼす影響にも注意すべきとの発言があった。

 これらの調整圧力と関連して、中小企業の状況の厳しさについての言及があった。すなわち、ある委員からは、日本商工会議所の業況判断DIが、統計開始以来の最低値になっているとの指摘があった。また、複数の委員から、このところ企業倒産が、件数、負債金額とも大幅に増加しているとの懸念が表明された。そのうち一人からは、最近の倒産は、中小企業から中堅企業に及んでおり、倒産理由をみても、不動産投資等に失敗した結果としてのバブル型倒産ではなく、地道に続けてきた本業の不振による不況型倒産が増えているとの指摘があった。また、もう一人の委員からは、企業倒産に伴って職を失う従業員が急増していることが、家計にとって大きな不安材料になっているとの見解が示された。

 次に、家計部門に関しては、コンフィデンスひいては支出活動が依然として弱い背景について、多くの委員から、上記企業部門の調整圧力から派生する要因を中心に意見が述べられた。具体的にみると、ある委員から、企業が雇用慣行の見直しまで含めて中期的なコスト削減を行う方向にある点を、家計部門も敏感に感じ取っており、これが家計支出の抑制要因になっているとの見方が示された。同じ委員からは、政府と家計の間での中期的な受益と負担の具体像、言い換えれば、将来にわたる家計可処分所得の現在価値が不明確であることも、家計部門の自信を失わせている要因ではないかとの指摘があった。

 また、別の委員からは、雇用情勢の悪化を鮮明に表している指標として、今夏決着したいわゆる「夏冬型」の賞与が、大企業中心の日経連ベースでも前年比マイナスとなったことや、求人広告件数が前年を2割以上も下回っていることなどが挙げられた。その委員からは、企業部門における生産性引き上げの調整圧力が大きいことを勘案すると、失業率は今後さらにかなり高まりうるのではないかとの懸念が示され、そうした雇用情勢の当然の帰結として、一旦下げ止まったかにみえた個人消費にこのところ再び悪化の兆しがみられるとの指摘があった。

 さらに別の委員から、雇用情勢が戦後最悪となりつつある一方で、雇用に対する政策的な備えは非常に遅れており、法改正を含め抜本的に雇用制度を見直していく必要があるとの主張がなされた。

 なお、外需面では、ある委員から、アジア経済の一段の悪化はどうにか避けられているように窺われるが、他方で欧米の景気に一部減速の兆しがみられることもあり、引き続き注意深くみていく必要があるとのコメントがあった。

(2)景気の先行き

 景気の先行きについては、前回会合時と同様の見方で、委員は概ね一致していた。すなわち、総合経済対策の効果が顕在化する本年度下期には、少なくとも一旦は景気が下げ止まるとみられるが、さらに来年度まで展望した場合は、不確実性がなお強いという見方であった。

 具体的にみると、まず当面の景気展開については、ある委員から、生産がさらに大きく落ち込んでいくような「二番底」の懸念は一頃よりも小さくなっているほか、国内卸売物価の下落テンポが鈍化してきていることなどからみて、デフレ的な様相の強まりも避けられるのではないかとの見通しが示された。もっとも、同じ委員から、地価については、一旦は下げ止まり感が出てきたとみられていたが、ここへきて再び下がり始めているのではないかとの懸念が示された。

 来年度まで視野に入れて景気の先行きをどうみるかについては、財政政策や金融システム対策に関し、どの程度明確なビジョンが示されるかによる面が大きいという点で、委員の間で認識が概ね共有された。

 すなわち、先に期待成長率の下方屈折を問題視した委員の一人から、恒久的な税制改革と不良債権の抜本処理へ向けての大きな枠組みは出来つつあり、企業や家計の期待成長率が回復するかどうかは、新政権がこれらの枠組みをうまく具体化していけるかどうかにかかっているとの意見が述べられた。

