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わが国の「経済構造調整」についての一考察※1

2001年 6月22日
前田栄治※2
肥後雅博※3
西崎健司※4

日本銀行から

  • ※1本稿における意見等は、全て筆者の個人的な見解によるものであり、日本銀行および調査統計局の公式見解ではない。本稿の作成にあたっては、日本銀行調査統計局のスタッフの協力を得た。とくに、有永恵美氏、種村知樹氏、上田晃三氏、須合智広氏、才田友美氏、森本喜和氏(現国際局)、杉本卓哉氏には、分析や図表作成等において多大な協力を得た。この場を借りて感謝の意を表したい。
  • ※2日本銀行調査統計局 (E-mail: eiji.maeda@boj.or.jp)
  • ※3日本銀行調査統計局 (E-mail: masahiro.higo@boj.or.jp)
  • ※4日本銀行調査統計局(現金融市場局) (E-mail: kenji.nishizaki@boj.or.jp)

 以下には、全文の冒頭部分を掲載しています。全文はこちら (ron0106c.pdf 407KB) から入手できます。

はじめに

 わが国経済の構造改革についての議論が盛んである。もっとも、これらをみると、論者によって構造問題の定義が多岐に亘る(金融システム問題、財政赤字問題、IT化の遅れ、企業リストラ問題等々)ほか、構造改革の進捗の程度についても、「構造改革が全く進んでいない」といった類の指摘を含め、評価は様々である。このため、構造改革を巡る議論は、ある意味で混乱しているようにも感じられる。それだけに、わが国経済が直面する「構造問題」や「構造調整」について、現実のデータを用いながら論点整理しておくことは、日本経済で生じている様々な事象を理解するとともに、今後の中期的な経済の姿を展望する上で、有益な作業と思われる。

 本稿では、以上のような問題意識に基づいて、わが国経済の「構造問題」や「構造調整」の特徴点を整理するとともに、経済構造調整の進捗度合いについて検討を試みる。具体的には、まず、わが国経済の「構造問題」をどのように捉えることができるかという点について議論したい。次に、今回の「経済構造調整」が、実体経済や物価等との関係でみて、どのような特徴点を持つかについて整理する。さらに、それぞれの問題が解決の方向に向かっているかどうかについて、具体的なデータを用いて検証する。最後に、残された課題について、我々なりの考え方を示すこととしたい。

 予め本稿の内容を要約すると、以下のとおりである。

わが国の「構造問題」とは何か

1. 「構造問題」は、わが国経済の現状に照らしてみれば、「経済が、グローバル化、情報化、少子・高齢化といった90年代にかけて顕現化した大きな環境変化に対し、適応しようとする過程で生じている諸問題」と捉えることができる。これは、大きな環境変化に対応するために必要な「効率的な経済資源の再配分」を阻害する要因と言うこともできよう。より具体的には、(1)硬直的な企業経営システム、(2)内向きの所得再分配システムと非製造業の非効率性、(3)バブルの生成と崩壊に伴う負のストック問題、(4)貯蓄・投資バランスを巡る問題、などが挙げられる。

2. わが国の経営システムは、長期的な取引関係を前提に組み立てられてきた結果、長期雇用制度やメインバンク制度に代表されるように、資源の利用において「硬直的」な面を持つと言われる。こうしたシステムは、80年代には、情報処理の面で優位性を持つことなどから、日本経済の強みと考えられていたが、90年代にかけて顕現化した大きな環境変化の下では、むしろ、労働や経営手法といった資源の効率的な再配分を妨げるものとなっている。また、情報通信革命は、それが産業構造の変化を促すだけでなく、情報処理におけるわが国のシステムの優位性を相対的に低下させることとなった。

