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「証券なき証券」を巡る法制度のあり方について

鈴木淳人(日本銀行)

Research LAB No.15-J-6, 2015年11月10日

キーワード:
振替証券、顧客保護、法理論

JEL分類番号:
G21、G24、G33、K22

Contact
atsuto.suzuki@boj.or.jp

要旨

近年、わが国では電子的記録に基づく権利に関する法制度の整備が進んでおり、紙の証券を前提としてきた法律論は見直しや修正を迫られている。また、国際的にも、先般の金融危機を機に顧客資産保護に対する関心が高まっている。例えば、証券会社の倒産時に、振替証券の売買を委託した顧客は保護される必要があるが、現行法制度のもとで、当該顧客が保護されるかが必ずしも明らかでない場合が生じている。そこで、諸外国の取扱いを整理したうえで、わが国における法的対応のあり方として、(1)取次における権利移転の仕組みを変更する立法、(2)倒産時に顧客に特別な優先権を付与する立法の2案を提示する。本稿は、日本銀行金融研究所が事務局を務めた法律問題研究会の成果(「顧客保護の観点からの預かり資産を巡る法制度のあり方」 [PDF1,020KB]「振替証券・電子記録債権の導入を踏まえた法解釈論の再検討」 [PDF762KB])を中心に整理したものである。

はじめに

「有価証券」は「財産的価値を有する私権を表章する証券であって、権利の発生・移転・行使の全部または一部が証券によってなされるもの」などと説明されてきた。紙の証券は幅広く活用されてきたが、発行量や流通量の増加に伴い、大量かつ安全に、物理的に受渡し等の処理をしなければならないことの負担が強く意識されるようになった。これに対し、近年、わが国では、紙の証券に基づく権利に代わって電子的記録に基づく権利に関する法制度の整備が進んでいる。例えば、社債・株式等振替法の制定により、CP、社債、国債、株式の権利関係を振替機関や口座管理機関における振替口座簿の記録に基づいて管理する振替制度が創設された。

こうした法制度の整備により、紙の証券の受渡しに伴う保管・運搬等のコストや盗難・紛失等のリスクといった課題が克服されたが、同時に、紙の証券を前提としてきた法律論は見直しや修正を迫られている。例えば、自らが「真の権利者」であることを第三者に主張するためには、紙の証券の引渡しを受ける必要があるとされてきたが、電子的記録の仕組みのもとでどのように解すべきか、明らかでない。電子的記録に基づく権利については、帳簿上の記録に基づく管理が行われるが、紙の証券と同様、譲渡の効力が認められるためには譲渡の意思表示が必要である。このことから、帳簿上の記録のみによって「真の権利者」を確実に識別することができない状況が起こりうる。例えば、「真の権利者」とは別の名義人に権利が帰属するという記録が作出された状態で当該名義人が倒産した場合、「真の権利者」が管財人に対し、「取戻権」を主張できるかが問題となる。取戻権とは、倒産手続開始の影響を受けることなく、倒産者に属さない財産を倒産財団から取り戻す権利であり、その有無は、実体法上の権利(所有権等)の有無によって決せられる。

売買委託先の倒産時における委託者による取戻しの可否

顧客が上場株式等の売買を行う場合、証券会社に売買を委託することが一般的である。顧客は、取引所取引によって上場株式等を「売却」する際には、売却する証券を証券会社に交付し、証券会社は清算機関を通じて決済(証券の受渡し)を行う。この間に証券会社が倒産した場合、証券会社には分別管理義務が課せられているものの、証券会社の自己口座を経由した振替による決済手続が想定されているため、顧客から預かった上場株式等が証券会社の自己の財産に混入することがある。同様に、顧客が取引所取引によって上場株式等を「購入」する際にも、当該上場株式等が顧客に引き渡されるまでの間に証券会社が倒産した場合、当該上場株式等が証券会社の自己の財産に混入することがある。

こうしたとき、顧客の証券は、証券会社名義の振替口座に記録がなされているため、顧客が証券会社の債権者等との関係で取戻権を行使できるかが問題となる。なお、証券会社の倒産時に、自己が権利者である証券の返還が受けられない顧客に対しては、日本投資者保護基金によるセーフティネットが整備されている。もっとも、同基金で補償されるのは一部の顧客に限られること等を踏まえると、現行私法上の顧客の権利を整理する意義は大きい。

売付証券の場合における顧客の権利

紙の証券を前提とした従前の整理

紙の証券を前提とした仕組みのもとで、顧客Aから売委託を受けた証券会社Xが証券会社Yとの間で売買契約を締結し、AがXに対して売付けのために証券を引き渡した後、売買の決済の実行前にXが倒産した場合を検討してみる。この場合、倒産当事者たるXのもとには、Aが預託した売付証券が残ることとなるが、Aは取戻権を行使できると考えられてきた。すなわち、顧客からの委託によって有価証券の売付けまたは買付けを行うことを業とする証券会社は、商法に定める問屋(といや)の典型である。そして、問屋が売委託を受けた場合、問屋によって物品の売付けがなされる前は、委託者は問屋に処分権を与えたにすぎず、倒産手続開始時には取戻権を行使できるとされてきた。

