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財政投融資の現状と課題

—2001年度改革が財投の機能に与える影響—

2001年 3月
肥後雅博

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。
なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (cwp01j01.pdf 546KB) から入手できます。

要旨

  1.  「財政投融資」とは、政府の信用や制度を用いて有償の資金を調達し、民間部門への貸付や公的企業の投資活動に資金を配分する「政府の金融仲介活動」として定義される。政府の経済活動への介入手段の一つとして、資源配分、所得再分配、景気調整の3つの機能を果たすために利用されている。本稿では、こうした財政投融資の機能とその問題点について、多面的に分析を試みる。さらに、2001年4月からスタートする財政投融資改革がもたらすインパクト、改革後も残る課題についても整理を行う。
  2.  財政投融資は、郵便貯金や厚生年金の積立金、簡易保険などの調達部門を通じて、598兆円の資金を調達している(2000年3月末現在)。これらの資金は資金運用部の仲介等を経て、運用部門へ提供される(同535兆円)。財政投融資の資金は大きく分けて、(1)国債の引受けや地方公共団体への貸付および財投対象機関の累積損失に対するファイナンス相当分(全体の約36%)、(2)政府系金融機関が行う民間部門向け貸付のファイナンス(同28%)、(3)公的企業が行う公共投資向けファイナンス(同15%)、(4)調達部門による自主運用(同19%)、の4つの分野に配分されている。

財政投融資の3つの機能

  1.  財政投融資は、公的な金融仲介を通じて、金融市場における「市場の失敗」を補完し、経済の資源配分を改善する役割を果たしている(資源配分機能)。そのうち、民間金融機関では供給されにくい超長期固定金利資金の提供を行う「質的補完」機能が、住宅金融や公的企業による社会資本整備等に寄与している。零細中小企業向け貸出市場においては、情報の非対称性による「信用割当」が生じやすいが、政府系貸付が「量的補完」機能を果たし、当該企業の資金繰りを緩和している。また、最近の貸し渋り局面では、より規模が大きい中小企業についても同様の効果をもたらしている。さらに、政府系貸付は、借り手の交渉力を向上させることで、貸出市場における貸し手による寡占状況を緩和する役割を果たしている可能性もある。
  2.  財政投融資による超長期の低利貸付が、「所得再分配」の機能を果たしている。住宅金融、公的企業の社会資本整備の分野で、大きな所得移転効果を有しており、特に前者では低所得層への移転効果が大きい。財政投融資の経費率は民間金融機関のそれよりも低いため、財政投融資を用いることで低コストの「所得移転」を行うことができる。もっとも、民間金融機関と財政投融資では、金融仲介で果たしている機能が異なることから、この結果から、両者の効率性の優劣については結論づけることができない点には留意が必要である。
  3.  財政投融資は、国債の引き受けや地方自治体への貸付および財投対象機関の事業資金を供給することで、一般財政が行う景気調整機能を補完している。資金運用部は、長期国債を大量に保有しているほか、公募債を発行できない中小市町村に対して手厚い貸付を行っている。この結果、中小自治体の調達力不足を補完する役割を果たしているほか、長期金利に含まれるリスクプレミアムを抑制している可能性がある。

財政投融資の3つの問題点

  1.  財投対象機関に対する資金供給が、政策当局の十分なチェックや政策コストの最終的な負担についての合意を伴わずに行われる例が存在する。その結果、財政赤字や財投対象機関の損失処理が先送りされやすくなったり、実現困難な「収支計画」が策定され、事後的に事業の損失が膨らんだり、予算制約がソフトなものと受け取られるために財投対象機関が非効率化しやすい、などの弊害が生じている。
     もとより、財投対象機関に損失が累積したのは、個別の財投対象機関の運営に原因があったためであり、財政赤字の解消が先送りされたのは、一般財政での財源確保が難しかったという財政全体の問題であり、財政投融資による資金提供が主たる原因となっているわけではない。また、こうした先送りが国民負担の平準化をもたらし、経済厚生の向上に繋がる可能性もある。しかしながら、政策決定において、財政投融資による資金提供に頼って解決を先送りし、余裕のある時期にもその赤字を十分処理しない傾向を有するのもまた事実である。財政赤字や損失処理の先送りは財政投融資による資金提供が存在しなければ実行が難しいものである以上、財政投融資を行う際には財投対象機関の資金使途のチェック体制を強化したり、財政赤字や損失処理の先送りに対する一定の歯止めを設けることが、財政の規律付けを図るための一つの方策であると考えられる。
  2.  財政投融資は、短期調達、長期運用に伴う大きな金利リスク、ならびに「量的補完」機能に伴う信用リスク(貸倒リスク)を抱えている。現在のところ、幸いなことに各々のリスクが大きな財政負担を生じさせる事態には至っていない。これは、80年代以降、金利低下局面が続いたため、金利リスクによる損失が顕現化しなかったこと、右上がり経済の下、政府系の主たる貸付先である業歴の長い中小企業の倒産が少なかったこと、によるものである。もっとも、中長期的には金利上昇局面に転じる可能性があることを考慮すると、少なくとも金利リスクについては、将来大きな損失を生む可能性が存在することを認識する必要がある。
  3.  財政投融資は、資金の借り手に大きなベネフィットをもたらす一方で、民間金融市場の発展を阻害している可能性がある。超長期資金供給能力の不足には、公的規制の存在や民間金融機関の自助努力の不足が影響しているが、(1)公的年金の比重が高く、その積立金の殆どが財投として運用されてきたこと、(2)社債発行が容易な優良企業に対しても、日本政策投資銀行等が貸付を行ってきたために、結果として社債市場の拡大を遅らせてきた可能性があること、等により助長されてきたという側面もある。財政投融資の存在が中長期的に金融市場の発達の阻害要因とならないよう、「質的補完」機能のあり方について不断の見直しが必要である。
     また、貸出市場における「信用割当」や貸し手の寡占構造、等を解決するために、政府系のシェアを増加させるのは最善の政策ではない。長い目で見て非効率が発生する可能性を考慮すると、情報の非対称性を解消するためのインフラ(技術革新、会計制度)を整えるほか、寡占構造を解消するための参入規制の緩和、独占禁止政策の強化、といった対応策を検討すべきである。

2001年度財政投融資改革のインパクトと残る課題

  1.  2001年度財政投融資改革は、(1)郵便貯金・年金積立金の運用部預託義務の廃止(「入口」と「出口」の切り離し)、政府保証のない財投機関債の発行等により、資金調達を「市場原理」に則ったものとすること、(2)事業の全期間にわたる補助金投入額を試算する「政策コスト分析」を行うこと、の2つの柱からなる。その効果については、現時点では不透明な点が残るが敢えて予想を試みると、前者は、自主運用に迫られる調達サイド、資金調達コストをより意識せざるを得ない財投対象機関、に対する規律付けが一定程度期待できるほか、期間ごとに市場金利に沿った貸付金利を設定することにより、財投全体の金利リスクが軽減されると予想される。ただし、2001年度は財投機関債の発行が少額に止まるため、金融市場による監視という点においては、財投対象機関の規律付けに繋がるとの効果が発揮されるかどうか未知数である。後者については、将来にわたる財政負担を事前に把握することで、赤字の先送りや「財政錯覚」を防ぐ役割を、一定程度果たすことが期待される。
  2.  財投対象機関に対し効率的運営へのインセンティブを付与するという点については、今回の改革はなお十分なものではないとの指摘が多い。一般に組織運営の効率性を高める手段として、最も効果的なものは民営化である。しかし、財投対象機関の活動は民営化になじまないものが多いことから、代替的な手段として、中期的な数値目標の設定、責任者の報酬等をリンクさせるエイジェンシー的手法などが検討されている。地方自治体については、この手法での規律付けが難しいことから、地方分権の方向性を損なわずに、どのように行政効率の向上を図るかが問題として残っている。なお、金融仲介に伴うリスクのうち金利リスクについては、期間ごとに貸付金利を設定する新方式の導入によりある程度縮小することが見込まれるが、超長期固定金利資金を提供するという財政投融資の主たる機能に伴うものであることから、引き続き大きなリスクを負担する可能性が高い。
     また、財政投融資が金融市場の発達を制約する、などの負の効果については主として個別財投対象機関の問題であり、今回の改革でも十分には踏み込めなかった部分が残る。この点については、「市場の失敗」の補完機能や所得移転の機能などのメリットやその必要性と比較しつつ、財政投融資による関与をできる限り少なくすることが望ましいとの観点から、その可否、必要な規模を検討していく必要がある。