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政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 (2018年7月30、31日開催分)

2018年9月25日
日本銀行

本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2018年9月18、19日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

開催要領

1.開催日時:
2018年7月30日(14:00~15:30)
 
7月31日( 9:00~12:56)
2.場所:
日本銀行本店
3.出席委員:
議長 黒田東彦 (総裁)
雨宮正佳 (副総裁)
若田部昌澄(  副総裁  )
原田 泰 (審議委員)
布野幸利 (  審議委員  )
櫻井 眞 (  審議委員  )
政井貴子 (  審議委員  )
鈴木人司 (  審議委員  )
片岡剛士 (  審議委員  )
4.政府からの出席者:
財務省 茶谷 栄治 大臣官房総括審議官(30日)
木原 稔  財務副大臣(31日)
 
内閣府 中村 昭裕 内閣府審議官(30日)
越智 隆雄 内閣府副大臣(31日)
(執行部からの報告者)
理事 桑原茂裕
理事 前田栄治
理事 内田眞一
企画局長 加藤 毅
企画局政策企画課長 奥野聡雄
金融市場局長 清水誠一
調査統計局長 関根敏隆
調査統計局経済調査課長 一上 響
国際局長 中田勝紀
(事務局)
政策委員会室長 小野澤洋二
政策委員会室企画役 山城吉道
政策委員会室企画役 中本浩信
企画局企画役 永幡 崇
企画局企画役 長野哲平
企画局企画役 法眼吉彦

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

金融市場調節は、前回会合(6月14、15日)で決定された短期政策金利(-0.1%)および長期金利操作目標(注)に従って、長期国債の買入れ等による資金供給を行った。そのもとで、10年物国債金利はゼロ%程度で推移し、日本国債のイールドカーブは金融市場調節方針と整合的な形状となっている。この間、国債買入れについて、7月23、27、30日に、長期ゾーンを対象として固定利回り方式のオペ(指値オペ)を実施した。

2.金融・為替市場動向

短期金融市場では、金利は、翌日物、ターム物とも、総じてマイナス圏で推移している。無担保コールレート(オーバーナイト物)は-0.08~-0.06%程度で推移している。ターム物金利をみると、短国レート(3か月物)は、概ね横ばい圏内の動きとなっており、直近では-0.1%台半ばで推移している。

株価(日経平均株価)は、米中等の通商政策を巡る不透明感などから、7月上旬にかけて下落したが、その後は、堅調な企業業績への期待や為替円安の動きもあって上昇し、最近では、22千円台半ばで推移している。為替相場をみると、中国経済と関係の深いアジア諸国の通貨が対ドルで全般的に通貨安方向で推移する中、FRBの利上げ姿勢に変化はみられないとの見方もあって、幾分、円安・ドル高が進行した。この間、円の対ユーロ相場は、南欧の政治情勢を巡る不透明感が幾分低下したことなどから、円安方向で推移している。

3.海外金融経済情勢

海外経済は、総じてみれば着実な成長が続いている。

米国経済は、拡大している。輸出は、増加基調にある。個人消費は、良好な雇用・所得環境などに支えられて増加基調にあるほか、設備投資も、企業マインドの改善などを背景にしっかりと増加している。物価面をみると、総合ベースのインフレ率(PCEデフレーター)は前年比+2%台前半、コアベースは同+2%程度で推移している。

欧州経済は、幾分減速しつつも回復を続けている。輸出は、既往のユーロ高の影響などから増勢が鈍化している。個人消費は、雇用・所得環境や消費者マインドの改善などに支えられて増加基調にあるほか、設備投資も増加基調にある。物価面をみると、総合ベースのインフレ率(HICP)は前年比+1%台半ば、コアベースは同+1%近傍で推移している。この間、英国経済は、物価の上昇が個人消費の重石となっており、回復ペースが鈍化している。

新興国経済をみると、中国経済は、総じて安定した成長を続けている。物価面をみると、インフレ率(CPI)は、前年比+2%程度で推移している。NIEs・ASEANでは、輸出が増加基調にあるもとで、企業・家計のマインドは改善しており、内需は底堅く推移している。ロシアやブラジルの景気は、インフレ率の落ち着きなどを背景に緩やかに回復している。インドの景気は、内需を中心に緩やかに回復している。

海外の金融市場をみると、米中等の通商政策を巡る不透明感などを背景に、人民元や多くの国の株価が下落するなど、投資家のリスクテイク姿勢が慎重化する動きがみられる。もっとも、7月入り後、堅調な経済指標や良好な企業決算などを背景に、米国の株価が上昇に転じるなど、一部では、落ち着きを取り戻してきている。この間、トルコリラの下落は続いているが、その他の新興国からの資本流出は、概ね一服しているとみられる。商品市場では、中東における地政学的リスクなどが意識される中、原油価格が高値圏で推移している。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

わが国の景気は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している。

輸出は、海外経済の着実な成長を背景に、増加基調にある。先進国向けは増加基調を続けているほか、新興国向けも幅広く持ち直している。先行きの輸出は、資本財や情報関連を中心に、当面、緩やかな増加基調を続ける可能性が高く、その後も、海外経済の成長が続くもとで、基調としては緩やかな増加を続けるとみられる。

公共投資は、高めの水準を維持しつつ、横ばい圏内で推移している。先行きについては、2017年度補正予算やオリンピック関連工事などが下支えとなり、高めの水準を維持するとみられる。

設備投資は、企業収益や業況感が改善基調を維持する中で、増加傾向を続けている。先行指標である機械受注や建築着工・工事費予定額(民間非居住用)は、月々の振れを伴いつつも、増加基調を続けている。先行きの設備投資は、企業収益の改善や緩和的な金融環境、成長期待の高まりなどを背景に、当面、増加を続けていくとみられる。その後は、資本ストックの調整圧力が高まっていくことから、設備投資の増加ペースは徐々に鈍化していくと見込まれる。

雇用・所得環境をみると、労働需給は着実な引き締まりを続けており、雇用者所得もこのところ伸びを高めている。有効求人倍率はバブル期のピークを超えた高い水準にあるほか、失業率も2%台半ばまで低下している。

