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第3章 決済の方法4.オブリゲーション・ネッティング

債権・債務を消すネッティング

次に、おかねを使わないで債権・債務を解消する方法についてみてみましょう。「決済とは債権・債務を実際におかねをやりとりするなどして解消すること」と言いましたが、実際のところ決済の方法は、おかねを相手に渡すことに限りません。

債権・債務を解消するには、もうひとつ、「ネッティング」(netting)という方法があります。例えば、ある人に対して今日10万円支払う債務があり、また、その同じ人から今日8万円受け取る債権があるとします。このとき、この10万円の債務と8万円の債権を差し引きして、2万円の債務ひとつに置き換えることが考えられます。もともとあった10万円の債務と8万円の債権はどちらも消えて、新しく2万円という債務が1つだけ作られるわけです。これがネッティングです。

ネッティングによって、大もとの2つの債権・債務は確かに消えていますから、ネッティングは決済の方法として機能しているのです(もちろん、債権・債務が同額でない限り、差額に相当する別の債権・債務が生み出されてしまいますが…)。このようなネッティングは、もともとの債権・債務の打ち消し合いをすることから、オブリゲーション(obligation、債務)という言葉を使って「オブリゲーション・ネッティング」と呼んでいます。また、大もとの債権・債務を新しい債権・債務に置き換えているので、ノベーション(novation、新しくすること)という言葉を使って「ノベーション・ネッティング」と呼ばれることもあります。

オブリゲーション・ネッティングは、大もとの債権・債務を消し去るという意味で決済の方法の1つです。また、「本来の決済が行われる前の段階において取引の件数や金額を小さくしてしまう作業である」と見れば、本来の決済に伴う負担を軽減するメカニズムだと言うことも可能です。

大もとの債権・債務が10万円と8万円であった場合、オブリゲーション・ネッティングにより2万円の債権に置き換わることを示すイメージ図。

もちろん、オブリゲーション・ネッティングされる取引の数は2つである必要はありません。オブリゲーション・ネッティングされる取引は全て同じ決済日をもつことが必要ですが、取引が何本であっても、それら全ての債権・債務は解消され、それらの差額に相当する新たな1つの債権・債務が作られます。それから、オブリゲーション・ネッティングの当事者は、2人であるとは限りません。たくさんの人々を当事者とするネッティングがあり得ます(こういうネッティングを「マルチラテラル(multilateral、多角的な)・ネッティング」と言います。これに対して、2当事者の間のネッティングは「バイラテラル(bilateral、相互の)・ネッティング」と呼ばれます)。

例えば、AがBに3万円払う、BがCに2万円払う、CがDに4万円払う、DがAに5万円払う、という4つの取引(=8つの債権・債務)があったとします。この場合、AとB、BとC、CとD、DとAの間でバイラテラル・ネッティングを行っても、大もとの債権・債務がもう一度現れるだけで、何も変わりません。そもそもAとB、BとC、CとD、DとAの間には、それぞれ1つしか取引がないからです。

一方、マルチラテラル・ネッティングというのは、「誰への支払か、誰からの受け取りか」を問わず、その人の総支払額と総受取額とを差し引くものです。いまの例でみますと、Aは(Bに)3万円支払う一方、(Dから)5万円受け取る、というのが大もとの債権・債務ですから、マルチラテラル・ネッティングによって、Aは――これら大もとの債権・債務が消え去り――新たに「2万円の受け取り」という債権をもつことになるのです。同様にBは「1万円の受け取り」という債権、Cは「2万円の支払」という債務、Dは「1万円の支払」という債務をもつことになるのです。この例では、大もとの取引が4件しかないのでネッティングの効果が大きく感じられませんが、大もとの取引件数が大きければ大きいほど、ネッティングの効果は大きく現われます。

AがBに3万円、BがCに2万円、CがDに4万円、DがAに5万円払う、という4つの取引が、マルチラテラル・ネッティングにより、Aは「2万円の受け取り」という債権、Bは「1万円の受け取り」という債権、Cは「2万円の支払」という債務、Dは「1万円の支払」という債務をもつことに置き換わることを示すイメージ図。

ところが、この例において新たに作り出された、「Aの債権2万円」「Bの債権1万円」「Cの債務2万円」「Dの債務1万円」というのは、それぞれ、誰に対する債務、債権なのでしょうか。この点が実はハッキリしていません。

メカニカルには、(1) 机の上にCが2万円、Dが1万円を投げだし、(2) そこからAが2万円、Bが1万円を取る――ということで新たな債権・債務は解消されるわけですが、いろいろな人とのやりとりの差額として出てきた債権・債務なので、「誰に対する」債権・債務かは特定できなくなってしまっているのです(例えば、Cが机に置いた2万円は、Aが取るべき2万円なのか、Aが取るべき2万円の半分とBが取るべき1万円を合わせたものなのか、不明です)。国によっては、このようなマルチラテラル・ネッティングを法的に有効としている所もあるようですが、日本を含め多くの場合、このようなマルチラテラル・ネッティングの法的な有効性には疑問があるとされています。

セントラル・カウンターパーティー

そこで行われているのが、Xという「セントラル・カウンターパーティー(central counterparty)」の導入です。セントラル・カウンターパーティーというのは、A-B、B-Cといった全ての取引の間に割って入って、全員の取引相手となってあげる人のことで、全ての取引における一方の当事者となります(A-X、X-B、また、B-X、X-Cという具合です)。こうしますと、A、B、C、Dは、全ての取引をXというセントラル・カウンターパーティーと行ったかたちとなります。

その上でXとの間でバイラテラル・ネッティングを行いますと、結果的に(「誰に対する債権・債務か」が明確になった点を除き)マルチラテラル・ネッティングを行ったのと同じ効果が得られるのです。なお、このような、セントラル・カウンターパーティーを導入して行うネッティングは、正確に言えば「セントラル・カウンターパーティーとのバイラテラル・ネッティング」ですけれども、このネッティングのことも、マルチラテラル・ネッティングと呼び慣わしています。

セントラル・カウンターパーティーが、AとB、BとCといった全ての取引の間に割って入って、全員の取引相手となることで、全ての取引における一方の当事者となることを示すイメージ図。