日本銀行本店

ワーキングペーパー・日銀レビュー・日銀リサーチラボ

ホーム > 調査・研究 > ワーキングペーパー・日銀レビュー・日銀リサーチラボ > 日銀リサーチラボ・シリーズ > (リサーチラボ)伝統的・非伝統的金融政策ショックの識別

ENGLISH

伝統的・非伝統的金融政策ショックの識別―潜在閾値モデルを用いた実証分析のアップデート―

木村武、中島上智(日本銀行)

Research LAB No.16-J-1, 2016年2月23日

キーワード:金融政策、政策ショックの識別、潜在閾値モデル、可変パラメータモデル
JEL分類番号:C32、E52
Contact:jouchi.nakajima@boj.or.jp(中島)

要旨

主要先進国が導入した非伝統的金融政策の効果を巡って、様々な研究が報告されているが、経済を動かす多くの要因の中から金融政策ショックを正しく識別することは簡単ではない。特に、過去数四半期間、エネルギー価格の大幅な下落や海外経済成長率の下振れなどから、インフレ率のプラス幅が縮小したり、GDPギャップの改善が足踏みしたりする中、わが国では、量的・質的金融緩和(QQE)の効果がどの程度経済に浸透しているのか、表面上見えにくくなっている。このラボでは、木村・中島(2013) [PDF 1,784KB]が2013年4月に考案した政策ショックの識別方法を用い、QQE導入以降のデータを追加し政策効果の計測をアップデートした結果を紹介する。分析によると、非伝統的金融政策の政策効果に関する推計の不確実性は大きく、十分幅をもってみる必要があるが、QQEは長期金利を引き下げ、足もとまでの期間においてGDPギャップの改善とインフレ率の上昇に着実に寄与していることが確認できる。

はじめに

非伝統的金融政策のマクロ的効果の分析には幾つかのアプローチがあるが、最も簡便な方法は「プラグイン(差し込み)」アプローチである。主要先進国を対象とした研究をみると、効果の大きさは分析手法や対象国によって異なるが、長期金利に与える影響について、概ね統計的に有意な結果が得られている。これらの分析から割り出した政策インパクト(非伝統的政策が金融資産価格に与えたインパクト)を、標準的なマクロモデルに与えてシミュレーションを行い、インフレ率やGDPギャップに与える影響を推計するのがプラグイン・アプローチである。つまり、別途の研究で抽出した政策インパクトという「プラグ」を、マクロモデルという「コンセント」に差し込む方法である。このアプローチに基づく政策効果の計測は、FRBのエコノミストが、FRBのマクロ計量モデル(FRB/US)を用いて行っているほか、日本銀行企画局(2015)も、日本銀行のマクロ計量モデル(Q-JEM)を用いて行っている。

プラグイン・アプローチは政策効果の目安を計るうえで簡便な方法ではあるが、非伝統的金融政策の起点となる中央銀行のバランスシートの規模とインフレ率やGDPギャップの関係を直接リンクさせていないため、政策効果が適切に計測されたかどうか不明瞭さが残る。このため、代替的な分析アプローチにより、政策効果を計測しておくことが望ましい。

政策ショックの識別

政策効果の計測には、プラグイン・アプローチの他に、VAR(Vector Auto-Regression)モデルと呼ばれる時系列モデルを用いたアプローチもある。このアプローチでは、インフレ率やGDPギャップなど主要な経済変数とその変動を引き起こす外生ショックの関係に注目する。

今、外生ショックとして、インフレショックと需給ショック、政策ショックの3つを考えてみよう(図1参照)。エネルギー価格の変動などのインフレショック、あるいは海外経済成長率の変動や消費税率の引き上げなどの需給ショックが発生すると、民間経済主体は消費や投資を変化させたり、製品やサービスの価格を改訂させたりする。また、金融市場参加者も反応し、長期金利などの資産価格が変化する。さらには、これらのショックがインフレ率を下振れさせる可能性が高い場合には、中央銀行が金融緩和で対応する。こうして、インフレショックや需給ショックは、様々な経済主体の行動変化を誘発し、マクロ的にインフレ率やGDPギャップを変動させ、それが再び経済主体の行動変化を促すという形でフィードバックする。

