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わが国における構造的財政収支の推計について

2000年11月
西崎健司
中川裕希子

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (cwp00j16.pdf 610KB) から入手できます。

要旨

 わが国の一般政府の財政収支は、バブル崩壊以降、景気低迷が長期化する下で、収支の悪化が進み、98年度には過去最大の赤字幅となった。恒久的減税が実施された99年度は、赤字幅はさらに拡大したとみられ、財政赤字の動向に対する関心は高まってきている。

 こうした財政収支の動向を、財政政策の景気に対する整合性や、他部門の貯蓄投資差額の動向と切り離して評価することはできない。しかし、財政収支について、裁量的財政政策などによる「構造的財政収支」と、財政の自動安定化機能による「循環的財政収支」とを区別して考えることは重要である。すなわち、構造的財政収支については、政府が歳出削減策ないし歳入増加策を実施しない限り改善しないと考えられるのに対し、循環的財政収支については、景気が回復すれば改善すると考えられるため、最近の財政赤字について政策的な議論を行なう場合に、両者を区別することは、重要な意味を持つ。

 そこで、本稿では、自動安定化機能を持つと考えられる歳出・歳入項目について実質GDP弾性値を推計し、財政収支を構造的財政収支と循環的財政収支に分解した。それにより、「わが国の財政政策が景気に対してどの程度裁量的に運営されてきたか」、という点について評価するとともに、「最近の財政赤字について、財政の自動安定化機能によりどの程度自動的に赤字が縮小するか」、という点について大まかなイメージを示した。分析結果を整理すると、以下の通りである。

  1. (1)各歳出・歳入項目の実質GDP弾性値の推計法について、(a)景気循環の過程において企業所得が大幅に変動するといった分配面での調整の特徴を織り込むために可変パラメータを認める、(b)先行研究で先験的に仮定されていた箇所についても回帰分析を行なう、など再検討を行なった結果、得られた弾性値は先行研究よりも若干大きいものとなった。
  2. (2)推計された実質GDP弾性値をもとに得られた構造的財政収支の動向によれば、わが国の財政運営は、相当程度裁量的財政政策に依存している。90年代における財政収支の悪化についてみると、90年度から98年度にかけての名目GDP比9%強に及ぶ収支悪化のうち、2/3弱(名目GDP比6%弱)が裁量的財政政策を反映した構造的プライマリー・バランス(構造的財政収支からネット財産所得を控除したもの)の悪化によるものであり、1/3弱(同3%弱)が循環的財政収支の悪化によるものである。この点については、不況期における財政収支の国際比較からも、わが国の財政運営が、裁量的財政政策に依存しており、財政の自動安定化機能が、他国と比べて弱いことが確認できる。
  3. (3)この結果、98年度の構造的財政赤字は、名目GDP比3.9%となり、99年度には5%程度まで拡大したとみられる。このことは、83年度以降の平均的な生産要素の稼動状況が達成された場合でも、かなりの財政赤字が生じる状況にあることを表している。
  4. (4)また、各時点について生産要素が完全稼動するような経済活動水準になった場合の財政収支を計算した場合でも、ここ数年は赤字の状態が続いている。こうした状況が続くことは、財政運営上、持続可能性に問題があると考えられる。
  5. (5)なお、物価変動により実質GDP弾性値が大きくなる可能性を織り込んだ場合、構造的財政収支は改善するが、改善幅は小幅に止まる可能性が高い。

 以上のような財政収支の現状を踏まえ、先行きについて展望すると、いずれ、財政赤字全体の削減のために、歳出削減策ないし歳入増加策を通じて、構造的プライマリー・バランスを均衡させる方向に向かう必要があると考えられる。ただし、当面については、景気の腰折れを引き起こさないかどうか、という点を重視しながら、財政再建のタイミングやテンポについて検討する必要があろう。また、財政運営の観点からは、景気変動に対して、従来通り公共投資に重点を置いた裁量的財政政策を中心に対応するのか、失業保険制度の充実などにより、他国と比べて機能が低いと考えられる自動安定化機能を強化して対応するのか、という点についても十分議論する必要がある。