3. 様々な規制や公共投資中心の景気対策に代表される公的部門の役割も、非製造業や地方への所得再分配システムとして機能する一方で、資源の再配分を遅らせる色彩が強いものであった。そのことは、非製造業部門における非効率性・低生産性の大きな要因になったと考えられる。近年は、情報通信革命や規制緩和が進む下で、同部門に対する価格下落圧力が強まっているが、同部門では長期にわたり非効率な体制が維持されてきただけに、環境変化になかなか対応できにくいという問題が生じている。

4. バブルの生成・崩壊に伴う負のストック問題も、環境変化への対応を遅らせる大きな要因となった。そもそも、バブルの生成に伴う80年代の好景気は、環境変化に対する認識・準備を不十分なものに止めることに繋がった。一方、バブル崩壊に伴う負のストック問題は、企業や金融機関のリスクテイク能力の低下、さらには金融システムに対する不透明感の増大などを通じて、わが国経済の環境変化への対応力を大きく低下させることとなった。

5. これまでのわが国経済の成長プロセスは、豊富な貯蓄を生かして資本ストックの蓄積を行い、労働生産性を高めるというものであり、その結果、資本効率は趨勢的に低下した。しかし、金融市場のグローバル化等に伴い、わが国の資本効率の悪化が従来以上に意識される下で、投資率を引き下げる圧力が働いている。一方で、年金・財政問題を含めた将来不安等を背景に貯蓄率が高止まりし、貯蓄・投資のインバランスは拡大している。また、そうした下で、貯蓄が収益率の高い投資に繋がるようなリスクマネーの供給メカニズムが不十分であるという問題点も、顕現化している。

今回の経済構造調整の特徴点

6. 構造調整は部門を問わず生じている現象であるが、今回の大きな特徴の一つは、これまで規制等により守られてきた非製造業(非貿易財)部門の効率化の動きである。この現象は、過大な「内外価格差」の是正と言い換えることもできるが、90年入り後に進められている規制緩和の目的の一つでもあり、長期的にはわが国経済の生産性向上に繋がることが期待される。こうした大きな流れの中で考えると、最近の流通・サービス部門などにおける価格低下は、構造調整圧力の中で回避することが容易でない現象と捉えることもできよう。ただし、非製造業部門の効率化は、価格下落が当該部門の需要増に繋がりにくく、短期的には、デフレ的な現象を引き起こしやすい面がある。

7. バブルの発生と崩壊で最も大きな影響を受けたのも、非効率で収益力の低い非製造業部門である。これは、負のストック問題を抱える企業においては、効率化への対応が遅れる上、処理の原資となる収益が限られたものに止まるため、不良資産の処理が遅れやすいことを意味する。また、効率化の流れの中で、非効率な企業には倒産・退出の圧力が掛かりやすく、「経済構造調整に伴う不良債権の新たな発生」に繋がるといった、「構造改革のジレンマ的現象」が生じる可能性には留意が必要である。

経済構造調整は進んでいるのか

8. 以上のような「構造問題」、「経済構造調整」についての整理を軸に、構造調整の進捗度合いをみてみると、「金融危機を経験した後、企業の生産性・収益力向上に向けての動きを中心に、注目すべき変化が出ているが、なお残された課題は大きい」との評価が可能である。

9. まず、資源の再配分の動きについてみると、97〜98年の金融危機を経験したのち、M&Aが大幅に増加するなど、前向きな動きがみられる。そうした中で、企業の収益力は、非製造業部門を含めて徐々に回復しており、生産性の向上を示唆する動きもみられる。ただし、収益力や生産性の企業間格差が拡大しており、環境変化への対応が進んでいる企業が増え始めていると同時に、対応が進まない企業にとっては従来以上にデフレ圧力が高まっていると考えられる。

10. 資源配分の動きのうち、労働についてみると、限界的にはモビリティが高まっているが、一方で、労働の未充足と長期失業者の併存に代表されるように、ミスマッチ状態の高まりもみられる。長期失業は、とくに中高年層で目立っている。また、年功賃金制など日本型雇用システムがなお維持される下で、自発的な転職が顕著に増加している訳ではなく、高い転職のコストが労働のモビリティを阻害している状況に大きな変化はみられない。このように、労働市場の硬直性がマクロ経済の構造調整を遅らせる大きな要因となっている。

11. 負のストックの処理については、企業部門のバランスシートが全体として改善傾向にあるなど、ある程度の前進がみられる。しかし、セクター毎にみると、非製造業の多くの業種ではバランスシートがあまり改善していないなど、ばらつきは大きく、企業部門における処理すべき負のストックは依然多額に上っていると考えられる。金融機関の不良債権処理もここ数年でかなりの前進がみられるが、企業のバランスシートの状況をみる限り、潜在的な不良債権はなお大きいと考えられる。こうした状況下で、負のストック問題の存在は、金融機関の貸出姿勢を消極的にするとともに、企業の支出スタンスを自己防衛的にしており、低金利による金融緩和効果を阻害している。

12. 貯蓄率は高止まりを続けているが、これには、(1)雇用不安、(2)年金・財政問題への不安、(3)金融不安要因といった、全般的な将来不安のほか、(4)住宅資産の値下がりに伴うバランスシート問題、などが影響している模様である。また、金融資産選択行動をみても、安全資産中心の選択に大きな変化はみられず、リスクマネーの供給増に繋がっていないように窺われる。このように、貯蓄・投資バランスを巡る問題は、殆ど是正されていない。

13. 経済構造調整の進捗を景気との関係に置き直して評価してみると、企業リストラ等に伴う後向きの動きが「マクロ経済を大きく下押しする」局面は概ね過ぎ、「構造調整に伴う前向きの企業行動が出始めるとともに、それが却って失業の増加などの影の動きを引き起こしている」段階と考えられる。こうした中で、負のストック問題など、経済に対する前向きのモメンタムを弱めるような諸要因がなお残存している。また、短期的には需要増に結び付きにくい非製造業部門の効率化・価格下落という構造調整の特徴点も踏まえると、経済全体のバランスとしては、外的なショックに弱い状態が続いている。さらに、金融システム面では、不良債権問題がなお解決しておらず、構造調整に伴う新たな不良債権の発生も予想されるだけに、金融システム面を通じて実体経済に下方圧力が強まる可能性は、念頭に置いておく必要がある。

今後の課題

14. 経済構造調整を進めるに当って、公的部門の役割については、十分な議論が必要であろう。一つには、負のストック問題の解決や労働のモビリティ向上に資するような制度面での整備を、一段と進めることが必要である。また、国民の不安に繋がっている財政赤字問題への取組みも重要な課題である。この点については、景気の現状や構造調整に伴うデフレ・インパクトの可能性を考慮すれば、財政赤字そのものを急速に縮小させることは必ずしも望ましくないと考えられる。しかし、公共投資を中心とした財政支出が資源配分を歪めている可能性が高いことを踏まえると、まずは、非効率性を生み出しやすい財政制度の改革(国庫支出金や交付税措置制度の見直し)、構造調整を促すような財政支出内容の見直し(例えば、公共投資中心から雇用対策中心へ)などを進めることが重要と考えられる。

15. 今回の経済構造調整は、旧来の経済システムの転換を求めるとともに、負のストック問題や高齢化への対応を同時に進める必要があるだけに、解決すべき課題が大きい。このため、課題の解決の過程では、所得分配面の問題等が発生し、その結果、経済構造調整にはある程度時間が掛かる可能性が大きい。しかし、わが国経済に必要なのは中長期的な成長力を高めることであり、その意味で経済構造調整を避けて通ることはできない。その過程においては、一時的には、失業の増大、不良債権の増加、財政赤字の拡大といった様々な問題が生じることを十分に認識した上で、着実に課題に取り組んでいくことが重要である。また、その際、経済全体とのバランスで、対応策の優先順位をどう考えるかという点についても、十分な議論が必要である。