図1 外生ショックと経済の変動

図1 外生ショックと経済の変動

インフレショックや需給ショックに対する中央銀行の政策対応は、いわば物価安定のための自動安定化装置のようなものである。短期金利を操作する伝統的金融政策のもとでは、テイラールールに代表される金融政策ルールが自動安定化装置に該当する。中央銀行のバランスシートを操作する非伝統的金融政策のもとでは、インフレ率やGDPギャップの下振れに対してバランスシートを拡大させる政策対応が自動安定化装置に該当する。

しかし、中央銀行の政策は、自動安定化装置としての対応に限定されるものではない。金融緩和(や引き締め)をより強化するための、追加的な政策ショックもある。例えば、インフレショックや需給ショックが発生していなくとも、中央銀行が、インフレ目標の引き上げと物価安定へのコミットメントの強化のために金融緩和を行えば、それは外生的な政策ショックとして識別される。こうした政策ショックに対しても、企業や家計、金融市場参加者が反応し、GDPギャップやインフレ率が変動する。

VARモデル・アプローチでは、インフレ率やGDPギャップ、金利、中央銀行のバランスシートなどの経済データの変動から、外生ショックを如何に適切に抽出(識別)するかがポイントとなる。しかし、モデルのパラメータを固定した従来型のVARでは、伝統的政策と非伝統的政策の枠組みの変化に対して、政策ショックを適切に識別できないという限界がある。

政策レジームの変化が鍵

木村・中島(2013)は、金融政策の枠組みが伝統的政策と非伝統的政策の間で変化しても、政策ショックを適切に識別できる、新たな分析手法を考案した。その特徴は、政策ショックの識別条件を規定するパラメータが、金融政策の枠組みによってスイッチするよう工夫したことにある。具体的には、「潜在閾値モデル」と呼ばれる手法を応用し、パラメータをゼロと非ゼロの間でスイッチさせる。これにより、(短期金利を操作変数とする)伝統的金融政策と(中央銀行のバランスシート規模を操作変数とする)非伝統的政策の双方の枠組みをサンプル期間に含んでいても、一つのモデルとして描写できる。

また、パラメータを可変にすることで、中央銀行の行動様式の変化や制約も描写できるようにしている。例えば、伝統的金融政策の枠組みでは、ゼロ金利制約の影響を取り入れることができるほか、非伝統政策の枠組みにおいては、中銀のコミットメントの強度や購入資産構成(資金供給方法)が変化した場合の影響も捉えることができる。中央銀行がバランスシート規模を同額変化させても、短期国債を購入するか長期国債を購入するかによって、長期金利に及ぼす影響は異なりうる。また、中央銀行が物価安定達成に向けて強くコミットした場合には、企業による価格設定スタンスなど経済主体の行動変化を促す可能性がある。

データ

分析モデルは、CPI前年比(総合・除く生鮮食品)、GDPギャップ、O/Nコールレート、日本銀行の当座預金残高(マネタリーベースの構成要素)、長期金利(10年物国債利回り)の5変数から構成される(図2)。推計期間の終期は、木村・中島(2013)よりも3年延長し、2015/3Qとした。

図2 主要経済指標

図2 主要経済指標

金融政策の枠組みについては、2001/1Q〜2006/1Qと、2010/1Q〜2015/3Qまでの2期間を非伝統的政策と定義し(以下、前者をUC1、後者をUC2と呼ぶ)、それ以外のO/Nコールレートを金融市場調節の操作目標としていた時期を伝統的政策とする。非伝統的政策のうち、UC1では、日本銀行は2001年3月に量的緩和政策を導入し、操作目標をコールレートから当座預金残高に変更した。UC2では、2009年12月に新しい資金供給手段(固定金利方式の共通担保資金供給オペ)を導入し、2010年10月には、金融緩和を一段と強力に推進するため、「包括的な金融緩和政策」を開始した。そして、2013年4月に、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入した。具体的には、マネタリーベースおよび長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買入れの平均残存期間を2倍以上に延長した。さらに、2014年10月には、マネタリーベース増加額の拡大と資産買入れ額の拡大および長期国債買入れの平均残存年限の長期化を決定した。

