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信用リスク管理の高度化に向けた自己査定の活用について

1997年10月24日
日本銀行考査局

 本稿は日本銀行月報10月号にも掲載しております。

目次

はじめに

 金融機関が業務を遂行していくうえで晒されるリスク1は、近年ますます多様化、複雑化している。こうした中で、信用リスクの管理は、リスクが顕現化した場合の経営への影響の大きさという点で、最も重要な課題の一つであることは言うまでもないが、バブル崩壊後の不良資産問題の経験に鑑みて、信用リスク管理体制を如何にして高度化していくかが、改めてわが国金融機関の当面の大きな関心事項の一つになっている。日本銀行の考査2においても、金融機関の健全性を判断するうえで、信用リスク管理体制の整備状況は、当然のことながら、最も関心を払うポイントの一つである。

 明年4月に導入される早期是正措置の下で、金融機関は、資産の自己査定(金融機関自らによる正常・問題債権の区分け、問題債権の分類<問題債権は悪化の度合に応じて分類>)及びこれに基づく適正な貸倒償却及び貸倒引当金の計上(以下「償却・引当」と呼称)3を行うことが求められる。自己査定及び償却・引当は、早期是正措置という枠組みの中で適正な財務諸表を作成するための作業であるが、同時に、金融機関にとっては、資産内容の実態把握等信用リスク管理にも活用し得るものである。

 現在、金融機関では、自己査定及び償却・引当の本格的実施に向けた準備のほか、融資先企業に対する信用格付制度の整備等に取り組んでいる。さらに、一部先進行では、信用リスク量の算出やその融資方針・貸出金利への反映、ローン・ポートフォリオ分析(貸出をポートフォリオとして捉え、その質的な変化やリスク集中状況を分析)等の試みも進んでいる。

 金融機関の信用リスク管理高度化を巡って、最近では様々な動きがみられているが、早期是正措置という行政措置の枠組みの前提となる自己査定とこれに基づく償却・引当は、信用リスク管理高度化のための基礎を提供するものであり、こうした観点から日本銀行としても大きな関心を有している。信用リスク管理手法の面で先進国である米国の例をみても、信用格付や信用リスク定量化等の管理手法は、「80年代の不良資産問題を教訓に自己査定を如何に正確に行い、その結果を経営判断にどう活かすか」という問題意識の中から生まれたものが多く、自己査定及び償却・引当は信用リスク管理高度化を進めていくうえでの基本ステップと位置付けられている。日本の金融機関においても、自己査定及び償却・引当を単に制度上の義務として受け身に捉えるべきではなく、むしろ自己責任原則の下で信用リスク管理高度化に向けた経営ツールとして前向きに活用することが重要であると言えよう。

 以上のような問題意識に基づき、日本銀行考査局では、金融機関の信用リスク管理高度化の観点から自己査定の活用方法等につき検討してきているが、本稿では、その一つの試みとして「資産査定と償却等のトレース手法」を紹介する。当手法は、査定された与信がその後「償却等」4に至る過程とその割合をトレースし、査定区分毎の「償却率」(償却等の額/査定額)を算出するものであるが、手法自体は簡便なうえ、当手法から得られた償却率等の情報は、資産内容変化の指標、償却・引当額算定の手掛かり、さらには営業戦略のためのデータ等、広範囲に活用しうると思われる。

 以下では、(1)信用リスク管理の先進国である米国において、自己査定がリスク管理高度化の中で如何に位置付けられているか等を概観した後、(2)自己査定の持つ意味、(3)自己査定の活用の一つの方法としての「資産査定と償却等のトレース手法」の紹介及び当手法による分析結果が今後の信用リスク管理高度化にもたらすインプリケーション、について述べる。

1.信用リスク管理高度化に関する米国の動向

 信用リスク管理の高度化を考えるうえでは、この分野で先行している米国の動向を参考にすることが有用であろう。米国の金融機関でも信用リスク管理体制が本格的に整備されたのは、80年代の開発途上国、石油開発、不動産向け融資等の失敗を経た、ここ数年の動きと言える。80年代の大きな教訓の一つは、与信のいわば入口での「貸す、貸さない」の判断と、出口での「正常債権か、要償却債権か」という判断だけでなく、その両者の中間段階において、与信内容を1本毎にみるのみならず、全体をポートフォリオとしても眺め、その質的な変化やリスク集中状況を定期的にモニターする体制を作っておかないと、問題の早期発見、是正は容易ではない、ということであった。

