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米国におけるIPO市場の特徴について

1999年 3月29日
武田洋子※1
藤原文也※2

日本銀行から

 本論文中で示された内容や意見は筆者個人に属するもので、日本銀行の公式見解を示すものではない。

  • ※1日本銀行国際局国際調査課(E-mail:youko.takeda@boj.or.jp)
  • ※2日本銀行国際局国際調査課(E-mail:bunya.fujiwara@boj.or.jp)

 以下には、(はじめ)におよび(要旨)を掲載しています。全文(本文、図表)は、こちら (ron9903c.pdf 174KB) から入手できます。なお、本稿は日本銀行調査月報3月号にも掲載しています。

はじめに

 新規株式公開(initial public offering、以下IPO)とは、企業が新規に資本市場(株式市場)に参入し、市場の一般投資家に対して初めて公募増資ないしは保有株式の売り出しを行うことである。IPOの実施を選択した場合、文字どおり「公」の場である資本市場での企業評価がどうなるか、またその評価を企業戦略上活用できるかどうかにより、その後の企業の競争力・成長力が大きく左右されることとなる。このため、企業がどのようにIPOを位置付けて選択し、その効果を最大化するような行動をとっていくかは、経営戦略上の重要なポイントである。また、マクロ経済成長の持続には「適切な資本配分」が重要であるが、この観点からは、資本市場の入り口であるIPO市場が全体として正常かつ活発に機能することが鍵となる。

 こうした問題意識を踏まえ、本稿では、米国のIPO市場の特徴を整理することとする。すなわち、近年、米国では数多くのベンチャー企業が勃興し、新規産業分野の牽引役を果たしている。そして、同企業の多くが、草創期のリスクキャピタルファイナンス、その後のIPOおよび株式流通市場での活発な売買等を通じて、企業成長を実現してきている。こうした米国において、(1)企業・投資家にとってIPOはどのような効果を持つものと位置付けられているのか、また(2)IPO市場が活発である背景にはどのようなことがあるのか、について整理する。

 予め本稿の要点を述べると、以下の通り。

要旨

1. 米国において、IPOを通じて企業が期待する効果は、資金調達機会の拡充という面のみでなく、創業者利潤の獲得、ビジネス・チャンス拡大、人材活用の仕組み拡充等幅広いものである。一方、IPOは、株主構成やコーポレート・ガバナンスの在り方が変化することによる経営面への影響、公開企業となることの諸コスト発生と公開失敗のリスク、敵対的M&Aに晒されるリスク等、ネガティブな面をも持ち得るため、これら両面を総合的に考慮して、企業はIPOの是非を選択していく。

2. 一方、既存投資家にとってIPOは、投資収益確定のための重要な手段である。また、一般投資家にとってIPO市場とその後の流通市場が正常かつ活発に機能することは、より成長性が高い可能性のある株式銘柄への投資選択余地を広げるという意味で、大きな効果を持つ。

3. 米国のIPO市場は、近年、株価の上昇もあって、ベンチャー企業を中心に、件数・金額とも順調に拡大している。IPO市場は、株価動向によっては一時的に低迷する局面もあるが、基本的には、投資家からリスクキャピタルが継続的に流入する層の厚い市場である。こうした背景としては、まず、相対的に低いキャピタル・ゲイン税率やベンチャー企業への投資を促すような制度整備が進んでいることが挙げられる。また、ベンチャーキャピタルは、投資先企業のビジネス全般につき専門的な分析力を持ち、新技術の市場性を的確に評価するノウハウと同時に、企業成長を支える様々な経営資源を提供する仕組みも兼ね備えることが少なくない。さらに、IPOの際の引受・販売証券会社の層が厚く、かつIPO前後を含めた各種のサポートスキルの提供や、IPO後の流通市場でのマーケットメイク面での機能も高い。こうした投資家・証券会社の行動が、米国IPO市場の活発さの源泉になっている。

4. また、米国ではディスクロージャーが徹底されている。その特徴としては、(1)引受証券会社と監督当局の企業に対するスクリーニングの実施が、企業のディスクロージャーを促していること、(2)ディスクロージャーの内容が充実していること、が挙げられる。また、投資家は、ディスクローズ内容に照らし、公開企業としての責務が達成され資本が有効に活用されているか否かにつき、厳しい企業選別を行う。これらによりIPO市場および流通市場の「質」が保たれているが故に、活発な取引が継続しているといえる。

5. 一方、我が国においても、95年頃より店頭市場改革が推し進められ、登録基準・店頭市場制度の面では米国との相違は縮まりつつある。しかしながら、米国の例を踏まえると、日本の資本市場が「新規企業の円滑な育成」や「適切な資本配分」といった観点で十分に活用されるためには、(i)リスクキャピタルに関する制度整備を進めるとともに、ディスクロージャーの徹底により投資家の市場に対する信認を確保することで、リスクキャピタルの供給拡大を図ること、(ii)機関投資家のリスク分散・ポートフォリオ投資技術の高度化や投資先ベンチャー企業の専門的評価能力の向上を図ること、(iii)機関投資家、一般投資家の投資対象となり得る、質・流動性の高い銘柄グループを設けること、そして(iv)公開を果たす企業が、「公開企業」としての意識を高め、かつ「公開企業」としての責務を果たしていくこと、等が重要と考えられる。