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金融市場レポート

国際金融市場におけるリスク・アペタイトの回復と世界経済の脆弱性
2009年上期の本邦金融市場の動向 —— 市場環境の改善と神経質な展開 ——
金融資本市場の今後の展望

2009年7月31日
日本銀行

要旨

国際金融市場におけるリスク・アペタイトの回復と世界経済の脆弱性

2008年秋以降、世界経済が金融危機に見舞われる中で、景況感は急激に悪化し、先行きの経済見通しや金融資産評価に関する不確実性が一段と高まった。こうした状況に対して、各国政府や中央銀行は、金融と実体経済の負の相乗作用の深化を食い止めようと政策を総動員してきた。09年3月頃からは、金融経済環境を巡る不確実性の程度が和らぎ、極度に悲観的な見方に覆われた経済主体の行動にも一部で変化がみられるようになった。すなわち、過度な金融システム不安は後退し、景気にも底入れ観測が徐々に拡がる中で、投資家のリスク・アペタイトはある程度回復し、株式やクレジット資産などリスク資産が徐々に買い戻される展開となった。

しかし、こうしたリスクテイク行動は経済全体に拡がっているわけではない。2007年までの信用拡張期において、過度にバランスシートを拡大させてきた経済主体による調整はまだ途上にあり、世界経済は脆弱性を抱えている。日本のバブル崩壊期の経験からすると、過剰な債務が維持可能な水準に低下するまで、バランスシートの調整は続き、経済に対して下押し圧力となって作用する可能性が高い。今回の局面では、例えば、米英の家計部門など不動産の購入主体が支出を抑制し、レバレッジを適正水準に向けて低下させていく限り、その過程では、基調として不動産市場の需給緩和が続くとみられる。その結果、資産価格の下落が継続すれば、彼らのバランスシートは毀損し、支出活動が一層抑制されることになる。

また、金融システムが市場の信頼を取り戻しつつあるとはいえ、米欧銀行のバランスシートはなお問題を抱えている。米欧の銀行は、資本増強を進めてきているが、レバレッジは依然高い状態にある。景気の下振れから資産価格のボラティリティが再び高まった場合、レバレッジが高いほど銀行の破綻確率も高まるため、銀行にはそうしたリスクを小さくしようとする誘因——すなわち、デレバレッジの継続圧力——が当面働くと考えられる。また、過去数年間、米欧銀行は短期資金の市場調達依存度を高め、これを原資に長期債権の保有を増加させていったが、金融混乱の中で、満期ミスマッチに伴う流動性リスクの高まりに直面した。中央銀行の積極的な流動性供給により、銀行の資金流動性制約は緩和されてきたが、米欧銀行は同リスクの削減のために、短期資金の市場調達依存を低下させていくとみられ、このこともデレバレッジの継続圧力となって作用していくと考えられる。

こうした民間部門のバランスシート調整は、景気に対して下押し圧力となって作用するため、当面、公的部門が民間部門にかわって総需要を下支えしていく必要があると考えられる。国際金融市場の参加者は、財政支出増加に伴う公的部門のバランスシートの拡大が、長期金利の不安定化という新たな不確実性を生み出すことを、潜在的なリスク要素として意識し始めているようにもうかがわれる。

2009年上期の本邦金融市場の動向
 —— 市場環境の改善と神経質な展開 ——

2008年秋以降、本邦金融市場は、国際的な金融混乱の影響を強く受け、各所で市場機能が低下した。09年に入っても、しばらくの間は、緊張感の強い状況が続いたが、日本銀行の積極的な政策対応などを受け、短期金融市場では金利の上昇圧力が徐々に和らいでいった。08年末にかけて発行環境の悪化したCP市場も、政府の対策や日本銀行の一連の企業金融支援措置の効果から、発行金利が低下し、格付けの高い多くの企業が金額やタームについて特段の制約を受けることなくCPを発行できるようになるまで改善した。また、投資家のリスク・アペタイトが回復していく中で、資金が安全資産である国債などから、リスク資産である株式や社債などに流れ始め、国債金利の上昇、株価の上昇、社債スプレッドの縮小といった動きも観察された。

このように金融資本市場全般において、資金仲介機能が改善の方向に向かったが、市場機能は十分には回復していない。短期金融市場では、長めのタームを中心になお取引の薄い状態が続いたほか、クレジット市場でも、投資家の選別姿勢は根強く、高格付け銘柄に対する需要が堅調である一方、低格付け銘柄に対する投資需要は総じて低調に推移した。また、国債市場では、財政赤字の拡大懸念に対して神経を尖らせる動きがみられた。

この間、外国為替市場では、2009年入り後も、世界経済や金融システムに対する市場参加者の見方に大きく左右される、不安定な相場展開となった。08年末にかけてみられたドルや円を買い戻す動きは一巡し、3月以降は、投資家のリスク・アペタイトの回復につれて、ドルや円から資源国通貨や高金利通貨へマネーを回帰させる動きがみられるようになった。ただし、為替レートのボラティリティがなお高めの水準で推移する中、投資家のリスクテイクも限定的なものであり、ドルや円のショートポジションの拡大は比較的小幅なものに止まった。

金融資本市場の今後の展望

先行きの金融資本市場の動向を展望するうえでは、世界経済における最終需要の回復と米欧を中心とする金融機関の経営状況の改善がどのように進展するかが、重要なポイントとなる。米国の家計部門のように、過剰な債務を負った部門が経済に存在する場合、当該部門の支出が抑制されることに加え、追加的な信用増加による需要刺激効果が減殺されてしまうため、実体経済の回復速度はかなり緩慢なものとなる可能性もある。そして、民間非銀行部門のバランスシート調整が長期化すれば、銀行部門の抱える不良債権も膨らんでいくリスクも考えられる。仮に、景気が下振れし米欧金融機関の経営改善を後戻りさせるような状況になれば、金融機関の自己資本の水準に対する不安が再浮上する可能性も否定できない。市場は、そうしたリスクに対する警戒感を解いていないので、ショックに対して敏感に反応する、神経質な動きを続けるものと見込まれる。

また、米欧金融機関経営に対する不安が再度高まれば、金融と実体経済の負の相乗作用を通じ、景気への下押し圧力が高まるため、さらなる財政支出の増加を余儀なくされ、財政ファイナンスに関する不確実性も拡大しよう。これによって長期金利がファンダメンタルズから乖離し、政府の資金調達コストが高まるようなことになれば、政府が支援する民間部門の調達コストも上昇するという連鎖効果が発生することになろう。その結果、国際金融市場全体の不安定化を通じ、本邦金融市場に影響を及ぼす可能性も考えられる。これらの点を考えると、米欧の金融機関が一定のスピード感を維持しながら不良債権処理を進められるかどうかが、金融資本市場の安定化という観点からも、重要な鍵となろう。

一方、より長い視点にたって考えた場合、過去において、金融経済の危機に対応し、安定性を回復するための徹底した政策措置が、所期の効果を達成しつつも、次の不均衡の芽を生み出していた事例が存在することを想起する必要がある。市場の安定を過度に追求すれば、必然的に次の金融不均衡が発生するリスクが高まっていく。このため、リスクに対する価格付けが適切になされるよう、市場機能が持続性のある形で十全に発揮されることが、長い目でみた金融市場の安定化に寄与していくと考えられる。このような観点を十分認識したうえで、市場が本来の自律的な機能を取り戻せるよう、市場関係者がそれぞれの立場で力を尽くすことが、今後、金融資本市場の頑健性の向上を図っていくうえで有益と考えられる。

日本銀行から

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