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実質金利の低下は個人消費を刺激するのか?

−実証分析を中心に−

2000年 1月
中川忍
大島一朗

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要旨)を掲載しています。

要旨

  1.  MITのKrugman教授は、"Japan's Trap"という論文の中で、不況下の日本経済を回復させる処方箋として、「インフレ期待を起こして実質金利を引き下げ、個人消費を刺激する」という考えを提言している。実際にインフレ期待を起こす方法やそのfeasibilityはさておき、わが国の場合、果たして実質金利の低下が個人消費を刺激するのであろうか。
  2.  一般的には、Krugman教授の言うように、実質金利の低下は個人消費を刺激すると言われている。すなわち、実質金利低下による代替効果(=消費刺激効果)の大きさが、所得効果(=利子所得の減少効果)を上回るというものである。実際、実質金利と1人当り実質消費成長率の関係を散布図や関数推定でみると、米国や英国ではマイナスの関係がみられる。しかし、日本では明確な関係が窺われない。
  3.  日本において、実質金利と個人消費の関係が希薄な理由として、まず、日本人はそもそも貯蓄好きで、仮に金利が低下しても、貯蓄を減らすとか、あるいは借り入れを行ってまでも、消費しようとする人が少ない点が挙げられよう。一方、米国や英国では、例えば、ローンを組んで耐久消費財等を購入するのは、ごく日常的な行為である。
  4.  次に、日本の家計の貯蓄内訳をみると、その6割以上が預貯金等の安全資産であり、同割合は高齢者ほど高い傾向にあることも影響している。すなわち、金利低下による消費刺激効果は考えられるが、同時に預貯金からの利子所得の減少効果も大きく、両者が打ち消し合っているとみられる。これに対し、米国や英国では、貯蓄のうち預貯金等の占める割合は、それぞれ15%程度、20%程度(いずれも98年末)と、日本よりもかなり低く、このことが所得効果の小ささに繋がっていると考えられる。
  5.  以上、Krugman教授の提言(実質金利低下→個人消費増加)は、米国や英国については当てはまる。しかし、日本については、家計が借り入れという行為に対して総じてreluctantであること、家計の安全資産指向が強いこと、等の理由により、これまでのデータをみる限りにおいては、該当しないと考えておくべきであろう。