 米国における信用リスク管理高度化の原点は、こうした80年代の教訓を如何に活かすかであった。図表1は、信用リスク管理高度化の発展段階に関し一つの考え方を整理したものである。第1、2ステップは、自己査定、信用格付による資産内容の適切な把握及び償却・引当、与信管理状況の監視機能(クレジット・レビュー体制)等といった信用リスク管理高度化の基本的な部分が整備される段階である。次の第3、4ステップは、信用リスク量の貸出金利への反映や自己資本の業務部門別配分への応用、ローン・ポートフォリオ分析、債権流動化、クレジット・デリバティブ等の活用による能動的なポートフォリオ・マネジメントといったより高いレベルの管理が実施される段階である。第3、4ステップは、第1、2ステップの結果を如何に経営判断に活用するかという流れから生まれるものである。金融機関によっては、各ステップを同時併行的に推進する場合もあるだろうが、いずれにしても、第1、2ステップが信用リスク管理高度化の基礎として重要であることには留意する必要があろう。

 こうした高度化の流れの中で米国の金融機関の現状をみると、(1)自己査定とこれに基づく適正な償却・引当のより厳格な運営が92年から全先に義務付けられている(償却・引当は四半期毎にその適否を見直すことが求められている)ほか、(2)大半の先が問題債権のみならず正常債権の信用格付も実施しており、さらに、(3)信用リスク管理の高度化に積極的に対応する意識が経営陣から職員レベルまで浸透している。もっとも、米国の銀行といえども、連邦預金保険制度加盟約1万先のうち、第3ステップを経営ツールとして有効活用している先はまだ数十先程度、さらに第4ステップまで進んでいる先は数行〜10行程度にすぎないと言われている。実際、邦銀と業務内容が近く、伝統的なコマーシャル・バンキングを主たる業務とする大手地方銀行では、信用リスク量の経営指標としての活用はデータの制約等からまだ試行段階に止まっており、(1)資産内容把握を的確に行うための信用格付(ローン・グレーディング・システム)、(2)過度な与信集中の回避(ローン・ポートフォリオのコンセントレーション管理)、(3)自己査定、格付のプロセスの妥当性や貸出全体の内容等をチェックする与信の監視機能(クレジット・レビュー)といった主として第1、2ステップの基礎的な管理体制の整備に重点を置いているのが実情である(こうした基礎的な管理体制の整備は、邦銀にとっても有用とみられるためボックス1で紹介する)。

 なお、信用リスク管理高度化に関する米国監督当局の基本スタンスをみると、問題債権のグレーディング(自己査定)、償却・引当、与信管理状況の監視機能といった基本部分(第1、2ステップ)の整備については厳格かつ早急な対応を求める(ボックス2参照)一方、信用リスク計量化等より高度な部分(第3、4ステップ)については、コスト・パフォーマンスや各行の実情等に留意しながら進展を促している。

2.自己査定の持つ意味

 以上のように米国では、自己査定は、財務諸表の適正化のみを企図したものではなく、信用リスク管理高度化の基本ステップと位置付けられているが、日本でもこうした米国の例をも参考にしつつ、自己査定の結果を経営に前向きに活かすことが重要であろう。

 自己査定は、金融機関自らが定期的に正常・問題債権の区分けや問題債権の分類を通じて、資産内容を正確に把握することを目的としたものであり、言わば自己定期健康診断に相当するものである。しかしながら、従来金融機関の資産内容の把握は、主として検査、考査を通じて行われてきた面が少なくないため、金融機関の現場サイドを中心にややもすると、「検査、考査の査定額は少なければ少ない程よい」とか、「経営トップに対してもできるだけ少額の査定額を提示したい」といった風潮もなくはなかったように窺われる。

 今後は、まず金融機関が、(1)行政当局や日本公認会計士協会の提示したガイドラインに沿って自己査定や償却・引当の基準を定め、(2)自己査定基準に基づいて資産を分類し、(3)償却・引当基準に照らして償却・引当額を決め、(4)これを外部監査人が監査する、さらに行政当局のほか、日本銀行も金融機関の健全性の観点からそうした仕組みを尊重しつつチェックする、といったプロセスを経ることとなる。金融機関としては、自己責任原則の下で、「的確な査定により、自らの資産内容の状況を正しく把握するとともに、その悪化を早期に予防する」ことを明確に意識することが必要である。今後、日本版ビッグバンに向けた金融の変革期において、金融機関が自らの経営戦略を策定する際には、資産内容の的確な把握を通じて問題債権を早期に発見し、経営の健全性を確保していくことが必要不可欠の前提となるのは言うまでもない。また、リスク管理手法高度化の観点からも、資産内容の的確な把握が出来てこそ先進的な信用リスク計量化手法やローン・ポートフォリオ管理を経営に活かしていけるものといえよう。さらに、対顧客の営業戦略面においても、自己査定の対応如何では、信用リスクに関する地域・業種別等の分析力等に差が生じ、これが融資先や貸出条件といった融資方針にも影響を与え、ひいては先行きの経営内容の面でも大きな格差となって現れることが、十分に予想されるところである。

 なお、自己査定に向け、各金融機関とも実施要領や担当部署等各種体制の整備に取組んでいるほか、債務者格付制度のレベルアップ等に努めているが、こうした一連の整備がより的確な自己査定の本格的実施に繋がるよう期待したい。

3.自己査定の活用

 自己査定については、その意義を踏まえて、如何に適切に行うかという視点のほか、自己査定に折角コストをかけるのであれば、その結果を信用リスク管理の強化に積極的に役立てていくとの考え方に立つことも重要であろう。自己査定は、個々の貸出毎に正常債権か問題債権かを分類するものであり、信用リスク管理に活用できる情報を多く内包している。査定結果については、問題債権の業種別・店舗別・取引開始時期別等の分析のほか、査定された個々の貸出案件が時系列的にどう変化しているかといった分析に役立てることも可能である。以下では、時系列的な分析手法として、日本銀行考査局で考案した「資産査定と償却等のトレース手法」を紹介する。

(1)「資産査定と償却等のトレース手法」の概要

 当手法は、日本銀行考査の資産査定において査定された個々の債権が、その後どのような過程・割合で償却等に繋がっていったのかを一本一本分析するものである。資産査定においては、債務者区分毎(破綻・実質破綻先、破綻懸念先、要注意先、正常先)に分類された資産は、担保・保証の有無等により回収可能性が大きく異なるため、これに担保調整等を施したうえで、査定区分(無査定、S、D、L査定の4区分<大蔵省検査におけるI〜IV分類に対応>)に分類する。当手法では、資産がその後償却等に至った場合、どの査定区分からどれだけが償却等に至ったかをトレースし、査定区分毎に償却率(償却等の額/査定額)を算出するものである(図表2)。これにより、償却率を種々の角度(例えば、業種別・地域別等)から分析できるほか、査定区分毎のライフスパン(償却等に至るまでの期間)をみることも可能である。

 当手法は、簡便なものである点、及び自らの保有するデータのみで分析が可能な点が特徴である。来年度以降、金融機関では自己査定を定期的(例えば、銀行は半期、信金は年一回)に実施するが、自己査定と償却等のデータを用いることにより、自ら償却率を算出することが可能となる。このほか、当手法は、例えば正常先債権から要注意先債権、要注意先債権から破綻懸念先債権等への転化の過程・割合をトレースするといった分析(ローン・マイグレーション分析)への応用も可能とみられる。

 なお、査定と償却等の関係に着目した分析は、米国でも、例えば、連邦預金保険制度に加盟している約1万先の金融機関の過去の査定と直接償却のデータを回帰分析し、これから得られた償却率を米国監督当局の査定区分毎の引当の数値基準の目安として用いる(ボックス2参照)等の形で活用されている。

(2)当手法による実証分析結果

 当手法の有用性をチェックするため、日本銀行考査局では、最近の考査において、前回査定時(平成5〜6年)に査定された貸出等がその後どの程度償却等に至ったかを実証分析してみた。なお、計数をみる前に、実証分析で対象としている各々の「査定区分」につき「債務者区分」との対応関係を簡単に述べると(図表2の<参考>の箇所を参照)、「L査定(loss)」は、回収不可能または無価値な債権であり、破綻先及び実質破綻先向けの債権のうち担保・保証による保全がなされていない部分である。「D査定(doubtful)」は、最終の回収または価値に重大な懸念がある債権であるが、この中には、破綻懸念先債権のうち保全されていない部分のほか、破綻・実質破綻先債権のうち担保・保証による回収が確実とはいえないものも含まれている。また、「S査定(substandard)」は、回収に注意を要する債権であるが、この中には、要注意先債権(但し、優良担保により保全されている部分等を除く)のほか、破綻・実質破綻先や破綻懸念先向けの債権のうち担保・保証による回収が可能なものも含まれている。