振替証券に対する取戻権の有無

これに対し、電子的記録の仕組みのもとでは、顧客から証券会社への振替証券の引渡しは、証券会社の顧客口座から自己口座への振替によって行われる。このような仕組みのもとでは、Aの売付証券について、Xの自己口座に記録がなされたままXが倒産した場合には、XのもとにAの証券が残ることがありうるため、Aに取戻権が認められるかが問題となる。

(図1)売付証券の決済プロセス(証券会社Xが倒産)

電子的記録の仕組み、すなわち振替制度の下での「売付証券の決済プロセス」を示した概念図。Aの売付証券について、Xの自己口座に記録がなされたまま、Xが倒産したケースを示したもの。

(出所)金融取引における預かり資産を巡る法律問題研究会(2013)

顧客が取戻権を行使するためには、取戻権の基礎となる実体法上の権利を有している必要がある。これについては、以下の2つの見解に分かれている。

第1は、「証券会社の自己口座に記録がなされていても、顧客から証券会社への証券の振替は、処分権の授与に伴うものであり、顧客には証券を証券会社に譲渡する意思はないことから、譲渡の効力は生じない」という見解である。この見解によれば、証券会社に振替証券にかかる権利は移転しておらず、顧客は倒産手続における取戻権の基礎となる権利を有することとなる。

第2は、「顧客の振替証券は証券会社の自己口座を経由して売買されているという決済プロセスの実態に即し、証券売買を委託する顧客には証券にかかる権利を証券会社にいったん移転する意思があると考えれば、証券会社の自己口座に記録された売付証券にかかる権利は証券会社に帰属している」という見解である。この見解によれば、顧客は倒産手続における取戻権の基礎となる権利を有しないこととなる。

買付証券の場合における顧客の権利

紙の証券を前提とした従前の整理

紙の証券を前提とした仕組みのもとで、顧客Bから買委託を受けた証券会社Yが証券会社Xとの間で売買契約を締結し、XY間で決済した後、YからBに証券が引き渡される前にYが倒産した場合を検討してみる。この場合、倒産当事者たるYのもとには、顧客Bに引き渡されるはずであった買付証券が残ることとなる。問屋と委託者の関係では、問屋(証券会社Y)が買委託の実行により取得した権利は委託者(顧客B)に帰属するが、問屋の債権者に対して委託者が自己の権利を主張できるかは従来から争いがあった。これについて、最高裁判決(昭和43年7月11日民集22巻7号1462頁)は、問屋の取得した権利について実質的利益を有するのは委託者であり、問屋の債権者はそのすべての財産を自己の債権の一般的担保として期待すべきではないとの理由から、顧客の取戻権を認めた。同判決に対しては、実質的な利益衡量の結果のみが述べられており、法的な理論構成が欠如しているとの批判が強いものの、その結論を支持する見解は多い。

振替証券に対する取戻権の有無

以上の議論を踏まえ、電子的記録の仕組み、すなわち振替制度のもとで、Bの買付証券について、Yの自己口座に記録がなされたままYが倒産した場合に、Bに取戻権が認められるかが問題となる。

(図2)買付証券の決済プロセス(証券会社Yが倒産)

電子的記録の仕組み、すなわち振替制度の下での「買付証券の決済プロセス」を示したイメージ図。Bの買付証券について、Yの自己口座に記録がなされたまま、Yが倒産したケースを示したもの。

(出所)金融取引における預かり資産を巡る法律問題研究会(2013)

繰り返しとなるが、顧客が取戻権を行使するためには、取戻権の基礎となる実体法上の権利を有している必要がある。対象が振替証券である場合には、譲渡の記録を受けなければ譲渡の効力が生じないと規定されていることから、名義が証券会社に残っている以上は有効な譲渡が成立していないため、顧客の取戻権は認められないこととなりそうである。また、決済プロセスの実態に即し、証券にかかる権利は証券会社にいったん移転すると解釈する考え方に立つと、証券会社が買委託を実行して取得した買付証券にかかる権利も、いったん買委託を受けた証券会社に帰属することとなる。そして、買委託を受けた証券会社が倒産した場合には、顧客に買付証券についての取戻権が認められないこととなる。

このように、振替証券の買付けを委託した顧客の保護を理論的に導くことは難しい。その意味で、法的な理論構成が欠けていると批判されながらも顧客の取戻権を認めた昭和43年判決が果たす役割は、電子的記録の仕組みのもとで、一層重要になっているとも考えられる。

わが国における法的対応のあり方

上記の最高裁昭和43年判決によれば、買委託を受けた証券会社が顧客のために取得した買付証券について顧客に取戻権が認められることになるが、その理論構成や射程は明らかでない。他方、決済プロセスの実態に沿った整理によれば、証券にかかる権利は証券会社に移転すると解釈されるため、売付証券、買付証券のいずれについても顧客に取戻権は認められないこととなる。現状、いずれの整理によるべきかに関して確定的な解釈があるとは言い難く、証券売買の委託を行った顧客が証券会社倒産時に保護されるか否かは必ずしも明らかではない。そこで、立法により、売付証券、買付証券のいずれについても顧客の取戻権を認めるということも選択肢となり得よう。ついては、諸外国における取扱いを整理したうえで、わが国における法的対応のあり方として2案を提示する。

諸外国における取扱い

諸外国における取扱いをみると、証券会社による証券売買の取次については、わが国と同様に、証券会社が顧客の資産を一時的に保有する状態が生じる仕組みとなっている国も多い。しかし、そうした場合にも、売付証券および買付証券の双方について顧客保護が図られていることが多いようである。

(図3)各国における取扱い

(図3)各国における取扱い
日本 アメリカ イギリス フランス ドイツ
取戻しの
可否
取り戻せるか明らかでない。 取り戻せる。 取り戻せる。 取り戻せる。 取り戻せる。
考え方 取次における権利移転の仕組み 証券会社が一旦権利を取得。 顧客が直接権利を取得。 顧客が直接権利を取得。 顧客が直接権利を取得。 証券会社が一旦権利を取得。※ただし、合意があれば顧客が直接権利を取得。
倒産時の特別な取扱い なし
※ペーパーレス化前の判例法理では取り戻せた。
1970年証券投資者保護法に基づき、顧客に特別な優先権付与。 なし なし 1937年有価証券寄託法に基づき、顧客に特別な優先権付与。

(出所)金融取引における預かり資産を巡る法律問題研究会(2013)に基づき作成

取次における権利移転の仕組みを変更する立法

まず、英国、米国およびフランスのように、権利が証券会社を介さずに顧客から顧客へ直接移転することを規定する立法が考えられる。買委託で言えば、取次者が買い入れた目的物の権利(所有権等)は、相手方から委託者に直接移転するという構成であり、委託者の計算で買い入れた目的物の権利は証券会社の責任財産を構成しないこととなる。

倒産時に顧客に特別な優先権を付与する立法

続いて、米国やドイツのように、証券会社に倒産手続が開始された場合、顧客が売付証券または買付証券を取り戻すことができる旨を規定する立法が考えられる。具体的には、「証券会社が委託を受けて証券の売付けを行うために顧客から証券の引渡しを受けた後、売買を実行しない間に倒産した場合には、顧客は当該証券を取り戻すことができる」との規定が考えられる。併せて、「証券会社が委託を受けて証券の買付けを行いその相手方(売主)から証券の引渡しを受けた後、これを顧客に移転しない間に倒産した場合において、顧客が買付代金を支払済みであれば、顧客は当該証券を取り戻すことができる」との規定が考えられる。

ただし、実体法上の権利関係とは異なる倒産時の特別な取扱いを定めることとなるため、公示の観点から、真に必要な範囲に限定して規定することが望ましいであろう。取次において委託者に取戻権を認める必要性が説かれてきたのは主として証券会社の場合であり、昭和43年判決も証券会社はその営業の態様からして顧客の証券を保有していることが公知の事実であることが重視された。こうした背景も踏まえ、取次一般ではなく、証券会社による証券売買の取次に限定した規定が望ましいと考えられる。

おわりに

社債・株式等振替法の制定による振替制度の創設に加え、本文では触れることができなかったが、電子記録債権法の制定により、新たな類型の金銭債権である電子記録債権の制度が創設されている。こうした電子的な記録に基づく権利についての法制度の整備に伴い、従来の紙の証券を前提としてきた法律論は見直しや修正を迫られている。

かつて、米国統一商事法典の電子的記録に関する法制度をわが国に紹介する際には、「uncertificated securities」は「証券なき証券」と訳すのか、という議論があったようである。新たな法制度を紹介したり、自国の法制度に即した形で導入したりする際には、検討すべき課題が少なくない。

先般の金融危機時におけるリーマン・ブラザーズ証券の破綻を機に、国際的にも顧客資産保護に対する関心は高まっている。わが国においても、電子的記録に基づく権利の特性や金融取引実務の発展に応じて、法の解釈や立法についての検討を不断に重ねていくことが重要であろう。

参考文献

日本銀行から

本稿の内容と意見は筆者個人に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではありません。