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世界的なディスインフレ

2003年 4月22日
森本 喜和※1
平田 渉※2
加藤 涼※3

日本銀行から

 本稿における意見等は、全て筆者達の個人的な見解によるものであり、日本銀行および国際局の公式見解ではない。本稿作成の過程で、日本銀行のスタッフからは、たいへん有益な助言・協力を得た。この場を借りて感謝の意を表したい。特に鎌田康一郎氏(調査統計局)からは、実証分析部分に関して貴重なコメントを頂いたほか、日本に関する実証分析データも提供して頂くなど、多大な協力を得た。また、大谷聡氏(金融研究所)との議論には大いに啓発された。もちろん、あり得べき誤りは全て筆者達に属するものである。

  • ※1日本銀行国際局国際調査課(E-mail:yoshikazu.morimoto@boj.or.jp)
  • ※2日本銀行国際局国際調査課(E-mail:wataru.hirata@boj.or.jp)
  • ※3日本銀行国際局国際調査課(E-mail:ryou.katou@boj.or.jp)

 以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (ron0304a.pdf 369KB) から入手できます。

要旨

  1. 各国の物価動向をみると、10年タームでみた趨勢的なインフレ率の低下、90年代半ば以降におけるディスインフレ傾向の強まり、および、特に財価格の上昇率低下が著しいこと、といった共通点が見て取れる。こうした中で、香港では日本以上にデフレが顕著であるほか、多くの欧米先進国やいくつかの新興国でもディスインフレ傾向が目立つなど、日本だけが極端な例外とは必ずしも言えないことが分かる。本稿では、このような「世界的なディスインフレ」とも言える現象の背景を考察することにより、日本のデフレや世界経済の先行きなどについて、有益な知見を得ることを目的としている。特に、新興国の供給力拡大が各国の物価に与える影響に関しては、先進各国にとって共通のインフレ率低下要因となっているのかどうか、仮になっているとすれば、なぜ国により景気、物価のパフォーマンスに少なからず格差が生じているのか、といった点について、実証分析を踏まえつつ考察する。
  2. 世界的なディスインフレの主要な背景として考えられるのは、(1)インフレ抑制的なマクロ政策の成功による趨勢的なインフレ率の低下、(2)世界同時的な景気循環の下での需給ギャップの発生、(3)IT関連財製造業等における趨勢的な生産性向上、(4)新興国の供給力拡大を背景とした世界的な供給ショック、(5)日本、通貨・金融危機を経験したアジア諸国の一部等におけるバブル崩壊の影響、の五点である。このうちの(4)に関しては、NIEs、ASEANが大きく台頭した80年代に続き、90年代には、冷戦終結やNAFTAをはじめとした自由貿易協定などの効果もあり、ラ米、東欧、中国といった経済が世界市場に本格的に組み込まれ、少なくとも貿易財セクターでは文字通りの世界競争が本格化した点が注目される。
  3. もっとも、上記(4)の要因に関しては、「為替レートの調整機能を考慮していない」、「貿易財価格の下落という相対価格の変化が一般物価でみたディスインフレに直結する訳ではない」といった疑問がありうる。前者については、たしかに、仮に購買力平価が常に成り立っていれば、あるいは、為替レートが各国の経常収支の不均衡を速やかに調整するように動くとすれば、新興国企業が相対的な低価格を活かして輸出を増やそうとしても、新興国の通貨が相対的に切り上がるため、製品価格差は縮小に向かうと考えられる。しかし、実際には、為替レートは様々な要因で動いており、少なくとも短期的には、投機的な動きなどから、そうした調整は実現しない方がむしろ自然と言える。
     一方、後者については、たしかに国内における調整が全く摩擦なく行われるのであれば、一般物価水準までもが下落したり、景気が悪化する必然性はない。しかし、短期的には、様々な硬直性(特に労働移動の困難さ)の存在により調整が円滑には行われないことなどから、そうした外生的な貿易財価格の下落が起こった場合、一般物価水準や景気に下押し圧力がかかる可能性があると考えられる。
  4. 実際、実証分析によれば、需給ギャップ等で説明できない、ある種のショックが、特に90年代後半以降、世界共通のディスインフレ要因として働いていること、および、そうしたショックと新興国の供給力拡大との間にある程度の相関があることが分かった。
  5. こうした考察を踏まえた上で、海外主要先進国の過去のインフレ率変動に関して、日本に関する先行研究であるKamada and Hirakata (2002)に倣って、(1)循環的な需給ギャップないし需要減退、(2)技術革新等を背景とした世界同時的な生産性上昇、(3)新興国の供給力拡大を背景とした供給ショックのうち、どれがどの程度影響しているのかを実証的に示すことを試みた。その結果、米国をはじめ多くの国で、新興国の供給力拡大を背景とした供給ショックがインフレ率を大きく押し下げるないしインフレ率の高まりを抑える要因として働いてきたとの結果が得られた。この点は、日本に関する先行研究の結果とも共通している。
  6. 一方、新興国の供給力拡大を背景とした世界共通の供給ショックの下で、少なくとも今のところ、各国の物価や景気のパフォーマンスにはっきりとした差があるのも事実であり、その要因をどのように考えるかが問題となる。この点に関しては、前述の考察を踏まえると、ショック自体の大きさや、ショックに対する経済の適応能力・柔軟性等が国により異なることが影響していると考えられる。こうした観点から各国の状況をみると、日本については、よく指摘されるように、大きな構造変化に対する経済の適応能力や柔軟性が欠けていることが、米国等と比べた経済のパフォーマンスの悪さに繋がってきた面がある。実証分析の結果も、幅を持ってみる必要はあるが、そうした見方と概ね整合的なものとなった。一方、香港などアジアNIEsやASEAN諸国では、為替レートに関する制度的な要因(端的に言えば、中国との間で為替調整が働き難い)などから、そもそもショック自体が大きいものと考えられる。
  7. こうした本稿の分析結果は、各国の政策面において以下のような含意を持っている。第一に、新興国の供給力向上は今後も途切れることのない長期的かつ構造的な変化であると考えられる以上、各国の政策当局としては、適切なマクロ政策の運営と共に、経済の適応能力・柔軟性を一段と向上させるような構造改革が重要であると言えよう。
    第二に、第一の点とも関連するが、そうした経済の適応能力・柔軟性を十分に発揮させるには、金融セクターの健全な機能が不可欠であるということである。実際、諸外国をみると、米国や韓国など金融セクターが健全に機能している国では、経済の構造変化に対しても、比較的上手く対応できているように窺われる。勿論、両者は、互いに因となり果となっている面があるため、例えば、現在の日本のように、実体経済の停滞がかなりの長期間に亘って続いている中では、金融セクターの健全性回復だけを独立して達成することが難しいかもしれない。金融機能の健全化と実体経済の回復とが、同時に前向きに進展することが望まれる。