 上記実証分析の結果(トレース調査18先)をみると、L査定は1年以内にほぼ全額償却等につながっている。また、D査定が償却等に至った割合(「累積償却率」)は、1年目3割弱、2年目5割、3年目で7割程度となっているほか、S査定の同率は、1年目2%程度、2年目1割、3年目2割弱となっている(図表3)。なお、以上の計数は平均であるが、個別にみると金融機関の間で相当バラツキがみられ、特にバブルの影響を大きく受けている先とそうでない先にはかなりの差がみられる。

 次に、「累積償却額構成比」(前回査定時以降の償却等の累積額を査定区分別にみた場合の構成比)をみると、最初の1年間はL査定とD査定からの償却等が全体の償却等の額の大半を占めているが、3年目以降は、とりわけS査定からの償却等の額がL査定やD査定からの額を上回っている。また、無査定からの償却等も3年目は無視し得ない規模となっている。

 上記の実証結果は、(1)限られたサンプルであること、(2)時期的にはバブル崩壊後における地価下落やノンバンクの処理の影響が大きく出ていること5、(3)金融機関の償却等に対する方針6や景気動向によって左右されること、等7に留意しつつみる必要があるが、大きな傾向として以下の特徴が挙げられる。第一は、当然のことながら、査定区分により、償却率にかなりの差がみられることである。第二は、L査定やD査定からの償却等は早い段階(1〜2年)で顕現化するのに対し、S査定からの償却率は、3年目以降に急速に上昇することである。第三は、S査定は、償却率は小さいが、査定のボリュームがL査定やD査定に比べかなり大きいため、償却等の額は、時間の経過に伴い、相当の規模に達することである。第四は、大口貸出のウェイト、与信先の業種集中の度合や与信中間管理の巧拙等に応じて、金融機関間の償却率にかなりの差がみられることである。

(3)上記実証結果のインプリケーション

 上記実証結果は、金融機関の信用リスク管理高度化といった観点からみた場合、以下の課題を示唆していると言える。

 第一は、資産内容把握・管理におけるアーリー・ウォーニング機能の強化の重要性である。特に、与信中間管理の巧拙等により将来の償却等の額が大きく変わり得るS査定の管理が肝要である。即ち、L・D査定は、早期是正措置発動の基準となる自己資本比率に直接影響が及ぶだけに適切に対応する必要があることは改めて言うまでもないが、S査定は、当面償却等に至る懸念は少ないとしても時間の経過とともに償却等の額が相当な規模に達する可能性があるわけであり、S査定を的確に把握・管理することは極めて重要である。このため、いかなる地域、業種、企業規模から償却等が多く出ているかを仔細に分析するなど、適切な対応が望まれる。なお、正常債権からの償却等の発生の可能性も無視し得ないことから、問題債権への転化を早期に把握することのできる体制の整備も次なる課題であろう。こうした管理体制の強化を通じ、S査定や正常債権からの償却等を極小化できれば、収益力、自己資本の強化につながるわけであり、金融機関の対応如何では経営内容に大きな差が出てくることも予想される。

 なお、S査定の内容には相当幅があり、無査定に近いもの、D査定に近いもの、L・D査定先への貸出のうち担保調整に伴いS査定となったもの等が混在しているため、S査定を内容別に細分化してフォローすることも有用である。

 第二は、償却・引当の所要額の適正な算定を行う際に、債権の区分毎の償却等に至るまでのライフスパンを踏まえた統計的手法を活用することの重要性である。本年4月に公表された日本公認会計士協会の実務指針では、債務者区分の債権毎に償却・引当の所要額を算定することとなっている8が、償却等に至るまでのライフスパン(期間及び割合)は債権毎に異なっており、こうした特性を償却・引当額の算定にどう反映するかによりその額が大きく変わり得る点を十分勘案することが重要である。

