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日本の家計の金融資産選択行動

日本の家計はなぜリスク資産投資に消極的であるのか?

1999年11月26日
中川 忍※1
片桐 智子※2

日本銀行から

 本稿における意見等は、全て筆者の個人的な見解によるものであり、日本銀行および調査統計局の公式見解ではない。

  • ※1日本銀行調査統計局経済調査課(E-mail: shinobu.nakagawa@boj.or.jp)
  • ※2日本銀行調査統計局経済調査課(E-mail: tomoko.katagiri@boj.or.jp)

 以下には、(要旨)を掲載しています。全文(本文、図表)は、こちら (ron9911c.pdf 224KB) から入手できます。なお、本稿は日本銀行調査月報11月号にも掲載しています。

要旨

  1. わが国の家計が保有する金融資産の内訳をみると、70年代半ば以降、預貯金等の安全資産の割合は、概ね6割前後で推移している。一方、株式等のリスク資産の割合は、バブル期後半には一時的に2割を超えるまでに上昇したが、90年代半ば以降は1割を大きく下回っている。
  2. 90年代入り後、金融自由化が進展するなか、家計がリスク資産を保有する割合は上昇トレンドを示すとの見方もあったが、これまでのところそうした傾向は窺われない。本稿は、総務庁「貯蓄動向調査」、貯蓄広報中央委員会「貯蓄と消費に関する世論調査」といった家計の金融資産に関する様々なデータを用いて、日本の家計がなぜリスク資産投資に消極的であるのかについて、(1)バブル期以前との対比(=変化の原因)、(2)主に米国との対比(=水準が低い理由)、という両面から分析したものである。
  3. まず、各金融資産(安全資産、リスク資産)の保有比率の前年差を被説明変数とし、資産収益環境、所得環境等を説明変数とする、家計の金融資産選択モデルを推定した。その結果、90年代入り後、家計のリスク資産投資が以前と比べて消極化したのは、主に、株価低迷に伴う収益環境の悪化や、所得環境の悪化に伴う予備的貯蓄動機の高まり(=安全資産への待避)によることがわかった。
  4. 次に、家計がリスク資産を保有する割合を国際比較すると、日本の水準の低さが特徴的である。この理由を考えるため、アンケート調査を基に、家計が貯蓄する際の選択基準を日米で比較すると、日本の家計は、米国の約半数しか資産の「収益性」を重視しておらず、逆に「安全性」や「流動性」を重視する傾向が強い。また、資本資産価格モデル(CAPM)を用いて、日米の家計のリスク資産に対する回避度合いを計測しても、日本の家計の方が数倍程度リスク回避的であるとの結果が得られた。このように、日本の家計がそもそもリスク資産投資に対して消極的であるのは、リスク・リターンの関係以外に、リスク資産の保有を消極化させる何らかの「構造的要因」が影響していると考えられる。
  5. 構造的要因の中身を調べるため、まず、金融資産選択に関する情報の制約という問題を考えた。近年、家計が投資情報を入手する機会は徐々に増えてきていると思われるが、家計の金融機関に対する要望をみると、投資に必要な情報が質・量ともに不足しているとの意見が、足許にかけてむしろ増加している。こうした状況下、リスク商品(株式、投信等)に対する家計の見方や理解度をみても、「関心がない」、「十分な知識がない」といった回答が多くみられ、リスク資産の(i)商品性(魅力)が認識されていないのが実情である。
  6. また、リスク資産投資のなかで代表的な株式投資を例に挙げると、これまでの売買委託手数料体系の下では、少額投資はデメリットが大きく(=「手軽」な投資ではなく)、株式投資が(ii)利便性に優れているとは言い難い。
  7. さらに、金融資産投資に関する現行の(iii)税制をみると、日本におけるリスク資産投資は、預貯金等の安全資産、米国における株式投資との比較において、優位性が劣っている。
  8. 巷間、日本人がリスク資産投資に消極的であるのは、そもそも国民性に起因しているからと言われることがある。この点については、戦後体制を整備する過程で行われた税制面での諸施策(例:マル優制度の創設)が、家計の安全資産指向を高める一方で、リスク資産投資を回避する土台を構築し、これが人々の潜在意識として、今日まで影響を及ぼしていると考えられる。
  9. 今後、金融ビッグ・バンが進展するなかで、家計の保有する金融資産が、リスク・キャピタルという形で直接的に資本市場(つまり企業)に流入することが期待されている。家計のリスク資産投資が広範化するためには、まず、(i)、(ii)で指摘した商品性や利便性等の問題を解消していく必要がある。この点、99/10月からスタートした株式売買委託手数料の完全自由化がひとつの契機として期待されるとともに、個人が手軽かつ低コストでリスク資産投資にアクセスできる手段として、オンライン証券取引が注目されている。