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米国における財政収支・連邦債務構造の動向

2000年11月 2日
内田浩行

日本銀行から

日本銀行国際局ワーキングペーパーシリーズは、国際局スタッフによる調査・研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは国際局の公式見解を示すものではありません。
なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せください。

以下には、要旨を掲載しています。全文は、こちら (iwp00j05.pdf 119KB) から入手できます。

要旨

  1. 米国の財政収支は、98年度に黒字に転化した後は着々と改善を続け、先行きの見通しも度々上方改訂されている。これに伴って米国債市場も縮小を続け、今後10年間に国債市場がなくなってしまう可能性も議論されている。本稿では、こうした薔薇色にも見える米国財政および米国国債市場の現状と大統領選挙の影響も含めた先行きについて、社会保障信託基金の扱いを巡る米国財政の仕組みと連邦債務の構造に着目する形で検証を行い、そのインプリケーションを考察する。
  2. 現在見通されている先行きの財政黒字は、かなりの部分がベビーブーム世代の将来の引退に備えた社会保障信託基金の積立て(Off-Budgetの黒字)に過ぎない。しかも、同基金はこのまま追加策を講じなければ最終的に破綻すると予測されているが、現在のところ有効な解決策は打ち出されていない。
  3. 連邦債務には縮小が懸念されている「民間投資家保有の市場性証券」以外にも、社会保障信託基金等が保有する「連邦政府保有の非市場性証券」、「NY連銀保有の市場性証券」、「民間投資家保有の非市場性証券」などが存在する。こうした連邦債務全体の残高(グロスベース)についてみると、高水準横這い後2007年度以降は増加に転じることが予想されている。この中で、今後縮小・消滅の可能性が囁かれている債務は連邦債務全体のうち「民間投資家保有の市場性証券」のみであり、一方で、社会保障信託基金の運用目的のために政府が発行する非市場性証券は将来に向けた積立て増加と共に今後急激に増加する。
  4. 民間向け市場性証券の減少は社会保障信託基金の運用制限に依る面があり、政府が同基金向けに発行する非市場性証券の代り金が市場性証券の削減に使われることは、いわば連邦政府債務全体が拡大基調にある中で市場性債券から非市場性債券への振替に過ぎないとの見方もできる。逆に将来ベビーブーム世代の引退に伴って社会保障信託基金への債務返済が嵩んでいく過程では、逆方向の振替が発生する可能性がある。
  5. こうした観点から米国大統領選挙における共和党、民主党それぞれの経済政策案をみると、Off-Budgetの黒字(社会保障信託基金の積立て)は債務削減以外には用いないように温存する方向で一致している。しかし、On-Budgetの黒字については、減税か支出増かの相違はあっても、ほぼ全額費消してしまうとの見通しが大勢であり、これまでよりも拡張的な財政政策に転じる可能性がある。
  6. 上記の連邦債務の構造を前提とすれば、Off-Budgetの黒字(社会保障信託基金の積立て)を民間向けの市場性証券の削減に充当するという現在の両候補の基本線が崩れない限り、民間向けの市場性証券は現在の見通しと然程変わらない程度まで減少していく可能性が高い。
  7. 民間向けの市場性証券の減少・消滅テンポは、社会保障信託基金の積立ての運用対象を国債以外へ拡大する様な改革が行われれば、スローダウンする。社会保障信託基金の将来的な財源不足への対応として、こうした提案は共和党の政策リストに含まれているほか、過去にもなされてきた。しかし、政治的な配慮による資金運用の歪みに伴うマクロ的資本効率の低下、資金運用リスクの上昇に伴う公的資金に対する信認低下などの懸念から反対論も根強い。

以上