 前述の償却率のライフスパン分析によれば、例えば、D査定については、償却等が早い段階から顕現化するうえ3年目にはかなり高い償却率となる傾向があり、こうした点を勘案し、破綻懸念先債権の償却・引当額の算定が過少にならないように留意する必要があろう。また、S査定については、償却率が3年目以降に急速に上昇する傾向があるが、過去の貸倒実績率に基づき引当が求められる要注意先債権では、こうした点も踏まえ貸倒実績率の算定期間の適否等を検討することが必要と言えよう。

 もっとも、償却・引当の所要額の算定に際し、査定と償却等のトレース手法で得られた償却率は、あくまでも過去の計数であり一つの手掛かりに過ぎないことから、同計数を用いる場合でも、個々の債権にかかる償却等の内容を当時の状況を踏まえつつ分析・吟味したうえで活用する(例えば、過去において、特殊要因があれば、これを調整したベースで償却率を算定する等)ことが必要であることは言うまでもない。

 なお、償却・引当の所要額の具体的な算定方法に関し、参考までに、米国の動きをみると、監督当局では、前述のように過去の査定と直接償却の回帰分析を基に査定区分毎の引当に関する数値基準等を示している(ボックス2参照)が、金融機関では、これを目安とし、格付区分毎に過去の償却率等を勘案し引当金を算定するなど、各行とも様々な算定方法を工夫しつつ、的確な引当に努めている9。この間、監督当局は、合理性の観点から算定方法をチェックしているが、その際、併せて、適正な償却・引当の算定に必要な情報(査定区分毎の償却データ)の整備10等も指導している。

 第三は、過度な与信集中の回避の重要性である。バブル期にノンバンク・不動産業者等大口先に与信を集中した先は、多額の償却等を余儀なくされているが、こうした点は、前述の手法で算出したS査定からの償却率をみても、大口集中度の高い先程償却率が高い一方、与信分散を図っている先は低いといった傾向が窺われる。金融機関経営の健全性維持の観点からは、リスク分散というリスク管理の大原則に基づいて、特定の大口先や業種への過度の与信集中を回避することが求められる。

 第四は、信用リスク計量化のためのデータ整備の重要性である。邦銀では、信用リスク計量化の一つの手法として、予想損失額について、倒産データを利用し、「予想損失額=与信金額×倒産確率×(1−回収率)」という形で求める場合が少なくない11が、以下の点に留意する必要がある。まず、(1)倒産確率として倒産データのみを用いると、実質破綻先や金融支援先の債権に係る損失等がカバーされないため、予想損失額が過少推計される可能性があることである。即ち、貸出に伴う損失は、償却等という形で現れるが、こうした償却等の中には、倒産に伴うもののほかに、倒産に至っていない先で発生するものがあり(図表4)、後者の償却等の全体に占める割合は大きい。因みに、住友信託銀行調査部の試算によれば、上場企業における金融支援を含めた貸倒率(社数ベース)は、80〜94年度平均で倒産率の3倍程度になっている(図表5)。このほかの留意点としては、(2)回収率のデータを推計に頼っている先が少なくないことである。

 これに対し、査定結果を利用したトレース手法を活用すれば、(1)償却率のデータは、倒産先のみならず倒産に至らない先に係る損失をカバーできる、(2)当手法で定義した償却率のデータは、倒産に至らない段階の損失も含めていることから、倒産データに比べ早めに損失を捕捉できる、(3)当手法では債務者区分に担保調整等を施した査定区分から償却率を算出しているため、償却率のデータから回収率の推計12も可能である、といったメリットがある。

 信用リスクの計量化は、ローン・ポートフォリオ分析のツールとして有用なほか、自己資本の業務部門別適正配分等にも資するとみられるだけに、その基になるデータの整備が重要なことは言うまでもない。信用リスク計量化の分野で進んでいる米国でも、信用リスク量を経営指標として活用するには顧客基盤を反映した自行データの整備が重要なことが十分認識されている13。当トレース手法の考え方を参考にした自己査定及び償却等のデータの活用は、信用リスク計量化のためのデータ整備にも資すると言えよう。なお、信用リスク計量化のためには、前述の観点を踏まえ予想損失額の算出に関するデータ蓄積に努めることは言うまでもないが、さらに、ローン・ポートフォリオ全体のリスク量をより精緻に把握する観点から、問題債権のみならず正常債権の格付の変遷に関するデータも整備することが必要となるものと考えられる14

おわりに

 日本版ビッグバン等を控え、金融機関のリスク管理強化が一層求められるなかで、最も重要なリスクの一つである信用リスクの管理を如何により科学的なものとして高度化していくかは、極めて重要な課題である。明年4月の早期是正措置に伴い自己査定及びこれに基づく適正な償却・引当が求められるが、各金融機関とも、こうした基礎的な信用リスク管理体制をしっかり根付かせることが信用リスク管理高度化のために必要であるといった問題意識を、本部だけでなく各営業店にも広範に浸透させて行くことが重要であろう。さらに、自己査定は、リスク管理強化から、営業戦略まで、幅広く活用できるとみられる点で、重要な情報の宝庫であり、この活用方法如何で、金融機関の経営に大きな格差が生ずることが予想される。本稿で紹介した「資産査定と償却等のトレース手法」も、自己査定を活用する一つの方法であるが、各金融機関でも、こうした方法を参考にしながら(図表6)、自己査定を経営ツールとして最大限活用する工夫が求められよう。いずれにしても、金融機関にとって今後益々自己責任原則の徹底といった意識改革が求められよう。

 日本銀行でも、今後の考査等において、金融機関の実情に応じた信用リスク管理体制の整備状況をチェックして行く方針である。また、信用リスク管理高度化の流れの中で、前述した査定と償却等の実証分析のみならず、信用リスク計量化手法の研究等を引き続き行っていきたい、と考えている。

