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中小企業向け貸出と実体経済活動について

1997年 7月
廣島鉄也

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。

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以下には、(はじめに)を掲載しています。全文は、こちら (cwp97j04.lzh 161KB[MS-Word, MS-Excel]) から入手できます。

はじめに

  •  長期に亘る金融緩和にも拘らず、銀行貸出は低迷を続けており、こうした銀行貸出の低迷が、景気回復の緩慢さの背景の一つになっているとの見方もしばしば聞かれる。
  •  80年代後半以降米国において、金融政策の効果波及過程における銀行貸出の役割について議論が活発化した(money view に対するcredit viewの登場)。その中で比較的幅広い合意が得られているのが、「金融政策により惹起された銀行行動の変化は、主に、資本市場へのアクセスが限られている中小企業を通じて実体経済活動に影響を及ぼす」という考え方である。そこで、本稿では、わが国における銀行貸出を、対象企業規模や製造・非製造業別、あるいは銀行の業態別等で区分し、そうした細分化されたレベルの指標と実体経済活動との関係や、そこでの金融政策の波及経路を検証することによって、今次緩和局面における銀行貸出低迷の背景についてインプリケーションを得ることとした。
  •  本稿の結論を予め要約すれば以下の通り。
  • (1) 実証分析でみると、各種貸出指標のうち実体経済活動(国内民需)と相関が高いのは、中小企業向け貸出であり、大企業向け貸出と実体経済活動との相関は低い。特に中小企業向け貸出の中でも、上位業態(都銀、信託、長信銀、地銀)の中小非製造業向け貸出は、実体経済活動に対し明確な先行性を有している。
  • (2) 過去の金融緩和局面で、上位業態の中小非製造業向け貸出が景気先行的に増加したのは、もともと量的拡大意欲の強い上位業態が、大企業向け貸出の減少をカバーする意図もあって、安定した資金需要のある中小非製造業向け貸出スタンスを積極化させたためと考えられる(いわゆる「需資掘り起こし」<理論的には貸出供給のシフト>)。実際、上位業態の貸出金利(都銀で代表させた)と中小非製造業向け貸出の関係をプロットすると、75年第1四半期から91年第2四半期(前回引締め終了時)までについては、各点が明確に右下がりの直線回りに分布しており、安定的な借入需要曲線(右下がりの直線)上を貸出供給曲線が大幅にシフトしたことが、貸出量の変動に繋がった様子が見て取れる。
  • (3) 過去、緩和期において上位業態が先行的に貸出供給スタンスを変化させたことは、下位業態との対比でみた貸出金利の低下度合(大企業向け貸出のウェイトなどを調整後)が顕著に拡大している事からも確認できる。一方、金融政策の変化は借入需要曲線をある程度シフトさせる効果も有しており、過去の緩和局面では、i)コールレートの低下が中小非製造業の金融収支の改善をもたらし、収益面から借入・投資需要を増加させる、ii)金利低下による地価上昇が企業保有資産価値増大を通じて、借入・投資需要を増加させる、といったメカニズムが、貸出供給曲線の下方シフトと相まって貸出の伸びを高めていたと考えられる。
  • (4) ところが、91年第3四半期以降の緩和期について、都銀の貸出金利と中小非製造業向け貸出の関係をみると、以前と様変わりに、垂直ないし左下がりに延びた直線となっている。このような貸出金利の大幅な低下と貸出の伸び低下の同時進行は、金融緩和による貸出供給曲線の下方シフトを上回る借入需要曲線の大幅な下方シフトが生じていることを示唆している。
  • (5) 今次緩和局面で借入需要曲線が下方シフトしたのは、商業用建築等のストック調整に加え、中小非製造業における既存債務の積み上がりや地価の持続的な下落により、金利低下にもかかわらず上記(3)のi) ii)のようなメカニズムが働かなかったためと考えられる。
     一方、今次緩和局面では、上位業態と下位業態の貸出金利差の拡大がみられず、上位業態が、かつてのように積極的に貸出金利を引下げるなど貸出供給スタンスを前傾化させていないことが窺われる。すなわち、近年の貸出の伸び低迷は、基本的には借入需要曲線の大幅な下方シフトに起因すると考えられ、銀行の貸出供給曲線が「減少方向」へシフトしているという意味での「クレジット・クランチ」の発生は確認されないが、長期かつ大幅な金融緩和にも拘らず、「上位業態の中小非製造業向け貸出スタンスの積極化」(いわゆる「需資掘り起こし」)がこれまでのところみられていないという意味で、供給サイド(銀行サイド)の要因が過去に比べ金融緩和効果の顕現を遅らせている背景の一つになっている可能性は否定できない。