図2にみられるように、当座預金残高は、UC1とUC2の両時期において顕著に増加しており、これを、(1)インフレ率や景気の下振れ(マイナスのインフレショックや需給ショック)に対応した部分――自動安定化装置としての対応――と、(2)そうした対応を超えて政策ショックとして追加した部分、の2つに分解・識別することがポイントとなる。

政策反応の推計結果

最初に、インフレショックと需給ショックに対する、日本銀行の(自動安定化装置としての)政策反応に関する計測結果を示す(図3)。伝統的政策のもとでは、1990年代中頃までは、マイナスのショックに対して、政策金利を引き下げる対応をしていた。しかし、1990年代後半以降は、ゼロ金利制約からショックに対する政策金利の反応はなくなった。一方、非伝統的政策のもとでは、マイナスのインフレショックや需給ショックに対して、当座預金残高を増やす政策対応をしている。また、そうした対応は、UC1よりも、2010年以降のUC2でより大きくなっており、自動安定化装置としての政策対応の強化が図られている(ただし、信頼区間が大きく不確実性は大きい)。

図3 日本銀行の政策反応

図3 日本銀行の政策反応

GDPギャップとインフレ率に対する政策効果の計測結果

次に、政策ショックに対する経済の反応、すなわち、政策効果の計測結果を示す(図4)。まず、伝統的政策のもとでの政策ショック(短期金利の引き下げ)は、GDPギャップとインフレ率を上昇させる効果があった。ただし、ゼロ金利制約に直面するようになった1990年代後半以降は、政策ショックそのものが発生していないため、政策効果も検出されなくなった。

図4 金融政策の効果

図4 金融政策の効果

一方、非伝統的政策のもとでの政策ショック(当座預金残高の増加)は、GDPギャップとインフレ率に対してプラスの影響を与えるように作用しているが、推計の信頼区間が広く、不確実性がかなり大きい。そうした中、長期金利に対しては有意な影響を及ぼしており、特に、UC2では、当座預金残高を増やすための長期国債の購入割合がUC1に比べ大きいため、長期金利の引き下げ効果も大きめになっている(図5)。

図5 当座預金残高増加に対する長期金利の反応

図5 当座預金残高増加に対する長期金利の反応

このように、非伝統的な金融政策ショックは金融市場に対して明確な影響を及ぼしているにもかかわらず、インフレ率やGDPギャップに対する政策効果の不確実性が大きいのは、なぜであろうか。これには、インフレショックと需給ショックの分散の増加が影響している。

図6は、この点に関する理解を容易にするためのイメージ図である。政策ショックがターゲット変数(インフレ率やGDPギャップ)に対して、右上がりの黒線のような影響を及ぼしていても、実際のインフレ率やGDPギャップは、インフレショックや需給ショックによっても変動するため、黒線の周りにばらついている。回帰線を引くことは、政策ショックとターゲット変数の関係を包み込むパイプの真ん中に棒を通す作業としてイメージするとよい。パイプの長さは政策ショックの振幅に、パイプの太さはインフレショックや需給ショックの分散の大きさに該当する。パイプの長さが等しければ、細いパイプほど棒は狭い範囲しか動けない(Case1)。これが推計パラメータの信頼区間が狭い状態に該当する。しかし、パイプが太くなると――つまり、インフレショックや需給ショックの分散が大きくなると――、棒の動く範囲(信頼区間)は広くなる(Case2)。

図6 政策効果の信頼区間に関するイメージ図

図6 政策効果の信頼区間に関するイメージ図

2000年代中頃から、インフレショックや需給ショックの分散が拡大している(図7)。これは、エネルギー価格の変動が大きくなったことや、経済のグローバル化から海外経済変動の影響を受けやすくなっていること、そして、リーマンショックや消費税率引き上げの影響を受けていることなどを反映している。これら外的環境の変化が大きい場合には、推計した政策効果の信頼区間が拡がり、どうしても政策効果が見えにくくなってしまう(前掲図4(2))。

図7 インフレショックと需給ショックの標準偏差(%)

図7 インフレショックと需給ショックの標準偏差(%)

しかし、パイプが太くても、大きな政策ショックが加わりパイプの長さが伸びれば、棒の動く範囲(信頼区間)も狭まる(前掲図6(Case3))。非伝統的政策の効果に関して、UC1よりもUC2の信頼区間が狭まっている――特に、量的・質的金融緩和導入後に区間が狭まっている――のは(前掲図4(2))、当座預金残高の増加ペースを拡大させ、パイプを長くしたことが影響している。いうまでもなく、パイプを長くして信頼区間が狭まるのは、真の黒線の傾きが右上がりである時であり、このことは(不確実性は依然大きいが)政策効果の存在を裏付けていると考えられる。

政策ショックの累積効果

最後に、識別した政策ショックとターゲット変数のインパルス反応をもとに、2013/2Qに導入したQQEがこれまでGDPギャップとインフレ率をどの程度押し上げてきたかを計算した(図8)。

図8 QQEの政策効果(2015/3Qまでの政策ショックの累積効果)

図8 QQEの政策効果(2015/3Qまでの政策ショックの累積効果)

QQE導入以降は、プラスの政策ショック(緩和ショック)が継続して発生しており、2015/3Qまでの累積でみると、GDPギャップを3%強、インフレ率を約1%押し上げる効果を持つ。この間、実際のGDPギャップが2%程度しか改善していないのは、消費税率引き上げや海外経済成長の下振れなど、マイナスの需給ショックが影響したためと考えられる。また、実際のCPI前年比(総合・除く生鮮食品)が、過去1年間でプラス幅を縮小させたのは、エネルギー価格の下落などマイナスのインフレショックが影響したためである。こうしたマイナスのインフレショックの影響を除去したCPI前年比(総合・除く生鮮食品、エネルギー)は、QQEによるインフレ率の押し上げ寄与と整合的な動きをしている。

また、サンプル期間終期の2015/3QまでのQQEによる政策ショックは、2015年4Q以降のGDPギャップとインフレ率に対してラグを伴いながら影響を及ぼす。興味深いことに、GDPギャップの押し上げ効果は逓減していくのに対して、インフレ率の押し上げ効果には持続性がある。これは、QQEによるインフレ予想の上昇が寄与していると考えられる。

日本銀行は、マネタリーベースを引き続き拡大させていくことから、追加的な政策ショックが今後も発生すれば、先行きのインフレ率に対して押し上げ寄与をさらに強めていくことが予想される。

おわりに

エネルギー価格や海外経済成長率の変動などにより、QQEの政策効果は読み取りにくくなっているが、上記に示した通り、QQEはGDPギャップとインフレ率の押し上げに寄与していると考えられる。

ただし、非伝統的政策に関する今回の推計は、全体として不確実性が大きく、結果は十分幅をもってみる必要がある。経済の外的環境の変化を表すインフレショックや需給ショックを適切に識別できていなければ、金融政策の自動安定化装置としての対応を正しく推計することができず、結果として政策ショックの識別も不確実になる。特に、近年、インフレショックや需給ショックのボラティリティ(分散)が拡大しているだけでなく、その分散の推計自体の不確実性も増加しており(前掲図7)、政策ショックの識別にも不確実性を伴うことを認識しておく必要がある。

参考文献

日本銀行から

本稿の内容と意見は筆者ら個人に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではありません。

ページ先頭に戻る