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担保の再利用規制の射程(金融取引の多様化を巡る法律問題研究会の報告書(3))杉村和俊*、板谷優、別所昌樹(日本銀行)

Research LAB No.16-J-6, 2016年9月14日

キーワード:
担保の再利用、金融規制

JEL分類番号:
G19、G28、G33、K19、K22、K23

Contact
masaru.itatani@boj.or.jp(板谷優)

  • 現・財務省

要旨

平成28年に導入される非清算店頭デリバティブ取引に対する証拠金規制のなかでは、顧客資産の保護等の観点から、担保の一種である当初証拠金として差し入れられた有価証券等の再利用を認めないとの規制が設けられる。こうした再利用の禁止については、有価証券の市場流動性に影響が及ぶのではないかとの懸念も一部で示されている。日本銀行金融研究所が事務局を務めた金融取引の多様化を巡る法律問題研究会の報告書(「金融規制の適用範囲のあり方」)では、そうした意図せざる規制の弊害が生じるおそれを緩和する観点から、当初証拠金として差し入れられ、信託の設定により分別管理された有価証券を念頭に、規制に関する国際的な合意との調和を維持しつつ、その利用・処分を認めるという方向性について、法的な分析を行っている。

はじめに

金融危機の経験を踏まえて、担保の再利用を制限する規制の必要性が、グローバルに指摘されている。例えば、中央清算されない店頭デリバティブ取引(以下、「非清算店頭デリバティブ取引」という。)について導入される証拠金規制においては、担保の一種である「当初証拠金」として顧客から差し入れられた有価証券や金銭を金融機関が再利用することは原則として認められない。

もっとも、担保の再利用を過度に禁止すると、担保として利用できる優良資産の市場流動性が不足しかねないという懸念が一部で示されている。また、論者によっては、担保の再利用がシャドー・バンキングの領域において相当大きな役割を果たしてきたという評価を前提としたうえで、再利用可能な担保が減少した場合には、グローバルな資金調達環境に影響が及ぶとして、慎重な政策対応の必要性を示唆する向きもある。こうしたことから、デリバティブ取引に関して担保の再利用が禁止されるべき範囲は、その目的に照らして、必要かつ合理的な範囲に限定されることが望ましいと思われる。

担保の再利用規制の趣旨・目的

なぜ担保の再利用を規制する必要があるのだろうか。金融安定理事会(FSB)は、「顧客資産の再利用は、とりわけ顧客が再利用される範囲や相手方倒産時における取り扱われ方が不確実(uncertain)であると、金融不安定化のリスクを生じうる」と指摘している。すなわち、顧客から「金融機関に対して担保として差し入れた有価証券が再利用される場合、当該有価証券の帰属は担保を提供した顧客から当該金融機関へ移転し、顧客は当該金融機関に対する同種同量の有価証券の契約上の返還請求権を有するにすぎなくなる」ということが、シャドー・バンキングを巡るリスクとして注目されている。

こうした認識を背景として、非清算店頭デリバティブ取引について、各国当局が協調して新たに導入する証拠金規制では、当初証拠金の再利用が制限されることとなっている。

わが国における証拠金規制

非清算店頭デリバティブ取引に関するわが国の証拠金規制をみると、金融商品取引業者等は、預託等を受けた当初証拠金を担保に供し、または貸し付けることができないものとされており、当局間の国際的な合意と整合的な内容である。

しかし、わが国の証拠金規制の大きな特徴として、「信託の設定又はこれに類する方法」による当初証拠金の管理が求められているという点がある。その具体的なスキームとしては、当初証拠金の預託等を受けた金融商品取引業者等を委託者とし、顧客を受益者として、信託財産である当初証拠金が「一括清算事由又はこれに類する事由」が生じた場合に顧客へ返還されるような仕組みが確保される信託を設定すること(以下、「信託スキーム」という。)が想定される。

信託スキームが新たに導入される理由は、差し入れられた当初証拠金について「再利用をしてはならない」という義務を単純に金融商品取引業者等に課すという方法では、一括清算法の適用を確保することを前提とすると、わが国の法制度のもとでは、規制の趣旨・目的を達成できないためであると考えられる。すなわち、質権構成のような担保物権構成の取引が一括清算法の適用対象とされていないことから、当事者が同法の適用される消費寄託・消費貸借構成による担保の差入れを選択した場合、担保を提供した者には、清算後の残額債権(超過分の担保についての返還請求権)についての優先権が認められない(無担保の債権となる)。このため、委託者の倒産から隔離されるという信託の機能を活用する必要があるとされているものと解される。

規制の射程

前述のとおり、担保の再利用規制に対しては、有価証券の市場流動性を低下させかねないとの懸念が示されている。これに関して、わが国の証拠金規制は適切に対応するものになっているだろうか。

わが国の証拠金規制では、金融商品取引業者等は、原則として顧客から預託等を受けた当初証拠金を利用・処分できないものとされている。ただし、例外として、金銭をもって充てられている当初証拠金については、信託の設定又はこれに類する方法による当該当初証拠金の管理に付随して、安全な方法により行われる場合に限り、利用・処分が認められている。

しかし、当初証拠金として用いられている財産が金銭であるか有価証券であるかという違いは、こうした利用・処分を認めるべきか否かの判断において、重要ではないように思われる。すなわち、信託の設定によって金融商品取引業者等の倒産から隔離されている範囲内においては、仮にその当初証拠金が利用・処分されたとしても、必ずしも顧客が当該金融商品取引業者等に対する信用リスクを負担することになるわけではない。このため、信託財産の価値が全体として保たれている限りにおいては、信託財産が金銭であろうと有価証券であろうと、当該信託財産に対する優先権という形で、顧客資産は保護されていると評価することもできるのではないかと考えられる。

そうだとすれば、信託スキームのもとでは、当初証拠金として金銭だけでなく有価証券が用いられている場合についても、有価証券の市場流動性に配慮する観点からみると、将来的には、国際的な合意との調和が確保される限りにおいて、安全な方法による利用・処分を認めてもよいのではないかと考えられる(ただし、当初証拠金として受領した有価証券の利用・処分を制限するという現在の規制の姿も、当初証拠金の再利用を原則として認めないという国際的な合意の文言を重んじるという観点からみれば、十分に理解できるものであると思われる)。

おわりに

わが国の証拠金規制においては、当初証拠金として差し入れられた有価証券の利用・処分は認められていない。しかし、担保の再利用の禁止に伴い、有価証券の市場流動性が不足するとの懸念が一部で示されている。本稿では、信託スキームのもとでは、当初証拠金として差し入れられた有価証券の利用・処分を認めたとしても、規制の趣旨・目的を達成することが妨げられるものではない可能性を示した。

参考文献

日本銀行から

本稿の内容と意見は筆者ら個人に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではありません。