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第5章 決済と銀行3.中央銀行への預金

中央銀行当座預金が使われる背景

銀行が銀行間決済のために利用する預金は、民間銀行への預金である場合もありますが、多くの場合中央銀行への預金が使われています。中央銀行の中には各銀行が預金口座を置いており、銀行はその銀行におかねを支払う必要が生ずると、中央銀行に「当行が預けてある預金××億円を、何々銀行に振替えよ」と指示するわけです。この指示は、従来は「振替依頼書」というような書類を中央銀行の窓口に持ち込む形で行われていましたが、いまではオンラインで行われています。

銀行間決済のために利用される預金は、多くの場合、中央銀行預金であることを示すイメージ図。詳細は本文のとおり。

中央銀行への預金――中央銀行当座預金とか、略して中銀当預などと呼ばれます――が使われる理由はいくつか考えられます。第1に、銀行間決済は一般に巨額ですから、銀行にとってみれば、銀行間決済に用いる預金を預けてある銀行が万が一にも破綻するようなことがあっては困ります。そこで銀行は、中央銀行への預金という安全確実な決済手段を利用しようとするわけです。

第2に、銀行は銀行間決済の相手を選べないことが少なくありません。例えば銀行は、顧客からどの銀行に支払うよう指示されるか、指示を受けてみないと分かりません。銀行間のおかねの貸し借りにしても、市場でどんな銀行と取引が成立するかは、やってみないと分かりません。このため、銀行が銀行間決済に用いる預金を置いておく銀行は、他の多くの銀行が預金口座を置く銀行であることが必要だ、ということになります。その際、中央銀行は特定の企業グループに属したりしない中立的な銀行ですから、多くの銀行は中央銀行を共通の銀行として利用しようと考えるわけです。

第3に、さきほど個人や企業が決済を円滑に片づけていくためには銀行が機動的におかねを貸すことが必要だ、というお話をしましたが、このことは銀行間決済についても当てはまります。とくに銀行間決済では巨額のおかねが動きますし、万が一銀行間決済が滞りますと銀行に決済を依頼している多数の個人や会社の決済も一斉に混乱に陥ってしまいます。このため、銀行間決済に利用される銀行については、必要により直ちに銀行におかねを貸せることが必要です。中央銀行は決済の安定のために必要な場合、銀行に巨額のおかねを供給することができる銀行です(そうした場合に備えて、中央銀行は日常的に銀行の経営や資金繰りの状態を把握しているのが一般的です)。これも、中央銀行が銀行間決済の場として利用される理由と考えられます。

銀行間決済の安定

いまお話しした第3の点に関連して、少しだけ補足しておくことにします。X銀行に預金を置くAさんが、Y銀行に預金を置くB社に振込を行う場合、Aさんが払い出したおかねはX銀行への預金ですが、B社が受け取るのはY銀行への預金です。このように、預金というおかねについては、多数の人々による多数の銀行への預金が一体になって機能する、という性格があります。このため、何かの理由で、ある銀行が急に銀行間決済を行えなくなれば、この銀行に置いてある預金はおかねとして機能しなくなってしまいます。

A銀行間決済の性格を説明するためのイメージ図。X銀行に預金を置くA氏が、Y銀行に預金を置くB社に振替を行うケースで、Y銀行が倒産した場合、B社の預金がお金として機能しなくなるほか、A氏の預金もB社への支払いに使えなくなることを示したもの。

また、この決済不能となった銀行に預金している人との間で預金の振替をすることができなくなる、という意味で、それ以外の銀行の預金も使い道が限られてしまうことになります。つまり銀行預金は、振替のネットワークを構成する個々の銀行が正常に決済活動を行っていて初めて、おかねとして機能するわけです。

このように、ある銀行が銀行間の決済を行うことが突然できなくなった場合、このことは単にその銀行の預金者を困らせるだけでなく、預金という決済手段全体の機能を低下させる可能性があります。例えば、「A銀行からおかねを受け取ったら、これをC銀行への支払に充てよう」としていたB銀行は、A銀行が決済不能に陥ったことで、C銀行への支払ができなくなってしまいます。その結果、C銀行も別の銀行への支払ができなくなるかもしれません。銀行は互いに、おかねのやりとりで密接につながっていますから、ある銀行がおかねを払えないことが、次々と別の銀行に伝染していく可能性が高いのです。こうしてたくさんの銀行が銀行間決済をできなくなりますと、個人や企業が別の人に預金を振替えて決済するということ――預金の、おかねとしての利用――ができなくなってしまい、私たちの決済も混乱に陥ってしまうことになります。

銀行間の決済の連鎖、つまり、銀行がお互いにお金のやり取りで密接に繋がっていることを示すイメージ図。

中央銀行は、決済不能が銀行間で連鎖的に広がり、人々の決済を混乱させることがないよう目を光らせています。ひとたびそのような混乱が生じそうになると、中央銀行は銀行間決済に不足しているおかねを迅速に供給するなどして、混乱回避に努めます。このような緊急時における機動的対応が可能であることも、銀行間決済の多くに中央銀行への預金が利用されている理由と考えられます。なお、ここでは、言わば非常事態において中央銀行が銀行におかねを貸し付けることについてお話ししましたが、中央銀行は銀行間決済を円滑に回すため、日常的にも銀行におかねを貸しています。これについては、あとで述べることにします。