 また、前回会合以降、新政権が財政構造改革法の制約を何らかの形で緩め、来年度に向けて積極的な財政運営を行っていく方針を明確にしつつあることについては、複数の委員から、これを歓迎する見方が示された。ただし、そのうち一人からは、参議院議員選挙の結果、国会運営を巡る不確実性が高まったと考えられるため、来年度に向けての財政政策の展望について、現時点で明確な判断を下すのは時期尚早との留保が付け加えられた。また、もう一人の委員からも、(1)将来の増税懸念が残る限り、減税が民間支出を刺激する効果には限界があること、(2)財政赤字の拡大に海外格付け機関が懸念を持ち始めていること、などを踏まえると、当面の財政運営の方針が示されるだけでは不十分であり、中長期的には「小さな政府」を目指していくビジョンが明確にされる必要があるとの意見が述べられた。

 さらに、別の委員からは、98年度の補正予算を大きく上積みするよりも、99年度当初予算が重要との指摘がなされたうえで、現時点で判明している新政権の財政運営方針を前提にすれば、いずれにせよ98年度、99年度ともなおマイナス成長の可能性が高いのではないかとの懸念が示された。

 金融システム対策については、不良債権処理が時間との戦いになりつつあるとの認識のもと、必要な施策が早急に進められるべきことを強調する意見が相次いだ。

 具体的には、ある委員から、金融再生トータルプランの関連法案が一刻も早く成立するよう、強い期待が表明された。別の委員からは、現在合併に向けて動き始めている個別の事例に全力で適切に取り組んでいくことが、不良債権処理の先行きを占ううえでもきわめて重要との指摘があった。また、複数の委員から、不良債権の早期処理を巡って、日本銀行が銀行界に対してなし得る働きかけやサポートは、積極的に行うべきといった趣旨の発言があった。

 一方で、実際に不良債権処理を進めていく場合に生じ得る一時的なデフレ圧力について、注意を喚起する発言も目立った。すなわち、ある委員から、不良債権処理を進めていく過程でどの程度デフレ圧力が生じ得るのか、コンフィデンスの改善等を通じたプラスの効果とどちらが大きいのか、といった点について不確実性が大きいとの問題が提起された。別の委員からは、このところ中小企業の業績が一段と悪化してきているだけに、不良債権処理のしわ寄せが中小企業に及ばないよう十分に注意する必要があるとの見方が示された。

 これに対して、ある委員から、(1)不良債権処理がデフレ圧力につながる可能性は否定できないが、同時に資産価格の反転などによりデフレ圧力を和らげる力も働くと考えられること、(2)そうしたプラス・マイナスのいずれが大きいかについて不確実性が残るとしても、それを理由に不良債権処理を遅らせてよいということにはならないこと、(3)ただしシステミック・リスクの防止には全力を挙げる必要があること、などが指摘された。もう一人別の委員からは、不良債権処理にデフレ圧力が伴わざるを得ないことを考えると、財政面での積極策は、不良債権処理を思い切って進めるための環境整備という意味合いを持つとの見解が示された。その政策的なインプリケーションとして、同じ委員から、総合経済対策の効果が最も強く現れる時期に不良債権処理を同時に進められるよう、金融再生トータルプランが早期に実施に移されることが重要との意見が述べられた。

(3)金融面の動き

 金融面の動きに関しては、株価の回復力がなかなか強まらないことや、金融仲介機能の弱さなどを巡って、発言がみられた。

 まず、株価については、複数の委員から、市場の動きからみると、日経平均で16,500円程度がひとつの壁となっているような印象を受けるとの指摘があった。そのうち一人からは、こうした株価のもたつきは、新政権の経済政策が十分に明確でないことも含め、景気の先行きに対する不透明感が強いためとの解釈が述べられた。さらにその委員からは、これと同様の理由により、長期国債利回りもさらに低下し、史上最低水準に再び接近する可能性があるのではないかとの見方が示された。別の委員からは、銀行株の弱さに関連した発言があった。すなわち、その委員からは、銀行株が弱い背景として、不良債権処理が本格化し金融機関の再編成が進む過程に、市場が危惧を抱いている可能性があるとの指摘がなされた。さらに同じ委員から、銀行株下落の影響として、金融機関がリストラ圧力をより強く感じるようになることなどを通じて、融資姿勢をさらに慎重化させる可能性があり、9月中間期末にかけての動きを注意深くみていく必要があるとの意見が述べられた。