個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、振れを伴いながらも、緩やかに増加している。各種の販売・供給統計を合成した消費活動指数(実質・旅行収支調整済)をみると、1~3月に前期比で減少した後、4~5月は1~3月対比で大きく増加した。先行きの個人消費は、当面は、雇用者所得の増加や株価上昇による資産効果に加え、耐久財の買い替え需要にも支えられて、緩やかな増加傾向を辿るとみられる。その後も、消費税率引き上げに伴い一時的に減少に転じるものの、基調としては、緩やかな増加傾向を続けるとみられる。

住宅投資は、貸家系の新設住宅着工戸数が節税ニーズの需要一巡などを受けて減少傾向にある一方、持家が足もと増加に転じつつあることから、全体として横ばい圏内で推移している。

鉱工業生産は、内外需要の増加を背景に、増加基調にある。先行きについては、内外需要の増加を反映して、当面はしっかりとした増加を続ける可能性が高く、その後も、海外経済が成長するもとで、基調としては緩やかな増加を続けるとみられる。

物価面について、国内企業物価(夏季電力料金調整後)を3か月前比でみると、国際商品市況や為替相場の動きを反映して、上昇している。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、0%台後半となっており、除く生鮮食品・エネルギーでみた前年比は、足もと0%台前半となっている。先行きについて、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、マクロ的な需給ギャップがプラスの状態が続くもとで、中長期的な予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくと考えられる。

(2)金融環境

わが国の金融環境は、きわめて緩和した状態にある。

予想物価上昇率は、横ばい圏内で推移している。長期金利から中長期の予想物価上昇率を差し引いた実質長期金利は、マイナスで推移している。

企業の資金調達コストは、きわめて低い水準で推移している。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、大幅に緩和した状態にある。CP・社債市場では、良好な発行環境が続いている。資金需要面をみると、設備投資向けなどの資金需要が増加している。以上のような環境のもとで、企業の資金調達動向をみると、銀行貸出残高の前年比は、2%程度のプラスとなっている。CP・社債の発行残高の前年比は、高めのプラスで推移している。企業の資金繰りは、良好である。

この間、マネタリーベースは、前年比で7%程度の伸びを続けている。マネーストックの前年比は、3%台前半の伸びとなっている。

II.金融経済情勢と展望レポートに関する委員会の検討の概要

1.経済情勢

国際金融市場について、委員は、米中等の通商政策を巡る不透明感などから、7月上旬にかけて市場が不安定化する場面もあったが、その後は、堅調な経済指標等を材料に米国株価が上昇に転じるなど、市場は次第に落ち着きを取り戻しつつあるとの認識を共有した。もっとも、多くの委員は、この先、米中の貿易摩擦が激化した場合、投資家のリスクセンチメントが再び悪化するおそれがあると指摘した。ある委員は、中国経済への悪影響を懸念するなどして人民元安がさらに進めば、アジア新興国市場に関する投資家心理に負の影響を及ぼすリスクがあると付け加えた。また、多くの委員は、米国金利の上昇が、国際資本フローや新興国経済に及ぼす影響にも、引き続き注意する必要があると述べた。何人かの委員は、これまでのところ、大幅な通貨下落に見舞われているのは、トルコやアルゼンチンなど、ファンダメンタルズにおいて脆弱性を抱える一部の国にとどまっているが、過去、長期間にわたり、広く新興国への資本流入が継続してきたことを踏まえると、これら以外の国でも資本流出に転じるリスクがあることは、常に念頭に置いておく必要があると述べた。

海外経済について、委員は、総じてみれば着実な成長が続いているとの認識を共有した。多くの委員は、グローバルな製造業の業況感の緩やかな改善が続くもとで、先進国・新興国の経済がバランスよく成長しているとの見方を示した。海外経済の先行きについても、委員は、着実な成長を続けるとの認識で一致した。

地域毎にみると、米国経済について、委員は、拡大しているとの認識で一致した。一人の委員は、4~6月の実質GDP成長率が前期比年率4%台に加速する中、6月のISM指数が製造業・非製造業ともに上昇するなど、企業の景況感は全体として改善が続いているとの見方を示した。ある委員は、良好な雇用・所得環境などを背景に個人消費には勢いがあり、金利やガソリン価格の上昇にもかかわらず、一昨年から続いている自動車販売の下降トレンドは、当初の予想よりも緩慢であると述べた。米国経済の先行きについて、委員は、拡大を続けるとの見方を共有した。

欧州経済について、委員は、幾分減速しつつも回復を続けているとの認識を共有した。ある委員は、昨年後半の盛り上がりは一服したが、その後も、個人消費や企業投資は堅調を維持しているとの見方を示した。別のある委員は、米欧間の貿易交渉が進展したことは明るい材料であるが、自動車関税を巡る動きについては、なお予断を許さないと述べた。欧州経済の先行きについて、委員は、回復を続けるとの認識で一致した。そのうえで、一人の委員は、春先以降、製造業PMIが弱めの動きを示しているほか、7月はサービス業PMIも低下していることを指摘し、欧州経済に変調の兆しがないかどうか、注意してみていく必要があると述べた。

新興国経済について、委員は、全体として緩やかに回復しているとの認識を共有した。中国経済について、委員は、総じて安定した成長を続けているとの見方で一致した。NIEs・ASEANについて、委員は、輸出が増加基調にあるもとで、企業・家計のマインドが改善しており、内需は底堅く推移しているとの見方で一致した。資源国経済について、委員は、インフレ率の落ち着きなどを背景に、緩やかに回復しているとの認識を共有した。先行きの新興国経済について、委員は、全体として緩やかな回復を続けるとの認識で一致した。このうち中国経済について、委員は、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、概ね安定した成長経路を辿るとの見方を共有した。もっとも、何人かの委員は、先行きのリスク要因として、米中間の貿易摩擦の激化や、当局による金融活動の抑制策の影響などを指摘した。この間、ある委員は、米国金利の上昇を起点とした通貨の下落や通貨防衛のための利上げが、先行き、新興国経済の下押し要因となる可能性があるとの見方を示した。