以上

脚注

  1. 金融機関が晒されるリスクは、一般に、信用リスク、マーケットリスク、流動性リスク、事務リスク、EDP(Electronic Data Processing)リスク、経営リスク等に分類される。
  2. 日本銀行は、決済システムの円滑かつ安定的な運行の確保を通じ、信用秩序の維持に資するという中央銀行の役割を果たすために金融機関に対して契約に基づき「考査」を行っている。
  3. 「貸倒償却及び貸倒引当金の計上」(「償却・引当」と呼称)とは、貸出金償却(直接償却)や債権償却特別勘定への繰入れ(間接償却)のほか、一般貸倒引当金への繰入れを指す。
  4. 当トレース手法における「資産査定」の対象には、貸出金のほか、支払承諾見返等貸出に準ずる資産を含めている。また、「償却等」は、金融機関が特定の債権に関して損益計算書に計上するに至った損失全体を対象とするとの考え方から、直接償却額(但し、債権償却特別勘定からの目的取崩は除く)、債権償却特別勘定繰入額のほか、債権放棄等による支援損、共同債権買取機構向け売却損等を含めている(一方、一般貸倒引当金の繰入は特定の債権と紐付けられる損失ではないことから、ここでは除いている)。なお、こうした捉え方については、金融機関の償却や支援損等に関するスタンス等が影響することには留意する必要はあるが、自己資本比率の算定等に当り影響を持つ「損失」に着目した分析が可能となる。
  5. 地価下落は、担保価額の下落に伴い処分時の回収不能分を増加させることにより、償却等の額に直接影響を及ぼす。例えば、資産査定においては、破綻先に対する債権のうち、担保用の土地の時価に一定の掛け目を乗じた部分をS査定、時価とS査定の差額はD査定、時価でカバーできないものはL査定となるが、その後時価が下落すると、処分時点では、D査定やS査定から回収不能分(償却等)が発生する。今回分析の対象とした平成5〜6年以降の時期において、地価の下落が続いたため、こうした担保価額下落に伴う追加的な損失が償却率を押し上げている。また、住専・ノンバンク向け債権の償却等が、平成7年度から8年度にかけて集中しており、これも償却率の押上げ要因として作用している。
  6. 平成7、8年度については、金融機関の中には、一時的に赤字を計上しても不良資産処理を一気に進捗させることが市場の信認を高めるとの判断から、償却等を積極化させた先もあり、こうした要因も償却率の押上げとなっている。
  7. 償却率をみるうえでのやや技術的な留意点として、大蔵省が本年3月に策定した自己査定ガイドラインでは、実質破綻先債権のうち担保等により保全されていない部分はL査定に含むこととなったが、平成5〜6年当時のD査定にはこうした部分が入っているため、当時のD査定からの償却率はやや高めに出る傾向がある。
  8. 償却・引当に関する日本公認会計士協会の実務指針では、破綻・実質破綻先債権は、担保・保証による回収可能額を控除した残りの全額を、破綻懸念先債権は、回収可能額を控除したうちの必要額を、各々償却・引当することとなっているほか、要注意先債権及び正常債権については、過去の貸倒実績率に基づき引当を行うことが求められている。
  9. 米国で貸倒引当額の算定が種々の方法で行われている例を若干紹介すると、各査定区分について過去の一定期間における償却率の単純平均を算出し、これに返済に影響を及ぼす要因(景気動向等外部環境の変化、特定業種へのローン集中等)を勘案したうえで引当額を決めている先がある。さらに、格付区分毎に、今後格付が変化する(好転、現状維持、悪化)確率を算出し(こうした分析はローン・マイグレーション分析と呼ばれている)、これから引当額を算定するといったより高度な手法を用いている先等もある。
  10. FRBの貸倒引当金に関する考査マニュアル(ボックス2参照)には、「各金融機関は、貸倒引当を適正に実施するために、クレジット・レビューを有効に機能させる必要がある。そのための一つとして、適正な引当の水準決定に欠かせない情報の整備、具体的には、各分類毎(lossdoubtfulsubstandardspecial mention、非分類)の過去の償却に伴う実損のデータ整備が必要である」と記述されている。
  11. 信用リスク量の捉え方として、予想損失額(発生する損失額の平均値)だけでなく、予想損失変動額(発生可能性のある最大損失額と予想損失額との乖離額)を含める考え方があるが、本文で紹介したものは、前者のみである。
  12. 償却率から回収率を推計する方法は、次の通りである。償却率(償却等の額/査定額)は、<A>「償却等に至った債権の査定額(考査時点)/査定額(考査時点)」と<B>「償却等の額/償却等に至った債権の査定額(考査時点)」に分解できるが、各々の分母、分子はトレース手法から求められるため、回収率(1−<B>)が推計できる。なお、処分時の担保価額の変動により、最終的な回収率は、これと異なる場合がある。
  13. 第4ステップまで進んでいる米国の一部先進行の信用リスク計量化の取組みをみると、特定先・業種へのリスク集中状況等ローン・ポートフォリオ分析のツールとしての活用には積極的であるが、信用リスク量の個々の貸出金利等への反映には現段階ではデータ面の信頼度等から慎重な先が多い。データ面については、米国では、格付機関に企業倒産に関する長期時系列のデータベースがあるため、これを用いてモデルを作り、信用リスクの計量化を行うことは比較的容易と思われ易い。しかしながら、(1)格付機関のデータは、公募債を対象としているため、銀行融資の主たる対象であるミドルマーケットに関する情報が必ずしも十分でないこと、(2)債務者の貸倒れ後の実損額に関する情報が十分に蓄積されていないこと等の課題も指摘されている。このため、より正確な信用リスク量を算出するには自行データを活用した方がよいとの考え方から各行ではデータ整備に取組んでいるが、十分な整備にはまだかなり時間を要するというのが実情である。
  14. 例えば、正常債権の総額が変わらなくとも、正常債権内での格付の構成比により全体のリスク量が変わり得る。こうしたポートフォリオ全体のリスク量をより正確に推し量る場合、格付区分毎に、今後格付が変化する(好転、現状維持、悪化)確率が必要となるが、このためには正常債権の格付の推移に関する情報も蓄積することが不可欠となる。

ボックス1

米国の大手地銀が取組んでいる基礎的な信用リスク管理体制

ローン・グレーディング・システム<信用格付制度>

 米国の金融機関では、中間管理を的確に行い、将来問題になる債権について早い段階から管理していくためには、正常債権についても肌理細かく区分しておくことが不可欠との考え方から、債権を信用力に応じて格付けする制度(ローン・グレーディング・システム)を導入している先が多い。こうしたローン・グレーディング・システムは、金融機関によって自主的に導入されたものであり、種々のバリエーションがあるが、格付(グレーディング)を10段階程度とし、下位の4段階を監督当局の資産分類(special mention, substandard,doubtful, loss)に対応させる一方、その他の正常債権については6段階程度に分類する、というのが一般的である。

 ローン・グレーディング・システムの最大の効用は、ローン・ポートフォリオ管理において、不良債権の早期発見のための先行指標、いわゆるアーリー・ウォーニング機能として利用できる点である。すなわち、正常債権の格付(グレーディング)の変化を定期的に把握することによって、ローン・ポートフォリオの将来の姿、言い換えれば、正常債権が問題債権に転化していく姿をある程度予測することが可能となる。ある一時点での不良資産比率で将来を推し量った場合、ともすると「今が良いからこれからも大丈夫」という形でミスリードされやすいが、格付の変化を追うことによって、資産内容の悪化を初期段階で把握することが可能となる。例えば、格付を10段階としている銀行で、上位(3〜4)の格付から5ないし6のランクに落ちてきた債権(こうした格付の変遷はローン・マイグレーションと呼ばれている)は、その後一定期間のうちに不良債権(格付7〜10)に転化する確率が高いことが統計的に認識されているとすると、こうした債権が増加しているとすれば、これはポートフォリオが実質的には全体として悪化しているともいえ、仮に足許の不良資産比率が低くとも、先行きについては注意を要するということがみてとれる。米国の監督当局が、「正常債権の格付が重要である」としているのは、まさにこの理由である。

ローン・ポートフォリオのコンセントレーション管理<過度な与信集中の回避>

 米国の銀行では、80年代に開発途上国、石油開発、不動産向け等特定分野に与信を集中した結果、80年代後半に銀行破綻が多発した(連邦預金保険制度加盟銀行のうち、85年から92年にかけて約1,300先が破綻)。こうした教訓から、ローン・ポートフォリオの債務者別、産業別、地域別、格付別などの集中度合を定期的にチェックすることにより(内容は役員にも報告)、特定分野への過度の与信集中によるリスクの拡大を回避する動きが広がりつつある。

クレジット・レビュー制度<与信管理状況の監視機能>

 自己査定、信用格付等を的確に行っていくうえでは、格付の検証等を行う部門が与信部門から独立しているということが重要である。融資担当者および審査担当者は、与信の格付や与信の結果について責任を負うが、与信管理状況の監視機能部署(クレジット・コミッティ)は、これとは別に定期的に格付の適否及び格付見直しのプロセスのあり方を評価するほか、業種別等のローン・コンセントレーションを定期的にチェックする役割を担う。クレジット・コミッティが、与信部門から独立した機関であることにより、2重にチェックが働くことになる。

ボックス2

金融機関の貸倒引当に関する米国監督当局の指導について

 米国では、80年代の不良資産問題の教訓として、適正な貸倒引当を行うことの重要性が改めて認識されており、FRB、OCC等連邦金融監督当局では、「貸倒引当に関する統一指針」(Interagency Policy Statement on the Allowance for Loan and Lease Losses)というガイドラインを作成し(93年12月)、これに基づき引当の妥当性を厳格にチェックしている(FRBでは、同ガイドラインを踏まえた考査マニュアルを作成し、公表している)。

 同ガイドラインの概要を簡単に紹介すると、引当の対象として、査定対象債権のうち、L査定は当期に全額償却、また、D・S査定は当該貸出の実質残存期間に対応する貸倒損失見込みの全額を、また無査定債権は、今後12ヶ月の損失見込額を、それぞれ当期に引当てるものとしている(査定区分の説明は、図表2の<参考>参照)。

 考査員は、引当の数値基準(フォーミュラー<D査定:50%、S査定:15%、無査定債権:過去の貸倒実績率等をもとに推計>)を目安に引当額をチェックし、引当額がフォーミュラーを下回った場合には、金融機関に対し根拠を求める。なお、この場合でも、金融機関が、(1)資産の不良化を正確かつ適時に発見・モニターできる体制を確立していること、(2)資産の回収可能性に影響する全ての重要な要因を合理的に分析していること、(3)引当に関する適正な算出方法を確立していること、といった点を満たしていれば、その判断を受入れる。フォーミュラーは免責基準ではなく、考査先の実情によってはフォーミュラーより高い水準の引当を求める場合もある。


(当手法の詳細等に関する照会先)

日本銀行考査局リスク・アセスメント・グループ信用リスク担当

電話 03−3277−2022