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保証に関する規律と多様な人的信用補完(金融取引の多様化を巡る法律問題研究会の報告書(4))杉村和俊*、板谷優、別所昌樹(日本銀行)

Research LAB No.16-J-7, 2016年9月16日

キーワード:
保証、併存的債務引受

JEL分類番号:
D86、K12

Contact
masaru.itatani@boj.or.jp(板谷優)

  • 現・財務省

要旨

金融取引において、保証と同じような機能を果たしうる取引は、様々な法律構成を用いて実現することができる。このため、保証に関する規律が、他の法律構成を採用した取引に対しても適用されるか否かということが問題となる。日本銀行金融研究所が事務局を務めた金融取引の多様化を巡る法律問題研究会の報告書(「金融規制の適用範囲のあり方」)では、保証に関する経済学の議論を参照し、規律の趣旨を明らかにすることを通じて、あるべき解釈論の方向性を示している。

はじめに

今般の民法(債権関係)改正(以下、「債権法改正」という。)に向けては、保証契約の締結に関するいくつかの新たな規律を設ける案が示されている。例えば、事業性借入れに対する個人保証については、原則として公正証書による保証契約締結が求められる予定である。また、事業性借入れに対する個人保証を委託する者に対しては、委託を受ける個人に対して情報提供を行う義務が新たに課される予定である。

こうした新たな規律は、他の法律構成を採用した取引に対しても適用されるのだろうか。金融取引において、保証と同じような機能を果たしうる取引、すなわち、ある金銭債権の債務不履行のリスクに備えて、第三者の人的な信用力に依拠して信用を補完する取引は、様々な法律構成を用いて実現することができる。よく指摘される例としては、併存的債務引受や、民法に規定のない損害担保契約といった構成がある。また、場合によっては、信用保険のような保険に加入したり、デリバティブ取引の一種であるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を利用したりすることも可能であろう。さらに、当該金銭債権の「売買の一方の予約」や、当該金銭債権のプット・オプションという形を採用しても、同じような機能を実現できる。

新たな規律が、こうした保証と同じような機能を果たしうる取引に適用されうる場合、保証契約締結時の公正証書要件や情報提供義務は、契約当事者にとって相応の手続的な負担となりうる。また、規律に反する保証契約は効力を生じないと解され、または取り消されうる。さらに、そのような規制の適用対象が不明確であると、新たな類型の金融取引に対しても委縮効果を生じかねない。

保証に関する規律の厳格化

現代に入り、保証を巡って様々な社会問題が発生したとされる。とくに、リスクを十分に計算せずに保証人を引き受けることが少なくなく、義理で引き受けた保証債務のために、「身の破滅を招く」ような事例もみられるとの指摘がある。こうしたなかで、保証人保護の具体的な方法として、契約締結前に一定の手続を経るという要件を満たした保証契約のみを有効なものとして認めるという規律が民法上導入されている。すなわち、平成16年の民法改正において、保証契約一般について、書面によらない契約が無効となり、貸金等根保証契約については、書面による極度額の約定が契約の有効要件とされ、契約の存続期間が法定された。また、債権法改正によって、次のとおり保証人保護のための方策が拡充される予定である。

第1に、事業性借入れに対する、経営者以外の第三者による個人保証について、原則として公正証書による保証契約締結を要求する規定が新設される予定である。公正証書による保証においては、「契約の締結に先立ち、その締結の日前一箇月以内に作成された公正証書で保証人になろうとする者が保証債務を履行する意思を表示」していることが、保証契約の有効要件として求められる。これは、「自発的に保証する意思を有することが確認された者」に限って保証契約を有効とする観点から、当該意思を確認する手段とするものであると説明されている。

第2に、保証委託時の情報提供義務に関する規定が新設される予定である。具体的には、主たる債務者は、事業のために負担する債務を主たる債務とする保証等の委託を個人に対して行うときは、委託を受ける個人に対し、(1)財産および収支の状況、(2)主たる債務以外に負担している債務の有無、額および履行状況、(3)主たる債務の担保として他に提供した担保等の3点に関して、情報提供義務を負うとされている。主たる債務者に情報提供義務の違反があり、債権者がそのことについて知りまたは知ることができた場合、当該保証人は、保証契約を取り消すことができる。このような情報提供義務が課される理由については、「保証人が予想に反して保証債務の履行を求められるという事態が生じないようにする必要があるが、保証人の意思表示に錯誤があったとか詐欺に基づくものであるといえる場合は多くはない。そこで、保証契約の時点で保証人に適切な情報を提供する制度を設ける必要がある」ためであると説明されている。

保証に関する規制の趣旨

経済学的な視点から考察したとき、保証が経済合理性を持つケースは、大きく分けると次の2つである。

第1に、債権者と保証人との間でリスク選好が異なるケースが挙げられる。すなわち、保証人のリスク回避度が債権者よりも低い場合には、保証人にリスクを移転したほうが、リスクを効率的に配分することができる。これは、保証会社や信用保証協会が引き受ける保証(法人保証)においてみられる特徴であり、また、保険やCDSについても同様の分析が可能である。

第2に、主たる債務者に関する信用リスク情報について、債権者と保証人との間で情報の非対称性があるケースが挙げられる。すなわち、主たる債務者のリスクを正確には識別できない債権者は、金利を高く設定すると逆選択によってリスクの高い借主が集まる懸念があることから、保証によるスクリーニングやシグナリングを活用することを考える。保証人は、主たる債務者が債務不履行に陥れば自ら保証債務を履行しなければならないため、主たる債務者が債権者を害するような行動を行わないようモニタリングを行うインセンティブを有する。仮に、保証人が債権者本人よりも低いコストで実効的なモニタリングを行うことができるならば、保証により効率性が改善される可能性がある。

このようなモニタリングが成り立つためには、主たる債務者と保証人との間の社会的な距離が近接しており、債権者には取得できない(または取得するのに高いコストが必要となる)主たる債務者に関する情報を、保証人が容易に取得できるという前提が必要である。現代のわが国においては、他の先進国と同様に、社会的結合が弱くなってきていると考えるならば、情報の非対称性を保証人によって克服するタイプの保証が合理的であるケースは少なくなっていると推測される。前述のとおり、リスクを十分に計算せずに保証人を引き受けて「身の破滅を招く」事例が社会問題化しているのは、情報の非対称性に対応するための保証において、合理性よりも弊害のほうが顕著になっていることの証左であるようにも思われる。

近年、保証契約の締結に関する規制が導入されてきたことは、社会の変化に伴い、こうした弊害が顕現化してきたことに対応するためと理解することができよう。債権法改正によって導入される予定の規律に関していえば、少なくとも個人が保証人になろうとする場合には、合理的でない保証契約の締結を思いとどまらせることが、法(公正証書要件や保証委託時の情報提供義務)に期待されている役割の1つであるように思われる。

規律の射程

保証に関する規律については、併存的債務引受等の形式を用いてその適用を免れるという可能性が指摘されている。債権法改正に向けた議論においても、こうした問題は常に意識されながら、最終的には立法的な問題解決が見送られたとされている。この問題については次のように整理できると思われる。

併存的債務引受という名目で行われた取引が、保証であると性質決定されることによって、連帯債務ではなく保証債務の関係が生じることがありうる(「性質決定」とは、契約等の行為を既存の法的カテゴリーにあてはめ、それによって適用されるべき規範を導くという操作をいう)。例えば、併存的債務引受として行われた取引であっても、引受人が債務者の負う債務を保証することを主たる目的とする場合や、債務者が引受人の負う債務を保証することを主たる目的とする場合については、保証に関する規律を適用して処理することが適切であると解される。また、損害担保契約の一部も保証の一種とみることが可能であり、この場合にも、保証を主たる目的とするときは、保証の規律を及ぼすべきであると考えられる。

また、保証として性質決定する場合のほかにも、取引によっては保証の規律が及ぶべき場合がありうる。例えば、人的信用補完を提供する者が微小な(名目的な)負担部分を有する場合には、それを連帯債務ではなく保証債務として性質決定することは難しいかもしれない。しかし、このような場合であっても、保証類似の契約が合理的な理由なく、保証契約の締結に関する規制の適用を免れるために選択されたと認められるようなときは、保証契約に関する規定を類推適用すること等が可能であると考えられる。

他方、CDSに対しては、個人による保証に関する規律を及ぼす必要はないと考えられる。すなわち、CDS取引の相手方となる金融商品取引業者等は、金融商品取引の勧誘を行う際に、顧客の意向や知識・経験・財産状況等に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならないという義務を負っている(狭義の適合性原則)。金融商品取引業者等が当該義務を遵守することによって、合理的でない取引が抑制されることから、保証の規律を重畳的に及ぼす必要はないと考えられる。

おわりに

保証が経済学的な観点から合理性を持つケースとしては、(1)債権者と保証人の間でリスク選好が異なるというケースと、(2)主たる債務者の信用リスク情報について、債権者と保証人との間で情報の非対称性が存在するケースがある。人的な信用補完に用いられる取引のうち、法人保証、保険、CDSといった取引には、前者に関する合理性が定型的に認められると考えられる。他方、個人による保証については、後者に関する合理性が認められる余地もあるが、現代のわが国においてはその余地が縮小していると考えられる。

債権法改正では、合理的でない保証契約の締結を思いとどまらせるために、個人による保証契約の締結に関して、公正証書要件や情報提供義務など、いくつかの規律が新設されたものと理解できる。こうした規律の適用を免れるために「併存的債務引受」や「損害担保契約」などの名目で取引が行われる場合には、少なくともそれを保証として性質決定できる範囲においては、保証の規律が直接に及ぶと解される。また、保証として性質決定することができないとしても、保証の規律が類推適用されるべき場合があると考えられる。

参考文献

日本銀行から

本稿の内容と意見は筆者ら個人に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではありません。