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金融市場レポート

金融経済環境を巡る不確実性の高まりと国際金融市場の混乱

2008年前半の本邦金融市場の動向:「国際金融市場との連動性」と「相対的安定性」

2008年7月31日
日本銀行金融市場局

要旨

国際金融市場の混乱:金融部門と実体経済の負の相乗作用

 米国のサブプライム住宅ローン問題に端を発した国際金融市場の混乱が続いている。証券化商品の価格調整——リスクのリプライシング——は、サブプライム住宅ローンを裏付けとしたモーゲージ証券のみならず、証券化商品市場全体に波及した。同問題が顕在化した2007年夏の時点では、証券化商品の裏付け資産は、サブプライム住宅ローンを除くと、目立って劣化していたわけではなかった。07年下期の調整は、主に、「組成販売型」金融仲介モデルに内在した情報の非対称性のもとで進行したリスク評価の緩みを修正する動きだったといえる。しかし、2008年入り後、米国の景気減速の影響が徐々に拡がるにつれ、サブプライム住宅ローンのみならず、企業向けローンや消費者ローン、商業用不動産ローンなど、証券化商品の様々な裏付け資産の劣化がみられるようになり、これが証券化商品の価格下落圧力を高めるようになっていった。

 証券化商品の価格下落が続く中、市場の取引は細り、市場流動性は収縮した。その結果、証券化商品の市場流動性が存在することを前提に組成販売型金融仲介モデルに基づいて収益機会を拡げてきた金融機関は、証券化商品の評価損の計上のみならず、リスクの再仲介を余儀なくされ、バランスシートの膨張と自己資本の低下圧力に直面した。銀行は与信スタンスをより厳格化し、これが景気を下押しする方向で作用するようになっていった。

金融経済環境を巡る不確実性の高まりと流動性の収縮

 こうした金融部門と実体経済との負の相乗作用が米国で進む過程において、金融経済環境を巡る不確実性は高まり、これが、投資家の間で、リスク資産の保有を全般に抑制しようとする動き——リスク・アペタイトの低下——につながっていった。例えば、住宅価格の下落がどの程度進み、それが金融機関や家計の財務内容にどの程度の規模と期間にわたって影響を及ぼすのか、その調整終了に目処が立たない状況は、市場全般の不安定性を高め、投資家のリスク資産への投資を慎重化させた。投資家のリスク・アペタイトが低下した結果、証券化商品のみならず、金融資産の市場流動性は広く収縮するようになった。市場流動性が収縮すると、価格変動リスクが高まるため、リスク・アペタイトの低下した投資家は、相当な価格の割引がない限り——つまり、相当高いリスク・プレミアムが支払われない限り——、流動性の低下した資産を購入しようとはしない。証券化商品の中には、価格が、裏付け資産の劣化に見合ったレベルよりも下落する動きもみられるようになった。こうして、ファンダメンタルズに関する市場の価格発見力が弱まり、市場機能は低下していった。

 流動性の低下した資産をバランスシートに抱え込んだ金融機関は、それをファイナンスするために、短期金融市場での資金調達圧力を高めるとともに、流動性の比較的高い債券(地方債や政府系金融機関が組成したエージェンシーRMBSなど)の売却を行い、資金繰りの確保に努めた。この結果、3月中旬にかけて、流動性の高いと考えられてきた債券までが、売却圧力の高まりから市場流動性の低下に見舞われ、それを担保とするレポ市場の機能も低下するなど、金融機関が資金流動性の制約に直面するようになった。そして、市場流動性と資金流動性が相乗的に収縮する中で、米大手証券会社のベアー・スターンズの経営が行き詰まる事態にまで発展した。

混乱拡大に対する中央銀行や民間金融機関の対応

 市場機能の低下が有担保の短期金融市場にまで波及した結果、米国の金融システムを支える証券市場と銀行部門の双方の仲介チャネルに、大きな影響が及ぶリスクが高まった。そうした金融システム不安の高まりに対して、FRBをはじめとする主要中央銀行は、3月中旬から5月初にかけて、流動性供給策を相次いで打ち出し、事態の収拾に努めた。また、米欧の主要金融機関の多くが資本増強を行った。

 これら諸施策の実施により、市場参加者の群集行動を伴ったパニック的な資産売却——いわゆる「市場取付け(,market run)」——の進行は食い止められ、金融システム不安や米国経済に対する過度な悲観論は、5月中旬にかけて修正されていった。

 しかし、実体経済から金融市場への負のフィードバックが続く中、金融市場の不安定な地合いは継続した。5月中旬以降、景気低迷と住宅価格下落の持続に伴う不良債権の増加懸念などを背景に、金融機関の業績懸念が再燃し、株価は急落した。また、金融機関の増資の困難化が資産売却圧力を高めるのではないかという見方も拡がり、証券化商品のスプレッドは再び拡大した。さらには、市場インフラとして機能してきた金融保証専業会社(通称、モノライン)と政府系金融機関(GSE)の財務悪化懸念も再燃し、市場の不安定性を高めた。

インフレ懸念の高まりが市場の不安定化要因に

 こうした市場の不安定な状況に輪を掛けたのが、インフレ懸念の高まりである。原油や穀物などコモディティ価格の上昇持続を背景に、5月中旬頃から、市場参加者の間でインフレ懸念が急速に意識されるようになり、このことが、先行きの金融政策運営やマクロ経済環境を巡る不確実性を一層高め、投資家のリスク・アペタイトを削ぐこととなった。原油価格の上昇による景気の先行き不透明感が高まる中、米国では、金融関連のみならず、幅広い業種で収益環境の悪化が明確となり、株安が進行した。このほか、エマージング諸国では、エネルギー依存度の高い国において、インフレ率の上昇や経常収支・財政収支の赤字拡大を嫌気して、株価と通貨の双方が下落するなど脆弱性が表面化する展開となった。

 コモディティ先物市場には、かなりのテンポで投資資金の流入が続き、流動性が上昇した。利回り追求を目的とした投機筋に加え、分散投資と長期運用を目的とした年金基金などの投資家の市場参入の動きが目立っている。コモディティ・インデックスやETF(Exchange Traded Fund)といった投資枠組みの普及など市場のインフラ整備が、こうした投資家を市場に呼び込む原動力の一つとなった。もっとも、コモディティ価格の上昇傾向が続く中で、先行きの価格見通しについては、上下双方にかなり不確実性の高い状況となっている。コモディティ先物投資が、金融商品としてのプレゼンスを高めてきている以上、価格が大きく変動した場合には、他の金融市場にも相応の影響が及ぶ可能性も考えられる。

本邦金融市場の国際金融市場との連動性

 国際金融市場の混乱の影響は、海外の投資家や金融機関による国境を越えたポートフォリオ・リバランスを経由して、わが国にも波及した。その影響が顕著に表れたのは、海外投資家などのプレゼンスの高い中長期円金利市場とクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場であった。国債市場を中心とする中長期円金利市場では、資金流動性の制約に直面したヘッジファンドが3月中旬にかけて、急激なポジションの巻き戻し(デレバレッジ)を強いられたことで、国債価格等に大きな変化が生じた。ヘッジファンドなど海外投資家のリスクテイク力が低下したほか、投売りを受けた証券会社——特に、リスク資産の拡大に抑制的な先——が意図せざる在庫の増加に直面したため、証券会社のマーケットメイク力も低下した。こうしたことを背景に、国債市場の流動性は低下した。さらに、市場流動性が低下したもとで、グローバルなインフレ懸念の高まりの影響がわが国にも及び、長期金利が急上昇するなど、ボラティリティの高い状態が続いた。リスク・アペタイトの低下した投資家は、ボラティリティ(価格変動リスク)の高い市場への投資に慎重となり、これは、わが国の国債市場の流動性の回復を遅らせる一因となった。

 また、国内CDS市場でも、海外投資家によるリスク削減や裁定取引を背景に、プレミアムが3月半ばにかけて急拡大した。さらに、本邦勢がこうした市場の動きに反応し、ポジション調整を相応の規模で行ったことで、CDSの市場流動性が急速に収縮し、プレミアム拡大に拍車をかけた。

 この間、株式市場も、海外投資家の影響を強く受ける展開となったが、3月中旬以降は、米国金利の上昇を受けた円安の後押し材料などもあって、わが国の株価は、米欧に比べ比較的堅調に推移した。

本邦金融市場の相対的安定性

 本邦短期金融市場でも、米欧市場の需給逼迫の影響から、銀行間金利に上昇圧力がかかるなど、神経質な動きがみられた。もっとも、翌日物金利については、無担保コールレートが日本銀行の誘導目標である0.5%前後で概ね安定的に推移するなど、総じて落ち着いた展開をたどった。全体としてみると、米欧短期金融市場のわが国への波及は2008年入り後も限定的なものに止まった。

 こうした本邦短期金融市場の相対的安定性を背景に、海外所在銀行(邦銀海外支店を含む)は、本邦所在銀行(邦銀本店や外銀在日支店)からの資金借り入れを増やした。同資金は、ドル資金需要が高い海外において、為替スワップ(円投ドル転)の原資などに充当された。このほか、本邦市場において、金利や投資家需要が相対的に安定していたことは、国内企業の社債発行のみならず、海外の金融機関や事業法人による円建て債券(サムライ債や非居住者ユーロ円債)の発行増加を支えた。

日本銀行から

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