わが国の金融環境について、委員は、きわめて緩和した状態にあるとの認識で一致した。委員は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、企業の資金調達コストはきわめて低い水準で推移しているほか、大企業、中小企業のいずれからみても、金融機関の貸出態度は引き続き積極的であるとの見方を共有した。この間、何人かの委員は、わが国の国債市場では、このところ長期金利の変動幅がさらに縮小し、取引高の減少傾向が目立っていると指摘した。

以上のような海外の金融経済情勢とわが国の金融環境を踏まえて、わが国の経済情勢に関する議論が行われた。

わが国の景気について、委員は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大しているとの見方で一致した。何人かの委員は、わが国の実質GDP成長率は、1~3月に9四半期ぶりのマイナスとなるなど、一時的に足踏みしたが、4~6月はプラス成長に復する蓋然性が高いとの見方を示した。ある委員は、マクロ的な需給ギャップが改善を続ける中、最近では、供給制約の強まりを意識して、原材料や部材の前倒し発注や在庫の積み増しを図る企業が増えてきていると述べた。別のある委員は、当面の不確実な要素として、7月の豪雨や全国で続く記録的な猛暑が景気に与える影響に留意する必要があると述べた。

輸出について、委員は、海外経済の着実な成長を背景に、増加基調にあるとの認識を共有した。先行きの輸出について、委員は、グローバルな製造業の生産・貿易活動が良好な水準を維持するもとで、当面は増加基調を続ける可能性が高く、その後も、海外経済の成長を背景に、基調としては緩やかな増加を続けるとの見方で一致した。ある委員は、米国で自動車の輸入関税が引き上げられれば、わが国の輸出にも相当の影響を及ぼす可能性があると述べた。

公共投資について、委員は、高めの水準を維持しつつ、横ばい圏内で推移しているとの見解で一致した。

設備投資について、委員は、企業収益や業況感が改善基調を維持する中で、増加傾向を続けているとの認識で一致した。ある委員は、非製造業の中小企業では、投資姿勢にやや足踏み感がみられるが、それ以外のセクターでは、好調な収益環境のもと、積極的な投資スタンスが維持されていると述べた。先行きの設備投資について、委員は、企業収益の改善や緩和的な金融環境、成長期待の高まりなどを背景に、増加を続けていくとの見方で一致した。この間、一人の委員は、先行き、米中の貿易摩擦が激化すれば、企業や投資家のセンチメント悪化を通じて、わが国の設備投資にも悪影響を及ぼす可能性がある点には注意を要すると指摘した。

雇用・所得環境について、委員は、労働需給は着実な引き締まりを続けており、雇用者所得もこのところ伸びを高めているとの認識を共有した。複数の委員は、6月短観の雇用判断DIや、最近の失業率等の動きをみると、引き続き、人手不足感は強まっていると述べた。ある委員は、今後ともパートの賃金上昇が続いていけば、中小企業や若年層を中心に、正規雇用者の賃金にも波及していくとの見方を示した。そのうえで、この委員は、こうした動きは既に外食等でみられ始めており、今年の春闘でも、大企業に比べて中小企業のベースアップ率の高さが目立っていたと指摘した。

個人消費について、委員は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、振れを伴いながらも、緩やかに増加しているとの認識を共有した。先行きの個人消費について、委員は、雇用者所得の増加や株価上昇による資産効果に加え、耐久財の買い替え需要にも支えられて、緩やかな増加傾向を辿るとの見方で一致した。ある委員は、雇用者所得が着実に増加する中、個人消費も徐々に加速していくと期待しているが、わが国では、高齢者比率が高いこともあって、米欧に比べ、所得増加に対する消費の感応度が低いことには留意を要すると指摘した。

住宅投資について、委員は、貸家系の新設住宅着工戸数が節税ニーズの需要一巡などを受けて減少傾向にある中、持家が増加に転じつつあり、横ばい圏内で推移しているとの認識を共有した。

鉱工業生産について、委員は、内外需要の増加を背景に、増加基調にあるとの認識を共有した。また、先行きについても、委員は、内外需要の増加を反映して、当面はしっかりとした増加を続ける可能性が高く、その後も、海外経済が成長するもとで、基調としては緩やかな増加を続けるとの見方で一致した。

物価面について、委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、0%台後半となっているほか、消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比も、企業の慎重な賃金・価格設定スタンスなどを背景に、0%台前半までプラス幅を縮小しているとの見方で一致した。そのうえで、委員は、最近の基調的な動きを踏まえると、わが国の物価は、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べ、なお弱めの動きを続けているとの認識を共有した。この間、予想物価上昇率について、委員は、横ばい圏内で推移しているとの見方で一致した。大方の委員は、短期的な予想物価上昇率は一頃に比べて上昇しているものの、現実の物価が弱めの動きを続けていることなどから、中長期的な予想物価上昇率の高まりは後ずれしているとの認識を共有した。

2.経済・物価情勢の展望

2018年7月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の作成にあたり、委員は、経済情勢の先行きの中心的な見通しについて、緩やかな拡大を続けるとの見方を共有した。2018年度について、委員は、きわめて緩和的な金融環境や政府支出による下支えなどを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、国内需要は増加基調を辿るとの認識を共有した。また、委員は、輸出も、海外経済の着実な成長を背景に、基調として緩やかな増加を続けるとの見方で一致した。こうした議論を経て、委員は、2018年度は、潜在成長率を上回る成長を続けるとの見方を共有した。2019年度と2020年度について、委員は、内需の減速を背景に成長ペースは鈍化するものの、外需にも支えられて、景気の拡大基調が続くとの認識を共有した。そのうえで、委員は、2018年4月の展望レポートでの見通しと比べると、見通し期間の成長率は、概ね不変であるとの見方で一致した。

続いて、委員は、わが国の物価情勢について議論を行った。まず、経済・雇用情勢の改善に比べて物価が弱めの動きを続けていることについて、委員は、その背景には、基本的には、長期にわたる低成長やデフレの経験があるとの認識を共有した。何人かの委員は、実体経済の強さに比べて賃金・物価が上がりにくいという現象は主要先進国に共通しているものの、わが国では特にこれが顕著であり、その背後には、こうした日本特有の経験が大きく影響しているとの見方を示した。そのうえで、委員は、1990年代後半の金融危機以降、長く厳しい調整局面を経て、日本経済には、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が組み込まれているとの認識で一致した。この点に関し、多くの委員は、企業の賃金設定スタンスがなお慎重であり、正規雇用者を中心に本格的な賃金上昇に時間がかかっているとの見方を示した。複数の委員は、賃金上昇の鈍さに加え、先行きの経済成長や社会保障制度に対する慎重な見方などから、家計の節約志向は根強く、値上げに対する許容度の高まりは遅れていると述べた。何人かの委員は、こうした状況のもとで、企業は、慎重な価格設定スタンスを維持していると指摘した。

こうした要因に加え、何人かの委員は、わが国の企業は、非製造業を中心に生産性引き上げの余地が大きいほか、近年のデジタル技術の進歩も、生産性向上に向けた取り組みを促進していると指摘し、こうした状況が、企業によるコスト吸収と慎重な価格設定を可能にしている面があると述べた。また、多くの委員は、労働力が弾力的に供給されていることも、賃金の上昇ペースを抑制していると述べた。このほか、何人かの委員は、近年のインターネット通販の拡大等によって、流通業を取り巻く競争環境は一層厳しさを増しており、これが、消費者の低価格志向とも相まって、物価の下押し要因になっていると述べた。一方、他の何人かの委員は、通販の拡大や公共料金・家賃の鈍い動きは、特定部門に固有のいわゆる「部門ショック」であると指摘し、これらは短期的な物価下落要因とはなり得るが、長期的には、人々の実質所得を増加させ、他のサービス等への需要を高めることになるため、その影響は次第に減衰していく性質のものであるとの見方を示した。

次に、委員は、先行きの物価動向について議論を行った。ある委員は、団塊の世代が70歳代に差しかかり、労働参加の高まりによる賃金抑制効果も限界を迎えることになるため、早晩、非正規を中心に賃金上昇率は加速してくるとの認識を示した。何人かの委員は、既に外食等でみられるように、今後は、コストプッシュ圧力を企業内で吸収できず、販売価格に上乗せする動きが拡がっていくとみられると述べた。また、複数の委員は、非正規の賃金水準の高まりは、正規雇用者にも波及していくと見込まれるほか、それが家計の値上げ許容度の高まりに繋がれば、企業による値上げがより受け入れられやすくなると指摘した。こうした議論を経て、大方の委員は、景気の拡大基調が続き、プラスの需給ギャップが維持される中、企業の慎重な賃金・価格設定スタンスや家計の節約志向など、これまで物価の上昇を遅らせてきた要因の多くは、次第に解消していくとの見方を共有した。もっとも、何人かの委員は、長年にわたって醸成されたデフレマインドの転換には相応の時間を要するほか、現実の物価に影響を受けやすい人々の予想物価上昇率が、急速に上昇することも考えにくいため、先行き、物価上昇ペースは緩やかなものにとどまる可能性が高いとの考え方を示した。

以上のような議論を踏まえ、大方の委員は、先行き、企業の賃金・価格設定スタンスは次第に積極化し、中長期的な予想物価上昇率も徐々に高まってくるとみられることから、消費者物価の前年比は、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくとの見方を共有した。もっとも、これらの委員は、2%の実現には、これまでの想定より時間がかかる見込みであり、2018年4月の展望レポートの見通しと比べても、見通し期間の物価上昇率は、下振れているとの認識で一致した。

さらに、委員は、消費者物価の前年比が2%に向けて上昇率を高めていくメカニズムを、一般物価の動向を規定する要素に基づいて改めて整理した。まず、マクロ的な需給ギャップについて、大方の委員は、労働需給の着実な引き締まりや資本稼働率の上昇を背景に、プラス幅を拡大しているとの認識で一致した。先行きについても、大方の委員は、わが国経済が緩やかな拡大を続けるもとで、需給ギャップは2018年度にプラス幅をさらに拡大し、2019年度から2020年度についても比較的大幅なプラスで推移するとの見方を共有した。また、中長期的な予想物価上昇率について、大方の委員は、先行き上昇傾向を辿り、2%に向けて次第に収斂していくとの認識を共有した。その背景として、これらの委員は、(1)「適合的な期待形成」の面では、需給ギャップの改善に伴い、実際に価格引き上げの動きが拡がっていけば、これが、現実の物価上昇率の伸びを通じて、予想物価上昇率を押し上げていくと期待されること、(2)「フォワードルッキングな期待形成」の面では、日本銀行が「物価安定の目標」の実現に強くコミットし金融緩和を推進していくことが、予想物価上昇率を2%に向けて押し上げる力になると考えられることを指摘した。こうした見方に対し、一人の委員は、今後、需給ギャップのプラス幅が一本調子で拡大するとは見込みにくく、予想物価上昇率も弱めの動きを続けていることから、現状の政策のもとでは、2%に向けて物価上昇率が徐々に高まる可能性は低いと述べた。

この間、ある委員は、展望レポートなどでは、物価は、経済全体の需給ギャップや中長期的な予想物価上昇率といったマクロ的な要因によって決定されると整理しているが、人々の間では、個別価格の影響やインターネット通販の拡大等の部門ショックに基づく説明も根強くみられると述べた。そのうえで、この委員は、こうした認識のギャップを埋めるため、日本銀行としても、物価の決定メカニズムについて、丁寧な説明に努めることが必要であるとの見解を示した。この点に関し、別のある委員は、経済を長期的に捉えれば、需給ギャップと予想物価上昇率によって物価が決まるという考え方は妥当するが、金融政策のスコープとして数年程度の時間を意識した場合、部門ショックによる物価の変動なども無視できない影響を及ぼし得ることに留意する必要があると述べた。

