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構造調整下の設備投資回復について

1997年 2月26日
日本銀行調査統計局

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以下には、全文の要旨および目次のみを掲載しています。
全文(本文、図表、BOX)は、こちらから入手できます (ron9702b.lzh 261KB[MS-Word, MS-Excel])。
なお、本稿は日本銀行月報3月号に掲載する予定です。

要旨

1.日本経済は90年代入り後、長くかつ深い景気後退を経験したが、その大きな要因となったのは設備投資の調整であった。この90年代前半の設備投資の調整は、過去の設備投資循環と対比すると、(1)調整の長さ、深さのいずれの面からみても、第1次オイルショック後に匹敵する厳しいものであったこと、(2)回復局面に入った後も、業種別・規模別に回復テンポの大きな偏りを示したこと、(3)建設投資の回復がとくに遅れたこと、という3つの特徴を持つものであった。

2.こうした特徴は、(1)バブル期における設備ストックの積み上がりという循環的な要因に加え、(2)バランス・シート調整の影響や、(3)産業構造調整の影響、といった構造的な要因が複合的に作用することでもたらされたと考えられる。まず、ストック循環の点については、80年代後半に企業の期待が強気化し、設備ストックが通常の循環を大きく上回って増加したことから、その調整も通常の循環を上回るマグニチュードになったとみられる。中でも、景気拡大末期における建設投資の急増は、設備投資ブームを一段と加熱させる一方で、建設ストックを過大化させ、建設投資の回復の遅れをもたらした。

3.また、わが国の企業部門は、80年代後半の資産価格の高騰時に、借入の増加等により資産・負債を両建てで膨らませたが、その後の資産価格の急落に伴って大きなバランス・シート問題を抱えることとなった。バランス・シートの調整圧力は、資金調達手段や資産構成等によって、業種別・規模別にかなり異なっており、製造業・大企業ではバランス・シート毀損の影響が相対的に軽微であった一方、非製造業や中小企業、とくに不動産業では著しく悪化した。こうしたバランス・シートの悪化を修復するための調整は、非製造業や中小企業の設備投資、あるいは建設投資の回復の遅れに繋がった可能性が高い。

4.さらに、わが国経済は、90年代入り後の累積的な円高に加え、アジアを中心とする新興経済の急速な工業化・市場経済化により、二重の調整圧力に晒されることとなった。こうした国際的な分業に伴う国内産業構造の調整は、比較優位・劣位産業のコントラストとなって現れる。すなわち、電気機械をはじめとする技術・資本集約型産業では円高への対応力が高く、設備投資の立ち上がりも早かったが、労働集約型産業では円高対応力が小さく、設備投資も減少傾向が続いた。また、製造業・大企業における海外生産の拡大、部品輸入の増加が、下請け企業を多く含む中小企業に対して収益圧迫要因として働いたほか、非製造業でも、製品輸入の急増等を背景に既存の流通部門などが構造変化に晒されたことは、これら部門の設備投資の回復を抑制する方向に作用したとみられる。

5.しかし、最近の設備投資の動きをみると、94年度に半導体などの情報関連投資をリード役に回復に向かった後、95年度には回復が製造業・大企業全体に拡がり、これを起点として96年度入り後は中小企業や非製造業の回復も明確化しつつある。こうした回復の背景を循環的な側面からみると、(1)金融・財政政策の効果は、金利負担の軽減や総需要の下支えを通じて景気回復への基盤を整えてきたなかで、(2)ストック調整の進展とリストラ努力による収益環境の改善を背景に、製造業・大企業の設備投資が立ち直り、(3)最近は、生産活動全般の高まりにつれて非製造業や中小企業の収益環境の改善をもたらしてきた、と捉えることができる。

6.このほか今回の設備投資の回復においては、情報化や規制緩和を契機とする独立的な投資拡大が大きな役割を果たした。最近の情報化投資の隆盛は、90年代入り後、情報関連の技術革新が急速に進んだことで、既存の情報処理システムが陳腐化するとともに、その価格低下が資本と労働の相対価格の変化を通じて、情報化投資へのインセンティブとなったことが大きく影響している。さらに、移動体通信分野や流通分野における規制緩和など、これまでに進められてきた様々な規制緩和が、独立的な需要として設備投資の誘発に大きく寄与していることの影響も軽視できない。

7.また、様々な構造調整圧力の中で、バランス・シート調整の進捗は緩やかなものに止まっているが、産業構造の調整は業種間のばらつきを伴いつつも全体としては着実に進展しつつあり、その影響も見逃すことはできないだろう。すなわち、個々の企業のレベルでは、海外生産化や部品輸入等によって新たな国際分業構造への対応が進んだことが、製造業において円高対応力の高まりに繋がってきた。また、流通業などでも「価格破壊」への対応が進みつつある。さらに、マクロ的にみると、比較優位に即した方向への産業の再編が徐々に進展しつつあるほか、情報通信分野などの成長産業の拡大が生産性の向上に結び付き始めた可能性があり、これらが設備投資の回復において重要な基盤となってきていると考えられる。

8.先行きについても、ストック調整や稼働率、投資採算などの循環的な環境は設備投資の回復をサポートする方向にあるほか、産業構造調整の進展も、当初の調整圧力を吸収して次第にプラスの面が拡がりつつある点からみて、設備投資は引き続き回復歩調を辿るものとみられる。今後は、こうした設備投資の回復や景気全体の回復の持続性、ひいてはわが国の中期的な成長という観点からみて、不動産の流動化等を通じてバランス・シート調整を円滑に進めていくことや、各種の規制緩和によって経済の活性化に向けて経済構造の改革を積極的に進めていくことが、極めて重要であると思われる。

目次

  • 1.はじめに
  • 2.90年代前半の設備投資の低迷とその背景
    • (1)90年代前半における設備投資の特徴点
    • (2)設備投資低迷の背景
      • (イ)バブル期における設備ストックの積み上がり
      • (ロ)バランス・シート調整の影響
      • (ハ)産業構造調整の影響
  • 3.最近における設備投資回復のメカニズム
    • (1)循環的な設備投資環境の改善
    • (2)独立投資の高まり
    • (3)産業構造調整の進展
  • 4.結びに代えて:設備投資回復の持続性
  • [BOX 1] 地価変動の建設投資への影響
  • [BOX 2] 稼働率指数の下方バイアス
  • [BOX 3] 米国における情報化関連投資

以上