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円が国際的に利用される条件:試論

2000年 6月16日
米谷達哉*1
寺西幹雄*2

日本銀行から

日本銀行金融市場局ワーキングペーパーシリーズは、金融市場局スタッフ等による調査・研究成果をとりまとめたもので、金融市場参加者、学界、研究機関などの関連する方々から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、 論文の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融市場局の公式見解を示すものではありません。
なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問合せは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (kwp00j08.pdf 236KB) から入手できます。

  1. *1日本銀行 金融市場局 金融市場課 E-mail: tatsuya.yonetani@boj.or.jp
  2. *2日本銀行 金融市場局 金融市場課 E-mail: mikio.teranishi@boj.or.jp

(要旨)

  •  本稿は「通貨の国際化」の条件、すなわち、ある国の通貨が当該国の居住者以外の主体によって広範に利用される条件を、通貨のもつ各機能から考察を加えたものである。なかでも、交換手段としての機能、価値貯蔵手段としての機能に着目するとともに、海外における通貨の国際化の歴史的エピソードを検証することを通して、円が国際的に利用されるための条件を検討する。
  •  国際通貨国(過去の英国、現在の米国)の通貨が、国際的な取引の交換手段として圧倒的な優位を保っていた条件を歴史的に概観すると、かつての英国においては、競争力のある海運業や金融業を基礎とした世界的なネットワークを背景にポンドの国際通貨としての地位を確立していった。また、米国の場合は、多国籍企業の海外進出等直接投資が増加し、こうした米国企業の海外展開がユーロ市場でのドル建て決済ニーズの増大に結びつき、ドルの国際的な利用を加速させた。
  •  こうした国際通貨は、国際経済取引における交換手段としての機能において圧倒的な比較優位を有しているが、この交換手段としての比較優位には、使う人が多くなればなる程その人のメリットが大きくなるという通貨の持つネットワーク外部性が深く関係している。この通貨の持つネットワーク外部性は、国際通貨国の産業ネットワークの形成を背景に構築されたと考えられる。英国の海運業にみられた世界的なネットワークや米国における技術力、ノウハウの比較優位を武器にした多国籍企業の世界展開は、こうした通貨の国際的な交換手段としてのネットワーク形成に大きく寄与してきたと考えられる。
  •  また、対外債務の中に占める自国通貨建て取引がどの程度行われているかということは、国際通貨の価値貯蔵手段としての役割をみる上で重要である。こうした例としては、東西ドイツ統一による財政赤字の拡大を契機に非居住者による国債保有が増大したドイツの例が挙げられる。この背景としては、ドイツ当局の市場整備が非居住者からみたマルクの価値貯蔵手段としての機能を高めたことが大きく寄与したと考えられる。
  •  今後、わが国でもIT革命、産業構造のサービス化、高付加価値化が進む中、知識集約産業の競争力上昇がますます重要になってくると考えられるが、こうした方向性は、対外的なサービス収支の改善をもたらすとともに、ノウハウ、経営資源面の比較優位が、海外の経営権獲得→直接投資の増加に結びつき、産業面、人的面でのネットワークが形成され、円が交換手段として国際的に使用されていく可能性がある。
  •  また、円が国際的に利用されるためには、とりわけ、わが国における国際金融仲介機能の質的変化も重要なメルクマールになってくると考えられる。80年代のようなドル建て短期借り・長期貸し(満期変換)を行うといったドル建ての国際金融仲介を進めるだけではなく、非居住者からみた円の価値貯蔵手段の高まりを反映した、わが国政府部門、民間部門による円建て借入が進展し、円を用いた満期変換が行われることが必要である。そのためには、非居住者にとって魅力ある国内資本市場を整備することは重要な政策課題となってこよう。
  •  今後、わが国の経常収支は人口構成の高齢化から長期的には黒字の縮小が予想されるが、円の国際的な利用が増加するとすれば、ポンドやドル、マルクの例にみられたように、経常収支が黒字を維持している段階であると考えられる。