このほか、委員は、日本経済の成長力と物価動向の長期的な関係について議論を行った。多くの委員は、最近の女性や高齢者の労働参加の高まりや、生産性向上に向けた企業の取り組みは、短期的には、賃金や物価の上昇圧力を弱める方向に作用するが、より長い目でみれば、経済の成長力を強化し、物価上昇圧力を高める可能性があるとの見方で一致した。ある委員は、強力な金融緩和のもと、当初想定していた以上に生産性と雇用が改善しているとしたうえで、こうした動きは、時間はかかるものの、人々の投資や支出の意欲を高め、物価上昇にも繋がっていくと指摘した。別のある委員は、最近の供給面の拡大は、非効率なビジネス・モデルなどの過去に生じたヒステリシス(履歴効果)が希薄化するプロセスであり、国民経済の健全な発展に資するものであるため、足もとの賃金・物価の伸び悩みを過度に悲観する必要はないと述べた。

委員は、経済・物価情勢の先行きの中心的な見通しに対する上振れ・下振れ要因についても議論を行った。まず、経済の上振れ・下振れ要因として、委員は、(1)海外経済の動向、(2)消費税率引き上げの影響、(3)企業や家計の中長期的な成長期待、(4)財政の中長期的な持続可能性の4点を挙げた。このうち海外経済の動向について、多くの委員は、最近の保護主義的な動きの帰趨とその影響については、特に注意してみていく必要があると指摘した。この点に関し、ある委員は、こうした動きは、結果的に自国経済にも悪影響を及ぼし得るため、今後、米国等の通商政策が保護主義に全面転換する可能性は低いとの見方を示した。別のある委員は、米国の保護主義的な姿勢が、今後さらに強まることになれば、グローバルに活動する企業の経営判断を大きく左右し、世界の貿易・投資活動に無視できない影響を及ぼす可能性があると指摘した。消費税率引き上げの影響について、委員は、駆け込み需要とその反動や実質所得減少の影響は、消費者マインドや雇用・所得環境、物価の動向によって変化し得るため、不確実性が大きいとの認識を共有した。そのうえで、委員は、経済の見通しについて2018年度はリスクは概ね上下にバランスしているが、2019年度以降は下振れリスクの方が大きいとの認識で一致した。

次に、物価に固有の上振れ・下振れ要因として、委員は、(1)中長期的な予想物価上昇率の動向、(2)マクロ的な需給ギャップに対する価格の感応度が低い品目の存在、(3)為替相場の変動や国際商品市況の動向、の3点を挙げた。このうち、中長期的な予想物価上昇率の動向について、委員は、企業の賃金・価格設定スタンスが積極化してくるまでに予想以上に時間がかかり、現在の物価が弱めの推移を続ける場合には、「適合的な期待形成」を通じて、予想物価上昇率の高まりもさらに遅れるリスクがあるとの見方で一致した。委員は、物価の見通しについては、中長期的な予想物価上昇率の動向を中心に下振れリスクの方が大きいとの認識を共有した。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

以上のような金融経済情勢に関する認識を踏まえ、委員は、当面の金融政策運営に関する議論を行った。

金融政策の基本的な運営スタンスについて、大方の委員は、「物価安定の目標」の実現にはこれまでの想定より時間がかかるものの、2%に向けたモメンタムは維持されていることから、現在の強力な金融緩和を粘り強く続けていくことが適当であるとの認識を共有した。多くの委員は、現在の強力な金融緩和のもとで、マクロ的な需給ギャップがプラスの状態をできるだけ長く続け、2%に向けたモメンタムを途切れさせないことが、結果的に、経済や金融情勢の安定を確保しつつ、「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現することに繋がるとの認識を示した。何人かの委員は、強力な金融緩和をさらに継続していくためには、これに伴う副作用にも十分配慮し、その影響を可能な限り軽減すべく、政策枠組みに見直しの余地がないかどうか、点検することが必要であると述べた。これに対し、一人の委員は、物価上昇率が伸び悩んでいる現状では、金融緩和を息長く続けるための対応ではなく、息長くならないように金融緩和自体を強化すべきであると述べた。

こうした議論を経て、委員は、強力な金融緩和をさらに継続していくにあたって点検すべき課題について議論を行った。大方の委員は、「物価安定の目標」の実現に、これまでの想定より時間がかかることが見込まれる中にあっては、目標実現に向けた政策運営スタンスに対する信認を確保するような施策が重要であるとの認識を共有した。この点に関し、ある委員は、海外中銀の例にもあるような、将来に向けて政策金利を低位に維持することを約束するフォワードガイダンスを導入することを検討してはどうか、と述べた。複数の委員は、物価の見通しが下振れするこのタイミングでフォワードガイダンスを導入し、目標実現に対するコミットメントを強化することは適切であると指摘した。この間、一人の委員は、フォワードガイダンスの設計にあたっては、低金利政策の継続を約束するだけでは現状追認以上の効果があるかどうか疑問であり、むしろ、総需要やインフレ期待を刺激し、金融緩和が長期化することを食い止める内容とすることが重要であると述べた。

続いて、何人かの委員は、この先、金融緩和をさらに継続していく際は、金融市場調節や資産の買入れをより弾力的に運営するなどして、緩和の長期化に耐え得る枠組みを構築していく必要があるとの認識を示した。ある委員は、イールドカーブ・コントロールの導入当初から、ある程度の金利変動は想定していたが、結果的に、市場における長期金利の形成は幾分硬直的になっていると指摘した。そのうえで、この委員は、「ゼロ%程度」という操作目標等の骨格は維持したうえで、実際の長期金利は、上下双方向にある程度変動しうることを示してはどうか、との意見を述べた。何人かの委員は、そうした長期金利操作の弾力化は、市場機能の維持・向上に資するとして、この意見を支持した。一人の委員は、現状より金利が幾分上昇するようなことがあっても、経済・物価への影響は限定的とみられる一方、金融仲介機能への累積的な影響の軽減と政策の持続性強化に効果が見込まれるとの認識を示した。そのうえで、この委員は、主要国の最近の長期金利の動きを参考にすると、わが国でも、±0.25%程度の変動を許容することが適切であると述べた。別のある委員は、イールドカーブ・コントロール導入後の金利変動幅である概ね±0.1%をベースとしつつ、上下その倍程度に変動しうることを念頭に置くことが適切であると述べた。これらの意見に対し、一人の委員は、中長期の予想インフレ率が弱い現時点で、長期金利が上昇しうることも許容する政策調整を行うと、実質金利が上昇し、物価の伸び悩みを助長しかねないとの見解を示した。別のある委員は、長期金利の上昇を望む市場参加者の中には、運用金利だけが上昇し、為替も株価も債券価格も動かず、企業の借入れ意欲も低下しないと期待する声もあるが、経済全体をみればそのようなことはありえないと述べた。

