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わが国における労働分配率についての一考察

2001年 6月
西崎健司
須合智広

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。
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以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (cwp01j08.pdf 1,109KB) から入手できます。

(要旨)

 近年、わが国の労働分配率の動向について議論される機会が多くなっている。労働分配率は、90年代の景気低迷の中で上昇傾向を辿り、特に景気が大幅に悪化した98年にはかなり高い水準にまで上昇した。労働分配率は企業収益と密接な関係にあるだけに、90年代における低い資本収益率の背景として労働分配率の動向が注目されるようになった面が強いと思われる。99年以降は、企業の人件費抑制スタンスが強まる下で、労働分配率は低下しているが、歴史的にみれば、なお高い水準にある。その事実をもって、「労働分配率は、今後さらに低下する必要がある」といった見方も多い。
 一方で、労働分配率の長期時系列を眺めると、上昇トレンド、さらには、幾つかの上方シフトがあるように見受けられる。仮に、労働分配率に、長期的な上昇トレンドがある場合や、何らかの構造的な要因によって90年代に上方シフトがあったとすれば、現在の労働分配率の水準評価は上記とは異なったものとなろう。ただしその場合、上昇トレンドや上方シフトの性質や程度、背景を明らかにする必要がある。
 このように、近年の労働分配率の動向を評価する上では、幾つかの重要な論点があるが、90年代以降も対象に含めた詳細な分析は行なわれてこなかったのが実情である。そこで本稿では、上記のような問題意識に基づき、60年代以降の民間法人企業データ(金融業を除く)を用いて、わが国における労働分配率の動向について分析を行った。具体的には、まず、労働分配率の趨勢的・短期的変動の特徴点について、ファクト・ファインディングを行うとともに、変動を規定する要因を理論的に整理した。その上で、労働分配率が長期的には実質賃金と労働生産性の均衡関係によって決定されることを理論的背景とした、実質賃金と労働生産性の誤差修正モデル(ECM)を推計した。それによって労働分配率の上昇トレンドの性質や上方シフトの有無を検証するとともに、その背景について幾つかの解釈を示した。分析結果を整理すると、以下の通りである。

  1.  わが国の労働分配率は、資本深化に伴って労働生産性が趨勢的に上昇するに伴い、趨勢的に上昇するという意味で、上昇トレンドを持つ。こうした特徴は、労働と資本の代替の弾力性が1を下回るという全産業ベースでみた生産技術の特性から生じている。ただし、こうしたトレンド的な上昇のテンポは第1次石油ショック後でみると、ごく緩やかなものである。また、労働分配率の長期的な水準については、技術進歩率の趨勢的動向の影響を受ける(技術進歩率が低下<上昇>すれば、労働分配率水準は上昇<低下>する)。
  2.  短期的には、労働分配率は景気循環とほぼ同時に、逆方向に動く(景気拡大<縮小>期に労働分配率は低下<上昇>)。これは、労働生産性と実質賃金は、景気循環とほぼ同時かつ同方向に変動するが、労働生産性の変動が実質賃金の変動に比べて大きいという特徴を反映している。このように、実質賃金と労働生産性の間の変動の大きさに差が存在するという事実は、資本と労働の調整費用の存在が影響していることを示唆している。また、期待インフレ率の大幅な変動も、実質賃金の変動を通じて、労働分配率に影響を及ぼす。
  3.  第1次石油ショック後における労働分配率の急激な上昇は、急激な景気後退と期待インフレ率の大幅な上昇といった短期的な要因も影響したが、同時に「均衡労働分配率の上方シフト」を伴うものであったことが、統計的に確認された。石油ショック後は、景気回復に伴い労働生産性が改善に向かい、期待インフレ率も沈静化に向かったが、高度成長期から安定成長期への移行(技術進歩率の趨勢的動向の変化)に伴って、労働分配率の長期均衡水準が切り上がり、労働分配率は高止まって推移した。
  4.  一方、90年代の労働分配率の大幅な上昇については、実質賃金と労働生産性の長期均衡関係を不安定化させる要因が80年代と比べると強まっていたが、「均衡労働分配率の上方シフト」を伴うほどのものではなかった、との結果が得られた。このことは、90年代における技術進歩率の変化や、産業構造の変化は、実質賃金と労働生産性の長期均衡関係に影響を及ぼすという意味においては、第1次石油ショック後程には大きなものではなかったということを示唆する。従って、90年代の労働分配率の動向については、第1次石油ショック後のごく緩やかな上昇トレンドが続いているという枠組みの中で、評価する必要がある。こうした枠組みの下で、最近の労働分配率は、概ね長期均衡水準近傍まで低下していると評価できる。

 以上の分析結果を踏まえた上で、先行きの労働分配率について展望すると、中長期的には、労働と資本の代替の弾力性により示されるマクロ的な生産技術の特性に変化がなければ、労働生産性の上昇に見合って、緩やかに上昇すると考えられる。そして、こうした労働分配率のトレンド的な上昇は、資本収益率の長期的な低下を伴うこととなろう。従って、マクロ的に資本収益率の上昇と労働分配率の低下を同時に達成するためには、技術進歩率がこれまで以上に高まり、これによって均衡労働分配率が低下することが必要であると考えられる。もちろん、こうした実質賃金と労働生産性の長期的な均衡関係を考慮せず、賃金をさらに抑制することにより労働分配率を低下させることも計算上は可能ではあるが、こうした賃金設定が消費行動やマクロ経済にどのような影響を及ぼすのかについては、十分慎重な検討が必要である。