 マネーサプライについては、ある委員から、M2+CDの前年比伸び率は5%程度まで高まるのが望ましいとの見解が示されたほか、信用乗数が大幅に低下してきているのは金融仲介機能の低下を示すものとして、懸念が表明された。一方、別の委員からは、大企業を中心に9月中間期末へ向けての手許資金が既に確保されていることもあって、金融機関の「貸し渋り」を懸念する声は一頃に比べて少なくなっており、貸出の低迷は主として資金需要が弱いことによるものとの指摘があった。もっとも、その委員も、前向きの資金需要に対する金融機関の反応は依然として鈍いとの見方を示し、健全な金融仲介機能が回復されていないことに注意を促した。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 その結果、金融経済情勢に関する基本的な判断が前回会合時からほとんど変化していないことから、金融政策運営もこれまでの金融緩和基調を引き続き維持するのが適当との考え方で、多くの委員は一致した。そのうちある委員から、現在の140円/ドル程度の円相場と公定歩合0.5%という組み合わせは、実質的には「リフレ政策」と言い得るものとの認識が示された。そのうえで、同じ委員から、今後顕在化してくる経済政策の効果も考慮すれば、そうした臨界的な状態からさらなる金利低下や円安を生じさせる政策を行うことには、その必要性や意味について疑問なしとしないとの意見が述べられた。

 もっとも、先行きの情勢如何で追加的な金融緩和が適当な選択肢となる可能性に、言及した委員も少なくなかった。また、市場の金融仲介機能を高めることを視野に入れながら、オペ手段の拡充等を検討し、場合によってはそうした措置を何らかの金融緩和措置と組み合わせるなどの選択肢も、念頭に置くべきではないかとの見解が、複数の委員から示された。

 具体的にみると、ある委員から、先行きデフレ・スパイラルの懸念が強まるような場合には、準備預金制度の準備率引き下げを含め、追加的な金融措置を考えるべきとの主張がなされた。

 別の委員は、まず、いわゆる「量的緩和」を巡る前回会合までの討議について、金融機関の仲介機能が弱い現状を踏まえると、マネタリーベースを増加させてもマネーサプライの増加につながりにくいという論点があったことを振り返った。そのうえで、その委員からは、ABS(Asset Backed Securities、資産担保証券)、ABCP(Asset Backed Commercial Papers、ABSのうち発行証券がCPであるもの)、さらには社債等、民間債務を幅広く本行オペの対象とすることを、技術的な可否を含めて検討してみてはどうかとの見解が示された。その委員はさらに続けて、そのような民間債務を対象とするオペは、金融仲介機能の不全を補完することに資すると考えられるため、こうしたオペ手段の拡充と組み合わせて「量的緩和」を行えば、政策効果が発現する可能性をある程度期待できるのではないかとの主張を行った。

 この点に関連し、もう一人別の委員から、内外市場における信用不安の著しい高まりや、新政権の経済政策を巡る法案審議の混乱など、不測の事態が生じれば金融政策面での対応が必要となりえるが、その場合には金利の引き下げだけではなく、準備率の引き下げ、新種オペの拡大などをパッケージで実施するなど、思い切った緩和策を講じるべきとの見解が示された。

 また、さらに別の委員からは、金融政策自体について、これ以上できることはほとんどないという見方に変わりはないが、9月末を控えて万一市場の不安心理が急速に高まるような場合に、そうした新種のオペ等を有効に使うことが可能かどうか、検討を進めてみる価値はあるとの意見が述べられた。

 なお、9月末の流動性を巡る企業や市場の不安心理を防ぐことの重要性については、ほかにも、多くの委員から指摘があった。ある委員からは、企業が9月中間期末の流動性を早めに確保する動きをみせていることや、9月末越えの金利に既に上昇圧力がかかり始めていること、さらには9月末に向けて金融システム対策の関連で様々な動きが生じる可能性があることなどを踏まえると、当面市場の動向を相当注意深くみていく必要があるとの意見が述べられた。