この間、ある委員は、マイナス金利導入後の経験から、現状程度の短期市場金利を維持するうえで、現在の10兆円規模の政策金利残高は不要であることが明らかになってきていることから、これを減額することも考えられると述べた。このほか、何人かの委員は、ETFやJ-REITの買入れについては、現在の買入れペースを維持しつつ、より弾力的に買入れを行い、政策の持続性を高めていくことが考えられるとの意見を述べた。ある委員は、ETFの買入れをより円滑に行う観点から、銘柄別の買入れ額についても見直す余地があると指摘した。

こうした委員の意見を踏まえ、議長は、執行部に対し、現在の強力な金融緩和を継続していくにあたり、その枠組みを強化する観点から、どのような対応が考えられるか説明するよう指示した。

執行部は、まず、何人かの委員が言及した政策金利のフォワードガイダンスに関し、一案として、「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する」旨を示すことが考えられると説明した。これについて、執行部は、主要国中銀のフォワードガイダンスの実例をみると、物価目標の実現まで距離がある段階では、経済情勢やリスク評価などを踏まえた定性的な条件を示す方式が多くみられると付け加えた。そのうえで、わが国の場合、消費税率引き上げという、当面想定される経済面での重要イベントを例示しつつ、経済・物価を巡る不確実性を判断基準として示す方法が考えられると述べた。

続いて、執行部は、金融市場への影響などにも配慮しつつ、現在の金融緩和の持続性を強化する措置として、以下を内容とする案を提示した。

  • 短期金利と長期金利について、現在の金融市場調節方針を維持する。ただし、長期金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうることとする。国債買入れ額は、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施する。
  • 政策金利残高については、現在の水準から半減させる。
  • ETF、J-REITの買入れについては、保有残高の年間増加目標を維持したうえで、市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうるものとする。ETFについては、TOPIXに連動するETFの買入れ額を拡大する。

執行部が提示したフォワードガイダンスの案について、多くの委員は、2%の実現に向けたコミットメントを強化し、政策運営に対する信認を確保する観点から適切であるとの認識を示した。この間、ある委員は、金融政策は、物価目標との関係がより明確となるガイダンスの方が望ましいとの見解を示した。これに対し、別のある委員は、コミットメントの実効性確保と政策運営の柔軟性確保という、フォワードガイダンスに求められる2つの要請を踏まえると、執行部案は、現時点では、バランスのとれたものであると述べた。ある委員は、物価見通しが下振れる中にあっては、金利を長く低位に維持することは自明であり、敢えてフォワードガイダンスを導入する意味はないのではないかと述べた。これに対し、複数の委員は、わが国では、物価が弱めで推移しているにもかかわらず、事あるごとにいわゆる出口観測が高まるのが実情であり、今回のガイダンスには、こうした見方への対応としての効果も期待されるとの認識を示した。

続いて、多くの委員は、現在の金融緩和の持続性を強化する措置について、執行部が示した内容に沿って検討することが望ましいとの認識を示した。ある委員は、長期金利は、「上下にある程度変動しうる」とする案に賛成したうえで、金利水準が一人歩きするリスクがあることから、変動幅についての言及は慎重に行うべきとの認識を示した。別のある委員は、「ある程度変動しうる」という文言は曖昧で解釈の余地が大きいため、実際のオペレーション次第では、金利が必要以上に上昇しうると述べた。そのうえで、この委員は、そうした場合には、実体経済が改善したとき、国債買入れ額を増額して、長期金利をゼロ%に維持すれば緩和効果が強まるという、現在のイールドカーブ・コントロールが想定している効果を阻害するおそれがあると指摘した。こうした意見を踏まえ、ある委員は、イールドカーブ導入以降の金利動向を考慮し、長期金利の変動幅として、これまでの概ね±0.1%の幅から、上下その倍程度に変動しうることを念頭に置くことが大方の委員の合意となるのであれば、本日の議長による記者会見でこれを明らかにしてはどうかと提案した。大方の委員は、これに賛意を示した。なお、ある委員は、長期金利変動幅の弾力化は、市場から利上げを意図したものと誤解されるおそれがあり適切でないと述べた。この点に関し、何人かの委員は、そうした誤解を防ぐためにも、経済・物価情勢等から乖離して金利が急速に上昇した場合には、迅速かつ適切に国債買入れを実施し、金利の安定に努めることが必要との認識を示した。

このほか、委員は、ETFやJ-REITの買入れペースを維持しつつ、市場の状況に応じて買入れ額は上下に変動しうるとすることは、資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から適切であるとの認識で一致した。委員は、ETFの銘柄別の買入れ額の見直しや、政策金利残高の見直しについても、執行部の提案に賛成した。何人かの委員は、TOPIX連動型のETFの買入れ額を拡大することは、現在の買入れ方法を継続することに伴う一部株式の品薄化や、市場の一部で指摘されている株価形成の歪みを回避することに資するとの見解を示した。

ある委員は、政策金利残高の見直しは、より効率的にマイナス金利を維持するための実務的な対応であり、個別金融機関の収益に配慮したかのような誤解を招かないよう、しっかりと説明する必要があると述べた。

一人の委員は、強力な金融緩和継続のための枠組みの強化は、ある程度の弾力性を持って運営するという「量的・質的金融緩和」が元来有する意図を徹底することにより、政策の持続性と柔軟性を高めて、金融緩和の長期化に備えるものであるとの見方を示した。ある委員は、今回の措置が、全体として金融緩和の強化と受け取られるかどうか疑問であると述べた。これに対し、ある委員は、強力な金融緩和をさらに継続していくという意味で、今回の措置は、全体として緩和効果を強化するものと理解していると述べた。この点に関し、多くの委員は、今回の措置は、強力な金融緩和を継続していくための「枠組み強化」であり、市場から、緩和縮小を意図したものであるとか、金融仲介機能の悪化に配慮した結果であるなどと誤って受け止められることがないよう、丁寧な情報発信に努める必要があるとの見解を示した。

以上の議論を踏まえ、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、大方の委員は、以下の方針とすることが適当であるとの見解を示した。

「短期金利:日本銀行当座預金のうち政策金利残高に-0.1%のマイナス金利を適用する。

長期金利:10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行う。その際、金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるものとし、買入れ額については、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施する。」

これに対し、ある委員は、長期金利がある程度変動しうるとすることは、オペの運営次第の面があり、政策委員会が決定する金融市場調節方針として曖昧であるとの意見を述べた。別のある委員は、物価の現状等を考慮すると、金融緩和を強化することが望ましく、仮に「ゼロ%程度」という現在の操作目標を維持したとしても、長期金利操作の弾力化は金利上昇を容認していると誤解され、目標が形骸化するおそれがあると述べた。

長期国債以外の資産の買入れについて、委員は、次回金融政策決定会合まで、(1)ETFおよびJ-REITについて、保有残高が、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行う。その際、資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から、市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうるものとすること、(2)CP等、社債等について、それぞれ約2.2兆円、約3.2兆円の残高を維持すること、が適当であるとの認識を共有した。

先行きの金融政策運営の考え方について、大方の委員は、(1)2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する、(2)消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する、(3)2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、政策金利は、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する、(4)今後とも、金融政策運営の観点から重視すべきリスクの点検を行うとともに、経済・物価・金融情勢を踏まえ、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行うとの方針を共有した。

ある委員は、現時点で金融仲介機能などに大きな問題はないものの、金融緩和の継続にあたっては、その効果と副作用という二つの異なる時間軸の双方を複眼的に捉え、金融政策運営の観点から重視すべきリスクの点検を行いつつ、経済・物価・金融情勢に応じた柔軟な対応を図ることが重要であると指摘した。別のある委員は、今回の措置が実際に物価上昇率を高めていくことを期待しているが、その効果については、不断に点検していく必要があるとの認識を示した。また、この委員は、金融システムや市場機能に関する評価を行うにあたっては、個別の指標を取り上げるのではなく、これらを「物価安定の目標」といかに整合的に評価するかという観点から、議論を深めていく必要があると述べた。この間、一人の委員は、オーバーシュート型コミットメントを強化し、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に達成する観点からは、中長期の予想物価上昇率に関する現状評価が下方修正された場合には、何らかの追加緩和手段を講じるというコミットメントを追加する必要があると述べた。

IV.政府からの出席者の発言

強力な金融緩和継続のための枠組みの強化に関する議論を踏まえ、政府からの出席者から、財務大臣および経済財政政策担当大臣と連絡を取るため、会議の一時中断の申し出があった。議長はこれを承諾した(11時54分中断、12時18分再開)。

財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  • 本日提案のあった事項は、金融政策の目標を達成するために、強力な金融緩和継続のための枠組みを強化するものとして評価しており、そのために必要な措置は、本会合において、適切に判断して頂ければと思う。また、こうした「枠組み強化」を含め、金融政策運営の状況等については、引き続き、丁寧かつ積極的な説明に努めて頂きたい。
  • 平成31年度予算の概算要求基準は、7月10日に閣議了解された。「骨太の方針2018」の中で新経済・財政再生計画が示されたことに伴い、同計画の枠組みのもとで、引き続き手を緩めることなく、本格的な歳出改革に取り組んでいく所存である。
  • 平成30年7月豪雨について、政府としては、被災者の生活再建や生業の復興に向けた政策パッケージの取りまとめを進めるなど、被災者の方々への支援に全力を尽くしているところであり、引き続き、対応に万全を期していく。
  • 日本銀行には、引き続き、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、「物価安定の目標」の実現に向けて努力されることを期待する。

また、内閣府の出席者からは、以下の趣旨の発言があった。

  • わが国の景気は緩やかに回復しており、先行きも、来年度にかけて、民需を中心とした景気回復を見込んでいる。リスクとしては、通商問題の動向が世界経済に与える影響や海外経済の不確実性、金融資本市場の変動の影響に留意する必要がある。
  • 消費税率引き上げに伴う需要変動に対しては、機動的な対応を図る必要があるため、臨時特別な措置を来年度の当初予算において講じることとした。
  • 政府としては、2025年度のプライマリーバランス黒字化、債務残高GDP比の安定的な引き下げを目指していく。このため、「骨太の方針2018」に盛り込まれた、歳出改革の重要課題の方向性や歳出の目安の明確化・具体化に取り組み、新たな改革工程表を取りまとめて年末に向けて示していく。
  • 日本銀行には、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、物価安定目標の実現に向けて、金融緩和を着実に推進していくことを期待する。今回の「枠組み強化」は、金融緩和を継続していくことをより明確にするために提案されたものと認識しており、日本銀行としての考え方について、対外的に丁寧に説明して頂くことが重要と考える。
  • 政府としても、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた取り組みを進めてまいりたい。

V.採決

1.金融市場調節方針

以上の議論を踏まえ、議長から、委員の多数意見を取りまとめるかたちで、以下の議案が提出され、採決に付された。

採決の結果、賛成多数で決定された。

金融市場調節方針に関する議案(議長案)

次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。

  1. 日本銀行当座預金のうち政策金利残高に-0.1%のマイナス金利を適用する。
  2. 10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行う。その際、金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるものとし、買入れ額については、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施する。

採決の結果

賛成:
黒田委員、雨宮委員、若田部委員、布野委員、櫻井委員、政井委員、鈴木委員
反対:
原田委員、片岡委員

原田委員は、長期金利が上下にある程度変動しうるものとすることは、政策委員会の決定すべき金融市場調節方針として曖昧すぎるとして反対した。片岡委員は、物価が伸び悩む現状や今後のリスク要因を考慮すると、10年以上の幅広い国債金利を一段と引き下げるよう、金融緩和を強化することが望ましく、長期金利操作の弾力化は「ゼロ%程度」の誘導目標を不明確にするとして反対した。

2.資産買入れ方針

議長から、委員の見解を取りまとめるかたちで、次回金融政策決定会合まで、(1)ETFおよびJ-REITについて、保有残高が、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行う。その際、資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から、市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうるものとする、(2)CP等、社債等について、それぞれ約2.2兆円、約3.2兆円の残高を維持する、との資産買入れ方針とすることを内容とする議案が提出され、採決に付された。

採決の結果、全員一致で決定された。

採決の結果

賛成:
黒田委員、雨宮委員、若田部委員、原田委員、布野委員、櫻井委員、政井委員、鈴木委員、片岡委員
反対:
なし

3.対外公表文(「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」)

以上の議論を踏まえ、対外公表文が検討された。この間、原田委員からは、物価目標との関係がより明確となるフォワードガイダンスを導入することが適当であるとの意見が表明された。また、片岡委員からは、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に達成する観点から、長短金利維持のコミットメントではなく、中長期の予想物価上昇率に関する現状評価が下方修正された場合には追加緩和手段を講じるとのコミットメントが適当であるとの意見が表明された。

こうした検討を経て、議長からは、対外公表文(「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」<別紙>)が提案され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。

VI.「経済・物価情勢の展望」の検討

続いて、「経済・物価情勢の展望」の「基本的見解」の文案が検討され、多数意見が形成された。

議長からは、こうした多数意見を取りまとめるかたちで、「基本的見解」の議案が提出された。

採決の結果、賛成多数で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。また、わが国の物価が弱めの動きを続けている要因について詳しく分析した「賃金・物価に関する分析資料」を、「基本的見解」と同時に公表し、背景説明を含む全文は、8月1日に公表することとされた。なお、片岡委員は、消費者物価の前年比について、先行き、2%に向けて上昇率を高めていく可能性は現時点では低いとして、物価の見通しに関する記述に反対した。

採決の結果

賛成:
黒田委員、雨宮委員、若田部委員、原田委員、布野委員、櫻井委員、政井委員、鈴木委員
反対:
片岡委員

VII.議事要旨の承認

議事要旨(2018年6月14、15日開催分)が全員一致で承認され、8月3日に公表することとされた。

VIII.金融政策決定会合の開催予定日の承認

2019年の金融政策決定会合の開催予定日が全員一致で承認され、会合終了後、公表することとされた。

以上


  • (注)「10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行う。」 本文に戻る

別紙

2018年7月31日
日本銀行

強力な金融緩和継続のための枠組み強化

  1. 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、強力な金融緩和を粘り強く続けていく観点から、政策金利のフォワードガイダンスを導入することにより、「物価安定の目標」の実現に対するコミットメントを強めるとともに、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の持続性を強化する措置を決定した。
    1. (1)政策金利のフォワードガイダンス(注1)

      日本銀行は、2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している。

    2. (2)長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)(賛成7反対2)(注2)

      次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりとする。

      短期金利:
      日本銀行当座預金のうち政策金利残高に-0.1%のマイナス金利を適用する。
      長期金利:
      10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行う。その際、金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるものとし1、買入れ額については、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施する。
    3. (3)資産買入れ方針(全員一致)

      長期国債以外の資産の買入れについては、以下のとおりとする。

      1. (1)ETFおよびJ-REITについて、保有残高が、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行う。その際、資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から、市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうるものとする。2
      2. (2)CP等、社債等について、それぞれ約2.2兆円、約3.2兆円の残高を維持する。
  2. 日本銀行は、1.の措置と合わせて、以下の実務的な対応を行うこととした。
    1. (1)政策金利残高の見直し

      日本銀行当座預金のうち、マイナス金利が適用される政策金利残高(金融機関間で裁定取引が行われたと仮定した金額)を、長短金利操作の実現に支障がない範囲で、現在の水準(平均して10兆円程度)から減少させる。

    2. (2)ETFの銘柄別の買入れ額の見直し

      ETFの銘柄別の買入れ額を見直し、TOPIXに連動するETFの買入れ額を拡大する。

  3. わが国の景気は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大しており、労働需給も着実な引き締まりを続けている。一方、物価は、経済・雇用情勢に比べて弱めの動きが続いている。その背景には、本日公表した「経済・物価情勢の展望」で示したように、企業の慎重な賃金・価格設定スタンスや値上げに対する家計の慎重な見方の継続といった要因が複合的に作用しており、2%の「物価安定の目標」の実現には、これまでの想定より時間がかかることが見込まれる。もっとも、マクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けることにより、消費者物価の前年比は、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくと考えられる。
  4. こうした認識のもとで、日本銀行は、政策金利のフォワードガイダンスを導入するとともに、金融市場調節や資産の買入れをより弾力的に運営していくことにより、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の持続性を強化し、需給ギャップがプラスの状態をできるだけ長く続けることが適当と判断した。こうした対応は、経済や金融情勢の安定を確保しつつ、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現することに繋がると考えている。
  5. 日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する。今後とも、金融政策運営の観点から重視すべきリスクの点検を行うとともに、経済・物価・金融情勢を踏まえ、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う。

以上


  1. (注1)原田委員は、物価目標との関係がより明確となるフォワードガイダンスを導入することが適当であるとして反対した。片岡委員は、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に達成する観点から、長短金利維持のコミットメントではなく、中長期の予想物価上昇率に関する現状評価が下方修正された場合には追加緩和手段を講じるとのコミットメントが適当であるとして反対した。 本文に戻る
  2. (注2)賛成:黒田委員、雨宮委員、若田部委員、布野委員、櫻井委員、政井委員、鈴木委員。反対:原田委員、片岡委員。原田委員は、長期金利が上下にある程度変動しうるものとすることは、政策委員会の決定すべき金融市場調節方針として曖昧すぎるとして反対した。片岡委員は、物価が伸び悩む現状や今後のリスク要因を考慮すると、10年以上の幅広い国債金利を一段と引き下げるよう、金融緩和を強化することが望ましく、長期金利操作の弾力化は「ゼロ%程度」の誘導目標を不明確にするとして反対した。 本文に戻る

  1. 金利が急速に上昇する場合には、迅速かつ適切に国債買入れを実施する。 本文に戻る
  2. 2015年12月に決定した「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業」の株式を対象とするETFの買入れについては、これまでどおり、年間約3,000億円の買入れを行う。 本文に戻る