 この間、仮に追加的な金融緩和を行った場合、その円相場への影響をどう考えておくかという点についても、意見の交換があった。

 まず、ある委員から、金融緩和を行えば為替相場は円安になるとみておく必要があると思われるが、それがアジア経済等へ与える影響をどのように考えておけばよいかとの問題提起があった。別の委員からは、このような難しい問題であっても、何らかの判断を示すことが必要との主張がなされたうえで、(1)現在の為替相場は、大局的にみれば必ずしも円安とは言い切れないこと、——例えば、プラザ合意前の240円から一旦80円まで円高となったので、その半値戻しを考えれば160円がひとつの基準になりうる、またG7諸国全体の輸出額に占めるシェアは、86年には日米ほぼ同じであったが、その後米国では上昇、日本では低下してかなりの格差が生じてきている——、(2)過去において為替相場に囚われすぎて金融政策を誤ったと言われるケースがあること、などが指摘された。これらを踏まえ、その委員から、現局面において金融政策運営上、円安を心配すべきではないとの意見が述べられた。しかし、これに対しては、さらに別の委員から、円安の功罪について円安そのものだけを単独に取りあげて議論することには無理があり、円相場から株価への影響や、さらにそれが金融システムに及ぼし得る影響等を、バランスよく考察したうえで判断する必要があるとの反論が述べられた。さらに、もう一人の委員からは、不測の事態が生じるなどにより金融緩和が必要と認められるときには、円安に対する批判を覚悟してでも金融緩和に踏み切る必要があり、その場合は、そうした政策を採ることが長い目でみればアジア諸国にとってもメリットであることを、説明していけばよいのではないかとの見解が示された。

 以上のような討議を通じ、先行きにおける金融緩和の可能性に言及する委員も少なくなかったが、結局、当面の金融政策運営については、ほとんどの委員が、これまでの金融緩和基調を維持することが適当との見解であった。

 そうした中で、ある委員から、コールレート(オーバーナイト物)の誘導水準を0.35%へ引き下げてはどうかとの提案が、前回に引き続き出された。提案理由としては、(1)景気の後退が顕著になっていること、(2)市場では9月中間期末や、場合によっては12月末の流動性までが意識され、ターム物レートに上昇圧力がかかりやすい地合いにあること、(3)日本経済が直面している資本ストックや雇用の調整を円滑に進めるうえで、デフレ・スパイラルや景気の底割れを防ぐことが必要であること、(4)デフレ回避の決意を明確に示すためにも、マネーサプライが増加するような政策を採る必要があること、(5)景気の底割れを防ぐ必要が生じている現在、95〜96年の景気回復をサポートしてきたのと同水準の金利を続けるのは不適当であること、といった諸点が挙げられた。なお、その委員は、マネーサプライ増加の必要性を強調したが、一方で、これに目標値を定めるようないわゆる「量的緩和」については、コントローラビリティーの観点から否定的な考え方を採った。

V.政府からの出席者の発言

 経済企画庁の出席者から、以下のような発言があった。

● 家計や企業のコンフィデンスを回復していくことが重要であり、そのためには引き続き着実に政策対応を進めていく必要があることを、政府としても認識している。

● 執行部から、金利の上昇圧力を抑制するため十分な資金供給を行っているとの説明があったが、日本銀行に対しては、今後とも企業への資金供給が十分確保されるような政策運営を要望する。

VI.採決

 以上の検討の結果、次回金融政策決定会合までの金融政策運営については、現状の金融緩和姿勢を維持し、総合経済対策の効果の出方や、金融システム対策および税制改革を巡る論議の進展等を含め、経済面、金融面の動向を注意深く見守っていくことが適当であるという見解が、多くの委員から示された。また、とりわけ9月中間期末に向けて、市場における不安心理が高まったり、円滑な企業金融が損なわれたりすることのないように、引き続き全力を挙げて取り組むべきということで、委員全員が認識を共有した。この間、ある委員から、金融緩和方向への小幅の政策変更を行うべきとの提案がなされたため、次の2つの議案が採決に付されることとなった。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.35%前後で推移するよう促すこととする旨の議案が提出された。採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数の意見をとりまとめる形で、次の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、植田委員
  • 反対:中原委員

 中原委員は、景気の後退が顕著になってきていることや、ターム物レートに上昇圧力がかかりやすい地合いにあることなどを踏まえれば、オーバーナイト金利の引き下げを通じて、通貨供給量の増大を図ることが適当であるとの立場から、上記採決において反対した。

以上


(別添)
平成10年 7月28日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

以上